第58話:ナノマシン使いの本領、という話
ただ、ほっとはしてはいられない。敵に陽動であることがばれた以上、追っ手が差し向けられる可能性は高い。
バラクが動いた。
「先頭車両のボウマンに通達。敵の追撃に備えよ。全車、戦闘態勢を取れ。」
尊が目を瞑り静かにしている。次の手の準備を始めたのだ。
「間に合うかの。わしも手伝うとするか。」
ベリアルも尊の応援にまわった。
車列のすべての車両にはさすがに光学迷彩をかけていられない。まもなく偵察機によって、「戦線」の車列は発見される。
「テロリストの群れを発見した。さあ、狩りの時間だ。やつらをせん滅せよ。」
二つのテロによって少なからぬ死傷者を出したアマレク政府は激高していた。特に政府は内部の人間の死傷には敏感で、報復に逡巡はない。大規模な対地型攻撃ヘリを作戦の中核に据えた討伐部隊が、尊たちに狙いを定め、牙をむいてとびかかろうとしていた。
「対ヘリコプター戦闘用意。各車ランチャー準備。」
バラクが出した指示に、ボウマンから各車へ具体的な指示が飛ぶ。車内には緊張がただよう。
そしてランデブーポイントまであと数キロというところで空気をつんざく轟音が迫ってくる。
「攻撃ヘリの編隊だ。ものすごい数だ。」
見張りを交代していたラザロが報告する。
「追っ手だな。仲間をやられて、いきり立っていやがる。」
ジョシュアが言った。
「私が食い止めます。車を停めてください。ほかのものは先に行かせてください。」
突然目を見開いた尊が指示を出す。
「わかった。ボウマンに通達。士師が追っ手を食い止める。全車秩序を保ち、前進を続けよ。」
バラクが指示すると、車を停める。
尊は荷台から降りると、迫り来るヘリの爆音、そのローターが巻き起こす風に飛ばされた砂粒が顔に当たり、表情を歪めた。
するとヘリの編隊の後ろに真黒な雲が生じる。積乱雲だ。こんな砂漠には不自然な光景だ。雲は編隊を追い越し上空は真黒な雲につつまれる。
突然横風が吹き、車がガタガタと揺れる。揺れが収まると目の前に大きな風の渦が見えた。渦は徐々に巾を広げながら前進する。竜巻である。竜巻は車から遠ざかれば遠ざかるほど成長をつづける。
尊が「呼んだ」ものだ。メンフィス沖の海水面をナノマシンの分子加速運動で「沸騰」させ、急速に積乱雲を発達させる。あとは、空気中のナノマシンの運動を連動させ、より低気圧な大気状況を作り、雲をこちらに引き寄せたのである。
アーサーシステムのすべてを使用する権限が与えられた今だからこそできる大技であった。惑星規模で気象を制御するこの能力は、もとは自然災害を防ぐための技術なのだが、逆手にとれば兵器としても使える代物である。
「悪魔は戦いを好まぬ。好むのは殺戮じゃ。悪魔の悪魔たる所以を知るがよい。この下等な虫けらどもが。」
ベリアルも満足そうである。これから始まる殺戮ショーに。
「敵車列発見、これより攻撃にうつる。」
敵の車列を発見し、獲物を見つけて喜び勇んだ猟犬のように突撃しようとしていたヘリ部隊に竜巻が恐慌をもたらす。
「なんだ、これは。」
「気圧が急低下しています。積乱雲だと?バカな。こんな砂漠に発生するはずがない。」
「あれは、竜巻です。」
「でかい。各機、回避行動。固まるな、ぶつかるぞ。」
何とか竜巻との直撃を回避しようと散開する。しかし、禍々しい風の渦は、彼らを執拗に追いかける。ヘリは互いに衝突を起こしたり、風の渦に巻き込まれて大破するものもあり、数分もたたずに全滅した。あたりは、無残にたたきつけられ、もはや以前はどんな形状をしていたのかすらおぼつかない金属の塊が散乱している。
「はははは、思い知ったか愚か者どもめ。尊よ、気に病むでない。あやつらは軍人だ。死も覚悟して臨んでおる兵士どもじゃ。」
胸を痛める尊と同じ脳内で、悪魔が凱歌をあげる。確かに彼らはこちらを殺しにきたのだ。
そしてそこかしこに燃料と火薬による火柱があがる。やがて風はやみ、竜巻も消え、積乱雲も発達をやめると風に運ばれてまさに「雲散霧消」したのである。
「何とか片付きました。さあ、先を急ぎましょう。」
尊は何事もなかった様に車に戻ると、自分の席にもどった。
「義兄さん、お疲れ。」
皆があっけに取られているなか、シモンがポットに用意していたお茶をカップに注ぐと尊にをさし出した。
「ありがとう、シモン。お茶だけはアーニャよりシモンのほうが上手ですねえ。」
尊はほっとした様子で熱々のお茶をすすった。
「さあ、先を急ぎましょう。」
尊に促されて車は出発した。
驚いたのは、先行していたはずの車列が、堅物のボウマンも含めて待機しており、歓呼の声をあげて尊たちを出迎えた。
「すげえ、"手品師"どころじゃねえです。」
口々に称賛や感謝の言葉が尊に浴びせられた。
「"手品師"?」
訝る尊に
「皆、君のことをそう呼んでいた。取るに足りない能力だと見くびっていたからな。これで一気に救世主に格上げかもね。」
ラザロが教えてくれた。ボウマンも
「"士師"、ありがとうございます。」
と尊の手を両手で握って来た。
「あの、皆さん、喜ぶのはまだ早いの……」
尊が敵の第二波の危険性を指摘しようとするその後ろから
「馬鹿者! 次が来たらどうする。各員車列に戻りランデヴーポイントまで行軍せよ!」
バラクが皆を怒鳴りつけた。皆、慌てて持ち場に戻る。
「なあ、ゼロス。」
ジョシュアが尋ねる。
「ん?」
「お前の力って、無敵だな。」
「そんなことはないですよ。なにしろ準備に時間がかかりますからね。タイマン勝負だったら、まだまだエリカには敵いませんから。」
尊は自分の能力の強さを自覚していたが、弱点も理解していた。彼の能力は相手が強力で強大になるほど強さを発揮するが、個人を相手にするとき、特に突発的な状況ではそれほど強いわけではない。
そして、ランデヴーポイントに到着すると、ネーヅクジョイヤがゆっくりと光学迷彩を解いた。




