第57話:玉屋と鍵屋
そして、ついに移動の時がやって来る。コナーズを中心とした陽動チームは日付が変わる前にアジトを出た。そこで尊は作戦時間の前倒しを提案した。内通者の存在を危惧していたからである。コナーズはバックアップチームのリーダーでもあり、共に陽動作戦を実行するチームのメンバーもバックアップチームだったからだ。
情報収集チームのリーダーであるスティング・ボウマンも賛成した。
「敵を欺くにはまず味方からです。」
ボウマンはしれっと言い放った。コナーズに対する不信を隠そうともしない彼に尊は驚いた。
神経質そうな表情のボウマンよりも、人間味溢れるコナーズのほうが人間としては好きになれそうな尊であったが、「清濁併せ呑む」というコナーズの持つ危うさを否定出来なかったのである。
[星歴996年 4月3日]
午前2時、2時間前倒しての移動開始だった。アジトの廃工場は旧市街(工業団地)の中にあるため、周囲に民家はない。運送会社のトラックに偽装した車両に乗り込み、アジトを後にする。"戦線"を結成して10年、そのうち4年の間、ここが彼らの基地であり、また、家であった。多くのメンバーが、幌の隙間から覗き込み、遠ざかる"我が家"に敬礼していた。
午前2時32分。全員がアジトを離脱したころ、メンフィスの街の、アジトと、ランデヴーポイントの反対方向にある新市街の方向から、爆音と共に火柱が上がった。ダタンが、自動車爆弾(恐らくはタンクローリー)を爆破したのだろう。門出を祝う花火としてはかなり派手だと言えた。
「玉屋~!」
ジョシュアが声を挙げた。
「なにそれ?」
エリカの訝しげな問いに、ジョシュア熱く語っている間、尊はバラクに話しかける。
「始まりましたね。」
「ああ。」
実は、尊はアジトにある仕掛けを残してきたのだ。
それはアジトだった廃工場の上物(地上建造物)の内部の空気の分子運動を加速させたのだ。そうすると内部の温度は異常に上昇する。そして、そこからさらに酸素を抜いた上に、窒素を充填する。いわゆる火災における「バックドラフト」を再現したものだ。
うかつにドアを開けでもすれば、外気が新鮮な酸素を室内に送り込み、熱によって炭化した内壁から発生した可燃ガスに引火して大爆発を起こすことだろう。一切火薬を使わない自動発火装置……というよりはもはや時限爆弾である。
これはナノマシンで大気組成を自在に操れる尊の専売特許である。
ただしこの罠は午前4時に解除されることになっていた。万が一、内通者がいて、アマレク側に通報があった場合の措置であった。
尊としては正直、何事も起きずに済んで欲しい、というのが本音であった。もし、内通者によって通報されてしまっているなら、もうこのアジトは放棄せざるを得ない。そういう意味では証拠隠滅も兼ねていたのだ。
突然の大火災に、アマレクの当局者たちはてんやわんやの体であった。消防車、救急車、パトカーなどと何台もすれ違った。
「軍関係の車両とすれ違ったか?」
バラクの問いに、見張りの任にあったカレブは否定した。
「恐らく、政府の主要施設の防備を固めたのでは? このテロを陽動と見なしたのでしょう。」
ラザロの冷静な分析に皆頷いた。
「まさか、俺たちが逃げ出すとは思わないもんな~」
ジョシュアの言葉を「訂正」したのはエリカだった。
「逃げたんじゃないよ。旅立ったのよ。」
その言葉にジョシュアは
「よ、千両役者!」
と茶々を入れ、エリカの攻撃に遇う。それを見たニックとシモンは同時に下を向き、唇を噛んで笑いをかみ殺していた。
気楽な人々に比べ、街を脱出するまでは、各個で状況に対処しなければならないため、バラクも尊も気が気ではなかった。皆の無事を祈るしかない。
一時間後、街を出て最初のランデヴーポイントに皆が到着したとき、バラクも尊も安堵の息をもらした。
後は車列を組んでネーヅクジョイヤとの最終ランデヴーポイントに向かうのみである。
しかし、それから間もない午前3時45分、再び火柱が上がる。アジトの方角だ。カレブが双眼鏡で確認する。ようするに内通があったと見ていいだろう。時間をずらしたのは間違いではなかった。尊はほっとしていた。もし出発するときに攻撃をうけたら、仲間を守るためには反撃せねばならないが、手加減できる余裕がないと、相手が死傷する可能性が高まってしまうからだ。
「いや、十分死んだと思うぞ。あの爆発の威力ではの。」
ベリアルが意地悪そうに言う。
「『戦線』の内通者から連絡があったのはここか?」
アマレクの機動隊、軍関係者がアジトを取り囲んでいた。突破用の重機も用意されている。
「無駄な抵抗はやめて投降せよ。」
形式だけの呼びかけを終えると号令がかかる。
「突入せよ!」
重機が扉を押し破った。その瞬間、目の前が閃光で真っ白になる。10tはありそうな重機が木の葉のように宙に舞った。耳をつんざくような高周波と、立っていられないような地響きがうなり、火炎が新鮮な酸素を求めて渦巻く。火柱が高く高くあがり、舞い上がった上物の壁材が火球となって雨あられのように降り注いだ。
「罠だ!」
叫ぶ声がかき消される。周囲は地獄絵図と化していた。
「お行儀よくノックをせんからじゃ。」
尊の指令に「悪魔のプラスα」を加えまくったベリアルがささやく。悪魔の名に恥じない徹底ぶりだった。
「ここは『鍵屋』と叫ぶべきではないのか?」
ベリアルは尊に、ジョシュアに教えてやるように言う。
尊は首を振った。みな、「我が家」に二度と戻れないショックと、内通者がいた、というショックにうちのめされているのだから。
明日は尊の「ナノマシン・マスター」の本領発揮。戦闘でなく戦争ですね




