1-⑤
その夜、宿の裏手。
おじいさんが薪割り場所にしているスペースで、辰樹は自分が壊してしまった椅子を直していた。
手先が器用な方ではないが、以前工作の時間につくった事のある木の椅子は、何とか座れる程度の完成度だった。
この異世界の大工道具が元の世界と同じようなつくりで良かったと心の底から思う。
これが縄文時代並みの道具だったら、直す作業が深夜に及んでいたかもしれない。
「はーい完成。さて、座り心地はどうでしょう」
4本ある椅子の足の左後ろが若干短く、下手をするとバランスを崩して後ろに倒れてしまうかもしれないような、粗雑な出来だった。
「ま、いっか。俺以外座らないだろうし」
壊した椅子は辰樹の専用になる事になった。
今回の騒動で、クラスメイトたちは辰樹に対する認識を固めただろう。
“よく知らないクラスメイト”から、“何を考えていて何をするかわからない危険なやつ”に。
辰樹としては、あれこれうるさく言われたりしながら攻略するよりは断然マシだと思っているので、たいして痛くもかゆくもない。
それと、委員長の遠江は、自分がどれだけ無謀な事をしようとしていたか気付いただろうか。
……ぶっちゃけ、魔王を倒すよりも難しいと思うけどねー。うちのクラスメイト30人纏めるの。
こういった不可思議な現象に巻き込まれた場合、大抵の人間は集団で行動するものだ。
危険から身を守るため、安心を得るため。理由は様々だが、そういったところに落ち着くだろう。
少なくとも、辰樹はそう考えていた。
だが、このクラスの連中は、この世界に飛ばされてきたその日のうちから、ばらばらに行動し始めた。
最初に姿を消したのは、ひとりかふたりかだったはずだ。
しかし、書置きと共に誰かが集団を去った事がわかると、ひとり、またひとりと自由に行動し始めたのだ。
今現在、この村に残っているのは、果たして何人だろう。
半分いればいい方だと、辰樹は思う。
見知らぬ地で、面識ある集団に身を寄せる事を放棄する人間の心境とは、いったいどんなものだろうか。
ゲームだと侮っているのだろうか。
それとも、同じ世界にいた人間すら信じられないのか。
……まあ、明日には俺も出ていくから、関係ないけどね。
クラスメイトがいるこの宿には、居づらくなってしまった。
なんといっても流血沙汰だ。
クラスメイトの手を躊躇いなく踏みつけて潰すようなやつと、寝食を共にしたいなどと、誰が思うのか。
お馬鹿コンビの陣内や溝呂木などは“椅子の破壊者朱門”などとふざけたあだ名を付けてジョークにして誤魔化してしまおうと気遣ってくれているが、それも杞憂に終わる。
この村を出て、なるべく人との接触を避けて、情報を集めて……。
もしかしたら、道中に御堂が闇討ちして来るかもしれない。
いや、御堂の人となりを見るに、いつの日かぶつかるのは確実だ。
遅いか早いか、もしくはお互いどちらかにとって有利な状況か否か、といったところだろう。
たったひとりでこの異世界を歩いてゆくのは思っている以上に厳しい事は、辰樹自身良くわかっている。
人付き合いが苦手だし、そもそも特殊なハンデがある。
このまま村を出る事が衝動的で軽率な行動とわかってはいるが、しかし、走り出してしまえば何とかなるかもしれないとも考えているのだ。
……まあ、なんとかならなかったときは、その時って事で……。
いつものように、駄目だった時は別案を用意しようと考えていたところで、宿の裏庭に足音が近付いて来た。ひとり分の足音だ。
「あ、ここにいた。朱門くん」
やってきたのは遠江だった。
「ここにいた」という事は、辰樹を探していたのだろう。
文句でも言いに来たのだろうかと身構える辰樹に対し、遠江が告げたのは「ありがとう」の一言だった。
面食らう辰樹は、頭をかきながら遠江の顔を見る。
もう泣いてはいないが、目元はまだちょっと赤い。
表情は憑き物が落ちたというか、吹っ切れたというか、自分の中の負の感情を一度外に追いやったかのような清々しいものだった。
この状態なら、ちゃんと話は通じるのだろうなと、辰樹はようやく安心して力を抜いた。
「……委員長さ、俺、結構ひどい事言ったはずだと思うんだけど、なんでありがとうなのさ?」
「私がありがたいと思ったからよ。単なる文句とか苦情じゃなくて、私のやり方がはっきり駄目だって教えてくれたから。あと、御堂くんから助けてくれた」
「いやいや待ってよ。俺は喧嘩に乱入してこじらせて、話を厄介にして大きくしただけだよ?」
「でも、一応解決したじゃない? 流血沙汰だったけど」
嫌味かなーと辰樹が渋い顔をしていると、遠江はこほんと咳払いする。
どうやら、本題に入るらしい。
「朱門くん、これからどうする気? もしかしたら、この宿を離れるかもしれないって思って」
「うん。村を出てどっかに行くよ。まだ行先は決めてないけど」
「目的は、その……」
「攻略する。このゲームを攻略する。魔王を倒す」
重要なのは、その一点だ。
魔王を倒す。そのための手段を、情報を、これから探しに行くのだ。
「ひとりで行く気なの? 東くんは?」
「一真は一真で動くと思うよ? 俺は、あいつとは友達だけれど、四六時中べったべたするような仲でも、お互いに依存し合っている気持ち悪い仲でもないしね。それにさ、俺は誰かに従ったり、誰かを従わせたりって、やっぱり性に合わないんだよ。俺やっぱりこのクラスの人間だよ。個人プレー最高……」
もしくはサイコか。などとどうでもいい事を考えていると、遠江は思いつめたような顔になり真っ直ぐ立辰樹の目を見つめてきた。
「お願い朱門くん、村を出るの待ってもらえないかな。できれば……」
「お断りしますー」
「まだ何も言ってないのに!」
「言いたいことわかるよ。協力して、とかでしょ?」
「そうだけど……」
「今のままを続けてたら、御堂の時の二の舞だよ?」
遠江は俯いてしまう。
言い方を柔和にして、下手に出たところで、要求は事態は以前と同じなのだ。
前の悪印象が残っている分、いくら心を入れ替えて下手に出たところで、相手がそれを受け入れるかどうか。
辰樹の見立てでは、お馬鹿コンビやもう数人のクラスメイトならば協力的になってくれるのではないかと踏んでいる。
だが、その少人数だけだろうなとも思っていた。
この村を離れてしまった者を引き戻せられるとは、到底考えられない。
「人の良心とか善意に訴えるつもりなら、やめといたほうがいいよ。誠意や熱意だけじゃ人は動かない。義務感や正義感でもまだ弱い」
「じゃあ、どうすればいいのよ……」
「利益」
「利益?」
「そう、利益。うちのクラスの連中が自分勝手に散り散りになったのって、理由は山ほどあるだろうけれどさ、この異世界でなんかやりたい事とかあったからじゃないかな。ほら、ゲーマー勢みたいに」
「……じゃあ、その人の利益になるような事をしてあげれば、いいって事?」
「うーん。……委員長さ。もし、御堂とかにエロい事するように要求されたら、する?」
遠江は渋い顔をして、首を勢いよく横に振る。
ローブの襟元を両手できつく握りしめ、考えただけでもおぞましいと言わんばかりの仕草だ。
辰樹は若干の同情を御堂に抱いた。2秒で失せたが。
「こっちの要求を通すために、自分を削ったりすり減らしたりするのはさ、駄目だよ。誠意いっぱいにそんな事しても、相手が心打たれて要求を呑んでくれとは限らないんだから」
「こっちも、対等な立場で交渉しなきゃ駄目って事?」
「それが出来れば、苦労しないんだけどねー」
椅子の具合を確かめつつ投げやりに言えば、遠江は何となく腑に落ちたような顔で息を吐いた。
「ちなみに聞くんだけど。朱門くんなら、私に何を要求するの?」
「しないって。ひとりで行くって言ってるでしょ?」
「戦士ひとりで?」
それが問題だった。
このゲームは、クラスが4タイプに分かれている。
それは、各クラスごとに得手不得手があるという事であり、互いのクラスが協力する事で初めて弱点を補う事が出来るというものだ。
ひとりでもやってやれない事はないだろうが、圧倒的に効率が悪い。
効率的・合理的に行動するならば、複数人で協力する事が推奨されているのだ。
「今の私には、クラスのみんなに対して提供できる交渉材料がないわ。けれど、私には魔法使いっていうクラスがある。私は、朱門くんに魔法使いを提供できるわ。他にも魔法使いクラスの子はいると思うけれ
ど、私なら朱門くん最優先で協力するよ」
辰樹の動きが止まる。
遠江が魔法使いを提供するつもりだというのは、わかった。
しかし、遠江は辰樹に何を要求する気なのか。
いや、実はわかっている。わかっているからこそ、最初にお断りしたのだ。
「……委員長。俺にどうしろと? 俺は、戦士でも提供すればいいの?」
「朱門くんには、私がクラスのみんなに対して提供できる交渉材料をつくる手伝いをしてほしいの」
「ごめん。パス。他を当たってくださいませ」
「いろいろこじらせた挙句、流血沙汰にしてくれたのに?」
うっと、辰樹は息を詰めた。
遠江が戦い方を変えてきたな、と思ったのだが、同時に強烈な違和感に襲われた。
おかしい。この真面目と誠実が服を着ているような人間である遠江雪枝が、こんな人の足元を見るような言い方をするだろうかと。
「……って、責任問題にすれば協力してくれるって。東くんが」
「かあああずまさあああ!」
遠江の背後、物陰から顔を出した東が、にっこり笑ってすぐに引っ込んだ。
今まで顔も見せないと思っていたら、遠江に入れ知恵していたのだ。
……あの野郎、こうなる事わかってて仲裁に入らなかったんじゃないだろうな?
荒げた息を整える辰樹は、じっと回答を待つ遠江を忌々しげに見つめる。
言い淀んで黙ってしまう辰樹を見かねた遠江は、これも東に入れ知恵されていたのだろう、脅迫材料を次々と述べていく。
「そ、それに朱門くん。異人さんがいると、あんまり動けなくなるじゃないかな」
「……それも、一真から?」
「聞いて、見て、わかったよ。この世界につられてこられる直前の。真田さんとの……」
見られていたかーと、辰樹が項垂れる。
「だから、その体質の改善にも一役買おうと思うの」
「いいよいいよ! 余計な事しないでよ!」
「ひとりで行動するって言ってたけど、大丈夫? この異世界、日本人いないよ?」
先程から痛い場所を突かれまくっている。
他のクラスメイトとは違い、辰樹がこの異世界で活動するには不都合が多すぎる。
なるべく人のいないところを、などと考えてはいるが、そううまくは行かないだろう。
「大丈夫、真田さんも協力してくれるって言ってたから」
「は!? なんでさ!?」
「春先に東くんが、朱門くんの体質の事話していたのを、真田さんも聞いててね。それから、なんとなく気になってはいたんだけど、気を使って声を掛けなかったんだって。それで……」
それで、教室での一幕だ。
辰樹自身、あれからまだミリアムに謝る機会を得ていない。
ミリアムは異世界に来てから今まで、遠江がそうしていたように、他のクラスメイトに協調するように説得を続けているのだという。
だが結果はご覧の通り。
村にはまだ10人あまりのクラスメイトが残っているのが確認されているそうなのだが、その誰もが協力的とは限らない。
「真田さん、みんな仲良くしなきゃ駄目だって考えが強いみたいで……。それで、朱門くんが体質的に真田さん事が苦手なの、なんだか自分が悪いような感じに考えちゃってるみたいで」
「そりゃないよ。悪いのは俺の方なのに……」
「だから、少しでも体質が良くなるように協力したいって」
「ね?」と言って、遠江は辰樹の背後を見た。
思わず辰樹が振り向いた先には、物陰から不安そうな顔を出してこちらの様子を伺っている、真田ミリアムがいた。
すっと、物陰から姿を現したミリアムは、僧侶装備の白い簡素な法衣に身を包んでいた。
彼女の縦にも横にも豊かな体格をしっかりとカバーできるようなサイズで、子供が3人ほどスカートの中に潜り込んでもわからないだろう程のゆったり感がある。
そして、ミリアムの後ろから、薬師寺がひょっこりと顔を出した。
「……なんで薬師寺さんもいるのさ」
「薬師寺さんも協力してくれるって」
数の暴力に訴える気だ。
辰樹はそう考えて頭を抱えた。
3対1。いや、東が遠江側だと考えれば4対1だ。
あれだけ派手にやって見せたのに、どうしてこう仲間に引き込もうという動きが生まれるのだろう。
……あれかな。より危険な人間ほど、味方である保証が欲しいって、そういう事なのかな。
うんざり、といった顔つきで辰樹が息を吐くと、物陰に隠れて見ていた薬師寺がとことこと駆け寄ってきた。
何をするのかと思いきや、薬師寺は辰樹の背中に(じっさいは腰の辺りにだが)ぴたりと抱き着き、「んふふー」などと怪しげな笑みを浮かべている。
突然の事に抱き着かれた辰樹はおろか、遠江も動きを止めて固まってしまう。
……何さ? これから何が始まるの?
鈍い汗をかきつつ、背中に張り付いた薬師寺の動向を見守る辰樹は、彼女が得意げに鼻を鳴らすのを聞く。
「――辰樹ちゃんって、何かしたらちゃんと責任取るんだよね? 私に言ってくれたよね? ちゃんと責任取りますからって」
この場に居た者が、そして草葉の陰から動向を見守っていた者が、「んん?」っと息を詰めた。
一拍遅れて、ミリアムが驚きの声を上げるのと、東が物陰から勢い良く飛び出してきて辰樹にスライディングを食らわせてきた。足を上げて防御する。
「たっきー!? たっきーおまえぇぇ!? 俺が村中駆けずり回って情報収集してる間に、なんて事をしてるのですか!? エロい事ですかああ!? ああん!?」
「……うそ。朱門くん、薬師寺さんと……? ……同意の上で? ……ちゃんと避妊はしたんだよね? ……この世界に避妊具あったっけ?」
「んーごめん、みんなの反応見てたらさ、すんごい冷静になって来たよ。俺大丈夫、まだ大丈夫」
スライディングを決めたままの姿勢でげしげし蹴りを入れてくる東の足を掴んで電気あんまを掛けながら、辰樹は自分の背中にくっついたままの薬師寺の顔を覗き込む。
にんまり。愉快犯で確信犯の顔だ。
病弱属性の年上小柄クラスメイトの正体見たりだ。
事態を引っ掻き回すためだけにこんな事を宣言したわけではあるまいと、辰樹は腕と足にぎりりと力を込めながら呻く。
「責任、取らなきゃダメですか?」
「言質取ったもん。手を出すなら、最後まで面倒見るって。リカバリもしっかりやるって」
薬師寺の言葉に、混乱を極めていた遠江がようやく事態を正確に把握したようだ。
青ざめていた顔色が一気に回復しているようにも見える。
察しが良くて助かるのだが、ならばいまだに理解が追いつかずに顔をゆでダコにさせているミリアムに説明のひとつでも入れて挙げてほしい。
……ああ、なんでこの人の前であんな事言ったんだろう、俺。
あの時の自分はどうかしていたんだなと、辰樹は諦め半分といった心地で両手を上げた。
電気あんまの刑に処していた東は離してやったが、代わりに四の字固めに処した。
「おーけー、了解、わーかりました。協力します、させて頂きますよー。でも俺、本当に嫌な事は絶対にやらないから、そのつもりで」
協力宣言をすると、引っ付いていた薬師寺がぱっと離れて、今度は遠江にくっ付きに行った。
釈然としないものを噛みしめながらも協力が取り付けれたので良しとしようと、遠江の表情はそう語っていた。
◇
そうして、薬師寺と遠江はミリアムを連れ立って宿に戻って行った。
残されたのは辰樹と、ようやく股間の痛みから解放された東だ。
「ほんと、やってくれたよね。一真」
「はあ? なんの事ですかなー、たっきーくん?」
身を起こした東は、股間をおさえ、やや前傾姿勢になりながらもよたよたと立ち上がる。
「たっきーさ。ほんとは、ただ、助けたかっただけなんだろ?」
そして、辰樹が直した椅子に勝手に座り、背もたれの上で腕を組む。
嫌そうに顔をしかめた辰樹だが、東の問いに何も返さない。
その辰樹の様子を見て、呆れ気味にため息を吐いた東は、誰と視線を合わせるでもなく、誰に語り聞かせるわけでもなく、大きな大きな独り言を語り始める。
「……委員長もそうだけどよ、男鹿ちんや陣内みたいに、いいやつで頑張ってるやつの力になってやりたいけど、そいつらのやり方じゃ駄目だってわかってて、直接言ったんじゃ聞いてもらえるかどうかわかんないし、余計面倒くさい事になるから、他の面倒くさい事をおっ被せて吃驚仰天、はてさてこいつは何を考えているのかな……、ってとこからスタートする気だった……。ってとこ?」
「……お前さ、やっぱり、わかってて仲裁入らなかっただろ」
「たっきーがよ、自分に正直になるようになー。それと、あむっちに詫びるのも含めて、この世界で少しでも動けるようにしとかなきゃだろ? 村の外に出て行くにしても、異人さんに耐性付けなきゃだし」
「お節介しやがって……」
「あっはっは! まあ、親友だからな!」
「……自分で親友言ってやがるよ」
辰樹がぼそりとぼやくのを、東は笑って聞いていた。
ため息とともに頭をかく辰樹は、なんだか恥ずかしくなってきていた。
散々薬師寺に言ったように、理由を付けて見ていたり手を出したり言いたい事を言ったりしたのは、結局のところ、彼ら彼女らを助けたかっただけなのではないか。
正直なところ、辰樹自身が自分の内心が良くわかっていない。
余計な事情に巻き込まれたくはないし、誰かに従ったり誰かを従わせたりするのは御免だが、同時に遠江や男鹿、陣内たちの必死さを、彼ら彼女らの「何とかしたい」という思いを支持したいという気持ちは、確かにあったのだ。
……もしかしたら、あの時もう腹を決めてたのかも。
屋根の上で薬師寺から聞いた話。
あの時辰樹は、彼女の願いを叶えてやりたいと思ったのだろうか。
そうだと決めつける事も出来るし、そうではないと否定する事も出来る。
だが、自分でもよくわかっていないので、どちらでもいい事にする。
もう協力する事になってしまったのだから仕方がない。多数決には逆らえない。
もしかすると、そうやって、理想とする方向に視線も向けず、しかし足だけは着実にすり寄っていたのかもしれない。
「なあ。やろうぜ、たっきー。確かにお前さんは、地雷踏み抜いたり、やり方が悪かったり汚かったりするけどよ……。手を出した面倒事を解決できなかった事、ねえだろ?」
東の言葉を受けて辰樹が思い出したのは、高校に入ってすぐに巻き込まれた事件だ。
あまり思い出したくもない事件だったが、辰樹が東とつるむようになった切っ掛けでもあった。
詳しい経緯は割愛するとしても、確かに東の言う通りだなと、辰樹は立ち上がって伸びをした。
「やろうか、攻略。魔王を倒そう」
「おうよ。俺はチーム遠江に盗賊クラスを提供するぜ? 情報収集は任せろだ」
「じゃあ俺は戦士を提供? あんまり、壁役になるような組み方してないんだけどな……」
東が右手を挙げてひらひらと振ったので、辰樹は自らの右手でがっしりとその手を取った。