1-④
クラスメイトたちの退いた食堂で、辰樹と御堂が距離を取って向かい合っていた。
互いの距離は5メートルもなく、双方、剣と盾を装備済みだ。
どちらもクラスは戦士で、装備もカラーも辰樹が朱色、御堂がワインレッドと赤系統。
妙なところで趣味が合うのが腹立たしいなと辰樹は感じていた。
おそらく、御堂も同じような事を思っているだろうとも。
「おい、朱門。死んでも文句は言わねえよな? 恨みっこなしで行こうぜ?」
「いいの? 御堂って、自分が敗けたら絶対恨む性質でしょ?」
「……お前こそどうなんだよ。片割れの一真がいなくて大丈夫かよ?」
「一真がいたらこんな事してないよ。そっちはどうなのさ。雑賀と神田、逃げちゃったけど?」
安い挑発の飛ばしあい。御堂は顔を引きつらせるが、辰樹はの方は平然としたものだ。
……好きだった人から「殺してやる」「死ねばいいのに」とか言われるのに比べたら、ぜーんぜん。
言われた事がある辰樹にとって、この程度の軽口など挑発に内に入らない。
対する御堂の顔には青筋が増えていくが、だがそれだけだった。
御堂は顔を引き攣らせつつも笑う。
芝居がかった嘲り笑いだ。
辰樹に対する接し方を心得たのだろう、もう余計な言葉を交わす事無く、攻撃する事に集中するつもりのようだ。
……キレると、逆に頭が冴えるタイプなのか。
辰樹は冷や汗をかく。
もしそうだとしたら、辰樹にとって一番やり辛いタイプだからだ。
いつもいつも、相手の地雷踏み抜いて爆発したところからスタートしていた辰樹としては、その爆発が小規模どころか収まってしまっていると、妙にやり辛いのだ。
果たして冷静さを取り戻した御堂が、この争いをなあなあで終わらせる気があるのか。
それとも、先ほどの決意顔の通りにしっかりどちらかが戦闘不能になるまで戦い続けてしまうのか。
「……しっかし、まさかさよう? 異世界来て最初に戦うのが、モンスターとか中ボス大ボス魔王とかじゃなくて、レベル1のクラスメイトだぜ?」
「暴徒化した村人や群衆よか、全然マシだよ。俺、固まってる間に滅多打ちにされる自信あるよ」
「はっは。お前、外国人苦手なんだってな? この異世界で生きて行けんのかよ?」
「だからさっさと帰りたいんだよね。御堂さ、ちょっと行って、魔王倒してきてよ」
「いや、お前が倒れるの先だろ」
さて、異世界に来て初の戦闘。
しかも、御堂の言うとおり、相手はクラスメイトだ。
それもお遊びや訓練ではなく、怒りにまかせて手を出して引っ込みがつかなくなってしまった、という何とも情けない戦いだ。
冷静さを取り戻した御堂とのやり取りを受けて、辰樹は意外と穏便に済ませられるのではないかと希望を持つ。
この様子なら、適当に手足を斬りつけて終わり、といった具合にこの場を収めるかもしれない。
……まあ、そうならなかった時は、そうならなかった時で。
御堂はステップを踏みながら、身を前後に揺らしている。
一定のリズムをつくって相手の注意を惹き付け、慣れてきたところでそのリズムを崩して、攻撃を仕掛けるのだろう。
足を止めて力と重量に任せた強打ではなく、細かい動きと足さばきでヒット&アウェイを繰り返す、軽装戦士の戦い方。
それは、キャラクターメイキング時に辰樹が思い描いていた立ち回り方でもあった。
……って事は、パラメータの振り方とか、スキルの取り方とか、だいたいって被ってるって事か?
被りすぎだろと、内心舌打ちをした辰樹は、ならばと立ち回り方を変える。
床に足をべた付きにして、盾を前に、剣を後ろに隠すように。
防御主体の構え、攻撃を避けずにすべて受け止める構えだ。
入り口側の薬師寺が目を輝かせて「辰樹ちゃんが受けだね!」とか叫んだ気がするが、そんなもの幻聴だ。
「……なんだよ。来ないんなら、こっちから行くぜ?」
漫画やアニメのかませ役がよく口にするお馴染の台詞と共に、御堂が仕掛けた。
剣を持った右半身を前に、辰樹が構える盾の縁を狙って、叩き付けるように斬り付ける。
連続しての斬り付けではない。
軽妙なステップからの打ち付けは、相手の体勢を崩そうとする攻撃だ。
御堂と同じようにステップを踏んでいれば軽く躱せていただろう攻撃を、辰樹はあえて足を止めて受け止める。
相手と同じ事をしない。
お互いユニットとしての性能は似通っていて、動き方や考え方も同じ経路を辿るなら、ほんの油断や隙、運で勝敗が決まってしまう。
もしくは互いが互いの出方を知っているため、攻めあぐねて千日手になってしまう。
それでは、駄目だ。
辰樹は、御堂の攻撃を受け止めながら、この男の傾向を探る。
いかに考え方が同じでも、取得した初期スキルや装備まですべて同じとは限らない。
特に、常時作用型技能は一見してわかり辛く、<強撃>等の攻撃技も使用しなければ有無が判別できない。
先ほど<強撃>が乗った攻撃が来たのは感触でわかったが、ならば他のスキルはどうか?
それを知るためにも、守りに徹して技を使わせる。
いつまでも同じような攻撃の繰り返しでは、焦れてくるだろう。
持っていれば使ってくるはずだ。
守りの上から確実にダメージを与えるやり方を。
「いい加減、殴られ続けるのも飽きただろう? そろそろダメージ入れとけよ……!」
軽妙なステップで崩しを入れてきていた御堂が、動きを変える。
剣を大きく振りかぶって、力を込めた降ろしの構え。
おそらく<強撃>が来る。御堂は、辰樹が足を止めて受け止める事しか出来ないと判断したのか。
<強撃>は格闘ゲームで言うところの強攻撃+防御無視のような技だ。
技を受ける側が防御系の技能を取得していなければ問答無用でダメージが通るという、戦士にとっては基本中の基本技。
鎧甲冑を着こんだ男鹿のような重装甲戦士や、強固な外皮を持つモンスターに対しては、その威力は半減してしまうだろうが、微々たるダメージは通すことが出来る。そういう技だ。
辰樹自身、防御系の技能は取得していないし、それは御堂も同じだろう。
そしてほぼ確実な予測となった事は、御堂は<強撃>以外のダメージ系スキルを持っていないという事だ。
隠している可能性もあるが、それを引き出すにしても、もうこの体勢は潮時だ。
そもそもが相手の技を見るための姿勢だったので、これを期にと、御堂の動きに合わせて、自らの動きを切り替える。
床にべた付きだった足の踵を浮かせ、バックステップで<強撃>の振り下ろしの範囲から逃れる。
「――!」
御堂は剣を振り下ろす前に、その動きを止めた。
あれだけやかましく開いていた口が閉じて、顔から表情が消えていく。
辰樹が何を考えているのかを、大まかに察したのだろう。
追撃せずに、元のリズムを刻むステップに戻って辰樹の出方を伺う。
バックステップで背後へ跳んだ辰樹も、今や御堂と同じ動きをしていた。
御堂に<強撃>があるのならば、守りの上からでも確実にダメージを通される。
ならば、キャラクターメイキングの時にイメージした通り、軽快に動いて相手に技を出す隙を与えない。
先ほど危惧していた千日手に陥る一歩手前だ。
惜しいことをしたかもしれないと、辰樹は今さら内心唸らんばかりの気持ちだった。
御堂があのまま<強撃>を打ち込んでいれば、大振りしたところを攻撃して勝負を決めていたのにと……。
……これじゃあ、ただの脳みそマッチョを相手に喧嘩する方が、何倍もやり易いよ。
御堂は悪名の他に、学業でも上位に名前を連ねている。
辰樹の記憶が正しければ、去年の成績は学年10位以内に入っていたはずだ。
春先で校長に仕掛けた悪戯の発案にも関わっているというのだから、悪知恵は働く方だろう。
今までのやり取りで、辰樹がどう考えどう立ち回ろうとするかも、大よそ見当が付いてしまっているのかもしれない。
……でもさ。読まれてるなら、もっとやり様はあるよ。
今や互いに、すぐ跳び退けるくらいには軽快な足さばきを保っている。
動きが同じになった事で、御堂はいよいよ、先の辰樹の動きを理解していた。
そして、御堂は足を止めてべた付きにして、バックラーを前に出して構えたのだ。
先ほどの辰樹と全く同じ体勢。
バックラーを構えた御堂の指が、くいと動く。
辰樹に、そちらの手の内を見せろと言っているようだ。
……見せてやるよ。
薬師寺が「リバースだね!?」などと叫んだが幻聴だ。
御堂の挑発を受けて、辰樹は制圧までの全工程を決めた。
「あ」
不意に、辰樹が入り口の方を見た。
呆けたように力を抜いて、口をぽかんと開けて。
◇
フェイントだ。
御堂はそう直感して、後ろ見るまいと、目の前の辰樹に意識を集中した。
べた足の戦い方に移行しながらも、周囲を見渡す余裕を持っていたその視野を、辰樹一点に集中したのだ。
直後、辰樹が動いた。
フェイントが効かなかったので自棄になったのかと、御堂は舌なめずりして待ち受ける。
しかし、辰樹はただ突進してくるだけではなかった。
辰樹は自分の手に持っていた半剣を、御堂に向けて思いっきりぶん投げたのだ。
「はあ!?」
御堂は自分に向かって飛んでくる剣に目が釘付けになった。
刃の回転が嫌にスローに見えるのは、きっとゲームシステムのアシストだろうと思いながら。
<投擲>スキルがない投げ付けは、こういった風な扱いになるのだなと、御堂は妙に冷静な頭で刃の軌道を見ていた。
これくらいの攻撃なら避けられる。そう考えて、御堂はとっさに剣を避けた。
いかにゲームシステムの恩恵があろうと、また、負傷が回復し死亡が無効化されると保障されていようとも、怪我をするのも死ぬのもごめんだ。
だから、飛んでくる危ないものは当然躱す。躱す動きが出来るのだから。
そうして飛んでくる剣に意識を集中し、見事躱して見せた御堂は、辰樹に視線を戻そうとしたところで、脛に激痛を覚えた。
「――痛ってえ!?」
戦士のクラス特性で強化された感覚は、すぐに攻撃を受けたものだと御堂に知らせた。
HPが若干減少した事も感触で察する。
御堂の脛に激痛を加えた原因は、盾だった。
辰樹がサイドスロー気味に投げた盾の縁が、御堂の脛を直撃していたのだ。
御堂の装備にすね当ては含まれていない。
男鹿のような全身甲冑を着こんだ重装甲戦士の装備ならばすね当てもセットで含まれていただろうが、御堂の装備はレザージャケット等の軽装だ。
そうでなければ、ステップを踏みつつヒット&アウェイなど出来ようはずもない。
足を床にべた付けにしているのもまずかった。
ステップを踏んでいた時ならば、辰樹は御堂の脛に狙いを付けられなかっただろう。
だが、と。御堂は想像以上の激痛に耐えてほくそ笑む。
剣も盾も放り投げた辰樹は今、丸腰だ。
異世界へ来てから日が浅く、この村にる限りは武器の調達もままならないだろう。
何せこの村、武器屋がない。新しく武器を調達しているという線はない。
御堂が知る限り、辰樹は宿屋の屋根上でごろ寝三昧の身であり、唯一友人であると言える東一真ともこちらに来てからほとんど別行動を取っている。
よって、互いの武器を交換しているという線も消える。
戦士クラスには<武器の心得>という初期スキルがあり、それはこの異世界に普及しているあらゆる武器を取り扱えるというものだ。
このスキルの恩恵で、戦士のクラスは武器の装備スロットが3つ設けられている。
メイキング段階で、3種類の武器を選択して取得する事が出来るのだ。
剣はもう見せているので、スロットの残りはふたつ。
果たして何を取り出してくるのかと、御堂は考える。
この接近距離ならば弓矢等の飛び道具はない。
柄が長く、接触状態での取り回しに不利になる得物も候補から外れる。
近付いて<強撃>を乗せた攻撃を放つならば、装備部位は片手、面で攻撃できるライトメイスだろうか。
実際、御堂が初期装備に選んだのは、剣、投げナイフ、そしてライトメイスだ。
辰樹の行動を観察した御堂は、お互いがパラメータの振り方やスキルの取り方が同じであると確信を得ている。
ならば、自分が辰樹ならばライトメイスで殴りに行く。
対応は容易だ。先程こちらが<強撃>を打ちに行った時の辰樹のように、受けると見せかけて直前で軽いステップに切り替えればいい。
辰樹は、御堂が剣を振る前にステップで躱したが、御堂は辰樹が振る動きをしてから躱すつもりなのだ。
片手の武器で名前に“ライト”と付くとはいえ、メイスにはかなりの重量がある。
それを振る動きと、避ける動きならば、避ける方に分があると御堂は判断したのだ。
お互い、筋力と敏捷力では敏捷力の方に多くを割いているだろうという事も、判断基準のひとつだ。
懸念があるとすれば盾をぶつけられた足が痛む事だが、追撃でも食らわなけれなければ大丈夫だろう。
――一瞬のうちに様々な考えを巡らせ、結論を出して、さあ来るがいいと、辰樹の姿を捉えた御堂は、その姿を見て一瞬思考を停止してしまった。
辰樹の攻撃はライトメイスによるものではなかった。
御堂が見た辰樹は、食堂の備品である椅子を両手で持ち、振りかぶっていたのだ。
「――は?」
「食ぅらえっ」
短く言って息を止めた辰樹は、御堂の動きが止まった一瞬を見逃さず、容赦なく手にした椅子を叩き付けた。
<強撃>を乗せた椅子が御堂の頭部を打撃して、食堂に肉と骨を打つ鈍い音が響き渡った。
大きくのけ反り意識を手放しかけている御堂に対して辰樹は追撃する。
盾の淵で打撃したばかりの脛を、つま先で蹴り付けたのだ。
痛みに、思わず片足立ちになった御堂へ、辰樹は3本の足(1本は殴った時に取れてしまった)になった椅子を突き出し、力を下方向へ加えて押した。
頭を打撃され脛を蹴られた御堂は椅子を避ける動きが出来ず、ちょうど十字架で貼り付けにされるような体勢で床に叩き付けられた。
椅子の足が肩の上と脇の下を通っているので、上半身にうまく力を加えることが出来ない。
いや、と。頭部へ食らった打撃から早くも回復してきた御堂は、剣を握っている右半身なら動かせる事に気付いた。
右脇の下を拘束するはずの椅子の足が取れてしまっているので、右半身の動きはフリーなのだ。
右腕を振れば、剣は辰樹の足に届く。逆転の可能性は、まだある。
だが、その可能性はすぐに辰樹に踏みつぶされる事になる。
辰樹は文字通り、御堂が剣を握っている右手を思いっきり踏み潰したのだ。震脚でもしようかという勢いで、踵だ。
声にならない叫びを上げた御堂は、かは、と息を吐き、自分を見下ろしている冷たい目の辰樹を見て、そして踏みつぶされた自分の右手を見た。
右手には未だに辰樹の踵が乗っていて、その下からはどろりと血が流れ出ていた。
痛覚が半ば麻痺してしまっているが、足の下から見える指は、本来そこにはないはずの位置にある。
指が折れて、曲がってしまっているのだ。
見たくなかったその光景に、御堂の中の何かに、亀裂が入る。
「お、俺の右手があああああ!?」
「そんなところに右手置いとくのが悪い」
辰樹は冷たく言って、一度浮かせた足を今度は手首に、腱の辺りを押さえるようにして踏み直す。
ぎゃあと悲鳴を上げる御堂を見下ろし、辰樹はゆっくりと息を吐き出した。
御堂の読みは、正解半分不正解半分といったところだった。
辰樹の初期武装は半剣、弓矢、そして槍だ。
距離を重視して、面で攻撃できる武器は選択していなかったのだ。
しかし、取得しているスキルは<強撃><先制>、そして<投擲>であり、これに関しては御堂もまったく同じものを選択していた。
辰樹が最初に投げた剣は<投擲>スキルを乗せないただの投げ、後に投げた盾は<投擲>スキルを用いて投げたものだ。
スキルがあるなら使うだろうと、御堂は考えていたはずだ。
その考えが、最初に投げ付けられた剣を見て「<投擲>スキルによる投げではない」「スキルがあるのならば使っているはずだから」という判断を引き出したのだろう。
そして<先制>スキルは行動の順位を決める。
早さが拮抗しているのならば、<先制>を持っている方がより早く行動できる。
どちらも<先制>を持っている状態で先手と後手ならば、先手が必ず勝つ。
軽妙なステップで立ち回る者と、どっしりと構えて待ち受ける者ならば、確実に前者が先手を取れるのだ。
辰樹は一度に武器もスキルもすべて使い、その辺に置いてある椅子も使って、短時間で制圧すると決めて動いた。
対する御堂は手札を伏せ、なるべく相手の手の内を暴きながら、ギャラリーも増やしたいと欲を出して、長期戦に持ち込もうとしていた。
運の要素が明暗を分けたという部分も大きい。
だが、この勝負を見ていた者は、辰樹が御堂を殺さずに制圧したという結果を、深く印象付ける事になるだろう。
さて、御堂の動きを封じた辰樹だが、これで終わりではない。
むしろ、動きを封じたここからが本番だ。
辰樹は折れた椅子の足を持って、それを身動きの取れない御堂の鼻先に付き付ける。日本人にしては高い鼻だなと思いながら。
ささくれ尖った椅子の足を鼻先に付き付けられた御堂は息を飲み、辰樹と椅子の足に交互に視線を向ける。
「さっき、死んでも恨むなとか言ってたけどさ。どうする? 死んでみる?」
「は。出来んのかよ、朱門。お前に……!」
「やりたくはないけどさ……。出来るか出来ないかで聞かれたら、出来ないって答えるけれど……。やるかやらないかで聞かれたら、俺はやるよ?」
辰樹の言葉に、御堂は息を飲んだ。
発せられた言葉の意味が、理解できなかった。
辰樹の目に浮かんでいる光が冷たく動じずで、何を考えてるかわからなかったのだ。
「そういう御堂は、出来るの? やれるの?」
「……出来ねえと思ってるのかよ? ここまでされて、手前ごときを剣でぶった斬れねえとでも思ってんのかよ!?」
「知らないよそんなの。……でも、そう。御堂は出来るんだね」
辰樹は冷めた声で語りかけながら、御堂の手首をぐりりっと踏みにじる。
思い出したように痛がる御堂から目を逸らさす、辰樹は淡々と続けた。
「こういう痛みを、人に与える事が出来るの? 回復魔法で傷が治るからって、殺されても神殿で復活できるからって、人に傷を負わせたり殺したりする事が出来るんだ? 相手は傷付けられた事を忘れないし、殺された事を覚えてるよ? ゲームだからってそれが出来るのか? 死んで終わりじゃないぶん一生恨まれて憎まれる事になるだろうけど……。そんな気、御堂にはあるの?」
それが辰樹の言いたい事だったのだと、御堂はやっと理解する。
傷の回復や死からの復活を理由に相手を傷付ける事が出来るのならば、傷付けた相手に一生恨まれたり報復されたりする可能性をも理解しているのだろう、と。
「て、手前は、あんのかよ? そういう覚悟ってやつがよ!?」
「覚悟なんかあるわけないだろ。馬鹿にしてるのか? そんな切った張ったの大立ち回りなんて、一生無縁でいたいに決まってるさ。このごたごただって、手を出したくなかったんだ。でも、俺はこういうやり方しか出来ないから……」
こうなる事が薄々わかっていて、それでも辰樹は動く事を選んでしまった。
相手の機嫌を損ねず、両者の顔を立てて、口八丁で凌ぎ切れる程機転が効けば、高校生活に苦労する事もなかっただろう。
しかし、もう遅い。
手を出してしまったし、御堂に怪我を負わせて取り返しのつかない状況にまで追いこんでしまった。
だが、辰樹にはこういうやり方しか思いつかなかった。
ここで御堂の顔を潰して、後々の面倒事の質を変える事しかできなかった。
この件で、御堂の悪感情は辰樹に向けられる事になるだろう。
食堂の一件を目撃した者たちは、辰樹と御堂ならば、辰樹が上だと錯覚するようになる。
そして、これから御堂が誰かを傷付ける事があるとすれば、少なくとも踏みつぶした右手の痛みを思い出してくれるはずだ。
思い出さないというのならば、それはそれで。
もっとも、御堂の右手を踏みつぶした感触は、辰樹にとっては最悪のものだった。
「右手と同じようにしてやろうか? 御堂」
辰樹の言葉に一瞬怯えを浮かべた御堂だったが、すぐに顔を怒りの赤に染めた。
そんな御堂を見て、辰樹はまだ言葉を続ける。
「御堂さ。お前今、楽しい?」
「はあ!? ――楽しいねえ。右手、こんなんされてよ? 朱門、手前に、どうやり返してやろうかって考えると、楽しくて楽しくてしょうがねえよ!」
「そ。そりゃよかった」
望む答えが返って来ない事に残念そうにため息を吐いた辰樹は、顔を上げて食堂の入り口を見る。
いつの間にか数人程増えたクラスメイトたちは、息を飲んで今までの攻防を見ていた。
辰樹が視線を向けると、あからさまに数歩、後ろへ下がる。
「ゲームってさ、楽しくやるもんだろ? 誰かに強制されてじゃなくて、自分で選びとって、楽しくやるものじゃないのか?」
入り口に集まったクラスメイトたちのうち、誰かが辰樹の言葉に反応した。
だが、それだけだった。
他のクラスメイトたちは、辰樹が何を言わんとしているのか計りかねている。
「俺はこのゲーム、楽しくなんてないね。息の詰まる嫌な場所に無理やり連れて来られてさ、魔王倒すまで帰れないんだって。外には出たくないし、正直誰かが魔王を倒すまで、ずっと部屋に引きこもっていたいよ……」
言いたい事、言ってやりたいことは山ほどあった。
だが、辰樹はそれを言うのをやめた。
ここで演説なんてかましたりしたら、まるで主人公みたいじゃないかと。
辰樹は踏みつけていた御堂の手から足を離し、椅子を退けてやった。
起き上がった御堂の目は、視線だけで人を殺せそうな程の憎悪を湛えていた。
同じような目を向けられた事はあるが、なんの感情も浮かばない。
どうでもいい人間から向けられる殺意では、危機感と不快感以外の感情が動かない。
嬉しくも悲しくもないのだ。
その日のうちに、御堂は雑賀や神田と共に、この村を去った。
これでしばらくは……、もしかすると永久に会う事もないな、などと考えていた辰樹だったが、この後幾度か行く手に立ちふさがる事になるとは、実はちょっとだけ予想していた。