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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
7/29

1-③

「おやおや? お次は朱門か? なんだよ、見てたんなら加勢してやればよかったのに……」


 「なあ、男鹿?」と、御堂は端整な顔をわざとらしく歪めて、尻もちを着いて立ち上がれない男鹿を見た。

 男鹿の方は腰が抜けてしまったのか、尻もちを着いた姿勢から立ち上がる事が出来ずにいた。

 その様を満足そうに横目で見た御堂は、改めて食堂に足を踏み入れた辰樹を見た。


「で? お前等もこの喧嘩もどきに茶々入れに来たのか?」

「なんだよ喧嘩もどきって。飯食うところでこんな事されて迷惑なんだよ。人の迷惑になる事は止めましょうって、子供の頃に教わらなかった? おかーさんに」


 何気なく言った辰樹の言葉に、御堂の表情が凍り、遠江も顔を険しくする。

 今まではただのギャラリーに徹していたはずの雑賀と神田もぎょっとして、食堂の椅子からわずかに腰を浮かせている。


 ……うん、確実に地雷踏んだー。


 こういった舌戦になると、必ずひとつかふたつ、相手の逆鱗に触れる言葉を選んでしまい、禁句の的中率は9割以上をゆうに超える。

 とはいえ、親兄弟や子供の事を引き合いに出して馬鹿にすれば、確実に相手の逆鱗に触れる事が出来る。

 それを知っていいて、あえて辰樹は口を軽くしたのだ。

 口が過ぎるなとは思いながら、行動すると決めた以上、辰樹に自重する気はない。


 ……禁句は確実に「お母さん」で当たりだよな。……何? ふたりとも、家庭事情厳しめ?


 どこのお家も同じかな、などと思いつつ、辰樹は御堂の殺意が混じった視線を真正面から受け止める。

 辰樹と比べても御堂の背ははるかに高い。喧嘩に、殴り合いになれば腕の長さも御堂が有利だろう。

 その御堂が、殺意のこもった視線を一度外しフラットにして、先ほどと同じような芝居がかった嘲り笑いを辰樹に向けてくる。言葉もだ。


「ああ、迷惑だったか? そりゃあ、悪いことしたよ。謝る。ごめん。……でも、その女、委員長様が、これからもっと迷惑な事すると思うぜ?」


 御堂は話の矛先を自分たち“ふたり”から、遠江ただ“ひとり”にすり替える。


「こっちに来てからバラバラ散り散りになったクラスメイト、全員集めようだってよ。おかしな話だよな。自分の意志で離れて行ったやつら呼び戻すのに、なんで俺たちが協力しなきゃいけないんだ?」


 御堂は「んん?」と厭味ったらしく、遠江に問いかける。

 遠江はわずかに赤くなった目を擦りながらも、御堂を真正面から睨み返した。


「それは……。私たち、この世界で唯一面識がある人間よ? それに、魔王を倒してゲームクリアしないと、元の世界に帰れない。だったら、協力しなきゃ……」

「それがおかしな話だろ? うちのクラスの連中、なんで離れて行ったんだよ。あんたに求心力っていうか、リーダーシップっていうか、そういうのがなかったからだろ? 委員長様?」


 心にぐさりと来たのか、再び遠江の目じりに涙が浮かび始める。

 御堂はそれを満足気に見つめて、大仰な身振り手振りを交えて追い打ちをかける。

 主題逸らして個人攻撃してるなーと、辰樹は冷めた目で御堂の演説を見守る。

 遠江の「やり方がダメ」ではなく「人格がダメ」という言い方で御堂は通しているのだ。


「それに、わざわざ協力してくれているゲーマーどもに対しても、うるさく言ってるみたいだし? 真面目にやれ? ゲーム感覚なんて不謹慎だ? おいおーい、委員長様。教室で女神様が言ってたろう? これ、ゲーム」


 ゲーム。確かに女神は、ゲームだと告げた。異世界で魔王を倒すゲームだと。


「ゲームなら、楽しくやんなきゃ、なあ? わざわざこんなふざけた環境用意して頂いたんだから、楽しまなくっちゃあ。……なあ、男鹿。ごちゃごちゃうるさく言われたら、楽しみに水差されて嫌だよなあ?」

「そ、そんな事……!」


 「ない」とは、男鹿は言わなかった。

 彼も、この異世界を舞台にしたゲームに少なからず楽しみを見出していたのだろう。


 ……嘘を付けない人間は不利だなー。


「それに、ゲームシステムのおかげで、俺たち死んでも復活できるらしいぜ? 怪我しても魔法でHP回復、神殿で蘇生。やり直しが利くんだよ」


 御堂の背後、僧侶姿の神田が「まだ回復魔法使った事ないし感覚わかんないんだから、怪我とかしないでねー」と呆れ気味に言う。


「や、やり直しが利くから、何だっていうの……?」

「言う事聞かせたいなら、いっぺん殺して従わせるんだな」


 御堂が、目線の高さを遠江に合わせて言う。

 正面間近で顔を覗き込まれた遠江は青ざめて、よろめきつつ後ろに下がる。

 彼女には出来ないだろうなと、辰樹は、動揺した遠江を見て思う。

 いくらゲームだとはいえ、同じ人間を、しかもクラスメイトを殺すような真似は出来ないだろう。


 しかし、御堂は言った。言う事を聞かせたいなら殺してでも、と。


「――それさあ。いっぺん殺せば、絶対いう事聞くの?」


 そう言葉を放ったのは辰樹だった。

 食堂に居た全員がぎょっとして辰樹を見る。


「……お。おいおい、朱門。なに? やるの?」


 御堂が遠江から辰樹に向き直り、手の中に長剣を出現させる。

 特別な魔法ではない、単にアイテムスロットに装填されていた武器を、手元に装備し直しただけだ。

 だが、ここは村の宿屋、その食堂だ。

 先程は男鹿が引き気味だったために固唾をのんでいるだけだったギャラリーが、今度こそ浮き足立つ。

 辰樹の態度を見ればわかる通り、本当に殺し合いを始めかねないからだ。


 剣の切っ先を向けられた辰樹は、しかし動揺せず、困ったような顔で御堂を見る。

 まるで困ったちゃんを相手にするかのような態度だ。


「いや、別に……。痛いのやだし、戦いたくはないけどさ。御堂、武器抜いちゃったじゃない。今さら、引っ込みつくの?」


 御堂の顔が引きつる。

 辰樹はこう言っているのだ。

 「はったりだったら通じないから、結局お前が恥をかくぞ?」と。


「……なんだよそれ、昔の武士かなんかかよ。……はあ、OK。結局お前、委員長の味方か。いいぜ、そんなに言うなら……」

「勝手に敵味方分けるなよ。それに俺、どっちかっていうと、御堂の意見に全面賛成だよ」


 はあ? と。御堂が間抜けな顔をした。

 思わず取り出した剣を床に落っことして、未だ尻もちを着いたままの姿勢で固まっていた男鹿の両足の間に突き刺さった。

 後数センチずれていたら股間の突き立っていただろう刃物に、冷や汗をかいた男鹿が尻で這って急いで後退する。


 器用だなーと横目で男鹿を見送りながら、辰樹はため息を吐いた。

 もう少しテンションが高ければ御堂と同じように芝居がかった声になっていたかもしれないが、出てきた言葉は淡々として温度の低いものだった。


「だって、そうだろ? クラス全員集めるとか、なんでそんな面倒くさい事しなきゃならないのさ。攻略条件は“魔王を倒す”ただ一点だけだろ? 俺たち3-Cのクラスメイト30人、全員でかかる必要、ある?」


 辰樹の肩をすくめての問いに、遠江は何か言おうとして口をぱくぱくさせ、結局何もしゃべれなかった。

 仲裁しに来た以上、朱門の事を味方のように考えていたのかもしれない。

 それが、蓋を開けてみれば遠江の言行全否定だ。

 辰樹の言葉はまだまだ続く。


「実際、俺らが直接魔王を倒す必要もないんじゃないかな。この国の偉い人に……、いるかどうかは置いといてさ? 事情を話して、軍隊でも動かしてもらってさ……」

「で、でも! 本当にそれで大丈夫なのか、わからないから……!」

「――調べる必要がある。だよね、面倒くさい……。でも、クラスのみんなで調べる必要、ないでしょ? 無理やり協力させたって、やる気ないやつは確実にサボるよ。委員長、クラス委員とか何年やってる? このクラスが初めて? 初めてじゃなくてもわかるよね。学園祭の準備とか、体育祭の練習とか、サボるやつは必ずサボる」


 それは学生なら、学生だった者ならば必ず体験して知っている事だ。

 でも、それでもと、遠江は食い下がる。


「学校行事だと、確かにそうかもしれないけれど、これはそうじゃないでしょ! クリアしないと帰れないのよ!? クリアできなかったら、みんな一生、このままかも! それに、先生だって……」


 遠江が言いたいのは、クラスメイトの誰も魔王を倒せなかった場合の話。最悪の結末の話だ。


 どうなるかわからない、先行きのわからない不安。

 だが、遠江の抱いている不安は少し質が違うと辰樹は考えていた。

 魔王を倒せず、元の世界に帰れなくなかった場合、それはきっと、クラスを纏めることが出来なかった委員長である遠江自身の責任であると、彼女は考えるのだろう。

 遠江は、そうなった場合に自分を糾弾する者が現れる事を恐れているのだろうか?

 少なくとも、この現状、クラスを纏める事が出来ず、最悪の結末に向かって進んでいる事を恐れてはいるのだろう。


 ……って感じに、見えるけどさ。本当のところはどうなのか。


 本当は、クラスメイトの事を第一に考えているものの、不器用すぎて空回っているだけかもしれない。

 自分が責められる事を恐れているのではなく、クラスメイトたちの行く末をただ案じているのかもしれない。

 しかし、クラス委員長・遠江雪枝という少女を良く知らない辰樹には、そこまでしか考えを巡らせる事が出来ない。


 それでも、確実な部分はひとつだけある。

 彼女は委員長という元の世界の肩書を背負って、あるはずのない責任を感じている事だ。

 だから、冷や水を浴びせてやることにする。


「委員長さ、遠江。俺たち、クラスメイトだよね? 3-Cのクラスメイト」

「……ええ、そうね。それが?」

「他になにか、関係持ってる? 友達とか、恋人とか、家族とかさ?」


 遠江は、辰樹の言葉に青ざめる。

 その青ざめようは、御堂に言葉を投げかけられた時よりもひどいように見えた。


「俺たち、クラスメイトだけどさ。それだけだろ? クラスメイトってだけの、赤の他人だよ」


 突き放すどころか崖から突き落とさんばかりの言葉に、遠江はおろか、他のクラスメイトたちも、御堂までもが唖然としていた。


「もし委員長の考えてる通りにさ、魔王倒すどころか手がかりさえ見つからなくて、一生この異世界で死ぬ事もなく暮らしていく、なーんて事になっても……。たぶん、誰も委員長を恨んだりしないよ。まあ、委員長自身が心配しているのは、そこじゃないと思うけどさ?」


 何故、誰も遠江を責めないと言い切れるのか。それは、


「だってさ、誰も委員長に文句言うくらい、委員長に興味持ってないよ。恨んだり八つ当たりしたりするほど、委員長の事を気にしてないし、考えてない。こうやってわざわざ委員長に構ってくる御堂が珍しいくらいだよ。――御堂さ、実は委員長の事、好きなんじゃないの?」


 ねえ? と。辰樹が御堂を見ると、食堂中の注目が御堂に集まった。

 思いがけないセリフの連打に、遠江は困惑した顔で辰樹と御堂とを交互に見ている。

 水を向けられた御堂は、苛立ちからだろうか、手先や口元を震わせている。

 ギャラリーの雑賀と神田が「あちゃー」といった具合に額に手を当て、尻で這って下がった男鹿は佐藤や薬師寺とひそひそと何か話している。

 この場の雰囲気は「御堂、遠江の事が好きなんじゃない?」といった方向に誘導されていた。

 辰樹としては特に考えもせずに口にしただけの言葉なのだが、それが不味かった。

 的確に、御堂の図星を突いてしまっていたのだ。


「……朱門、さあ」


 ゆらりと、柳の木のように御堂が動いた。

 先程、床に落とした剣を拾う。


「――いっぺん死ねよ」


 御堂は振り向き様、剣を上から叩き付けるようにして振り下ろした。

 狙いは辰樹、頭でも肩でも、どこかに当たればいいと言わんばかりの、大雑把で力強い振り下ろし。

 おそらく無意識のうちに<強撃>のスキルをも乗せている。


 怒りで力の乗った剣を、辰樹は咄嗟に装備した盾で受け止めた。

 戦士の初期装備、小型の木製円型盾(ラウンドシールド)は、しっかりと鋼の刃を受け止め、しかし衝撃は盾の表面から腕に落ちてきた。

 初期装備だとこんなものなのかと歯を食いしばって耐えると、剣と盾の向こう、御堂がはっと我に返ったような顔をしていた。

 つい我を忘れて剣で斬り掛かってしまったと言わんばかりの顔。

 そして、表情はすぐに変わる。もう後戻りできない、覚悟を決めた。そんな顔に。


「さっき、言ったよなあ、朱門? 剣抜いちまって、引っ込みつくのかってよ?」

「今ならまだ、引っ込めていいよ。誰にも言いふらさないからさ」

「ふざけんじゃねえぞ」


 御堂は前蹴りを辰樹の腹に喰らわせて、テーブルの方へ突き飛ばす。

 椅子とテーブルを巻き込んで転がる辰樹は、男鹿や雑賀たちが遠江や佐藤を食堂から逃がそうとしているのを、視界の端に捉えた。

 キレた御堂の巻き添えを食らわないようにだろう。

 みんなが食堂から出ていく中、入り口の横で、ひとりだけ動こうとしない薬師寺と目があった。

 辰樹の言葉や振る舞いを目の当たりにしても、薬師寺の表情は変わらない。

 次の瞬間には「お昼ご飯どうしよっか?」などと言い出しかねない程、その様子は平然としていた。


 ……人の事言えないけどさ。何考えてるのか、わっかんないなー。


 辰樹がゆっくりとと身を起こすと、御堂がゆっくりと近付いて来るところだった。

 剣を持った長い手をだらりと落とし、左手には初期装備のバックラーが装着されている。

 自らも退路を断った御堂は、徹底的にやるつもりだ。


「……徹底的にやるって? こっちは、食堂に入った時からそのつもりだよ」


 行動する、関わると決めてしまったし、もう動き出してしまった。

 引っ込みがつかないわけではないが、諍いは次も必ず起こる。

 しかも、今回よりも確実に悪い形で。


 辰樹は仲裁するという行為が下手だ。

 むしろ、得意な者が居る方が不思議でならない。

 こうして武器を取っての1対1のように最悪な結果になってしまった事も、だいたいこうなるとわかっていて、しかし他の者たちの到着を待てなかった。

 いや、今回は待たなかった、だろう。

 ギャラリーが増える前に、この場を終わらせたい。


 例えば、このまま遠江が強引な物言いを続けてクラスメイトを引っ張って行こうとすれば、御堂がこんな諍いを招かなくても、いずれ同じような事になっていただろう。

 その時、“敗者”となるのは遠江だ。

 怒りや不満をクラスメイトに抱かせ、彼女は見放されてひとりになる。

 それは、最初からひとりきりだったという事よりも悪い結果だ。

 少なくとも、現在の3-Cのクラスメイトたちの関係は、その多くが初対面の±0だ。

 遠江がこのままを続ければ、いずれマイナスを抱え込んだまま孤立する事になる。


 ……御堂もさ、どうせ遠江に粉かけるなら、その時の方が良かったんじゃないのかな?


 相手が弱るまで待てなかったのか、それとも今この時こそがチャンスだと思ったのか、辰樹としてはどうでもいい。 

 問題は、そういった事がこれから先に起こった場合、クラスメイトである者たちの考え方や人格が、大きく変化してしまっているかもしれないという事だ。

 正義感が強くて誰かのために矢面に立てる男鹿が、味方を集めて問題に挑もうとしている陣内が、まだよく知りもしないクラスメイトたちが、その人格を変えてしまっているかもしれない。悪い方向に。

 それは、今日この時、御堂がやろうとしている事よりもさらに酷い事が起こるかもしれないという危険を孕んでいるのだ。


 だから、危険や諍いの目を、この時点で潰しておく。

 まずは、遠江がまだ委員長であるという思い込みを捨てさせる。

 強引な物言いや、不要な責任感を取り払う。

 試みはおそらく成功する、ただし、辰樹が御堂を倒す事が出来れば。

 勝った方が正しいなど、辰樹的にはあまり好きな考え方ではないのだが、その雰囲気を御堂が温め続けたいた。

 今日この場においてなら、そのルールが適用される。


「まあ、そうならなかったら、それはその時って事で……」


 それに、これからこの世界でか活動してゆくうえで、朱門辰樹がどういう行動を取る人物なのかを、明確にしておきたいという部分もある。

 自分にとっても、他人にとってもだ。

 ここで最悪の結果を見せて、誰も関わりたくないと思うようにする。


 まずは、遠江雪枝の認識を変える。

 3-Cの仲間などという、重荷にしかならないしがらみに責任を感じないように。

 無理にクラスメイトを協調させようなどと考えないように。

 そして、朱門辰樹を関わらせたら、こんなひどい結果になるんだぞと。

 そんな凄惨な光景を見せるために、辰樹は装備スロットから剣を抜いた。



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