③:キャラクターメイク
キャラクターメイク。
それは、ゲームに挑むに当たり、プレイヤーが己の分身となるプレイヤーキャラクターを、その世界観に即し形に作成する事だ。
女神はこれからそのキャラクターメイクを行うと宣言した。
クラス全員分を、これから行うのだ。
◇
目の前に出現した女神に、辰樹は身体が強張るのを感じていた。
全身からぶわっと汗が噴き出て、動機が早くなる。指先が冷たくなり、感覚を失い、痺れが来て……。
それだというのに、腹部は熱を持つ。傷を負った日の記憶を、鋭利に抉り出すように……。
「やーやー女神様? もーちょーっと距離取ってくれるとありがたいんだわ。うちの親友さ、金髪碧眼の美女を前にすると、興奮して気絶しちゃう体質でよ?」
言ってくれるなと、辰樹は内心で一真に悪態を突きながらも、同時に感謝していた。
親友の気遣いがありがたい。一真は今、辰樹を背に庇うように、女神との間に立っているのだ。
「そうなのですか? それでは工程に支障が出てしまいますね……」
淡々と呟いた女神は、次の瞬間その美しい容姿を変貌させていた。
金色だった髪は黒く、そして肌の色は白から日系人に近い色に。
そして、白人然としていた顔立ちが日系人、日本人染みたものへと変化してゆく。
まるで、本当にゲームキャラクターのグラデーションを操作しているような変化に、辰樹も一真も言葉を失ってその変化に見入ってしまう。
いや、東が呑気に「あーじあんびゅーてぃー」などと小声で呟いていた。思ったよりも心に余裕があるようだ。
「これで、よろしいでしょうか?」
女神の淡々とした問いに、ふたりは素直に頷くしかなかった。
「それでは、おふたりのキャラクターメイクを始めさせて頂いてもよろしいでしょうか? 出来れば、そちらの方々も一緒に始めてしまいたいのですが……」
そう問う女神の視線の先には、所在なさげに立ち尽くしている薬師寺と、仰向けに倒れたままの伊佐美が居た。
倒れていた伊佐美は意識はあった様子で、上半身を起こす事なく状況を見守っていたのだろう。
「ちっ」と舌打ちして、伊佐美は起き上がった。
「……ちなみによ。これ、断ったらどうなるんだ?」
これ、とはキャラクターメイクの事だろう。
睨み、低い声に重さを乗せた伊佐美の問いを、女神は平然と受け流す。
「こちらで勝手に進めてしまうだけです。貴方の体格や身体能力から、もっとも相性の良いクラスとステータスに決定される事になるでしょう」
「ああ。まず、こっちに拒否権はねえのな?」
投げやりに吐き捨てた伊佐美が、辰樹と一真を見る。「どうすんだよ」と。
ふたりは「聞くなー」と半眼で返す。
女神を前にした4人は、自然とひと塊に集まった。
「……伊佐美も、薬師寺さんも。ここはひとまず、あの女神様とやらに従っておこう。逆らったら、何かこっちの不利になる事があるかも知れない」
不満そうにしている伊佐美と不安そうにしている薬師寺に辰樹が耳打ちすれば、長身のクラスメイトは鬱陶しそうに、小柄なクラスメイトは「うん」と小さく頷いた。
「そうだね。でこピンされてくるくる回るのやだしね……!」
どこかズレた薬師寺の回答に辰樹と一真は微笑ましさを感じつつ、ふたりはこの状況への対応を開始した。
「ええっと、女神さま? メイキングの前に、幾つか聞いてもよーろしいでしょーか? あ、俺、東一真っす。以後お見知りおきを……」
「存じております。それでは、さっそくキャラクターメイクを開始致します。よろしいですね?」
「あ、俺の事をご存知っすか……」
揉み手せんばかりの腰の低さで女神に近付いた東は、対応の素っ気なさに冷や汗をかきながらも笑みを絶やさず、ちらりと視線を辰樹に送った。
話を聞きだせる状況をつくるから、質問をなにか考えろという事だろうなと、辰樹は友人の行動を分析する。
まず手に入れた情報は、向こうがこちらの事を知っているという事だ。
何故、こんな雰囲気の薄暗いクラスに女神が降臨したのかと疑問に思っていた辰樹だったが、今の質問で女神の側に何らかの意図があるのだと察する。
例えば、地球上の全人類を目標にしてサイコロを振って人選を決めたのだとしても、少なくともこのクラスのプロフィールにさらりと目を通すだけの意図があったという事だろう。
3-Cの面々に異世界でゲームをさせる意図こそ定かではないが、ランダムに決めたとしてもこちらの事情を把握するくらいの仕事熱心さは持っているという事だ。
「さて、質問等は一向に構いません。しかし、あまりにも時間を引き延ばそうとするのならば、重要な工程を省いて異世界へ送り届ける事になりますが、よろしいですね」
疑問符を取り外した脅迫の上書きに、一真の表情が引きつる。
あまりにもあからさまにクレーム等ぶつけてくる場合は、そんなもの知った事かと投げやりに扱われる事になるという脅しだ。
笑顔を引き攣らせた東が振り向き、辰樹は「うん」と、ひとつ頷いた。
「じゃあ、説明をお願いします。女神様? キャラクターメイク、でしたっけ?」
今までの東のやり取りのあいだに体の震えを抜いた辰樹は、立ち上がり、女神に正面からものを言い始める。
催促を受けた女神は頷き、ようやく己の役割に移った。
「それでは、キャラクターメイクに入らせていただきます」
◇
女神が手を横に振ると、その軌道に沿って光が走り、青白い半透明の図面のようなものが出現した。
SF映画やアニメなどでよく見られる、情報媒体を宙に展開するかのような業だ。
見れば、教室中のあらゆるところで同じような図面が出現し、すでにこの状況に順応した生徒たちがあれこれとやり取りをはじめていた。
「まずはクラスを選択して頂きます。クラスは4タイプ。戦士、盗賊、魔法使い、僧侶から選んで頂きます」
図面上に浮かび上がったオーソドックスなRPGのクラスタイプに、辰樹は一真と目くばせする。
「たっきーどれ行く系? 戦士とかモテそうじゃない? それとも暑苦しそうかな?」
「一真なら盗賊とかじゃない? ちょい悪系? ……すいません、女神様。もうちょっと詳しく見せてもらってもいいですか?」
そうして、辰樹はデータの開示を要求して、公開された情報を一通り確認すると、さらに次の情報求める。
クラスやパラメータ決定に順序がないのならば、データをすべて確認したうえで決定しようとしているのだ。
「……どんな感じ? 一真」
「どうもこうもなー。クラス毎のスキルとか、魔法の種類とかが予め閲覧できるって事は、最初から成長プラン考えて作れって言われてるよなー。MMORPGとか、TRPGみたいな感じだわ。数字の配分とか見てると、TRPGに近いのかも。数字が大きくなりすぎない見たいだしよ?」
「で、それは誰から聞いたの?」
「高屋敷。あいつアナログゲーム部の部長でよ、週末は部室でTRPGしてるってよ。うちのクラスの陣内とか溝呂木と、あと男鹿とかもその一派だな」
高屋敷は、メガネを掛けた熊のように大柄な肥満男。彼は今、教卓近くのゲーマー勢に混じってデータの閲覧中だ。
そのゲーマー勢の中にはもちろん陣内と溝呂木もいて、奇声を上げながら手元のデータに一喜一憂していた。
彼らのキャラクターメイクを担当している女神の分身がうんざりした表情に見えるのは、辰樹の気のせいだろうか。
「……なあ、おい。これよ、いろいろ面倒なんだが、どうすりゃいいんだ?」
辰樹と一真のやり取りを横目に見ながらそんな事を言うのは、痛む背中をさすりながらデータを閲覧している伊佐美だ。
こういうキャラクターづくりが得意ではないだろう事は、手元を見ても表情を見ても明らかだ。
「んー。適当でいいと思う」
辰樹の気のない返事に、伊佐美の表情が硬くなる。
射抜くような視線を向けられながらも、辰樹は誤解を恐れず(もしくは気にせず)その理由を述べていく。
「一通りデータを見て、一真とか女神様とかから話聞いた印象だけどさ。キャラクターメイキングされた段階では、まず取り返しがつかない、なんて事態に成り得ないと思う。数値の規模が小さい初期段階なら、そこまでみんな大差ないって事。精々、選択したクラスにおけるパラメータの比率を間違えなければいいくらいだね。なんなら、さっき女神様言ってたように、お任せで勝手に決めて貰ってもいいかもよ?」
「……それは癪だな。邪魔して悪りぃな。自分で決めるわ」
伊佐美が頭をかきながらデータの閲覧に戻る。
教室中を見渡せば、キャラクターメイキングは順調半分、難航半分といった進行具合だった。
「ところで女神様、なんで俺たちが異世界に行ってゲームなんてしなければいけないのか、教えてもらえます? ああ、クラスは戦士でお願いしますね」
辰樹はデータの決定と、質問とを被せて行う。
その意図は単純なもので、質問を優先させれば時間が掛かるからと、データを勝手に決められてしまう可能性があったから。
そして、キャラクターメイキングを優先して終わらせてしまえば、役目は終わったからもう話す事はないと、話を聞いてもらえなくなる可能性があったからだ。
だから、こうしてデータの決定と質問を同時に行うのだ。
女神の回答は次の通り。
「それでは、朱門辰樹のクラスは戦士に。確認致しますが、貴方の適正は魔法使いが一番高いものですが、本当に戦士で構いませんか? ……それと、あなた方が異世界に行ってゲームをする理由ですが、それは開示する事が出来ません」
東と伊佐美が息を詰めて、データを閲覧していた動きを止めた。
辰樹の試みがうまく行った事を受けて、自分たちの考えに選択肢を増やしたのだろう。
「開示する事が出来ない。それは、女神様ご本人が知らない? それとも、教えることが出来ない?」
「……」
「失礼しまーしたー。戦士で確定してくださーい」
女神は無言で辰樹を見返してきつつ、錫杖を振って自らの前に出現した図面に何やら指示を送った。
答えが返って来ない質問があるのだと確信した辰樹は、ひとつ頷いてキャラメイクと聞きだしの作業を続ける。
「……うん。じゃあ、パラメータの振り分けだけど、なるべく均等に、若干敏捷と知力の能力値に振り分け多めでお願いします」
「おいおい、たっきーよ。戦士なのに肉体系極振りじゃなくていいのかよ?」
「……なあ、極秘振りってなんだ?」
「極振りっていうのはね、能力値ひとつだけぎゅんぎゅん伸ばす事だよ?」
辰樹のキャラクターメイキングに東と伊佐美、薬師寺が口出しして来る。
それを辰樹は、協力する、という意思表示として受け取る事にした。
現に、東などは口数多く女神に質問を続けている。
「なあなあ、女神様ー。盗賊職でよー、これ取っとけって、おすすめスキルある? これがあれば確実・鉄板・外しなしってやつ」
「盗賊は状況に応じて求められる技能が異なるため、一概にどのスキルが有効とは言えません。取得したスキルによって、戦闘や潜入、生産や諜報と幅広く熟す事が可能でしょう」
「つってもなー。なんかサンプルみたいなのないの? キャラクターメイクのお手本みたいなやつ。そういうのあると、親切でいいと思うんだー。自分でデータ組みたいけど不慣れなやつ、クラスに結構いると思うし。な、とらさん」
「……とらさんって、俺の事かよ。……まあ、よくわかんねえから、見本あるといいけどよ」
キャラクターの見本があるという事は、それに沿って作成すれば、少なくとも序盤に身動きが出来なくなるという事故を防ぐことが出来る。
それは同時に、ゲームを用意した女神側が生徒たちプレイヤーにどういった動きを求めているのかを予測出来るという事だ。
女神が東の前に提示したサンプルキャラクターは数種類あり、そのすべてが各分野に特化したデータだった。
「えーっと? 暗殺者系、野外活動系、生産系、潜入系……。へえ、街の情報収集専門とかもあんのな。これ、バランス型とか出来るかな。なんでもそれなりに出来るようなやつ」
「多岐に渡りスキルを取得さえすれば可能ですが、どっちつかずの器用貧乏になる可能性も否めません。サンプルデータはゲーム開始以降も閲覧可能ですので、状況に応じてスキルを取得して下さい」
「へえー。って事はー? 暗殺が必要な場面が出てきたりー、野外活動が必要な場面が出てくるってわけかあー」
東の声の大きすぎる独り言は、辰樹たちや周囲のクラスメイトにも届けるために発せられたものなのだろう。
メイキングに悩んでいるクラスメイトたちに判断材料を与えるためのものだ。
……ほんと、こういうところ、よく気が回るよな。
いつものように呆れ半分尊敬半分といった感じの眼差しで、辰樹は隣りのクラスメイトを見る。
辰樹としては、ここに集った4人だけで情報を集め、後々クラスメイトの誰かに問われたらその情報を提供する、という形にしようと考えていた。
その考えを汲んだ東が、後回しでも大丈夫な情報は後回しにして、今現在必要だと思われる情報は声高に口にする事によって、クラスメイトをアシストしようとしているのだ。
辰樹からしてみれば、自分の行いに東が余計なお世話でフォローを入れた形だと考えているのだが、伊佐美や薬師寺の目線はどうやら違うようだ。
端からは、辰樹と東が連携して、女神からキャラクターメイクに役立ちそうな情報を聞き出している、という風に映っているようなのだ。
……居心地が悪いなあ。
そう思ってしまうのは、自分がクラスメイトを信用していないからだろうなと、辰樹は内心を言葉にせず、腹の底に留める。
善意からこちらの持ってる情報を教えても、向こうが掴んでいたはずの重要な情報は教えてもらえなかった、なんてざらにある。
まして、このクラスの生徒たちの事などよく知らない、赤の他人なのだ。
クラスメイトというだけの赤の他人に、そこまで親切になる義理はない。
しかし、そんな辰樹の考えとは真逆を行くのが東だ。
大げさな仕草と身振り手振りで、得たばかりの情報を教室中に拡散して、少しでもキャラクターメイクの助けになればとアシストを続ける。
時折女神の様子を伺い、この情報拡散をどこまでやって大丈夫かなどを見極めながら、メイキングと質問とを続けていく。
そうして辰樹と東が大まかにキャラクターの像を固めたところで、今までデータの閲覧に集中していた伊佐美と薬師寺が女神に質問を始めた。
「つうかよ、俺も戦士にしたいんだが……。手がこんな状態でも戦えんのか? なんか話聞く限りだとよ、直にぶん殴ったり武器振ったりするんだろ?」
伊佐美が女神にそう問うて掲げて見せた右手は、包帯が何重にも巻かれている。
以前、伊佐美は拳法部に所属していたらしいのだが、上級生にいびられたのか、他校の生徒に絡まれたのか、喧嘩に巻き込まれ拳を壊している。
選手生命を断たれ、かつ停学の上部活をも退部をした伊佐美にとって、いくらゲームとは言え戦士として戦う事が出来るのかどうかは重要な問題だった。
「問題御座いません。元の身体に欠損があろうと、取得したスキル通りの動きが保障されます。素手で戦うスキルを取得したのならば、例え伊佐美泰寅が拳を失くしていたとしても、その拳を持って戦う事が出来るでしょう」
女神の答えに、伊佐美はわかったようなわからないような複雑な顔をする。
一応、戦えるのならばよいかと、戦士の項目を指で押したので、腹は決まったようだ。
次に女神に質問を投げかけたのは薬師寺だ。
控えめに手を上げて女神の反応を待っている。
「あ、あの、女神様。あたし、体弱くてへぼへぼなんですけど、それでも大丈夫ですか? 体を動かしたり、走ったりとか……」
「その点は伊佐美泰寅にも言った通り、問題ありません。みなさんの体はゲームシステムが保護致しますので。薬師寺美春香が抱えている病も、日常生活に支障を来たすような悪化は致しません。それに、例え死亡するような負傷をしても、戦闘不能という仮死状態となり、現地の神殿設備で復帰可能です」
神殿で復活という言葉を聞いた瞬間、辰樹と東が微妙そうな顔になった。
死亡しても神殿で復活出来るなど、本当にゲーム染みているではないかと……。
……それに、薬師寺さん。やっぱり病気ひどかったんだな。
どうやらこの女神、生徒たちのフルネームどころか背景に至るまで把握しているようで、薬師寺が病を抱えているという事も明言した。
しかも、口ぶりからするに、日常生活に支障をきたすレベルだそうだ。
そういった病気や、拳が壊れたような大怪我も気にする事無く出来るゲームというのは、いかなるものなのか。
……まあ、死ぬ事がないって言ってるし。安全ではあるのかな。
今ままでのやり取りで集まった情報は、多くはない。
クラス全員が異世界でゲームに参加させられる理由は、不明。
女神の背景も不明で、何やら人知を超えた力を使うという事しかわかっていない。
下手に逆らったり反抗したりすれば、こちらの不利になりかねない条件で異世界へと飛ばされかねないため、現状はこうして下手に出てやり過ごすしかない。
ゲームの参加者たる生徒たちは、その異世界で死ぬ事はないらしい。
それ以上の事を聞き出そうとした辰樹だったが、どうやら女神が勘付いたようで、それ以降キャラクターメイキング以外の話題にはうんともすんとも応えなくなってしまった。
もっと聞き出したい情報があったが仕方がないと、辰樹と東はこのあたりで見切りをつける事にした。
「……えっと、それじゃあ初期取得スキルは、<先制><強撃><投擲>でお願いします」