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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
28/29

5-①

 昼食後の微睡に船を漕いでいた辰樹は、とたとたと小さくも喧しい足音に頬杖を付き損ねる。

 最早誰の足音なのかわかるあたりがどうしようもないなと、食堂のテーブルに突っ伏しそうな身を伸ばして捻って視線を向ける先、息を切らせて食堂に飛び込んできた薬師寺の姿を見た。

 揺れる白い大きな帽子(皆はキノコ帽子と呼んでいる)を直して息を整える薬師寺は、自信あり気な満面の笑みで息を吸い込み宣言する。


「生理用品の開発に成功したよ!」


 しばしの間が起こった。

 「あれれ?」と首を傾げる薬師寺だったが、その後の反応は顕著だった。

 男子勢はほとんどが黙したまま鈍い汗をかき、女子勢は無言のまま立ち上がって薬師寺の下へ集い、そして胴上げが始まったのだ。

 画期的すぎる発明だったのだろう。女子勢の反応を見れば一目瞭然だなと、辰樹はぬるくなったお茶をすする。

 「じゃあ今まで月のモノ、どうしていたのさ?」なんて、聞くほど、辰樹もさすがに馬鹿ではない。

 つい先日やらかしてもいるため、そのあたりの事情には気持ち敏感になっているのだ。

 だから、「ほほう、それは僕たちの世界で市販されていた生理用品と、ほとんど差異がないつくりなのかな?」などと、興味丸出しで眼鏡を光らせる寒河江の姿に、含んだお茶を噴き出しそうになる。

 妙に引き気味になる女子勢を前に、寸部も譲ることなく問い詰める寒河江も寒河江だが、まったく気にした様子もなく解説する薬師寺も薬師寺だ。

 しかしまあ、こういった問題はあまりタブー扱いネタ扱いせずにしれっとした方が男女ともに平穏で居られるのではないかとも思うのだ。

 国によってそのあたりの事情は差が出てくるが、日本のそういうところの良し悪しは一概にこうだと決めつけられないのが痛いところだ。


「いやまあそりゃわかるけれどよ、たっきー。性教育と性犯罪率のデータとか上げ始めたらきりねえぞ?」

「確かにそうだけれどね。でもさ、一真。考えても見てよ。じゃあ、俺たちが送られてきたこの世界、そうした教育面や犯罪率、どうなってるのって」


 言い返して、考え込んでしまった東を横目で眺める辰樹は、それもデータ不足、調査不足だわなと、肩を竦めて息を吐き出す。

 突っ込みどころではあるのだが、それが攻略に関連しているかは定かではない。

 もしかすると魔王を探したり倒したりするうえで貴重なヒントになり得るかもとは思わなくはないが、今は保留としておく。


 この世界に送られてひと月以上が経ち、クラスメイトたちも足並みが揃ったり協調したりという流れが少しずつ生まれている。

 最初はチーム遠江として少数でスタートした攻略支援も、今では協力者が増えたもので、誰から誰までがチームで協力者で、という線引きが薄くなっている気がする。

 線引きが薄くなってきたと言うことは、それだけ互いが自然に協調出来ているということでもあるのだろうなと思う辰樹は、そうなった事で浮き彫りになった問題を改めて意識する。


「あ、辰樹ちゃーんに一真ちゃーん、ちょっとお手伝い良いですか?」


 寄ってくる薬師寺に了解と手を上げ、東と共に席を立つ。

 今からその問題の在り処へ赴くのだ。

 向かう先は宿の二階。そこには未だに顔を出さないクラスメイトがふたり、籠城を続けているのだ。

 食事や日用品などはアイテムボックスを経由して送ってはいるが、ふたりの内片方とは昨晩から連絡が取れず、病気でもしているのではないかと心配になったのだとか。

 なるほど、自分たちはもしもの時のための運搬要因かと頷く辰樹は、さて引きこもりのクラスメイトの顔を知っているだろうかと首を傾げる。


「お春さん、その引きこもりの名前は?」

二条真由美(にじょう・まゆみ)ちゃんだよ。ほら、薄い金髪ショートでマスクしてて、耳ピアスの」

「ああ、お春さんみたいに珍しく登校してきた三人娘の内ひとり」


 我ながらひどい覚え方だなとは思うが、そもそも覚えていただけでも褒めてもらいたいものだと辰樹は頷く。

 聞けば、服飾系に明るい女子のようで、辰樹たちの衣装にストーン収納ポケットを増設するデザインを出したのは彼女なのだとか。


「ああ、って事は、結構前からやり取りはあったんですね?」

「そだね。私が綿花加工して糸つくったら食いついて来てくれて、それからやり取りするようになったの。ほとんどお部屋から出てきてくれないけれど」

「ま、そのあたり何かしら事情あるだろうからなあ。あんまり刺激しないように行きたいとこだけどよ」

「一真さ、なんか最近慎重になり過ぎだよね。いいんだけれど」


 考えなしに突っ走られたら迷惑なので良いのだが、それにしては東の挙動が鈍い気がする。

 まあ、前回の石動の様に“難しい娘”に対しては慎重にならざるを得ないのだろうとは思う。

 そして、なんだかんだと辰樹に初動のお鉢が回ってくるところまで流れが出来つつある。

 嫌な流れだ。断ち切らねばとは思うが、こうして同行した事がもうその流れの内なのでどうしようもない。

 その二条とやらはどうか、そう言った面倒くさい娘じゃありませんようにと、そう願って階段を上りきった先、彼女の部屋の扉が少しだけ開いていた。

 三人で顔を見合わせて、足音を殺して扉の前まで接近。

 なるべく静かにとハンドサインで後続に伝える辰樹は、東と薬師寺がそれぞれ滅茶苦茶なサインで了解を返す姿に頭を抱える。

 そうして三人揃って開いた扉の隙間から覗き見る光景に、一同は言葉を失った。


 色取り取りの布きれが敷き詰められた極彩色の部屋の真ん中に、背の高い薄金髪の女子が扉側に背を向けて立っていた。

 彼女、口元をスカーフで覆ったクラスメイト・二条真由美は、姿見の前に立ち、たった今仕立てあがったばかりであろう黒い衣装を胸元に当てて、目元を緩ませて笑んでいる。

 ご機嫌な様子で体を左右に揺すっていた二条はそのままくるりと時計回りにターン。その最中、扉の影から自分の様子を伺う辰樹たちと、ばっちり目があった。

 元の体勢に戻った二条の表情が強張っていることは、姿見を通じて辰樹にもはっきりと確認する事が出来た。

 まあ御気の毒にと目を伏せて、東と薬師寺の肩を叩いてこの場を後にした。


 ◇


 そうして食堂へと戻ってきた三人ではあったが、その筆舌に尽くしがたい表情は他のクラスメイトの心配を買うようなものだったらしく、辰樹たちを囲んで問い詰められる事になった。

 見たものが見たものだけに、適当に濁そうと考えていた辰樹ではあったが、それに反して薬師寺が身振り手振りで事態の解説を始めてしまったものだから、まあ堪ったものではない。


「それでね、こう……、“しゃららるーん”って感じてくるっとターンして……」

「いやいやあ、お春さんや。なんかこう、“しゅるるらーん”って感じじゃなかったっけ?」

「なんで擬音系なんだよ……」

「じゃあたっきーよ、お前はどんな感じだったっていうんだよ?」

「はあ? ……まあ、こう、“ひゅるりらー”って?」

「辰樹ちゃんそれハ行だよ? ダメだよ?」


 ふたりの要領を得ない姿に呆れ顔で溜息交じりに呟く辰樹は、ふと外した視線の先、食堂の入り口から顔半分だけ出して中の様子を伺っている二条の姿を見付ける。

 普段ならば「ややこしい流れになって来たなあ」と胸がざわつくものだが、不思議と今回はそんな感触がない。

 違和感に頭をかいていると、薬師寺が椅子の上に立って、扉の陰に身を潜めている二条に向かって手を振って見せる。

 ああ、最初からそのつもりだったのだなと頷いて、哀れな引きこもりがお節介どもの案内で食堂内に連れて来られる様を見守る事にする。


 そうして食堂の真ん中の席に座らされた二条、両サイドを薬師寺と遠江が挟み(一応の配慮らしい)、東が取り仕切って質問タイムに移行する。

 季節外れの転校生かと心の中でつっこんだが、似たようなものかと思わなくもない。

 クラスメイトの顔と名前がいまいち一致しない辰樹ではあるが、それでもなんとなく“こんな顔がいる”という認識はおぼろげにあった。

 そういったクラスの中に今まで見たことがない顔が登場するのは、まあ転校生気分ではないだろうかと思うのだ。


 そう考えると、薬師寺の時は意外とすんなり受け入れられたものだなと、ふと考える。


「いやたっきーお前。そん時はクラスメイトは赤の他人モードだったろうよ?」

「今でもだいぶそのつもりなんだけれどね。あと心読むな? ん?」


 心境の変化だろうか、それとも薬師寺が特殊なのか。

 どちらでもいいかと嘆息し、辰樹は質問の列に並んでくるくる回り出すのぶともたちの姿を見守る。


「一番、“のぶとも”の“のぶ”の方、陣内信行にござる! 二条殿は何故マスクで口を覆って御座るかな?」

「……それは、私、口が大きめだから、……恥ずかしくて」

「うぬう、萌えキャラで御座るな? 萌えポイント2に御座るよお!」

「ええ!?」

「二番手は、“のぶとも”の“とも”の方、溝呂木義友に候。 二条殿は衣装関係に強いと耳にして候。その道を志すきっかけはどんなものであったので候か?」

「……ええ、っと。小さい頃から学校あんまり行ってなくて、アニメとかばっかり見て現実逃避してて、それで、キャラクターの衣装作り始めて……」

「うわああ親近感! 超親近感で候よ! 萌えポイント3に候!」

「増えたの!?」

「三番手は俺、高屋敷仁だ。アニメから衣装づくりに入ったと言っていたが、ということはコスプレなどは?」

「するけれど、人がいっぱいのところは怖いから、つくって自分で着てみるだけ。偶にネットで配信したり……」

「ん。精力的で素晴らしいな。萌えポイント7点追加だ」

「ごめん待って、このクラスの流れとか空気がわからない……!」

「大丈夫だよ真由美ちゃん。ここにいるクラスメイトたちは皆マネキンだと思えばいいの。最初はそんな感じで」

「……ごめんなさいお春さん。私それ一番最初から思ってました」


 思わぬカミングアウトで一瞬場が鎮まりかえったが、自分がやらかした時と比べれば笑って流せるレベルだろうと辰樹はひとりで頷いた。

 そもそも二条にとっての“マネキン”とは、画家や写真家にとっての被写体であり、衣装づくりの想像を掻き立てるものに他ならないのだと察しが付いたからだ。

 そのあたりの事情は薬師寺がすかさずフォローを入れるのですんなりと皆に受け入れられた様だ。


 質問タイムはその後もつつがなく進み、二条の拵えた新作衣装のお披露目へと移行する流れとなった。

 先程二条自らが体に当て姿見で確認していた黒い衣装。

 裾や袖などがかなりほっそりとしたシルエットで、かなり細身でなければ袖を通せないだろうなと印象を受けた。

 このクラスの女子では着れるのは遠江くらいではないだろうかと考えていると、察した通り、その衣装は遠江が着る事を想定して作られたのだと二条の口から明かされた。


 急にそんな事を言われて驚いたのは遠江だ。

 衣装を手渡され、その作り手をはじめクラスメイトの期待の眼差しに晒されては、元3-Cのクラス委員長としては着ないわけにはいかないなと、そう考えたようだ。

 頬を若干赤くしながら「着替えてくる」と食堂を後にする後ろ姿を見送った面々は、引き続き二条への質問攻めを再開する。

 とは言っても、“のぶとも”や高屋敷など、二次元に明るい面々との会話に花が咲いている動きが強く、それ以外の面々は彼女の人となりを一歩引いたところから見つめている風でもあった。

 警戒を含んだ視線は無く、自分たちに対して無害な存在であるとわかった事に安心して、それでいて特に距離を近付けていく性分でもない、と言った面々が同じ距離にいるなと、辰樹は感じていた。

 伊佐美だったり、石動だったりする面々だ。


「……なんだよ、朱門」

「いやさ、なんとなく。同じ距離の取り方かなって」


 腕組みして食堂の端席に座っている伊佐美の下へ行くと、あからさまに嫌そうな顔を向けられてしまった。

 まあ当然かと思うも、伊佐美の視線は辰樹ではなく、その付近の虚空に向けられる。

 虚空であるはずの席にはしかし、いつの間にか石動が座っていて、何事もなかったかのように猪瀬お手製の湯呑に口を付けている。

 辰樹が来るとこれがセットになって着いてくると思われたのだろうか。

 確か苦手だと言っていたなと、記憶を辿っていると、何故か蘭堂まで同じ席に移動して来て伊佐美共々思わず椅子からずり落ちそうになる。


「なんで蘭堂までいるのさ」

「なんとなくよー。あーしもああいう賑やかさんな雰囲気はあんまりだし?」

「……ええ?」


 怪訝そうに眉を寄せてみせると、肩を竦めた笑みが返ってきた。


「それよりあの子。お春が引っ張り出した感じだと思う?」

「あ、蘭堂も同意見だ。直感?」

「直感。と、お春が引きこもりの子のところ、ケッコ通ってたから」


 良く見ているものだなと気のない返事をする辰樹は、ならばその地道な動きが身を結んだのだなと、どこか嬉しい気持ちになる。


『なーにを嬉しそうにしているのさ。良いことでもあったかい? それともタイプなの? あ・の・娘』

「あ? いきなり何言いだすのさ?」


 対面に座る蘭堂を細目で見るも、同じ様に「あ?」と細目で睨み返されてしまう。


「つか、今の声、誰さ?」


 テーブルに座る四人で視線を巡らせるも、声の主らしき人物は見当たらない。

 はて、声真似が得意なクラスメイトなど居ただろうかと思う辰樹だが、そのあたりの事情はほとんどわからずであるため該当なし。

 皆して幻聴かと息を詰めいていると、テーブルの上に黒猫が一匹登ってきた。

 思わず仰け反る辰樹は、そう言えばこの村近辺では猫一匹見た事なかったなと頭の片隅で違和を覚える。

 テーブルに上がった黒猫はふてぶてしくも真ん中に寝そべって首をかきはじめる。

 闖入者を見守る四人は、直感的に正解に辿り着こうとしていた。


『なんぞ? 現代日本から来た高校生が猫知らんかしら?』

「はいダウト」


 辰樹は告げて、他の面々も頷いて、完全に油断し切っていた黒猫を捕獲。抑え込んだ。




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