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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
25/29

4-③

 連絡を受けた辰樹はすぐに宿を飛び出した。

 まだ正午を回ったばかりで陽が高く、暗くなるまでにはまだだいぶ時間がかかる。

 しかし、それでも急がねばならない。

 この土地の子供たちが、帰り道に迷子になるなどあるのだろうかと、違和感が心をざわつかせるのだ。

 子供たちは石動が心配で戻ると告げていた。

 それで、真っ直ぐ返って来なかったという事は、どこかで寄り道でもしているのだろう。

 たとえば、石動のお見舞いに、野花などを詰んで?


「……考えがメルヘン過ぎかな?」


 だが、そうでなければこの平和な世界で迷子などという事態が起きるだろうか。

 モンスターはおろか、野生動物とてそれほど人里に降りては来ない程だ。

 それに、懸念はもうひとつある。

 先日まで降り続いていた大雨で、村の近くで土砂崩れがあったという情報。

 地形が変わっている事もそうだが、まだ道もぬかるみ気味だ。

 滑落が起きて巻き込まれる可能性もある。

 悪い考えは上げだしたらキリがない。

 だが、キリがないからこそ、可能性をありったけ洗い出せる。

 そして一番有りそうな可能性が、先ほどのお花摘み説だ。


 駆け足気味に走っていた辰樹はストーンを取り出して、通話を共有モードにする。

 チャット機能に近いもので、本格的に使用するのは今回が初めてだ。


「……というわけで、子供らがお見舞いのためにお花摘みに行きそうな場所、誰か知らない?」


 反応は2件、東と薬師寺からだ。


『俺だ、東さんだぜ! えっとな、村の奥様方の言う限りだと、裏山の開けた場所に子供らの遊び場があるらしいんだぜ?』

『はいはい、お春さんだよー。その遊び場ね、いろんな種類のお花が咲いてる綺麗なとこだよ? お春さんも何度か行ったことあるの。あるある。でも、道のり斜面が結構多くてきつかったはずだよ?』


 ……微妙に当たりくさい? まだ確定には弱いな。


「情報どうも。それと、魔法使い組の誰か、空を飛ぶ使い魔を持ってる人は? 上から俯瞰で探してほしいんだけれど」

『遠江よ。うちのミミズクなら、もう宿までの道を先行させてるわ』

『陣内で御座るよ! 残念ながら、自分はまだ使い魔を持っておらぬので御座る……』

『寒河江だ。僕も同じく使い魔はまだだね』

『……た、高屋敷だ。うちの使い魔はネズミと蝙蝠がいるが、蝙蝠の方は陽が高いと飛ぶのを拒否する』

『蘭堂よー。こっちも、使い魔はまだねー』


 ……となると、空撮できるのは遠江のところのミミズクだけか……。


 遠江の使い魔に改めて上空からの情報収集を頼んだところで、蘭堂から追伸が来た。


『朱門、子供たちの居場所、占ってみよっか?』

「蘭堂、出来るの?」

『さっきも言ったけど、占い自体はケッコやってんのね。で、あーしは占術系の呪文をメインで取ってるわけで。寒河江がバックアップしてくれるって言うし、やってみるよ』

「頼むよ。俺は例の裏山に当たりを付けて言ってみる。みんなも他に有力な場所とかあったら情報回してよ」


 大よその方針が決まり、辰樹は方向転換して裏山を目指して駆け出した。

 この時、通話を共通設定にしていて、寝かせておきたい石動への回線を切ってはいなかった。

 ひょっとすると、このやり取りを聞いて宿を飛び出してしまうのではないか、という危惧もあったが、体力的にも難しいしはずだ。

 それに宿にはクラスメイトがまだ何人か残っていたもので、誰かが見つけて止めてくれるだろうと、そうも考えていた。



 ◇



 <早駆け>スキルの恩恵は思った以上に有用なものだった。

 まず、当然ながら走るスピードが格段に上がっている。

 先程は木にぶつかってしまったせいであまり実感が湧かなかったが、自分の全力疾走以上のスピードで走れるというのは、思ったよりも妙な感覚だった。

 奇妙さと高揚感と、そして何より、疲労が来ないのだ。

 体力、この場合はゲームシステムにサポートされた、ゲーム上のパラメータの話になるが、一定時間全力疾走を続けると、HPが減少するという弊害がある。

 しかし、<早駆け>スキルによる疾走は、そのHP現象を引き起こさない。

 これは新たな発見だなと、辰樹が後で共有化しようと考えている内に、件の裏山の開けた場所とやらに辿り着いてしまっていた。


「案外近場だったけどさ、これは……」


 色々な花が咲き乱れていると言われていた場所は、山の上方から流れてきたらしい土砂や木で無残に埋まっていた。

 土砂の表層が乾き始めているので、少なくとも今日ここに流れて来たものではないだろう。

 子供たちの姿はない。

 足跡や痕跡を探そうとするが、辰樹の目にはそれらしきものは見つけられない。


「こういった痕跡探しは盗賊の領分だったよな、確か……」


 とはいえ、宿屋に残ったクラスメイトの中で、盗賊クラスは東だけ。

 その東が居たとしても、彼の得手は対人の情報収集であるため、あまり役には立たなさそうだ。

 フィールドワークには向かないだろう。


「手詰まりかな……」


 ため息を吐いた辰樹がストーンで皆に連絡を入れようとしたところで、新しい着信が入った。

 共通設定での着信は、辰樹が登録していないアドレスからのものだ。


『もしもし、栄だけど。誰か聞いてる?』


 発信主は栄だった。

 このタイミングでどうして、とも思うが、先ほど辰樹がクラスメイトたちに協力を要請した事を鑑みれば、彼女が連絡を取ろうとした理由はわかりきっていた。


『村のガキども3人保護してるよ。裏山の、開けたとこの近く。今は土砂で埋まっちゃってるみたいだけど……。あ』


 場所を聞いた辰樹が堆積した土砂の横を回り込んで行くと、そこに村の子供たちを連れた栄の姿があった。



 ◇



 栄唯(さかえゆい)は大きめのメガネをかけた女子生徒だった。

 目付きはキツめ。髪は後頭部は刈り上げにして、両サイドを房のように伸ばしている。

 背は女子の平均くらいで、辰樹よりも頭ひとつ小さいくらいだ。


 キャラメイク時に、彼女は魔法使いのクラスを選択していたと“のぶとも”等は言っていた。

 しかし、辰樹の目の前に現れた栄は、魔法使いの初期装備であるローブ姿ではない。

 どちらかと言えば、東のような盗賊職の装備に似た衣装を身に纏っていたのだ。


「栄? でいいんだよな?」

「あたしたち、会った事なかったっけ? ……ああ。朱門、気絶してたか」


 今のやり取りで確信した。

 この盗賊職スタイルの女が栄だ。

 しかし、何故魔法使い装備ではないのか。


「栄ってさ、クラス、魔法使いじゃなかったっけ?」

「大まかにはね。最近、盗賊をクラスに追加したわ」

「それって、マルチクラスって事? 出来るの?」

「レベル10を超えればね。私は今レベル11で、魔法使い10、盗賊1の配分にしてるわ。検証がまだ不完全だったから、ストーンで共有化していなかっただけよ」


 なるほど、と辰樹は栄の言葉に内心で頷いた。

 クラスメイトと協調する気はないようだが、彼女は彼女なりの攻略を行っていたのだ。

 そして、得た情報を共有化する気もあるらしい。


「ともあれ、子供たちの保護助かった。ありがとう」

「たまたま通りかかっただけよ。次は放っておくわ」


 栄の後方では、例の3人が土砂の上に登って遊んでいる。

 見るからに危ないが、辰樹としてはあまり近付きたくないところだ。


「なあ栄、あれ……」

「注意して来いって? 嫌よ。子供のやる事なんだし、好きにさせて置けば?」


 まあ、そうかなーとも、辰樹は思う。

 何かあってもここには自分たちスクローラーがふたりもいるのだ。

 巨大なモンスターでも出なければ何とかなるだろう。


 というかだ、子供たち。

 石動のお見舞いに花でも摘みに来たのではなかっただろうか。

 いつもの遊び場が変貌してしまった事に興奮しているのか。

 それともあの積載した土砂の中からお土産でも見つけようというのか。

 辰樹としては、子供たちが楽しそうなので、このまま放って置きたいところだ。

 下手に呼びつけて近くに寄られても困る。

 物理的というか、生理的に。


 しばらく遊ばせておいて、こちらはクラスメイトに連絡を取ろう。

 子供たちは無事だったと。

 しかし、辰樹がストーンを手にしたところで、新たに着信があった。

 宿で子供たちを占うと言っていた蘭堂からだ。


『朱門? あーし、蘭堂。今どこに居る? ガキンチョども見つかった?』

「見つかったよ。3人とも無事無事。例のお花畑スポットなんだけど、なんかもう土砂で……」

『――そこ、今すぐ離れた方がいいよ』


 蘭堂にしては語気が強く、落ち着きがない口調だなと辰樹は感じた。

 今日初めて話した身の上でなんだが、どこか焦っているような雰囲気を感じるのだ。


『さっき占ってみるって言ってたじゃん? で、ケッカ出たんだけど……』


 どうやら凶と出たらしい。

 通話を聞いていた栄が子供たちの元に走って行き「おーいガキどもー! そろそろ帰るぞー!」と声を上げている。

 その間にも、蘭堂の説明は続く。


『危険とか不吉を現すキーワードが、ケッコ出たんだよ。“水の流れ”“地の底”“石”“毒”“蛇”』


 占いで弾きだされたキーワードを述べていく蘭堂。

 辰樹は、頭の中でそれらのキーワードを繋げて行き、心臓がぴたりと止まる思いだった。

 “水の流れ”と“地の底”は、目の前にうず高く堆積した土砂がそれだろう。

 そして“石”“毒”“蛇”だ。

 ファンタジーRPGにある程度触れた事のある者なら、この単語を聞いただけで、とあるモンスターを浮かべるのではないだろうか。


 辰樹は改めて、子供たちと栄の居る方を見る。

 元気な子供たちに纏わり着かれて渋い顔をしている栄、そのさらに後方に、今まさに土砂の中から滑り落ちようとしているものがあった。

 生き物ではない。

 例えるならそれは、石版とでもいうものなのだろう。

 土砂の中から顔を見せている部分に限定すれば、大きさは120センチ×60センチ程だ。

 それが音を立てて土砂の中から滑り落ちてきて、栄や子供たちがびっくりして後ろを振り返った。


「そこから離れろ! 急いで!」


 思わず、辰樹は叫んでいた。

 蘭堂の占いの結果が芳しくなかった事もあるが、辰樹自身が嫌な予感を覚えていた。

 何か良くない事が起こる、そう直感が告げているのだ。

 そして、直感は的中する。

 いよいよ、土砂の中から滑り落ちた石版の全貌が明らかとなった。


 石版は120センチ×180センチほどの大きさだった。

 厚みは10センチ以上あるだろう。

 “石”というキーワードから、辰樹はモノリスという単語を連想する。

 モノリス。霊的なスポットにそびえる石版や石柱の事だ。

 代表的なものは、イギリスのストーンヘッジなどだろうか。

 日本でも殺生石など、そういった石に関する場所は霊的な伝説に事欠かない。

 この石版はそういった霊的な何かではないだろうかと辰樹は踏んでいた。


「……それに、この石版は……」


 石版の材質は辰樹にとって見慣れたものだった。

 辰樹が今も手にしているストーン、それに使われている加工石と、この石版の材質は、一見して同様のものだったのだ。


「朱門、あれが何かわかる? 何かすごい攻略ヒントみたいだと思うんだけど」


 子供たちを引き連れて辰樹の方へやってきた栄が、石版を遠目に見ながらそう問うてくる。

 単独でフィールドワークをしている栄をして、始めて目にするものなのだ。

 嬉しそうな、そして楽しそうな様子が声色や表情から伺え、人生楽しんでるなあと、辰樹は冷めた目で栄を見る。


「あれ、ちょっと待って。あの石版、何か描かれてない?」


 その栄が、石版に何かが描かれていると気付いた。

 遠目には文字のような、模様のようなものが確かに見えるのだが、辰樹の位置からは良く見えない。


「栄さ、メガネなのに良く見えるね」

「外さなきゃ普通の人と同じくらいよ。それに、見てるのは私じゃないわ。私の使い魔よ」


 栄の視線の先、木の枝に白いカラスがとまっている。

 あれが栄の使い魔だろうか。

 白いカラスは赤い目を光らせ、体や首の角度をせわしなく変えて石版を凝視している。

 そう言えば、使い魔の色覚はどうなっているのだろうか。

 じりじりと寄って来る子供たちを牽制しつつ辰樹がそんな事を考えていると、栄はメガネをはずして目頭を押さえ始めた。

 何か無理をしたのかとも考えたが、遠江が食堂で作業している時に良く見せる動作だ。

 疲れ目だろうか。


「……模様みたいね。文字みたいなヤツじゃないし、この世界の神様か何かを祀っているもの? お地蔵さんみたいな?」

「そういうお地蔵さん的なものって、どういう扱いだっけ……? ……もしもーし、お春さーん?」

『はいはーい、お春さんだよー! こっちの神様は、シンボル的な模様を描いた石版を道の横に立ててたりするよー。道の脇とか、村の小さな神殿なんかに立ってるけど、辰樹ちゃん見た事ない?』

「神殿には死んだら嫌でも行くから、行ってないなー。管理してる僧侶さんが気難しい人だって話だし?」

「私も神殿とかは下見したけど、こんな石版なんてあったっけ? 道に立ててある石版って、ほんとお地蔵さんくらいの大きさじゃなかった?」


 わずかな沈黙の後、薬師寺が「その模様って、私も見れるかな?」と聞いてくる。

 おそらく、石版に掛かれている模様がどの神様のシンボルかを確認したかったのだろう。

 それなら、スクロールのデータベースに信仰する神格リストがあったはずだなと、栄はストーンを操作して該当のものを検索し始める。


「それよりもさ、一度ここを離れようよ。蘭堂の占いでやばめって出てるんだ。あの石版を調べるんだったら、後でも出来る」


 子供たちが近付いて来てもすぐに逃げ出せるよう、わずかに腰を引きながら辰樹が言う。

 薬師寺の要望通り、ストーンを撮影モードにして対象である石版を遠間から映し出す中、しかし栄は、返事だけしてストーンで検索を続ける。


「子供たちは朱門が持って帰って。私はこれの調査を続けるから」

「いやいや、持って帰ってって……。わ、来るな。近付くなよ? お前ら? おーけー?」


 おーけー! と子供たちは元気に返事して、しかし飛び込んでくる気満々だ。

 占いの結果や先ほどの嫌な予感よりも、こちらの方が余程脅威だ。

 辰樹の注意が子供たちとの攻防にすべて持って行かれそうになった時、それを引き戻すかのように栄が声を上げる。


「……見つけた! この模様、邪神の眷属を表すものだ……!」

『あったよ! この模様は邪神様のシンボルだね!』


 邪神の眷属を表す模様。

 その意味を考えようとする辰樹だったが、それより先に事態が動いた。

 石版に描かれた模様が、淡い光を発し始めたのだ。

 何かが起ころうとしている。

 というよりは、もう何が起こるのか半ば確信していた。


「こんな演出されればさ、嫌でもわかっちゃうよね?」

「……あら、奇遇ね。私もよ」


 辰樹が剣と盾を装備し、栄は短い金属製の短杖を取り出し構える。

 臨戦態勢だ。

 只ならぬ雰囲気に、子供たちは急いでふたりの背後へ退避する。

 石版の模様が発していた光は、始めこそ淡く儚げなものだったが、徐々に黒く禍々しいものへと変質していった。

 やがて石版自体が振動するようになり、幾本もの亀裂が生まれ、音を立てて砕け散った。

 そうして噴き出してきたのは、まるで雨雲のように濃い黒の色。

 瘴気という単語が辰樹の脳裏を過る。

 立ち上る瘴気のせいか、周囲一帯が陰ったように明るさを落とす。

 陽はまだ高く、雲もかかっていないというのに、まるで日食の最中のような陰りだ。


 そうして、辰樹と栄の目の前で、瘴気は形を持つ。

 その形は、全高は2メートル程の巨大な鶏だった。

 黒い羽に赤い鶏冠、その鶏の尾羽の部分には、鶏にはあり得ない器官があった。

 尾羽の部分から、蛇の胴体が生えていたのだ。


「――バジリスク。……いえ、この場合はコカトリスってとこ?」


 杖を構えた栄が頬に冷や汗を見せながらも、口角を上げて笑んだ。



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