3-⑤
昼の手合わせは夜練にも引き継がれた。
体感のズレを補正するコツを掴んだ伊佐美と、戦士クラスのスキルをテストしたい男鹿の意見が合致して、戦闘訓練の継続となったのだ。
当然、辰樹もそれに着き合う形となり、今は佐藤と相対していた。
辰樹はいつもの半剣と盾のスタイル、対する佐藤は槍を構えた姿だ。
「いいか。対人戦、その基本の考えは、相手の機先を制し続ける事だ。つまり、相手が思い描く理想の動きをさせない事。相手が殴りかかろうとしているなら、それをさせるな。刀や銃を抜こうとするなら抜かせるな。そこからもう一歩突っ込んで、足を踏み出す動きを封じる、整った呼吸を乱すところから出来れば上出来だ」
距離を置いて向かい合った辰樹と佐藤に、腕組みした伊佐美が声を飛ばす。
実戦の指南役としての役割に踏ん切りがついたのか、嫌々やっているという風はなく、むしろこれが自分のするべき事かと悟った風でもあった。
「朱門なんかは、そこら辺得意だろうな。機先を制す方法は、ぶっちゃけ何でもいい。相対する予定の相手の弱みを握ったり、メシに薬盛って仕込みをつくっておけば、体動かすのが苦手でも、それなりに行けんだろう」
「はい、伊佐美くん。心情的に、ご飯にそういった混ぜ物するの、反対かな」
「心情、大いに結構だ、佐藤。その手段を回避できる限り回避すればいい。必要なのは、だとしたら自分がどういう手段を選ぶのかを、あらかじめ自覚しておく事だ」
「自分の手段を、ねえ……?」
辰樹としては、仕込みや前準備無しで、状況を見て飛び込んで現場で判断するため、そういった手段を選んで用意して挑むというのは、実は馴染が薄い。
今までは、感覚を頼りに即興で立ち回ってしまっていたため(かつ、地雷踏んで相手のペースを乱していたため)、下ごしらえをするという考えが乏しいのだ。
基礎を積まずに感覚だけで立ち回って、そのうえで目に見える結果を出してしまっていた事で、以前の男鹿のように辰樹の事を“やれるヤツ”だと認識しているクラスメイトも少なくはない。
伊佐美には、そこそこ運動できるやつが体育の授業でスポーツなんかやって、部活でそのスポーツをやってる生徒よりも上手く立ち回ってしまうようなもんだ、などと言われたものだ。
その例えで辰樹はおろか、男鹿や佐藤も腑に落ちて拍手喝采となったのを、伊佐美は渋い顔で反応に困っていたものだ。
では、この状況はどうだ。
辰樹は、自分と相対している佐藤を見る。
槍の柄を両手で握り、目線の位置で保持して、こちらに穂先を向けている。
武器の姿を最小限にする構え方は、辰樹の位置からだと、その穂先しか目にする事が出来ない。
抱いた感想は、これはなかなかやり辛い、というものだった。
武器を大きく振り回さずに、最小限の動きで最大限の結果を狙う構え。
足運びで距離を調整し、目線の位置で槍を隠しているという事は、明らかに頭部やその直下の心臓狙いだ。
距離を詰められるかどうかを気にして相手の足元に注意を置いてしまうと、目線の位置にある穂先を見失ってしまう懸念がある。
加えて、佐藤の得物は槍だ。
辰樹に対して穂先を向けて、しかも柄が穂先に隠れるようにして構えられているため、正面から一見しただけでは槍自体の長さが計れない。
その上、手の中で柄を持つ部位を変える事で、足元とは別に武器の方でも距離を保つための基準をつくることが出来る。
上手く扱えば、常に自分の有利な間合いを保持できるのだなと、相対した辰樹は実感する。
辰樹は初期装備に槍も選択しているが、こういった使い方もあるのかと、その奥深さに感心するばかりだ。
そして、伊佐美に指示された構えや動きをすぐに実際に形にしてみせる佐藤も相当なものだなと、感心を重ねるばかりだった。
剣道などやった事ない者が竹刀を持てば、その切っ先はぶれて落ち着きのない姿になると、容易に想像が着く。
実際の武器に置いてもそれは同じはずなのだが、佐藤の姿にはその初心者特有の“ブレ”というものがない。
構えた穂先はぶれず、槍の柄は穂先に隠れて姿を現さない。
そして、態勢も崩れず足さばきも安定しているとなれば、辰樹もいたずらに踏み込むような真似が出来なくなっていたのだ。
これには外野で見ていた伊佐美も男鹿も驚いて間の抜けた表情を見せていた。
本業の伊佐美が息を飲むほどだから、使い手としては相当なものだろうと、辰樹はこのクラスメイトの姿に底知れぬものを見る。
それでいて、当の佐藤は困惑の表情ながらも率なく動きをこなしているのだから、なんとも言えない。
しきりに「これでいいのかな……」「合ってるかな……」と自身なさげに指南役からの指示を完遂してしまうのだから恐ろしい。
本人に言えば否定されたり嫌な顔をされる事請け合いだが、こう思ってしまう。
佐藤はおそらく、この宿に残ったクラスメイトの中では、伊佐美の次に動ける者だと……。
「しっかり機先制されて動けないなコレ。近付いたらヘッドショット食らいそうだよ」
「う、うん……。確かに狙いは頭だけれど……。あんまり気乗りしないんだよね、人に刃物の切っ先を向けるの」
佐藤は姿勢を崩す事なく、困った様に笑う。
自分が実戦で通用する動きを取れたとして、それを誇ったり自信にしたりという事はない。
むしろ、そこまで動けるのならば、いざ“その時”がくるような事があれば、真っ先にその矢面に立たなければと、そう考えているだろう。
ずっと、戦士のクラスを選んだのに戦わなくていいのだろうかと悩んでいた彼女だが、自分がそれなりに戦えるとわかって、改めて内心を自覚したのだろう。
自分は、戦うのは嫌なのだな、と。
「……別に、佐藤が矢面に立って戦う必要なんてないと思うんだけれどなー」
辰樹は何気なく、いつものように、揺さぶりか地雷踏みかわからないような言葉をかけ始める。
佐藤は姿勢を崩さず、黙してその言葉に聞き入る。
「現状さ、佐藤が戦うのを拒否したって誰も佐藤を責めないし、責める資格なんざないと思うけれどね? 基本は皆バラバラで、思い思い自分の好きな事やって、そうしてこの世界での自分を確保しようとしている。元の世界の自分じゃなくて、この世界での自分だ」
この異世界において、辰樹たち転移者の事を村人たちは“魔法使い見習い”と呼ぶ。
かの魔王が盛況した時代に活躍した、異国からの旅人がそうだったという逸話から、そう認識されているのだろう。
そう言った曰くつきの集団なのに凶兆として見られないというのは、ここの村人たちはどれほどお人よしなのかと、辰樹は心配になる程だ。
“魔法使い見習い”である自分たちが、この世界とどう関わってゆくのか。
その答えを真っ先に出しているのは、転移して間もなく鍛冶師に弟子入りした猪瀬だろう。
今も師に教えを請いながらもクラスメイトのサポート役まで買って出る要領の良さは、辰樹も見習うべきところだなと感じている程だ。
そう言った意味では、いま対峙している佐藤も、この世界での自分の立ち位置をすでに確立していると言える。
とはいえ、当人はその立ち位置に甘んじて居て、自らが本当にやるべき事を疎かにしているのだと考えている節がある。
だからこそ、こうして夜練に加わり、戦闘訓練にも積極的に参加しているところなのだが、そうしてはっきりしたのは、自分は戦いたくはないのだと内面が主張しているという事だった。
たとえ人から戦う事を強要されなかったとしても、戦士クラスを選んだ以上は前に出て戦うべきだと、佐藤自身は考えていた。
反して、それを嫌だという気持ちも自覚していて、調理場を逃げ場所にしている事もしっかりと自覚している。
起こってもいないこと、しかし起こり得る可能性の先を気にしてストレスを溜めているのは不健康だなと辰樹は思うのだが、こればかりは本人の意識によるものなので、口出しししてどうにかなるような問題ではない。
……ああ、そっか。何となくわかったかも。
「佐藤さ。自分が明日交通事故で死ぬかもしれないって、思った事ある?」
唐突な辰樹の問いに、佐藤は何事かと眉をひそめた。
「佐藤が考えてもやもやしているのはさ、たぶんそういう事だと思うよ。可能性はあるけれど、誰も本気でそうなるとは思っていない事。俺たちが実際に戦う事すら、まだ確定はしていないんだ。可能性はありありだけどね」
言われた佐藤は自らの苦悩と辰樹の言葉とを頭の中で比べてみるが、どうにも釈然としない様子だ。
「……それとこれとは、別じゃないかな?」
「そう思う? じゃあさ、俺が今から……」
辰樹は言って、ストーンを見ながら相談中の伊佐美と男鹿、その先の宿屋を眺めて、
「今から、宿屋で寝っこけているクラスメイトも、おじいちゃんおばあちゃんも皆殺しにするって言ったら、どうする? ついでに村人全員サクッと殺っとこうか?」
冗談めかした様子もなく、真面目な顔でそう問うた。
佐藤は息を詰めて身を竦ませ、伊佐美も男鹿も眉をひそめて辰樹たちの方を見やる。
「……辰樹くん? どうしてそんなこと……」
「有り得ない話じゃないだろう? 理由なんてなんでもありさ。イライラした。ムシャクシャした。気に食わなかった。そんな理由で、人を傷付けること出来るよ。人の悪意なんざ、突っ込んでくる車よりたくさんあるんだ。そもそもさ、気心の知れないクラスメイトを前にして、贅沢な悩み方する方がどうかしてるよね?」
まだ困惑している佐藤を余所に、伊佐美と男鹿はすでに動き始めていた。
半身になって辰樹の動きに合わせようとする伊佐美と、大盾を装備して身を低くした男鹿。
どちらも、辰樹の次の行動を制するための構えだ。
煽っておいてなんだが、辰樹自身はもちろん、今言った通りの事などするつもりはない。
クラスメイトが赤の他人だと言うのなら、なおさらそんな風にする理由もないのだ。自分が害されるという危険がない限りは。
理由もなしに悪戯に敵を作って回るような面倒な事は、漫画の世界だけで充分だよねーと、片眉を上げて内心で笑い飛ばす。
しかし、辰樹と出会って日が浅い戦士組は、警戒を解けずにいた。
ここ最近の夜練で打ち解けてきてはいるものの、まだまだ互いの事を知らなすぎるのだ。
悩んでいる佐藤を悪戯に驚かすのは可哀想かなーと思う辰樹ではあったが、自分の役割はあえて地雷を踏み潰す事かなと、今はそういう立ち位置を意識している。
東がわざわざ辰樹にこういった事を、他のクラスメイトのサポートをやろうと言いだしたという事は、辰樹のやり方を使おうという事でもあるのだ。
余計な負荷をかけて佐藤を追いつめてしまわないかと、最初の方こそ心配した辰樹だったが、ここ最近のやり取りである確信を得ている。
佐藤は、こうした目に見えた弱さを持ってはいるが、決して弱いわけではない。
狡いだけだ。
狡さを持つ事を、辰樹は悪いとは思わない。
思わないが、佐藤自身がそれを自覚せずもやもやする、といった今のような状態は、恐らくはこれからずっと続くだろう。
どこかで自分の状態をはっきりと自覚しておけば今後も変わってくるのだろうが、辰樹としてはうまい説得が思いつかずにこのような言い方しか出来なかった。
例えにしても、もっとわかりやすく適切なものが必ずあると確信しているが、辰樹はそれを見つけられなかったし、選べなかった。
だから、このままいくしかないなーと、いつものように余計な気を抜いて、悩めるクラスメイトに接するのだ。
「ま、起こるかも知れない事故を怖がってるのもいいけれどさ? 事故が起こったときにおろおろするだけの人に、ならないといいよね?」
皮肉げに言って、脅かしついでに鋭く一歩踏み込んで見たところ、即座に鋭いカウンターが辰樹の額を直撃した。
槍の穂先ではなく石突の方。佐藤は辰樹に向けていた穂先をわざわざ反転させ、石突を使ってカウンターを放ったのだ。
カウンターを放った側である佐藤は、確かな手応えにびっくりして、そして申し訳なさそうな顔になってしまう。
ふたりの間に割って入ろうとしていた伊佐見も動きを止めて呆然として、男鹿に至っては「ええええ?」と、思わずといった具合に驚きの声を上げていた。
額が浅く割れる感触と、脳が揺れて視界が歪む中、辰樹は「なーんだ」と、つまらなそうな、しかし安心したかのような心持ちだった。
少なくとも、佐藤が事故に合っておろおろするだけの人ではないと、確信が持てたからだ。
◇
辰樹が次に眼を覚ましたとき、辺りはまだまだ暗く、汗が引いたせいだろうか、少し肌寒さを感じた。
ひとり裏庭に寝かされていて、視界の端に伊佐見と男鹿が対峙している姿を見つける。
佐藤の姿はない。こりゃ確実に嫌われただろうなーと、覚悟していた陰鬱さを噛み締めて身を起こすと、額に濡れたタオルが乗せられていた事に気付く。
「それ、佐藤がやったやつだからな。後で礼言っとけ」
辰樹が眼を覚ました事に気付いたのか、伊佐見と男鹿は練習を切り上げてこちらへやって来る。
「こりゃどうも。お騒がせして」
「全くだ。クラスメイトに余計なトラウマ植え付けるんじゃねえよ」
面倒くさそうに言う伊佐見ではあるが、いつもの仏頂面に少しの陰りがある。
たぶん申し訳なさかなーと辰樹は考え、どうやらそれは当たりだったようだ。
「……損な役回りさせたな。見返りがあるわけでもねえっていうのに」
「俺は、ほら。慣れっこだし? ま、佐藤のご飯が生命線なんだからさ、気が落ちて味まで落ちられたら、堪ったもんじゃないよね?」
「それお前が言うのかよ……」
主語をすっ飛ばしたふたりの会話に着いていけない男鹿は、ひとりで視線を右往左往させ、やがて消沈したように俯いてしまう。
「で? ふたりの方はなんか収穫あったの?」
「まあ、な。一応、体感のズレとか誤差なんかは、だいぶ無視して行けるようにはなったな」
素っ気なく言う伊佐美だが、それ実はかなりすごい事なんじゃないかと辰樹は眉をひそめる。
「そもそも、その“ズレ”ってなんなのさ? 格闘技経験者ならわかるような何かなの?」
「……なんつーかなー。どうなんだろうな……。例えばよ、朱門がいつもやってる運動とか習慣とか、なさそうだな?」
「ないよ」
辰樹が即座に答えると、伊佐美も男鹿も納得といった表情で頷いた。
そんなに運動音痴扱いかなーと目を細めていると、伊佐美は軽くジャンプをして緩い構えを取ると同時に語り出した。
構えはボクシングのものだ。
「例えばよ、ボクシング素人が打つでたらめなジャブと、経験者、あるいはベルトホルダーが打つジャブは、まったく違うもんだって考えは、あるか?」
「あるある。そういうもんだって思ってるさ。それが?」
「当然、ジャブ打った結果は違うわけだ。素人のはヘロヘロのパンチで、プロなら人の意識を一撃で刈り取るパンチ。で、俺らが持ってる巻物は、その差を無効、帳消しにする」
「ヘロヘロパンチが、壁破壊するくらいの威力になるって事?」
「違うな。ヘロヘロパンチしか打てないヤツが、壁破壊できるレベルのパンチを打つ形になるって感じか? ……実際にスキルやらなんやら使ってみた感触は、正確化、って感じだ。素人の構えが、経験者プロの取る正しい形に整えられる、正されるんだ。しかも、肉体はその動きを再現できる形だって事になってやがる」
「……事になってる?」
「俺の右手、ちょっと色々あって、拳の骨がボロボロになっちまってるんだがよ。ちゃんと骨が元通り、道場通いしてた頃みてえな形で打てる。なんつーか、バンテージ巻いたとかそういうんじゃなくてよ、砕けた拳の上に、同じ大きさの拳がもう一個あるって言うかよ……」
だんだん要領を得なくなって行く伊佐美から目を逸らし、辰樹は男鹿に説明を求める。
「パワーアシストアーマーって、朱門は知ってるか? 巻物のもたらす効力は、俺たちがそういう物を身に着けているようなものだと、俺は思うんだ。パラメータ、筋力なんかを高く設定したら、パワーのあるアーマーになって。魔法なんか使う人だと、その魔法の発動手順や効果範囲なんかが頭の中にインストールされている状態、もしくはすぐに検索できるような辞書がある、って感じかな」
例えばと、男鹿は自らの甲冑の襟を掴んでがしゃがしゃと音を立ててみせる。
「俺なんかは、こうしてフルプレートを着てはいるけれど……。これ実は、大して重くはないんだ。俺はキャラクターメイク時に筋力と耐久力の値をカンストさせていて、初期装備で一番重くて硬い防具を選択したんだ。普通なら、重すぎて着て動く事も出来ないような重量物を纏って、こうして動き回る事が出来る。パラメータのアシストのお陰でな」
「なるほどなー。じゃあ、俺たち巻物所持者は、目には見えないパワーアシストアーマーを着込んで、この世界に降り立ったってわけか」
「さしずめ、潜水服や宇宙服みたいなものだろうね。伊佐美が言ってた体感のズレっていうのはたぶん、そうした目には見えない力、のようなものを体に纏っていて、自分の思い描いた動きではなく、そのスキルやプレイヤーキャラクターとしての正確な動きに型が正される事だったんじゃないかと思うんだ。体に染みついたクセを矯正されるような感じかな?」
「猫背の背中にものさし突っ込まれるようなものかあ……」
わかりやすくも微妙な表現に、3人揃って複雑な表情になる。
「だがまあ、実際にスキルやらなんやら使って体動かしてたら、そういうのにも慣れてきた。もうちょい詰めれば、スキルやら何やら使いつつ、元から会得してた動きなんかも出来るようになるだろうよ」
「お、全盛期の伊佐美復活って感じ?」
「全盛期なんてもんはねえよ。積み上げてきたもんと失くしちまったもんと、そして今があるだけだ。ただまあ、なんつうか……」
気持ち悪いもんだなと、伊佐美は吐き捨てるように言った。
「男鹿に相手してもらってようやく納得いく感じになったけどよ、それまでは気持ち悪さで吐きそうだったぜ。砕けた拳でものをぶっ壊せるし、どんだけ動いて疲労が溜まって来ても、まだ動けるって感触が残ってやがる……」
「あー。スキルに引っ張られての最適化か。HP残ってればまだ動けるよ、って感じか?」
辰樹が宙に放った疑問に、頷きを返したのは男鹿だ。
「まだ寝込んでいる“お館”……、ああ、高屋敷の事だ。“お館”は低体温症が治ったはずの今でも、体にはその感触が残っている。ステータス上は完治していても、後遺症が残ってるんだ。これは、伊佐美の拳の怪我を僧侶の神秘術で治癒出来ないのと同じだ」
「キャラメイクするよりも前に砕けていた拳は治せない。で、ゲーム上、あるいは見てくれが治ったとしても、怪我したり病気になった事実と感触は残るって事か……。随分と頼りない着ぐるみ(パワーアシストアーマー)だよね?」
「どうだろうな……。これ、裏を返せば、俺たちは肉体的には絶対に死なないって事だよ。どんなに傷付いても治療や神秘術で元通りになる。ただし、負傷の痛みが体に残る。たぶん、一度死んだら……」
「……死んだ時の感触も、ずっと残ってるって事かよ……」
伊佐美の不機嫌そうな呟きを締めにして、今夜の夜練はお開きとなった。




