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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
17/29

3-①

 辰樹は手にしたナイフでジャガイモの皮を剥いていた。

 ジャガイモだ。この和風郷土な異世界にはジャガイモがある。

 村人たちが田畑で様々な野菜を栽培している事は薬師寺から聞かされていたが、まさかこの世界観でジャガイモなのかと、辰樹は釈然としない唸りを上げる。

 釈然とはしないものの、こういった現代日本で食されている品種がある事は有りがたい。

 味や触感に違和感がなく、調理方法も同じとなれば、誰でもそれなりにやりようがあるからだ。

 これがファンタジックな奇妙な見た目、奇抜な味、奇怪な副作用の3連コンボだったなら、食に重きを置いていない事を自他共に認めている辰樹でも、数日で辟易してしまっただろう。


 ……いや、でもまあ。ファンタジー的ご飯にも興味はあったよ? ドラゴンのお肉のステーキとかさ?


 しかし、モンスターのモの字も出てこない現状、それを期待する気持ちは萎んでしまい、完全になりを潜めている。

 そもそも、ドラゴンの姿が視界に入るような日常がこの世界の常だというのならば、のどかな田園風景を維持するのは難しかっただろう。

 この村の外どころか宿からも出た事がない辰樹ではあるが、そう言った超常レベルのモンスターへの対抗手段が集落レベルや国レベルで存在しない事は、なんとなく雰囲気で感じ取っていた。


 こういったファンタジー的だったり現地の社会的な考察なりは、もはや3-Cのブレイン役として落ち着いた寒河江の領域になりつつある。

 寒河江が曰く、この世界があくまでゲーム世界だというのならば、召喚対象の自分たちにとって不利や不自然を与えない措置のようなものが成されているのだろうという事だ。

 例えば、この世界の住人は、少なくともこの村の住人は白人だ。

 しかし、使っている言葉や文字は、なんと日本の文化圏のものである日本語や、漢字カナ混じりの文章なのだ。

 先日、先行して町に着いたという水沢から送られてきた地図も、日本の山形県に酷似しているとして物議をかもしたものだ。


 ファンタジック山形(命名:のぶとも)。

 日本の山形県のような形状の大地こそが、辰樹たちが転移させられた異世界の形だ。

 このファンタジック山形が、地球という星の日本という国にある山形なのか、それとも次元の壁を越えたどこかに存在するまったく別の世界なのかは、まだ確証を得ていない。

 それでも、実際の地形との相違を確かめようと、遠江が使い魔のミミズクを飛ばして地形を空撮しようと試みたのだが、あまり高高度を飛ぶようには無理があるとして一時断念していた。


 文化的な考察諸々は興味がある者たちが集まったタイミングで話に上がってはいるが、まだまだ情報不足の域を出ていないのだ。

 それでも抱かざるを得ない違和感のようなものについては、辰樹の相方も感じていたようで、くしゃみ鼻水と共に愚痴を零している。


「なーんか、ちぐはぐなんだよなあ……。この世界はよ? ……ぐっすん」

「一真ー。手が止まってるよー? あと鼻水すごいよー」


 辰樹が座ってジャガイモの皮を剥いている後ろ、東が大量の玉ねぎをみじん切りにして号泣していた。


「悪い、待って……。玉ねぎ、みじん切り、思った以上にきつかったわ。本職の料理人さんにゃあ、頭が下がりますわー」

「ここじゃまず、おばあちゃんと佐藤に頭下げとこうか? 残った連中が半分だけとは言え、クラスみんなの分の食事、用意してるんだからさ?」


 まったく良くやるものだと、辰樹はかまどの火を見ている佐藤を横目で見た。

 佐藤恵(さとうめぐみ)

 背が高く、長い髪をポニーテール状に結っている女子生徒。

 キャラメイク時に戦士のクラスを取得した佐藤は、ほとんどいつも、赤いタンクトップに茶色い皮のズボン姿だ。

 3-Cには珍しく社交的な部類に属していた彼女だが、まあ、クラスが3-Cなので話す相手が委員長の遠江くらいのものだった。

 転移してくる以前から辰樹は佐藤と話した事が一度もなかったが、東の方は毎朝毎夕雑談に花を咲かせている姿を度々見かけ、それはこちらの世界でも同様だった。

 こうしてチーム遠江のお使いとして調理の手伝いに呼ばれると、休む間もなく話しているので、よくよく話題が尽きないものだなと呆れ半分感心半分といった心境だ。


「手伝ってくれてありがとうね、ふたりとも」


 笑顔で礼を言う佐藤は、かまどから鍋を持ち上げて鍋敷きに置き、別の鍋――というよりはフライパンに東のカットした玉ねぎを落として行き、すぐに火にかける。

 かまどなど触った事のある現代人が、果たしてどれくらいいるのだろうか。

 佐藤の手際はあまりにも慣れ過ぎていて、とても一朝一夕に覚えたものとは思えなかった。


「佐藤ってさ、昔はおじいちゃんおばあちゃんの家に預けられていたりした?」

「うん? ううん、そんな事ないよ? 昔からおじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしていたし、両親の帰りが遅いし弟妹たくさんいるから、台所は私の担当なの」

「いやー、めぐっちさんよ? それにしたって、簡単にかまど使って料理出来るっていうのは、なんか尊敬通り越して若干引くんだけどよ?」

「火の回りのものだから、毎日ごはんつくってれば、だいたいわかるよ?」


 しれっとすごい事をいうものだなと、辰樹も東も目を細めて佐藤を見る。

 しかし、佐藤はそんなふたりの方こそすごいものだよと、おかしそうに笑うのだ。


「東くんも朱門くんも、ここ数日でだいぶ刃物の扱いうまくなったよね? 最初の頃は5分に1回指切ってたのにね」

「やーやー。んーなっはっはっは。学習するんですよ、東さんはね?」


 格好つけて言う東の向う脛を軽く蹴っ飛ばした辰樹は、確かにイモの皮むきがうまくなったものだなと、手にしたナイフをくるりくるりと回して見せる。

 最初の頃は佐藤の言うとおり「このままじゃ、指が無くなる……」と深刻な顔でおっかなびっくり手元に気を使っていたものだが、今ではどれだけ皮を薄くできるかに挑戦する余裕まで見せ始めている。

 まあ、ジャガイモは、特に日が経って皮が緑になり始めたものは、少々身を削って皮を残さない方が良いのだと言われて凹んだ事は、誰にも内緒だ。

 ちなみに、チーム遠江の女性陣はふたりほど不参加だ。

 遠江と薬師寺は料理が全然駄目で、辰樹や東がいるよりも作業効率が落ちてしまうため、佐藤に「また今度お願いね」とやんわり断られている。

 遠江は最初からあきらめていると言った風だったが、薬師寺の方は挑戦心を燃やしており、なぜかその熱意を薬草栽培に注ぎ込んでいた。

 ミリアムは危なげなく調理出来るものの、辰樹がいる時は気を使って厨房に入らないようにしている。

 今現在では東が厨房に付きっきりとなり、辰樹とミリアムが交代で補佐に入るというローテーションが出来上がっている。


「ほんと助かってるよ、チーム遠江の攻略支援。お料理の人数増えると効率良くなるし、ストーンがあるからスマホみたいにメモしたレシピすぐに探せるし」


 そう言って、佐藤は厨房の壁にかけていたストーン(10インチ版)に指で触れて、あらかじめメモしておいたのであろうレシピを呼び出してゆく。


「おばあちゃんから教えてもらったレシピもだいぶ溜まって来たし、そろそろこっちの世界のお漬物あたり挑戦しようかな……」


 などと、調理環境を満喫しているように見えた佐藤だったが、ふとその表情が陰る時がある。

 東がそれとなく理由を聞き出せば、返って来た答えは「自分はこんな事していてもいいのだろうか?」というものだった。

 困ったような顔の佐藤は、かまどの火を見ながら続ける。


「……その、私ね。ゲームとかあんまり得意じゃなくて、それどころかやった事もなくて、弟たちがテレビ占領してやってるのを横目で見てるだけなんだけど……。それで、こんな事してていいのかな、って思って……。東くんたちにお手伝い頼むのもそうだし……」

「いやいやめぐっちさんよ。めぐっちさんがご飯つくってくれて、俺たち大助かりだぜ? おばあちゃんひとりに任せるってのも心が痛むしよ、めぐっちが率先してやってくれたおかげで取っ掛かりが出来た、っていうの? それに俺ら、そういう役割選んだわけだし?」

「うん。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……。役割、か……」


 東が口にしたキーワードに、佐藤は自らが抱いていたのだろう悩みを重ねていたようだ。


「ほら、私、戦士のクラスじゃない? 戦うためのクラスを選んだのに、全然関係ない事してて、いいのかなって……」

「それはさ、まだいいんじゃないかな。戦う状況っていうのが、今のところ見えてこないんだし」


 佐藤と東の会話に、イモを剥きながら辰樹が割り込んだ。

 実際、戦士や魔法使いといったファンタジーRPGのクラスを取得してこの世界にやってきた辰樹たちではあったが、今のところ戦うべき敵というものが見当たらず、向こうからもやってくる気配がないのだ。

 倒すべき対象であるはずの魔王は大昔に倒されており、この世界の住人からもその存在が忘れられて久しい。

 人や集落を襲うモンスターというものも魔王の時代の産物であり、この平和な時代には存在しないのだ。

 せいぜいが畑を荒らす害獣に悩まされる時期がある程度で、とても“戦士”の出番があるとは思えない。


 ならば、そういった環境で戦士のクラスが必要な状況とは、どんなものか。

 辰樹が考えるそれは、対人戦だ。

 人間対人間。つい先日、食堂で御堂を倒した時のような対人戦。

 しかし、その時とは決定的に異なる点がひとつある。

 相手はこの世界の人間であり、万が一にも殺めてしまった場合、蘇生する事が出来ないという当たり前の事実だ。


 もし“そういう状況になった”場合、辰樹は嫌々ながらも戦うのだろうなと、自分を突き放して見つつ、そう考える。

 あの時御堂にやったように、言ったように。

 しかし、他のクラスメイトたちは、それが出来るだろうか。

 少なくとも、ここでかまどの火を守っている戦士らしからぬ戦士に、それが出来るとは到底思えない。

 本人もこの世界の住人を相手にするのは嫌だろうと、今日までの異世界生活を見て、なんとなく察しはついている。


 ……まあ、この村にいる限り安心だろうけれどね。あんまり苛烈な団体さんはないっていうし……。


 そう肩をすくめて見た辰樹だったが、その平穏がいつ崩れるかはわからない。

 現に、3-Cの面々がこの世界に召喚されるという異常事態がすでに起こっているのだ。

 これから先、何が起こっても不思議ではない。


 そうなると、召喚されて早々にクラスから離脱して姿をくらませたままのクラスメイトたちの動向が気になるところだ。

 不要に現地人とトラブルを起こしてはいないだろうか。

 取り返しの付かない事になってはいないだろうか。

 決して当人たちを心配しているわけではなく、こちらに飛び火するのを避けたいがための心配だ。

 何故か辰樹の心を読んだ東が鼻をつまんで「ツンデーレッ」などと吹いていたので、再び向う脛を軽く蹴っ飛ばしてやった。


 佐藤は、辰樹の言葉に理解の頷きを見せたものの、納得は出来ていない、どこか腑に落ちないという表情で調理に戻っていった。

 それはそうだろうなと肩を竦める辰樹は、東が低く唸って佐藤を見つめている姿に、「またか」とため息を吐く思いだった。


「一真さ、佐藤にもちょっかい出す気? 結構いつも話してて仲良さげだと思うけれどさ。一真ってそもそも、こんなにひとりの女の子に入れ込むタイプじゃないよね?」

「おーいおいおい、たっきーや。勘違いするなって。俺は別にめぐっちさんとラブラブカップルになろうなんざ考えてねえよ。そりゃあま確かによ、いろんな女の子たちと仲良くイチャイチャしたいって思うけどよ? 結婚を前提にお付き合いしたいってわけじゃあ、ないわけよ?」

「お遊びハーレム気分って感じか」

「人聞きの悪い事言わなーい。東さんは等しく女の子と仲良くなりたいだけですー。やましい気持ちしかありませんー」


 かまどの火を見ていた佐藤が振り向いて「なんの話?」ときょとんとして聞いてくるのを、辰樹と東は諸手を上げて「なんでもなーい」と全力で誤魔化す。

 佐藤に聞かれるとあまりよろしくないと思ったのか、東はイモの皮を剥き続ける辰樹と肩を組んで、隅に寄って行ってひそひそと事情を話し始める。


「めぐっちさんよ、なんか、悩んでるじゃん? 戦士なのにお料理番長やってていいのかなーって」

「それは、たった今話を聞いたしさ、納得してはもらえなかったけれど、一応現実味のある考え方を提示したつもりだけれど?」

「そこんとこを、もうちょっと踏み込んでよ? めぐっちさんが納得出来るような考え方や、なんか方法をだな? 見付けてみる気はないかいたっきー?」

「あ、なに? チーム遠江の攻略支援って、そういう事までするわけ? 他人様のメンタルケアまでやる義理あるの?」

「いやまあ、たっきーの言う事もご最もなわけだがよ? それでメンタル崩して暴走とかされんの、たっきー的にもあんまり美味しくないって考えてんじゃねえのかなって」


 考え至っていた部分を的確に突かれたものだなと、辰樹は諦めの意を込めて両手を挙げた。

 降参のポーズ、東の企みに乗ってやろうという考えだ。


「……そうは言ってもさ、俺はあんまり、そう言う説得とか、説き伏せたり窘めたりって、苦手だよ。一真はよく知ってるだろう?」

「いやいやご最も。ご最もなんだけどな? それでも、たっきーだから出来るって場合もあるのさ。特に、めぐっちさんみたいなタイプだと尚更だ」


 東がそこまで言う意図こそわからなかったが、クラスメイトの不調を放置して後々大事になるという可能性を、辰樹自身放って置きたくはなかった。

 決して善意や下心からの行動ではないと念を押すのを、東はにやにや笑って頷いて聞いていた。




 ○




 そうして食事の仕込みが一通り片付いた頃には、もう昼食時となっていた。

 この村の農夫たちは昼食を摂らず、田畑に持ち込んだ食事を数回ある休憩の時に食べるというスタイルを取っているらしい。

 最初は昼に一度引き上げて食堂で昼食を取っていた面々も、今では朝早くに佐藤にお弁当をつくってもらい、現地での休憩中に食べるのだそうだ。


 ただ、お弁当の注文をしているのは、そういった村人の手伝いをしているクラスメイトたちだけではない。

 そのうちのひとりが、厨房のカウンターに顔を出す。


「すまない、誰か居るか……?」


 白い全身甲冑に身を包んだ強面の気弱男。

 戦士クラスの男鹿だ。


「お、男鹿ちん? どうしたよ? 今日は探索切り上げたのか?」


 やあやあと東が皿を拭きながらカウンターの男鹿のところまで歩み寄っていく。

 東の言うとおり、男鹿はゲーマーコンビの陣内や溝呂木とパーティを組み、この村周辺の土地をフィールドワークとして探索している。

 男鹿たち3人は朝早くに佐藤の弁当を持って“のたうつ牡鹿亭”を出発、帰ってくるのは陽もとっぷり暮れた頃というのが習慣となっていた。

 そういうわけで、男鹿がこんな真昼に宿の食堂に居るのは珍しい光景なのだ。


「いや、今日は、探索に出なかったんだ……」


 どうにも気落ちして肩が下がってしまっているその様子に、東も「今日は休みか?」などと軽い口調で聞いたりはしなかった。

 いつもは締まらない二枚目半の笑みを、いかばかりか真面目なものにして、「悩みがあるなら言ってみろよ? 出来る事なら協力するぜ。チーム遠江がな?」と、早速チーム巻き込みプレイを開始する。


「……ああ、そうだ。恥を忍んで、相談があるんだ」


 深刻な表情で告げる男鹿に、東も辰樹も、いよいよ真面目な表情になって顔を見合わせる。


「おっし、わかった。取りあえず、昼飯前に話聞くぜ? なあ、たっきー?」


 東の提案に諸手を上げて了承を示した辰樹は、イモの皮を片付けに入った。




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