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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
14/29

2-④

 昼間に長時間眠ってしまうと、夜は眠くなくなってしまうものだ。

 昼寝ばかりしている辰樹は、正にその状態だった。

 ベッドに潜り込んでも全然眠くならない。

 やっと睡魔が来て眠りに落ちたとしても、すぐに眼が覚めてしまう。

 蝋燭に火を灯してスクロールを開いてみると、時刻はまだ真夜中だった。


「……ちょっと夜の村でも散策する?」


 独り言で誰にも届かない疑問を投げかけた辰樹は、ズボンをはいて部屋を出る。

 “のたうつ牡鹿亭”は2階建てで、客室は1階と2階にそれぞれある。

 辰樹の部屋は2階の奥で、すぐ横に屋根裏へ続く階段が降りている。

 屋根裏へはいつもここから登り降りしていて、立てつけの悪さを直す方法も覚えてしまっていた。


 月明かりが差しこむ薄暗い廊下は、実はあまり静かだとは言い難い。

 時折、他の部屋からいびきや歯ぎしりなどが聞こえてくる事があるのだ。

 まさか、女子じゃないよね? などと内心で呟く辰樹は、扉が開けっぱなしになっている部屋を見つける。

 1階へ降りる階段の手前の客室だ。誰の部屋かまでは把握していない。

 扉を締めずにトイレにでも行ったのかとも思ったが、それにしては不自然な箇所があった。

 開いた部屋から、何かがもぞもぞと這い出しているのだ。


 ……ええー。何これ。異世界に来てホラーなの?


 恐る恐る、なるべく足音を立てないように近付いて見ると、部屋から這い出していた物の正体がわかった。

 毛布だ。毛布が部屋の中から廊下へ向けて、投げ出されるように広げられているのだ。


「……ええ? どんな寝相?」


 苦笑交じりに近付いた辰樹は、次の瞬間毛布がずるりと動いた事に思わず飛び退き、「うお!?」と声まで挙げてしまう。

 まさか、典型的なシーツお化けだろうかと肝を冷やすのもつかの間、毛布の下からミミズクが出て来た事でほっと胸を撫で下ろす。

 遠江の使い魔のミミズクだ。ならば、この部屋は遠江の使っている部屋なのだろう。


「遠江の使い魔くん? 何してるのさ」


 近付いてしゃがみ込み、ミミズクを上から覗き込む。

 ミミズクはつぶらな瞳でしばらく辰樹をじっと見つめた後、何事もなかったかのように嘴で毛布の端を咥え、力いっぱい引っ張り始めた。

 使い魔の主は何をしているのだと部屋を覗き込むが、部屋の中はもぬけの殻だ。

 訝しげな視線を使い魔に戻すと、小さなミミズクはちょうど、毛布と一緒に階段を転げ落ちて行ったところだった。


「ちょっちょっちょと!? 使い魔くん頑張りすぎじゃない!?」


 慌てて階段を駆け下りると、ミミズクは毛布に包まる形になって目を回していた。

 微笑ましいなあと顔をほころばせた辰樹は、毛布ごとミミズクを拾い上げて、主人を探して歩きはじめた。

 腕の中のミミズクは意識を取り戻すと、自らを抱えている辰樹の方を見上げて、暴れもせずになすがままになった。主人のところまで運んでもらえると思ったのだろうか。

 人間慣れしていて仕草がいちいち愛らしい。辰樹自身も使い魔が欲しいなと思い始めるが、残念ながらクラスは魔法使いではなく戦士だ。


 ……クラスチェンジって出来たっけ? それとも、マルチクラス取得は?


 確か、そういったクラスに関する部分もスクロールに記載されているはずだが、こう両手が塞がっていてはスクロールを取り出す事も出来ない。

 スマートフォンとまでは言わないが、もっと扱いやすい携帯端末なら良かったのに。

 そう愚痴を口の中でもごもごさせていると、食堂の入り口で足が止まった。

 ミミズクが腕の中で羽ばたくような動きを見せたのだ。

 使い魔とはいえ、さすがはミミズクの形だ。その羽ばたきはあまり羽音がしない。


 ミミズクの主人は食堂の椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏して寝落ちていた。

 ほとんど溶けてしまった蝋燭には弱々しい火が灯ったままで、遠江の寝顔をほんのりと照らし出している。

 主人の有り様を見かねた使い魔が自己判断で部屋に毛布を取りに行ったのだろうか、それとも寝落ちる前の遠江が最後の気力を振り絞って命令を出したのか。

 後者の方が有力かなと、辰樹はミミズクをテーブルに置いて遠江に毛布を掛けた。


「……あ。委員長、メガネしたまま寝てるよ」


 テーブルに突っ伏し腕を枕代わりにしていた遠江は、メガネをかけたままだ。

 そのままでも大丈夫なのかと思いきや、弦がずれているせいか、寝顔が痛そうだ。

 外してやろうにも、下手をすれば起こしてしまうかもしれない。

 悪戯しようとしていたなどと勘違いされてしまえば、異世界でも人生が終わる。

 ならば、ここは使い魔たるミミズクの役目だ。


「というわけでさ、使い魔くん。キミの出番だよ?」


 小声で囁くように告げると、ミミズクは辰樹をじっと見上げて目を合わせ、よたよたと体を揺するようにして主人のところまで歩いて行った。

 そうして、嘴でメガネの弦を咥えて外すのだろうなーと辰樹が見守る中、ミミズクはなんと遠江のおでこを容赦なく突っつき始めたのだ。

 思わず声を上げそうになるのを堪えてミミズクを引き離す辰樹だったが、おでこを突っつかれた衝撃と痛みで遠江は目覚めてしまった。


「……鳥が、鳥が襲ってくるの……!」

「ヒッチコック監督の有名な映画があるよね。鳥が襲ってくるやつ。委員長、もしかして怖い夢見た?」


 使い魔のミミズクを指で揉みながら遠江の様子を見守っていると、使い魔の主人はうわ言のように何事か呟いて辰樹の方を見た。

 目を細めてメガネを両手でつまんで上下させ、寝ぼけ眼の焦点を合わせているようだ。


「……朱門くん? と、ミミズク?」

「はいはい。朱門辰樹withミミズクは夜行性です?」


 辰樹に続いてくわっと嘴を開くミミズク。

 意外にノリが良いのは主人の影響なのだろうか。


「……夜這いしに来たの? 朱門くん」

「委員長? 寝ぼけてるの?」

「……委員長じゃなくて遠江よ。……駄目よ、朱門くん。……私たち、まだ高校生なんだから……」

「委員長、遠江さ、絶対寝ぼけてるよね、今」


 それからしばらくは意味の通じない言葉を辰樹に投げかけていた遠江だったが、だんだん意識がはっきりしてきたのか、徐々に顔が赤くなっていき、やがてテーブルにおでこをごっつごっつとぶつけ始めた。


「……死にたい! ちょっとだけ、死にたい!」

「死んでも復活出来るらしいけどさ、この世界。あんまりおすすめしないかな。そういうの」


 精神安定のためにとミミズクを返すと、遠江はひったくるように毛玉を取り返して、撫でたり頬ずりし始めた。


「寝るなら自分の部屋で寝た方がいいんじゃない? ミミズクくん、遠江の部屋開けっ放しで毛布取りにいったんだけど?」

「……まだ、やる事あるから。ごめんなさい、毛布は私の部屋に戻しておいてくれないかな」

「風邪ひくといけないから毛布かけて作業すれば? ひざ掛けとか」

「……それもそうね」


 遠江は毛布を膝にかけると大きく背伸びをして、テーブルの上のスクロールに向き直った。

 ミミズクを左手側に置いて撫で繰り回しながら、スクロールの羊皮紙上に羽ペンを走らせる。

 一心不乱に作業に没頭する遠江の表情は笑みだ。


「楽しそうだよね、遠江」


 何気ない辰樹の言葉に、遠江は驚いたような顔をして作業の手を止めた。


「私、楽しそうに見える? そんな風に見えるの?」

「うん。なんか、わくわくって感じで。口の端っこも楽しそうに持ち上がってるしね」


 「あらやだ」と遠江は赤くなった自分の頬に手を当ててもにゅもにゅと揉み始める。

 にやけ顔をクラスメイトに見られたのが余程恥ずかしかったというものあるのだろうが、どうやらそれだけではないらしい。

 表情に少し、影が差したのだ。


「……不謹慎かな。みんなが元の世界に帰れないのに、ゲームのシステム弄って楽しんでるのって」

「不謹慎って……。いいんじゃないかな。みんなで協力して魔王倒すぞーって風潮じゃないんだし。遠江のやってる事は、魔王攻略のために動く誰かの助けになるって考えればさ。それに、誰かを害しているわけじゃないのに、楽しんでるのを不謹慎だなんて、それは言いがかりだと思うけど?」


 辰樹の言葉に、遠江は「そっかあ……」と呟いて、俯いてしまった。


「もし私が逆の立場、朱門くんの立場だったら、絶対に不謹慎だって、言ってたかなあ。……ううん、違う。不謹慎とかじゃなくて、ずるいって思ってたはず」

「ずるい? 楽しんでるのが?」

「うん、そう。ずるいなって」


 俯いたままだと声が小さくなってしまうからだろうか、遠江は伸びをするように上体を逸らした。


「私の両親って、それなりに躾けに厳しくて、ゲームなんかもやっちゃダメって言われてきたの。だから、うちには据え置きのゲーム機も携帯ゲーム機もなくてね……」

「ええ? 携帯とかスマホのゲームは?」

「うん、黙って登録しようとしたら、履歴チェックされてて、すごい怒られた」


 それは……と、辰樹はかける言葉を失してしまう。

 昨今高校生の娘の携帯電話の履歴までチェックする親がいるのか。

 息が詰まるどころの話ではないだろう。


「うちの両親は、自分たちが絶対正しいって考えてて、一般常識って言葉を盾にして、融通が利かなくて、娘にまでその考え押し付けて……。小さい頃からそんな風に、好きな事やりたい事を我慢して来たからかな……。周りのみんなが楽しそうにしてるのを見ると、ずるいって思っちゃう。私はこんなに我慢してるのにって……」


 嫌な子だよね、と。

 遠江の顔は自嘲するようなものだった。


「これじゃあ、誰も協力してくれなくて当然だよ。せっかくの非日常で、異世界でファンタジーでゲームで、元の世界の事なんて忘れて楽しく遊ぼうとしているところに、八つ当たりみたいにきつい事言われたら嫌だもんね。私自身が親にされて嫌だった事を、みんなにしようとしてたんだ。委員長って肩書使って……」


 昼間からしきりに委員長禁止と言ってきたのは、こういう理由があったからか。

 3-Cのクラス委員長としてではなく、クラスメイトの遠江雪枝として、クラスのみんなと接しようとしていたのだろう。


「それでも、委員長って肩書を捨てて、改めてみんなのことを見るのって、結構大変だったよ。この3日間、ただのクラスメイトとしてみんなに接しようとしていたけれど、やっぱりどうしても、心の中でずるいなって思っちゃう。でもね……」


 遠江は手元のスクロールに視線を落とす。

 作業中の紙面上には様々なメモの羅列があり、整理される前のそれは辰樹が見ても良くわからないものだった。


「今日、朱門くんと東くんと、みんなとの交渉材料探しを手伝ってもらって、自分に出来そうな事がわかって、手を付けられて、夢中になって、――楽しいって、思った。思っちゃった。人が楽しんでるのを『ずるい』ってやっかむ私が、こんな私が、楽しい事しても、いいのかな?」


 答えに窮する質問だった。

 易しい難しいといった次元の話ではなく、そんなものを人に聞くのかという次元の話だ。

 そこで、辰樹はようやく遠江雪枝がどういう人物であるか、その末端を掴んだような心地だった。

 このクラスメイトは、幼い頃から楽しみを取り上げられて来たのだ。

 自らの楽しみを諦め、他人が楽しんでいるのを「ずるい」と妬みやっかむしかなかった。

 自らが心の底から楽しめる事を探そう、とはならなかったのだろう。

 たとえそれを見つけても、親に潰されてしまえば終わりだ。

 そんな環境で何を楽しみにして生きていけばいいのか。

 今まで遠江雪枝は、何を楽しみに生きて来たのか。


「遠江ってさ、何かやってる最中に楽しいって感じても、そんなの不謹慎だ、不真面目だって思って、自分で楽しみに水を差しちゃう感じ?」


 気になった事を聞いてみる。

 返答はイエスだった。


「ずっと、楽しんじゃいけないんだって考えてたからね。ううん、楽しいって思う事は不真面目なんだって、自分で置き換えて勝手に納得してただけかも。今まで、ずっとそうして来たから……」


 それはいったい、どれ程の地獄だっただろう。

 必要のない縛りを自分で設けて生きるのは……。


「……もしかしてさ、遠江が髪短くしてるのって、両親に反抗して、とか?」

「……朱門くん、よくわかったね。びっくりだよ」


 ……伊達に他人様の地雷踏みつぶしてないからねー。


「うん、そう。……染めるのなんて言語道断で、黒くて女らしい長さであるべきだ、なんて言われたから。女らしさって、何? って感じで、ぷつんってきちゃって、すっぱり切っちゃった。校則的にも短いのは全然大丈夫だから。さすがに、丸刈りにする度胸はなかったかな……」

「そんな度胸無くてよろしいです。でもさ、意外と思い切りがいいんだね、遠江って」

「間違ってるって、おかしいって思ったら、絶対に譲りたくないから……。一般常識だって言われても、結局個人の好き嫌いレベルだったり、ただ世間体が良くないってだけだったりするし……。自分の趣味嗜好が、他人の押し付ける価値観に、そんなものに左右されるがすごく嫌で……」


 それで、反抗したかったのか。

 反骨精神豊かでよろしいなと目を細める辰樹だったが、ではなぜ、御堂に言いくるめられていたのかと疑問もわいてくる。

 おそらくは、遠江個人の問題ではなく、クラス全員の問題だったからだ。

 遠江自身の事だけを言われたのならば、怒ってぷつんと切れる事が出来たのだろう。

 しかし、クラス委員長という肩書を背負ったうえでこの環境下では、それも出来なかったのだ。

 実際にクラスを離れる者もいる中で、自分が至らないからだと遠江が思い悩んでいただろうことは、想像に難くない。

 そこを、御堂に付け込まれたのだ。


 ……さすがは、好きな人の事。よく見てるよね……。


 あの時、自分が割って入らなければどうなっていただろうか。

 そう、辰樹は考えそうになって、止めた。

 もう過ぎてしまったことだ。

 御堂からの敵意を引き受ける事になったし、チーム遠江として他のクラスメイトたちに協力し、助け、出来ればまたひとつにまとめようと働くことになってしまった。

 仕方ないと納得したはずだ。

 関わると決めた以上、最後まで面倒を見る。


 では、こうして気落ちして自嘲気味になっている遠江に、何か言葉をかけてやるべきだろうか。

 この、ゲームを楽しもうとしている者たちをずるいと思いながらも、そう思ってしまう自分を嫌っている遠江雪枝に。


「ゲームってさ、勝利条件いろいろだけど、どのゲームにも絶対に設けられている、最低限の勝利条件があるんだ」


 「それは?」と聞いてくる遠江に、辰樹は彼女の顔を見ずに告げる。


「楽しんだら、最低限大勝利。例え、最高スコア弾き出しても、アイテムフルコンプしても、楽しくなかったらそれは敗北だよ。だから、遠江は楽しんでもいいと思う。……いや、違うかな。このゲームを遠江が楽しまなきゃ、魔王を倒して攻略完了して元の世界に戻れたとしても、完全無欠の敗北者だよ」


 ゲームである以上、楽しまなければ。

 そんな最低勝利条件すら、辰樹は未だクリアできていない。

 自分が言うのもおかしな話だとは思いながらも、辰樹は続ける。

 自分の事は棚上げにして……。


「女神だか、見知らぬ誰かの意図でさ、勝手に放り込まれたけど……。このゲーム、勝つためには、攻略するためには、まず楽しまなくちゃ。俺はまだこのゲームを楽しめそうにないけどさ、遠江はもう楽しい事見つけてるよね?」


 辰樹の言葉に、遠江はどこか肩の荷が下りたように息を吐いた。

 教室に居た時も、この世界に来てからも見た事がない、柔らかな表情だった。


「……そっかあ。私は、楽しんでもいいんだね」


 使い魔のミミズクを手招きして、抱きしめるようにした遠江は、大きく背伸びすると、改めてスクロールに向き直った。

 そのまま作業に入ってしまったので、辰樹は自分の方をじっと見つめているミミズクに手を振って、2階の寝室に戻ることにした。


 食堂を出ようとした辰樹に、背後から遠江の声がかかる。


「私、手伝うから。朱門くんが楽しめるようになるといいね……」


 辰樹は振り向かずに手だけ挙げて、食堂を出た。


 帰りに、不可抗力で遠江の部屋をじっくり覗いてしまってもバレないよねー? などと考えたのだが、遠江のミミズクがよちよちと、そんな辰樹の後ろを着いて来ていた。

 無言の追跡。何故が監視されているような気がして、辰樹は道すがら遠江の部屋の扉をそっと閉めて、自分の部屋に戻った。

 ミミズクは辰樹が部屋の扉を閉めるまで、廊下に立ってこちらを見ていた。



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