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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
13/29

2-③

 辰樹が何気なく発した言葉に、意見を纏めていた東と遠江が「え?」と顔を上げた。


「どういう事、朱門くん」

「ほら、この計算。羽ペンで書くと……」


 東と遠江の目の前で実演すると、その結果にスクロールを覗き込んでいたふたりが「おお」と声を上げる。


「あ、ほんとだ。たっきー大発見じゃん?」

「発見は発見だけどさ、どうすんのさこれ。確かにめんどくさい計算とか自動でやってくれるのはありがたいけど、それ以外に使いようある?」

「ほっとくと文字が勝手に消えるんだよな? だったら、お絵かきボードとかに出来るじゃん?」

「どうすんのよ。それ」

「……」


 特に使い道を思いつかなかったのか、東は頭を抱えて黙り込んでしまった。

 駄目だーと唸って東に倣った辰樹は、遠江が自分のスクロールを見て押し黙っているのを見た。


「委員長、何か思いついた?」

「委員長はもう禁止。何度も言わせないで。……計算が出来るって事は、演算能力があるって事よね? このスクロールには……」


 独り言のような遠江の呟きに、辰樹と東は顔を見合わせて「そりゃあね」と頷く。


「演算能力があるのなら、もしかしたら……」


 言葉をそこで止めて、遠江は突然、自分のスクロールに羽ペンで何かを書き込み始めた。

 鬼気迫る表情で手元を進める遠江。辰樹と東は、その手元を恐る恐ると言った具合に覗き込む。

 遠江が書き込んでいるのはアルファベットの小文字や記号の羅列だった。


 辰樹と東が顔を見合わせて首を傾げる中、分厚い本を何冊も両腕に抱えた、灰色の魔法使い衣装の人物が食堂に入って来る。

 何気なくその人物を見た東が、思わずといった風に椅子から立ち上がった。


(ぶん)ちん!? 文ちんじゃん!? お前今までどこにいたんだよ!?」

「やあ、東。久しぶりだね。朱門も。遠江くんは、何か作業中かな?」


 本を抱えた人物は、クラスメイトの寒河江文彦(さがえふみひこ)

 クラスの副委員長であり、背が高くメガネの似合う秀才として知られている人物だ。

 朱門の知る限りでは、この異世界に召喚されてすぐに姿を消した人物のひとりだと認識していたのだが……。


「ちょっと、この村の村長に会いに行っていてね。この村にある蔵書を読ませてもらっていたんだよ」

「帰って来たって事は、調べもの終わりかよ?」

「いいや? 飲まず食わずで読書していたら、昨日の夜あたりに倒れてしまってね。本は貸し出すから適度に休養挟んで読めって叱られてしまったよ。いやはや、親にもあまり叱られた事がなかったものだから、新鮮だったし嬉しかったねえ……」


 饒舌に話し出す寒河江を見て、辰樹は「はて」と首を傾げる。

 教室で見る寒河江は、いつも自分の席で静かにハードカバーの本を読んでいるというイメージしかなく、こうして饒舌に語り出すような人物には思えなかったのだ。

 やや興奮気味というか、テンションが徹夜ハイの領域に足を突っ込んでいるような雰囲気なので、この異世界召喚に余程興奮しているのだろうなと、なんとなく結論付けた。

 目の下にクマをつくりながらも清々しい笑みを浮かべる寒河江に、東は席を立ち呆れ顔で近付いてゆく。


「お前なあ……。仮にも副委員長なんだから、クラス纏めるとかしろよー。お前がいない間、委員長頑張ってたんだぜ?」

「それは、すまないと思っている。けれど、僕らが引き留めたところで、みんな素直に言う事を聞いてくれるかな? 手ぶらで協力を頼み込んでも聞き入れては貰えないと思ったから、先に何か、みんなの注目を惹きつけられるものがないか探していたんだよ」


 寒河江のやろうとしている事は、辰樹たちが今から行おうとしている事とほぼ同じだった。

 他のクラスメイトたちに協調を求めるための交渉材料探しだ。

 ただ、辰樹たちは複数人で、寒河江はひとりだ。


 ……この辺、うちのクラスのメンツだよなあ。


 とはいえ、何が何でもひとりでやらなければならないという感じでもないので、協力を申し出れば仲間に引き込めそうなところではある。


「そいで文ちん、なんか収穫あったのか?」

「まだなんとも、だね。面白い部分はたくさんあるけど、いろいろ話すのは、これを全部読み終えて、まとめてからにしたいところかな? そちらはどうだい? 見たところ、遠江くんが何やら作業中だが……」


 分厚い本を抱え直した寒河江は、遠江の手元を覗き込み、ぎょっと目を見開いた。


「これ……。遠江くん、これはC言語かい?」


 声を震わせて寒河江は問うが、作業に没頭する遠江は、周囲の音が聞こえていないようだった。

 それどころか、寒河江が3日ぶりに姿を現した事にも気付いていないかもしれない、それほどの集中力だった。

 代わりとばかりに東が、C言語とは何ぞやと寒河江に問う。


「プログラミング言語の事だよ。パソコンのプログラムを組む時に打ち込む言語。……そうか、遠江くんが巻物にC言語を書き込んでいるという事は――」


 ――このスクロールは、パソコンと同等か、それ以上の能力があるんだ。

 寒河江が発した言葉に辰樹と東は驚いたが、しかし何故驚いたかは彼ら自身わからずにいた。

 というか、パソコンだとしたら排熱などどうするのだと半眼になる辰樹だったが、魔法テクノロジーで有耶無耶になっているのだろうと、無理やり自分を納得させた。


「文ちん、このスクロールがパソコンと同じだったとして、いったい何が出来るって言うんだよ?」

「じゃあ、東。逆に聞くけど、パソコンがあると何が出来る?」


 東は真っ先に「エロゲ!」と言って、一瞬手を止めた遠江の冷たい視線に耐えられず、床に五体を付けて謝罪した。


「演算か……。エクセルみたいな表計算とか?」

「当たりだよ、朱門。高度な演算が可能になる。とすると、何が出来るか? 建造物や、車といった工業製品の設計図の作成。人や物、書籍などの膨大なデータの管理。天体の動きや天候をはじめとする波風の予測。等々……。現代日本ではあらゆるものが演算と計算の元に成り立っている。社会の基盤をつくれると言っても過言ではないよ……!」


 寒河江は持っていた本をテーブルに置いて、両手で頭を抱えつつも、顔には満面の笑みを浮かべている。

 すごいものを発見したと言わんばかりの表情だが、辰樹にも東にも、その重要性が今一ぴんと来ないのだ。

 だから、話が何とか自分たちに理解できる領域に降りてこないかなと、そちらの方向へ頭を捻る。


「じゃあ、例えば、寒河江? もしスクロールがパソコンの代わりになるとしたら、お前だったらどう使うんだ?」

「……っと、そう具体的に問われてしまうと、ちょっと言葉に窮するね。うーん、今の僕だったら、読んだ本の内容をコピーしておく機能が欲しいかな。電子書籍のようにね」


 寒河江はそう言って、村長から借りてきた本の一部を掲げて見せた。

 確かに、あんな分厚い本を大量に読むとなると、かなりの時間と労力を消費する事になる。

 村長から借りた本だけでも、ここにあるのは5冊。読み終えるには1日では足りないだろう。

 人海戦術を使うにしても、協力的なクラスメイトは10人に満たない。

 それに、作業が増えれば見落としが出たり、精査にムラや無駄が出て来て、さらに時間が取られるだろう。

 これから他の村や町、もしくはダンジョン等で古文書のようなもを入手する場面も出て来るはずだ。

 そういった文書に対する対策も、確かに必要なのだ。


「でもさ、それをするにはスキャナーとか、周辺機器みたいなのが必要になるよね? いくらスクロールにパソコンみたいな能力があるって言っても、周辺機器がなきゃ、どうにもならないんじゃない?」

「それは確かにそうだね。けれど、スクロール自体がそもそも高性能ならば、そういった周辺機器の代用品をつくるための設計図やら必要な材料やらを割り出してくれるんじゃないかな。それこそ、ゲームみたいに」


 寒河江の言葉に、辰樹はなるほどと頷いた。

 あの女神の言う事が確かならば、これはゲームだ。

 ならば、そういった機器を自作する事も攻略の一部という事になるのだろうか……。


「じゃあ、寒河江がスクロールに求める追加機能はさ、本文の転写と、あとは取り込んだ本の内容を検索する機能とか?」

「そうだね。それと出来れば、書物の紙面、羊皮紙の材質に何か仕掛けがされていないなどを判定する機能も欲しいけれど、そこまでは自分の魔法でカバーしなければだね」


 さすがに材質の判定までは出来ないか。

 そう思っていると、遠江が「出来るわ」と、顔も向けずに言ってくるものだから、辰樹たちはびくりとして彼女の方を見る。

 作業しながら受け答えするだけの余裕が出来たのか、それとも作業が行き詰ってしまったのか、遠江は羽ペンの先でスクロールの端を突きながら辰樹たちと会話する。


「年代や暗号なんかはスキャンする道具を新造すれば行けると思う。寒河江くんが言った通り、材料になるような要素を質問という形で書き込んで行けば、スクロールの方である程度のひな型を作ってくれるみたいなの。ほら……、こんな風に……」


 遠江がスクロールに文字を書き込み、その部分を丸で囲んで“保存”と書き込む。

 すると、滲んで消えた文章がスクロールの端の方に小さく現れる。

 「おお」と声を上げる男3人の注目を集めた遠江は、続いて“レイアウト変更”“音声付与”と書き加えると、呪文リストとパラメータの表示を入れ替える時に、電子音染みた音が起こった。


「ね? “こういう仕様にしてほしい”って、子細を直にスクロールに書き込めば、スクロールの方でその要望通りに仕上げてくれるの。メモ書きの保存やレイアウトの変更なんかもこれで出来るようになるわ」

「それは……、すごいね。でも、それだけ高性能になると……」

「ええ。わざわざC言語なんて使わなくても、日本語で“こういうの!”って子細を書けば、その通りにプログラムを組んでくれるの。これじゃ、何世代も先の、遠い未来のコンピューターよ……」


 羽ペンを放り出した遠江は、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見た。

 心地よい疲労と残念が合わさったような表情だ。


「……いけるんじゃないかって、調子に乗ってた自分が恥ずかしい。勉強してたプログラム関係の知識が生かせると思ったら、スクロールのスペックが高すぎて、そういうの全然必要なかったの」

「まあまあ、気を落とすなよー委員長ー。委員長の発見でよ、これからいろいろ出来そうなんだぜ? なあ?」

「委員長は止めて、東くん。……そうね、でも。まず何をするべきかな?」


 遠江の身を起こしての問いかけに、辰樹たちはしばらく黙考する。

 最初に意見を出したのは辰樹だった。


「遠江さ、クラスメイト全員と交渉するのが大前提だったよね?」

「え? うん……」


 いきなり話が飛んだように、遠江は感じただろう。

 だが、頭の回転が速い寒河江はもう気が付いたようで、顎に手を当て笑みを浮かべている。


「スクロールの機能にさ、他のスクロール所持者に連絡を取るっていうの、あるよね。お手紙機能」

「そうね。それが……」


 あ、と遠江が目を見開く。どうやら彼女も気付いたようだ。


「個人同士で連絡を取り合えるって事は、全員に一斉発信も出来るんじゃないかな。遠江の話を聞いた感じだと、それも簡単に出来ると思うんだけど?」

「おいおいたっきー。それってよ、メールなんかの全体送信したり、連絡入れたくないやつハブったりとか、そういうのかよ?」

「うん。それでさ、寒河江の言うとおり演算なんかで難しいプログラムが組めるならさ、もっと便利な事もできるよね。……俺はあんまり馴染ないけれどさ、ええっと、なんて言うの? あれ。一真が良く女の子とデートするとか言ってたやつ」

「SNSの事かよ? ……って事は、音声チャットとか、共通掲示板みたいな情報交換スペースを設けようって感じか?」

「あ、それだよ。俺はあんまりそういうのやってないけれどさ、情報共有できるツールが増えれば、村の外に出たクラスメイトともリアルタイムでやり取り出来るようになるだろう? それに、掲示板みたいなのがあれば、攻略情報やこの異世界で感じた事、思わぬヒントなんかも聞けるんじゃないのかな?」


 辰樹と東のやり取りを聞いていた遠江が、その表情を明るいものに変化させてゆく。

 辰樹の提案は、スクロールのSNS化だ。

 離れた場所にいるクラスメイトたちと声のやり取りをする事。

 そして、情報交換を行える“場”をスクロール上に設ける事だ。

 遠江が求めていた交渉材料が、こうして形に成ろうとしている。


「よーし。まずは音声チャットね。映像なんかも、映せるようにできれば便利だよね? あ、あとは、基本的な機能の確認なんだけれど、プレイヤー同士のアイテムのやり取りとかは、できたっけ?」

「そこら辺も今から試してみるよ。遠くの相手にアイテムを送れればさ、それだけでかなり攻略が楽になる。情報と、武器とか補給がノータイムで手に入るのって、結構すごい事だよね?」


 そうなってくると、最大の問題はひとつ。

 先ほど辰樹が言ったような、スクロール本来の機能を阻害しないかどうかだ。

 しかし、遠江の表情は明るい。

 スクロールを弄り始めたこの短時間で、感触を掴んだのだろう。


「さっき言ってた、スクロールを弄ったせいで神殿で復活できなくなったりしないかっていうのは、大丈夫よ。スクロールのブラックボックスは、私たち人間程度の思考能力で弄ったくらじゃ揺らがないわ。それでも心配なら、私のスクロールで実験してからみんなのスクロールに反映させるって形にするから……」

「通信とかアイテムのやり取りするの、ひとりじゃだめでしょ? 最低3人は必要なんじゃない? ねえ?」


 辰樹が言うと、東は右手でサムズアップをつくって、立ち上げた親指で自らを指した。

 自分たちのスクロールも実験に使えという事だ。


「ふたりとも、いいの? 大丈夫とは言ったけど、不安じゃない?」

「つってもなー。こればっかりは誰かのと共有化しないと、音声チャットとか、アイテムの一括送信とか、具合見れねえだろ?」

「そうそう。それに、共有化テストって寝ながらでも出来るよね? 委員長はスクロールのテストが出来て、俺は屋根の上でゴロゴロ出来て、win-winだよね?」

「何言ってるの? ずっと食堂でやるわよ。……と言っても、まだひな形つくりが終わってないから、実験はひとまず明日以降ね。今日はありがとう」


 遠江は辰樹と東に礼を言うと、自分のスクロールに向き直り、深呼吸ひとつして作業を開始した。

 これは、もう今日は声を掛けられないなと、辰樹と東は夕食まで食堂を後にする。

 食器を持って立ち上がると、寒河江がしょぼんと所在無さげに立ち尽くしたままでいた。


 リアクションこそあったものの、遠江に顔すら向けて貰えず、何とも言い難い顔になった寒河江に、辰樹も東の同情の意を込めて肩を叩いて行った。




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