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神蝕世界の攻略者  作者: アラック
第1章 “のたうつ牡鹿亭”にて
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2-①

 屋根の上で過ごす時間は心地よい。

 風がゆるく、ぬるく、村ののどかな雰囲気と相まって、心に平穏をもたらしてくれる。

 苦手とする異人ばかりの集落ではあるが、宿から出さえしなければどうという事はない。

 朱門辰樹(しゅもんたつき)は最早ベストプレイスとなった宿屋の屋根上で、平和なひと時を満喫していた。


「だからって、いつまでもこのままってわけにはいかないと思うんだけど?」


 その平和な時間は唐突に終わりを告げる。

 屋根裏部屋から屋根へと出る窓、そこから遠江雪枝(とおとうみゆきえ)が顔を覗かせていた。

 メガネの縁が陽の光を浴びて光っているような気がするのは、辰樹の見間違えだろうか。


「どうしたのさ、委員長。まだ朝早い時間じゃない?」

「もうお昼近くよ。この世界時計はないけれど、スクロールに時計機能が付いているわ。幸い、1日の時間サイクルは元居た世界と同じみたいだけどね?」


 遠江の言う事に、辰樹はふんふんと気のない返事をする。

 この異世界の環境は、元居た現代日本とほぼ同じものと言っても過言はなかった。

 1日はおよそ24時間。昼も夜もあり、太陽と月もひとつづつある。

 植物も日本に群生していたものとほぼ同じだと、早速マジカルガーデニング(神術魔法による特殊栽培)を始めた薬師寺が言っていた。

 気候は温暖ではあるが、春先にしてはちょっと寒いくらいという感じ。

 桜の樹に似た品種が村にも何本かあり、今は五分咲きといった具合だった。


「というか、朱門くん。あれからずっと屋根の上でごろ寝三昧なんだけど?」

「うん。初めての土地だしさ、水とかご飯とかも含めて、体の慣らし中。という名のサボり」

「……初めての土地、ね。海外暮らしのうまく行く秘訣?」

「うまく行ってたら、白人女性苦手になんてならなかったけどねー。日本国内、ずいぶん平和な方だよ? 委員長の方は大丈夫? 体調崩してない?」

「実は、ちょっとだけね。けれど、動けない程度じゃないし、みんなに心配とか迷惑かけられないから」

「みんな言う程心配してないと思うけどねー」

「またそういう事を言う……」


 半眼で睨んでくる遠江の視線から逃れるように、辰樹は寝返りを打って背中を丸めた。

 むっすとした雰囲気が背中側から漂ってくるが、努めて気にしないようにしていると、ついに遠江も屋根の上に上がって来た。


「ほら、そうやってまた寝ようとする! 協力してくれるはずでしょ!?」

「協力するよ。するする。だけど、委員長もまだ具体的にどうしたらいいかとか、どうしてほしいかとか、はっきりわかんないでしょ?」


 「それは……」と、遠江は言葉に詰まり、顔を逸らす。

 クラスメイト全員に協力を求めんとする遠江だったが、彼女には個人主義万歳のクラスメイトたちの興味を惹き付ける交渉材料がない。

 なんとかしてそれを見つけ出そう、作り上げようと躍起になってはいるのだが、あの食堂の一件からすでに3日。成果は芳しくなかった。


「それにさ、今の俺だと話聞くしかできないけど?」

「話を聞いてもらえるだけでも充分にありがたいわ。……出来れば私も、東くんたちみたいに村の人たちのお手伝いしながら聞き込みに行きたいところだけど」

「委員長さ、そんな体力ある?」

「……ないわ。運動は苦手なの。この、魔法使いの体で走ったりしてみたけれど、疲れるものは疲れるのよね」


 3-Cのクラス委員長、遠江雪枝という人物は、勉学では学年5位以内(去年の結果だ)という好成績ながらも、運動面に関しては下から数えた方が早いといった具合だった。


「魔法とかは? 試しに使ってみた?」

「……それはまだだけど、スキルなら試してみたわ」


 このゲーム、スキルと魔法は別のものとして独立している。

 スキルは生身で扱う技術。剣を振って当てたり、物を作ったりするもの。

 魔法は、<呪文書>に記載されている古の業を、魔法使いが自らの精神力を削って呼び起こすものだ。


「試してみたスキルは、どんなの?」

「<使い魔の創造>。魔法使いの初期取得スキルね。戦士の初期取得スキルは<武器の心得>だっけ? <使い魔の創造>はね、自らの手足となって働く使い魔を創造するスキルよ」


 言った遠江の後ろから、灰色の塊が跳んで来た。

 びっくりした辰樹が思わず身をのけ反らせると、その灰色の塊も驚いたように、遠江が着ているローブのフードに潜り込んでしまった。

 恐る恐ると言った具合に、フードから顔を出したのは、灰色に黒の斑模様のミミズクだった。


「フクロウ?」

「ミミズクよ。ほら、頭のところ、耳っぽくなってるでしょ? これがあると、ミミズク」


 体の半分くらいが体毛であるミミズクを、遠江は幸せそうに撫でまわす。


「動物好きなの?」

「うん。大好き。だけど、こうして触るのは初めてなの。うちの親、犬猫はおろか、金魚ですら駄目だって言うくらいでね……」


 聞けば、遠江は両親に犬猫等のペットを飼う事を、子供の頃から禁止され続けていたらしいのだ。

 異世界に来て初めて念願叶った遠江の表情は、辰樹が今まで見た事もない程幸せそうなものだった。


「それで、その使い魔くんには何が出来るの?」

「まず、本物のミミズクに出来る事ならだいたい出来るわね。あとは、創造主と視覚を共有して、使い魔の見ている景色を見たりも出来るわ」

「……それ、覗きとかに使えるよね?」

「……魔法使いクラスの男子には要注意よね」


 近場にもひとり、御座る口調の魔法使いがいるが、あれは確か二次元信者だったから大丈夫なはずだ。

 大丈夫なはずだが、いや、しかしと、辰樹は考えを巡らせる。

 異世界に連れて来られて元の世界の娯楽と隔絶された今、あの御座るはそれでも信仰を守りきる事が出来るだろうか。


「まあ、女子は女子で自衛してね」

「大丈夫よ。うちの使い魔は見張りも出来るんだから」


 完全に親ばかモードに入っている遠江を呆れつつ、辰樹は上体を起こした。

 そろそろお昼だという話を聞いたからだろうか、お腹が空いてきたような気がするのだ。


「それじゃ、相談に乗るよ。お昼ご飯も一緒に」

「ご飯のついでみたいなところが不愉快ではあるけれど、顔に出さずにお願いするわ」


 言葉には出してるけどね、と辰樹はぼやきつつ立ち上がり伸びをする。

 屋根裏部屋に戻ろうとするのだが、同じく屋根の上を歩いて渡ろうとする遠江の動きが危なっかしくてハラハラする。

 運動音痴のくせにわざわざ屋根の上まで上がって来るから……。

 ため息交じりに動向を見守れば、遠江は立って移動するのを諦めて四つん這いん姿勢に移行していた。


「……委員長さ、どんだけ運動音痴なのさ」

「だ、だまらっしゃい! この姿勢なら大丈夫だから! ちゃんと出窓までたどり着けるから……! あ、あと委員長はもうやめてね!」


 ゆっくりと慎重に四つん這いで進む委員長を微笑ましい顔で見守っていた辰樹だったが、その委員長の体が徐々に軒の方へと傾いて行き、「わ、あ、ああああ!」などと悲鳴を上げている。

 屋根から落っこちんばかりになっている遠江に、辰樹は血相を変えて駆け寄った。

 咄嗟に腕を掴んで引き寄せると、屋根から転げ落ちそうになっていた遠江は顔中汗びっしりで泣きそうな顔だ。


「……委員長さ、どんだけ運動音痴なのさ」

「……だ、だまらっしゃい……、と言いたいところだけど、助けてくれてありがとう。すっごく怖かった。あと委員長は、もう禁止……」


 ばくばくと鳴る心臓を胸の上からおさえて言う遠江だったが、先ほど言った委員長という肩書で呼ぶのは禁止という部分を譲る気はないらしい。

 辰樹が試しに「雪枝ちゃーん?」などと、東並みの気軽さで呼びかけると、深呼吸の途中で咳き込んで死にそうになったので、これ以降もう名前で呼ばない事にする。


 さて、屋根から落ちそうになった遠江を助け出した辰樹ではあるが、遠江はぺたんと屋根の上に座り込んでしまい、一向に動こうという気配を見せない。

 仕方がないなとため息を吐いて、手足の震えが収まらない遠江を小脇に抱えてひょいひょいと屋根の上を渡り歩く。

 緊張して体を強張らせる遠江は、驚くほど軽かった。

 もしかすると米俵の方が軽いかもしれないなーと考える辰樹だが、さすがにそれはないだろうと頭を振る。

 同年代の女子生徒ひとりをこうして軽々と小脇に抱える事が出来るのは、おそらくはゲーム上のパラメータのお陰だろう。

 そうでなければ、いくら遠江がやせ形で体重が軽かろうと、こうして持ち運ぶ事など出来なかったはずだ。


「はい到着ー。気を付けて降りてねー。今度は落ちても死なない距離だけど」

「あ、あり、ありがとう。た、高いところは足が竦んで、だ、駄目ね……」

「高いとこ駄目なんだ……。というか委員長さ、体軽すぎない? いくら女の子って言っても、ちょっと心配になるレベルだったよ? ダイエットでもしてるの?」

「も、元々小食なのよ。それに私、食べてもあんまりお肉にならない体質みたいだから……」


 一部の女子に聞かせたら発狂ものの台詞だよねー、などと呟く辰樹だったが、はて、うちのクラスにそういうタイプの女子はいるのだろうかという疑問がわいてくる。

 遠江はもちろん除外するとして、薬師寺はそういうタイプではなさそうだし、ミリアムあたりがそうかもしれない。

 良くわからない。

 あとで東に聞いてみようと、辰樹自らも屋根裏部屋に降りっ立った。

 すると、先に屋根裏部屋に降り立ったはずの遠江がへたり込んでいた。


「……ごめん、朱門くん。腰が抜けちゃった。手を貸してくれない……?」

「……委員長。いや、遠江さ。本当に運動駄目なんだね」


 ……これじゃあ、確かに村人たちの手伝いなんか、無理だよねー。


 遠江に手を貸すものの、立ち上がる事も出来ないくらいに腰が抜けてしまっているので、先ほどのように小脇に抱えて持って行こうかと辰樹は思案する。

 しかし、それでは何やら芸がないなと遊び心を働かせた結果、辰樹は山賊担ぎかお姫様抱っこの二択に案を絞り込む。

 お姫様抱っこであらぬ誤解を受けるのも互いに迷惑だろうと思い至り、遠江を山賊担ぎで肩に担ぐ事にした。


「何!? 何これ!? 動けない私が悪いってわかってはいるけれど、それを差し置いても屈辱的なこの体勢!?」

「お姫様抱っこよかマシじゃない? ラブラブカップルに見られる方が嫌じゃない?」

「……進行方向にお尻向けて進むくらいなら、お姫様抱っこの方が良かったな……」

「それじゃあ、まあ、お姫様抱っこは、次の機会があればということで……」


 果たして次の機会があるのかどうかなどわからないが、ひとまず辰樹は遠江を山賊担ぎで運び出した。

 食堂に入るなり、中に居たクラスメイトたちがぎょっとして動きを止めて視線を釘付けにしてしまったのは言うまでもない。

 担がれている遠江の体はぷるぷると震え、顔は終始真っ赤だった。




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