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①:3-C

 季節は春真っ盛りだというのに、このクラスの雰囲気の、なんと暗い事か。

 3-Cの教室。真ん中の席で、朱門辰樹(しゅもんたつき)はそんな考えに浸っていた。

 高校も三年生に進級してCクラスとなったのだが、このCクラスが今までと一味違っていた。

 昨晩のテレビの内容がどうとか。別のクラスの誰と誰が付き合っているだとか。他のクラスの喧騒がはっきりと聞こえてくるほど、このクラスは静まり返っているのだ。

 内容まで詳細にわかるというのは如何なものかと、辰樹は微妙そうな顔で目を細める。


 クラス雰囲気が暗く静まり返っている原因。それは、クラス内のグループの少なさにあった。

 高校も三年生になれば、部活や委員会関係で別のクラスの生徒と交流する機会もあるだろう。もちろん、去年までのクラスメイトとも。

 にも関わらず、このクラスにはグループという概念が薄かった。

 少人数の集団で集まって大声で話したりという風景が、ほとんど見られないのだ。

 クラス内の生徒の割合は男女15人ずつの計30人だが、優等性気質な者が少数、不良っぽい見てくれや雰囲気の者が少数、あとはオタクぽかったり、一見して普通でどんなジャンルに属する人物かわからない者たちが大半を占めていた。

 それに、不登校が3人もいる。


 ……これ、結構異常なんじゃないかな?


 唯一、煩いのは、教室の後ろで「ふおおお! このスマホRPG、キャラクターのインナーが上半身剥げるバグ見つかったで御座るよ!?」「なんとお! ならば今すぐに登録するで候よ!!」などと叫んでいるお馬鹿ふたりだ。



「――ま。なんでまた、こんなメンツでひとクラス埋めたかは、疑問っちゃあ疑問だよなー」


 そんな声と共に、男子生徒がひとり、辰樹の前の席に座った。

 辰樹の友人の東一真(あずまかずまさ)だ。最近坊主気味に刈った頭を撫でるくせが付きはじめ、事あるごとにその仕草を目にするようになった。


「噂っちゃ噂なんだがよ? どうも、俺たちの学年の問題児だけ30人、ひとクラスに押し込めたらしいぜ?」


 口元に手を当て声量を落としての言葉に、辰樹は気のない返事で応じる。

 この東という男は誰とも気さくに話せる性格で、よくよく他のクラスに顔を出したり他人様の厄介事に首を突っ込んだりしていた。

 そのせいか顔が広く耳が早く、学校内においては職員室から出る事のないであろう情報まであっさりと拾って来ていしまうのだ。


「それ、情報源どこさ」

「うちのクラスの雑賀(さいが)。あいつんとこ、親父さんが小中高一貫の私立の理事長でよ、うちの学校の理事とも面識あるらしいぜ?」


 雑賀と呼ばれた男子生徒の属する一団は、窓際の後ろの席に固まっていた。このクラスにしては珍しい3人組だ。

 確か……、と。辰樹はよく覚えていない新学期はじめの自己紹介を思い出す。

 ニット帽を被って目元を隠している男が雑賀。

 机に脚を載せて偉そうにふんぞり返っている美形男が御堂(みどう)

 そして、ふたりにあれこれ言われて面倒くさそうな顔をしているのが、線の細い女顔の神田(かんだ)だ。


 異色な3人組だなと、辰樹は率直な感想を抱く。

 あの3人の中では雑賀と御堂がいじめる側、神田がいじめられる側に見えなくもないのだが、そういった陰湿な関係ではなさそうなのだ。

 確かに神田はふたりに弄繰り回されてはいるが、面倒くさそうにはしていても、本気で嫌がったり卑屈な笑みで逃げたり、あるいは復讐心をたぎらせたりといった、虐げられる側の目をしていないのだ。


 そういった部分も含めてこのクラスは特殊なのだと辰樹は思う。

 別のクラスならば、いじめる側、いじめられる側に、それぞれ属しているような者たちが混在しているというのに、目立った問題が起きていないのだ。


「うちのクラスでそういう事(・・・・・)がないの、たぶん、みんなもう一通り経験済み(・・・・・・・)だからだと思うぜ?」


 東がコンビニの袋の中からおにぎりを取り出して言う。朝飯のようだ。


「一通りって、これまでの人生でいじめたり、いじめられたりしてきたって事?」

「じゃなきゃ、ふつーに友達つくったりしてるだろーよ。見ろよ、うちのクラスの集団率の低さ。見事に個人プレー万歳じゃん? これじゃ、ふよふよにもならねーよ」


 某パズルゲームを例に出され、確かにと辰樹は内心で同意を示す。まあ、4つ繋がって消えられても困るのだが。


「特に、雑賀たちのところは中学時代からつるんでるらしいから、結構仲良さげだぞ。それにほら、新学期の“春一番事件”。あれの主犯、あいつ等だし」

「……あれやったの、あの3人なんだ」


 “春一番事件”とは、新学期の朝の全校集会時に起こった事件だ。

 この学校の全校集会は、わざわざグランドに集合して行われる上、校長の話が長い事で、教諭、生徒を問わず敬遠されている行事だ。

 その、全校集会の最中、事件は起こったのだ。


 ――校長の挨拶が始まって早10分を過ぎた頃。

 何者かが屋上から重りの付いた釣り糸を勢い良く放って、全校集会中の校長のメガネとかつらを同時に奪い去ったのだ。

 しかも、ただメガネとかつらを奪い去っただけではない。

 その勢いを利用して盗品ふたつを高々と放り投げ、数十メートルも離れた場所にある前校長の銅像に、見事メガネとかつらを被せるという離れ業をやってのけたのだ。

 その様子は、集会を何気なく、そしてやる気なく聞いていた生徒たちの注目を一息に集め、一拍置いて大爆笑と相成った。


 さて、この事件。リアルタイムの瞬間最大風速よりも、後遺症の方が酷かった。

 校長のメガネとかつらが奪い去られ、銅像にパイルダーオンする瞬間を目撃してしまった生徒は、校長の顔を見たり、その時の光景を思い出したりする度に、笑い出して何もできなくなってっしまうという病を発症したのだ。

 嫌なフラッシュバックもあったものだ。

 辰樹自身、校長の顔を見ると「じゃっきーん!」とパイルダーオンした時の効果音を再現したくなって、非常に困っている。

 これが生徒だけならばまだ救いもあったのだが、教頭をはじめとする教師陣までもがフラッシュバックに悩まされるのだから救いがない。


 それ以降、全校集会の度に笑いを堪える生徒と教師を前にした校長の、なんと哀れな事か。

 まあ、校長という人物自体が、元々悪い噂が絶えなかったので、誰も同情を示す事はなかったのだが。


 そして、この事件の異常なところは、それだけの大罪を犯した雑賀たち3人が、何のお咎めもなく普通に教室にいる事だ。

 退学はおろか停学も厳重注意もなし。東が睨むところによると、御堂の家がそれなりに金のある家で学校の多額の寄付をしているとかで、校長も強く言えないのではないか、という話だった。



「……まあ、そんな悪童3人組に真っ向から者が言えるのは、うちの担任か、委員長くらいのもんだよな?」


 東がそう言って雑賀たちの方を見ると、ちょうどその委員長が3人組の方へつかつかと歩いて行くところだった。

 髪をベリーショートにしてメガネをかけた、スレンダー過ぎる程にやせ形の女子生徒。

 この3-Cのクラス委員長という何とも面倒な役割を担う事になった、遠江雪枝(とおとうみゆきえ)だ。

 プリントの束を持って御堂たち3人に向けてまくし立てる内容が、教室が静かなせいで辰樹たちの席まで聞こえてくる。

 進路調査のプリントを白紙で出したり、修学旅行の研修ルートがラブホ街だったりと、問題箇所が山積みのようだ。

 そう、これでも高校の最高学年、修学旅行を来月末に控えているのだ。

 しかし、辰樹としては、クラスで来月末に修学旅行かと思うと辟易する。その後の体育祭や文化祭、合唱コンクールや卒業式も。


「考えている事は、みんなだいたい同じなのかな」

「じゃなきゃ、今頃もーっと居心地いーと思うぜ?」


 おにぎりを持ったまま、その指で辰樹を指した東は、快音を立てて海苔を食んだ。

 海外暮らしの経験がある辰樹は、その光景にわずかに身を引く思いだった。

 幼少の大事な時期を海外で過ごしていた辰樹にとって、日本人の食べるコンビニのおにぎりは苦手なもののひとつだった。海苔が食べられないのだ。

 味覚が形成されるまで食べた事がなかったもの、しかも、文化的にはまず口にする機会のなかったものとなれば、忌避感は凄まじい。


「お。おにぎり駄目か。まだ駄目か」

「海苔がね。たぶん一生ダメだと思うよ。好き好んで食べるわけないし」

「つってもたっきー」

「たっきーやめろ」

「金髪巨乳の美女がよ? 自分のためにわざわざおにぎり作ってくれたら、食うだろ普通?」

「例えがおかしいから。それに俺、黒髪ロングの貧乳の大和撫子がタイプだから」


 ……なーんで、おにぎりから女の子の好みに話が飛ぶかなー。


「はあ? 金髪美女も駄目って、お前不能か?」

「失礼言うなよ。ちゃんと苦手なだけだよ」


 件の海外暮らしの時にとある事件に巻き込まれたせいで、辰樹は多人種に対して恐怖を感じる体質になっていた。

 東の言うような金髪の美女などもっての外なわけだが、このクラスには該当する人物がひとりいるので困りものだ。

 しかも、余計な事に東がその女子生徒の方を向いてあからさまなキメ顔などするものだから、辰樹としては殺意を抑えるのに必死だ。

 苛立ちついでに東に何か言ってやろうとすれば、口を開いた瞬間にその女子生徒がやってきて、辰樹は思わず機先を制されてしまった。


「なあに? どしたの?」


 独特のイントネーションながらも流暢に日本語を話す、金髪碧眼の女子生徒。

 日本に帰化した元スイス国籍の真田(さなだ)ミリアムだ。

 日本の女子高生の平均身長をはるかに超えた百八十センチメートルの身体は、上半身下半身共に肉付きが良く、制服のブレザーは特注サイズだとか。

 身体つき対して、声は高めで可愛らしい。

 一般的な男子生徒の感覚だと、自分より背の大きい女子というのはどこか近寄りがたいものである。特に、普段女子と話す事もない男子となれば、その傾向は過度だろう。

 東はこの一風変わった女子生徒とも物怖じする事無く話す事が出来るのだが、辰樹にとっては天敵以外の何者でもない。


 ミリアムが席の横に来た瞬間、辰樹は背筋に悪寒のようなものを感じて、思わず机に顔を埋めるように俯いてしまう。


「あ……」


 その様子を見たミリアムは大きく一歩身を引くと、東に小さく手を振って、教室後ろの自分の席に戻って行ってしまった。


「……たっきー、ほんと欧米人駄目なのな」

「欧米って……。真田さんはスイスだから欧州だろ? ……あー、うん。そうだな。日本語話せて、日本人じゃないと駄目みたいだ。今ので、自分でもはっきりわかったよ」


 顔を上げた辰樹の顔には自己嫌悪の念があった。

 辰樹の体質の事は、高校入学当初から東がいろいろ吹聴して回ったため、このクラスの生徒たちもなんとなく知っているという程度だ。

 ミリアムも辰樹の体質を知ってはいたが、その反応を実際に目にするのは今が初めてだったのだろう。その反応が自分に対してのものである事も。

 辰樹自身、真田ミリアムというクラスメイトの事が特別嫌いだというわけではない。そもそも好き嫌いの感情を抱くほど彼女の事を知らないし、興味もなかった。むしろ近付きたくない。

 クラスメイトではあるが、きっかけなどなければ卒業まで言葉を交わす事すらしなかっただろう。


「……その様子だとよ、体質直そうとかは、思ってないんだな」

「勘弁してよ。何のためにこうして日本の男子高校生やってると思ってるのさ。グローバル化とか勘弁して。国際社会で通用する人材とかいいから。……そうだ。鎖国しよう鎖国。日本の伝統」

「お前、体質の事は俺が悪かったけどさ、鎖国とか言うのは止めとけ? 日本人も一部、敵に回すぞー?」


 東に渋い表情で言われて、辰樹も冗談だよと諸手を上げる。


「でもな、あむっちの方は、お前と仲良くしたいみたいだぜ」

「あむ……。ああ、真田さんか。なんでさ? 俺こんなだよ? それに、今の見て諦めただろう?」

「どうだかな。あむっちはよ、なんか、みんな仲良くーとか、苦手は克服するべきだーって考えてるらしいから……。自分の事が他人様の苦手リストに入ってるの、我慢ならないかもな」

「俺、いったい何されるのさ」

「さあ? まあ、あむっちはいい子だよ。お前みたいなのに自分の主張を無理やり押し付けたりはしないだろうよ。じゃなくても俺が止めるよ。お前が地雷踏む前にな」


 取りあえずは、あとでミリアムのところに謝りに行くと話が付いたところで、東が何かに気付いたように教室を見渡した。


「お。珍しい。今日はクラス全員揃ったな」


 え? と、辰樹が自らの席から教室中を見渡すと、いつも空席となっている場所が埋まっていた。

 斜め前の席の女子生徒。辰樹は名前を知らない。髪を薄い金色に染め、耳にピアス、目元の眉毛は剃られ、口元は大きなマスクで覆われている。

 窓際一番後ろの席の女子生徒。こちらも辰樹は名前を知らない。小柄な体躯で、制服は新品同様に見える。黒髪が後ろは背中の中ほどまで、前髪は目元を完全に隠すほどに長い。

 そして最後のひとりは、辰樹の隣りの席だった。


「あ、ええと? ごめんなさい。新学期のオリエンテーションの時、あたし居なかったから……」


 辰樹の隣の席の女子生徒は、まるで中学生かと言わんばかりの小柄な体躯に、頭にはピンク色のニット帽を被っていた。

 「ん」と、辰樹は息を詰める。

 この女子生徒の言うとおり、新学期のオリエンテーションに居なかった事も、名前がわからない事もそうなのだが、彼女の服装というか、装いに違和感を覚えたのだ。

 見たところ制服は新品同様な真新しさで、崩さず乱れなく着られている。

 被っているピンク色のニット帽だけが、何故か浮いて見えたのだ。


「えっとね、俺、わかるよ? えー、薬師寺(やくしじ)さん!」

「ぴんぽんぴんぽん大正解! 薬師寺美春香(みはるか)さんだよ?」


 いよっしと、東が両の拳を握って笑み、何故か辰樹の肩をばしばし叩いた。

 薬師寺はニット帽の位置を気にしながらも、笑顔でその様子を見ている。


 ……あんまり突っ込まない方がいいのかな。


 というのが辰樹の判断だった。

 不良ぶった感じでもないのに学校を休みがちで、制服はちゃんと着ているのに帽子着用。先程話題に出た雑賀のようにファッションで被っているわけでもなさそうだ。

 何か病気なのかもしれないが、それを問うのは憚られる。

 ならば聞かぬが花だと辰樹は沈黙を決め込むのだが、前の席の東はぐいぐいと薬師寺に寄って行き、出会ってから数分も経っていないというのに、もうだいぶ打ち解けてしまっていた。


 ……よくもまあ、地雷避けながらするする会話して、仲良くなるもんだよなー。


 そんな東の様子に、辰樹の内心は呆れ半分尊敬半分といったところ。

 人間関係において、こういった斬り込み方は自分には絶対に出来ないと思っているのだ。

 自分から人に絡んで行かない筆頭の辰樹としては、高校入学時に東が話しかけて来なかったら、このクラスの他の面々のように、ひとりで自由に振る舞っているようなポジションに居たに違いないと、そう考えるのだ。

 それくらい、そう思うくらい、このクラスは纏まりがない。


「で、こっちがたっきーな。朱門辰樹。クール型ギャルゲ主人公ポジション」

「おい、俺を勝手にギャルゲ主人公ポジに置くなよ。すると何かい? お前、その友人ポジションなの?」

「まーな。気さくな二枚目半の情報通キャラってとこで。主人公目当てで寄ってくるヒロインのおこぼれ目当てでね」

「わあ、一真ちゃん、やらしんだー」


 薬師寺がもう東の事を下の名前で呼んでいる事に辰樹は面食らった。

 人の内側にずばずば斬り込んでいく東も東だが、この薬師寺という少女も相当人好きなのかも知れない。


「それに、ギャルゲ主人公っぽいキャラなら他にいるだろ……」


 そう言って辰樹が教室の後ろの方に目を向けると、前髪で目元を隠した小柄な男子生徒がいた。


「あー、十張(とばり)な。あれもギャルゲ主人公枠だけど、あいつはオールドタイプだ。まあ、あいつとも話した事あるけどよ、悪いやつじゃねえよ?」

「……ほんと、お前交友関係広いのな」

「ふたりとも仲良いのねー」


 辰樹と東のやり取りを眺めていた薬師寺は、安堵したように笑って見せる。


「良かったー。あたし、三年生2回目だから、知ってる人あんまりいなくて」

「お、薬師寺さんそうだったんだ。あれ? でも、あんまりいないって事は……」


 東が薬師寺の発言に違和を覚え、問い正そうとしたところで、教室に前の扉が勢いよく開いた。



「みんな、おはよう! ホームルームを始めるぞ!」


 威勢のいい声で教室に入ってきたのは、このクラス3-Cの担任の大樹(おおき)、まだ二十代も半ばの熱血漢教師だ。

 大学時代にラグビーで鍛えたという体格はがっしりして暑苦しく、髪は短く刈り上げられ、眼差し鋭く力強い。

 いつもは暑苦しい笑みか険しい表情の大樹だが、今日ばかりは驚きに目を見張っていた。

 それもそうだ。今日はこの3-Cの全員が揃っているのだから。

 三年生に進級してからクラス全員が揃うのは、辰樹が覚えている限りでは、おそらく今日が初めてだ。

 こんな問題児ばかりの面倒なクラスを押し付けられてもめげずに奮闘してきた大樹にとって、この光景はずっと待ち望んでいたものだったのだろう。

 一度クラスのみんなに背を向けて、思わず涙ぐんだ目元を袖で拭う姿は何とも言い難いものがあった。


「す、すまん。先生ちょっと感極まった。駄目だな。最近、涙脆くっていかん……!」


 クラスの担任を見る目は様々だ。

 冷めた目で、苦笑い気味で、申し訳なさそうに。あるいは無表情で。


「さあ、ホームルームを、始めるぞ!」


 大樹が高らかに、そう宣言する。

 きっと、学園ものの小説か何かなら、これから物語が動き出して行き、卒業までにはクラスの雰囲気や表情が変わっている、……見たいな風になるのだろうなあと、辰樹は興味なさげにそんな事を考える。

 だが、このクラスに限って、そんな事があり得るのだろうかとも思えるのだ。

 不登校だった3人が揃ったのも偶然だったろうし、問題を起こしてこれから退学になりそうなクラスメイトも、見たところ結構いる。無論、辰樹自身も含めて。

 東も言っていたが、こんなばらばらの個人主義万歳クラスで、これからの一年が無事に終わるなんてありえない。

 賭けてもいいとさえ、辰樹は思っている。

 天変地異でも起こらない限り、このクラスがひとつに纏まる事などない、と。


「――え?」


 クラスの誰かが、疑問の声を上げた。

 担任の大樹が涙を拭い、良い顔で「さあ、ホームルームを始めよう!」息巻いていたところで、この教室にひとつの異変が起きていた。

 担任の横、まるで転校生でも紹介されるかのように、見知らぬ人物が立っていたのだ。

 気配なく、いつの間にかそこに存在してた人物は、教師でも学生でもなかった。


「女神……」


 また、クラスの誰かが言った。

 いつの間にか出現していた誰かは、まるで神話や御伽噺の世界に、あるいはゲームの世界に登場するような女神の姿をしていたのだ。

 長い金色の髪も、白い肌も、素材のわからぬ生地の薄絹も、手にした錫杖も、そのどれもがこの世のものとは思えないほどの神々しさを帯びていた。




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