聖剣作りはじめました
一週間連続短編投稿の2/7です
「師匠! 出来ました!」
狭い工房の中で線の細い少女が一本の剣が掲げていた。それをいかにも頑固でいかにも雷オヤジという白髪の男が受け取った。師匠は少女の作った剣を丹念に眺めるといきなり少女を切りつけた。
少女は胸から噴水のように血を噴出し倒れこみ、次第に少女の倒れた場所は流れ出した血で溢れかえっていた。切りつけた師匠は血の海に沈む少女をしばらく観察してため息を付く。
「やっぱりダメじゃねえか。お前はもう逃れられない運命なのかもな」
そう言うと師匠は部屋の隅にあるイスに腰掛、動かない少女に愚痴り始めた。
「全くお前が剣を作るなんざ始めから無理なことだったんだ。ようやく諦めも付いたんじゃねえか」
師匠は物言わぬ少女に業を煮やしたのか小槌を少女に投げつけた。だが少女の体は小槌が当たるとピクリと痙攣するだけだった。
「おい、いつまで寝てるつもりだ! 工房の片付けもまだ終わってないだろうが」
するとその声に少女の体がビクリと大きく跳ね上がり、まるで寝ていたことを咎められたかのように気だるげに起き上がった。
先ほどまで血塗れだったのにいつの間にか少女は一滴も血に濡れていなかった。それどころか胸には傷ひとつなくそこにはただ裂けてチラリと覗く白い胸元だけがある。
「も~う、また失敗した。私に作らせないで師匠が作ってくださいよ。元勇者の聖剣刀鍛冶でしょ」
「なんで俺が作らにゃいかんのだ。それに俺はもうこの年だ、聖剣を作るほどの魔力は残ってねえよ」
「でも元勇者なんでしょ。魔力を封じ込めた伝説級のアイテムとかないの?」
それまでは力強い口調だったがそれを言われると途端に弱い口調になってしまった。
「使わねえし、生活費に困ったからよ。大体売っちまった。まぁ残ってることには残ってるけどな」
「なんて事を! レアアイテムなんですから売らないで下さいよ」
師匠の事情もあるだろうに、師匠の事情に不平不満を垂れる。
「るっせえ! こっちだって生活があるんだよ。それに一個だけ残ってるから待ってろ」
師匠が勢いそのままにがなり立てると工房の奥へと行ってしまった。
「ほらよ。これだけは便利だから残してあるんだ」
師匠がそう言って持ってきたのは手のひらサイズの十徳ナイフだった。師匠はおもむろに十徳ナイフを展開し始めた。
ナイフに缶切り、爪きり、ドライバー、コルク抜き、ヤスリ、ピンセット、ハサミ、ノコギリと様々のものが出てくる。しかしまだまだ出てくる。いくら魔力の封じられた伝説級のアイテムといっても出てき過ぎなほど出てくる。
「それ本当に伝説級のアイテムなんですよね?」
「ああ、そうさ。千の道具が詰まってる千徳ナイフだ。俺のお気に入りは魔剣ナイフだな」
そう言うと摘みを引き出すと腰丈ほどの長さになった。あの手のひらサイズのどこに詰まっているのか分からない代物である。
「なんですか、その千徳よりも得してそうな一徳! もう聖剣作って殺してなんて言わないからそれで殺してよ!」
「いや、それが出来るならいいんだがよ。十徳ナイフだからよ。この魔剣もいざという時の暗殺用で相手を殺すと呪いで使用者も死んじまうんだよ」
「別にいいですよ! 私は死ねて嬉しいんですから」
ようやく死ねることに興奮する少女だったが、そんなとばっちりを受けるのは嫌な師匠も必死で反論する。
「お前はいいだろうけど、俺は良くねえよ! 老い先短くともまだ生きるんだよ!」
「私を殺して死ねるんです。名誉なことでしょ! この不死の魔王を殺せるんだから!」
「何が不死の魔王だ。そんなの三千年前のことだろうが、それにお前は不死じゃなくて再生能力が高すぎるだけだろうが」
そう、この少女も師匠もただの人ではないのだった。
少女は三千年前の魔王で異常な再生能力を手に入れてしまったばかりに死ねなくて最近飽きてきたのである。なのでこうして元勇者の刀鍛冶に聖剣を作ってもらい殺してもらおうとしたのである。
しかし、元勇者の刀鍛冶といえども魔王の膨大な魔力を殺しきるほどの聖剣は作れなかったのである。
なので師匠に弟子入りし自らの魔力で自らを殺す聖剣を作ろうとしたのだがうまくいかず失敗続きの十年だったのである。
「もう、じゃあいつになったら私を殺す聖剣が作れるようになるんですか!」
「そんな一夕一朝で刀鍛冶になれると思ってんのか。俺だって四十年でやっとだ」
「そんなぁ、ようやく死ねると思ったのに私はそれまでずっとここで師匠にこき使われなくちゃいけないの」
まだしばらくこのまま同じ事を繰り返さなければいけないのだろうかと思うと少女は床に座り込んでしまった。すると室内に少女の腹の音が木霊した。さっきから聖剣を作ったり、殺されたり、再生したり、怒鳴りあったりとだいぶ体力を消耗してしまったのだろう。
それを聞いて師匠はにやりとしながら少女を詰る。
「そういえばもう昼だな。なんだ、腹すいたのか? でももしかしたらそのまま餓死すれば死ねるかもな」
師匠はにやにや顔を貼り付けたまま母屋へ昼を取りに戻ろうとした。
「わ……ごは……る」
「ああ? なんだってはっきり言いやがれ」
「私もご飯食べる!」
床に座っていたのを思いっきり立ち上がり母屋へ走っていってしまった。
「まったく、あいつ死ぬ気はあるのかよ」
言葉の尻にため息を付いて、その足を母屋へと向けた。しかしその顔は嫌な顔ではなかった。
「それはご飯食べてから考える! ねえ、まだお腹空いた!!」
そんな声が大きく返ってきた。
「まったく、今行くから茶碗でも準備して待ってろ!」
工房に扉が閉まる音が響き、師匠の足音がゆっくりと遠のいていった。
なんとなく思いつきで書いてみました。
面白かったでしょうか?