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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
旅の途中 ~ルナ編~
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ルナ奪還作戦

 ちょうど昼前。朝から雲に覆われて日が出ていないエリクは常に薄暗く、雨でも降りそうな雲行きを心配しながら、人々は洗濯物を取り込んだり昼食の支度を始める。何本も建ち並ぶビルの排気孔、下人街の住宅の煙突などから煙が立ち上る。


 その様子が何を示しているのか。人々がいつもと変わらない生活を送っている事を表していた。

 実際には毎日送り続けている日常を作ろうとして。

 日々脅えて暮らすエリクの住民は、たくさんのポリスが何やら騒ぎを起こしている事しか知らない。それに関わろうとしないため、日常を送ろうとしていた。



 そんな街のいつもと変わらないように見える昼前。


 半壊してライブステージのようになった金色のビル。普段なら民間人が中の様子など知るよしもない独裁者の城。いつもと違い、あまりにも無惨な行為が行われていた。


「ソリャァッ!!フンッ!!どうだぁっ!?」

「ッ!!!!……んっ!!!!……アァッ!!!!」


 手首を鎖で縛られて宙吊りにされた病服の少女。その後ろで非道なる独裁者が愉快そうに鞭を振り、その少女を何度も何度も痛め付けていた。


 いつからそれが始まって、どれだけ続いて何回打たれたのかは分からない。しかし少女の来ているコットン素材の患者服はあちこち裂け、その裂け目から痛々しそうに赤く腫れた肌が姿を見せる。それも至る箇所に見られた。

 足も膝もお腹も背中も腕も顔も、アレルギーでも起こしたかのように酷い姿のまま、少女は鞭で打たれ続けていた。


「どうした!?もっと泣いてみろぉ!!!!あまりつまらないとその目を叩き潰すぞぉ!?」

「ごめんなさい…!!ごめんなさい…!!……ごめんなさいぃっ!!!!」


 もう訳もわからず少女は泣きながら許しを乞いていた。何に対して謝っているのかもわからず、どうせ泣き叫んでも痛みは与え続けられる事を理解していながら、一定のテンポで体に刻まれる痛みに身を捩らせていた。


「謝ったところで何も変わらん!!!!天国のお父様の為にもっと泣き叫べぇっ!!そうすれば鞭打ちは止めてやってもいいぞぉッ!!!!」


 ブルドはもう手が止まらなかった。

 愉しくて愉しくて仕方がなかった。父親を殺して何年も何年も逃げて捕まらなかった犯人が、今こうして自分に痛め付けられて泣き叫んでいると実感するたび、もっと苦痛を与えねばと言う使命感に駆られた。

 日々の堕落した生活によるスタミナの低さにより、吐きそうなくらい疲れてもブルドは体から滲み出てきた油の汗を振り撒きながら、腕を振るった。口の端から唾液が溢れているのも気にせず、ただひたすら卑しい笑いをして、少女の体を痛めていく。


「……つ…っ……………、」


 涙でくしゃくしゃになった少女は、精一杯の力で細く目を開く。


 もう心が限界に近づいていた。

 自分が何をしたと言うのか。それさえも知らずに今こうして罰を受けている。自分がしたことの記憶があり、事実ならそれはそれで自分と言う人間が恐ろしいが、自分が何もしていないのならこの男に何をされるのかが恐怖に変わっていく。

 

 助けて。素直にそういえば済む話だ。別にそれが魔法の言葉で、願いを叶えてくれる誰かが表れてくれる訳ではない。それでも、自分に救いを求める権利が与えられているのかが、一番の不安だった。


 ルナは自分を知らない。記憶を失う前の自分も知らない。

 だからこそ彼女は何もできなかった。真実を知ろうにも、『知らない』という事がプレッシャーとなってのし掛かるのだ。つまり知りたくないが知らないのも嫌だ。どうにもできない程に追い込まれた状況下に彼女は身動きできずにいた。


「あっ…!!」

「ふむ」


 ジャラァァッと鎖の外れる音が響くと、吊り下げられていたルナの体は、重力にしたがって地面に落ちた。立つことができず、そのまま前に倒れ開放されたのかと思い、首だけを持ち上げた。


「ホレ」

「ガァッ!?」


 精一杯首を動かしたら瞬間、頭に重圧が加わって地面に強制的に伏せられた。

 強い衝撃が地面に叩きつけられた頬と頭を通り抜ける。


 女だろうと構わず、無慈悲にブルドはルナの頭を踏んだ。底が凸凹なっていて、踏まれればで痛いのを知っていながら、グリグリと踵で力を加える。


「鞭打ちは終わっても、貴様への制裁は永遠に終わらんぞ!?」


 大根を収穫するときのように、ルナの髪の根本を掴んだ独裁者はそれでルナの頭を持ち上げた。そして指輪がいくつもついた手で、後ろから少女の、顎に手を当てて顔を観察する。


「しかしよく見ると中々いい女だ。殺人犯ではあるが、こんな女はそうはいない。殺すのが惜しくなってくる」


 隅々を舐めるように目でルナの顔を見回すブルド。ルナは目から滝のように涙を流していたが、逆にそれが独裁者の意識を引いたのだろう。

 独裁者はルナをまじまじと見て、


「我が輩にそのまんまの意味で身を捧げるのなら、命くらいは助けてやってもいいんだぞ?我が輩はなんと寛大な心を持っているのか。その体を我が輩に差し出すだけで、生きられるのだぞ?」


 調子に乗り、より人としてのクズさを際立たせる言葉を放った。


 その瞬間、ルナは悟った。

 この男は最悪だ。自分が一番だから、周りの苦しみに気づかず、自分が偉いから周りが苦しむのは当然だと思っているような男だ。いつか必ず制裁が下る。


(だから絶対こんな奴に好き放題されるのは…嫌だ!!!!)


 この男には従わない。何をされようが絶対に希望を失わない。何故ならきっと来てくれる。

 連れ去られたとき、微かに遠くから『絶対に助ける』と言う言葉が聞こえてきた。その声を思い出すだけで、全ての不安が拭い去られたような。絶対に信用できる気がした。

 

 ルナが出した結論は絶対に負けず、彼を待ち続けること。どれ程酷い目に遭わされようと、傷をつけられようと、彼が全てを教えてくれる。

 ひたすら彼を願い続け、少女は憎らしげに等々口を開いた。


「あなたは………何もできない…」

「あ?」

「あなたには私の心を苦しめることなんてできない……。何回鞭で打っても、私を絶望させることはできない……。だって私には希望があるから…」


 ブルドの眉が、ピクッと動く。


「好きにしたいならそうすればいい…。鞭で打ち続けて、何回もその足で踏んで、その汚れた手で私を穢せばいい…。でも私の希望は消えない」


 ギチギチと、不揃いな歯から歯軋りが鳴る。


「そしてその希望が、周りの人間を足場としか見ていないあなたをいつか崩して落としに来る!!つまりあなたは、むしろ私を裁いている内に裁かれるのを待ってるだけなんです!!!!」

「黙らんかぁッッッ!!このメスガァァァッ!!!!」


 そして等々、独裁者は貯まった膨大な怒りを少しの焦りと共に吐き出した。

 初めて強く反抗をし出したルナの頬を、拳いっぱいの力で殴り飛ばした。


「……ッ!!!!」


 ブルドの怒りの一撃を食らったルナは、床に叩きつけられるようにまた倒れる。

 だが、思ったより力がなく、鞭で打たれるよりは痛みが少なかったため、ルナはまた憎らしい目をブルドに向ける。


「お父様を殺した奴の分際で、我が輩に歯向かうなど…!!!!もう構わん!!イグニスゥゥゥゥゥッ!!!!」


 太った体の肉をブルブルと震わせながら、口いっぱいの大声でブルドは辺り一体に吠える。

 すると王座の間の柱の影から、不気味な雰囲気の男が姿を表した。


「呼んだか?」

「イグニス!!この女を殺せぇっ!!!!」


 怒り狂って物事を冷静に考えられなくなったブルドは、イグニスへ命令する。憎たらしくて目障りなこの女を殺せ、とまた少し焦りつつも叫んだ。


「了解した」


 金で自分を雇っている主人に対し、少しも躊躇いなく返事をする。

 イグニスが求めているのは金、それともうひとつ人間の魂だ。『死霊使い』であるイグニスは禁忌の領域にあたる、人間の霊の使用が基本なのである。人の霊魂を操る理由としては、一般的な『死霊使い』のように動物の霊魂を使うより、賢く怨念と言うものが強い人間を使う方が強力であるからだ。

 つまりイグニスからしてみれば、人の命は金よりも好ましい報酬。例えそれが今連れてこさせられた女であろうと、むしろ歓迎でその魂を狩る。


 そしてイグニスはゆっくりと床に伏している少女の、花の茎のように滑らかな首筋に、剣先を突きつける。


「ヤレェェェェェェェェェ!!!!!!」

「安心しろ痛みは感じさせない」


 熱のこもらないイグニスの冷たい言葉と共に、剣が真上にゆっくりと振り上げられた。


「……………………っ!!!!」


 終わるのだと察して、ルナはきゅっと目を閉じた。

 不思議なことに死に対する恐怖はない。代わりに胸にあるのは、仲間たちに対する希望。


――そうだ。どうせ記憶がない時点で別れるのは確定していた。だったらここで死んでも結果は同じようなものなんじゃないかな。だったら私を助けに来るより、この町を救ってほしい。あのボウギャクヲ尽くすだけの独裁者から、この町にもう一度光を取り戻してほしい。


 ルナは遺志を胸に残しながら、その剣が降り下ろされて全てが終わるのを待った。



「魂は私のために働くことになる。何も怖いものはない。だから楽に死ね」


 崩れた建物の外から覗く曇り空をバックに立つイグニスは、まるで死神のようだった。

 殺そうとしている少女、それに限らず人間を生き物ではなく、自分の配下に下る魂としか見ていないイグニスは贈る言葉のように告げ、剣を―――――――――――――――――――――――


「……っ!!!!」


 イグニスは剣を目を閉じるルナに向かってではなく、くるりと後ろを向いて横に振った。


「は」

「…………………………え?」


 驚きが言葉にならず、音がブルドとルナの口から溢れた。

 罪人が殺されるのを待って目を大きく開いていたブルドはともかく、何が起こったのか見ていなかったルナは、何故イグニスが自分を殺さず、後ろを向いているのか理解できなかった。


「………………ほう…」


 イグニスは何か褒めるようなかつ楽しさにゾクゾクしたような声を出した。


 何が起こったのか。

 イグニスがルナを殺すために、脳天に向けて剣を振り下げたとき背後、ずっと向こうの方から光線が飛んできたのだ。光色に輝く光線がチーターが大地を駆け抜けるのよりも速い速度で飛んできたのにも関わらず、イグニスはタイミングよく振り返り剣で薙ぎ払ったのだ。


「な、何事だぁぁぁ!!!?」


 ようやく言葉を発せるようになったブルドは、慣れない光景に恐怖で身を震わした。


「敵だ。ずっと遠くのビルの裏から撃ってきたようだ」


 それに対し慣れているイグニスは敵の攻撃と分かりながら、悠長に光線が飛んできた方向を見つめていた。


「な、なんとかするのだイグニス!!!!」

「言われなくともそのつもりだ。今の一撃、中々の手練れのようだ。久し振りに私の腕を疼かせてくれる」


 イグニスは愉快そうに剣を握りしめ、たくさんの影を足に集める。『死霊使い』の操るその影は、文字通りの影ではなく、人の霊が集まっているものだった。

 そしてその影の集まった足で大きくビルの外に踏み出すと、イグニスの体は重力で下に落ちることなく、おはじきのようにまっすぐ跳んでいった。



―――――――――――――――――――――――


 イグニスが空を駆ける数分前。

 独裁者のいる金色のビルがよく見える、数キロメートルくらいか離れた高いビルの屋上。

 仲間を助けるべく闘志を燃やす者達が、最後の会議を始めていた。


「準備はいいかい?」

「バッチリだよ。いつでも作戦通り動ける」

「私もです。今すぐ大声をぶつけてやりたいくらいヤル気がありますから」


 肩を回しながら白髪の職業『勇者』の剣士と、準備運動をする歌姫が答える。


「私も行けるけど……、オーエン君は?」


 自分の下で金髪のバーサーカーの少女が逆に尋ねる。


「僕もOKだ。ラルファ、悪いけど頼むね」


 声かけをした黒髪の少女は足を負傷しているため、今その彼女の背中に背負われている。


「ううん。オーエン……いやオーエンちゃんは軽いから大丈夫だよ」

「ちゃん付けは勘弁してほしいな」


 アルトはハハ、と苦笑いして、横のもう一人の少女の方を見る。


「……えっと…、…その…頑張って……」

「どうして戦争に行く子供を見るような目なんですか!?」


 少しだけ目を剃らして応援のメッセージを告げると、ミルスはヒステリックな叫びを発した。


「イヤイヤイヤイヤ!!だってさっきは普通に頼むって言ったけど、やっぱり今考え直すと…」

「確かに緊張はしてます…。実戦経験も少ないですし、相手がレベル100の殺人鬼冒険者と来ましたから…」


 それはアルトが、この作戦の主役がミルスと言った理由でもあった。

 今回、アルト達は連れ去られたルナを取り戻し、身の潔白を証明するためにの者であった。

 しかし当然独裁者は聞く耳を持たないことは、話に聞いた人物像だけで、安易に想像がついた。おまけに敵は最強最悪の冒険者 『死霊使い』のイグニスを雇っている。だからルナを救い出すために、正面から向かっていくのは難易度が高かった。


 そこでアルトの出した答えがこれだ。


 誰かがイグニスの相手をして、その隙に残るメンバーでルナを救い出す。


 ブルドの部下は自分等に対する戦力にならないと分かっているため、問題はイグニスだけだった。レベル100、しかも才能を兼ね備えていて、禁忌を犯して更に強い冒険者だ。だからそのイグニスの気をしばらく引く、あるいは倒せればこの策は成功確定なのだ。


 そこにアルトは、ミルスをイグニスと戦う役に指名したのだ。



「マスターは怪我、他の人ではレベル的に私が一番。消去法で考えても私になります。だから私になるのは当たり前です。でも、これは私の使命なんです。私だって、ルナさんを助けたい…。記憶が有るか無なにかなんて関係ありません…。ただ、私たちの姉のような存在であるルナさんを助けたい。そのためなら、例え相手がジョーカーやデスタだったとしても、私はやります!!!!」

「ミルス…」


 弟子の言葉は、アルトの心配を打ち消した。

 アルトはイグニスの強さを知っている。だから冒険者のキャリアがそれほど無いミルスが、イグニスと戦うのは不安の種だった。

 だが心配は要らないとわかった。いくら強いと言えども、イグニスとミルスには異なる点がある。

 それは何のために戦うか。

 ミルスは仲間のために、その身を尽くしてでも戦おうとしている。それに対しイグニスは、ただ殺戮を楽しむだけに剣を振るっている。

 その違いが、必ず戦いの中でミルスが有利になるように作用すると感じたのだ。


「……改めてお願いする。ミルス、頼んでいいかな?」

「はい。マスター♪」


 不安が消え去ったアルトの頼みに、ミルスは最高の笑顔で返事をした。


「違うぞミルミル」


 その二人の間にシーナが割って入ってきた。


「そういう危険なこととか、重大なことを頼まれたときには、ご褒美を望むものだよ」

「ご褒美……ですか?」

「そう!!例えば『それさえあればもっと頑張れる!!』みたいな奴をこっちから要求しなきゃ!!」

「お前が言うと身の危険を感じる……」

「ちなみに僕だったら、『×××させろよ』って頼むよ」

「×××……!?」

「変態のテンプレ要求じゃねぇか!?絶対にその要求は呑まないからな!?」


 変態の言葉に頬を紅く染めるミルスの横で、ラルファの背中に乗るアルトは叫ぶ。その光景を見るラルファとハルキィアは微笑を浮かべる。


「……なんか怖くなってきたな…。最近のミルスも何を要求するか分かったもんじゃないから…」

「え!?私もそんな風に思われてたんですか!?」

「ハッハァ~!!ミルミルも僕の仲間だぁ!!変態万歳!!!!」


 変態と言う自覚はあったのか、とアルトはため息をつく。


「ま、要求は後でいいよ。今は…」

「あ…はい!!ルナさんを助けましょう!!」

「よし。それじゃあ行くよみんな…」


 仲間に用意を促し、アルトはラルファの背中に乗ったまま人差し指を前に伸ばした。手で鉄砲の形を作り、その指先に魔力を溜めていく。


「さて!!救出+ブルド撃退作戦開始だ!!!!」


 そして引き金を引くように指先の魔力を一気に放った。








「さて…、ここだな。先程魔力を撃ってきたのは」


 宙に浮きながら、イグニスは周りを見回していた。ビルの屋上だが、そこには誰かがいた跡すら残っていない。


「逃げたのか?……いや…、何かをしようとしているのか。そこら辺に隠れているとも考えにくい」


 思考を巡らせ相手の意図を詠んでいく。

 何故攻撃を仕掛けたのか。何故あのデブにではなく自分になのか。何故こんな離れた所から攻撃をしたのか。

 考える。ひたすら考える。


「…………ふっ…、そうか」


 そしてわかった。相手の策が、どういうもので何故自分を狙ったのか。


「中々賢いやり方ではあるが…」


 少し嘲笑を含んで、イグニスは剣を強く握り直す。

 独り言ではない。ちゃんと相手に語りかけているつもりで、愉快そうにしていた。



「私に挑むのは愚かな考えだな――――――――――――――――、魔法使いよ!!!!」


「ディアス!!!!」

「承知している!!滅されよ人間!!メガフレァァァァァッ!!!!」


 そして四角から迫っていたドラゴンのブレス攻撃を、黒い影を纏わせた剣で迎え撃った。


「生温い炎だ!!『ゴーストブリザード』!!!!」


 イグニスが叫ぶと、高温の炎を受け止めている剣から黒い影と冷気が吹き出し、ディアスの『メガフレア』を霧散させた。


「なるほど…。そこら辺の人間とは格が違うようだ」

「ドラゴン、いやバハムート、それも魔式か。これはまた珍しいペットをお持ちのようだ、お嬢さん」

「……あなたが…イグニス…!!」


 灰と黒の鱗に覆われた巨体を翼で浮かせるバハムート、その背中に乗る金髪の少女と不気味な程に黒い殺人鬼冒険者が顔を見合わせながら対峙した。


「なるほど…。私を足止めする隙にあの女を救うと言う魂胆か」


 察したようにイグニスは剣を肩にかついで、顎に手をあてる。


「だからあなたは行かせない…。私が絶対に食い止める!!」


 ミルスはそんな余裕を見せているイグニスを憎らしげに睨む。

 この男が人殺しだと考えるだけで、彼女の正義感が闘志を燃やしていた。


「安心しろ。別にあの豚のような男が狙われようが、私には関係がない。戻ったりはしないさ」


 その言葉を聴いて、ミルスの表情は訝しげなものへと変わる。


「……え?あなたはあの男に雇われたんじゃないんですか?」

「その通りだ。しかし別に守る義理はない。金で上の地位に立とうなど醜い考え方だ。だから貴様らの策は成功する。半分、はな」


 言い終わった刹那、銀色であっても光を反射していない剣を振りかざしてイグニスが向かってきた。


「っ!!くっ…」

「ミルス フィエル!!!?」


 反応がギリギリ間に合い、ミルスはイグニスの剣を杖で受け止めた。

 師であるアルトも空を飛べるが、それとは全く異質な飛行方法だった。

 アルトの場合は翼を闇の力で作り出し、羽ばたきながら飛行する方法だが、イグニスの空中移動の方法は違う。

 足で何もない空中を蹴りだしているのだ。その上、一歩踏み出す推進力が大きく、輪ゴム鉄砲のようにしなやかかつ速く空中を移動できるのだ。

 それが『死霊使い』の禁忌による力だと、ミルスはすぐに気づいた。



「貴様らの策の半分は失敗する。何故なら貴様は私に敗れるからだ」

「そんなものは…やってみなくちゃわからない!!!!!!『バリアフォース』!!」

「っ!?これは…!!」


 イグニスの顔が間近にあるなかで、ミルスは魔法を詠唱した。暖かな光が少女を中心に広がると、その光に弾かれるようにイグニスは距離をとった。


「……なるほど…。『クロスウィザード』か……」


 忌々しげに黒い魔法使いは光輝く魔法使いを睨んだ。その魔法使いの少女の周りには、光る球が八つ浮いていた。


「あなたの職業上、きっと光は嫌いだと思います。たくさんの人をその手で殺めた罪、私が償わせます!!」

「面白い戯れ言だ。良いだろう…、久しく使っていなかった霊で遊んでやろう」


 かくして、光も闇のレベル100魔法使い同士の戦いが始まった。







 ミルスがイグニスと接触したと同時刻。


「ヌヌヌヌヌヌッ!!!!一体どこのどいつだぁ!!早くこの女を殺さねばならぬのに、邪魔しおって!!」


 敵襲と聞いてイグニスを向かわせたブルドは、まだ帰ってこないのかとそわそわしていた。足元には手枷をはめられた病服のルナが横になっていた。


「だったらあなたが手を下せば早い話じゃない」

「黙れ小娘ぇっ!!我が輩はこの町の王だぞ!?人を殺す汚い手など持ち合わせておらんわ!!」


 もうすでに汚れていると、指摘したくなるのをこらえて、ルナは目を閉じていた。

 

 ブルドに、涙を流していることを悟られぬように、少し伏せるように首を曲げていた。


 泣いている理由は来てくれたから。約束を守ってあの人が助けに来てくれた、ルナは嬉しさで胸がつぶれそうだった。

 後ろでイライラして、足でドタドタと音を鳴らすブルドは気づいていなかった。


 実はもう、ラルファとアルトの二人がビルを登っていることに。ラルファは、アルトを背中に背負いつつ、素手でビルの壁を登っていた。と言っても掴む物の無いビルを登ることはできない。そのためアルトが小さな『クリスタルウォール』を何回も作り出して、ラルファはそれを掴んで登っていた。


 ルナはすでにそれに気がついていて、記憶がない自分のために来てくれたのだと泣いているのだ。



 そしてもう少しで登り終わるとき、


「よし…。ラルファ、行くよ……!!」

「わかったよオーエン君」


 息を合わせて予定通りに二人は王座の間へと足を踏み入れた。




「オラァ!!!!そこの独裁デブ!!!!」

「ヌッ!?誰だぁ貴様らは!!!!」


 いつのまにか後ろにいた侵入者に、ブルドはぎょっとした。しかしそれでも決して退かずに、上から怒声を浴びせる。


「僕らは冒険者だ!!ルナを助けに来た!!」

「アルトさん!!ラルファさん!!」


 希望に満ち溢れた声で、ルナは救いに来てくれた仲間の名を叫ぶ。


「助けに来ただぁっ!?小癪に障る冒険者が!!この女は我が輩のお父様を殺した大罪人なのだぞ!?助けるもこうも、罪を償わせねばならんのだ!!」

「違う!!あなたはルナさんをストレス発散のために痛めつける人形としか見ていない!!」

「それに重要なことを、ブルド、お前は知らない!!!!」

「他所者が!!!!我が輩はこの町の王だ!!口の聞き方に気を付けろ!!」


 対等関係と見られて激昂した独裁者の吼えなど無視して、アルトはピンと立てた人差し指を向けた。


「何も証拠がないのにルナが殺人犯?お前は馬鹿か!!」

「黙れ!!証拠は我が輩だ!!この目でお父様を刺しているところを見たのだ!!今思い出すだけでも、憎しみが湧いてくる!!」


 アルトの態度がブルドの怒りを更に奮い立たせることとなり、唾とこどもの言い訳のような罵声を吐き出した。

 それと対立的に、アルトはラルファの背中に乗りながら、落ち着いた口調で語り出す。


「真実を教えてやるよ。お前の父親、いや町の汚点だったゴルドを殺したのはヒナタ アレクサンドリアだ!!」

「っ!?なん…じゃと…!?」


 今まで噴火した火山のように怒っていたブルドの表情が、驚きにより一瞬で冷めた。しかし告げられた真実を解釈すると、また顔を真っ赤にして火山は噴火した。


「適当なことを言うな!!この女は何度も何度も我が輩の目の前でお父様を刺していた!!全身血まみれで、我が輩を見た瞬間恐れて逃亡したのだぞ!?」

「そこがおかしいと思わないのか?そもそもお前の父親ゴルドは大勢から殺されるくらいに憎まれていた。それは当然息子のお前にも同じ視線が向けられていたはず。だったら、もし彼女がゴルドを殺したのなら、そのままお前も殺して逃げるはずだ。つまり何が言いたいのかと言うと、犯人ならお前みたいなクズに目撃されても恐れないってことだ」


 背中の上のアルトは嘲笑い、あえてブルドを無事よくする言葉を並べていった。


「だったら何故逃げたぁ!?」

「ルナが弟の罪を被って、裁かれようとしたに決まってんだろ。元からルナはすごく優しい心の持ち主だったんだ。お前の拷問地獄から弟を守るために偽装しようとして、彼女は既に死んでいたゴルドの亡骸をザクザク刺してたんだ!!」



 目の前で口論が行われている最中、真実を知ったルナは頭に何かが引っ掛かる違和感を覚えていた。

 黒い魔法使いから知らされた自分が人を殺していなかった真実。

 そして『ヒナタ アレクサンドリア』。その名前が鍵が穴に刺さりそうで刺さらない時のような、違和感になっていた。


「ヌゥゥゥゥ!!!!だったら今すぐ真犯人をぶち殺し、この女には騙した罪を償わせてやる!!」

「おい待てよ!!!!そんなことしても憎しみが連鎖するだけだろ!!お前の親が何で殺されたか思い出せ!!ゴルドがルナとヒナタの両親を裏で意図を引いて殺害したからだろ!?」

「知らん知らん知らん知らん知らん!!!!だからどうした!?我が輩とお父様は偉いから何をしてもよいのだ!!人を殺そうが自由に決まっておる!!その二人だけでない。当然我が輩にそんな態度をとった貴様らも相応の罰を与えてやる!!全員我が輩の性奴隷にして、毎晩生きることの苦痛を味会わせてやる!!!!」


 独裁者の、もう救いようが無いくらい自己中心的な発言に、アルトは率直に救いようがないと判断した。アルトだけでなく、ラルファも話を聞いていたルナも、同じように最低だ、も感じていた。


「誰か来たれ!!!!今すぐこいつらを捕まえろ!!!!」


 ブルドは外にいる部下に向けて大声で呼び掛けた。

 しかし音が壁に跳ね返って木霊するだけで、何も起こらなかった。


「おい!!誰か!!早く来んかぁっ!!!!」

「無駄さ」


 諦めが悪いこどもに言い聞かせるようにアルトは言う。


「お前の部下のポリスとその他どもは全員、僕の仲間と、反乱を止めるので精一杯だ」

「……反乱……だと!?」


 恐れるべき言葉に、ブルドは信じられない顔で呟く。


「そう反乱。町の人たちのストレスはどのくらい溜まってたのかなぁ?」

「な、何故だぁ!?なにゆえこのタイミングで反乱など……、戦う力のない平民共が武装したポリスに立ち向かう!?」

「何故?ってそんなの決まってるだろ」


 答えを求めるブルドに向かって、アルトはにやりと笑い顔の横で立てた親指を下に向ける。


「一人の少女を救うために、みんな立ち上がってくれたのさ」

本格的な戦いパートは次回からになります


ミルスvsイグニス

救出組vsデブ


の2面でいきます

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