表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
旅の途中 ~ルナ編~
95/127

エリクシティ

~今回までのあらすじ~


 次の目的地、エリクシティに向けて旅を続けるアルト達。しかしその途中、ルナが急に記憶喪失になってしまう。

 原因も記憶を戻す方法もわからない他の仲間は、彼女の身の安全を考えてこれからどうするのか話し合った。戦えない彼女を連れて旅を続けるか、エリクシティで別れるかの二択。

 そんななかでアルトの出した結論は………

「なんだよ…コレ…」


 目の前の光景を見て真っ先に思ったことがそれだ。なんなのか分からない。予想外すぎる街の状態にアルトは疑心の言葉を呟いた。


 妙だと思ったのはアルトだけではない。その周りの仲間、ミルス、シーナ、ラルファ、そしてハルキィアのルナを覗いた四人も同じような目で目の前の映像を網膜に焼き付けていた。


 一行がやって来たのはエリクシティ。科学と言う最先端の技術で発展した、ギルドのある街や王国とはまた違った活気を持っていると噂されていた街だった。

 アスファルトを平らに敷いた道、道を照らすのはガス灯ではなく電灯、どこを見ても視界に入り込むのは高層の、草むらに生えるつくしのように並ぶビル等々、全てが外からきたアルト達にとって初めて見るものだった。


 しかし全員が驚いているのはそこではない。


 活気があって、人がたくさん行き交っているんだろうと想像していた街の通りには誰もいない。通りのみではなく、人の気配と言う気配がほとんどしない。耳に入る音はといえば、風が吹く音とそれに吹かれて転がるゴミの音。

 とにかく本当に殺風景としか言いようがない。街なのかと思えない静けさだ。


 だがそれだけではない。


 それだけでは、揃って街の大きな門をくぐっていきなり口を開けて妙な街を眺めたりはしない。何か大きな魔物が暴れたりしたのではと思えるような後が、至るところにあった。しかも廃墟の用に、それを直す工事などは一切行われていないのだ。


 エリクシティは、言葉通り荒廃しているとしか思えない様子だった。





 アルト達が街に着く前の晩の事。


 記憶喪失になったルナの前で絶望的になっているみんなの前で、アルトは誰も予想できなかった言葉を放った。


『全員でエリクに行こう』


 何故特に難しいことでもない言葉を誰も予期できなかったのか。

 理由は1つ。アルト オーエンと言う男がそんな事を言い出すとは考えられなかったからだ。彼のように優しくて決断力のある人物が、魔物に少し襲われただけで絶命してしまいそうな仲間を連れて、旅を続けようと言ったという風に捉えられたからだ。


「待ってよ……。それってエリクでルナぴょんと別れるってこと…?」


 シーナはそこで否定的になり、アルトにくらいついた。

 エリクシティまでは連れていくけど、安全面を考えてそこでルナと別れるのではと考えていたシーナだ。アルトはエリクに一緒に行くと言っただけで、別れないとは言っていない。だからシーナはその真意を確かめるために、少し強い口調でアルトに尋ねた。

 そのやり取りに周りの少女らも息を飲む。


「え?あ、いや…違うよ?て言うかなんで別れる話に?」


 ?マークを浮かべてアルトは逆に聞く。


「ルナと別れたりなんかしない。かといって今のまま旅を続けるわけにもいかない…。彼女の身の危険が関わるからね」

「じゃあどうして続けるんですか?」


 ミルスが問う。アルトが言うように、無知無能なルナを連れてエリクシティに行くと言うことは 、今のままで旅を続けるということに該当するわけだ。それがアルトの考えを読もうとする少女らの壁となっているのだ。


「記憶喪失なんて、医者に行ってもしっかりとした治療を受けれる訳じゃない。治らないって言われる可能性だってあるわけだ。ましてや、僕らみたいな医学に着いて知識の欠片もない者に治せる訳がない」


 じゃあ、と立て続けにミルスが問おうとしたとき、一呼吸おいたアルトがこう言った。


「でも、医者でも治せないなんて、僕らの世界での話だ」


「私達…の世界?」


 その言葉にミルス達の頭の謎が更に深まる。


「エリクには僕達の知らない技術があるよね?」

「「「「っ!!!!」」」」


 曇りに曇った表情は、明るくはないが灯りを点けたようにパッと変わった。

 その手があったか、といった表情で全員の視線が更にアルトに集まる。


「正直、僕たちの知る世界ではなルナの記憶の回復と、失った原因を知ることはできない。だから僕たちの知らない世界として、科学の力に頼るしかないんだ…。最後の手だけど、やってみる価値はあると思う…」


 辛いのを我慢して、アルトは穏やかさを必死に保っていた。

 何故なら、それでルナが戻らなければ本当に彼女がパーティーから抜けることを考えなければならなかった。


「ルナと一緒とかどうこうはそれを試してから考えよう。あまり考えたい事じゃないし……」


 だから今は逃避したかった。そんな想像もしたくないことを考えたくはなかった。


「マスター」

「アルトきゅん」

「オーエン君」

「アルト君」


 するとアルトの話を聞いた四人仲間の彼を呼ぶ声が重なった。

 

「「「「行こう…みんな一緒に」」」」


 笑顔を作って同時に答えた。


「……みんなっ…。……うん。行こう…!!」


その暖かさがどれだけアルトの心の支えとなったか、彼自信しか知らない。






 しかしわずかな希望を持っていた一行の前には、その小さな光を消し去るかのような光景が広がっていた。


「あちこちに瓦礫が散乱しているし、見たことない建物にはほとんど爆発したみたいな跡がある…。その代わり、人が一人も歩いていない」

「ここって…エリクシティであってるんですよね?」

「見たことない造りの建物ばかりだよ。それに大きく穴が空いてたけどエリクシティ独特の門があったよ。ここであってる」


 じゃあ何故今にも少し強い風が吹いただけで町が瓦礫の山と化しそうなのか。


 しかしそんなことを深く考えている暇はない。


「……行こう。ここがエリクシティなのは間違いない…。僕達の目的は一番に医者だ」


 町がどうなっているのかなんてともかく、今はエリクシティで医者を探さなければならない。

 後ろで、全てが見慣れていない様子のルナの記憶喪失をどうにかするのが優先事項なのだ。


「あ、マスター。あそこの建物を見てください」


 歩き出そうとしたアルトの横で、ミルス名を呼んで向こうを指差した。

 それに従って指のさす方角を向くと、見慣れない高い建物に赤い十字架のマークを発見した。


「たぶんあれが医者だね。ルナ、大丈夫?」


 落ち着きがない様子のルナに向かってアルトは尋ねる。


「は、はい……。すいません色々と…」

「きっとすぐ思い出せるよ」

「悪いなんて思わないでください。原因はすけこまし魔法使いかもしれないんですから」

「それ僕のことか!?」

「あ、でも女たらしじゃないから違いますね…」

「いやいや。これでいてアルトきゅんの性欲もレベル100だよ。僕が証明する」

「どの口で証明してんだ!!僕が今まで何かしたか!?」


 なんか話がズレ始めているのは分かっていたが、アルトはそのまま流れに乗った。

 いつも通りのコミュニケーションを見せれば、ルナが記憶を取り戻してくれるのではないかと思い、いつも通り変態にツッコム。


「え、でも裸私の…見ましたよね…?」

「楽しい夜を…激しく過ごしたじゃないか……」

「…………ひっぱたいて……くれた、」

「私に間近でキノコ見せましたよね?」


 女子陣が口々に述べていくので、流石にこれは記憶がなく、自分の人物像を知らない少女に誤解を生んでしまうと思い、アルトは言葉を叫んだ。


「作り話ばっかり言うんじゃない!!ルナに誤解されるだろ!!」


 しかしその発言は失敗だった。


「……始めて会った日の夜の…実話…ですよ…?」

「わ、私のは…あんまり言えないけど本当だったよね?」

「……シューラで私の眼前に出しましたよね?」

「「「え!?」」」


 シーナ以外本当にあった話を述べていることにアルトは気づかなかった。

 しかし問題はハルキィアの発言で、シーナの発言が嘘なのは大体分かるのだが、ハルキィアの言っていることが本当と言われた女子達の目付きが変わった。


「……マスター。詳しく教えてください」


 感情のない冷めた口調で金髪魔法使いの少女が呟く。夫の浮気の情報を得た妻のように、何か目に見えない未知のオーラが漂っていた。


「へぇーー。僕らの知らないところでアルトきゅんの堅くておっきいナニをハルキィーに突きつけたんだー」


 死んだ魚のような光のない瞳でこちらをじっと見つめる変態剣士。野生の動物なら即、超危険生物に指定されそうな剣幕で、唇の間からチロと舌を見せた。


「オーエン君はどっちだったの!?や、やっぱり踏まれた方!?」


 全く別次元の方から意味を捉えて、激しく息を吐いている金髪マゾ剣士。これはなんと言うかもう、爆発寸前のボイラーみたいな感じになっている。


「待て待て待て待て待て待って!!じ、事故だ!!確かにハルキィアの鼻先あと数センチのところでそれを露にしてしまったのは事実!!でも事故なんですぅ!!」


 黒髪の清楚な少女が髪を振り乱して叫ぶ。彼女についての事情を知らないものがその話を聞いていたら、何を言っているのかは理解できないだろう。


「……もしかしてわざとですか」

「違うんだミルス様信じてくださいぃぃぃぃ!!」

「ハルキィーに見せたんなら僕にも見せてくれるよね…?美味しそうな特上の松茸を」

舌舐めずりしながらこっちに来るな!!て言うか今無いから!!

「ハァ……ハァ……オーエン君……。ご、ご褒美に私に頂戴…!!」

「寄るな変態二人組!!舌舐めずりしながらこっちに来るな!!て言うか今無いから!!」


 目の前に迫り来る危機にお嬢様風黒髪少女は身をよじらせる。


「ほら!!ルナに変な風に思われるから!!」


 はっ、と二人は我に返り、後ろにいるルナを見た。


「あ…えっと…。い、いつも皆さんはこんな感じなんですか?」


 ハルキィアの後ろに隠れるように、顔だけ出して体を茶色のマントでくるんでいる少女が尋ねる。


「いやこれはその違うんだよスキンシップなんだよそういつもはこんなに変なことしてないけど今日は特に激しいだけで―――――――!!」

「ご、ごめんルナちゃん!!私達変人じゃ無いから安心して…」

「いや、変人だろ…」

「「っ!!」」

 

 余計なことを口にしたらアルトは頭を二人から叩かれた。口は災いの元と痛感したアルトだった。


「ま、まぁいいや…。早く病院に行こう。記憶が戻れば怯えられずにすむし」

「あ…はい…!!」


 アルトが呼び掛けると、ルナはハルキィアの陰から出て、アルトの隣へと駆け寄った。まるでアルトにだけ懐いているように、ルナはアルトの袖を掴んでぴったりと歩いていた。


 その二人の姿を後ろから見ていたシーナは少し不満そうだった。


「ムー……。僕のルナぴょんをよくも~」

「記憶は失ってるのにルナさん、すごくアルト君と居たがりますよね?」


 記憶を失ってからと言うもの、アルトが実は男であると言うのを知っていながら、ルナは妙にアルトにベッタリくっついていた。アルトが離れようとすると毎回その袖を掴み、『どうしたの』と尋ねるとその度に『私にもわかりません』と返答するのだ。


「刷り込みってやつじゃないかな?卵から孵った鳥が初めに見たものを親と思うやつ」


 ラルファが予想を述べるがミルスが


「それなら私も親とみられてもおかしくありません。マスターと私は同時に目覚めたルナさんの視界に映ったんですから」


 と言う。そうなるとラルファの思っている説は考えにくい。


「ひょっとして記憶が残ってる?アルトきゅんが好きだったってこと、ハッキリじゃなくても覚えてるのかも!!」

「……ちょっと待ってください!!そう言えば…、よく考えてみると…、そういうことなんでしょうか…?」


 ミルスが独りでブツブツと独り言を呟く。


「どうしたのミルミル?何か分かったの?」

「……関係あるかは分からないんですが…気づいたんです…」


 一呼吸おいてミルスは思ったことを舌に乗せる。


「ルナさんって…マスターの事好きだったんでしょうか?」


 その言葉に場の者全員が、頭に?を浮かべることとなった。


「何言ってるの?そんなの当たり前じゃん。ルナぴょんはアルトきゅんの事好きに決まってるじゃん」


 シーナが言った通り、ルナがアルトを好きだった事をミルスは知っている。


 リブラントでパーティーがバラバラになったあの日。ルナが自分に向けて放った言葉。


『ミルスちゃんも、シーナちゃんも、ラルファちゃんも、そして私も……、みんなアルトさんが好きなんですよ』


 一字一句覚えてはいる。

 しかしそれが自分達が感じているのと少し違うとミルスは考えているのだ。


「マスターに対する私達の『好き』と、ルナさんの『好き』は異なっていたのではないでしょうか?」

「「「っ!!」」」


 その一言で、疑問を頭に浮かべていたシーナも目を見開いた。


「私達の抱いているものは恋。でもルナさんのは好意あって、胸がドキドキする方のじゃなかったんだと思います」

「確かに…。みんな積極的でしたけど、ルナちゃんだけは少し違いましたね」

「私達のオーエン君の取り合いを、見守っている感じだった」


 全員が自分の記憶を辿っていると、ミルスの鞄の口が触れてもいないのに開き始めた。


「貴様らの考えている通りであろうな」

「っ!!ディアス!?き、急に出てきて驚かさないでよ…」


 急に声が下から聞こえミルスは驚いた。


「貴様らが思った通りだ。ルナのアルト オーエンへの想いは恋ではない。何百年も世に存在している我が言うのだ。間違いない」

「でも、それが分かっても何もないよ?逆に恋していなかったなら、どうしてあんなにアルトきゅんにだけ安心できる人みたいになってるんだよ?」

「それは…分かりませんけど…」


 ただ気づいて口走った事だったので、あまり有力な情報だとは言えない。何か関係あるのではと思っただけなのだ。


「一番の手がかりは、記憶喪失になる前にアルト君がルナちゃんをお姉ちゃんと言ったことくらいです」

「まぁそれも記憶喪失に繋がるとは考えにくいけどね」



「おーい。みんな何話してるんだい?早く行くよ?」

「あ、はいマスター!!今いきます!!」


 遠くでアルトの呼ぶ声がして、話はそこで中断となった。


「医者に見せた方が早いね。行こうか」


 向こうで待ってるアルトの方へ少女らは歩き出す。少し遅れて、後ろからついていくようにミルスが足を前に出した。


「…………っ…!!」


 彼女の背筋に悪寒が走った。どこからかは分からないが、誰かに見られているような気配を感じた。


「何?この恐ろしい感じ…!?」


 辺りを見渡すものの、どこにも人影らしきものは見えない。ビルの上も建物の陰も注意深く見てみるものの、風でゴミが飛んでいるだけだった。


「どうしたミルス フィエル?」

「……何でもない……。気のせいだったかも…」


 その様子を気になったディアスが尋ねるが、主人は適当に返事をして前を歩いているみんなに追い付こうと走り出した。


(気のせい…だったらいいんだけど…。この町…なんか不気味)


 少し心残りではあったが、ミルスは勘違いだと言い聞かせた。









「成る程。急に記憶を失ったのか」

「はい。頭痛を訴えながら気を失い、目が覚めたら記憶が……無くなってました」


 白衣を着たメタボ気味の男性と向かい合って座るように、アルトは会話をしていた。男性は出ているお腹が苦しいのか白衣のボタンを全開にし、丸椅子にどっかりと座り、隣に座るルナの顔を見る。彼がここの病院の医者で、ルナを診察してくれていた。


 ここに来る前に見たここの見取り図によると、病院はビルであるのにも関わらず、使用しているのは一階と二階のみだった。受付と診察室が一階、患者が入院する部屋が一階と二階にあるらしい。そこから上の階は病室でありながら使われていないそうだ。

 その上、他に患者の姿は見当たらず、受付も看護師が一人だけ。診察を待っていたときは本当に病院なのかと思っていたアルトだったが、医者はまともな感じだったので安心した。


 アルト、ルナ、そして医者の3人だけがいる診察室の外では皆が待機している。アルトが出てきて、診察結果を伝えるのを待っているのだ。




「治り…ますか…?」


 恐る恐るアルトがメタボ医者に尋ねる。その隣ではルナが袖をぎゅっと握り締めていた。


「うむ…。記憶喪失となると脳の話だからな…。外見や話だけでは治療法を見つけられん。だからMRIにかける」

「えむあーるあい?」


 機械科学と深く関わりが無い世界で生きているアルトには、医師の言っていることがなんなのか理解できなかった。


「簡単に言えば、エリクシティ自慢の科学の力で、脳の様子を写真に映すやつだ。町の外から来たあんたらにはよくわからんだろうがな…」

「それを使えば原因はわかるんですか?」

「異常があるのならばな。だがそれで脳に原因があったとしたら、逆に緊急事態だ。すぐ手術になる可能性だってある。覚悟はできているか?」


 医師の言いたいことは、つまりMRIでなら異常がわかるかも知れないが、異常が見つかってしまえば事を急がなければならなくなる。


 アルトは拳を入れる力を強めた。

 もし原因が分からなかったのならルナと別れる事を検討しなければならなくなる。しかし重い病気だと診断されれば、治療や後遺症等の有無もよってやはり考えなければならなくなる。

 それならこのまま知らない方が余計なことを考えなくて楽なのではと考えかけてしまうアルトだが、それは一番選んではならないと理解している。しかし現実を受け止める容量が自分にあるだろうか?


 アルトは少しずつ追い込まれ始めた。果たして彼女の現状を知って、冷静な判断ができるだろうか?そしてそれを他のみんなに伝えることも可能だろうか?

 自信はない。仲間が記憶喪失になっただけでも取り乱しているのにこれ以上は、精神がどうにかなってしまうかもしれない。本当はルナと別れることについて考えたくないだけなのかもしれない。こんな絶望的な状況でどうしろと言うのだ。


 冷や汗を流し初めながら、前髪で隠れた目元を手で覆った。


「……………っ…………………………」


「アルト…さん…」


 酷く苦しく悩んでいたとき、隣からかかった声に重くて潰れそうなプレッシャーからアルトは引っ張りあげられた。


「私は…どんな結果でも、怖くありません…。例えそれで記憶が戻らなかったり、余命が僅かだったりしても、怖くないです。まして、皆さんとお別れになることになっても大丈夫です」

「ルナ…」


 目を見て落ち着いて、ルナはアルトの手を握って安心させようと言葉をかける。

 枕のように柔らかな手の感触がアルトの緊張をほぐし、布団にようにかけられる温かい言葉が切羽詰まった心に安らぎを与えた。


「皆さんにとって、お別れすることがどれ程辛いかは今の私には分かりません……。ですが、私の記憶が戻らなくとも、皆さんの記憶には皆さんの記憶通りの私が生きています」


 鬱ぎ混んでしまいそうなアルトに向ける、ルナの最高の笑顔と最大級の言葉だった。

 

 アルトもそこで思い出した。

 記憶を無くす前のルナが、怒ってまで伝えたメッセージ。



 本心を打ち明ける事は悪いことじゃない。そして独りで問題を抱え込むな。



 そして決心は思ったより早く着いた。


「……ありがとう…ルナ…………。先生、覚悟は決まりました…。検査、お願いします」

「……よし分かった。今すぐ準備をさせるからしばらく待っていなさい」


 医師はアルトの眼差しを見て、訴えかける感情に応じるようにそう告げた。







 準備ができたと看護師に言われ、医者に着いていくように診察室を出て、検査室のある部屋へと向けて院内の廊下を歩いていた。


「検査は一時間かかる。それまでは君の友人達と時間を潰していてくれて構わない」

「あの。検査ってどんな感じにやるんですか?」


 科学について無知なアルトは、バインダーを開く医師に尋ねる。見たことない機械と言うもので行う検査が少し不安だったからだ。


「ははは、なにも心配はいらない。痛みとかはいっさい無いさ」


 アルトとルナが町の外部から来た、つまり医療機器なんて当然見たことがなく恐れているのをちゃんとわかっているメタボ医師は、面白そうに笑いながら安心させようとした。


「…………、」

「ルナ、大丈夫?」


 記憶を失ってからはアルトにピッタリのルナ。距離を空ける以前に、黒髪の少女の細い腕にガッシリと掴まるように歩いていた。


「大丈夫です…アルトさんが一緒なので怖くありません」

「そう」

「ただ何か引っ掛かる感じがして…」

「え?それって………」

「残念ながら思い出す…訳でもなさそうです…。何か変に違和感を感じて」


 心苦しそうにルナは目線を下げた。アルトには何もかけられそうな言葉が無かった。



「服を着替えたら、スキャンの台に横になって―――――、ん?」


 歩いていた医者が、そこで足と言葉を同時に止めた。


「コラお前ら!!何処に行くつもりだ!!」


 突然大きな声でメタボ医師が怒鳴ったため、目を下げていたルナは小動物のようにビクッと震えた。ルナに限らずアルトも、メタボの腹の底から出された声に驚いてルナから目を離し前を見た。


 医者の怒鳴り声が響いていく廊下の先を見れば、若い男が二人、どちらも骨折したのか腕を肩から下げて固定し、病室から出たところだった。


「お前らはまだ完治していないと言うのに、何をしている!?」

「これは先生。何処へって、勿論職場に帰るに決まっているじゃありませんか」


 一人が嫌味っぽく医師に応えた。それに続くようにもう一人も、


「こんなつまらない所にいられねぇよ。職場の方が数百倍楽しいし、いるだけで給料が貰えるからな」


 いかにも性格が粗そうに医者に言った。


「いい加減にしろ!!誰かに襲われて今までの事を反省したかと思えば、同じ病室にしろとわがままを言い、ナースコールを意味無く押しては看護士にセクハラしとるそうじゃないか!!」

「看護士さんの体に触ったことを怒られるのは分かりますが、今までの事の反省、とはどういうことでしょうか?」


 嫌味っぽい男は元から怒られている感覚ではないかのように、反論をした。そしてまたそれに続き粗い男も。


「もしかしてあれか?俺らポリスはまともな仕事してねぇって言うのか?これ以上何か言うようなら、ブルド様に『この病院はブルド様の政治に文句があるそうです』って言ってやってもいいんだぜジジイ?」

「……くっ、」


 医者はそれ以上その二人に何も言えなくなり、歯噛みするのがわかった。


「ったくよ…。あの野郎のせいで3日分の給料がパーじゃねぇか」

「まぁ今ごろは指名手配、もしくは既に射殺されたでしょうね。さぁ仕事場に帰りますよ」


 男二人は堂々と医者の横を通ろうとした……、時だった。


「……あぁ?」

「…………っ、……」


 気性の荒い男がルナを凝視したのだ。何もしていないのに顔をじっと睨まれたルナは震えていた。


「っおい!?こいつまさか!?」

「どうかしたか?……ん?っ!!この顔は!!」


 荒い男が前の男の背中を叩いて、ルナを指差すとその男も死人でも見るかのような目に変えて驚いた。


「何か用ですか?」


 眉間にシワを寄せて男二人を睨むように、アルトは男とルナの間に割り込んだ。


「……っ、とりあえず報告だ…」

「そうだな………」


 黒髪の少女が立ちはだかると、男二人は何やら耳打ちして歩き去っていった。


「……なんだったんだあいつら?」


(ルナについて何か知っていたのか…?それとも容姿に引かれただけか?)


 歩いていく二人の姿をずっと見ながら、アルトは男二人がルナを見たときの表情を思い出していた。


「……すまない。恐い思いをさせてしまったな…」


 アルトが男だと知らない医者は、二人の女子の不安を拭い去るべく、申し訳なさそうに言った。


「あいつらは3日前、何者かに襲われてこの病院に送られて来た最悪な患者でな…。まぁ、この話は後だ。今は検査を急ごう」


 そう言ってメタボ医者は歩き始める。


「……大丈夫かいルナ?」


 アルトは背中でビクビクしているルナに声をかける。


「は、はい…。怖かったですけど………」


 危機が去ったのを確認すると、ルナは少し潤んだ水晶のような目をアルトに向け、


「アルト君が……いたから……」


 普段のマイペースなルナが見せない可愛らしい笑顔を見せた。


「……っ…。そ、そう…。良かった…」


(なっ…!?これは…反則だろ…!?マズイマズイ!?顔が熱くなってきた…!!)


 彼女が安心していることは分かったが、その様子は男であるアルトの心をくすぐるものがあった。


「じ、じゃあまず行こうか!?」


 照れ隠しのためアルトを前を向いて、病院の少し電球の切れかかってる廊下を少し早いペースで進み始めた。

アルトがエリクシティに行こうと言った理由は、別れるためでなく1つの賭けだったわけです

自分達にどうにもできないのなら、エリクシティの科学力に頼ろうと考え、提案したのでした


ちなみにビルとかMRIとか、現実的でこの作品の世界観に相応しくない言葉が出てきていますが、エリクシティは日本の都会の一部を切り取って、異世界にそのまま置いたような描写をご想像してください


魔法とかがあるこの世界では、科学はそんなに目を置かれていないのが一般ですので、科学を発展させたエリクだけ特別なようなものです



話数は冒険中断の時よりも少なくなると想定しています。サクッと話が収まってしまえば何週もエリクでの話が続かなくて済むと思います



ちなみに勘の鋭い方は最後の二人の男があの二人だと気づいたでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ