変態のハート
「ただいま~~♪」
暗い空間に大柄の男がドアを開けて入ってきた。その空間には木製の机と椅子しかなく、椅子の上では大人の魅力を放っている女性が、長くて艶かしい足を組みながら、本を読んでいた。
その女性は顔だけを動かして、本から目を離し大男を見た。
「あら?早いのね」
「ええ。思ったより楽な仕事だったわ。それほど強くなかったし」
入ってきた大男と女性は親しげに話した。男の話し方が女性みたいなせいか、すごく二人の仲が良いせいか当人達にしか分からないが、それはまるで誰かが帰宅したときの家族のような反応だった。
「てことはすぐに終わったのね?アルバナス?」
「ええバッチリよ。あなたのお望み通り、彼を女にしてきたわよ。ストラータ」
アルバナスはドアを閉めると、背伸びをしながらストラータの向かいに座った。
「それでも退屈しすぎて疲れたわね…、ストレスで肌荒れしちゃうわ…」
「マッサージでもしてあげるわよ?私の力を使って」
アルバナスを見ながら、ストラータは片手を顔の横にあげる。すると、ゆらゆらと灰色のオーラが彼女の手から空中へ滲み出た。
「遠慮しておくわ。あなたの力をマッサージに使えばどうなるか分からないもの。それに疲れを取るならデスタちゃんにお願いするわ。私を肉体を揉むのに、彼が一番適してるから」
「そう……。なら私もデスタにやってもらおうかしら?」
露出されている肩に頬を当てながら、ストラータは呟いた。
「ところでその彼はもう大丈夫なのかしら?」
「ええ。もうピンピンしてて、逆に力が溢れ出ているわ」
アルバナスが切り出した話の主は、デスタの事である。
数週間前に不思議な人間との戦闘により、彼は悪魔としての力が覚醒した。
しかし覚醒して新たな力を手に入れても、プライドや精神は大きなダメージを負ってしまった。そのためしばらくの間、精神を休ませるとともに力を使いこなすため一人で部屋にこもったままだった。
そしてそれが終わったデスタは力がいつまでたっても沸き上がり続ける、発電機つき破壊兵器のようなものとなっている。
「さて…………、いつ彼は暴れだすのかしらね」
「でも…、デスタ限定じゃないでしょう?」
アルバナスの発言を指摘するようにストラータは切り返した。
「私達だって、デスタのように力が覚醒する時が来るのだから、他人事ではいられないわよ」
「あなたはいいじゃない。どうせもう掴んでいるんでしょ?覚醒のし♡か♡た」
ストラータの指摘をアルバナスは返した。
「まあどちらにせよ、私達の力もいずれ格段に跳ね上がるわ。どのくらい強力なのか楽しみね」
「ええ。けれどデスタの方が私にとって楽しみよ。あの子とデスタをまたぶつけるの。その時どちらが勝つか気にならない?」
お人形遊びでも始めようと言わんばかりに、ストラータはアルバナスを見た。
「彼が呪いを解いたのならばだけれどね…」
そして怪しく微笑んで手に持っていた本を、緑色の炎で燃やした。
―――――――――――――――――
「これは…………、」
「…なんて…、酷い…」
一同は目の前の光景に呆然としていた。
地図の上ではここは森のはずだ。乾いて生命感のない荒野と違って、木が生い茂って中心部には川が流れている、命溢れる場所のはずだ。
そのはずなのに、今この目で見ている森はそんなものでなかった。
木がめちゃくちゃに斬られたり倒されたりと、何か大きなものが這い回った後があった。それが普通なら言葉を失うくらいに思ったりはしない。人間が伐採したとか言う程度で、人の醜さを知るだけのはず。普通じゃないからここまで驚いているのだ。
直径何kmにも渡る森の向こう側が、こちらから見えてしまっているのだ。それも一直線にではなく、ミミズがぐにゃぐにゃと動き回ったかのように、その跡がある。
そして何より、森が半分ほど禿げてなくなってるのだ。木々の代わりに黒い地面がそこに広がっている。
生命の躍動感が一切感じられず、残った木などを見ても死しか感じられない。
つまり巨大なものが森で暴れていたと言うことが分かる。しかもそれが何なのかアルトとハルキィア以外には分かっていた。
「これって…ジェノサイドスコーピオンのせいだよね?」
「おそらくは…そうでしょう………」
「ジェノサイドスコーピオン…?」
「それって何ですか?」
その名前を知らないアルトとハルキィアは揃って、首をかしげる。
「マスター達が帰ってくる前に、リブラントで私達が戦った超巨大兵器です」
「ああ、そう言えば町が少し壊れてたし、みんななんか有名人みたいだったね」
「はい。あの日急にそのジェノサイドスコーピオンが町を襲って……、だから私達も応戦したんです」
白くて細い指を口元に当てて思い出すアルトの横で、ハルキィア質問を続けた。
「何で町を襲ったんですか?」
「本来の用途はエリクシティが開発した自動魔物排除用起動兵器だそうです」
「でも設計者がミスったっぽいんだよね」
「魔物ではなく、人間を殲滅するようにプログラムされていたんです」
「だから町を襲ったし、私達にも当然牙を向けたんだよ」
各自、その時の様子を思い出しながら口を開いていった。
「こんな大きなものが動き回った跡なんて、それ以外に考えられません…」
「それじゃあ、つまりこういう事?誰かが森の外でジェノサイドスコーピオンに見つかって、この森の中を逃げ回って、最終的に外に逃げていったって事だよね?」
「…その人、無事だったんでしょうか…?」
ルナが胸を押さえて悲しそうに呟いた。彼女の優しい性格からその人を労るように出たものだった。
「きっと大丈夫。うまく逃げ切ったと思うよ。何十kmも逃げられるんだ。逃げ切れない訳がない」
彼女を不安にさせないようにアルトは言葉を放った。
「とりあえず、人間はもっと学ぶべきだ。どんなことにも失敗は必ずあるものだけど、こればっかりは反省と言うことから、生き物について学ぶべきだ。行こうか…。ここでぼうっと立ってても、森が元に戻る訳じゃない」
黒髪お嬢様のアルトは歩き出した。大人のような目線で、人間を批評しながら。
「はい、マスター」
それについていくように、全員足を動かし始めた。
アルトの言った通り、あまり考えないようにしようと思う中、全員が同じことを思い始めた。
『もしアルトがスコーピオンと戦ったら?』
防御魔法のエキスパートもはや頂点のアルトと、普通のスキルでは全然ダメージを受けないジェノサイドスコーピオン。その2つの力がぶつかればどうなるのだろうか。
結果の予想はアルトの勝ちしか考えられなかった。
ルナはともかく、それ以外の四人はアルトに好意を抱いている。だから彼のカッコ悪い姿なんて想像できない。むしろカッコよく見てしまいがちなのだ。(今は可愛いが…)
だから頼もしく見える彼(彼女?)を、何とかして早く男性に戻そうと結託した。
ミルスでは、結果的に戻らなかった。と言うより添い寝しただけで終わってしまったため、女心を何も教えていない。
それによってその想像が、今日教師役に割あたっているシーナに火をつける事となった。
シャ―――――――――………………
「………………………、」
白くてふわふわとした雲から雨のように降り注ぐシャワー。それを黒髪の少女は裸で浴びていた。
透き通った色のお湯が彼女の綺麗な色の細い背中を伝いながら、重力に従って滑り流れていく。
森の中にポツンとある小さな個室。と言うよりは、魔法で作り出した本来防御用の壁を4枚張り合わせて作った正方形の空間。腕は伸ばせないがくるんと楽に1回転できるくらいに作られたスペースの中でアルトはシャワーを浴びていた。
壁の設定は、『光の通す方向を一方通行』と言うようなものにしてある。だから簡単に言うとマジックミラーで、外側からは中の様子が一切見えない。これは変態対策でしたことだ。
またマジックミラーなため、月の光が手元を照らしてくれる。そのため暗くなく、周りからも見られずに、ゆっくりシャワーを浴びれるわけだ。
彼女が雲への魔力の供給を止めると雲は消えて、足元からの湯気は登り続けて、お湯の代わりに彼女の華奢な体を包んだ。
「ふぅ…………」
夜風で冷える前に、彼女はそこの空間から出て服を急いで着ていく。慣れはしない作業だが、しっかりとスポブラを胸に着用してから、黒のネグリジェで身を纏った。
正直、不快にしか思わない。男である自分がこんな物を着るなんて、グレーゾーンの男でなければ誰でもプライドのようなモノが傷つくだろう。それでも着るものに関して、自分は文句を言えない立場である。これは他人から用意されたものだから贅沢は言えないし、これを着ないと衣類を与えてもらえない、つまりすっぽんぽんで放置されるのだ。
「………これ、いつまで続くのかな…?」
自分の姿を眺めながら、絶望するように呟いた。
アルバナスから受けた呪い―――、それは性別を変えるもの。それだけならシンプルで、一回言われただけで誰でも分かる。
面倒なのは解き方。女心を知れば呪いが解けると言う、よく分からないものなのだ。なぜなら女心の定義が明確ではないからだ。時間で解けるようなキッチリしたものと違って、この呪いの解き方は大雑把過ぎる。
女心と言っても色々あるだろう。なのにそれを知ると言うのは謎過ぎるのだ。
「とにかく…みんな何かしてくれてるんだから、それに任せよう…」
どうあがいても、知らないものは知らない。救いの手を待ち続ける以外、今回アルトにうつ手はない。
悔しいがそれは実感している。だから今はずっと我慢だ。いずれ呪いが解けるときがきっと来る。
そう信じてアルトはその場を後にした。
「さて…寝るか…」
食事は既に済ませておいた。テントはしっかり張ってある。歯も磨いたし、もうすることはない。
歩き続けるだけでも、かなり疲れは貯まるものだ。体力が持つかどうかは置いておいて、やっぱり休むことは必要なようだ。女体化してから体力も落ちたし、食も細くなった。唯一睡眠だけは変わらないままだ。夜更かしでもするとまた過労になるかもしれない。
「みんなには悪いけど先に休ませてもらおう…」
髪をしっかり乾かしてから寝床に入った。
抱き枕が無いせいか、少し物寂しい。しかしまたミルスを抱くなんて、多分できそうにない。仕方がないが安眠グッズ無しで、寝るしかない。目が覚めれば朝なのだから。
瞳を閉じてから寝付くまでは、予想通り時間はかからなかった。
―――――――――――――――――ペロ………
「………う、………っく」
首に走った不気味な感覚で、眠りが浅かったアルトは目を冷ました。
――――ペロペロ…
首の妙な感覚はまだ続いている。濡れた何かが首をくすぐっているようだった。
重い瞼を開いて、アルトはその正体が何なのかを、まだはっきりしない意識で確認しようとした。
するとそこにいたのは――――――――――
「あ、起きたね…アルトきゅん♡」
「お前かァァァァァァァァァァァァァァ!!!!?」
目が覚めるくらいの声でアルトは叫んだ。
決して眠りを邪魔されたことへの怒りとかを放ったわけではなく、ただ単に恐怖による悲鳴だった。何故なら今、仰向けの自分にのしかかって首をペロペロ舐めている白髪の少女、シーナに夜這いされるのは空腹のライオンと寝ているのと同じようなものなのだ。
いつもこうなると結果は必ず地獄を見る。舐め尽くされる、もとい喰われるのがオチだ。だから本気で感じた身の危険に、アルトは夜なのもお構い無く、暗黒に包まれた森の静寂をぶち壊すくらいに叫んだのだ。
突然大声でお前かと叫ばれたシーナは驚いた様子を見せたが、少しほっぺを膨らましていた。
「もう、酷いなぁ~…。そんな拒否反応見たいに叫ばなくてもいいじゃん」
「な、何でシーナがここに!?何で舐めてるんだ!?て言うか――――、!!」
現状に対する質問を連続で投げ続けるアルトの言葉が途切れた。その目はシーナの顔、より少し上の方を見ていた。
何故なら………
「お前…、何で猫耳が!?」
シーナの銀色に近い美しい白髪の中からぴょこんと、白い猫の耳がこちらにご挨拶をしていたからだ。
「ん~?あ~、これ?どうかな?可愛い?」
耳を指でつまみながら、アルトに問いを投げかけた。
(可愛い、………って、あれつけ耳か…。そうだよな………シーナに急に猫耳が生えるわけ無いよな)
一旦冷静になってアルトは、改めてシーナの顔を見た。元が既に可愛いからか、猫耳を着けても彼女はより可愛く見えてくる。
しかしそれを思春期の少年が素直に言えるわけもなく、顔すら直視できなくなり目を逸らした。
「あ、今目線変えたね?酷いよアルトきゅん~」
本気で怒っているわけではなさそうだが、不満を募らせた顔でシーナはむくれた。
「ご、ごめん…。可愛い…よ。言うのが恥ずかしかっただけで…、他には何も………」
「………♪そう?」
可愛い、という感想を聞いた瞬間からシーナは笑顔になった。そして手を舐めたり顔を掻いたり、猫らしい仕草をし始めた。
「………て、違くて!!猫の真似して何やってるんだって聞いてるんだ!!」
危うく本題から離れてしまうところだったが、すぐに戻すことができた。
何故シーナは猫のようにしているのだろうか。そして何故夜這いをしたのだろう。それを知るためにアルトは彼女に問い詰めた。
「だって、今日は僕の番だよ?」
「へ?」
「だ~か~ら~あ~。今日は僕がアルトきゅんに女を教える番何だよ?知ってるでしょ?」
そう言えばそうだった。ミルスの次はシーナだ。そう言われたのだが忘れてしまっていたと、アルトは口を開いた。今日は何もなく寝てしまうところだった。
「で、でも何で猫耳着けてるんだよ!?」
女を教える教えるというのに、猫耳をつける意味はあるのだろうか?猫の気持ちではなく、女性の気持ちが知りたいのに、何か間違っては無いだろうか?
「そこは気にしないの。しー、だよ?」
「………ん、」
人差し指を口に当てられて、反論することができなかった。彼女の指の熱が伝わると、唇が溶け出してしまいそうになる。
「ねえアルトきゅん?もう1度聞くけど…、僕可愛い?」
シーナの頬が少し赤かった。
「え?あ、あぁ…可愛いぞ」
「どういう意味で?」
表情を変えず、口だけでシーナはさらに聞く。
「ど、どういうって…そのままの意味で…」
「それはつまり、異性として?それとも見た目が?」
「………っ、!!」
いつにもない事を、シーナはアルトに投げかけ続けた。アルトにとっては不意打ちの連続のようなものだ。シーナの様子がいつもと違う。すごく真面目そうだった。
「ど、どういう事だ?どっちがどうなのか分からないんだけど…?」
それに対してアルトもうまく答えることができない。ただ、彼女の目から自分の目を逸らす事ができなくなり、金縛りに近い状態で理解のできない問題に、うまく答えないように聞き返した。
「―――――――………フゥ、やっぱり……こっちはダメかな…」
呼吸を我慢していたように、シーナは息を吐き出してからそんなことを言った。
同時にアルトの目もオートフォーカスの金縛りから解放され、息を吐いた。
「………ねぇアルトきゅん…。どうして僕はこんなことをしてると思う?」
呼吸を整えて、シーナは再びアルトの目をロックオンした。
「モフモフの尻尾と耳を着けて、アルトきゅんに夜這いしているのはどうしてだと思う?」
見ればシーナが着けているのは猫耳だけでなく、尻尾も左右に揺れながらついていた。
「何でって…、それは―――」
それは何故なのだろう?
いつもならシーナが変態だからで済む話。しかし今回はその答えを使うべきでない、いや使ってはならなかった。
その答えは今のシーナに通用しない。おそらく変態な行動の一環ではないモノとして、シーナは夜這いしている。それに気づいたからだ。
「分からないかな?」
急かすようにも聞こえるが、優しく聞かれるようにも聞こえた。
「………………カァーーーー。アルトきゅんも鈍いね~」
タイムオーバーのブザー音を口で鳴らしながら、シーナは手で×印を作った。
「正解は…………、」
ゴクリ…、とアルトは息を飲み込んだ。
「秘密、だお♡」
「っ、!?」
額がくっつく距離で、彼女の笑顔が炸裂した。ドキッとして、思わずアルトの体はビクっと震えた。リールでの一件から表情が生まれたシーナの最高の笑顔は、最高の可愛さと思えるモノだった。
特に『花より防御魔法』のアルトの胸が震えるほどだ。素から可愛いシーナにとって、鬼に金棒だった。
「ゴメンね…、意地悪じゃないんだよ?教えたいけど、教えればぶち壊しちゃうんだ…」
表情には表れないが、苦しそうな口調でシーナは言う。
「もし、アルトきゅんが自力でそれを解れば、多分呪いは解けるよ」
「っ!!」
「僕の口から教えても呪いは解けない。知る内容に変わりなくても、人から教えられるのと自分で知るのは違うんだよ」
アルトはしばらく何も言えなかった。理解することができなかったのだ。
「とにかくゴメン…。僕が教えられるのは呪いを解く答えについての問題だけなんだ」
「い、いや…、僕が悪いんだよね?自分の問題なのにみんなに任せて」
「コラ」
鼻を人差し指でつついて、怒ってるようにシーナは言った。
「気にしたらダメだよ?僕達は一緒のパーティー。家族同然だからそういうこと気にするなって言ったのはアルトきゅんだよ?言い出しっぺがそれじゃあダメだよ」
「ご、ゴメン…」
「む…。また謝った…、ほんとしょうがないな――――――」
ものすごく不機嫌にさせてしまったのか、シーナはアルトから離れ―――――――――――
「とでも思ったか!?」
「うわっ、!?」
離れるかと思ったが、突然こっちにダイブしてきた。まるでプロレスやボクシングのリングで、ロープを使った時のように思いっきりぴょんと。
シーナが軽いためアルトに衝撃はさほどいかなかった。
「アルトきゅんはやっぱり面白いなぁ…」
「………お前なぁ…」
アルトは馬乗りになられて、シーナは乗馬マシンに乗っているかのように体を揺らした。
「今日の夜のお相手は僕だよ」
「意味深過ぎること言うな」
「昨日はミルミルが処理したけど…」
「何の!!!?」
「え?性欲」
「されてねぇよ!!」
恥ずかしさとか微塵も感じず、シーナは堂々とワードを口走る。
「んじゃあ溜まってるよね?」
「は――――――――――――――――――」
また何とんでもない事言っているんだ、とアルトが突っ込む前にシーナは先手を打った。
「ん…」
「っ、!!ちょ、おい!?」
馬乗りのシーナは手を下に向けて交差させたかと思うと、服を掴んで上に持ち上げた。
アルトの目の前でX字脱ぎが行われた。
当然アルトは片手で目元を隠そうとし、右手でシーナの行動を制止させようとするが、片手の面積では目を覆えないし、彼女は止めない。
「ん…ふぅ…………。ん?アルトきゅん何で中二ポーズしてるの?」
片目を隠して話しているため、そう言う感じの行動かと思われたのだろうが、アルトにそっちを弁解する余裕はなかった。
シーナは既に上着を脱ぎ終えていて、今自分の腹に股がっている少女は上半身裸なのだ。
「お、お………、オォォォォ…!?」
お前と言いたいのだが、動揺でアルトの口が回らない。
「オッパイがどうかしたの?」
「ちげぇよ!!お前って言いたいんだよ!!」
アルトが動揺するのにも理由があった。普通ならシーナが脱いだからといってここまで動揺することはない。何故ならシーナは下着くらいはちゃんと着けておくからだ。希にノーパンだったりするが、上に着けていないときなど無い。
しかし今回は違った。森のテントの中での彼女の姿は、月から照らされる光で薄暗くだが見えてしまう。しかも寝起きで目が闇に慣れてしまっているアルトにはよりはっきり見えている。
だからシーナが上着を脱ぎ捨てた時はぎょっとした。
彼女は何も下着さえ着けていないように見えたのだ。普段なら着ける必要があるのかと思えるブラもしくはスポーツブラを着用しているのだが、それらの類いが無いのだ。本当に露になった姿が辛うじて、暗さで見えないようになっているのだ。
「な、何で何も着けてないんだ!?」
「ん?いや着けてるよ」
不思議そうにシーナは首を傾げた。
「はぁ…!?いや、着けてないだろ!?暗くて見えてないから早く何か着ろ!!」
「いや着けてるよ。性格には貼ってる」
「………………貼ってる?」
彼女は上半身ヌードなのかと思っていたアルト。しかし貼ってると言う言葉から、実際には違うと言うのが分かった。
「こういうの…好きかな♡アルトきゅん…」
「っ!!!!??」
シーナが肘を曲げながら、胸を強調するように腕を開いたところでようやく見えた。
あるものはそれについてこう言う。
『あ、家の息子が怪我したときにはよく使います…。本当に便利ですよね?細菌から傷口を守ってくれるので、ありがたいですし、安価ですし…』
またあるものはこう言う。
『あぁー、いいですよね~。一箱買うだけで、徳用なんで嬉しいです。それに軽くて小さいから、どこへてもいくらでも持ってけますね。ヘヘ…ガキの頃はよく鼻に着けて、ワルガキ気どってたっけ…』
こう言うものもいる。
『む…………?君達はそれを医療用具としか見ていないのかね?あれは神が与えてくれた産物なのだよ!!僕はあれを作った人を尊敬している。あれは最先端の衣服だ!!無駄な面積の布切れを必要とせず、ピンポイントで隠してくれるため、リーズナブルであるし、何より人の美しい姿を邪魔しない!!そう、あれは人間の持つ最高の宝だ!!』
(以上、白髪の変態少女による発言)
人々がよくお世話になるそのアイテム。その名も―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「バ…、『BANNSOUKOU』………だと、!?」
BANNSOUKOU―――、もとい絆創膏とは、人間が開発したアイテムである。
転んで擦りむいたり、料理中包丁で指を切るなど、怪我をしたときに助けてくれる便利品だ。
使い方は簡単、怪我に貼るだけ。
ガーゼの部分を怪我に当てて、くっついているテープで貼り付けるだけ。
それだけで傷口にバイ菌が入るのを防ぎ、湿気を保つことで怪我の治りを早くしてくれるのだ。値段も安く、一箱にたくさん入っているため、庶民の味方のようなものだ。
それが今回は別用途で使われていた。
左右対称にそれがシーナの胸に貼られていて、隠さなければならないところをしっかりと隠していた。
『BANNSOUKOU』のすごい点はさらにこれ。
色が肌の色ににているため、遠目だったり視界の悪いところでは裸に見えるのだ。
「どう………アルトきゅん…?」
「ど、どうって…!?」
直球にアルトの頭には、エロいと言う感想しか浮かばなかった。むしろ服を着るのよりエロい。見えそうで見えなくて、むしろ彼女の凸の所がそれで隠れてしまっていると思うと、なお釘付けになる。
「どうやら効果バツグンみたいだね。どう………?剥がしてみる…?」
「まっ、待て!!」
彼女がそれを剥がそうとしたため、まずいと思ってアルトは停止をかけた。
その時もう一つ問題があるのに気づいた。
普段なら男性の反応が股間にあるはずなのだが、今は女だからそれがない。逆に変な感じが胸の中で渦巻いていて、アルトはとにかくシーナを退けようとした。
幸いなのは男ではないことだ。もし男で生き物の仕方ない反応にきづかれたら、おそらくまずいことになっているだろう。しばらくトラウマになる程のナニかをされる可能性が、ほぼ100パーセントだからだ。
この時だけ始めて女でよかったと思いつつ、この変な感じから抜け出そうと、アルトはシーナを掴んだ。
「と、とりあえず服来て下りろ!!」
「嫌だよ♡言ったよね?溜まったの吐き出させてあげるまで、解放してあげない」
「溜まった…って、今女だろ!?」
「おやぁ?僕は欲望の事を言ったのに、アルトきゅんは何を想像していたのかな?」
離そうとしても離れようとしない。しかも挑発まで入れてきた。これは本格的に主導権を握られてしまう。
「ホラ…触ってよ…。ゆっくりだったら剥がしても構わないから…」
「やらねぇよ!!!!」
「あらら…刺激がまだ足りないの?じゃあ下の方も見せてあげる…」
「待て待て待て待て待てぇ!!!!え、何!?まさかお前パンツ穿かないで…」
「イエス♪BANNSOUKOUだよ♡」
「絶対に下脱ぐなよ痴女!!」
自信のズボンを掴んでいるシーナの手を掴んで、必死になってアルトは阻止する。
「えぇ~~~…、またまた~。アルトきゅんそう言って本当は見たいんだよね?僕のトゥルトゥルのお股を…?」
「要らん情報を付け加えるな!!知らんでいいわ!!」
ぶっちゃけの所、見たい心は当然アルトにあった。やはりシーナのような異性の美少女の裸を見たいとは思う。思うのだが少し真面目すぎる点が、その欲を押さえ込んだ。
そして何とか彼女に服を着せる事に成功したアルトは、腹に乗っかられたまま一息をついた。
「ねぇアルトきゅん?思ったけど、何か感情的になると普段より男っぽい口調になってない?」
「え?」
シーナに指摘されて自分の行動を思い返した。
確かに呪いで女になってから、自分のしゃべり方が意思とは無関係に変になっていた。しかし思い出してみると、シーナにツッコミをいれてるときとかは尖ってる気がする。(一人称も俺に変わって)
「…本当だな…何でだろう?」
「もしかして、呪いを解く条件が女心を知るなのに、アルトきゅん男らしさ出しちゃってるからそうなってるんじゃない?」
その考え方は一理あるかもしれないと、アルトは思った。魔法でかけられた呪いなんて大体がアバウトなものだ。
アルバナスの呪いがどのような効果をもたらすのかは分からない。だが見た目を女にすると言うのは確実だ。実際美少女にアルトはされてしまっているのだから。
だがもしアルバナスの呪いが心まで女にするものだったら?
もう一度言うと、呪いなんて本当にアバウトなものだ。もしかけている途中で邪魔が入ったりすれば、中途半端に呪いがかかることなんてのもある。
確か聞いた話だと、シーナがアルバナスを攻撃して助けてくれたらしい。
つまり、アルバナスは呪いを完璧にかけきっていない。シーナの邪魔が入っているため中途半端な仕上がりのはず。もしあの呪いが見た目だけでなく、心も女にしてしまうものだったと仮定すれば、辻褄が合う。
アルバナスは呪いでアルトの身も心も女にしようとしていた。しかしシーナの邪魔が入ってしまい呪いは中途半端な所で終わってしまった。その為、見た目は完全に女にできたが、心を完全に変えられず変な感じになるようにしてしまった。不安定になってしまった呪いは感情的になるとより男らしくなってしまう風になってしまったのだ。
「………てことは、この呪いは完全じゃないから…
」
「解くのは簡単かもしれないってことだね?」
これは希望を持っても良さそうだ。呪いが不完全ということは、場合によっては時間経過によって解ける可能性も捨てきれない。
「………よし、我慢だ我慢…。今はこの屈辱に耐え抜けば、いつか報われる…!!」
拳に力を加えながら、ぐっとアルトは女の状態を堪えようとした。
「それじゃあ早速僕が女を教えてあげる♡」
「ちょっ!?何でまた脱ぎ始めてんの!?止めなさい!!」
またシーナがX字を作って服を脱ごうとしたので、アルトはその手を掴んで阻止する。
「……なぁシーナ………。お前本当に何がしたいんだ…?」
「………え?」
急に改まった口調になったため場の空気が変わったような気がして、シーナは服を掴む手から力を抜いた。
「何でお前は変な事ばっかりしようとするんだ?しかも今日に限って、メチャクチャ脱ごうとするし…」
「な―――――――――」
「別にお前の事が嫌いな訳じゃないけど、流石にいい年なんだしその行動は控えるようにした方がいいんじゃないか?」
教育者のようにアルトはシーナに言い放った。
言われたシーナは木像のようにアルトを見たまま固まってしまった。
何故ならそれがアルトの本心だと分かってしまったからだ。感情的になるとしゃべり方が男らしくなる、という完全じゃない呪いによるアルトのバグ現象が表れている。つまり、彼の本心が今そのまま伝えられているのだ。
「――――――――――よ、」
「ん?」
下を向きながらシーナは何かを発した。腹部の上でプルプルと震えながら、目元を前髪がうまく隠しながら。
そしてそのいきなりの言葉と彼女の顔を見てアルトはシーナの新たな表情を見ることとなった。
「鈍すぎるよ!!!!そんなことも分からないなんて!!!!」
「!!!!????」
大きな声で怒鳴るようにシーナはアルトに叫んだ。不意打ちのようなその様子に、アルトは目を開いて口を開かず驚くこと以外に何もできなかった。
「そんなんだから女にされるし、全然呪いが解けないんだ!!!!」
強い視線でこちらの目を見つめるシーナの目尻には少し涙が浮かんでいた。普段なら白い彼女の頬は桃色が薄く色づいて、眉が吊り上げられていた。
誰がどう見ても、その顔から彼女が泣きながら怒っているというのは理解できるだろう。
彼女が本気で怒るのを見るのは初めてだったのと、何に対して怒られているのか理解できないアルトは、ただ一方的に弁解もできず怒鳴られていた。
「どうしてこんな事してるかって!?それが分からないアルトきゅんは男として終わってるよ!!!!」
気がつけば体にのしかかっていた体重が無くなっているのをアルトは感じた。見ればシーナが立ち上がって、背中を向けて走り出していた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!!!アルトきゅんのバカァァァ~~~!!」
本当に号泣だった。
「アルトきゅんもその股間も、ニブチンだぁ~~~!!!!」
アルトが止める暇もなく、シーナは泣きながらどこかへ走り去ってしまっていた。
残されたアルトはただ、放心状態だった。
「………何………、言っちゃんたんだろう?」
残ったのは罪悪感と疑問だけだった。
「どうすればいいんだろう?追いかけるべきかな…?でも、こう言うのはそっとした方が…?」
一人だけなのに何故か焦りが胸から沸き上がり、手に汗が滲んできた。
その晩、夜の森から聞こえるのは狼の遠吠えではなく、シーナの泣き声だったとか。
なんか…、シーナデレると可愛いですね
それなのにその行動の意味が分からないアルト氏、鈍すぎですわな
誰かの好意にも気づいていません
全部友情的なものと勘違いしてます
いずれ、気がつくときが来るのでしょうか?まだまだ謎です
序盤では悪魔サイドの話を設けました
つまりそろそろ奴が復活しそうです
それは少しばかり先の話になりそうですが、一応覚えておいてくださいね




