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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
冒険中断 ~それぞれのすべきこと~
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闇を使う信念

 言葉と言うのはたくさんの使い方がある。


 矛盾と言うものがある。


 意味深なものがある。


 感情と言うものがある。





 もしも何かを守りたいと言う気持ちがあれば。それを守るために戦う事は、戦いなのか。それとも守りなのか。




_______________________________________


『…………め……ね… 』

「……っ…」


 ここはどこだ。この空間は何だ?

 何んでこんな真っ暗闇の空間に僕は浮いている?

 確か………。そうだ。あの巨人に…。


 つまり僕は死んだんだ。


『……めんね………』


 まさかあんなところで油断した隙を突かれるとは思ってもいなかった。

 ベルと言うあの巨人、まるで急に知性が高くなったようだった。戦い方も変化して、喋り始めた。


 というのはもうどうでもいいか。死んだんだから、今からそんなことを考えてもどうしようもできない。


 自分はこれからどうなるのだろうか。死んだ経験なんて当然ながら1度もない。

 このまま一生この空間にいるのか、それともどこか楽しいところへ行くのか、検討もつかない。


 だが何かに引っ張られている気がする。


『ごめんね…』

「っ…!」


 その時ようやく聞こえた。まるで直接頭の中に響くようで、実際は目の前から聞こえていた。


『ごめんね…。ごめんね…』


 その声はただ謝っていた。実態のない白い光の集まりが目の前で謝っていた。


『ごめんね…ごめんね…』

「ねぇ…」


 正体不明の光に声をかけた。


「何故さっきから謝っているんだい?誰に何を謝っているの?」

『もちろん…君にだよ…』


 光は泣き声で答えた。


「何に対して?」

『君はいつも会わなくてもいい苦しみばかりに会っている…』

「どうして君が謝るの?」

『だって…僕のせいなんだもん…。ごめんね…ごめんね…』


 光は子供のようだった。会わなくてもいい苦しみと言われてもピンと来ないため再び聞き返した。


「会わなくてもいい苦しみってなんだい?」

『言えないよ…。多すぎて…』

「……僕が死んだのも君のせいなのかい?」

『……死んだってこと…分かってたの?』

「まぁね…。直前の記憶はあるし…」

『どうしてそんなに落ち着いていられるの……?』


 声だけではあるが光が恐る恐ると尋ねたのはなんだか分かった。


「どうしてだろうね…。死んだのに帰れる気がするんだ…。誰かが呼んでる気がして…引っ張ってる…」

『…………ふふ。やっぱり…君はすごいね…』

「……?」


 光は笑った。泣くのを止めて、嬉しそうに。


『君なら…全ての悲しみを打ち払えるかも…』

「……何の事を言っているんだ?」

『ごめんね…。これ以上は言えないんだ…。でもね』


 その言葉がスイッチだったかのように、今いる空間の白と黒が反転した。

 周りが全て白になり、目の前の白かった光は黒い光になっていた。


『君は死んでも死なない…。僕が証明する…』

「……何をっ!?」


 言っているんだ、と叫ぼうとしたとき既に遅かった。

 体が深海から浮かび上がるように、すごい速さで空間内を上へ浮上し始めた。


『行ってらっしゃい…。そして頑張って…♪』

「っ!?」


 その言葉を告げたと同時に、ずっと下にいる黒い光が子供の姿になった気がした。

 しかしその一瞬を挟んで、再び意識が途切れた。








 冷たい…。何か大切なものを無くしてしまった気がした。この手で…、無意識の内に…。

 何故だろう…思い出せない。とっても大切に想っていたモノな気がする。


 歌?いやこれじゃない。私は確かに歌を捨てた。自分の歌じゃ何かを、誰かの心を動かすことができない。そのことにわかってしまったから必要ないと思った。

 歌じゃないなら何だろう?歌を捨てた理由に関係がある気がする。


「……アルト…君…」


 そうだ思い出した。あの少年だ。

 防御魔法をこよなく愛していたあの少年。

 優しくて面白いあの少年。

 

 胸に開いたこの空白感はあの少年だろう。なんでこんなに失ったような感じがするのだろう。

 いや、失ったのだ。

 彼の心には大きな傷ができてしまった。優しすぎるせいか、とても自虐的になった彼は去ってしまった。


 どうしていなくなってしまったのだろうか。誰のせいでもない。仕方ない事故で彼は消えてしまった。ついさっきまで近くにいたのに、もういない。


「歌…聞いて欲しかった…」


 せめていなくなる前にちゃんとした歌姫の、私の歌を聞いて欲しかった。どうせ最後に歌うとしても、彼には聞いて欲しかった。


 どれ程それを願おうと、再会を願っても。四六時中、恋い焦がれようとも、それは叶わないだろう。

 感じる。彼が1歩1歩遠ざかっていくのを。追いかけようとしても距離は縮むどころか、むしろ変わらず伸び続けている。


 でもこの想いだけは伝えないと…。伝えなければ、後悔するだけじゃ済まない気がする。でも彼はもう米粒サイズに見えるくらい遠くまで行ってしまった。


 だったら最後に。本当に最後にこの想いを歌に乗せよう。そうすれば届く。声ならあの少年に届く。

 届かないなら届くまで歌い続けるだけだ。


 だから想いに答えてくれなくてもいい。届いたのなら戻ってきて…、アルト オーエン君!!!!




_______________________________________


「ウォォォォアァァァァァァァァ!!!!」


 知能の高まった仁王の巨人は急に叫び始めた。


「す…すごい…!!スゴイゾォォォーーーーッ!!これがベルの力…、これがこの兵器の力カァァァァァァ!!」


 口から煙を漂わせる巨人は空を見上げて咆哮をあげた。その足元は焼け野原。火山地帯のようにあちこちから煙がもうもうと舞い上がっていて、隕石でも落下したのではと思えるようなクレーターが開いていた。


 それをガイルは茫然と眺めたあとに、大歓声をあげた。

 一時はあの黒髪の小僧に負けるのではないかと冷や冷やしたが、ベルは自力で対処し、力を開放した。

 死体は確認していないものの、おそらく奴を直撃し蒸発させた。


 兵器の強さにガイルは笑い転げるだけだった。



「……っ………」


 妙だ。そう考えていたのはガイルの後ろに立つシルフィアだった。

 ベルの成長は想定内。むしろ自分が操って強化しているのだ。

 たとえあんなミサイルのような落下攻撃でも、片手でそれを軽々と掴み取り、柔らかく体を回転させ地面に叩きつけた。止めは魔力咆で消滅させる。


 計画以上の恐ろしく速い成長だった。


 しかし違和感を感じているのはベルにではない。


「馬鹿な…。あの子は死んでいるはず……なのにどうして…」


 アルトは死んだはず。なのに何故鼓動があるのか?


 シルフィアの耳には何もないはずの場所から鼓動が聞こえていた。








「……あれ?また変な場所に来た?」


 さっきまで謎の空間で光と話していたはずだが、また謎の空間に来たようだ。


 また真っ暗な空間だ。


 一体さっきから何が起こっているのか?そう思い始めた時だった。


『よくぞ来た、我が半身よ』

『半分じゃなくて3分の1だ。……ともかく待っていた』

「誰だっ!?」


 背後から何度も聞いたことのあるような声が同時に聞こえてきたため即座に振り返った。

 そこにいたのは…


『我が名は《無限の眠りから醒めぬインフィニティスリーパー者》だ』

『アルト オーエンだ…』

「…………!?」


 あり得ない現象に絶句した。

 なんと目の前に自分が二人いた。合計3人のアルト オーエンが存在してしまっているのだ。

 しかも前者に関しては絶対に聞きたくない喋り方とネームで。

 後者には黒い翼が生えていた。


「何で…ここに僕が二人いる!?」

『落ち着け…。今から説明する』

『今は一刻も争う状態だ…』


 同じ声が連続に耳に入り、混乱し始める。


『いいか…答えろ。』

『貴様は囚われし姫君を救いたいか?』


 囚われし姫君……、ハルキィアの事か!!


「当然だ!!早く助けなきゃ!!」

『だが貴様はあの巨人に敗北した』

「……っ、」


 インフィニティスリーパーの一言で何も言えなくなった。

 確かに助けたいと口で言えても、1度、ついさっきベルに殺されたばかりだ。


『だから手短に説明する。お前は…』


闇を自在(・ ・ ・ ・)に操りたい?』

「っ!!」


 その言葉。自分が最も欲していた言葉だった。

 闇、今もなお扱いに苦しめられている力だ。それのせいで仲間を傷つけ遠ざけてしまう。


『本当に手短に話すから、質問とか受け付けないよ』


 黒い翼のアルトが述べる。


『僕らは闇の影響で君の心から生まれた人格だ』

「っ!?」

『無論、貴様には何の感覚も無かっただろう。だが存在はしていた事は分かっているはずだ』


 インフィニティスリーパーが顔を隠しながら指を指して告げた。


『俺は始めの暴走で生まれたアルトだ。デスタと戦った時、ちょうど君の記憶が薄れている辺りのが、僕の出たときだ』

『我はその後の湖の前で生まれた。貴様が姫の裸体を覗いた不埒な輩に制裁を加えたときのだ』


 そこでようやく理解できた。


 人格と行っても、そういった類いが生まれたような感覚も記憶もなかった。だからいつ生まれたものだと考えていたが、ようやく繋がった。

 どうしてデスタとの戦いで闇を使いこなした時の記憶が薄いのか、いきなりインフィニティスリーパーとなって体が勝手に動いたのか。


 人格が目の前の二人に変わったのだ。


『何故僕らが生まれたかと言うと、それも闇の影響だ』

『闇は精神に何らかの支障をもたらす。つまり我らは貴様の心と闇が打ち解けあって、中和してできたようなものだ』

『何度か経験したように、君がある心を持つと勝手に意識が薄れ体が動くときかある』

『つまり我々に切り替わると言うことだ』


 つまり多色ポールペンのような存在なのか。使いたい色に切り替えるように、自分がその感情を持つと対応して人格が変わると。


『俺はお前の守るために戦う、と言う意思から生まれたものだ』

『我は貴様の睡眠欲から生まれたものだ』

『とりあえずさらに端的にまとめる。貴様が誰かを傷つける時の人格。それは貴様が闇を攻撃に使おうと思ったときに現れる』

「闇を攻撃に………?」


 眉を曲げてじっくり考えた。


 そういえばそうだった。

 1度目のリブラントの暴走の時は、デスタを撃退することばかり考えていた。目の前に迫ってくるデスタを、何とかして撃退しようと自分の事ばかり考えていた結果、暴走した。

 2度目はハルキィアを襲ったとき。あれは特に誰かを攻撃しようとしたわけではないが、闇を攻撃に使おうと思ったときだった。そしたら急に体の全支配権を奪われ、彼女を襲ってしまった。



『逆に我らのように闇を使いこなせる時は必ず、貴様のある気持ちが鍵となる』

「ある気持ち…?」

『それが防御魔法が得意で、優しすぎるお前に最も似合う気持ちだ』


『モノでも人でも、誰かを守りたいと思う心だ』

「っ!!」


 信じられない感覚だった。そんな簡単な事だったとは。

 なのに自分はそれを考えていなかった。

 闇を使うということだけに捕らわれ続けていた。闇を使って誰かを守ると言うことを忘れて、有り余る力を振り回すことだけ考えていた。

 愚かだ。同時に自業自得だ。


 決めたはずだ。魔法使いになった日から。魔法を教えてくれるはずの男に暴力を浴びせられ、唾を吐かれた日から。


 自分は力を絶対に濫用しない。

 するとしてもだらけるため、もしくは何かを守るために使うと。


……~~~~……~~♪~~~~~~♪


「っ!!……この歌は…?」


 突然、途切れながら誰かの歌声が聞こえてきた。


「……行かないと…。ハルキィアが呼んでいる…!!」


 暖かい歌だった。心の中でメロディがずっと流れ続けてでもいるような。


『どうやらその様だ』

『姫を泣かせたら承知はしない。早く向かうがよい』

「……お前らは?」

『我は貴様の存在の一部。同時に外に存在することはできぬ』

『だがいつでも貴様の胸のなかにいる。貴様が完全に闇を使いこなせるようになるまでは、見守っていてやろう』


 二人の自分は見送るように告げた。


「……それじゃあ…行ってくる!!待ってろ……ハルキィアァァ!!!!」


 歌姫の名を叫ぶと、背中から黒い翼が羽を散らしながら生えた。


「ウォォォォォォォォォォォ!!!!」


 そして闇の空間を貫くように、舞い上がった。







「敵はァァァァ!!敵はドこだァァァァァァァァぁ!?!!」


 仁王のような巨人は叫んだ。


「よし…!!ベル!!まずはあっちの街を支配するぞ!!リブラントを手に入れれば、後は同じように他の町も制圧するだけじゃ!!」


「ウォォォォォォォォォォォ!!」


 腕を広げて立ちながら叫ぶベル。アルトに折られた腕は何事もなかったかのように治っていた。


「再生能力も働いている…!!シルフィア!!これで世界はわしらのものじゃァァ!!」


 ガイルは後ろのエルフに声をかけるが、返事はなかった。

 シルフィアは黙ったまま何かを考えていた。


「どういうこと…!?さっきからハッキリしないこの感覚は何……?」


 死んだアルトが死んでいないとでも訴えられている感覚だった。誰とかは分からないが、いる。


「ワッハハハハハハハハハハハハ!!行けぇぇベルゥゥゥゥ!!」

「ヴォォォォァァァァァァ!!」


 巨人がまた咆哮をあげた、その時!!


「ヴォォ……ガァァァァァァ!!」

「…………は !?」


 ベルが雄叫びを止めたのかと思い、目をやるが違っていた。


 ベルの胸に穴が開いていた。何かが外から貫いたように、胸が陥没していた。


「ベ……ル……?」

「ウボォァァァァァァァァァァギャギャギャギャギャ……」


 悲鳴のような声は途中から機械的な音に変わり、ベルは苦しむように悶えだした。まるで何かが内側で暴れているのかと思った。ベルが胸を掻きむしったり叩いたりする。


 次の瞬間だった。


「……ォァァァァァァァァ!!!!」


 どこからか雄叫びが聞こえてきた。それがベルの中からだとガイルが気づくまで、それが出て来るまで分からなかった。


「ウガァァァァァァァァァ!!」

「っ!?」


 うずくまったベルの背中から黒い翼を生やしたアルトが、その腕に濡れた歌姫を抱きながら、ベルを突き破りながら現れたのだ。


「終わりだ、ガイル!!ハルキィアは返してもらう!!」


 怒りに顔を染め上げ、飛翔する黒い魔法使い。


 自分でも不思議だった。粉々に壊れた骨も、不随になった体も、消し飛んだ肉体までもがちゃんと動いた。

 何が起きたのかは分からない。だが決心はついた。


 絶対に逃げないと。闇から、敵から、仲間を守り抜くまでは自分が壁となると。大好きな防御魔法のように。



「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「っ、そんな……まさか…!!」


 驚いているのはガイルだけではなかった。

 後ろのシルフィアも目の前の事態を幻覚かと疑った。アルト オーエンが死んだのに生きている。その理由を考えようとするがすぐに座礁した。


「ヴォォォォ………」


 仁王の巨人はそのまま太陽を掴もうとするかのような格好になって、やがて動きを止めた。

 陽の光に手を伸ばすその姿は、彫刻的に有りかと思えるくらい心を動かすものがあった。


「……ぅ…。……あれ?ここは…?」

「起きたかい?ハルキィア…」

「…………っ、 アルト…君…!?」


 目を覚ますと目の前に少年が戻ってきていた。


「……私…、私…!!」

「いや、いいんだ。怖かったよね?怪物の動力にされて…」


 表情を崩して泣き顔になるハルキィアの頭をアルトは優しく撫でようとする。


「違うよ!!バカ!!バカ オーエン!!」


 ハルキィアは涙を流しながらアルトの胸を何度も叩いた。


「どうして行っちゃったの!?約束破っていなくなって…。私の歌を聞いてくれる約束だったのに!!」

「あ、……」


 そっちのことか、とアルトが気づいた頃にはハルキィアの顔が涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 何故だろう。号泣するハルキィアの前で胸の中にある、このやっちゃった感は…。


「ごめん…悪かったから…」

「許しません!!あなたみたいな分からず屋は初めてです!!」


 完全に怒らせてしまったようだ。

 とりあえず今はこんなことしてる暇はないのだけれど…。


「ごめん!!僕がどうかしてました!!」

「…………」


 歌姫はそっぽをむいて聞こうとしない。


「何でもしますから!!許してください!!」

「…何でも……?」


 その一言でハルキィアの眉が動いた。これは何かヤバイことを突きつけられるのではと、思ったがその心配は要らなかった。


「それじゃあ…ちゃんと…。私の歌を聞いてもらえますか?」

「もちろんだ!!絶対に聞く!!」

「……ふふ…。じゃあ約束ですよ…。破ったらもう承知しません。股から2つに裂いてあげます♡」


 可愛らしく言ってはいるのだが、発言の内容が恐ろしすぎる。



「うぁぁぁぁぁぁ!!」

「「っ!?」」


 急に聞こえた声に、アルトとハルキィアはすぐにその声がした方向を見た。


 見れば頭を抱えながらガイルが発狂していた。


「ベルが…ベルがぁぁぁぁぁぁ!!」


 息子の死を悲しむような悲痛な叫びをアルトは耳の片隅にまでしか入れなかった。


 ベルはピクリとも動かない。何故なら動力であるハルキィアを抜き取られたから。つまりそこにあるのはただの鉄と肉の塊なのだ。


「……まだよ」


 その叫びを止めたのはフードの女だった。

 アルトから顔は見えないものの、女性と言うことは声で分かった。


「まさか…!!まだ何か手があるのか!?頼む早く教えてくれ!!」


 藁にもすがるような気持ちでガイルがフードの女に泣きついた。


「あるけど…後悔はしないかしら?」

「そんなものその手を使わないとするわ!!!!」


 フードの首根っこを掴みながら、ガイルは女を揺すった。


「それじゃあ遠慮なく…」


         「あ」


「っ!?」

「……っ!!」


 呆気ない声だった。単調かつ響きもしない。


 フードの女の手に握られた鎌の尖端がガイル背中を突き刺していた。


「……な…あ…フィ……ア?」


 驚いて声すら出すことができなかった。やがてガイルの口からは流れるように、鎌の刺さった所は染みていくように、血が体外へ出始めた。


「簡単な話よ。別に歌姫を使う必要は、元から無かったのよ。ただ、よりベルを…いえ本来の名は『ベルザード』。彼の力を引き出すために、歌姫が動力として魔力を絞りだしやすかっただけよ」


 女が冷たい口調で説明した。


「……っ……!!」

「見るなハルキィア……!」


 生々しく垂れていく血の滴を見て、ハルキィアは嘔吐をもよおし口を塞いだ。


「そもそも動力とか言ってたけど、あれはプログラム通りに動くただの機械じゃないのよ。機械の体はあれが馴染むまでのリハビリのためのようなものよ」

「何を…言って……?」

「まぁ端的にまとめると、『ベルザード』と言う兵器はプログラムじゃない。あの青い宝石の中にちゃんといるのよ」


     「そう。魔神ベルザードが」


 強く女は言い放つ。

 言っている内容はアルトに全く分からないが、女の言った青い宝石と言う言葉。

 ガイルが画竜点睛として巨人の額にはめたものだと言うことは察しがついた。


 つまり青い宝石の中には魔神が眠っており、その魔神が完全に目覚めるまでに体が必要だったとフードの女は言っているのだ。


「でもちょっと失敗したのは、あの子が目覚める前に動力を抜かれてしまったこと。つまりあの子には起動させてあげるための力をあげなきゃならないの。……もうここまで言えばわかるわよね?」


 説明に飽きたような感じで女は最後に告げた。


    「つまりあなたが動力になるの」


「っ!!……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!?」


 女はガイルを刺したまま鎌を振った。するとガイルの胸から突き刺さっていた凶器がすっぽりと抜け、ガイルはふわりと宙に投げ出された。


 開いたまま動かなくなった巨人の口を落下点に。



「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、………っ……ぁ…が…………………………………………………」


 叫んだまま巨人の喉の奥を滑り降りたと思われたガイルの声は、少しだけあがいたような音だけを残して、もう何も聞こえなくなった。


 その数秒後。


「っ、何だっ!?」

「ほ、宝石が光ってる!!」


 アルトとハルキィアは固まった巨人の額から発された群青の光に目を覆った。


「……は…。うふふ…アハハハハハハハハハ!!!!」


 頬に跳ねた血が青い光を受けて黒く光る。

 フードの女は両手を一杯に広げ、歯止めを聞かせようとせずに笑っていた。


「目覚めなさい!!青の魔神!!ベルザードォォッ!!!!」


 仁王像の体が小刻みに揺れ、額の宝石を中心に少しずつヒビが入り始めていった。


「まずい…!!ハルキィア!!1度降りるぞ!!」


 何か危険を察知したアルトは、レンガでできた建物の陰に降りて、歌姫を下ろした。



 そして遂に、仁王像の体が砕けた。


「何だあれ!?」


 アルトが見た巨人の姿。


 腕が8本、脇から腰にかけて左右対称に伸びていた。足は2本のまま。筋肉で覆われた8本全ての腕と割れた腹筋。

 顔は1つ。しかしおかしいのはその額。宝石があった場所には大きな目があった。


 その姿はまるで観音のようであった。数多もの腕を持つ、人間が創造した神の姿。ベルザードの呼ばれている巨人の場合8本ではあるが、その姿はまさに魔の神。魔神と呼ぶに相応しかった。


「フフハハ……。それじゃあ後はこの子に任せて退散するわ。頑張ってねアルト オーエン。今度こそ死ねるといいわね」


 フードの女は黒い煙となって姿を消した。魔法を使ったにしては、見たことのないものだ。


 だが今はあの女がどうやって逃げたとかを気にしている場合じゃない。


「アルト…オーエンンンンンン!!」


 3つの目を同時にこちらに向かせたベルザードが咆哮を放った。


「ふんっ!!!!」


 怒り狂ってこちらに突進してくるかと思ったが違った。ベルザードは8本の腕を全て自分の胸に突き刺した。体に8つ穴が空くことなど気にせず。

 そしてすぐに何かを手にもって手を抜いた。


 それは…


「あれ…まさか肋骨か!?」


 8つ腕に握られていたのは、どれもしなやかに曲がり、尖端の鋭い白い骨だった。上の腕から順に少しずつ小さくなってはいるが、あの巨人の肋骨だ。一番小さい下のもので五メートルはありそうだ。


「っ!?アルト君!!」


 更に目を見張ることとなったのは、腕を刺して空けた穴だった。

 上の方から順番に穴が閉じていき、最後には何も無かったように穴が完璧に消えた。


「どうなってるんですか!?あれ!!」

「……っ来るぞ!!」


 穴が塞がるや否や、ベルザードは高く跳んだ。上の2本の腕を振り上げながら。


     ドォォォォンッ!!


 地響きと共にアルトの立っていた場所に骨の剣が突き刺さっていた。それはもう深く、長さが十メートル位だとしたらその内六メートルが埋まっていた。


「何て力してんだ!?」


 ベルザードが降ってくる前に、後ろに飛んで空に舞い上がっていた。


「むぅぅっ!!」

「やべっ!?」


 逃がした獲物を目で睨んで追うと、いま振り下ろした腕2本はそのままで、一番下の2本を振った。


「『クリスタルウォール』!!」


 右と左の両サイドから横殴りのように振られる骨を抑えるように、左右に透明な壁を張った。


「……っ!!何てパワー…!!」


 予想はしていたがでかさ以上の力だった。ディアスの『メガフレア』を左右から撃たれたみたいだ。


「アルト君!!耳塞いで!!」


 その時名前を呼んだのは後方に下がっていたハルキィアだった。

 ハルキィアはアルトにそう叫ぶと、息を思いっきり吸い込んだ。


 まさかとは思うがこの状況は……!?


「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」


「ぬぉうっ!?」


 ハルキィアがどうやって出したんだと思えるくらい巨大な咆哮を放った。


 歌姫の声は魔力を乗せる。アルトも体験したように、彼女が魔力を乗せた声で叫べば、 殴ったり蹴ったりに近い打撃となる。


 そしてハルキィアの思惑通り、その爆音によりベルザードは後ろに数十メートル吹き飛ばされた。


「っ!!!!」


 間一髪で耳を塞いだアルトはその光景を見て、何も言えなかった。


「大丈夫ですか!?」

「……え?あぁ…うん…」

「……どうかしたんですか?もしかして!!まだどこか痛むとか!?」

「……ねぇ。ハルキィアってレベル何?」

「えっ?……私のレベルですか?79ですよ?」


 まぁ…それは…、道理で強いわけだ。

 て言うかそれなら湖で僕が助ける必要は…なか……た訳ではないのか?


「そんなことより、どうしますか!?まだ動けるみたいですよ」

「……あぁ。それに以外と動き速いし、あの8本の腕の連続攻撃が厄介だ」


「うぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!オーエンンンンンン!!」


 そこそこ距離はあるはずのに空気がビリビリと震える。


「「ハルキィア(アルト君)!!援護してくれ(します)!!」


 声が重なった。


「僕がやつを倒す。だからハルキィアはどこかに隠れながら援護してほしい!!」

「分かりました!!危なくなったらまた吹き飛ばします!!」

「いや……。違うんだハルキィア。僕が言っている援護って言うのは…」


 息を吸い込んでまっすぐハルキィアを見ながら言った。


「僕のために歌ってくれ」


「っ!!」


 ハルキィアの肩を掴んでアルトが叫んだ。

 少女は驚き目を開いた。


「そんな……でも…」

「さっき明日聞く約束したけど、それと関係無しで今聞きたいんだ!!ハルキィアの歌で僕を援護してほしいんだ!!」


 少年のまっすぐな想いに、ハルキィアは顔を赤らめた。


「き、急に歌えって言われても…こ、心の準備が…」


 がっしりと肩を掴んで見つめられているため、ハルキィアは少し勘違いしてしまった。

 ただ歌うだけなのに何故か恋的に何かを意識してしまう。


「それに……、歌っても効果の発動まで時間が少しかかるの!!それまであいつが私を放っておくなんて思えません…」



     「それなら俺に任せてくれ」


 いきなり第三者の声が割り込んできた。

 声のする方を見ればそこにいたのは


「ローグ!?怪我はもういいのか!?」


 血塗れでボロボロのローグが槍を手にしながら立っていた。


「どちら様ですか…?」


 初対面のローグをハルキィアはアルトに聞いた。


「味方だよ…。でも……」


 いくらポーションを飲んで時間が経ったとは言え、まだダメージはのこっているはずだ。


「安心しろ。とりあえず、歌姫を守れるくらいの力とスキルならある…」

「けど…」


 アルトがダメだと言おうとしたとき。


「ウオオオオアアアアァァァァァァ!!オーエンンンンンン!!」


「うわっ!?」


 ベルザードが突進してきたため、3人揃って大きく跳び上がった。


 ベルザードはそのままの勢いで廃墟に近くなった、もう亡き町長の家に突っ込んだ。


「しゃあないな!!ローグ!!頼んだ!!」

「了解した!!」

「アルト君!!気を付けて!!」

「百も承知だ!!」


 そして魔神ベルザードとアルト達の戦いが始まった。

次回でアルト側の話は終了します

正直、ベルザードはデスタに比べると弱い方なのでサクサクプレイでいく予定です

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