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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
冒険中断 ~それぞれのすべきこと~
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始動する魔神

「……ちくしょう…」


 胸から沸き上がるやるせなさが襲い掛かってきたのは、街の外へ出てからだった。


 後悔、しているのだろう。彼女の気持ちに気づいてあげられなかった自分への苛立ちだ。


 だがどうしようもない。

 自分が自分でなくなって、制御できなくなるのが一番怖かった。自制が不可能となり、誰かを傷つけたのは2回目。

 1度目を経験して、絶対に2度目を引き起こさないようにするため一人になったのに、自分はこの1週間何をしていたのだろうか?


 あと少しで掴み取れる気がした。なのにそれは遠近法で遠くにあったものだった。

 例えるならそんなオチだ。

 結果的に分かったのは、闇をそう簡単に理解できないと言うこと。だが何故そうなのかも分からない。


 なぜ湖の時はあんなに意識がはっきりとした状態だったのか、なぜ昨日のは意識を失うくらい急だったのか。


 何が鍵となって闇を暴走させるのか?


 それがわからない限り、アルトは魔法を使うことさえも恐れてしまった。


「……さて、これからどうする」


 広大な平野でアルトは立ち止まった。柔らかな風が頬に当たっていく。


 アルトが町を出たのは来たときとは別の門、ちょうど反対方向の門だった。


 アルトはリブラントに戻るつもりはなかった。


 つまり仲間の所へ戻る意思がなかった。


「……ごめん…みんな…」


 それは仲間の身を案じての事だった。

 闇を抑えられないままの自分が帰ったとしても、また新たに誰かを傷つけるだけだ。

 そう考えれば自分に行く場所などない。ひっそりとどこか静かな所で、一人で生きるのが自分にとっても幸せだ。


「それでいいなんて思ってはいない…」


 けれど思い出してしまう。目が覚めたとき、口のなかには血の味が広がり、目の前では大切な仲間が血塗れで泣いている。

 爪に挟まった血と自分の頬に垂れる血。一面を破壊し尽して、心にまで傷を負わせてしまう。

 

 あんな体験だけはもうしたくない。


「……さようなら…みんな。やっぱり僕は一人の方があっているみたいだ」


 シューラを背後にアルトは歩き始めた。

 楽しかった歌姫との生活、カフェでの食事。


 自分の視界の北西方向にはリブラントが見える。

 きっかけは弟子との出会い。そして剣士、武道家、バーサーカー。彼女らとの日々は忘れられないだろう。


 だからアルトは全ての思い出を、一歩一歩歩く度に大切に思い出していった。






       ドォォォォォォォォンッ!!


「……っ!?」


 急に鈍い音が地面から響き、アルトは足を止めた。


「何だ…これ!?」


 地面が揺れていた。

 鈍い音は一定の感覚で響き渡り、それにあわせて地が震えていた。


「……っ…!」


 数回音が響いたところでようやく、それがシューラから響いている事に気がついた。


 振り返ると街が普通に立っていた。しかし明らかにその下から振動が来ている。


 アルトが遠目で街を確認する。


「何だ…。ものすごく嫌な予感がする…」


 指を立てて右手で胸を抑えた。続く地響きと音に警戒しているのか、心臓がドクンドクンと暴れ始めた。


 次の瞬間だった。



       ボォォォォォォン!!


「……はっ!?」


 一際大きく目立って見えていた町長の家が爆発した。内側から何かが吹き飛ばしたようだが、何がそれをやったのかは舞い上がる煙で分からなかった。


「何だよ…!?何が起きたんだ!?」


 アルトは遂に頭がおかしくなったのではないかと、気を疑った。しかしこれは夢でも幻覚でもない。実際に起きていることだと分かっていた。


「……ん……?」


 その時気がついた。町長の家から吹き飛んだ何かが放物線を描きながらこっちまで飛んできているのを。


「……っ!!『クリスタルウォール フレキシブル』!!」


 何かが落下する地点をうまく見極め、アルトはそこに魔法の壁を地面と平行に張った。


「グアッ………!」


 飛来してきたその物体、いや人間だった。アルトの張った『クリスタルウォール』に落ちると、透明な壁はトランポリンのように跳ね、その人物を受け止めた。


「……っ!!ローグ!?」


 飛んできたのはローグだった。

 数日前に会ったときの勇ましい姿とは逆に、背中に酷い傷を負っており、全身ボロボロだった。


「お前…、エルト……か……!?」


 寄ってきた人物に気がつくと、ローグは眼だけを動かしながら確認した。


「そうか…。これは…お前の魔法か…。助かった…恩に着る…」

「そんなことよりどうした!?何でお前はボロボロなんだ!?それに何で町長の家が吹き飛んだ!?」


 アルトが次から次へと質問をするが、ローグは答えずに傷を抑えていた。

 どうやら答えれないくらいダメージを受けているらしい。


「とりあえず…。飲め!!ポーションだ!!」


 サックから液体の入った緑色のビンを取り出して、コルク栓を外してローグの口に近づけた。



「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」



「……なっ!?」


 ローグの口に流し込む直前に、空を切り裂くのではないかと思えるくらい大きな低い叫び声が轟いた。


 町長の家があった場所が再び爆発したかと思っていたら、そいつは姿を現した。


「何だよ…あれ…!?」


 それは痩せ細い巨人のように見えた。いや巨人と言う点はあっているが、痩せているわけではなかった。

 まるで骨だけの巨人だった。肉がない、ただの骨だけの体。

 頭蓋骨から鎖骨をつなぐ脊髄。背骨を芯として伸びる24本の肋骨。そして大腿骨で別れる2本の足。

 人間の骨のような巨人が生きているように空を見上げて雄叫びをあげていた。


「……………………!!!?」


 アルトは見たくないものを見たような気がした。それより見えても状況がどうなっているのか理解できない。


 肋骨に包まれた所には、人間なら肺や心臓等がある。そしてその空間に蓋をするように、胸の所に胸骨があるはずだ。


 だがあの巨人は違う。背骨から胸骨が伸びていて、胸骨が無かった。そのため肋骨が作る空間の中が丸見えだっだ。


 そこに何があったのか。


 何か怪しい実験とかで使われそうな、大きな動物とかが入っていそうな培養機のようなものがあった。しかもよく見ると緑色の液体と何か生き物のようなものが入っている。


 ちょうど人くらい(・ ・ ・ ・)の大きさに見える。


「は」


 間の抜けた声がアルトの口から溢れた。

 それは驚きの音だったのか、それとも名前を言おうとしたものだったのか。


「ハル……キィア……?」


 巨人の胸の中で、ピンクの髪の女性が目を閉じていた。








「遂に……遂に来たぞ!!!!」


 両手をあげて、崩壊して天井が崩れた家の中から巨人を見上げてガイルは叫んだ。


「どうやらちゃあんと動いたようね」


 シルフィアが歓喜に震える町長に話しかける。


「声だけで魔力を操れる、天性の才能を持った歌姫。彼女をあれの中に埋め込む事で、彼女の魔力を動力としてあらゆる行動が可能になる。」

「それだけではない。奴にインプットしたプログラムは、ワシの命令通りに破壊工作をする…」

「しかも。元から彼女の魔力は膨大なもの。そんじゃそこらの魔法使いの魔力とは比べ物にならないくらいの、優秀な動力(・ ・)になってくれるわ…」


 シルフィアの述べたことにガイルが付け足し、さらにそれにシルフィアが付け足す。

 ガイルの計画であるあの巨人。それがどれ程の驚異であるかは、その説明だけでまだ理解できるものではなかった。


「さぁ…。食事の時間じゃ…。シルフィア、」

「了解してるわ…」


 ガイルが命令をすると、シルフィアは内容を言われる前に笛を取り出した。

 真っ黒な横笛だ。


「……」


 そしてシルフィアがそれをゆっくりと吹いていくと、低く不気味な音がどこまでも響いていった。








「何がどうなってるんだ!?なんでハルキィアがあんなところに!?」


 アルトは興奮を抑えきれなかった。信じたくはないが、何度見てもあそこにいるのは歌姫。数刻前までは一緒にいた、とても優しい仲間だ。

 その彼女がなんであんな妙な者の中にいるのか。


 見当もつかない。頭が麻痺していく。


「落ち着け…エルト……」


 ローグには偽名でしか名前を教えていない。だから自分の名前が呼ばれたと気づくまでに少し時間がかかった。


「何か知っているのかローグ!?頼む!!教えろ!!」


 ローグが重傷なのは分かる。だがそれ以前に一番知りたかった。何が起きているのかを。


「俺はさっき……、ちょいとミスっちまってな…」


 ポーションを飲んでから少し回復してきたのか、ローグは何とか仰向けになり喋り始めた。


「敵にやられて倒れていた…。その時…ちょうど聞いちまったんだ…」


 ローグはまめに呼吸をしながら、アルトに言う。


「やっぱり国王とお前の睨んだ通り…だった…。町長が黒で…異変全部の犯人だった…」


 ローグは順をおって説明した。アルトが知りたいことに早く答えてやりたいのは山々だが、こればかりは順番があった 。


「やつらの計画は異変と全部つながっていて、とんでもないものだった…」




「やつらの目的は世界征服。そのための兵器があの巨人で、その動力が歌姫だ」




「………………!?」


 ローグの言葉が頭の中で響いた。

 世界征服?動力がハルキィア?

 様々な疑問が生まれるなかで、アルトは必死に状況を整理していた。


「エルト……とにかく奴を早く止めろ…!!計画の内容は一部しか聞いてないが、次に何が起こるかは分かる…、!!」


 負傷した槍使いが言い切ろうとした時だった。


 ドドドドドド…!!


 また地響きが響き渡った。

 だが今回はさっきのものと違い、途切れることなく続いていた。


「あれは…オーク…!?」


 アルトが見ているシューラの方向から、北東へ進んだ森。そこから無数のオークが街へ向けて走っていた。


「まずい…もう遅かったか…!!」


 舌打ちをしながら、ローグはオークの群れを睨んだ。

 オーク大軍はどんどん街へ近づいていく。すると一斉に街を襲うわけでなく、町長の家、骨の巨人のいる方向へ少しも欠けず向かっていく。


「何……やってんだ…、?」


 オークはあっという間に巨人の目の前に集まると、あとは動きもせず暴れもせず、じっと並んでいた。


「エルト……。あの巨人はまだ強い衝撃に耐えられない、割り箸で作った人形見てぇなもんだ…。だからそれに今から肉を着けていくんだよ…」

「……まさかっ!?」


 アルトが気づいた頃、既に予想した通りの動きがあった。


 巨人がオークの大軍のどこかをテキトーに鷲掴みにして、口へと運んだ。

 そして次の瞬間、思いっきりそれを噛み潰した。

 遠くからでも、赤い血液が滝のように垂れるのが分かる。


 だが口から垂れるのは液体ばかり。あの骨だけのなら何を食べても通り抜けてしまう。

 そう思っていた矢先だった。


 サッカーのグラウンドに詰めたみたいに、豚顔の魔物は広がっている。

 その中から三掴み程を口にしたときだった。

 骨の巨人に顎が生まれていた。


「やつらは肉体として……、大量のオークを肉と見て巨人に喰わせてんだ…」


 つまりあの巨人は食事のレベルを越えた食事、オークの肉をそのまま自分のものにしているのだ。


「グヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 しっかりした顎ができたことにより、よりハッキリした音で巨人は吠えた。

 すると今度は両手で、どんどんオークを掴んでは食していく。


 その間もオークはずっと黙ったままだ。 例え隣の個体が掴まれ喰われても、巨大な手で掴まれて骨が折れる折れない関係なく力で握られても、叫んだりするものはいなかった。




 そしてアルトがぼうっと始終その光景を眺めていると、遂に全てのオークが巨人に喰われた。


「オォォォォォォォォォォォ!!!!」


 巨人はより人間のような姿になっていた。


 黒っぽい肌はオークを吸収したからだろう。乱雑に伸びた髪は首の辺りまで垂れている。

 がっしりとした筋肉とその顔立ち等から、裸の男性のように見えた。


「……あれで世界征服をするつもりなのか?」


 アルトの質問は興ざめてのものだ。

 正直見た目だけで判断するが、あんな巨人を使ったところで世界なんて征服できやしない。例え中に歌姫が入っていようと、無理に決まっている。


「……いや。まだだ…。まだ奴等には…画竜点睛の段階が残ってる…」

「何……?」


 ローグに言われ、巨人を見ていると人影が巨人の額に立っているのが見えた。


「あいつ…!!ガイルか!!」


 ハッキリと見えないが、曲がった腰からおそらく町長だ。あそこでいったい何をしているのか?


「っ!!」


 ガイルが両手を上にあげたかと思っていたら、その手の中で何かが青い光を発した。

 そして次の瞬間、ガイルがそれを巨人の頭に降り下ろした。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 それは巨人の頭に突き刺さったのか、咆哮をあげる巨人の額から青い光が四方八方へと伸びていった。


「くっ…!!」


 その光は全てを染め上げるように目映い光を放ったため、アルトは目を腕で覆った。




「……何だ今のひか…、っ!!」


 光がなくなり、アルトが顔をあげたときだった。


 そこに裸の巨人はおらず、代わりに何かが立っていた。


 ガチガチの筋肉にするり伸びた手足。人形ではあるが、姿がさっきまでの巨人とは違う。


「……あれは…!!」


 アルトには見覚えがある。ずっと昔、資料などで見たことがある。


 そう。あれは仁王像、すなわち金剛力士像と言うものにそっくりだった。


「オォォォォォォォォォォォ!!」


 巨人はまた吠えた。だが今度は明らかに違う。

 その姿と声の大きさから与えるものは恐怖だけ。さらに今までの巨人は赤ん坊のように鳴いていたが、あの巨人はどこかに…


        歌が混ざっていた。


「…………」

「頼む…エルト……!!あいつを止めてくれ…。どんな原理かは知らねぇが、あれなら本当に世界征服し兼ねねぇ…!!」


 アルトは答えられなかった。それはローグの願いに答えたくないと言うわけではなく、軽い失望だった。

 何故傷つけないように遠ざけたハルキィアが、こんな目にあってしまっているのか。

 これじゃあ彼女を一人にした意味がない。

 彼女の安全が保証されていない。


 運命と言う不幸をアルトは呪った。


「…………なぁローグ……。動力ってことは…死んでないんだよね…?」


 落ち着いた口調でアルトはローグに尋ねた。


「歌姫のことか…?おそらくそうだ…。気絶させられて、機械に入れられてた…」

「なら簡単だ…」


「奴の胸に風穴開けて、ハルキィアを取ればいいんだろ?」


 どこかに野性が混ざっていた。

 アルトは既に吹っ切れる寸前だった。


 計画のためにハルキィアを利用した町長、彼女を不幸な目ばかりに会わせる世界。

 そして一緒にいて守ってあげられなかった自分への怒り。


 静かにではあるが、煮えたぎるような怒りが沸々と胸の奥で沸きかけていた。


「やってやるよ…。四肢引き裂いてスクラップにしてやる…!!」


 言いきると同時に、背中から黒い翼が生えた。

 黒い影は空へと舞い上がり、巨人の方へスゴい速さで延びていった。


「なんだあいつ…!?」


 残されたローグはアルトの姿を見て驚いていた。


「……エルト……。お前一体何者なんだ…」


 感情の移入が変に見えた。いくらなんでも驚いたり、怒ったりするのが早すぎる。

 まるでその時々、人格が変わっているかのように。

 槍使いはそう感じていた。









 生まれたての巨人は先程から雄叫びをあげるばかりだった。何かを呼ぶように、何かを求めるように何度も何度も天へ向かって吠えていた。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


「おい!!ベル!!」


 足元の崩れた家から、ガイルは叫んだ。


「ヴォ…?」


 巨人にとっては小さな声ではあるが、何か聞こえた程度の反応で巨人は足元のガイルを見下ろした。


「そうじゃお前じゃベル!!」


 ベルと言うのは巨人の名前だろうか。ガイルは我が子に話すようにベルを呼んだ。


「いいかベル!!ワシはお前のパパじゃ!!ワシの言うことをなんでも聞け!!」


 ガイルがあれこれ言っている間、ベルはじっと見つめて話を聞いていた。


「プログラムは正常ね」

「当たり前じゃ…。言うことを聞かない兵器など、使えんし要らんわ…。……よし、ベル!!最初の命令じゃが…」



 ガイルがベルに町の破壊を命令しようとしたときだった。


 それはやって来た。


「ラァァァァァァァァッ!!」

「ヴォォォォォ……!?」

「ベ、ベル!!!?」

「おっと…いけないいけない…」


 彗星の如く飛来した黒髪の魔法使い。空から斜めに降ってきて、ベルの頬にドロップキックを喰らわした。

 予期していない襲撃にベルは当然、受け身もとれずに横に倒れた。

 ガイルは目を飛び出そうなくらいに開き、何が起きたのかを確認していた。

 その後ろで立っていたシルフィアは、その翼の生えた魔法使いを確認すると、うっかりしていたようにフードを被って顔が見えないようにした。


「よお。狸ジジイ」

「お、お前は!!」

「悪いけど、うちの歌姫は返してもらうよ」


 青空のど真ん中で爛々と輝く太陽を背に、漆黒の翼で宙を舞うマネージャー。


 アルト オーエンが拳を鳴らしながらガイルを睨んでいた。


「貴様、エルトと言ったな!!何をするんじゃ!!よくもワシのベルを…!!」

「こっちの台詞だよ。よくも彼女の純粋な夢を踏みにじったね。騙し続けて力付くで本人を従わせるとか、絶対に許されるはずない」

「はんっ!!何が歌姫じゃ!!歌でたくさんの人を幸せにしたいなど、ただのメルヘンな魔法使いではないか!!そんなことをするより、ワシの計画を進める方がよっぽど有効じゃ!!」


 激しい口調でガイルは叫んだ。


「おい。ハルキィアは音楽再生機器でもなければ、魔力製造機でもねぇ。人間だ」

「知ったことか!!ワシ以外の人間など全員道具にしか過ぎんわ!!街の住民どももただ無能に生きるだけ!!歌姫のようなバカがそれらをさらに無能にす、……っ」


 ガイルは言い切ることかできなかった。その理由は頬に何かがかすったからだ。

 アルトの指先から放たれた光の弾が頬の皮を少し裂いた。


「それ以上ハルキィアを侮辱してみろ…」


 くぐもったかつ力強い声で、アルトは口を開いた。


「お前を殺す」


「ヒッ…イィィィィ!!」


 恐ろしいくらい迫力のあるアルトの表情。警告であっても、既に生きた心地をガイルに与えなかった。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「お、ぉぉ!!ベル!!」


 横に殴られて倒されたベルが、怒りを露に吠えながら起き上がった。

 このタイミングでベルが起き上がったため、アルトの意識はそっちを向いた。


 だからガイルは助かったと想いベルへと叫んだ。


「よ、よし!!ベル!!こいつを殺せぇ!!」

「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

「ちっ…」


 巨人がアルトに飛びかかろうとした。しかしアルトは巨体のプレスを軽くかわした。

 ゆっくりと倒れる体が横になると、地が少し震えた。かなりの重量だ。もし踏み潰されでもしたら、板みたいになる運命が舞っているだろう。


「どうやら脳は弱いらしい…」


 ベルの思考能力はそう高くない。ガイルの『殺せ』という命令を受けてからの行動は自分で判断したものだろうが、避けられる事を想定していない。

 つまりベルはただ体の大きい、知能の低い魔物と一緒なのだ。


「ならさっさと沈めるまでだ……!!」


 何度も言うがベルの体は大きい。建物なら7~8階建ての高さだ。

 重さや破壊力は巨大なものであろう。しかし逆にベルは攻撃を避けづらく、動きが遅いため攻撃を当てることもできない。

 攻撃を当てることも避けることもできない巨人は、さほど苦労せずに倒せる。


 そう判断したアルトは、起き上がるベルめがけて宙を駆けた。


「ハァァッ!!」

「ヴォ…ガァァ!!」


 『クリスタルウォール』を応用した技、『ジャックナイフ』をベルの肘を目掛けて放った。

 体重を支える柱の役割をしていた腕の、しかも肘の本来曲がる方向と逆の向きに力を加えられたため、『メキリ』と言う嫌な音と一緒にベルの体は再び倒れた。


「ベルゥゥゥゥ!!!!」


 腕の骨が折れたことを目で確認したガイルは、肝を冷やして巨人の名を叫んだ。


「まだ終わらせない…!!」


 倒れたベルの腹部を、サッカーボールのように蹴った。

 

「ヴォォォォ!!」


 それこそ咆哮からダメージは見られないが、手応えはあった。

 所詮はオークの肉をてきとーに繋ぎ会わせてできた体だ。外見に変化はないが、肉が割れた感触がある。


「ハァ!!ラァァァッ……!!オラァ!!」


 アルトは何度も何度も横になったまま起き上がれないベルを、蹴り続けた。


 おそらく一発一発は体に効いていても、ベルは痛みを感じていないように見えた。

 あれは人間と違ってロボットのようなものだ。


 おそらくさっきまでの骸骨のような体は機械。それに粘土を塗るように、肉を着けただけだ。だったらおそらくこいつに神経というものは存在していない。

 

 時間が経つにつれ、アルトはどうやれば巨人を倒せるか考え始めた。

 痛みも疲れもないこの機械を止めるにはどうすれば良いのか。


 簡単だ。壊すか動力を取り出せばいい。


 すべての万物は、動くためには力がいる。あの巨人も心臓部にいるハルキィアからエネルギーを絞り出して動いている。

 だったらハルキィアを助け出せば、あの巨人はただの粗大ごみと生ゴミの塊になるわけだ。


「……よし!!」


 垂直に上へと舞い上がった。ベルが動けないうちに一撃を与えてやるために。


「ハルキィアを…返してもらう!!」


 そしてアルトは四つん這いになって地にひれ伏すベルの背中目掛けて、自由落下と自分の力学的な翼の羽ばたきにより、下降するジェットコースターのようなスピードで突撃した。


「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 ガイルが恐ろしさのあまり名前を叫んだ。しかし巨人は折れた腕では何もできないし、避けることも容易でない。


(決まった……!!)


 落下する黒い影がそう確信したときだった。


 このような不利な状況の中でも、計画が少し狂っていても。


「ウフ…♪」


 自分の計画の通りには事がうまく進んだシルフィアが、黒いフードから口だけを出して笑った。


「ヴォォォォ……グォォォォオォォォォァ!!」

「なっ!?」


 突然ベルが体を地面から180度回転させ、落ちてくるアルトを迎えるような形になった。

 計ったわけではないが、そのスピードはその巨体から絶対に出せない速さだった。


「ガァァァァ!!!!」


 ベルはアルトを横から右手で捕まえた。


 映画やアニメのワンシーンで、投げ渡されたものを片手でかっこよくキャッチするかのように、ベルはその手にアルトを抑えた。


 そしてそれを再び180度回転してから、垂直に地面に投げ叩きつけた。


「……グ……バァ……!?」


 地面にめり込んだ黒い鳥は、口から赤い液体を吐き出した。太陽の陽を浴びてとても美しく鮮やかな血の噴水だった。


 体中から割り箸を割ったときに鳴るような音が響いてきた。おそらく背骨や足も、頭蓋骨以外は全て砕けた。


 掴まれてから投げられるまでにかかったGで脳が揺れていた。だから痛みなど感じていない。むしろそんなことどうでもよく思え、何が起こったと考え始めようとして、頭がうまく働かない。


「あり得……ねぇ…!!」


 今気づいたが右目が見えない。神経が切れたのか、それとも潰れたのか、確認しようにも手が動かなかった。


「……っ…!?」

「センメツ…。対象ヲ…コロセ…」


 機械的だが言葉を初めて発したベルが、こちらを覗きこんで口を大きく開いた。てっきり喰われるのかと思ったが違うようだ。

 全てが平たく見える視界に映っているのは、ブラックホールか何かのように見える黒い穴。


 そしてその口の奥に光が集まり始めた。群青の蛍のような光の粉がベルの喉に集まり、徐々に光球を形成し始めた。


 数秒経って遂に光の集結が止まった。

 いつもならその間に遠くに逃げるなり、反撃をして攻撃を阻止することもできる。

 だがそれはできない。

 もう首から下は熱も痛みも感じない。足で逃げることはおろか、翼で逃げることもましてや動く事すらできなかった。


「……あぁ。分かった…。終わったんだ」


 そこでようやく理解した。

 死が目の前にいるのではない。もうすでに死に飲み込まれていることを。



 音はあったのだろうか。


 ベルの口から放たれた光線が距離感を掴む前に視界を藍色に染め上げた。

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