伝わらない声 届かない想い
珍しくかなり余裕のある時間で書けたので、投稿します
7日目 5:00
「………」
暗くてじめじめした部屋の中でアルトは目を冷ました。バスルームだ。
水が垂れる音が途切れ途切れに聞こえてくるバスルームの浴槽で、毛布1枚だけを被っていた。
人生で最悪の目覚めだ。
別に嫌いな光が射し込んでくる訳ではない。昨晩の記憶とその時の感覚が、睡眠を挟んでも未だ消えずに残っている。
口にはまだ、思い出したくない血の味が……
「ゥ…オォェ……」
喉の奥の胃から、何かがマグマのように溢れだしてくる感じがして、アルトはすぐに横にあったバケツをとる。
そして液体をたくさん吐き出した。
寝る前にあれほど吐いたのに、まだ吐けるものが残っていたのか。
と驚いていた。
バケツの中に吐き出したものは赤くはなかった。むしろ色を持たず、液体のみが揺れている。
「流石に全部吐き出したからな…」
涙を目に溜めて、アルトは悔しそうで皮肉っぽく呟いた。
昨晩。アルトは闇に負けてハルキィアを襲った。服も来てないで無防備なハルキィアを苦しめて、挙げ句の果てには肉食獣のように喰らおうとした。
いや、実際には少し喰らった。肩に噛みついて、そこを喰い千切り、噛めば血液が染み出てくる肉を飲み込んだ。
そして今度はハルキィアの心臓を喰らおうとした瞬間に、ハルキィアが叫び声に思いを込めて、怪物を追い払ってアルトを呼び戻した。
声に魔力を乗せられる、ハルキィアの特殊な才能のおかげでアルトは闇から引き出されて、戻ってこれた。
意識が還ったとき、何を思ったかは言わなくても伝わるだろう。
目の前には一糸纏わぬ姿でベッドに押し倒されたようになっているハルキィア。羽毛が張り付いて、シャワーと彼女の血で汚れた透き通りそうなくらい綺麗な肌。
そしてえぐりとられたような肩の朱黒の穴。首を絞めた指の跡がくっきりと残っている喉回り。その指の後には爪が食い込んだ跡も、出血から確認できた。
やってしまった。なんてレベルではない。
闇に支配されて自分の意思では無かったとは言え、ハルキィアを殺そうとしたのだ。
大切な友であった彼女をあの時だけ、
『殺したい』『喰いたい』『犯したい』
心にそんな感情を宿してしまったのである。
人間の醜い欲望を抑えきれずやがて心に広がった。
自分も、被害者のハルキィアも立ち直れない。
信用していた人物に急に襲われ殺されそうになった。
闇を抑えるための修行の1週間だったのに、少しも歯止めをかけれずに負けてしまった。
両者に対して、それがどれだけの苦痛であったか、当人の一人のアルトにはもう考える心の余裕すら無かった。
結果的にあの後、ハルキィアの怪我を必死になって手当てをして謝った。
心の底から、謝罪の言葉を何度も何度も泣きながら繰り返し、自分への憎悪を爆発させた。
どうしてもクズにしか見えなかった自分が許せなくて、狩用に持っていたナイフで自分の肩を同じように抉ろうとした。
しかし彼女の暖かい手がそれをさせてくれなかった。
ナイフが肩に突き刺さる直前で彼女の手が、別人のような力で手を掴んでゆっくりと自分の手から、まるで母親が子供から取り上げるようにナイフを優しく慈悲に溢れた笑顔で取り上げた。
ハルキィアに触れられているときに、心の激痛を感じながら、どれだけ自分の愚かさを呪ったか。
ハルキィアの怪我は大丈夫だった。しかしそれは命に別状の無い怪我と言うことだ。
皮膚が自分の口サイズほど無くなっていて、血も止まらずにどんどん流れてくるが、しっかり包帯を巻いて止血をして、骨も傷ついてなかったし首を通る太い血管も切れていなかった。
ハルキィアは決して必死に謝るアルトを咎めようとはしなかった。むしろより優しく接して、アルトを許そうとした。
負わせた怪我がどれだけ痛いのか、どらだけ自分に怯えているのか、声が震えていたから分かった。
それでもあの少女はこっちの心配をした。
『とりあえずゆっくり休んで』
あの言葉が胸に突き刺さる痛みを思い出すと、涙が溢れそうになる。
しかし休めと言われても、罪悪感を感じてアルトは荷物全てを持ってバスルームに入った。そしてそこで一夜を過ごした。
もう2度とあの歌姫と一緒にいられないことを思いながら。
「だからどうした…!!」
アルトは強く苛立ちを覚えた。
ハルキィアに与えた怪我が命に別状は無かった。ハルキィアも自分を許そうとしてくれた。
で?
それでどうなった?
ハルキィアの怪我は癒えたのか?時間が巻き戻ってあの事が無かったことにでもなったのか?
「何も変わっちゃいねぇじゃねぇか…!!」
奥歯が折れてしまいそうな力で顎に力を加えた。怒りが底を知らずに溢れてくる。
この1週間自分は何をしていた?そもそも何で1週間、自ら独りになった?
闇を抑える修行とか言っておいて、1週間経った今どうだ?
何も変わっていない。
結果どれもそうだった。
アルトが何かしても結果には何の影響も与えず、本当に何も変わってはいない。
できた事と言えば仲間を傷つけることくらい。
2度目の事件を起こしてしまった。
ミルスの次はハルキィア。絶対に闇を暴れださせないと思っていたのに、ちょっとも抑えられない。
「…………っ…」
アルトは荷物をまとめ始めた。
もうハルキィアと一緒にいることはできない。
もう誰かと一緒にいることはできない。
こんな危険な化け物を体内に隠し持っているのに、仲間と一緒にいるという事自体が間違っている。
「…………終わった」
荷物はすぐにまとまった。と言うよりまとめる量が元からショルダーサックに入るくらいしかないので、時間がかからなかった。
「…………もし…。もしもいつか僕が闇を抑えられる日が来たら…」
アルトは立ち上がり、サックを肩にかけながらバスルームを出た。
浴室を出ると、何か怪獣が暴れたような跡のある部屋がある。
アルトは横目で、ベッドの中で眠っている少女を見た。顔はこっちと反対の方向を向いているため、寝顔は見えない。
静かに呼吸をしながら、よく眠っているようだ。
「……また、ハルキィアに会えるといいね」
目から流れ出た涙が頬を伝っていた。
その顔は精一杯の微笑みだったのに、涙が流れては泣いているのか分からなくなってしまった。
腕で目を拭くと、アルトは部屋を出るドアのノブを掴んだ。
「待ってください!!!!」
「っ…!!」
ドアを開けて出ていこうとしたとき、後ろで少女が経っていた。
「ハル……キィア……?」
「一体どこに行くつもりなんですか!?荷物まで持って…」
下着姿のハルキィアがシーツで肌を隠しながら、問い詰めてきた。
その肩には包帯が巻かれていて、赤黒い染みが広範囲に染みていた。
「……どこって…。どこへでも行くよ。誰もいない場所なら…」
「何でですか!?」
ハルキィアが手を広げて訴えた。
「私は気にしてません!!アルト君は闇に負けてしまっただけで、何の罪もありませ…」
「無罪なんてない!!」
「っ!?」
アルトは声を荒げてハルキィアに怒鳴った。
心の中では、己への苛立ちをハルキィアに八つ当たりしてしまった自分を批判していた。
「闇に負けただけ?そんな些細な事じゃないだろう!?僕はこれで2回目なんだ!!人を傷つけてしまい、それをなくそうとしたのにまた傷つけた!!」
胸が裂けるような想いでアルトは叫んでいる。それは闇の影響などない。本心でアルトは己への怒りを露にした。
「2回やったやつは3回目もやる。3回やったやつは4回目もやる…。無限地獄なんだよ…!!それを防ぐには僕は孤独になるしかない!!」
「間違ってます!!」
「間違ってない!!」
両者の意見が対立した。
「アルト君にとってどれ程苦しかったかは分かりません…。でも、だからって孤独を選ぶのも違います!!」
「違う!!それ以前に僕はもう人間じゃない!!ただの怪物だ!!」
「違います!!!!」
「っ!!」
アルトはハルキィアの叫びに怯んだ。
それに魔力が乗せられていたかどうかは分からないが、アルトの胸を震わせた。
何を否定してもハルキィアに否定し返されてしまう。
「アルト君は人間です!!私の目を見てください!!この目に映るアルト君自信を見てください!!」
「……っ…」
ハルキィアの瞳。まるで遠くの世界をみているようなそこには、自分が映る。
人間が映っていた。
いや本当に人間なのか?もしかすると外見だけ取り繕った怪物かもしれない。いや、考えるまでもなくあれは怪物だ。
自分という醜悪な怪物なんだ。
「残念だけど映っているのは人間じゃない」
「っ!?」
アルトがハルキィアから目を反らして呟くと、ハルキィアは失望したような表情をした。
もしかすると違う意味で捉えたのかもしれない。
彼女の目にも自分が怪物であると、そういう風に聞こえたのかもしれない。
「じゃあ…」
「ま、待ってください!!」
そのまま出ていこうとするアルトを少し動揺しながらもハルキィアが手を掴んだ。
「私との約束はどうなるんですか!?歌、聞いてくれるんじゃないんですか!?」
今にも泣きそうな声で彼女は訴えかける。
だがもしかすればもう何を言えば良いのか分からなかったのかもしれない。どうやったらこの少年を止めることができるのか。
ぴったりとはまるパズルのピースを探していくように、思い付く限りの言葉をぶつける事しかできなかったのかもしれない。
「もし…アルト君がいなくなれば…。私…私、もう!!2度と歌うことなんてできないよ!!」
無意識の内に胸の奥から掴んだ言葉だった。
いや、無意識でも本心だった。彼女のアルトへの想いは強い。その想いの一部が飛び出たのだ。
「……っ、ぐす…」
とうとう心が耐えられなくなり、ハルキィアは膝からその場に崩れ落ちて涙を流した。
「…………約束…?」
「…………っ…。アルト君……」
後ろを向いたままのアルトが呟いて止まった。
ようやく気持ちが届いたと思い、ハルキィアは顔を明るくして少年の名前を呼んだ。
「悪いけど…、あの時約束した人間はもういない」
「!!!!」
雷に打たれる、殴られたと言っても良いような衝撃だった。ハルキィアの想いは届いてなどいない。それどころか、よりアルトを自嘲に追い込んでしまった。
バタン…
ハルキィアが唖然として床に座り込んでいると、いつの間にかアルトは扉が閉まる音だけを残して、その場から消えていた。
「……そんなの………って…」
後に残ったハルキィアは色のない声で囁いた。
「そんなの…ないよ…!!」
遂に悲しみが堤防を完全に破壊しきって、ハルキィアの胸が悲しみの海に沈む。
心の支えもない彼女は、誰に聞かれようが構わないくらい、しばらく大きな声で独りで泣いていた。
その叫びがちょうど宿を出たアルトに聞こえたかどうかは、本人以外知るものはいない。
「失礼するわよ…ガイル」
エルフの女がドアを開けると、老人が青い宝石を見つめながら動かなかった。
「遂に……遂に来た…!!」
老人は宝石を握りしめて椅子から立ち上がった。そして両手を広げて天井を仰いだ。
「あら?その様子だと完成したのかしら?」
「あぁ…!!感謝するぞシルフィア!!これでワシがこの世界の王になれる!!」
ガイルは振り替えると懐から何かを取り出した。銀でできた、人形の骨組みのようなものだった。
「こいつをベースにこの石をはめれば、後は地下に運び込んだ物資を喰わせるだけじゃ!!」
「あらあら。以外に早い完成ね。でもどうするのかしら?私があなたに頼まれたのはその石だけ。動力となるエンジンはあるけど、もうひとつ魔力を産み出すエンジンが必要よ?」
「その心配はいらんさ…。ちょうどこの街に鴨を捕らえてあるところじゃ…。そいつをこいつの心臓部に入れれば後は完璧じゃ」
老人はいかにも悪人という面で笑いながら、エルフの女は老人の目的を笑いながら願っていた。
二人がいるのは町長ガイルの部屋。カーテンは閉めきられて、部屋が少々薄暗い。
ガイルは手にシルフィアから手に入れた青い宝石と銀の人形を持っていた。
対するシルフィアは黒をベースにした怪しい色の動きやすそうなドレスを着ていて、片手には大きな鎌が掴まれている。
闇の中で二人は怪しく笑っていた。
(……何なんだありゃ…!?)
二人が笑う頭上、天井裏でローグは隙間から部屋の中の様子を伺っていた。
(あっちに何もねぇと思ってここに忍び込んだら…、どうやらビンゴみてぇだな…)
約1週間、ローグは物資置き場を張り込んでいた。しかしいつまで経っても町長の陰謀が掴めないので、ローグは今日思いきって侵入したのだ。
ところがその行動は正解だった。ローグは今、この街に隠れた闇を目の当たりにしている。町長とガイルと謎の女。
そして内容はよくわからないが、ガイルが『この世界の王になる』と発言したことからかなり重大な闇だ。
(……とりあえずだ…。どうにかしてここを出て王国に連絡をしねぇと…、)
そう思ってローグが立ち上がろうとしたときだった。
『あら?ネズミがいるようね?』
「っ!!」
穴の向こうでシルフィアと言う女が笑いながらこちらを向いて、鎌を振り上げて来たのだ。
天井が壊れたため、ローグはそのまま重力にしたがい部屋へと落とされてしまった。
「ちぃっ!!」
「な、なんじゃお前は!!」
急に降ってきた男にガイルが驚く。
「さしずめ、エフュリシリカの兵隊と言ったところかしら?盗み聞きはよくないわよ坊や?」
「ちっ!!」
(やるしかねぇ…!!相手はこの女だけだ。ガイル自体は何もできない!!)
ローグは背中の槍を掴んで、女に向けて構えた。
「『ハリケーンスピア』!!」
ローグがスキルの名前を叫ぶと、槍の周りに風が集まった。小さな竜巻のようなものを槍の尖端が纏い、そのままエルフへと突っ込んでいく。
「ラァァァァァァァァッ!!!!」
そして槍をエルフへ向かって伸ばすと竜巻が暴れだし、周りの床や棚等を壊しながらエルフに直撃した。
「……どうだ…!?」
竜巻によって砕かれた木材が粉塵となり、宙に漂って部屋の中を包み込む。
視界が頼れないローグは、エルフを倒したかどうかは分からない。
だが、確かにスキルは直撃したはず。『ハリケーンスピア』が本当の効果を発揮するのは、対象に槍が当たったとき。本物のハリケーンの如く、全てを巻き込み暴れだす。
つまり『ハリケーンスピア』の効果が発生したと言うことは、確実にあのエルフに当たったと言うことになるのだ。
「イケない子ね。もっとちゃんと狙わなきゃ」
「なっ!?」
エルフの声がした。それもローグの背後からだ。
「ハァッ!!」
振り向くと同時に、槍を振り回す。
しかしさらに奇怪な事に、そこには誰の影も見えない。
「どこにいきやがった…!?」
「ここよ」
「っ!?」
またローグの背後で声がした。
「遅いわ」
ローグがまた振り向く直前に、粉塵の中から鎌だけが現れ、ローグの背中を引き裂いた。
「グァァァァァァァァァッ!!!!」
意味が分からないまま、背中の激痛に叫びながらローグは倒れた。
その倒れたローグを嘲笑うように、鎌が振り下ろされた方向とは真逆の方で、シルフィアが立っていた。
頬に跳ねた血を舐めながら、倒れた男を面白そうに見つめていた。
10:00
「………………」
ハルキィアは町長の家の前で立っていた。ノックするかどうかはまだ迷っている状態だった。
と言うのも、
「……やっぱり…勝手だよね…」
ハルキィアがここに来た理由はただ1つ。明日の歌の事だ。
ハルキィアがシューラに1週間滞在していた理由は、そもそも明日のリサイタルのためだった。
歌姫として名を馳せたハルキィアは、町長に是非とも歌を歌うように頼まれた。そして町長はハルキィアのために大がかりなステージや宿を手配してくれた。
だがハルキィアのステージは明日だ。今ここにいるのはそれに関する重要なことだった。
「……でも…やっぱりダメだね…」
浮かない気持ちでハルキィアはドアをノックした。
「ようこそいらっしゃいました歌姫様!」
ノックして出てきた町長に応接室のような部屋に招かれた。
ハルキィアは向かい合うようにソファに座った。
「どうぞゆっくりなさってください!!今、何かお出ししますから…」
「あ…、いえ!!待ってください!!」
来客を歓迎しようとするガイルを、ハルキィアは立ち上がって止めた。
「 実は大切な話が…」
「はて…?何でしょうか?」
ハルキィアは拳を胸にあて、グッと握った。
「本当に申し訳無いのは分かってます…。でも…でも…」
「私…歌えません…」
「なんですとっ!?」
ハルキィアの言葉にガイルは驚き、飛び上がった。
「歌えないとは…、ど、どういうことでしょうか!?」
「ごめんなさい。勝手だと言うのは分かっているんです…。でも、私…歌うのが怖くなってしまったんです…」
「……?」
ハルキィアの言い訳に近いような言葉をガイルは黙って聞いていた。
実際、ハルキィアが歌えないと言うのは気持ちの問題だった。風邪をひいたときみたいに、声が出ないとかではなく、歌うのが怖かった。
その理由も他人を言い訳にしたようなものだ。
自分は歌でたくさんの人々を幸せにしてきた。若いカップル、お年寄り、子供や冒険者。どんな人達も自分の歌で心を動かされた。
それはハルキィアが幸せな気分になるように、願いを歌に込めていたから。つまりハルキィアは言葉に魔力をのせることで、いろんな想いを伝えられる力を持っていた。
ハルキィアが歌えなくなったのは数時間前のアルトとの出来事。
自分は心の底から、彼を責めるような気を持っていない。確かに肩や首の、怪我はまだ痛んでしまう。しかしアルトはただの被害者。闇にくるしめられている悲劇の人間なのだ。
だがそれを伝えられても、結局彼を止めることはできなかった。アルトは行ってしまった。
ハルキィアが歌えないのは怖いから。本当に歌なんかで誰かを幸せにできるのか?意識をしていた人に言葉で想いを伝えられない自分か、歌で人の気持ちを変えるなんてできるのだろうか?
もしあの時、彼に素直に気持ちを、告白したならば結果に変わりはあったかもしれない。
もしかすると変わらなかったかもしれない。
「それは…つまり、歌姫様の力が無くなった訳ではないのですな?」
「……ぇ?……は、はい。そうです…」
「そうですか…」
ガイルは知っても特に、歌えない理由とは関係無い事を聞いた。
「なら仕方ない…。やるしかないか…」
ガイルは後ろを向いて、急に変わった口調で訳のわからない事を呟いた。
「あの…?何を…?」
「決まっているでしょう。計画を早めなければ…」
空気が冷たくような気がした。ガイルの様子がどうもおかしい。まるで今まで何かを演じていたのに疲れきったようにしていた。
「シルフィア…」
「あら…お呼びかしら?」
「っ!!」
ハルキィアは目を見開いた。驚いてガイルと入ってきた女から距離を取るように後ずさった。
ガイルに呼ばれて入ってきたのは、美しいエルフの女性。もし街でも歩いてみようものなら、どんな男さえも虜にしてしまうだろう魔性の魅力を放っていた。
しかしハルキィアのは怯えだった。
エルフの美しさとは無縁に、恐怖の気持ちでいっぱいだ。
その理由はエルフの手に握られている大きな鎌。普通ならその鎌に誰もがびびるものだろうが、ハルキィアの場合は違う。
その鎌に真っ赤な血が垂れていた。
「だ、誰ですか!?どうして血が!?」
よく見れば鎌以外にも血が付着している。彼女の頬や手、露出されたへその周り等々、こんな風には誰かの鮮血を浴びなければ絶対にならないだろう。
「シルフィア。計画を変更じゃ。実行は今日、ただちに…」
「動力を捕まえろ」
「っ!?」
「了解…♪」
歌姫には全く状況が掴めなかった。特にガイルの放った動力という言葉。この状況で動力とは誰の事を言っているのだろうか?
と考えている内に…
「きゃっ!?」
さっきまでドアの前に立っていたエルフが、いきなり目の前にいた。
驚いたハルキィアは後ろに倒れそうになるが、壁があったため倒れずに済んだ。
しかし実際には追い込まれていた。
「ウフフ…。可愛らしいわね…。ウサギでも捕まえているみたいだわ」
「何なんですか!?何のためこんなことしてるんですか!?」
壁に追い詰められたハルキィアは涙目で怯えながらシルフィアと言う女に叫ぶ。
「悪いけどあなたにはガイルの計画の機械になってもらうわ」
シルフィアは背後を壁で遮られた歌姫の肩に釜の先を当てた。
「文句はないわよね?だってあなた歌わないっ言うし……」
「さ、さっきから言っている意味が分かりません!!何ですか計画って!?」
言葉が震える。状況が何も分からない恐怖に歌姫はパニックに陥っていた。
「世界征服じゃよ歌姫」
「なっ!?」
ガイルの言葉にハルキィアは耳を疑った。
世界征服とはこの世を征服すると言う意味であっているのだろうか?
ならどうやってあるひとつの街の町長がそれをなすと言うのか?
「まぁどうやるかは知る必要はないわ。どうせあなたの意思に関係なく計画は進んで、あなたは何もできないから」
シルフィアの言葉が冷たく吐かれる。
「い、嫌です!!どうやるのかは分からなくても、私は絶対に協力しません!!」
「なら…仕方ないわ」
ズシュ…
「……グッ…ァ…!?」
シルフィアが歌姫の肩に鎌を突き刺した。
普通ならそんなに敏感に痛みが来ないものだがこの時は、肉を切られた痛みが肩を支配した。
シルフィアが鎌を刺したのは、ちょうど歌姫の怪我の部分。
昨晩、怪物に噛み千切られたところだ。
「あなたの想い人は、あなたにこの傷を与えていなくなってしまった」
「なっ…!?」
なぜ知っている、とハルキィアは即座に思った。
何故二人の間に起きたことをあかの他人であるこの女は知っているのだろうか?
「あなたはその彼が去るのを止めることができなかった。だからあなたは歌うのを止めた。違う?」
何も答えることができなかった。出来事だけでなく、人の心までお見通しのようなエルフの言葉に、混乱させられた。
同時にエルフが指を肩の穴に、そこから直接、心をぐちゃぐちゃに乱すように動かした。
「まぁあなたのあの子への気持ちも知る必要ないけど」
刺のように胸にエルフの言葉が刺さる。
ハルキィアの意識はそこで落ちた。
大体あと2~3話と言ったところですかね
せめて来月中までには、パーティーがバラバラになってからの話が終われればいいと思っています




