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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
冒険中断 ~それぞれのすべきこと~
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抑えはきれぬ、闇の膨らみ

大事件発生です

微妙にホラーなキガシマス


恐ろしくてもブラウザバックはしないでください

多分怖くないです


6日目 12:00


「あ~~~っ!!久しぶりのこの味!!最高です~~!!」


 少しの曇りもない、爛々と目を輝かせる恍惚の笑顔で、ハルキィアはフォークを持ちながら叫ぶ。


 黒髪の少年と明るく元気な歌姫はちょうど昼時だったためあのカフェに来ていた。

 パスタを口に運んで、これまでにないくらいのリアクションで料理の味を称賛する。


「ハハハ、幸せそうで何よりだよ」


 正直前も食べたカルボナーラなのに、オーバーな反応と思えるが、ハルキィアがここまで喜ぶのも無理はない。


 ちょうど4日前の夜。ハルキィアと一緒になって2日目だった。ハルキィアが高熱と風邪に侵されてしまい、今朝になってようやく平熱にまで下がり、風邪の症状もかなり良くなったのだ。

 それまでの生活は自分が東奔西走して頑張っていたのだが、食事に関してはハルキィアが早く元気になれるようにと思い、汗もかけて消化にもよいお粥の食事が続いていた。

 味が悪かったわけではないのだが、流石に3食お粥が3日も続けばマンネリと言うか飽きと言うか……。卵を入れて雑炊風にしたり、塩の代わりに味噌を使ってみるとかはしたのだが、それでも物足りないという気持ちは分かる。


 だからハルキィアにとってこの食事は、ずっと焦がれ続けた大切な一時なのだ。


「いつも美味しく召し上がってもらって、こっちもすごく嬉しいです♪」


 テーブルの横に立つウェイトレスさんが、銀のお盆を抱きながら頭を下げる。


「頭なんて下げなくていいんですよ。むしろ私達の方が料理を作ってもらってる側なので♪」


 以前も見たようなやりとりを見守りながら、アルトはフォークでカルボナーラを丸めて口に運ぶ。


 相変わらず客はいない……、と言っても本当はこのカフェは今日休みのはずだったのだ。1日おきに休むのだからちょうど今日は開いてないはず。

 ところが偶々アルトがハルキィアの看病をしている期間に、米や調味料を買いに街を歩いていたら買い物中のウェイトレスさんに出会った。

 ウェイトレスさんは街にいる限りは定休日以外いつも行く、と言っていたハルキィアが来ないことを不安に思っていたのだ。そこでハルキィアが風邪で、今すぐにでもカフェに行きたがっていることを伝えたら、ウェイトレスはハルキィアの風邪が治ったらいつでも来ていいと言ってくれて、休みの日でも店を開けてくれたのだ。

 だから今は自分とハルキィアの貸し切りのような状況なのだ。






「ハァ~。お腹一杯です♪」


 皿の上の料理を綺麗に食べきったハルキィアは口元をナプキンで拭きながら、満足の意を表した。


「しかも久しぶりだったんだから、尚更美味しく感じられるね」


 もう具合も良さそうなハルキィアを見て、アルトは微笑み返す。声もちゃんと元と同じように出てるし、心配は要らなさそうだ。


「…………アルト…君?」

「ん…?」


 ナプキンを置くと、ハルキィアは改まった顔でこちらを見る。

 ちなみに拭き残してしまったのか分からないが、ベーコンの欠片が頬に付いているのだが、可愛らしさと面白みがあるのでそのままにしておこう。


「その…ありがとう…」


 もじもじしながらハルキィアが呟いた。

 それは何故だか新鮮だった。


 今までハルキィアはどこか、少しだけ他人なところがあった。

 例えば、お礼を言うときは『ありがとうございます』で今みたいに『ありがとう』とは言わない。

 時によって敬語で、時によって友達のように話していた。

 そのハルキィアが今は、友達以上の関係に見えた。というより最近だ。少しずつ彼女に親しみを感じてきた。別にそれは今まで彼女が嫌いとかだったわけでなく、より心の距離が縮まったようなものだった。


「私が倒れちゃった時、アルト君は私のためにいろんなことをしてくれた…。今こうやって喋れるのもアルト君がいたおかげですよ」

「そんなこと、別に大丈夫だよ。人間は困ったときに助け合うものだ。むしろこっちは治ってほっとしてるし」

「……っ。……フフ、アルト君ってすごく優しいんだね」

「よく言われるよ」

「私のために頑張ってくれたり、わがままにも付き合ってもらって…。私、アルト君みたいな人好きだな…」

「ん?僕みたいな人が何だって?」

「フフ。何でもありません♪」


 歌姫は可愛く笑って嘘をついた。嘘をついているのはアルトには分かっていたが、追求する理由もないし、ハルキィアの笑顔に茶目っ気が含まれているような気がしたので、少し微笑むだけだった。





19:00 宿


「それで、明日は何があるんだ?」


 ベッドの上で厚い本のようなものを開きながら、アルトは隣のベッドに座るハルキィアに話しかける。


「はい。明日はステージの確認とリハーサルだとかで、午後4時に来てほしいそうです」

「リハーサル…?」


 随分と念入りなのだなぁ、とアルトは思った。

 いくら歌姫が有名だとは言え、今までどんな街もステージすら用意しなかったと聞いている。と言うか用意の必要がなかったのだろう。

 ハルキィアの歌なら、別に歌う場所が森の中でも絶海の孤島だろうと、そのすごさに変わりはないのだ。

 何故このまちはそんな大がかりに、ハルキィアを支援するのか?あの狸町長の企みか何かではないだろうか?


 疑い深いアルトはそんなことを考え始めた。

 しかし、そんな考えももう根拠のものだった。


 アルトのこの街への疑い全てが、もう薄れ始めていた。

 たくさんの怪しげな物資や街の外の異常な魔物の数、そのどれもがてっきり町長の企みかと思っていた。しかしその可能性は低いと最近感じ始めているのだ。


 と言うのも、アルトはオークの群れや町長が大がかりにハルキィアを支援する理由が、彼女を狙ってのことだと思っていた。


 ハルキィアの力は特別というのが、その考えを築いてしまった。

 声を、歌を魔法にするなんて事ができる人物はこの世に彼女以外、一人としていない。そんな力を手に入れたいと思う奴等もおそらくいるだろう。そう思ってこの間、ローグと出会ってから急いで帰ったのだが、ハルキィアは無事だし、それから1度も妙なことは無かったのだ。


 そういえばローグは今どこで何をしているのだろうか。この街は本当は何も無いと知って、王国へ帰ってしまったのだろうか。


 どちらにせよ、アルトはもう疑うことを止めたに等しいと言ってもよかった。

 人間は神経質になりすぎれば、他人のどんな仕草も言われのない疑いに繋げることができてしまう。


 考えすぎだったと思って、アルトはもうハルキィアが狙われているなんて思っていなかった。



「それじゃあ明日は一人で修行してるよ…。そろそろ画竜点睛に入らなきゃね」


 闇を極めるための修行も、そろそろ終わらせなければならない。あと1つのピースを掴む。そのような簡単な事だけで、もう使いこなせるはずなのだ。


「頑張ってねアルト君♪…………うん…」


 天使のように微笑んで応援してくれたハルキィアだったが、すぐに浮かない顔をした。


「ん?どうかした?」

「……っ!!いえ!!何でもありません!!あ……、私先にシャワーを浴びてきますね!!」


 明らかに何かを誤魔化しながらハルキィアはバスルームへと行った。






シャーーー……


「……」


 ぬるま湯のシャワーを浴びながら、ハルキィアはじっとしていた。


「……ハァ…どうしょう…」


 歌姫はすごく悩んでいた。


「……明後日になったら…アルト君と…」


 彼女の悩みの種となっているのはアルトの事。

 もし明後日になって、アルトがコンサートを聞いてしまえば、それはもうお別れということになってしまう。

 アルトは元々、修行のために一旦パーティーを抜けている人物なのだ。

 それを自分のわがままでコンサートまでいてもらっているだけで、本来はこの街に着いた時点でお別れしているはずだった。

 

 ハルキィアは明後日歌いたくないと、心の中で密かに思ってしまっていた。


 それは別に人々の為に歌うのが嫌になったとか、もう疲れたという意味ではない。ただ気づいてしまった。あの少年、アルト オーエンに抱いてしまったこの感情。



 人生で初めての、歌姫の恋だった。



 つまりハルキィアはずっとアルトと一緒にいたいのだ。あちらがどう思っているかは分からないが、この広い世界では一度別れてしまえば、二度と会えない可能性の方が高い。


 だったらやることは2つの内どちらか。

 ・恋心を抱えながらアルトと一緒に行くか。

 ・想いを伝えて別れるか。


 何にせよ、ハルキィアが悩んでいる理由はアルトを好きになってしまった事なのだ。


「想いきって好きって言う?一緒にいさせて何て言う?…………ダメだよ…、それじゃあ修行中のアルト君を誘惑するみたいになっちゃいそうだし、私の…歌姫の挫折だもん…」


 それに一緒に行ったところでどうなる?

 聞けば他のパーティーのメンバーは女子4人だと言う。もしその中に自分と同じ感情を持っている人がいたら……


「あーーーー!!それじゃあ私、泥棒猫みたいじゃないですか…!!」


 簡単に言えばその人にとって自分は、1週間もアルトを独り占めしたと言うことになってしまう。


「どうしよー……」


 シャワーを浴びながらハルキィアは頭をタイルにうちつけた。


 それはまさに、10代の少女が体験する恋独特のもどかしさ故だった。







「…………闇ねぇ…」


 ベッドの上で寝転がりながら、アルトはこれまでの事を考えた。


 敵として闇と初めて出会ったのはディアスの時だ。

 魔王の持つ召喚獣『バハムート魔式』。抑えることなど不可能なくらいに暴れる闇の力をうまく跳ね返して、勝利することができた。


 その次は…、『ベルザーグ』だ。勇者の剣とすり替わっていた魔剣ベルザーグ。どんな力なのかはあまりわからなかった。ラルファ任せて切断してもらい、その後すぐ自分がこの拳で殴り潰してしまったため、闇の脅威を知らないままだった。


 次はジョーカー。悪魔の中のトップ5にして、闇を使った戦い方が常識破り敵なパワーを発揮するため、怪奇の悪魔と呼ばれていた。


 思えばこの時。そう、この時だ。

 ミルスの努力もあってジョーカーを撃退したときから、自分に闇が生まれ始めた。

 呼吸をすれば二酸化炭素を吐き出すように、闇を作り出せるようになってしまった。その原因も原理も分かっていない。分かるのは闇は危険だということ。

 生物の感情に何らかの影響を引き起こす闇は、一度だけ自分の飲み込み、暴走させた。


 それが最近の出来事、デスタとの戦いの時だ。

 闇に取り込まれたとは言え、自分は他の仲間を切り捨て、無鉄砲にデスタに突っ込んでいった。ダメージを受けようが、傷がつこうが、何度でも破壊の悪魔に立ち向かっていった。


 けど逆に、闇があったから今こうして生きているのではないだろうか。


 戦いの最中意識を完全に乗っ取られてしまい、自分は真っ黒な空間を一人でさ迷っていた。出口も入り口もなければ、そこを照らす光もない。無重力空間のような、じめじめしたそこでずっとこのままなのではないかと思った。

 その時、急に亀裂が入って光が差し込んできた。その光は自分の胸を照らすと、心地よい気分にさせた。


 大切な誰かに抱かれているような、そんな暖かい気分だった。


 目覚めた頃、その暖かさを放つ弟子が横にいて、自分は闇を使いこなしていた。


 黒い翼を空に広げ、覚醒した破壊の悪魔と対峙していた。


 あの時の事はあまり深く覚えていない。闇の感情への作用か、まるであの時の自分は別人だったような感覚なのだ。

 色で例えるならグレー。白か黒とも別れず、ただその中間に存在する微妙な存在。

 おそらくそれはミルスが与えてくれた光のおかげだろう。

 自分の闇とミルスの光が混ざり合い、それでも中和しきらない不純した存在になったのだ。


「あん時の記憶がはっきりしてれば、闇なんて簡単に使いこなせたのになぁ…」


 光と闇が五分五分になったとき、仮にあれをゼブラアルトとでも名付けるとしよう。

 ゼブラアルトは闇を自由自在に操り、デスタを撃退した。強力な光線を放ったり、翼を生やして飛んだり。

 しかし今アルトは使いこなせていない。そしてその時の記憶もあやふやだ。


 闇が精神に異常をもたらすことから、おそらくあの時は半分暴走していたようなものなのだろう。本能的だったと言うよりは、ゼブラアルトの意思の通りに動いていたのだろう。


 そのゼブラアルトの記憶さえ綺麗にあれば、闇を使いこなすことなど綺麗な『クリスタルウォール』を作る程度の難易度なのだ。


「まぁどのみち、あと少しで分かる」


 闇の力で炎と翼は出せるようになった。あとは何度も使って少しずつ理解すれば闇の使い方はいずれ分かるだろう。


「とりあえず、闇を使うなら攻撃にした方がいいよね。防御魔法もいいけど、僕の場合タイマンじゃあまり力発揮できないし」


 アルトの戦い方、と言うより魔法は全て防御系やサポートばかり。唯一攻撃的なものは『フラグシュート』と勝手に名付けた、指で撃つ光線。

 『ジャックナイフ』や『アルターマジック』などは、使える魔法を応用したものであり、攻撃のための魔法ではない。


 ザコならレベル100のステータスで充分に戦えるが、強敵と一人で戦うときは、相手を分析して致命的な弱点をついていくスタイルだった。


「僕が攻撃を極めれば怖いものは無いだろうね…」


 何故だか楽しくなってきた。

 闇を力にしてみんなのもとへ戻ったときの顔がすごく楽しみになってきた。

 みんな驚くだろうか?それとも流石はレベル100とでも言ってくれるだろうか?

 どちらにしても、悪い気にはならない。


「フフ…。…………さてと…。ハルキィアはまだバスルームから出て来ないみたいだ…」


 その瞬間だった。


「………っっっ…!!!!が…あぁぁぁ…!!」


 激しい頭痛がアルトを襲った。

 いや、正しくは頭痛ではない。

 闇が胸の奥底から沸々と沸き上がってくる感覚だった。


「なんだよ…!!コ……レ…!!」


 この感じは覚えている。デスタとの戦いの最中、溜まりに溜まった闇が遂に暴走したときのものだ。


「うぐ…がぁぁぁ…」

(何で…!?何で…いきなり暴走が………)


 頭にゆっくりと圧力を加えられているような感触に、アルトは呻いた。


(畜生…!!治まれ!!治まれぇぇぇぇぇ…!!!!)


 心の底で叫びながら頭を思いっきり、部屋に備え付けてあるタンスに叩きつけた。

 今だけは何としても抑えこまなければならない。こんな街の宿で、しかもバスルームにはハルキィアがいる。

 

 (もしここで闇に負ければ、全てが…ハルキィアが…………………)







ガンッ!


「ビクッ!!」


 モヤモヤとした気分でハルキィアがシャワー止めると壁の向こう、つまりアルトのいる方から何かが強くぶつかったような音が聞こえた。


「アルト…君?」


バタンッ!!ドンッ、ドンッ!!


「っ!!」


 自分の言葉に答えた訳ではないのだろう。ハルキィアはそれを認識しながら、奇妙なその音を耳に通した。


「暴れてるの?アルト君?」


 歌姫の耳はとてもよかった。音に関しての仕事をたくさんこなしてきたため、喉だけでなく耳も才能を持っていた。

 だから聞こえてくる音が、タンスや壁を叩いたりしているという音だとすぐに分かった。


「っ!!!!アルト君!!」


 横にかけてあったタオルで体、主に胸から下にかけての前面を隠すようにすると、ハルキィアは水が垂れ落ちる髪を揺らしながらバスルームを飛び出た。


「っ!?」


 そこにいたのは窓の隙間から見える、沈みかけた夕陽を背後にして立つ少年。

 逆光のせいでシルエットのように見えるアルト オーエンの姿があった。


 ハルキィアは息を殺した。殺す必要もないのに、喉を閉められるような部屋の状況に気がついたからだ。


 叩き割られた、木製のタンスだったような木片。

 引き裂かれて中身を掻き出されたベッド。

 穴があらゆるところに開いている壁。


 そしてそれらの真ん中に立っている、血塗れの怪物がいた。


「アルト君…?どうしたんですか………、?」


 震える声でハルキィアは尋ねた。

 目の前で血の付いた拳を舐めながら、こちらを見つめる少年の姿をした化け物に。


「……ロ……」


 血と真っ赤な夕陽の逆光で少年の姿どころか表情も見えない。その黒い顔から何か言葉が発せられた。


「……ニゲ……ロ……、ハル……キィ…ア……」

「っ!!!?」


 ハルキィアの背筋が凍った。

 ぬるま湯シャワーの湯冷めとかではない。

 純粋に目の前の少年を恐怖として捉えた。今の声はアルトのものだった。それが自分の名前を呼んだ時、別の誰かに変わった。


「逃げ……ろ…、って…。どういう…」



         「ハ♪」



「ひ、ぐ…!?」


 ハルキィアがアルトの言葉を理解する前だった。

 アルトの口から怪物の笑みが溢れる。

 真っ黒なシルエットの口が三日月型に開いて、中から白くて鋭い牙が光った。


 それを目で捉えたと同時に、アルトが目の前にいて、濡れたハルキィアの細い首を掴んで持ち上げた。


「……っ、か…ぁ…!!」


 気道を圧迫され呼吸が困難になったハルキィアは、怪物の手を掴み必死に息を吸おうと口をパクパク動かした。タオルが落ちて、水で濡れたハルキィアの体が夕陽に照らされ、オレンジに光る。


「アハァ♪」


 苦痛に歪んだその表情を眺めながら、怪物は笑う。


「きゃっ…!!ゲホッ!!ゴホッ!!」


 怪物はハルキィアをベッドの上に投げ飛ばした。

 解放されたハルキィアは咳き込んで呼吸をする。

あと少し首を絞められていたら意識が落ちてしまっていただろう。


「ァ♪」


 喉元をおさえるハルキィア。彼女が目を開くと、覆い被さるように怪物が目の前に現れた。


「アル…、!!」


 ハルキィアが今この場にいない人間の名前を叫ぼうとするが、怪物の左手がそれを塞いだ。


「ん~!!」


 ハルキィアが暴れる。ベッドの羽毛が彼女と怪物を周りを囲むように舞う。

 そして暴れるハルキィアの二の腕を右手で押さえつけ、怪物は口を大きく開いた。


「ひっ…!?」

「アァ♪」


 口を開いて何をするのか。ハルキィアが気づいた瞬間、


      グヂュ……


 グレープが口の中で潰されたような感触と音が、ハルキィアの脳に響いた。


「アァァァァァァァァァッ!!!!」


 少し遅れて激痛が肩を中心に広がった。


 アルトの姿をした怪物はハルキィアの肩に、まるで骨付き肉でもかぶりつくかのように、噛みついた。


 鋭い牙がハルキィアの皮膚を突き破り、肉に突き刺さる。そして歯が骨に当たったのを確認すると、怪物は肉を貪るハイエナのように肩の肉を少量食いちぎった。


「ァ……ァァ………」


 意識を失いそうになりながらも、ハルキィアは熱い涙を流した。


「ハァ…ハァ…。ァァァァ♪」


 怪物は目元を隠しながらも、その声で歓喜を表した。

 口元の血を左手で拭うと、血の味を求め全力で舐め始めた。


「どうして…」

「ガァァ!!」


 ハルキィアがポツリと呟くと、ちょうど血を舐め終わったのか、怪物はハルキィアの胸を見下ろした。

 前髪の隙間から血に飢えた猛獣のような瞳が、人間の生命の音が鳴る部分。まさに心を喰らおうと目をギョロリとしたのだ。


「違うよね…。違うんだよね…?」


 肩の痛みがそのまま涙となって流れているような気がした。自分を慰めるようにハルキィアは呟き続ける。

 差し込んだ夕陽が怪物の口に付いたハルキィアの血を、より一層赤く輝かせる。


「あなたはアルト君じゃない…。その体にいるだけで、違う…」

「ァァァァァァァァァ!!」


 怪物が槍のように鋭くした左手を、彼女の胸に突き刺そうと降り下ろした。


 あれが突き刺さればハルキィアの心臓は貫かれ、怪物はそれをえぐりとって口に運ぶだろう。

 そうなる前に、ハルキィアは叫んだ。

 しかしそれは自分が生きるためじゃない。大切なあの人を呼び戻すため。



    「戻ってきてよ!!アルト君!!!!!!」


「ガァァァァァァ!!」


 怪物の左手はハルキィアには届かなかった。むしろ下ろされる時の何倍ものスピードで離れていった。


 ハルキィアに馬乗りになるような形で、怪物は背中を逆に曲げて海老反りになっていた。まるで何かからアッパーを喰らったように、首を高くあげて。


 ちょうど怪物がそんなポーズになったその時、夕陽が地平線に沈んだ。

 辺りが暗くなり、部屋を照らすものは備え付けてあったランプだけだった。


 怪物の頭が上を向いて、夕陽が沈む。

 すると時間が止まったかのように怪物はピクリとも動かなかった。







「……っ!!」


 目覚めるようにアルトの意識が戻った。最初に目に映ったのは天井だった。すっかり暗くなったようで、ランプの光で影がたくさんある。


 自分は何をしていたのだろう?眠っていた前の事が思い出せない。


 アルトは無数の?を頭上に浮かび上がらせた。何故部屋が暗いのか。何故自分は膝立ちで地面と垂直に立って高くない天井を見上げているのか。


「…………え…?」


 その時ようやく気がついた。口の中がベッタリとした液体で溢れていることと、歯の隙間に何か挟まっていること。しょっぱくて鉄臭い。鼻血を出してしまったときとかによく体験する。

 今自分の口を濡らしている液体はそれによく似ている。


 膝立ち直立のまま、アルトは目だけを横に動かした。


 壁に映っている影だ。自分と、そこにいるもう一人が壁に黒で映されていた。


 そして目を遂に下に向けた。


「…………は………」


 言葉を失う、そういう表現も使うが、このときのアルトは言葉を忘れた。

 何故なら目の前で、ベットの上で裸のハルキィアが泣いていたからだ。


 普通なら恋人同士の愛の確かめ合いをしたとか思うのが、人間だろう。

 しかしアルトが言葉を忘れたのは、羽にまみれ濡れているハルキィアの裸体が芸術的なものだったとかではなく、その涙と肩の肉をえぐられたような傷。そして強く首を掴まれたあとと、そこに爪が食い込んだように流れ出した血。


「よかっ……た……」

「あ…あ…」


 泣いて必死に呼吸をしながらも、ハルキィアは微笑んだ。


 しかし微笑み返す余裕などもうアルトにはない。


 知っている。

 ハルキィアが無理して笑顔を見せているのも、この拷問を受けたような惨めな姿の理由も。


 紛れもない。自分がやったのだ。


 それ以外考えられない。この口に含まれていたものと、ハルキィアの肩の傷の大きさ。自分がハルキィアを噛んだ。首のあとも自分がつけたのだろう。


「ア…アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」



 全て悟ったアルトは頭を抱え、絶望しきった表情で叫んだ。


 ハルキィアを傷つけた怪物はもうこの場にいない。

主人公サイドの話はもう少しで終わりそうです


これが終われば他の仲間達の話に入りますできるだけ投稿速度をあげられれば良いのですが、多分その時々によって変わると思います


元からでしたが、不定期の投稿で申し訳ありません

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