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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
冒険中断 ~それぞれのすべきこと~
66/127

責任

今回は設定に関してが多めです

前半がそれで、後半はアルト君へのご褒美タイムのようなものです


私の文章力じゃ前半の内容が解りづらいと思うので、あとがきでざっとまとめます

 この世界には今も対立を続ける2つの国、いや種族のようなものがある。


 1つは冒険者や商人などの人間。常に平和かつ豊かな生活を求めて、共に協力し合い戦い続ける者達。


 もう1つは魔族。魔王を中心とした、この世を自分達の世界にしようと暴れ続ける者達。


 この2国間の争いはずっと昔から、今でも続いている。しかし今は比較的穏やかな方だ。昔は人間にとって毎日が不安の日々だったが、今は両国とも力の差が等しくなりかけているため、迂闊に手が出せない。


 魔族達は海の向こうの魔王城にいる。人間に比べ魔族達は数が少ない。その代わりに戦力を補うものが個々の強さ。育った環境も体の作りも違う魔族は、さらに社会を持ったことでより強大な者となる。


 歴史上、先に侵略を開始したのは魔族側。恐ろしく厄介な魔王軍に対して、人間は成す統べなく力になぎ倒されるばかりだった。その時代はまだ冒険者がそれほど多くはなかった。そのため魔族に対抗できるのは歴史上最も有名な勇者、ネクスのパーティーだけだった。

 天に選ばれた勇者ネクスは人間の希望と言っても過言ではなかった。

 剣士でありながら魔法を操り、魔法使いでありながら剣を扱う。あるときは怪力で障害をなぎ倒し、またあるときは賢い頭脳で策を練る。

 その上強いのはネクスだけでなく、そのパーティーの仲間らもだ。無敗の止まらない勢いで数に劣らず魔族をどんどん倒していった。


 しかし強い戦力はネクスのパーティーのみ。あちこちで暴虐を尽くす魔王軍をしらみ潰しで倒すには移動や時間などの負担が大きかった。いくら強靭な勇者のパーティーでも、休む暇がない、悪の根元を潰しに行くこともできない。勇者といえどたった数人の冒険者に全てを委ねるのは荷が重すぎる。

 そこで人間達の王は考えた。最大の王国エフュリシリカの王は、各地に大きな街をいくつか作った。そして全世界の人間にこう告げた。


『立ち上がれ!!人間の力はその程度のものか!!』


 王の策はこう。

 大きな街をたくさん作る。そしてそこにギルドを作っていく。そうすれば冒険者となる者も増える。

 冒険者が増えれば、勇者のパーティーだけが苦労をする必要もなくなり、いずれは魔王を倒す者まで現れるかもしれない。

 そして王の策はおおよそが成功した。魔王を直接叩くものこそ現れなかったが、魔王軍の悪事に苦しむことは無くなった。

 確実なモノでも絶対的なモノでもないけれど、人間は平和を手に入れた。




 しかしこれは、何十年何百年続く、人間と魔族の長い戦いの始まりにしか過ぎなかった。



__________________________


「エフュリシリカの…工作員…!?」


 ローグの素性を知ったアルトは驚きの声をあげた。

 魔族の本拠が魔王城なら、人間の本拠はエフュリシリカ王国である。そして目の前の少年、ローグはそのエフュリシリカの王の命令でシューラに潜伏していると言っているようなものだ。


「そ。この街の裏を暴くために派遣されたんだ」


 アルトが何を驚いているのかと言うと、ローグのシューラへのスパイが王直々の命令と言うことだ。それも裏の顔を暴くため。

 つまりシューラは王国に目をつけられるような大きな闇を隠し持っていると言うことと、自分の予想が当たっていると言うことだ。


「さっきは悪かった。てっきり裏が遂に本気で何かやり始めるとか勘違いしちまってよ」

「いや…構わないさ…。僕だって、まさか同じような風に思ってる人がいるなんて思わなくてね…」


 背を丸めてリラックスするした。


「ところでお前は?俺みたいにどっかからの命令で動いてんのか?」

「いや違う。僕は自分で妙だって思って、自分で行動しているんだ。特に誰かに言われたとかじゃないよ」

「ふーん…」


 つまらなそうに相槌を打つと、ローグは首をポキポキ鳴らした。


「ローグは知っているのか?この街が何を隠しているのか?」

「いんや。まだなんもわかんねぇ…。分かることと言えば、ここのコンテナの内の七割は、中に閉まったものを使ってねぇって事ぐらいだ」


 ここのコンテナの7割くらい。コンテナは大体家1個分サイズ。そしてその数は100個ほど。相当な量のものを集めるだけで使っていないと言うことだ。


「お前は?そもそも何で怪しいと思った?」


 ローグが特に返答に期待はしなさそうな様子で聞く。


「この街は食べ物の物価がおかしいことは知ってるかい?」

「ん…?ああ。デフレってレベルじゃねぇくらいのな。中身が空なんじゃねえのかとか思ったけど…。まさかそっからこの街怪しいって思ったのかよ?」

「それもあるな。外で食べるより自炊した方が安いから客が来ないってカフェの人が嘆いてた。……ただもう1つ理由がある…」

「もう1つ?」

「ローグは遭遇していないのか?オークの群れに」

「オークの群れ?」


 この反応からするとローグは知らないようだ。

 アルトがハルキィアと街に来るまでの間に、アルトはオークの群れと遭遇した。ハルキィアのサポートと『アルターマジック』の雷撃のおかげで、苦労することなく全滅はできた。


「オークの群れが何かあるのか?」

「量がおかしかったんだ。あれはどう考えても誰かが呼び寄せないと来ない……」


 魔物は群れを作るものがあれば群れを作らないものがある。群れを作らないものが群れを作っていれば、それは誰かが呼び寄せていることになる。また群れを作るものが呼び寄せられているときは、群れの規模が大きくなる。


「……狙われる心当たりが?」

「ないね。多分もう一人にも狙われる理由がないし」


 もう一人とはハルキィアの事だ。何故誰もの平和を願って歌うハルキィアが狙われなければならないのか。そう考えるとアルトもハルキィアも狙われるようなことをした覚えがない。


「……なぁ。お前ある可能性否定してねぇか?」

「ん?」


 ローグが改まった顔でこちらの顔を見る。


「お前のその仲間が呼び出したってこともあり得んじゃねーの?」

「っ!?」


 ローグに告げられ、背筋がゾッとした。


「それは有り得ない!!」


 声を荒くしてローグに、憤りに近い感情をぶつけた。


 無意識の内にアルトはその可能性を否定していた。それは無根拠の信じられない事だった。

 ハルキィアがオークを呼び出す理由はない。それに呼び出したところで、戦い向きでないハルキィアは対処できない。

 ハルキィアには何のメリットもない。


「悪い悪い、怒るなって…。だが、可能性ってのはゼロじゃねぇ。そう言うことも考えた方が身のためって事だ」


 ハルキィアを疑う必要はない。何故なら彼女は白だから。

 と思った時だ。


「……待てよ…」


 アルトは1つ気がついてしまった。

 ハルキィア。歌姫って言う事で有名だ。そして歌に魔力を乗せて、人々の心に届く歌を唄う。だからハルキィアは歌と共に有名なのだ。

 歌に魔力を乗せられるなんて、喉の造りか才能が無い限り普通できないのだ。歌に限った事ではない。


 魔法とは式に表す事ができる。と言うより元が式なのだ。

 世界にある物は、どれでも言葉などにすることで文字にして2次元に表現する事ができる。例えば実際に手に持てる剣と紙に『剣』と書けば、どちらも剣と言う物を指している。

 そのように魔法は式である。使う際には足し算やかけ算と似て異なる式に魔力を流す。しかし、式に魔力を流すと言うのは正しくない表現であり、式の通り魔力に意識をぶつけるのだ。

 一般的に言う魔法の式とは、感情や想いなどの意思を表すモノだ。

 分かりやすい例としては基本的な魔法、『フレイム』がある。『フレイム』の式は、燃えろと強く願うことを示している。つまり魔力に『燃えろ』と言う願いをぶつけると、式が作動して炎を出すことができるのだ。

 一般的にと言ったのは例外があるから。

 ジョーカーと言う怪奇の悪魔は、カードにそれぞれ別の式を刻んでいた。その四枚に魔力を流すことで魔法を操ることができていた。4枚が繋がると、コンピューターのプログラムのように不要な情報は削り合い必要な情報だけが取り出される。

 ジョーカーの魔法な例外にあるのは、感情を必要としないから。魔法に感情を込める動作を、ジョーカーは式の構造で補ったのだ。


 魔力とは自分の持っている不思議なパワーの事だ。魔法使いになれば誰でも体内で作れるようになる。

 そして何回も言うが魔法の式とは魔法を使うための意思を表すモノだ。

 だから魔法で気力を必要とされるのは、式の部分で精神が疲れるからである。


 そして本題に戻る。

 ハルキィアはどうやって魔法を使っているのか?


 声に魔力を乗せるのは理解できる。ならハルキィアの式はどうなっているのか。

 おそらく声に強い意思、式を組み込んでいるのだろう。

 オークと戦ったときにハルキィアの歌は自分をサポートしてくれた。心を落ち着かせる力を持った歌は、魔法に必要な精神をリラックスさせると言う魔法なのだ。

 おそらくハルキィアはあの歌を『仲間の援護をしたい』とか強く願いながら歌っていたはず。


 だが実質それは不可能だ。

 普通人間が自由に動かしやすいのは手だ。だから魔法を使用するときは、手に魔力をためて式をいれる。

 声や歌に魔力を込めるのは、ハルキィア以外には誰もいない。

 才能か喉が特別なのか、2つの可能性が考えられるが、分かることは1つ。


 ハルキィアの力は狙う価値がある。


 森の中のサポートや聞いた人を元気にする歌。もしあの力を戦いなどに使用すれば、ハルキィアは戦力になる。


 魔法に関して最初から考えた始めたアルト。そこでようやく、結論に至る事ができた。


 ハルキィアは狙われているのかもしれない。


 それならオークの量にも理解がいく。

 可能性と言うのはゼロじゃない。

 ローグのその言葉で分かった。


 オークを呼び寄せた犯人はおそらくこの街のどこかにいる。そしてハルキィアの周りで目を光らせている。



バッ


 アルトは素早く立ち上がった。


「お、おい!?どうした急に!?」

「急用思い出した。すぐに帰らないと」


 ローグにそう告げるとアルトは走り出した。


「おい!!待てよ!!」


 ローグも立ち上がって後ろから叫ぶので足を止めた。


「……お前、名前は?」

「……エルトだ」


 何のためらいもなく偽名を告げると、アルトは宿へ急いで戻り始めた。

 ローグは悪いやつには見えないが、偽名を使っておくに越したことはない。





20:30 宿


「ハルキィア!!」


 勢いよく部屋のドアを開けて同室者の名前を叫ぶ。

 しかし返事などなく、部屋は灯りもつけず暗いままで誰もいなかった。


「っ…?ハルキィア…?」


 部屋の状況にアルトは言葉をつまらせた。

 まるで誰も使っていない部屋のような静けさだった。扉は開いていたのだからハルキィアはいるはずだ。


「……まさか!?」


 最悪の想像をしてしまった。ハルキィアはすでに襲われてしまったと言う考えたくもない事を考えてしまった。


 しかし……


「……っ!?ハルキィア!!」


 歌姫はそこにいた。ベッドとベッドの間に倒れて、苦しそうに呼吸をしていた。


「ハルキィア……、ハルキィア!!!?」

「……?あ、……アルト君…。ゲホッ!!ゲホッ!!」


 とろんとした目でアルトの顔を見つめると、ハルキィアはその名を呼んで、辛そうに咳をした。

 その声は喉に古い油でも塗ったような酷い声だった。


「大丈夫か!?一体どうし…」

「………………ハァ…ハァ…」


 アルトが誰にやられたと聞く前に、ハルキィアの目は閉じていて、ただ苦しそうな呼吸をするだけだった。


「…顔が赤い…、もしかして!?」


 ハルキィアの額に手を置く。


「熱い…」


 湯タンポでも頭に乗せていたのでなはないかと思えるくらい、ハルキィアのおでこは熱かった。見れば顔も赤く火照っている。

 まさかとは思うがこれは…


「風邪…!?」







2日目 22:00


「ごめんね…アルト君…ゲホッ…」

「気にしなくていいよ。とりあえず今は自分の心配だよ」


 ベッドで横になるハルキィアの隣で、椅子に座ってベッタリと彼女の様子を見るアルト。


 測ってみた結果、39.5℃。恐ろしいくらいに高い熱だ。声が呻き声のようにしか発せなく、苦しそうな咳をしていることから、ハルキィアの疲れが溜まりきっているときに、ただの風邪をひいてしまったためこうなったのではないだろうか?

 医者じゃないのでこう言うことは分からないが、この時間だと医者も呼べないので自分で判断して、やれるだけの事をやるしかない。


「水とか欲しかったらいつでも言って構わないから、僕に気を使わないで…」

「でも…」

「ごめんよ。もしかすると僕のせいで風邪引いたのかもしれないし…」


 少し申し訳なくアルトは頭を下げた。

 もしかすると。もしかしたらハルキィアがこんなに苦しむ理由は自分にあるかもしれない。

 おそらくハルキィアの具合が悪いのは昨日からだ。自分の心配をして極寒のバスルームに入ったときに、ハルキィアはくしゃみをしていた。その時から体調が少しずつ悪くなって、更に今日は朝から晩まで歌いっぱなしだったので喉が乾燥してしまい、ウィルスが暴れたい放題になったと考えられる。

 夕食前に1度帰ってきたときからハルキィアは立ってることすら楽ではなかったはずだ。あの時からハルキィアの様子が変になっていた。


「いえ…私の体調管理のミスです…」


 無理して微笑むハルキィア。逆にその辛そうな笑顔がアルトの心に深く鋭く刺さった。


「熱なら汗かいて寝ればすぐに下がります…。明日動けたら病院に行きますから…。ゲホッゲホッ!」

「そ…う…」


 と言っても今にも血を吐きそうなくらい激しく咳をするハルキィアを見ると、安心なんてできない。


「マスクとか…無いんですか?」

「買いに行けばある……。でも、もうどこの店も閉まっている。それに、マスクは予防にしか効果が無いから、着けても治らないよ」

「そうじゃ…ないです…」


 ふらふらとした動きでゆっくりとハルキィアが上半身を起き上がらせた。

 誰がどう見ても無理をしているのはわかる。


「アルト君に……移すといけないから…、ゲホッ!!」

「……っ…!」


 なんと言うことだろうか。この少女は起き上がって喋ることすら辛いはず。なのに高温の熱と喉の痛みに襲われながらも、他人の心配をするなんて…。

 どれほど人間想いなのだろうか。原因は自分である可能性も否定できないのに。

 申し訳無さが一層に濃くなってしまう。


「僕の事なら心配はいらない。むしろ女の子から風邪を移して貰えるのは、男子にとってご褒美みたいな物だから」

「……え…っ…!?」

「……嘘だ。個人差がある」


 少しでも心配を減らそうと、アルトはジョーク混じりにハルキィアを横にさせた。


「休んだ方がいい。とりあえず寝なきゃ」


 横になったハルキィアに毛布をかけながら、優しく囁く。


「……フフ…」

「……何かおかしかった?」


 風邪に苦しむ歌姫は微かに笑顔を見せた。辛そうなのに笑う姿はまるで、砂漠に咲くチューリップのようだった。


「……ありがとう♪」


 赤く染まった顔で、残りの元気を振り絞った優しい笑顔。

 ほんの少しだけ、その可憐さにアルトの心をドキッとさせた。


「ねぇ…アルト君…?お願いがあるんだけど……」

「……なんだい?」

「寝るまで…手……。握ってていいですか…?」

「……あぁ。構わない…」


 優しく微笑み返すと、アルトはその手をそっと歌姫の手に預けた。








0:00


 民家の家から全ての灯りが消え、真っ暗闇に飲まれる町。唯一の光源となる月も、今日は雲に隠れてしまいその顔を出さない。

 代わりに部屋を照らすのは蝋燭のオレンジ色の怪しげな炎。月明かりや太陽光と違い、ゆらゆらと揺れる灯火は闇を強調する。


 そしてその闇の中にいるのは二人の男女。

 男は老人だ。頭のてっぺんの周りには毛がなく、口の周りが白い髭で覆われている。

 女の方は大人なのか、妖艶の妖が滲み出ているような怪しい笑みを浮かべたエルフだった。


 老人は窓の外の風景を眺めるように立ち、女エルフはその横の壁で背中を預けて立っていた。


 普通なら何か怪しい取り引きでもしているような状況だが、何故か殺伐とした空気が漂っていた。

 その理由は大きな鎌。エルフの横の壁に立て掛けてあり、蝋燭の炎の光を反射して、血のような色とまではいかないが、一瞬ドキッとするような殺気を放っていた。


「この街は小さい…」


 静寂の空気を割くように老人が口を開いた。


「この街は豊かだ。ワシのとった政策が功を奏して、食べ物にも困らぬ。人々はワシを称える」


 女はそれを黙って聞いていた。


「しかしじゃ!!足りぬ!!足りなすぎる!!こんな小さな街で支持を集めても、何の特にも成りゃせぬ!!」


 シューラは小さい街ではない。しかし老人には窮屈に見えた。例えどれほど偉大なことをして、英雄のような存在になろうとも、所詮は箱の中のような世界での名誉。箱の外に出ればそんなものは誰にも知られていない。


「ワシはもっと偉大な存在になれる!!このままでは世界は宝の持ち腐れをしてしまう!!ワシには力が必要じゃ!!もっと広い世界を支配するための!!」

「そのために私が手を貸すのでしょうガイル?」


 そして女がようやく口を開き、町長の名を呼んだ。


「これが例の()よ」


 そう言って女はガイルにビー玉サイズの青い宝石を手渡した。

 その宝石は炎の光を青にして反射する。よく見ると透き通ってはおらず、除き混めば中心で闇が渦巻いているのが分かった。


「こいつが…ワシの力…!!」

「使い方は自由。だけど、あなたの予定しているプラン通りに使った方が一番効果がありそうね…」


 宝石をガイルの手の平の上で妖しく光る。


「これでワシの願いが叶う…!!ワシは…支配者になれる!!」


 そしてその光に意識を操られるかのように、ガイルは笑い始めた。


「報酬は後払いでいいわ。その方が期待できそうですもの」

「ワシが帝王になった暁には、何でも叶えて見せよう。確か…シルフィア(・ ・ ・ ・ ・)と言ったな?」


 ガイルは鎌を手に持って部屋を出ていこうとするシルフィアを呼んだ。


「私はただ、あなたが全てを支配したときにその近くにいれるだけで、満足なのよ…。報酬はおまけのようなもの」


 そう言い残して、シルフィアは部屋を出ていった。

 後に残ったガイルはただ、ずっと笑うだけだった。






3日目 8:00


「………。……、……?」


 明るい部屋の中でハルキィアは目を覚ました。明るい理由はカーテンが開いているからだ。窓の外で鳥がチュンチュンと鳴き、風の音が聞こえてくる。


 体調は決して良いわけではない。むしろ最悪だ。昨日の熱と喉の痛みがより増して、今度は頭痛までする。

 辛い。ただの風邪の苦しみだけでなく、歌えないことも自分には絶望的な辛さだった。



「……?」


 そこでハルキィアは気づく。あの少年はどこにいったのだろうか?部屋の中に誰かがいる気配はしない。とりあえず呼んでみよう。


「……ぁ…、ぁ…、っ!?」


 遂に恐ろしい事態に陥った。

 声が出なかった。声を出そうとしても、喉で風が掠れるだけで、名前を呼ぶことすらできなかった。


「………、…」


 仕方がないのでまたベッドに体を倒した。起き上がるだけで酷い頭痛により、力を奪われる。


「……!?」


 再び倒れてみて気がついた。

 枕が冷たい。

 手で触って見てみると、キンキンに冷えた氷枕だった。しかも中に氷がたくさん入っていることから考えると、まだ氷を入れて時間がそんなに経っていないようだ。


「………………!!」


 よく見ると氷枕だけじゃない。横のテーブルの上には水の入った瓶と濡れたタオルが用意されていた。

 どう考えても、アルトが用意してくれたとしか思えない。当の本人がどこにいるか分からないが、分かる。


コンコンコン…


「…………、」


 部屋のドアが叩かれる音がした。すると次に聞こえてくるのは


「ハルキィア?起きているかい?部屋に入るけど、大丈夫?」


 アルトの声がした。

 起きているし大丈夫だけれど、返事ができないのでハルキィアは何も言わず入室を待った。


「ハルキィア…、って起きてたのか」


 入って来たのは黒いシャツを着たアルトと白衣に身を纏ったご老人。その姿は医者とすぐに判断できた。


「お医者さんを連れてきたから、見てもらおう」

「…………、!!」


 しばらくぽけ~としていたが、はっとなってお医者さんを見た。眼鏡をかけた優しそうなお婆さんだった。


「どうも」

「……、……」

「ん?」


 お婆さんが挨拶をするが、ハルキィアは挨拶を返す前に自分の喉を指差して手で×を作った。


「もしかして声が出ない?」


 アルトの回答にハルキィアは大きく頷く。


「これは大変…。早く診てあげましょうか…」


 お婆さんはゆっくりとハルキィアに近づいて、椅子の上に鞄を置くと中から聴診器を取り出した。


「じゃあ服を上に上げて貰ってもいいかい?」

「コク…」

「…………っ!!」


 アルトはその場を急いで離れた。

 ハルキィアは気づいてなかったが、服を捲るときにまだアルトがいた。さすがに診察の時に医者以外の男性がいるのはあれなので、少しだけ見てしまったものの青少年の気持ちを抑えて、アルトは医者に全て任せて部屋を出た。






「はい…。診察は終わりましたよ」


 お婆さんが部屋から出てきた。


「たぶん…風邪でしょう…。ストレスとかが溜まって疲れてるときにかかってしまったので、あぁなったと思います…」


 ストレス。その言葉が胸に引っ掛かった。

 もしかして自分と一緒にいることがハルキィアにとってストレスだったのだろうか?

 そんな不安を持ってしまう。


「声が出ないのは喉の腫れが酷いからです。とりあえず、汗を掻かせてゆっくり寝かせてください。変に薬代わりにポーションとかは飲ませないでくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 頭を下げるとお婆さんは優しく微笑んで、帰っていった。

 去り際に「若いっていいねぇ」とか聞こえた気がしたのは気のせいだろう。


「…………よし」


 アルトは拳を握りしめてドアノブを掴んだ。

 ハルキィアが風邪をひいてしまったのは、自分のせいである可能性が高い。だったら今やるべき事は全力で彼女を看病する事だろう。


 そう思ってドアを開けて部屋に入ると


「ハルキィア!!」

「……っ!?…………、……!?」


 ベッドの上に起き上がっているのはハルキィア。しかし目が行ってしまったのは彼女の裸体。パンツしか穿いていない彼女は手にタオルを持って、いきなり入ってきた入室者から体を隠すようなポーズをとっていた。


「ご、ごめん!!まさか体拭いてる最中なんて思わなくて…。すぐ出ていくから…」

「…、……!!」


 待って、と言うように口パクでアルトを止めた。毛布で体を隠してから、ハルキィアは横に置いてあった紙とペンを持ち、何かを書き始めていく。

 たぶんあれは、お医者さんが会話をするために置いていってくれたのだろう。


「…………なっ!?」


 アルトは目を見開いた。なぜなら彼女が表にした紙には、

『体を拭いてほしい』

とぐにゃぐにゃした字で書いてあったからだ。


「ほ、本気か…?」

「コク…」


 顔を少し赤くしながら、ハルキィアは紙にペンで今度は、

『背中とか手の届かない場所を拭いてほしい。昨日風呂に入っていないし、お風呂は女の子にとって命』

とメッセージを伝えていく。


「……、」


 どうすればいいのだろうか。確かに今ハルキィアの看病に全てを尽くすと誓ったばかりだが、いきなりレベルの高いお願いが…。体を拭くのは構わないのだが、裸の女子をこの手で拭いていくなんて…。煩悩と邪念に勝てるかどうか分からない。





 とか色々考えたが、結果的に拭くことに。


 アルトはハルキィアの後ろに座りながらタオルを手に持つ。


「じゃあ…い…いいかな?」

「……コク……」


 ちゃんと声をかけてから、タオルを白く滑らかなハルキィアの背中に触れさせる。


ちょん…、ビクッ!!


 とタオルが触れるとハルキィアの体が少し仰け反った。


「ご……ごめん!!冷たかった!?」

「……コ、……ク、コク…」


 最初はぎこちなく、二回目は普通に、ハルキィアは2回頭を縦に振った。


「もっとゆっくりやるね…」


 まるで大理石のような滑らかさの歌姫の背中を、アルトはゆっくりゆっくりと優しく微笑んで拭いていく。


「…………、……」


 変だな。ただハルキィアの手伝いをしているだけなのに、変な気分になってしまう。

 背中から目が離れない。ついタオルを持っていない方の手で触りたくなる欲を抑えながら、上から下へ少女の背中を清潔にしていく。


「と……とりあえず終わった…。これで…いいかな?」

「…………っ…」


 アルトが他に何かないか尋ねると、ハルキィアは紙にまた何か書き始めてアルトに渡す。


「ん?何々?『折角なので前もお願いします』。………………は!?」


 一瞬血流が止まったような気がした。この歌姫は先程から、何という極刑を与えてくれるのだろうか。

 十代後半の男の子にそんなことを頼むのは殺人に等しいということをハルキィアは解っていないのか?


「えっと…流石に前は…」

「『手だけ後ろから回せば大丈夫です』」


 拒否権はない。



 こうなったら覚悟を決めて。やるしかない。

 頼むから理性よ、生き続けてくれ……。


「失礼…するよ…」


 腕の横からハルキィア前へ手を伸ばす。ちょうど後ろから抱きつくような姿勢になり、距離が一気に縮まる。


 そして後ろからでは手の動かし方が分からないため、勘で動かすしかなかった。


「…………ここ…かな?」

「…………!!」


 タオルをどこか分からない場所につけると、ハルキィアの体が硬直する。

 

 しかしハルキィアの体が強張った理由が、タオルの冷たさとしか考えておらず、アルトはそのままタオルで拭き始めた。


「……ん…!!」


 呼吸を堪えているのか、歌姫の口からはすごく艶かしい声のようなものが聞こえてきた。

 と言うか声が出ないからそれしか発せられなかったのかもしれない。


「……落ち着け…落ち着け…」


 必死に無心になろうと念仏のように同じ言葉をアルトは繰り返す。しかし人間とはこう言うときに無力になるものだ。精神修行ではすぐに無心になれたのに、何故か今回だけはどれだけ頑張っても邪念と妄想が込み上げてきてしまう。

 と言うのもアルトは気づいてしまったからだ。

 今自分の拭いている場所がハルキィアの体の右寄りで、男子には無い女子の柔であることに。


 確信犯というわけではなく、どうせ全部拭くのだから自分にとってなるべくはしたくない所を優先して、拭くからにはしっかり拭こうと考えたからだ。



「んん…!!ハァ…ハァ……ァッ!?」


 ハルキィアの呼吸が荒くなり、小刻みに震え始める。それもそうだろう。呼吸を止めていたのだから苦しくなるのは当然だ。

 しかしそうだとは分かっていても、妙にやらしい雰囲気になってしまう。


 そしてアルトは右はもう良いと判断したため、タオルを少しずつ左の方へ寄せていく。

 すると、何か窪みのような所にタオルが挟まった。


「………………っ…!?」


 この時点でアルトはハルキィアの胸囲の大体を把握してしまった。

 膨らんだ地点から急に凹んだところに行く。雪山でいうクレバスのような所だ。


 察してしまった。

 アルトは今クライマーだ。

 山も谷も崖も、立ちはだかる大きな障害を登っていく。

 最初に山を登った。女の子の体でいう山は言わなくてもあれしかないだろう。

 ならその次に来たこの谷は?山間に位置するこの深い谷は、胸のある女性にのみできる谷m……


「アァァァァァ!!」


 そう考えたところでアルトはタオルを空中に投げ捨てて、ハルキィアから離れた。

 おそらくもう少し考えてしまっただけで、理性というものが本能に打ち負けてしまっただろう。


「ごめん!!後は自分で!!」


 ライオンに出会った小動物のように、アルトは走って部屋を出ていく。


「………………、!!」


 どうも熱で思考が失われていたらしく、自分があの少年に何を頼んだのか。改めて考え直すととても恥ずかしい事だったと気づき、ハルキィアの熱はギリギリ越えていなかった40℃のラインを越えた。

前書きの通り簡単にまとめておきます


この世界で対立しているのは、王道ファンタジー系で言えば、勇者を中心とする人々と魔王を中心とする者達の事ですね


彼らの戦争はずっと古くから続いているが未だ決着は着いておらず、人間側は冒険者の増加、魔王側は魔族の増加によって、戦力が同じくらいになってしまったので、今は冷戦に近いような状態です




アルト君がハルキィアを心配する理由は、ハルキィアの能力が特殊すぎる、つまりとてもレアなモノなので、誰かにその力目当てで狙われていると思ったからです


ローグにハルキィアが全ての事件の犯人という可能性も考えられると言われて、ハルキィアが狙われているという可能性に気がつきました

次から次へといろんな事が起きて、冷静さを欠いたアルト君は急いで宿に戻ったわけです




ちなみに作中に使用場面が全く出てこないポーション等の道具ですが、ポーションは自然回復力の高まるリポビタンDとでも考えてください




アルト側の話はもう少しで終わらせる予定なので、次回は時間をちょこっと飛ばして(たくさん)、事件発生の話となります

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