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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
冒険中断 ~それぞれのすべきこと~
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隠された黒

2日目 早朝 6:00


「ん、ん~~!」


 カーテンの隙間から光が差し込み、ハルキィアは目を覚ました。背伸びをするとすごく気持ちがよくなる朝だ。


「おはようございます、アルト君。……あれ?」


 目を擦りながら隣のもうひとつのベッドの少年に声をかける。

 しかし返事がなく見てみると、昨日の夕食の帰り購入したカエルの抱き枕を幸せそうに抱きながら、これまた幸せそうな顔で寝ていた。


「ふふ…♪」


 そう言えば平均睡眠時間は最低十時間必要とか言っていたっけとか思い出しながら、ハルキィアは柔らかく微笑んだ。


「さて…と」


 ベッドから降りて、ハルキィアは身だしなみを揃えにバスルームに入る。


 歌姫の朝は忙しい。

 まず目覚ましとやる気を兼ねてシャワーを浴びる。 冷たいシャワーで頭から鼻歌まじりに洗う。

 体を綺麗にしたらタオル一枚のみを巻いて、今度は髪を整える作業。腰まである長い髪を編みながら1本にまとめる作業。何と言ってもこれが一番時間を使う。

 整髪が終わると、装備に着替える。薄い桃色のドレスは、光を浴びると綺麗に輝く。美しい熱帯魚のヒレのようにヒラヒラと、そしてキラキラと光る。特に月や朝陽を浴びるとより輝きが神秘的になる。そのためハルキィアはこの装備がお気に入りなのだ。


『ミューズの衣』


 芸術の神ミューズの想像上の姿が描かれた絵画をデザインの基にして作られた装備だ。ミューズが9人の神と言うことを意識して生産数は9つと、お洒落な服屋かと突っ込んでしまいたくなるが、装備としては綺麗すぎるため買う冒険者は早々いなかったらしい。

 装備屋で初めて見たときに、全財産の8割を出費してまで購入したのだ。

 それでもそれくらい払っただけの事はあり、見た目だけでなく装備としても一級品だった。軽くて動きやすい上に、魔物のブレス攻撃や呪いのダメージを受け付けないと言う強力な機能がついている。

 芸術の神が着ることをイメージして作られたこの装備は、歌姫の衣装としても、自分の服としても気に入っている。




「♪……よしっ!!」


 鏡の前でくるっと一回転して、身だしなみを確認する。大丈夫だ。今日もいつも通り、誰に見せてもいい姿だ。特に横で寝てる黒髪の魔法使い。

 男子と仲良くなるのは人生初めてかもしれない。今まで箱入り娘だったので友達とかは、いても女子数人くらいでしかない。だからこんなにその魔法使いを意識しているのかもしれない。





 父は商人、母は普通の主婦であったため、冒険者の世界は知らなかった。

 そんな少女時代のハルキィアが冒険者の世界に興味を持ち始めたのは10才の時。

 ある日、父に連れられ酒場に連れてこられた時、ハルキィアは冒険者の世界を目の当たりにした。


 テーブルを囲んで酒を飲み交わす屈強そうな男達。楽しそうに話し合う魔法使いや踊り子の女性達。

 大人が見れば騒がしいと思える世界が、ハルキィアにとってはテーマパーク的な何かに見えてしまったのだろう。父に連れられるがまま店の中へ入っていった。

 父は幼いハルキィアを座らせると、カウンターの真面目そうな剣士に話しかけに行った。商品を遠くの町などから運ぶ際に、魔物に襲われないように護衛をしてもらったことがあるらしい。

 大人の空間に一人残されたハルキィアは、椅子でポツリと座っているといきなり後ろから、泡が溢れたビールジョッキを片手に持った武道家の男性に頭をわしゃわしゃされた。


『なんだお嬢ちゃん!!一人で暇なら俺たちと飲もうぜ!!』


 真っ赤に染まった頬と白い顎髭の武道家は、大笑いでハルキィアの首筋を掴むとそのまま自分のパーティーのテーブルに連れていった。

 そこで冒険者を知った。

 突然連れてきた少女を可愛いと叫ぶ女性陣や、料理や冗談でお酒を進めてくる男性陣との空間。何の違和感も怯えもなく、ハルキィアはそこに馴染むことができた。それを見た父も優しく微笑みながら見守っていた。


 そしてハルキィアが歌姫となるきっかけが生まれた。


 冒険者に囲まれながら楽しんでいると、酔った勢いの無茶ぶりで何かしろと言われた。困ったハルキィアはおどおどと辺りを見渡して、丸くなったおしぼりを見つけた。いい人達と分かっていても、時間をかけて苛立たせたりしたら嫌だと思って、ハルキィアは立ち上がっておしぼりをマイク代わりに歌を唄い始めた。

 結してうまいわけではない。歌詞もうろ覚えだし、音程もあっていない。それに選曲も父が鼻歌でよく歌っている商人で流行っている歌だ。

 それでも酒場で楽しく飲んでいる冒険者達は、拍手を送り、指笛を鳴らし、上手いと言ってくれて、場は更に盛り上がった。中には歌の歌詞で故郷を思い出した人は涙を流して泣いている人もいた。


 その日がハルキィアは今でも忘れられない。

 自分の知らない世界の冒険者と言う人達。そして彼らも歌が好きな人間であること。

 そう考えたら自分はもっと歌いたい。歌は人を幸せにする力を持っている。嬉しいことがあったらなお嬉しく、悲しいことがあったら元気をくれる。だから自分は歌をみんなに届ける冒険者になりたい。幼いハルキィアはそう誓った。



 あの日があったから、今こうして歌姫として、冒険者やたくさんの人の心に響かせるような歌を歌っているのだ。



「アルト君。そろそろ起きて」


 いくら時間が経ってもアルトは起きない。

 昨日バスルームで三時間も寝て、よくこれだけ寝れるものだとハルキィアは皮肉に思った。


「アルト君!!もう七時ですよ!?」


 こうなったら勝負だ。

 ハルキィアは声をかけながらアルトを揺らし続ける。そうすればいずれかは起きるだろう。



数分後…


ガバッ!!


 アルトが目を閉じながら急に起き上がった。


「ふぅ…。やっと起きま…」

「『ダイヤモンドウォール』が好きなやつは人間で言う巨乳好きだ」

「えっ…!?」


 いきなり意味不明な事を口に出す、目を閉じている少年。


「まぁ僕が好きなのはどちらかと言うと『クリスタルウォール』だけど…」


 と、最後に自分の好みを言い放つと、起き上がった軌道を戻るようにそのままベッドに沈み混んだ。そしてまた静な寝息が。


「………………?」


 ハルキィアは何も言うことができなかった。と言うかなんて反応をすればいいのかわからなかった。


「寝言…、なんですか?」


 そうとしか考えられない。アルトは目を閉じてたし、あんな意味不明な事を言う人ではない。

 しかし


「…………。アルト君は…貧乳好き…なのかな?」


 自分の胸を両手で触ってそんなことを呟き始めた。

 アルトの言ったことだと、『ダイヤモンドウォール』が好きなやつは巨乳好き。ならば、『ダイヤモンドウォール』より強度が低い『クリスタルウォール』が好きなアルトは貧乳好き(?)と言うことになるのでは?


「……っで、でも、どちらかとって言ってましたよね?」


 自分は胸が大きい方だ。サイズは確か……、Fだった気がする…。


「って!!そんなこと考えてる暇ありませんよ!!」


 なんだか恥ずかしくなってきたので、ハルキィアは頭を振って考えるのを止めた。


「アルト君起きてくださいよ!!」


 しかしまた反応がなくなった。


「も~…。………………っ、」


 そこでハルキィアは思い付いてしまった。

 これだけやっても起きないならば、今なんでもできるチャンスなのでは?

 男子にも興味はあるわけだ。しかもちょうど年が同じくらいだし。

 魔が差すとかの問題ではなく、もう好奇心だけで動いていた。


「…………、………………♪」


 まずは試しにほっぺをつついてみた。

 男子のほっぺは硬いと言うイメージがあったが、アルトのほっぺは餅のようだった。


「……………………ぉーーー…」


 次は胸に耳を当ててみた。武器が音となると、ハルキィアは音感も良い。人の鼓動なんて聞いても何もないが、ハルキィアは好きだった。


「ドックン ドックンしてます………」


 そして最後は顔だ。

 改めて見ると、アルトは中々かっこよかった。ダメ人間でさえ無ければ、今ごろ彼氏彼女なんかできているんだろうな。


「……………………」

「スー…スー…」


 唇が目に止まった。柔らかそうで少し湿ったそれは、何故かハルキィアの目に留まった。


「…………っ!!わ、私は何考えてるんだろ…」


 我に返ると頭を振った。

 もしかして今かなり良からぬ事を思っていた気がする。


「アルト君も起きないし……」


 ハルキィアは困り果てた。一人で先に朝食を食べるわけにはいかないし、かといってアルトも起きない。


「……、そうだ」


 何か思い付いたように立ち上がり、カーテンを開けて窓を開ける。


「ん~」


 朝の気持ちのよい陽射しがハルキィアに当たる。

 そしてハルキィアは目を閉じて、胸に手を当て、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 そして


「ラーラーラー♪」


 喉の奥から出る綺麗な歌声で部屋の中、いや町全体に響き渡らせるようにハルキィアは歌い始めた。



 発声練習を兼ねて、歌でアルトを起こそうと言う魂胆だ。


 歌うときだけ、ハルキィアの感覚は研ぎ澄まされる。町中の生命の鼓動が感じられるのだ。


 朝露が輝く花々や空へと一斉に飛んでいく鳩たち。どこかで鶏が朝を告げるように鳴く声。全てが伝わってくる。

 ならばそれら全てにこの歌を届けよう。命の光を、歌で輝かせて見せる。


 そんな気持ちで歌っていた。



「……おはよう」

「ラー…、キャアッ!?」

「ちょっ!?」


 いきなり後ろからかけられたアルトの声に、ハルキィアは歌を止めて驚く。その驚きの拍子で窓から落ちてしまいそうになり、眠そうだったアルトの目が開いてハルキィアの手を掴んで引っ張る。


「あ…危なかった……」

「驚かさないでくださいよアルト君!!落ちるかと思いました…」


 胸をほっと撫で下ろして、ハルキィアは安堵の息を吐く。


「ごめんごめん…。歌で目覚めたら歌姫がいたから…。つい真後ろで聞きたくなったんだ…」


 さっき一度開いた目はまた細くなっていた。そんな線の目を擦りながら、アルトはベッドに座る。


「最高の目覚ましだった……」

「褒めていただいてありがとうございます♪」


 少々照れつつも、ハルキィアは微笑みながらアルトの向かいに座った。


「歌っていいですよね。気持ちが良くて…」

「寝起きの太陽よりは数百倍好きだね」

「もう…。アルト君は睡眠関係しか頭にないんですから…」

「と言われても寝るのはクエストより大事だからね」

「…………だからダメ人間ってレッテル貼られちゃうんですよ」 

「ところで朝御飯にしよう」


 寝起きで頭が働かないせいか、言葉が少しおかしくなる。

 アルトの目が完全に覚めるにはそこから一時間はかかった。







2日目 18:00



「ふぅ~……」


 溜まっていた疲れが一気に爆発して、ハルキィアはベッドにダイブした。


「すごい時間練習したけど…、やっぱり1日一時間くらいがいいかもしれない…ケホッ…」


 あっと言う間に1日の半分が過ぎていき、真っ赤な空が窓から見える。

 今日は昼食をとってから今の今まで、ずっと歌の練習をしていた。大がかりな準備をしてもらっているので、手を抜いてはいけないと思って宿の部屋で、肺活量を鍛えたり発声練習をしていた。


「それにしてもこの部屋すごいな~……、ケホッ」


 部屋の中をぐるりと見渡す。しかしハルキィアが言っているのは普通の部屋ではなく、彼女が入っている透明な壁で作られた部屋だった。


 実は、たくさん人のいる宿の部屋で歌ったりなんかしたら迷惑になるかもしれないと思ったアルトの配慮で、部屋の中に『クリスタルウォール』で作った防音の部屋を作ってもらった。

 この中で発した音はみな、壁に反射して響き続ける。外には結して漏れず、マイクでも使ったような音を出せてしまうのだ。

 レベル100で防御魔法をマスターした人にとっては、魔法の壁にオプションを付け加えることなど朝飯前で、本人が言うに


『この壁は空気しか通さないようにしてあるから何時間使っても息には困らない。空気を通すなら音も通すんじゃないかと思うけど、空気が壁を抜ける際に壁が振動のフィルターみたいな役割を果たして音を吸収するから大丈夫だよ』


 と、ハルキィアには理解しづらかったので、そのまんま魔法の力と言うことにした。

 そこの部屋には1つだけ動かせる部分があり、ハルキィアが出入りするためのドアがあった。


「すごいなぁ~。こんなことまでできるなんて、建築家みたい」


 感嘆しつつ、壁を手で叩いてみる。コンコンとコンクリートの壁を叩いたような音がする。


「さて…と。もう夕方だし、夕食の準備しないと、……ゴホッ」


 今晩はここで何か作って食べるつもりだ。アルトには外に出てもらって、いつ帰ってくるか分からないのでハルキィアは一人で準備を始めていた。


「それじゃあ簡単にハンバーグでも作ろうかな♪……ケホッケホッ!!」


 とコンロのところに立った時だった。急にハルキィアは乾いた咳を激しくし始めた。


「あれ…?おかしいな…、歌いすぎ…?」


 あまり深く気にせず、ハルキィアは1度水を飲む。


「……うん!!大丈夫!!」


 水を飲んだら咳き込まなくなったので、喉が乾いていたと言うことにした。


「よし!!それじゃあアルト君が帰ってくるまでに作ろう!!」


 元気一杯のハルキィアは包丁を片手に飛び上がった。

 しかし歌姫はまだ知らなかった。咳の理由が何なのかを。









「ふぅ…。歩き回っただけでもかなり疲れるもんだね…」


 誰一人いない通りをアルトは歩いていた。

 この街の人々は自炊する方がリーズナブルと言う意識が高いため、みんな自炊なのだろう。今の時間と煙突から出てくる煙を見れば、どこも夕飯作り中か。


「それにしても、そこそこ使えそうな情報は手に入ったね」


 ポケットからメモ帳を取りだし、開いて内容を確認した。


 中に書いてあるのは街に来る物資の定置場所と物資が搬入されてくる周期だ。

 街の端の方、入ってきた木の門の入り口のすぐ近くに、運ばれてきた物資を置いておく場所がある。

 物資が届く頻度は毎晩8時頃らしい。大きな木箱が毎日10箱ずつ、護衛の冒険者をつけた牛車で運ばれてくるようだ。


 しかし聞いた話ではその中身は誰も知らない。多分食糧が入っているんじゃないかと、聞いた武器屋の人は言っていたが、どうなのか分からない。


「実際に確かめてみるか…」


 毎晩8時頃ならそのとき物資の定置場所にいれば何か分かるだろう。


「まぁとりあえず一回帰るかな…。ハルキィアの練習も終わった頃だと思うし」


 自分達の泊まっている宿を見ながらアルトは歩き続ける。





「ただいま……」


 ゆっくりと部屋のドアを開ける。


「あ…!!お帰りなさいアルト君♪」


 …………あれ?デジャヴだろうか?

 帰ってくるとエプロン姿の女の子が迎えてくれるシチュエーションがどこかであったような…?


 アルトがドアを開けたら、目の前にいたのは白いエプロンに包まれたハルキィアだった。

 『音魂』と書道で書いたような字が胸のところにある白いTシャツを着ていて、茶色のショートパンツを穿いている。

 ハルキィアの私服だとは思うが、なんか…。似合っているのは確かなのだが、豊かに実っている胸がエプロンの上からでもくっきりと、その威力を象徴してしまっている。

 何を言いたいのか分からないが、簡単に言うと裸エプロンには劣るがエロティックって事だ。普通の男子なら眼福だとは思うが、防御魔法が大好きな健全少年のアルトは目のやり場に困ってしまう。(奥手)


「えっと…」

「どうですか?アルト君の為に用意した…、訳ではないんですけど………可愛い…ですか?」


 くるりと回って自分の姿を後ろまで見せると、もじもじしながらハルキィアが感想を求めてきた。答える以前に気持ちが落ち着かないのはその手に包丁が握られているからだろうか。


「お帰りなさいアルト君……。お風呂にします?ご飯にします?それとも……魔法にかかってみますか…♡」


 新妻。

 アルトの頭にふっとそんな単語が浮かび上がって、沈んでいった。

 魔法にかかるとは何なのだろうか?よくある台詞ならそこで『わ・た・し♡』とか言うってイメージがあるけども。


「ま、魔法って……?」

「魔法は魔法ですよ。時間を忘れて二人で…」

「ワー!!ワー!!」


 何故だかこれ以上言わせてはいけないと思い、アルトは大声で叫んだ。


「フフ…。ジョークですよ♪ちょっとアルト君を困らせてみようと思っただけです」


 イタズラな笑顔でハルキィアは微笑んだ。


「そ…そうだったのか…」


 落ち着きながらアルトは息を吐いた。


「夕御飯作って待ってたんですよ。もうできますから待っててください♪」

「う…うん…」


 ハルキィアに指差された通りに従い、椅子に座って待つことにしたアルト。

 その間ずっと、ハルキィアの先程の発言が今までのキャラと違うような気がしてならなかった。


「はい、アルト君♡」

「あ、ありがとう…」


 夕飯の皿を運んできたハルキィアはそれをアルトの目の前に置いた。


 皿の上には焦げ目の綺麗なハンバーグが乗っかっている。周りには付け合わせのキャベツが盛られていて、他にあるのは何枚にもスライスしたフランスパンとこれはコーンポタージュだろうか?

 このラインナップを見ると本当に夫の帰りを待つ妻が作る料理に見えてくる。


「食べましょう♪」

「そう……だね」


 エプロンを外してアルトの向かいに座ると、ハルキィアはなんだか楽しそうに食べ始めた。


「…………」


 ハルキィアの様子がおかしいことを気にしつつも、アルトは恐る恐るスプーンを手に取り、コーンポタージュを掬う。そしてそれをゆっくりと口に運ぶ。


「ゴク…」


 これは…、すごくおいし……、!!


「っ~~~~~~~~~~~~~!!!?」


 しょ、しょっぱぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?



 想像もしないくらいしょっぱいコーンポタージュに、アルトは声のない悲鳴を発した。


 ま……、待ってくれよ…。こんなにしょっぱい物は初めて食べた…。塩一掴みを口に含んだなんてもんじゃねぇ!?たった一口なのに醤油瓶を丸々飲んだみたいだ!!何これ魔法!?どうやったら塩分をここまで濃縮させられるんだ!?


 しかしそんな叫びを心のなかで上げているアルトに対し、ハルキィアは何食わぬ顔でコーンポタージュを飲んでいた。


「ぁ~……」


 すぐにアルトは口直しにハンバーグ食べた。


「パク……」



 ……………………………………………………。


ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!?


 舌が…、今舌が切られた気がした。


 ハンバーグが舌に乗った瞬間、舌がスッパリ切られたような感覚が襲ってきた。

 と言うのも本当に刃物が入っていたわけではなく、


「しょっぱくてとてつもなく苦い…。そしてこの今まで知らない味が…舌の神経を麻痺させているのか…」


 口を強く押さえながらぶつぶつと一人言を言う。

 つまり何が言いたいのかと言うと、魔物を殺せるんじゃないかと思うくらい不味いのだ。


「いや…これはおかしいよ…」


 確かハルキィアの料理は普通に美味しかったはずだ。昨日の朝食を食べた時はこんなんじゃ無かった。少なくとも舌を切断されるような味では無いし、ハルキィアは普通にこれらを食べている。


 となるとこれはあれか?たまたま調味料とか塩の分量がこっちに偏っているだけなのか?

 いや、コーンポタージュもしょっぱいならハルキィアのあれも飲めないくらいしょっぱいはず。それを彼女は普通に飲んでいるのなら、自分の味覚がおかしいのか?


「どうしたんですかアルト君?」

「え…?いや、ちょっと…。これ、味濃すぎないかな?」


 折角ハルキィアが頑張って作ってくれたのだから、できれば直球的に美味しくないとは言いたくない。自分の意思を曲げて感想を誤魔化すのは、こっちも悪いしハルキィアにも失礼だ。食べたからには思ったことを正直に言うべきだと思う。それにまだ自分の舌があれなのかもしれない可能性も有り得るし。


「そうですか?私はこのくらいだと思いますけど…?」


 ですよね。普通に食べてるのだからハルキィアにとってはちょうどいいんだよね。


「そ、そう……。ごめんね、疲れてるのかも知れなくて…」

「いえ、大丈夫です♪ところで味はどうですか?」


 その言葉でアルトの気になっている点が料理から他の事に変わった。


 あれ?僕今、味について言ったよね。


 ハルキィアは天然ではない。なら、同じ質問を重複させるなんて行為をしないはずだ。


「えっと…。ちょっと味が…濃いかな?なんて…」

「そうですか?私はこのくらいがいいと思いますけど」


 やっぱりだ。やり取りが時間を巻き戻したようになっている。ハルキィアが少し前の会話の内容を忘れている。


 これはもしかすると何かあったのではないだろうか?


「ハルキィア…。どこか変なところはない?」

「変なところですか…?いえ、特にありませんけど」


 やっぱり考えすぎだったのか?もしかすると、ハルキィアも疲れてるから味が濃いだけなのかもしれない。


「そう……」


 と言うことは自分がハルキィアより疲れていないことになる。

 修行しなければならないのに、ハルキィアより疲れていないのはどう言うことなのだろうか?

 とりあえず、夕飯は完食するとしよう。


 そこからは無言になって、アルトは黙々と夕飯を口に運ぶ。味を考えないようにすれば、食べることはできる。それでも、舌への負担があることは否めないが。





2日目 19:30


 なんとか恐ろしい料理を完食したアルトは、辛うじて生きていた。しかし塩にやられたため、舌がヒリヒリする。そのため口に氷を含んで、少し舌の感覚を鈍らせていた。


 そして今は本を読んでいる。簡単な魔法に関しての本だ。闇をうまく使いこなすならやはり基本からと思い、闇の世界ではこんな本の内容は通用しないことを承知して、読んでいた。


 部屋の時計を確認する。

19:30。


 物資が来るのは20:00だ。それなら、そろそろここを出て向かった方がよいかもしれない。


「ハルキィア」

「はい?」


 アルトは立ち上がって、ベッドの上にうつぶせで寝ながら同じような魔法に関しての本を読んでいる歌姫を呼んだ。


「気になることがあるから、これから一人で調べてくる。帰ってくるのは9時前号になるかもしれないから、窓だけ開けて先に寝てて」

「はい。分かりました」


 アルトはベッドから降りると、ハンガーに掛かっている黒いローブを着た。


 そう言えばこのローブも、長く使ってるからボロボロになっている。

 しかも翼を出したときに、背中に綺麗に穴が空いちゃってしまったのだ。

 みんなのところた戻ったらシーナに直してもらわなければ。



「行ってきます」

「いってらっしゃいです♪ケホッ」

「……」


 ドアを開けて出て行く前に、アルトは振り替えってハルキィアの顔を見た。そして無言のまま数秒見つめると、何もなくそのまま出ていった。



バタン




 ドアが閉まって部屋の中にはハルキィアが残される。


「ケホッ…コホッ…。アル……ト…君……」


 一人になった瞬間だった。咳が酷くなってきて、ハルキィアの視界がグニャリと歪んだ。


「ダ……メ……」


 そしておもちゃの電池が切れたように、ハルキィアは重力に逆らう力無く、ふらりふらりと揺れながらベッドに倒れた。








2日目 19:55

町外れのコンテナ置き場



「どうやらここが例の場所か…」


 黒いローブと髪で夜の闇に紛れながら、アルトはコンテナの影に座っていた。

 見渡す限りコンテナが広がっている。運ばれてくるのは木箱のはずなのだが、おそらくここで中身をコンテナに詰めているのだろう。何故そうしているのかは分からないが、今は中身が気になる。

 どうもこの街は臭う。と言っても住人達は何も関係無い。街のその裏が問題なのだ。

 あの狸町長が何か企んでいるとか、木箱の中身が怪しいとか、それらが街の平和と対になっていると、根拠は勘でしかないがアルトは考えていた。

 

「まだ物資は来ないみたいだし、コンテナの中身を確かめておくか」


 後ろのコンテナに手を当てる。叩いてみると中の空気が振動する音が聞こえた。金属の音がすると言うことは、中身はそんなに入っていないか空っぽなのだろう。


「中を見たいな…」


 音だけじゃ分からないので、目で中身を確認しようとするアルト。しかしどこを見渡しても、コンテナの中に入れるような入り口がない。もしかすると上の方の面に中身を取り出せる穴があるのかと思ったが、コンテナに登るはしごのようなものもない。


「妙だな…。どう考えてもおかしい」


 爪を噛み考える。

 よく考えればほとんどが変だ。

 第一に何故物資をコンテナに入れる必要があるのか?最初から木箱に入っているならそのまま置いておけばよいのではないだろうか。

 食品だから清潔かつ厳重に保管するため?と言っても、こんな取り出し辛そうなコンテナに入れていても開ける度に手間がかかるだろうし、この量だ。シューラは小さな街ではないが人の多い街でもない。これ全部が食料だとしても、食べる前に痛んでしまうのでは?


「…………、っ!?」


 と、そこで1度考え事を止めた。

 急に向こうの方で何か光った。おそらくは灯りだろう。物資を運ぶ牛車が着いたのだろう。その証拠にガラガラガラと木の車輪が回る音が向こうからその向こうまで聞こえてくる。


 気になったのでコンテナの隙間から覗いてみた。

 案の定、10箱程の物資を乗せて遠くまで連なった牛車だった。どうやら丁度今止まって、物資を入れるところのようだ。


「……?あれは?」


 アルトが見ていると、車に乗っていた魔法使いらしき男らが3人ほど出てきて杖を振るった。

 一人が振るうとコンテナが開いて、他の二人が同時に振るうと木箱が浮き上がってコンテナへと入っていく。


 


 そして全ての木箱を収納し終えると、男たちを乗せて牛車は向こうへ消えていった。


「なるほど…。魔法で持ち上げてるわけか」


 コンテナの開け方は分かった。これで中身を確認できる。

 早速アルトは『クリスタルウォール』で登るための足場を作ろうとする。



「そこで何やってんだ!!」

「っ!?」


 『クリスタルウォール』を作ろうとしたところで、突然背後から声が聞こえた。アルトにとっては不意を突かれた声の正体は、シルエットでしか見えないが腕組をして立っている男のようだ。後ろのコンテナの上で仁王立ちしている。

 アルトは咄嗟に見つかったと判断して、すぐに退路を考えた。


「ラァァァァァァァァァァァ!!」


 すると何者なのかを考察させる暇もなく、男は何か長い棒のような物を手に持って、アルトに向かって飛び降りた。

 暗闇の中でも男が何を持っているのかは察しがついた。おそらくは槍。先端が鋭く尖っているのが分かる。男の身長はアルトと同じくらいだが、それより長い槍を軽々と振り回す。


「ちっ……!!」


 舌打ちしつつも男の真上からの一撃を後ろに退いて避ける。


「ハァッ!!ハァッ!!ハァァァァァァァッ!!」


 最初の攻撃を避けられても、男は槍を横に2回振って、最後に思いっきり振り下ろす。

 しかし暗くとも槍の軌道はアルトには見えていたため、横に振った2回は宙を斬るだけで、最後の振り下ろしも槍をただ地面に叩きつけるだけだった。


「……っ!!」


 それを当然見逃さず、アルトは槍を透明な壁と言うより板で空間に固定した。


「ハッ!!」


 そして槍が使えなくなった男の腹部目がけて、思いっきり足を振るった。


 しかし


「くっ!?」

「何……?」


 男が槍でアルトの蹴りを受けたのだ。槍を止めていた『クリスタルウォール』は砕け散っていた。

 何故だ?固定された物を外す方法は壁を壊すことだ。壁を壊すには力尽くか、術者を倒すこと。しかし力尽くで壊す力など有りそうに見えない。『サンダーインパクト』すら受け止めるアルトの『クリスタルウォール』だが、それがいとも容易く破られた。


「……、」


 蹴りを受け止められると、1度距離をとった。男もアルトの蹴りの威力からただ者ではないと察したようで、先程みたいに突っ込んでは来なかった。


「お前何者だ?」


 男が槍を構えながら、アルトに問う。


「名乗る程の者じゃない。ただ好奇心でここに来ちまった魔法使いさ」

「何だと?」


 アルトの返事を聞いた男は槍を背中に背負った。


「どうした?なんで槍を収めた?」


 戦う気がないと言っているような男にアルトは首をかしげた。


「戦う必要が無いからさ。なんだ…お前部外者かよ…」


 男は残念そうな手首をブラブラしながらその場で胡座をかいた。


「まぁ座れよ…。俺とあんたは仲間みたいなもんだ」

「……?」


 男の言っていることは理解できないが、どうやら本当に敵意がないことは確かだった。現に武器を閉まって欠伸を目の前でしているのだから。


 アルトも男に指差されるがままに座った。



「急に攻撃して悪かったよ。てっきり奴等が本性を出したと思ったんでね」

「待て、その前にお前が誰なのかを言え」

「おっとそうだな。先に素性を教えとかねぇとな」


 男がうっかりしていたところで、ようやくアルトの目が男の姿をハッキリ捉えられた。ボサボサに跳ねたくせ毛が特徴的で、年齢も同じくらいの男だった。目の下に泣き黒子があるのも確認できた。


「俺の名はローグだ。バルトランデ王の勅命によって、エフュリシリカ王国から派遣された、まぁ工作員みたいなものだ」


 ローグの並べていく人名と国の名前から、シューラの闇がどれ程深いのか、知ることになった。

最後辺りでよくわからない言葉がいくつか出てきましたが、次回でちゃんと説明します。


それにしてもハルキィアのエプロン姿は想像しただけで生きていけますね。私の文章力ではどういう人なのかわからない(外見的にも人間的にも)かもしれませんが、キャラ的に行けば幼馴染み的なキャラですね。

え?幼い頃からの知り合いじゃないじゃん、と思うかも知れませんが、どんな感じの人かという事でそんな感じになりました。

朝、窓を飛び越えて隣の家から起こしに来る。家に帰れば代わりに夕飯を作って待っていてくれるみたいな。そういう風な明るい娘です

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