インフィニティ……スリーパー…?(笑)
一言言うと、目醒めてはいけない力(違う意味の)が覚醒します
「グアッ…チクショウガ…」
真っ黒な空間の細道をデスタはボロボロの体を引きずりながら歩いていた。思ったよりもダメージが大きい。その上回復速度もかなり低下している。
よくここまで倒れなかったものだ…。意識が二重の意味で朦朧とする。
頭が揺れてるかのように、ロウソクの光のようにハッキリしない。
胸の中の震えが止まらない。電気でも浴びたように痙攣しているのか、バクバクと音が止まらない。それだけでなく、感情すらもぐちゃぐちゃだ。
「……仲間……ってなんだよ…」
視線を落としつつも、足だけはゆっくり動かしながらデスタは思う。
倒そうとしていたレベル100。強い人間を倒して見せしめにし、自分の強さを他の人間に知らしめる為に戦いを挑んだ。しかし、逆にその人間に自分の本心を見透かされてしまい、同情され、仲間にならないかと言われた。
本当は考える暇なく行くと言いたかった。
人間にも良い者はいる、それが分かり人間として、冒険者となって生きるのも有りかとは思った。
それでも断った理由。
それは………
「……っ…」
痛みが走り足に力が入らず、デスタの体の軸が崩れた。
まるで時間が遅くなったかのように、思考の世界に捕らわれ、ゆっくり、ゆっくりと前に倒れていく。
あと少しで帰れるのにここで力が尽きてしまうのか。憐れなものだ。しかし何故だかスッキリする。
もう充分だろう。ここまで生きてこられた。足だけじゃなくて体から力が抜けていく。
段々と目前に迫る真っ黒な地面がまるで、倒れてしまえばそのままその下まで落ちていきそうな気がしてきた。
「兄ちゃんも……、今から行くかもしれない…」
考えてることはたくさんあったが、妹宛の言葉が最後の力を振り絞って出てきた。
そしてデスタの意識はそのまま闇へ…
「お帰りなさい…デスタ…」
「……っ…?」
倒れはしなかった。誰かが優しい声と共に棒だおしの棒のような体を受け止めた。
女性の声。デスタにはその言葉に聞き覚えがある。と言うより、人間からの仲間の誘いを断った理由でもある。
「……スト……ラータ……!…?」
封印された5匹の悪魔の中での、頂点に君臨する悪魔、ストラータだった。
見た目は美しい大人の女性。着ているボンテージのような黒い衣装は、網目状に交差しているような所が多いモノで、隠すべき所はしっかり隠れるがそれ以外の肌は露出度が高い。色気たっぷりの大きな胸、背中から腰にかけての美しいライン等が、誤魔化す気など更々無いと言う意でも表しているようだった。
強大な力ゆえ、まだ冒険者の制度が存在しない程前に封印された5匹の悪魔。その中でも一番強いとされる彼女は悪魔最強でもある。
「あまり無理しちゃダメでしょう?とりあえず、よく帰ってきたわ…頑張ったわね…」
ストラータはデスタを優しく抱き締めた。見た目では彼氏彼女のようにも見えるが、どちらかと言えば母と子のようでもあった。
「負けてきたか…。だから言ったであろう、やつは強いと…」
「……ジョーカーも………?お前ら…何でここに…?」
ストラータの後ろから現れたのは、怪奇の悪魔ジョーカー。迎えに来たような二人を見て、デスタはげんかくでも見ているような気分になる。
「帰りを待ってたのよ?まさかあなたですらその例の人間に負けるなんて思いもしなかったわ。もしもやられそうなら、流石に手を出さないわけにはいかないわ」
「そうじゃねぇ………!!何で俺なんかの心配してんだ…!!俺は単独で動いて、勝手に負けた!!お前らが動く理由はねぇだろ…!!」
反抗期の少年のようにデスタは叫ぶ。
それを見た二人は顔色を変えずに話す。
「デスタ…。私達は大切な家族よ」
「…………!?」
それこそがアルトの誘いを断った大きな理由。
デスタはもう居場所が決まっている。悪魔として生きる、それは残り四人の仲間との関係が絶対に切りも切らせたくもないからだ。
「あなたは元人間。だから私達はあなたの心までわからない…。でも、5人誰もが満足な環境を作れるようにしているつもりよ……。デスタ、だからあなたは帰ってきたんでしょ?」
「…………ちっ…」
デスタは目をストラータから反らして、舌打ちをした。
しかしその舌打ちは、少し照れ隠しだったのかもしれない。
「にしても、お前の能力でもあの男の壁は破壊できなかったと…。これは少々対策が必要ではないか?」
ジョーカーが顎に手を当て、ストラータに言う。
「ちげぇよ…」
「……む…?」
デスタが唸るように呟く。
「そうだ…ちげぇ!!どういうことだジョーカー!?てめぇ、やつに何か細工しやがったな!?」
「……?何を言っているのだ?」
急に声を荒げ、噛みつくように叫ぶデスタ。
「俺は聞いてねぇぞ!?確かにやつの壁は硬ぇ!!だが俺は確かに、何枚も何枚も割ってやった!!か」
「デスタ?落ち着いて。もう少し分かりやすく話して頂戴?」
傷が開こうと構わず叫ぶデスタを抑えながら、ストラータは優しく声をかける。
「何で人間が闇を使いこなしてんだ!!!?」
「っ!?」
「闇…だと…!?」
デスタの言葉で二人が固まった。
戦闘中のデスタは、どうでもいいと思って気にしてなかったが今になってようやくはっとなった。アルトが闇を使ってた事を聞いたストラータとジョーカーは驚きを隠しきれない。
「デスタ…それ本当?」
「本当も何もねぇ…。俺はやつの魔法でやられた。確かに闇を感じた…!!……ぐっ…」
デスタの傷に痛みが走る。アルトの『黒流星』にやられた傷。思い出すと電気が走るようにに痛み始めた。
「…………そう……」
ストラータは落ち着いて、ゆっくりと確認した。
「デスタ…あなたはその人間との勝負の中で覚醒した。ダメージも疲労も尋常じゃないくらい貯まってるはずよ。後はゆっくり休んで…」
と言ってストラータがデスタの頭に手をかざす。するとデスタの姿は消え、ストラータとジョーカーの二人になった。
「ジョーカー」
低めの声でストラータは後ろの仮面をつけた悪魔を呼んだ。
「至急、アルバナスとラビエールを呼び戻しなさい。緊急会議よ」
冷たい声で言った。
「……了解した」
ジョーカーの姿は影のように消え、ストラータだけが黒い道の真ん中に残された。
「アルト……オーエンだったわね…。もしかすると…彼、アレを…」
何かを呟き始めながら、ストラータは道を戻るように歩き始めた。
「ふぃーーー…。とりあえず人の目につかなそうな森に到着っと…」
明かりが月しかない森の中に、少年は自分の翼で舞い降りた。
今は夜中の11時頃だろうか。森の中では人気がなくとも騒がしかった。蛙のような違うような奇怪な鳴き声、正体のわからない黒い影が揺らしている茂み。そして場面にぴったしのフクロウの鳴き声。
すごく不気味で騒がしい。いつ魔物が襲いかかってくるか分からない夜の森で、アルトは少し楽しそうにしていた。
「ここでなら、いくら闇を使っても誰にも被害がいかないだろう…」
アルトが唐突に、一時パーティーから抜けることを提案したのは理由がある。ミルスには闇の暴走で誰も傷つけたくないと言った。そして闇を使いこなせるように強くなると。しかし本当は別の理由がある。
実際は闇を早く使ってみたかった。
「………厨二心をくすぐる…」
ジョーカーに暴露されたときから、あの頃みたいな事をしてみたいとうずうずしていた。ずっと前に読んだ漫画をもう一度読み返したい、そんな感じでとりあえず人の目につかない場所で、封印された己の真の力(etc)……。を開放したかった。
「決め台詞…とか考えた方がいいかな…。いや、まずは闇を使いこなす方が先か…」
誰もいないのに、何故か誰かに聞こえるような声で独り言を呟く。
その様子は、芸術点の高い『クリスタルウォール』を作ったときとほぼ同じだった。
「わくわくが…止まらない!!」
一人になった途端、楽しくなってきたアルトはそれから30分、熱が覚めることはなかった。
「……ダメだ………ハァ…全然ダメだ…」
数十分前の期待など消えて、アルトは地に這いつくばっていた。息を荒くして、数時間走っていたような疲労を抑えずに回復を待っていた。
「全く…フゥ………使いこなせ…ヘェ……ない……」
アルトは試しに、闇の炎でも出して目の前の木を燃やしてみようとしていた。そして始めてから10分程、粘った結果木は死んだ。幹は黒茶色にしぼみ、葉も深緑色になり全て落ちた。
だが燃えたわけではない。木は枯れただけなのだ。
炎を出そうと何回試みても、出るのはそのままの塊の闇の魔力。それが空気砲で打ち出した煙のように木に当たり、枯らすだけ。
闇を使わずにやると炎は出るのに、同じ原理で闇を使うと炎は出ない。その謎にアルトは苦しんでいた。
「いったいデスタ戦でどう使いこなしてたんだ…?
」
あまり気にせず、無意識で『黒凰蝶』や『黒流星』等と、闇の力を使っていた。(名前は少し意識したが…)
あのときの感覚が記憶にない。
「これじゃダメだ…。闇雲に使っても、あのときの感覚を思い出さないと…絶対に使いこなせない…!!」
立ち上がって深呼吸をした。しかしまだ練習しようという訳ではない。
「今日はここらへんで終わろう…」
疲れは残っているがまだまだ体力はある。されど、これから1週間どう生活するかを考えなければならない。
「木の上で眠ればいいけど、確かこの辺りって『ビッグバット』が出るんだよな…」
『ビッグバット』とは、名前そのままの巨大なコウモリである。大きさは人と同じくらい。この森ではそいつらが生息するため、木の上で眠れば枝などに止まる『ビッグバット』のディナーになってしまう。
「…………まぁ、とりあえず汗かいたから川でも探すか…」
アルトは落ちてる小さな布のショルダーサックを肩にかける。
少ないがサックには必要な持ち物が入っている。タオルや地図、替えのシャツ等と非常食。この1週間その荷物だけで、生き延びて行くわけだが、正直食事に問題はないだろう。森なら果物などが生っているし、たんぱく質が欲しいならウサギでも捕まえて命に感謝して食べればいい。
だとすれば気にすることは1つ。衛生面などを考えて、お湯でなくとも風呂の代わりとなる池か川が欲しい。これでもアルトは自分の身に関しては綺麗好きである。(部屋の散らかり等は気にしない)
それなら魔法で雨雲シャワーを浴びれば言い訳だが、森の中で全裸になる。そう考えてしまうと、何か嫌だ。だから水辺を探すのだ。
「んー、地図ではこっち側に池があるんだけどな~
」
地図を開いたら幸い池があるようだ。しかし歩いても中々池は見えてこない。
「地図が絶対正しいわけでもないからな~。もしかすると渇れたのかな?」
この世界の地図は、グリフォン等の召喚獣に乗った人間が、上空から手書きで1年ごとに作っている。アルトの持つ地図は半年前にできたものなので、地形に変化があってもおかしくない。
「……ん?よかった…やっと見つけた…」
歩いていると見えてきた。月の光を反射して銀色に光る池だ。と言うより湖だ。遠くから見ても、水が透き通っているのが分かる。明らかに人工ではないだろう。広さはサッカーグラウンドの半分くらい。
アルトは早歩きになって湖に向かう。
「これで1日の疲労が取れる…。スライムがいないことを祈るだけだ」
水辺なら最アルトの大の天敵にして、因縁の敵であるスライムがいる可能性が高い。しかもこんな水辺に彼らが入ってたら、水を蒸発させる以外に倒す方法がない。そのため後は神頼みである。
「……っと…!!」
湖がもう目の前にあるところでアルトは足を止めて、近くの茂みに隠れた。
スライムがいたわけではない。それより不思議なこと。
「誰か………いる…?」
湖に何者かがいるのだ。アルトとの位置は、円形の湖の60° 程右寄り。アルトのいる場所を0°とすると、その距離は20mくらいだろうか。
湖の中にたって水を浴びているようだ。
「人型の魔物か…?」
こんな森の中にいるとすればコボルトがゴブリンだろう。だが魔物が水を浴びるなんて聞いたことない。しかもその姿はコボルトのような毛にも覆われてない美しい肌色だった。
となると魔物はあり得ない。考えられるとするとヴァンパイアやサキュバス等の悪魔だろう。彼らなら知能は高いし水浴びもする。それに夜しか行動しないため、こんな夜の森の奥にいても納得がいく。
と、あれこれ考えているうちにアルトはようやく理解した。
その姿は人間、しかも女性のものであることに。
「……ぁ………」
口がゆっくりと小さく開いていった。
ピンク色の長髪はへその当たりまで伸びている。手を月に伸ばしているような姿で目を閉じながら腕を流していた。
アルトはその芸術の背中の側にいた。しばらく言葉を失った。ばれないように覗いていようとかやましい事はない。本当にその姿に見とれていた。
体に散りばめられたように付いている滴が月の光でキラキラと光り、艶かしく色気のある肌を余計に強調する。
たゆんと実った柔らかそうな大きな胸を支えるスラッとした背中から、腰にかけてまでの太すぎずされど細すぎずのくびれ、そしてそこから膨らむ美尻。背中に触れたら指をそのまま腰まで滑らせたくなるような美しさだった。
「~~~♪~~~、~~~~~♪」
「っ!!……これは」
見とれていると歌が聞こえてきた。どうやら水を浴びている少女が歌っているものだ。
心に入り込む素晴らしい歌詞、耳に残る音程、アルトの目と耳は少女に奪われたも同然だった。まるで、歌声に魅了されたものを海に引きずり込む人魚の唄、それ以上の力が存在していた。
ガサッ!!
「……やべっ…!!」
「っ!?だ、誰ですかっ!?」
歌に引き寄せられるようにアルトは少しずつ前に動いていた。そのため茂みの事を忘れてしまい、うっかり聞こえるような大きな音を鳴らしてしまった。歌声が止まり、少女は気づいた不審者の気配に叫ぶ。
「あ……、あぶな………」
間一髪、振り向くのと同時にしゃがんで隠れることができた。
少女は恐れるように周りを見て、露になっていた下半身を座ることで水中に隠し、同じく曝け出されていた胸を両腕で抑えるように隠していた。
「まずいな…どうしよう…」
アルトは冷や汗を垂らしていた。最初から覗く気などなかったのに、結果的に覗きと同じになってしまった。
「い、いるのは分かってるんです!!」
少女の声が震えている。これは怖がらせてしまった。
アルトはそこを申し訳なく思った。
どうするべきなのだろう。素直に出ていって謝れば良いのだろうが、さすがに気まずい。実際は裸を隅から隅まで見てしまったのだから。歌声に惹かれていて裸には全く興味が無かったと言っても、信じてもらえるかも分からないし、裸に興味なかったと言えば女性として傷つけてしまうのでは…。
「んー……」
決めた。正直に裸を覗いたことにして謝ろう。それが最も無難で少女も怯え(すぐその場を離れれば)なくてすむだろう。
「ごめんなさ……」
「バレちまったら仕方ねぇなぁ~」
…………………………あれ?
アルトが謝ろうとして立ち上がりかけた瞬間、男の声がした。
声のする方を見てみると、3人の中年のようなごっついような男が少女の前まで歩いていく。
少女はアルトではなく、その3人の男を覗き魔として見ていた。
「まさか、他にも覗いているやつが…、じゃなくて!!何者だあいつら?」
アルトは再び茂みに隠れ、その様子を見ることにした。
「ど、どちら様ですか!?の、覗くなんて…、は、破廉恥なケダモノです!!」
自分の胸にも刺さってきた。奴らと知り合いでなくとも、事実上覗き仲間のようなものなのだから。
「何だよ何だよ嬢ちゃん。裸の1つや2つくらいいいじゃねぇか」
真ん中の男が短い顎髭に手を当て、下品な笑いを作る。
(覗いといてあの堂々たる態度、変態さんなのか?)
「な、何か御用ですか!?無いならは、早くどこかへ言ってください!!」
少女の声は上ずり、動揺しているのがわかった。
「そんな硬ぇこと言うなよ~冒険者の嬢ちゃん。俺らも冒険者でよぉ、ちょっと水浴びしようとしてたんだが、先客がいたんだよぉ~」
3人とも下卑た笑いで少女の体を舐めるように見ていた。
(ん?これ…、あの娘危なくないか?)
気がつけばアルトは少しずつ立ち上がっていた。
「なぁなぁ嬢ちゃん。湖の水なんかじゃあ、冷たくて辛いだろぉ?しかも今は夜だ。俺たち3人と一晩共にしねぇかぁ?」
(古い口説き方…、と言うか下ネタだ。これだから最近の冒険者は…)
と、アルトが情けなく思っていると動きがあった。
少女が湖の中で男らから離れるように泳ぎ出していた。
それを見た男の一人が
「『ウォーターロープ』!!」
「っ!!キャア……」
魔法使い!?『ウォーターロープ』は水を縄にようにする魔法だ。それを泳いでいるときなんかに浸かったら溺れるぞ!?
そして水で縛られた少女は、水に入っていった顎髭の男に捕らえられた。
「ハッハッハァッ!!逃げなくても良いだろ~?可愛い可愛いお嬢ちゃんよぉ!!」
髪を掴んで水から少女をの顔をあげる男。その顔はもう、犯罪者だった。
「あの野郎!!」
怒りを感じ、アルトは完全に立ち上がった。同じく覗いた立場で言えはしないが、流石に男たちの行為はやりすぎだ。と言うか、初めから少女は何もしていないのだからただの犯罪だ。
あの少女を助けなければ。
それだけを思い、走り出して叫んだ。同じ人間として、悪事は見逃せない。
綺麗事にも思えるがらこの時のアルトの胸には正義感が生まれた。
「貴様ら何やってんだ!!」
「あぁん?」
いきなりの乱入者に男たちは、興醒めといった様子でアルトを睨んだ。
「何だよ小僧?どっか行け」
「俺達は今から楽しいことすんだよ」
「そうだガキ。俺ら四人は仲良しだもんな。なぁ?」
一人だけ湖の中で少女を掴む男は、暴れる少女に問いかける。
「は、離して!!お願いします!!助けて!!!!」
顎髭の言葉を無視して、少女は助けを求めた。
「チッ…。しゃあねぇ…。お前ら、片付けろ」
「へっへぇ、了ーー解ーーー」
顎髭が残りの二人に命令すると、バカにした様子で二人は笑う。
「ヒーロー気取りか小僧?可愛い女の子の前だからって勇者気取りか?」
「残念だがそんなのがうまくいくほど、世の中は甘くねぇぞ!!」
一人は大きな斧を。もう一人は杖を持って飛びかかってきた。
だがアルトはそこで動揺しなかった。と言うか、無意識のうちに何かが変わっていた。
「喰い散らかせ!!身も心も全て我が闇に飲まれて失せよ!!『ダークカオストルネード』!!」
……………………待て!!俺は何を言って、何をやってるんだ!!!?
無意識の内にアルトは、厨二くさい台詞でネーミングセンスのない厨二技の名前を吐き出していた。
何故だ。かっこつけようなんて思っていない。普通に今、壁を作って奴らを衝突させることを考えたのに。
これは人間としていけないところを見られた。そう思って死にたいと思った、その時。
「な、何ぃっ!?」
てっきり男達が爆笑するものかと思っていた。が、男達の顔は驚愕に染まっていた。
本当に手から、黒い竜巻のようなものが生み出されていた。それも闇の魔法。
竜巻は一直線に男二人へと伸びていく。
「グァァァァァァァァッ!!!!」
竜巻に飲まれた男二人はそのままグルグルと回転し、二人の体は湖へ吹き飛んだ。
「カァー。カァー……」
「おい!!お前ら何やってんだ!!」
男らの体が水の中から浮かんでくるが、眠っていた。鼻提灯まで膨らまして、爆睡していたのだ。
「憐れなものよ…。我と契約した悪魔の力…、そなたらに睡魔が襲いかかるぞ…」
左手で右目を隠し、本当に患者のような話し方で告げる。
その本心は、
(口が勝手に!?どうなってんだ!?何で俺は厨二前回なんだ!!!!)
泣きたくなるような恥ずかしさだった。例えるなら、
『14歳の少年が、鏡の前で決めポーズをしているのを母親に見られた時』
みたいな恥ずかしさだった。
「なっ!?どうなって…!?て、てめぇ!!いったい何者だ!!」
顎髭がびびりながら叫ぶ。
こっちが聞きたいところだ!!誰だこいつ!!
名乗ろうとしたところで、アルトの意思とはまた関係ない言葉が舌から飛び出る。
「我が名は『無限の眠りから醒めぬ者』」
「イ……、インフィニティ スリーパー…!?」
「……っ………」
違います!!
誰だよインフィニティ スリーパーって!?無限の眠りって何!?確かに『Infinity sleeper』で無限に眠る者だから起きない。意味としてはあってる、け ど も!!
今普通に起きてるのに、何で無限に眠ってんだ!?矛盾してるじゃないか!?
それにあの娘も言葉失ってるよ!?止めて!!そんな目でこっちを見ないで!!憐れむような目を止めて!!
僕は今、どうなってしまってるんだ!?
泣きそうな気持ちで染々思う。
「ち、ちっくしょぉ!!舐めやがって!!!!」
止めろ!!こんな痛い台詞に動揺すんじゃねぇ!!
苛立って顎髭の男は、腰の剣を抜き、スキルを放つ。『ソニックブーム』だ。剣を使う剣士の簡単なスキル。剣を高速で振るう衝撃で相手を切り裂く。簡単に言うと飛ぶ斬撃だ。
「く……、クハハハハ…」
斬撃が目の前に迫っていると言うのに、アルトは余裕の笑みを浮かべた。しかしその本心では、異なっていた。
待て!!いい加減に止まれ!!俺の体!!
必死に自制しようと焦っているアルトの言うことなど聞かず、右目を隠していた左手をスライドさせる。
そして露になった右目から闇の魔力が溢れ出て、紫の怪しい光を放っていた。
「愚かな。眠れ、『ナイトメアウェーブ』!!」
だからそんな魔法知らねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?
明らかに異常なアルトの左手から放たれた魔力は光線銃のように波を作りながら『ソニックブーム』にぶつかり、斬撃を打ち消して顎髭へと伸びていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
顎髭は黒い波にぶつかると、綺麗な起動を描いて水中に沈んだ。
「フッ………、恥を知れ人間…。弱いものを数で痛めつけようなど、おこがましい…」
決め台詞を吐かれたところで異変が起こった。
何だ……。急に意識が…。
激しい眠気に襲われたかのように、いきなり視界が暗くなってきた。
そうか…。これ…闇の魔力による精神障害か…。ま…まずい…。もう………限界…。
足に力が入らなくなり、頭もぼーっとしてきた。そこでアルトの意識は途絶えた。
助けてくれた少年の体はそのまま後ろに倒れた。
「……っ!!」
急いで水から上がって駆け寄る。
「すー…すー…」
「……寝て…いるのですか…?」
少年は寝息を立てて眠っていた。
「……どうしよう…」
衣服を纏わない少女は決断を強いられた。
このまま服を着て早く逃げるか。
この恩人である少年を一人にしないでおくか。
少女は勿論、後者を選んだ。それと同時に日付は翌日に、アルトにとっての修行1日目に突入した。




