黒式魔法
「あの………どちらさま…で…しょうか……?」
アルトに抱かれながら、ミルスは初対面かのような師の顔を見上げ、質問する。未だそれがアルトだと信じられないのだ。
あの妙な空間の中で謎の声のするままにアルトへの、一人の乙女としての想いの全てをキスでアルトに伝えた。
そしてアルトがいきなり発光を始め、気がつくと今自分を抱いている少年に手を掴まれていて、そのままお姫様だっこをされてしまった。
その少年は一言も、というより音を発さず周りを見渡すとその黒い右手で空間に穴を開けた。
それからその穴を抜けて数秒後。ミルスはようやく自分が師によく似た人物に抱かれていることに、はっと、気がついたのだ。
「誰って………見れば解るだろう」
何が、といったような顔でアルトは答える。
「う、嘘ですよね!?だ、だって師匠は……、こんなシリアスな感じじゃ…!!」
「…………」
スッ…
「っ!!!?」
ミルスは言葉を続けることができなかった。その理由はアルトが音も建てず、風を揺らさずに彼女の唇に人差し指を置いたからだ。
「は……!!はぁ……ぁ………!?」
「今はそんな事を気にしてる時じゃない…」
頬を紅潮させる少女の動揺を収めるかのようにアルトは落ち着いた調子で言う。
「ドルァァァァァァァ!!!!」
その時突然に、雄叫びと共に黒い光線が二人へと伸びた。
「キャッ!?」
「……っ………」
驚きで縮まるミルスを抱く腕に少し力を入れると、光線を弾くために右手を前に突き出し、『クリスタルウォール』を展開する。
カァンッ!!
光線が壁に当たると金属と金属がぶつかり合うような耳障りな音を産み出して、光線が火花となって散った。
「流石にもう弱くねぇヨナァ!!!!」
嘲るようなデスタの叫びが黒い空に響く。悪魔の6つの手には同じ大きさ同じ魔力の闇のボールが作り出されていた。
「ミルス……。協力して奴を倒すぞ…」
いとも容易そうにアルトがデスタを睨む。
「倒す…って、そんな簡単にできるんですか!?」
そんな師の発言にちょっとした不安をミルスは感じていた。
確かに今の自分はガルガデスの猛攻に少しの間耐えれるくらいには実力が開花した。しかし、それでもデスタの強さに届くとは思えない。ガルガデスの時も勝ったわけではなく、引き分けより少しだけ負けに近い結果だ。
その上、師の体が大丈夫なのかどうか一番心配なのだ。あの不思議な空間で目覚めはしたものの、今の様子も今までのものとは違う。まだ闇に侵されているという可能性も考えられる。
それらを踏まえると、あの進化したデスタを倒すことをできるのだろうかと思ってしまうのだ。
「安心しろ………。倒すだけだ…」
「……え?」
素っ頓狂な声でミルスは頭を傾げた。アルトの言っていることがまるで理解できなかった。
倒すことが難しいと言っているのに、師は倒すだけだから簡単だと言っているようなものだ。
やはりまだ闇が思考を妨げているのではないだろうか?
「倒すのは奴の悲しみ…。僕がしようと思っているのは、デスタを救うということだ……」
「……はぁ…。…………はっ!?」
1度頷いたが、すぐに驚くミルス。
「な、何をしようとしているんですか!?デスタを救うって、どういうことですか!?て言うか師匠やっぱり闇が残ってるんじゃないですか!?もしくは師匠じゃない別人とか…、ンゥンッンンン!!!?」
最後辺りでミルスの言葉はただの音になった。
理由としては、現状理解しようと焦ってとても早口で質問の山をぶつけていたら、今度は指3本を、空気の通り道を塞ぐかのように強くアルトが押しつけたのだ。
「そんなことは今どうでもいい…。とにかく…、ゴニョゴニョ………」
アルトは指を離し、耳打ちをした。
「…………えっ!?そ、そんな!!む、無理で…」
「はい、無理とか言わない…」
「っきゃあっ!?」
急にミルスが高い叫びを上げる。それもそうだろう。何故ならいきなりアルトに空中を放り投げられたからだ。
「……っ、………」
「ハッハァ!!!!」
だがその直後にミルスは目を丸くした。投げられた空中から見た光景は、アルトがデスタの闇の光線を壁で弾いているモノだった。
「っ!!!!」
その一瞬の合間で、ミルスは気持ちを入れ換えた。今できるのは師に言われた様に戦うこと。
自分と師の言葉を強く信じながら、魔力を落ち着かせる。
「『アウトサイドマジック』……『セイクリッドプロテクト』!!!!」
魔法、のようにも聞こえるが少し違った己の力をミルスは詠唱する。
唱え終えると、ミルスの体が白く淡い光に包まれた。しかしすぐに光は消え、元のままのミルスに戻った。
「This is a gift from heaven.
これが…最大パワー!!『ヘブンズレイ』!!!!」
両手を前に出し、莫大な光の力をデスタへ向かって打ち出す。
「……!!チィッ…!!!!」
自分に一直線に向かってくる光に対し、デスタは1度止めようとする動作をした。が、それが悪魔の苦手な光の力であることを確認すると、忌々しげに舌打ちをしてミルスと同じように闇を打ち出した。
キィィィィィィィィィンッ!!
光と闇の力がぶつかると、まるで高温の油に水を注いだように激しい爆発が起き、金属音のような高い音が暗雲の空に鳴り響いた。
巨大な2つの力は、結果として空を震わせるだけだった。
「クタバレ!!『エクスプロージョンデストロイ』!!!!」
光と闇が散っていくなかで、デスタは軽い身の動きで右腕を弦のようにグッと後ろに弾いて、それを目に止まらぬ、もはや誰だろうと見えない程のスピードで爆発を起こす。
デスタがこちらに向けてパンチを撃ったのを確認した頃にはもう遅かった。爆発を既に、空気を破裂させ、切り裂き、目には見えなくともすぐそこにまで来ていると感じられた。避ける暇など、もうない。
「っ…!!」
ミルスは咄嗟に目を閉じて腕で体を護るように構える。無駄だというのは解っているのだが、反射的に身を守る動作をする。
ところが、
「ナニィッ!?!!」
「え………?」
自分の体が吹き飛ばされるような感覚もなく、デスタの声が聞こえてきた。目を開けると何かに驚くようなその声は自分に対してのものではない事が解った。
「何……これ…?蝶々………?」
そう、デスタが驚いているのはその蝶に対してだ。
黒一色で光を吸収して、ヒラヒラ舞う度に光をキラキラと振り撒く真っ黒な蝶々が、ミルスの周りを5匹ほどで舞っていた。羽に白い斑点があるため、光が当たるとそこだけ光って見える。
「黒式魔法 極楽守護 『黒凰蝶』」
噛んでしまいそうな長い魔法を色のない声で唱えるのはアルトだった。
「あり得ねぇ!?そんな貧弱そうな葉っぱにしか見えねぇ蝶が、俺の魔力を受け止めるなんて……、一体どんなタネ使いやがったんだ!?」
目を大きく開いて現実を否定するデスタを見て、アルトは感情無で答える。
「確かに貧弱かもね…。でも、力の使い方が違うだけだ」
蝶達は少女をかばっているかのように、ヒラヒラと舞い続ける。
「これは闇の防御魔法…。僕が編み出した魔法だ。何故お前の攻撃が効かなかったのか、それは魔力にあるからだ」
「魔力……だ…?」
「そう……。まずこの魔法の魔力が闇の力であること。そして魔力の使い方、この2つを上手くやるだけでこんな弱い蝶でもお前の攻撃を受けられる…。」
アルトは人差し指を出すと、そこに黒鳳蝶が舞ってきて停まった。
「闇ならば、お前の『エクスプロージョンデストロイ』も闇だから反発しあう。そして魔力をちゃんと落ち着かせればお前のボサボサな力よりは堅くなる」
つまり、アルトが言いたいことは2つ。
1つ目に、闇と光という力は、同じもの同士なら反発し合い、異なるもの同士なら中和するのだ。この2つの力は磁石のS極N極のようなもので、アルトは同じ属性同士で拒絶しあう原理を使ったのだ。
2つ目は、以下に攻撃が綺麗かという事だった。今のデスタの攻撃は力任せで無駄に力を消費している。それに対しアルトの黒鳳蝶は整っていた。例えるなら、デスタの技の魔力はバサバサになってしまった筆であり、アルトの防御魔法の魔力は新品同様の筆の先であるのだ。 研ぎ澄ましたアルトの感覚で作り出した蝶は少しも乱れることなく、宙を踊る芸術なのだ。
「何でてめぇが闇を使いこなせてんだ!?」
「いい質問だ…。確かに僕は闇に心を乗っ取られ、到底使いこなせっこ無かった…。でもある少女のおかげで僕の心には光が広がり、今なら何でもできる気分だ」
まるで蝶に語りかけるようにアルトはデスタへ話す。
「デスタ。今お前を救ってやる…!!」
「なっ……………!?」
デスタの心へとアルトの言葉が響いた。それと同時にアルトが行動を始めた。翼を動かし空へと上昇する。それを見たミルスも『ヘブンズレイ』を撃って、もう反動が無いことを確かめると蝶に守られながら魔法を使う。
「『アウトサイドマジック』 『ホーリーバインド』!!!!」
「っ!?何だこれ…、…っ離しやがれ!!」
光の蔓に捕まると、デスタは抜け出そうと暴れもがく。しかし、筋肉質の6本の腕をもってしても、その拘束から逃れることができなかった。
理由は簡単。デスタにも薄々解っていた。それは魔法ではないから。ミルスが使ったのは魔法ではなく、スキルだからだ。それがミルスの力、『アウトサイドマジック』だった。
ガルガデス戦から感覚的に使い始めたこの力。魔法をスキルに変換することが『アウトサイドマジック』の本質である。魔法とスキルの常識的に考えれば、魔力がスキルの素になっているのだ。スキルは本来、この世界で目に見えなくともどこにでも溢れている力、学者たちが言う神の力を使っているとされる。その力は謎である。その謎の力をミルスは魔力で代用することによって、魔法をスキルにすることができたのだ。
これは言わば、産業革命のような歴史的な成功に等しく、人々の頭の中にある世界の原理を変えかねない。
そして、この『アウトサイドマジック』がどれ程強力なのかは、すでに解っている。
2つあって、1つは今デスタを拘束していること。スキルの『ホーリーバインド』にしたことによりデスタは闇の力で光の蔓を吹き飛ばせないのだ。
もう1つが、先程放った『ヘブンズレイ』だ。『ヘブンズレイ』はジョーカー戦で決死の覚悟で放った攻撃としてかなり強力な魔法。しかしまだミルスの力ではジョーカーを倒しきれず、その上反動で肩が外れ、動けない時にジョーカーに殺されかけたトラウマがある。しかし今回は両手でより強力なものを放ったのに何のダメージも無かった。
ミルスは『ヘブンズレイ』に『アウトサイドマジック』を使った訳ではない。放つ前に使った魔法をスキルにしたのだ。
『セイクリッドプロテクト』。クロスウィザードが使用できる上級の防御魔法だ。聖なる守りを個人単位に与える簡単な魔法だが、その複雑な魔術式と守備力の大きさから上級の魔法であるのだ。それをミルスはスキルにして、更に強力な守りを得た。
『セイクリッドプロテクト』が強力な理由としてはもう1つ。防御がアルトのような壁を張ったりではなく、人の体自体に働いて、体が元の形を保とうとする力を強めることにあるのだ。つまり、元の形を保とうとする力が強ければ、剣が刺さったりパンチがめり込んだりしない。当然、骨が折れも抜けもしない。だから、両手の『ヘブンズレイ』でもミルスに反動が無いのだ。
『セイクリッドプロテクト』は主にクロスウィザードが使えるということで、アルトに使えない訳ではない。防御魔法であるかぎり、アルトはどんな魔法もすぐに使える。デスタが襲いかかってきてから最初の時の格闘。あれはアルトが『セイクリッドプロテクト』を使用して、レベル100の防御に更に上乗せの防御力が加わったためできた。
結果としては、『アウトサイドマジック』の効果によって、『ホーリーバインド』はただでさえ悪魔には強いのに、更なる拘束力を手に入れられたのだ。
「チクショウ!!何でだ!!何で俺に壊さねぇんだ!?」
怒りのままに『ホーリーバインド』を引き千切ろうとするが、光の縄は伸びもせずただ6手の悪魔を拘束する。
バサ…………
「っ!!」
暴れていると、何かが羽ばたく音と黒い羽がデスタの前周りをヒラヒラと舞い落ちていた。
「デスタ……。その拘束から抜け出せない理由はただ1つだ…」
デスタが上空を見上げると、漆黒の翼を羽ばたかせるアルトが見下ろしていた。その姿は舞い降りた天使のようでもあり、堕天使のようでもあった。
「心が逃れることを拒んでいるからだ…」
「……っ……!!」
その時初めて、デスタの表情が驚愕に変わった。
アルトに言われた事は信じられなかった。しかし、そう考えてみるとやはりそう思っているのだと胸が締め付けられるように実感させられ、デスタは何も考えることができなくなった頭でアルトに逆の事を叫ぶ。
「そんなわけねぇ…!!俺は悪魔だ…、俺には心なんて………ねぇ!!」
「それを鏡で自分を見ながら言えるか……?」
「……それは…!!」
本心ばかりピンポイントで突いてくるアルトに対し、デスタは何も答えられなくなる。
デスタはアルトの言葉に期待していたのだ。
『デスタ。今お前を救ってやる…!!』
その言葉が今なお、胸の中にありそうな真っ黒な空間で響いている気がする。人間を憎んで悪魔になった瞬間から、1度足りとも人間の優しさなど、差し伸べられた救いの手などを感じて受け取ったことはない。
しかしまだデスタは感じられたのだ。人の持つ本当の優しさをまだ信じていた。
何よりもショックだったのかもしれない。思考が真っ黒に歪み、何も考えられないと言うより何を考えていて何を考えれば良いのか分からなくなった。
『救い出して欲しい…』
もうカビが生えたように黒になってしまった心では、素直に願っていた。しかしどうしても表面上に出すことができない。
痛感したのは、心と体を繋ぐ想いの通り道が苔生してしまっていることだった。
「大丈夫だ…。すぐにその苦しみを祓ってやる…」
暗黒の空をより黒い漆黒の翼で羽ばたく魔法使いの右手に紫紺色の魔力が、花火が開く瞬間の逆スロー再生のように集まっていく。
「 闇ヨ
心ヲ穢ス暗黒ノ力ヲ、
其ノ星ノ如キ速度ト闇ノ光で打チ払エ
」
周りの音を全て消すかのようなひどく静かな詠唱だった。その上、一言一句全てが血で錆びた鉄の冷たさのように冷淡で色がなかった。
異次元に連れられたような気分に陥るその詠唱が終わると、紫紺色の淡い光はアルトの右手で葉に止まるホタルのように光を放ち、アルトはゆっくりと右手で指鉄砲を作りながら肩を上げていく。
空中で翼と足を大きく開き、デスタに向けて人差し指を突き出す。形的に『フラグシュート』と同じだった。しかし何故だか違うのは何となく、雰囲気で解った。
「師匠!!!!デスタを…、デスタを倒してくださぁぁぁいっ!!!!」
師を背中から後押しするように、ミルスが叫びながら『ホーリーバインド』に更に魔力を流す。ただの魔力ではなく、想いの籠った暖かい光の魔力だった。
確かにデスタは敵だ。それはミルスにも救うと言い出したアルトにも解っている。しかし彼の悲しみを放ってなどおけないのだ。
ぶつかり合ううちにアルトは、デスタの今も変わらず残っている人間の心に気がついた。苦しそうに叫ぶ心の声を聴き逃したりなどしない。闇の冷たさをアルトは知ってしまった。如何に寂しくて、凍えるくらい寒くて、悲しいかを実際体験した。いくら助けを求めても、手を引いてくれる者など誰もいない。
そんな中で手を引っ張られたのだ。『師匠』と呼ぶ声と共に心に光が流れ込んできた。その光が自分を囲む闇を払い除けてくれて、闇から引きずり出してくれた。だから今度は自分が引き上げる役になって、デスタを救うのだ。誰にも闇に閉じ込められる苦しさを味わわせたくないのだ。
ミルスにとっては、先程経験したのと同じことだった。デスタの暴れ狂う魔力とその破壊の悪魔の咆哮が、ルナに言われたのと同じように、『助けて』と聞こえてきてしまう。敵味方関係ない。心からの叫びに答えない理由などあるものか。
デスタをただの破壊の悪魔だとして、常識的に考えれば今やろうとしていることは壊された街の人々に取って、裏切りのような行為となるかもしれない。だがデスタと言う破壊の悪魔には心がある。自分らと変わらない、喜怒哀楽その他の感情を持っている。救うには、それだけで十分な理由だ。
「黒式魔法 紫電砲撃」
アルトは精神を統一させ、指先に全神経を集中させる。
この一撃に純粋な想いを込めた。デスタを救いたいと言う意思のみを一途に、指先に込める。そして弟子の叫びに答えるように感謝だけを心に残して……
「 『黒流星』 」
心の引き金を引いた。
雷光のごとく、指先からネプチューン色、青紫のような色をした、アルトの指と同じ太さのレーザービームが空気を裂き風を巻き起こし、一直線にデスタに向かっていく。されど音など一才無く、幻想的な光はずーっと伸びていき、気がつくと悪魔の目の前まで来ていた。
「ガァァァァァァァァァ!!!!」
デスタは口が裂けるくらい大きく叫び、黒の筋肉に覆われた胸を突き出す。本当は早く当たろうとしていたのかもしれない。おそらく自分が敗北することも、救われることの事実を受け止めていたのかもしれない。
最後に視界の端、端の端の端の崩壊した街の瓦礫の間、そこに花が咲いているの見つけると、少し安心して優しい笑顔を一瞬だけ作った。この時だけは久しぶりに、嬉しさと言う感情が生まれた。
そして光線がデスタに当たると、紫の大きな爆発が黒に染まった空を吹き飛ばすかのように、空を覆った。




