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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
五悪魔復活 ~崩れゆく関係~
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純心

「着いた!!ディアス、師匠は!?」


 町の跡地へ着くやいなや、ミルスは周りを見渡す。つい先程まで人が溢れていたはずの町が、廃墟と言うよりは遺跡のような感じにレンガの壁が崩れている。


「どうしてか解らないけど、師匠の魔力が感じられない…!!」


 ミルスは焦っていた。町へ来る間にガルガデス戦で消費した魔力は結構回復した。そのためデスタと戦う覚悟はできているのだが、その前に師の、アルトの魔力がどこからも感じられなかった。その為、不安、と言うよりは自分を煽る気持ちが溢れてきた。


「ディアスなら解る!?」


 自分が感じられないので、ミルスは横を飛ぶ小さなバハムートに話しかける。


「………これはマズイことになった…」


 浮かない顔でディアスはそう呟いた。


「マズイこと…って、まさか!?」


 最悪の事態が予想された。


「いや…、アルト オーエンはまだやられてはいない…」

「それじゃ…何が…?」


 焦りが不安に変わり始めていた。


「ミルス フィエル…。この巨大な闇の力は感じられるな?」

「え?…うん…。この魔力、闇だ…。しかもさっきより大きい…。多分デスタが更に力を解放したんだと思う…」

「確かに間違ってはいない…。そうだな、貴様には闇の選別は無理か…」


 ディアスは重々しく語るのみだった。


「この力は2つの大きな力がぶつかったときにできるモノだ。もしあの男と悪魔とのぶつかり合いなら、この感じられる力には本来ならアルト オーエンの魔力とデスタの魔力が半分くらいの割合で混ざってるはずだ…」

「……っ、そんな…!?もしかして師匠は…」

「完全に闇に染まった…のだろうな…」


 胸が避けそうだった。


 大切な、かつ大好きな師匠が闇に負けてしまった。闇の恐ろしさならミルスも理解している。しかし、それでもアルト オーエンは戦っている。闇に染まったのに、戦う意思が、心が残っている。そんなになってまで戦うことを忘れない理由は何か?というと、やはり人のため。壊された町の人々や、弱すぎるじぶんの代わりに戦わなければならない使命感を負わせてしまっているのだ。


 自分にはそれが許されないことだった。

 アルト オーエンはスーパーヒーローではない。まだ未成年の人間だ。人生の30%もまだ使っていない。そんな少年を戦わせているのは、今何もしていない自分だ。


 許せない。こんな自分が許せない。こんな死に値する罪を持っておいて何をしているのか?






「う…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ミルスの体から、光の膨大な量の魔力が迸るように吹き出た。


「なっ、なんだこの力は!?」


 ディアスがその大きな魔力に気圧されるようになり、翼をより早く動かす。



 ミルスの力が暴発した理由。どうしようもないくらい無力な自分への怒りと、気合いをいれるため。なんとしても自分が師の助けを求める叫びに答える、そんな誓いを胸に突き刺したのだ。


「こっちだ…!!行こう、ディアス!!」


 叫び終わると、ミルスは辺りを少し見回して、走り出した。

 今向かっている方向にアルトがいる。それは視覚や聴力を使うだけで解る。しかし、ミルスは第六感に身を任せて、アルトの呼ぶ声がする方向を感じたのだ。


「ミルス フィエル!!」


 走り出した主の名を叫びながら、その後ろを追う。








「グガァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「キハァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 ミルスは立ち尽くしていた。目の前で繰り広げられている、修羅と修羅の熾烈なぶつかり合い。天を震わせ、大地を砕き、そして心に響いてきた。

 黒く曇った空には二つの影が浮遊していた。1人はおそらくデスタだ。先程と比べると、その姿と力の大きさも何もかもが違っていた。肌が黒いし、あんなに腕は生えていなかった。だがまだデスタだと判断できた。確かにデスタの声だ。顔の形もデスタだ。目は白いが、獰猛なあの赤い瞳が目に浮かぶ。


そしてもう一人… 


「師匠ォォォォォォォォォォ!!!!」


 ミルスは耐えきれなくなり、その名前を叫んだ。

 アルト オーエン。優しい瞳は赤と黒が混ざった禍々しさを示す色、そして瞳孔が開くというよりは、丸いはずの赤黒の瞳が縦長に見えた。鮫の目のようにギラギラしていて、その目はただ同じようにおぞましい闇の魔力を放っているデスタを見ていた。

 白い歯を剥き出しにし、犬歯がいつもより鋭く見えた。何と言うか、獣のようであった。


 いつもと違う別人、もはや別の獣だった。


「本当に…闇に負けちゃったんだ…」


 今そこにいるのはアルトで無いことを認識する。彼の意識は、おそらくあの真っ黒な力の奥底に眠っている。


「ディアス!!どうすれば師匠を助けられる!?」


 闇に詳しくはないミルスは、闇のバハムートであるディアスにアルトを救い出すための方法を聞く。


「何とかしてあの闇をはらい、アルト オーエンの意識を目覚めさせることができれば正気に戻るはず!!…だが…、その前にデスタが問題だ…」


 ディアスは空中でぶつかり合っているデスタとアルトを見上げる。


 この場合問題なのは、アルトに近寄れないと言うこと。理由としてはいくつかあるが、大きな理由としてはデスタ。休む暇なく、力だけでアルトとぶつかっているため、アルトに近づける余裕がない。他の理由としては、アルトがどんな反応をするかと言うこと。ミルスやディアスのことは認識できても、闇に呑まれているのだから、下手をすると襲いかかって来るかもしれない。


「何とかして奴等の動きが止まれば…」


 少女の叫びすら耳に入らないあの力の激突を、どうやって止めるものか。ディアスは必死に悩む。


 「……っ!!待て!!ミルス フィエル!!」


 その隙にミルスは風よりも早く走っていた。


「私が何とかして師匠を救い出す!!」


 自分にしかできないのだ。大切で大好きな師匠の手を掴んであげることができるのは、自分しかいない。そんな責任感を秘めながら、ミルスは師の元へ向かう。




「師匠!!止まってください!!」


 スキル。ガルガデス戦で使ったように、魔法をスキルへと変換した。ミルスのガルガデスの怒濤の攻めにも耐えるそのスキルは、身体能力を吹っ切れさせるくらいに上げるもの。

 そのスキルで強化した脚力で魔法で空中浮遊しながら戦っているアルトの前へとジャンプする。そして、『クリスタルウォール』で足場を作り、両手を広げて立つことで、アルトとデスタ、二人の動きを止めた。


「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「っ…!!」


 邪魔をするな、と言っているようなアルトの獣のような叫び、それに威圧されながらもミルスは堂々とアルトの前に立ちはだかる。


「師匠!!元に戻ってください!!闇なんかに負けないでください!!」

「おいオンナァ!!邪魔ヲスンジャネェ!!!!」


 戦いを止められたことにデスタが苛立ちを露にする。デスタもアルト同様、溢れ出てくる力をどうにか消費しようと衝動的に暴れているのだ。


「グラァ!!ギァァァァァァァァ!!」

「落ち着いてください師匠!!私は師匠の味方です!!」


 アルトはどけと言わんばかりに人のものではない叫びを轟かせる。

 それを止めようとしているミルスは、少し苦しかった。


 一体、どの口から自分が味方だと言えるのか?自分からアルトとコミュニケーションを取ろうとしなかったため、溝ができてしまっているのに、本当に味方だと信じてもらえるのか?自分はこの人に何をした?ババ抜きではめて謝りもせず、強い敵が現れたときには最後に全てを任せる。

 アルト オーエンに闇が顕現してしまった理由はそれなのではないか?ひょっとすると、私に対して強い憎しみを抱いていたのかもしれない。弱くて、何もできない事への苛立ち等を含めて、嫌っていたのかもしれない。

 だから今、『来るな』、と叫んでいるのかもしれない。ミルスにはそうとしか聞こえなかった。


「グルガァァァァァォァァァァァ!!」


 ミルスが退こうとしないことを察したのか、アルトは彼女を押し退けようとする。

 それでもミルスはアルトを行かせまいと、必死に抱きついて動きを止める。


「お願いです師匠!!行っちゃダメです!!」

「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 ミルスが前から抱きつくと、闇に染まった少年はは鋭く立てた右手を、指の第一関節あたりまでその背中に突き刺した。


「っ……、ぁ!!!!」


 背中に刺さるその痛みに、ミルスの体はアルトを離さぬまま仰け反った。

 

「し、……師匠!!」

「ググァァァ…!!」


 それでもミルスは尚、アルトを強く抱きしめる。それに反応したせいか、アルトも少し苦しそうに吠える。

 ミルスは絶対に離すまいと思っていた。近くで彼の叫びを聞くだけで伝わってくるのだ。アルトの感情が。体全体からアルトを感じられるのだ。

 壊れるように鳴り響く心音、軋むように体から聞こえる悲鳴、何より背中に入り込んでいる指からだ。とても冷たく、闇の怖さがよく伝わってくるのだ。

 

 (師匠はこんな闇に一人で絶えてるんだ…。それは抑えきれないに決まってる…。でも、もう大丈夫です。師匠は1人じゃないですよ……。叫ばなくても、私がここにいます…。だから…大丈夫です…)


「グ……ガァァ…」


 ミルスの心の呼び声に反応した。アルトの狂暴さが失われたように、闇に呑まれた師はもう暴れず、ゆっくりと胸元で目を閉じている少女を見た。


 「怖くないですよ……。もう一人じゃないですよ…。ずっと、ずぅーっと私がここにいますから…」


 母親のように語りかけると、アルトはゆっくり、ゆっくりと目を閉じた。




「なんだよ…それ…」


 1人面白くなさそうにその様子を見ていたのはデスタだった。心の支えである人間の女が闇で暴走した少年の暴走を止めた。


     不愉快だった。


「なんでだよ…何でなんだよ!!」


 悲しそうかつ感情的にデスタは叫んだ。


「何でお前ばかり救われてんだっ!?何で俺の時は誰も………、誰も助けてくれなかったんだよ!!!!」


 それはデスタの、破壊の悪魔の心からの悲しみだった。別にアルト オーエンが元に戻ってしまうことなんてどうでもよかった。彼に悲しみを産み出したのはその様子。

 元人間のデスタにしか解らない悲しみだった。






 デスタは独りに成ったとき、ただ無心に走り続けた。悪魔になってしまった自分が嫌で、友を殺してしまったことから逃げて、妹を失ったことを悲しんで。叫びながら真夜中の草原を走った。

 なのにその手を誰も引いてはくれなかった。誰も暖かくデスタを抱いてくれたりなどしなかった。本当の独りを知っているデスタは、独りの怖さを誰よりも知っていた。


 そう、デスタに生まれたのは負の感情。


嫉妬だった。



「ウォラァァァァァァァァァァァァ!!!!」

「っは!?」


 巨大な力を感じてミルスは後ろを振り返る。

 デスタが6本の腕からミニ太陽のような、黒色の燃える球体を作り出した。


「ぐっ!?ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「っ、ダメです師匠!!」


 デスタの闇の魔力を感じてか、落ち着き始めたアルトは再び空に叫ぶ。闇の魔力が闘争心を引き出しているかのようだった。


「キエテナクナレ!!『死壊(しかい)』!!!!」


 闇の塊がアルトとミルスに向けてどんどん近づいてくる。


「大丈夫……大丈夫ですから…」

「がっ…」


 それにも焦らずミルスはアルトの胸に額を付けて、優しく囁いた。



トクン…



 小さな心音を残して、二人を闇が包み込んだ。







__________________________


『あれ………?』


 ミルスは目を開いた。

 体の感覚がおかしい。何かふわふわしたような感覚でとても軽い。周りの音が何も聞こえない。

 

『確か私は…、師匠と一緒にデスタの……、っ!!』


 そこでミルスは我に還ったように周りを見る。



 そこは妙な空間だった。先程までいた場所と同じようで違う。暗く、誰の気配もない 。デスタの姿が見当たらない?


 丸い空間の中心にミルスは浮いていた。


 『ここは………?』


 まるでよく解らない。これがデスタの力のせいなのだろうか?四方八方に瓦礫が広まっている。この空間はまるで、壊れた町の自分達のいた地面をを切り取って丸めたような感じだった。重力関係なく、建物の残骸が浮遊していて、レンガがそこら中に転がっている。


『っ!!師匠!!』


 ミルスはそこでアルトを見つけた。自分の頭上で黒い光を発しながら浮いていた。


 浮いているものの、ミルスがアルトに近づきたいと思うだけで体がどんどん動いていった。


『師匠!!師匠っ!!』


 アルトに辿り着くと、声をかけながらその体を揺すった。

 しかしアルトの返事はなかった。目と口から血を流しながら、安らかな顔で目を閉じていた。

 弟子の想い人てある師のその様は、どれほど彼女の胸を不安で焦がしただろうか。


『そんな……、起きてください!!お願いします!!』


 反応がなくてもミルスは呼び続けた。きっと目覚めてくれると信じて、何度も、何度も師を呼び続けた。


『……私なんかが図々しく帰ってきてなんて言うのも、どうかと思いますが…』


 いつの間にか吹き出ていた冷や汗が、涙となってミルスの目に溜まっていた。


『それでも…、師匠がいなきゃ嫌なんです………』

『…………………………』

『私が師匠に何をしましたか……?弱いくせに…、ババ抜きではめて…、謝るタイミングを逃したなんて建前で何も詫びないで…。本当に最低ですよね?だから師匠は邪魔だって、本心を放ったんですよね?』


 闇に蝕まれていたとは言え、アルトに邪魔と言われたことのヒビがまだあった。アルトの静寂が続くほど、ミルスの心には怒り、自嘲、そして謝罪の心が増幅した。


『聞こえてるか解りませんが………。……………………ごめんなさい……』


 それ以上の声を出せなかった。自分を攻める心が喉を詰まらせ、声を塞き止めたのだ。


『だから…戻ってきてくださいよ…。納得がいかないのなら何度でも謝りますから…』


 命をかけてでも叶えたい願いだった。アルトが助かるのならもう、どんな手でも使ってもいい気持ちだった。

 独りでデスタを倒せと言うのならやって見せる、魔王を倒せと言うのなら倒す。


 泣くなと言うのなら泣かないで見せる…。


 それくらいの想いだった。




『ねぇ…その人を救いたいの?』

『……え…………!?』


 いきなり空からそんな声がした。空と言うか、球状の空間の天井から。


『だったらもっと簡単に…。シンプルに君の心を伝えてごらん…』

『この声……誰……?』


 知らない声に恐怖は沸かないものの、不思議しか感じなかった。 


『自分を責める心を1度捨てて…。その方が彼も望んでいるみたいだよ…』

『心を…伝える…?』


 正体不明のその言葉にミルスは考える暇もなく聞き入れていた。何故だか、安心できる優しい声だった。


『大丈夫……。それが魔法の力だから』

『魔法……』


 自分の両手を見てからミルスはアルトの顔を見た。そして乾いた唇を1度湿らせて、両手をアルトの首に絡めた。


『師匠……』


 瞳を閉じて、心に強く思う。


 自分を責めるような思いでも、師匠に死んでほしくないという願いでもなく……。


『起きてください………師匠♪』


 いつもアルトを朝起こすときのように、優しく微笑むとその唇をアルトの口に押し当てた。





『…………!!』


 次の瞬間だった。アルトの胸を中心に放れている黒い光は、色んな方向に発射される水鉄砲のように、とても濃い白の光となって二人のいる空間を光で埋め尽くした。

 ミルスは何が起きたのか解らなかったが、その幻想的な光で自然と心が暖まり、そのままアルトを離さなかった。







「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 阿修羅のような悪魔は空気を揺らしながら空へと吠える。

 飢えた白い目が辺りを何度も何度も見渡す。それでも見つからなかった。


 二人の魔法使いが消えたのだ。


 デスタの切り札、『死壊』から逃れず確かに当たったはずだった。それなのにその姿が空気と化したように無くなったのだ。


 デスタの放った『死壊』は、闇の魔力と憎しみや嫉妬等の負の感情の塊。今まで通り物理的に壊すのではなく、精神的に壊して死を与える。脳死とは違い、心を壊してから体の生命に関わる器官を強制停止させる極悪な魔法。その際に伴う精神的な痛みを知るものは誰もいない。

 もし『死壊』が当たっているのなら、冷たくなって意識のない二人の人間の死体が転がっているはずなのだ。


「チックショォォガ!!!!マタ、コソコソカクレヤガッテ…!!デテキヤガレェッ!!」


 今のデスタには壊せないものが無かった。


 覚醒する前のデスタは、ただ人間を憎んでいた。そのため壊す対象は人間中心。人間の作ったもの、暮らし、そして命のどれをも含んでいた。しかし、花や動物を殺すことは何故だか不可能だった。残った人間の心が現れて拳を止めてくれるのだ。特に花はむしろ守ろうとした。破壊しかできない自分が唯一、守ろうと努力したモノなのだ。


 だが今は明らかに違う。闇が、少しだけ白かった彼の心に墨を塗ったように黒く染め、人間の心を消し去っていた。今思っていることはただ壊すだけ。自分の嫌なモノから先に、壊せれば何でもいいという気持ちだった。


 そう……。今なら愛していた花でさえも、虚無の心で散らせてしまうだ…。




「ッアァ…?」


 ちょうど魔力をさらに暴発させた時だった。感じた。強い魔力が空間を破って現れようとしているのを、デスタは頬にビリビリ感じていた。


「……この…魔力……?」


 その魔力は感じたことがある。だが信じられない。その魔力が感じられると言うことは、あの男が目覚めたと言うことだ。


「まだ…1つあるな…」


 感じられるのは計2つの魔力だ。片方はとても純度、密度の高い魔力。もう片方はもう1つと同じくらいの莫大な量の光の魔力。


「来やがるなぁ……」


 デスタが呟いた瞬間、前方20メートル程先の空中に穴が開いた。


「お前、本当楽しいヤツダナァ!!!!」


 笑ってはいるものの、皮肉に6手の悪魔は笑う。


 黒い空間の穴から現れたのは魔法使い。黒と白の二人の少年少女が空中に浮きながら、ホールの奥から再びこの世界に戻ってきた。


 浮いているのは少年だった。先程までは無かったカラスのような漆黒の翼が背中に生えていた。それをゆっくりと動かしホバリングしながら、その腕にはお姫様だっこで白い魔法使いの少女を抱いていた。少女は状況が理解できないような表情で、自分が少年に抱かれ空を浮いている現実に頭が追い付いていなかった。



「待たせたな………デスタ…」


 低くて重い声だった。これもまたいつものアルトとは違うオーラを放っていた。

 戻ってきたアルトは不気味なほど静かだった。雰囲気も見た目も全てが異常だった。


 利き腕の右手は、ローブの破けた肩にかけてまで真っ黒だった。人種的な黒さではなく、墨を塗ったように真っ黒だった。右目も違っていた。白目が黒く、瞳が金色だった。例えるなら、その姿はまるで人間が想像する堕天使。黒い翼をはためかせ、金色の眼光で敵を睨み、人の世界に君臨した。

 今のアルトの姿はそんな神秘さを包まれていた。



「さぁ…行こうか…」


 アルトの中で混ざりあった光と闇の魔力が、静かに脈動を始めた。

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