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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
五悪魔復活 ~崩れゆく関係~
57/127

続く死闘

「これが私の防御スキルです!!」


 ミルスが叫ぶと同時だった。

 既に屈強な腕を振り上げたガルガデスが目の前にいた。


「死ねやァァァァァァァァ!!!!」


 降り下ろされた腕がミルスの脳天めがけて風を切る。

 直後に辺りの空気に衝撃が走る。強い力と力がぶつかったときの現象だ。


「何だと…!?」


 自分の手先を見て、ガルガデスは言葉を失う。

右拳の一撃を、同じく少女が右腕一本だけで受け止めていた。


「ハァァァァァ!!」


 ガルガデスの腕を両手で掴み、その巨体を本来の質量をあまり感じさせないように軽く投げ飛ばした。

 跳んだガルガデスの巨体は、再び地面に落下し砂煙を巻き起こした。


「よし…!!」


 ミルスは自分の手を開いたり閉じたりして、しっかり動くことを確かめる。


「DORAHHHHHHH!!!!」


 起き上がったガルガデスがまた咆哮を轟かせる。


「あり得ねぇ!!ハッタリだ!!トリックに決まってやがル!!」


 少女の起こした現象を必死に否定するガルガデス。


「魔法をスキルに変換する事なんててめぇにできるわけねぇ!!第一!!それを成し遂げるのを、何千年もの歴史の中の、何万人中誰一人すらできなかったんダゼ!」


 そう。ミルス フィエルがしていることは、魔法の歴史に名前が乗るような偉大なことだった。


「そんなに凄いことなの…?これ」


 ガルガデスを睨み続けるだけで、ミルスにはその凄さが解らなかった。と言うよりは興味がなかった。


「でも…そんなに凄くないよ。確かに魔法をスキルに変換してるけど…。これはあくまでも感覚でしかやっていない。原理が解らないから凄いとは言えない…」

「ホザケェッ!!!!」


 再度ガルガデスが襲いかかる。今度は蹴りだった。ミルスの首に命中するような起動を描く、本気の回し蹴り。


「…!!」

「…何ッ!?」


 ガルガデスの顔が驚きに戻される。

 また止められたのだ。人間でも当たれば軽く100メートルは跳ぶ、ガルガデスの本気の一撃だ。それすらも受け止められて、少女は1ミリも動いていなかった。


「そこ…!!」


 ミルスの足が、片足立ちになってるガルガデスの足を払う。


「うぉ…!?」


 当然ガルガデスの体は地面に倒れる。


「どうしたの!?もう終わり!?」


 ミルスはガルガデスに勝ち誇ったように強く叫ぶ。




 スキルとは、言わば超人の使う技である。


 その原理は未だ解明されておらず、聖者や僧侶等に伝わる言い伝えから、学者が出した結論は神の与えた恩恵だとか。


 この世界には人間が観測することができない力で溢れているとされている。その力の存在も効果も人間には確認することができない。それを使っているため、スキルが使用できるのだという結論に至った。


 その論の正しさを証明できる有力なモノとして、レベルと職業が取り上げられた。スキルは職業ごとによって覚えるものが違う。また、スキルは魔法と違い、鍛練によって覚えるものではなく、決まったレベルになると覚えるのだ。


 そもそもレベルとは誰が造ったのか。職業別に宿る不思議な力には誰が加護を与えているのか。その答えに当てはまる人物は一人しかいない。


 この世界の創造主しかいないだろう。


 職業を身に付けるのは、冒険者のブレスレットをはめたときだ。職業によって色の違うブレスレットは、付けたときからその色に対応する職業になる。ブレスレットには、何もしなくてもレベルと名前が勝手に表示される。それが神の魔法によるものなのだ。


 ブレスレットは、特殊な方法で作る。この世界の各地には神聖な泉がある。魔物も寄り付かず、自然の命で溢れる泉だ。そこに職人が作ったブレスレットをいれる。すると職業を持ったブレスレットが生まれるのだ。ブレスレットはそれぞれ原石が違う。宝石の種類によって、職業が固定されている。


 自分のなりたい職業のブレスレットを着けたときに、初めてその職業になれるのだ。


 その不思議な原理でスキルが職業毎に違うと言うのが、人間が辿り着いた真理に最も近い結論なのだ。


 一般的に職業が魔法使いならば、スキルの使用は不可能、というより魔法使いのスキルが存在しておらず、その代わりに操れるのが魔法なのだ。転職をしたものなら、両方の使用は可能であるが、職業の原理は神の力であるので、先に身に付けた方が戦力にならない。魔法使いがスキルを新しく開発すればよい話だが、そうなると不思議なことに必ず成功しない。


 魔法もスキルと同じで謎に包まれたモノである。

あえてスキルと違う点を並べるとすれば、まず1つに元になるエネルギーが魔力であること。2つ目はレベル関係なく、努力次第によってどんなものでも身に付けられる。そして最後に、使用する魔力の量と魔法の複雑さによっては、スキルより凄いことを起こせるのだ。


 簡単に言うと、スキルと魔法は平行の関係にある。すなわちパラレル。

 ガルガデスが驚きを隠せないのは、ミルスがその平行関係のスキルと魔法を交差させる事を実現したからだ。


 ミルスのように、魔法をスキルに変換することを成し遂げたものは今のところ存在していなかった。

この時までは。


 歴史上何人もの偉大な人物ですら成すことができなかったそれを、原理が解っていなくとも、感覚的に成し遂げた。


 これを使えるようになったときから既に、ミルス フィエルは強者と言っても過言ではないだろう。






「調子に乗ンナァァァァァァ!!!!」


 またもガルガデスは起き上がる。咆哮と同時に、怒りを大きくしながら。


「イイゼェ!!それなら俺ももう少し本気だしてやる!!」

 怒りを笑いに変え、獰猛な瞳を光らせる。


「…っ!!」


 その瞬間吹き出できたガルガデスの膨大な魔力、それがオーラのようなものだったのを見て、ミルスは1歩後ろに退いた。


「GAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!ビビってんのかぁ?今のうちもっとビビっとけぇ!!!!」


 大きく腕を広げ、魔力をどんどん濃くするガルガデス。


そして。


「なっ!?」


 ミルスは信じられない光景を目の前にした。


 ガルガデスが顎を上に向け、直線になった自分の喉、つまり口から気道に親指と人指し指を突っ込んだ。


「うっ…」


 その一部始終を見ているだけで、自分まで気持ち悪くなってくる。


「………!!」

 

 ミルスが目を離しかけたその時だった。


「UGAAAAAAAAAAAA!!!!」


 ガルガデスが何かを掴んだように、口に入っている二本の指を引っこ抜いた。


「…何…あれ…!?」


 それを見て、ガルガデスに不気味な感覚しか感じることができなかった。


 ガルガデスの指が何かを掴んでいる。光沢を見せる液体に濡れた棒のようなもの。


 刀の柄に見えた。


「HAHHAAAAAAAA!!」


 その部分まで出てくると、ガルガデスが口から飛び出ているその柄のようなものを右手でしっかり掴むと、喉が斬れることを恐れないかのように、一気にそれを引っこ抜いた。


「っ…!!」


 それはやはり刀だった。刀と言っても、刃が二メートルはありそうな太刀だった。


 ぬるぬるした液体に濡れ、銀色に光を反射する、武器やでも滅多に取り扱わなさそうな程の一級品。

それをガルガデスが喉から取り出した。


 しかし、ミルスはそれが魔法で異空間から取り出したものだと気づいていた。


 まずいくらガルガデスが大男だとしても、あの太刀の長さでは内臓を貫いてしまう。それにあんなものを自分の体内にそのまましまうはずがない。あれだけ動いたのだから、内臓がぶつ切り状態になってもおかしくない。


「じゃあ…始めっか…。金髪ゥゥゥゥッ!!」


 長い太刀を片手にガルガデスが突っ込んできた。

そしてそれにミルスは反応できなかった。


何故なら、

「OHRAAAAAAAAAAA!!」


 1歩飛び出しただけなのに、ガルガデスがいつの間にか目の前で剣を振り上げていたからだ。


「…!!」


 ギラリと光る太刀が防御のモーションも何もとらなかったミルスに降り下ろされた。


 その威力は、ガルガデスが落下するときのものとは比べようのない大きさだった。地割れをが何方向にも広がり、その溝から砂煙が噴き出す。


 ガルガデスの作り出した結界内は、舞い上がった煙や石によって外からは中の様子が解らなくなった。







「ミルス フィエル!!」

「あぁーヤバイよヤバイよ!!!?助けないと!!」

「ですが…この結界…。先程から傷すらつきません…」


 結界の外で応援しかすることのできない3人の不安が煽られる。


 結界が、音もスキルも、中の様子以外何もかもを通さないため、ガルガデスとミルスの会話も聞こえない。そのため先程から巨体が何度も宙に舞い、金髪の少女にダメージがない理由が解らないのだ。


 そのためどちらが勝っているか解らず、さっきまでは金髪少女が優勢だと思っていたのだが、ガルガデスが口から刀を取り出してからは流れが変わったのを感じていた。


「この結界…私の本気の波動拳すらも弾いたんですよ…」


 息を切らしながら、ルナが結界をコンコンとノックするかのように叩く。


「うむ…。武道家の本気すら通用しないとなると…力押しでは無理そうだな…」


 シーナの頭に乗るディアスが呟く。

「なんとかして破んないと…ミルミルもそうだし…アルトきゅんだって…」

「その通りだ。こんな予期せぬ来訪者に時間を使っている暇はない…。今尚、アルト オーエンの激闘は続いているのだからな…」


 崩壊した町の方から聞こえる、大きな音を耳にラルファは考え込む。


「………あ!!」


 何か思い付いたようにシーナが急に高い声を上げる。


「ねぇねぇディアトカゲ!!」

「誰だそれは!!」


 珍しく声を荒げつっこみに入るディアス。


「この結界、何もかも通さない訳じゃないよね!?」

「何故それを我に聞く…」

「だってトカゲんは…」

「だから誰だ!!」


 本日2度目のつっこみ。


「いいから聞いてよ!!トカゲんはミルミルと契約している…。もしこの結界がどんなものも通さないんだったら、ミルミルとトカゲんのつながりは切れてるはずだよね!?」

「っ!?」


 その言葉を聞いて、ディアスを含めた周りがはっ、となった。


「確かに…貴様の言う通りだ!!我とミルス フィエルの関係は切れていない!!」

「ってことはこの結界……、魔法とかは通すんじゃないかな…」


 シーナは自分の折れた剣で、結界を叩く。


「しかし…、魔法を使えるのはアルト オーエンかミルス フィエルしかいない…」


 シーナの気づいたことは、おそらく正解だろう。しかし、それを実行できる者が二人しかおらず、しかも一人は交戦中で、もう一人は今結界を割って救おうとしている対象だ。


「我が元の姿に戻れればよいのだが、戻るには魔力が必要かつ、ミルス フィエルにそれを伝える術がない…。魔法を使えるものはこの中にいな…」

「割る術なら他にあるぞ」

「「っ!?」」


 口を挟んだのはラルファだった。目を閉じて腕を組み、心なしか勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「シーナの言葉で気づいた。この結界は何もかもを遮断している訳ではない。それは『光』も、ではないか?」


 ラルファが結界を人差し指でなぞり始める。


「どんな衝撃もこの結界は通さない。音は空気中の波なのだから例外ではない。だが、俺らが感じられているモノがある…」


 ラルファは結界に顔を、ずいっ、と近づける。


「もしも『光』まで遮断されているのであれば、俺らに内部の様子は見えないはず」

「……そうか!!この世界で目に見える全てのモノは、目の神経が捉える光!!中が透けて見えるってことは、光は通しているってことだね!?」


 シーナが手を打って叫ぶ。


「それもかなりよく通してくれている…。私が顔を近づけても鏡のようにもなりはしない…」


 ラルファが結界から離れる。


「えっと…、つまりどう言うことですか?」


 一人だけ話に着いていけないルナが首を傾げる。


「つまり、光は電気エネルギーを変換したものでもある…。強い電撃を当てれば、割れるかもしれないってことだよ」


 シーナが解説をするが、ルナの顔は浮かないままだ。


「電撃…、と言っても私の『サンダーインパクト』が効きませんでしたよ?シーナさんもラルファさんから借りた剣で電気纏った斬撃を放ちましたけど、やはり傷もつかず…」

「おそらく威力が足りなかったのだろう。シーナ、剣を返してくれるか?」


 腰の鞘だけを取り、シーナに向けて手を出す。


「あぁ、うん。……でも、ラルファたんどうするつもり?」

「皆、少し離れていろ…。あぁ、ルナは俺の後ろに…」


 ラルファの言葉に、全員の頭に?マークが浮かぶ。


「さぁ…。この結界を食い破るぞ…」


 ラルファの鋭い八重歯がにっ、と光る。






__________________________

「ハァ…ハァ…」


 先程からずっと襲ってくる頭痛に耐えながら、アルトは空中の『クリスタルウォール』の足場に膝をついていた。


 立っているのも苦しいくらいの痛みと疲れ。


 デスタとの戦いで得たものもあれば、消費しないで溜めていた闇を抑えていたものもある。


 今日の1、2時間ほど前に、アルトには急に闇の魔力が湧き始めた。何ともない量ではあった。しかし、アルトはその闇の魔力を消費していないのだ。ずっと溜め込んでいた。


 時間が経つにつれ、心はどんどん闇によって黒に染められる。闇に染まる何よりの恐ろしさは、実感が無いこと。心が黒く蝕まれ、周りの人に迷惑をかけたり、酷いことをしたとしても心が黒くなり始めれば本人は実感できなくなるのだ。


 アルトの心はもう8割型、闇に飲まれていた。


 だが、それを抑えるのも少し楽になった。回避不可能な『クリスタルウォール』と『フラグシュート』のコンボで空を舞う悪魔、デスタを地に打ち落としたのだ。


 デスタを探し出すため、折れたあばらを気にしながらゆっくりと瓦礫の山へ降りた。




「……」


 地上に降りると、アルトはそのまま歩き始めた。デスタの居場所は解っている。撃ち落としてからデスタは、落下の衝撃でできたクレーターにずっと倒れているのだ。


「……っ…」


 見つけた。

 デスタが仰向けに倒れている。口を開け、白目を向いている。気絶しているようだ。


「……」


 その姿を見て、アルトは止めを刺そうと近づこうとした。


 これが闇の影響であった。

 本来ならばアルトは止めを刺そうなんて考えない。


 なのにそれを今、無意識の内に実行しようとしているのだ。


 これが闇の恐ろしさだった。




「……っ…」


バタ…


 視界が歪み、デスタに近づく前にアルトは倒れた。今の今まで、闇に体を蝕まれ歩くことがギリギリできた状態だったのに、アルトは立つことすらもできなくなった。


 時間が経つにつれ、動かなくとも闇は溜まり続ける。


「……ちくしょ…動け…動けよ…」


 自分への苛立ちで仕方がなかった。闇に加速されアルトの理不尽かつ無意識なやり場の無い怒りはエスカレートする。


 今のアルトは、闇に苦しむ只の哀れな人間だった。



カラ…


「………!?…」


 その時だった。物音がした。石が落ちる音。アルトは動いていない。少なくとも前方からなのは解った。


ガラ…


 今度はもう少し大きめの石が落ちるような音だ。


ガガガ…


 そして瓦礫サイズの石が地面に引きずられるような音だ。


「……!!!!」


 最後にアルトに響くのは音ではなかった。


 デスタの何倍はあろうかと言うほどの膨大な闇の力。アルトの五感が、前方に感じる闇に恐れ、機能しなくなった。


 自分が上に倒れている瓦礫のざらざらした表面と冷たさ。鼻に香る砂の匂い。何かが動いて崩れる瓦礫の音。口いっぱいに広がっている血の味。そして横になった世界が見える視界。

その全てが、恐怖によって一瞬消えた。


 アルト オーエンが顔を上げたとき、デスタが立ち上がっていた。


「…ちっ……」


 最悪な状態だった。自分は動けない。そして目の前にはデスタ。戦うことも逃げることもできない。死と言う選択肢のみが与えられているも同然だ。


が、

「オレハ…オワラネェ…」


 デスタは白目のまま、攻撃をしてくるわけでもなく立っていた。


「コンナトコロデ…オワラネェ…」


 憎らしげに白い目を顔ごと太陽に向けた。


 雲1つなく晴れ渡る空に浮かぶ、1つの光球。それを掴み取ろうとするかのようにデスタは両手を空へ伸ばす。


「ニンゲンヲ…ニンゲンヲオワラセル!!!!」


 その叫びだった。

 それが鍵となるかのように、どっから出したのか解らない膨大な魔力、それだけでデスタ数人分の大きさなのに、それがさらに膨れ上がった。


「ぐ…ぁぁぁぁ…!!」


 突如巻き起こった旋風により、アルトは吹き飛ばされた。


 十メートル程離れた大きめの瓦礫に背中からぶつかる。


「なんだよ…これ…!?」

 

 アルトの目には、力の増大が止まらない悪魔しか目に映らなかった。







_______________________________________

 デスタの魔力が爆発的に膨れ上がった頃、悪魔達の空間では。


 開いていた1つの扉から、黒い煙がすごい勢いで噴き出していた。


「なんだ…これは!?」


 初めて見た光景にジョーカーは驚き、イスから立ち上がる。

 それに対して、女性の声は落ち着いていた。


『…まさかデスタ…。覚醒したの…?』

「何だと…!?」


 ジョーカーは天井を見上げる。


『ここまで力が噴き出るなんておかしいわね…。それほど苦戦しているのかしら?』

「…まさか…。いくらデスタと言えど、勝てないからといってここまでなったことは1度もないぞ…」


 ジョーカーは煙が出てくる穴に近寄り、その煙の流れに手を入れる。


「ふむ…」

『何かわかったのかしら?』

「…強い憎しみを感じる。奴が悪魔になるときと同じ、いや、それ以上の…」

『………大丈夫かしら…デスタ』


 女性の声は仲間を思う心配を含んでいた。






 デスタは元は人間だった。


 とある村で生まれ、そこで育つ幼い8才くらいの少年だった。

 デスタには妹がいた。とても優しく、兄想いの純粋な女の子。

 妹は花が好きだった。花を見つけては横になって、何をしているのかと聞くと、


「花とお話ししてるの♪」


と言って、夕方まで動かないくらいだった。

 だからデスタも花が好きだった。妹の大好きな花が大好きだった。



 しかし、そんなある日だった。村にいきなり、人間達が襲いかかってきた。

 デスタの住む村の人々は、人間ではあるが特殊な力をもつとされていた。それが狙われたのか危険視されたのか解らないが、襲い掛かった人間達は人を切り、足を射ち抜いて、村に火を放った。


 その時だ。村の中のデスタの家に大切な花があると言って、デスタの妹は炎の中に突っ込んでいった。捕虜として捕まってしまったデスタは、その足を止めさせることができなかった。


 そして妹は帰ってこなかった。花も全て焼けてしまっていた。妹の焼死体は見つからず、もしかしたら遠くへ逃げたのではないかと希望を持つことができたのが唯一の救いだった。


 が、その希望もすぐさま絶望に変わった。


 村を制圧した奴らの一人が、崖の近くでこれを見つけたと言って、片方しかない妹の靴を持ってきた。


 それを見て、デスタは絶望した。

 村人の大人は全員殺され、子供らも奴隷として売られる。そして妹が死んだ。


 もう生きる価値がないのだと、デスタの視界は暗転した。




 それから少しの間の事は覚えていない。

 気がついたときには、自分には闇の力が溢れていて、周りにはバラバラにされた人の死骸があった。

 真っ赤に染まった地面、転がってぶよぶよしている人の残骸。そこら中に散っていた。


 何が起きたのか解らないデスタは生き残りの子供達を方を振り返った。


 しかしそこにも同じような光景しか無かった。


 何も考えることができなくなり、ただ走り出した。

 人間への憎しみ、弱い自分への怒り、全てを失った悲しみ。それらを全て、叫び声に変えてデスタは吠え続けた。








「コワス!!コワス!!コワス!!コワス!!ブッコワス!!」


 巨大な魔力の中にデスタはいた。自分の過去と、忘れてはならない人間への憎しみを思い出した。


「あり得ない…こんな力…!!」


 アルトは動けないまま、闇を溢れさせるデスタを眺めていた。


 晴れていた空には、明らかに自然のものではない黒い雲が隙間なく敷き詰められている。壺が割れたときと同じだった。自然環境にまで影響を与える闇。その現象が状況の不気味さを際立てていた。


「オォォォアァァァァァァァァ!!!!」


 そしてデスタが、黒い光を発した。その光は他の色を奪うかのようにドス黒く、全てを絶望させるかのような闇の色だった。


「ハカイィィィィィィッ!!!!」


 光を発するデスタの黒いシルエットに、赤いヒビが入った。ヒビは徐々に広がって行き、やがてシルエット全体に広がった。


「 !! 、 !!!!」


 その時、アルトにはデスタが何と叫んだのわからなかった。人の言葉ではなかったからだ。デスタのそれは悪魔の言葉。自分でも知らない悪魔の呪文でもあった。





パリィィィィィィンッ!!


 蝶が、無理矢理殻を破って飛び出たかのようだった。


 シルエットからヒビにそって、表面の黒い部分が砕けた。


 そして中から現れたのはデスタ。が、その風貌は全く変わっていた。

 形としてのベースは、元のデスタだった。人の形で、肌が黒い。


 しかし以前と違う点。


 翼がより大きくなっていた。そして皮膜が鋭い刃となっている。手も違っていた。デスタの手が阿修羅のように6本生えていた。どれも力強く、強力な闇を纏っている。


 その額には黒で『β』と浮かび上がっていた。


「GGGGGGGGGGGGGGGG!!!!」


 先程までの咆哮とは、比べる必要がないくらい大きな叫びだった。


「コワス…コワス!!」


 本当に見えているのかと思えるようなデスタの白のままの目が、倒れているアルトを捉えた。


 1歩1歩ゆっくりと、足の下の瓦礫を砕きながらデスタが近寄ってくる。


「ちっ…くしょうが…」


 アルトは2つの意味で限界だった。1つは目の前の修羅がどんどん近づいてきていること。

 もう1つは自分の抑える闇だった。もう自我を保つことさえすれすれな量まで、闇が体に蓄積していた。


「…ぁ…っ…あぁ…!!」


 デスタに何かされた訳でもないのに、アルトは苦しみ始めた。


「もう…もたねぇ…」


 自分の首を絞めて、必死に押さえ込もうとしていた。しかし、もう無駄だと言うことは本人は気づいていた。


 消え行く意識のなかでアルトは

(頼むから…。巻き込まれないでくれよ…)

仲間の無事だけを祈っていた。






ドォォンッ!!


「ァ?」


 デスタは足を止めた。

 破壊しようとしていた目の前の男が首を絞めたかと思えば、急に爆発が起きた。


 殺される前に自爆したのか。とデスタは思ったが、すぐに違うと言うことが解った。


「フー…フー…!!」


 砂煙の中から、息を荒立てる化け物が現れた。


 白目を向いており、足と左手の3本で体を支えるように立ち、右手には闇の魔力が溢れていた。


 正気を失ったアルトが、デスタと対峙していた。


「へぇ…オモシレェジャねぇか…」


 人であるのに闇の力を使う目の前の化け物を見て、デスタは唇の端を尖らせる。


「ガルアァァァァァァァァァァァ!!」


 少年の姿をした闇は叫ぶと、そのまま修羅に飛びかかった。


 そしてまた、大きな爆発がより規模を増して起きていく。








「OHRAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ガルガデスの太刀が、物凄い速さで少女に降り下ろされていく。

 それに対し、少女には刃が当たっても体が鉄かのように無傷で弾いていた。


 しかしそれでも、ミルスの方が若干苦戦していた。


(こいつ…早すぎる…!!)


 ガルガデスが武器を太刀に変えた時から、その大男のスピードは自分の剣と連動しているかのように、爆発的に加速しているのだ。


「SORA!!SORA!!何だ何だ随分遅ぇなぁ!!」


 正直、眼に見えなかった。剣を降り下ろして、スキルにより硬化した自分の体に弾かれてから、また剣を振り上げるまで。映像を切り換えるかのように、気がつくとぱっ、と刀身を叩きつけてきた。


「ハァッ!!」

「弱ェヨ!!」

「っ!?」


 隙をついて放ったはずの蹴りが、ガルガデスに軽々と足を捕まれ防がれる。


 魔法使いで、自分のレベル程では素手でレンガすら割れないのは自覚している。今、驚いていてるのはガルガデスの攻撃への反応、すなわち防御のモーションの速さにだ。


 ガルガデスが攻撃に切り替わるときを狙って放った。だから避けられるはずは無いと思っていたのだが、その予想が外れた。威力関係なく、蹴りが当たらない。つまり、ガルガデスに反撃ができないと言うことだ。 


 ガルガデスは攻撃をずっと、休まずに続けている。太刀を手にしてからは5分ほどは動きっぱなしでいる。なのに息切れも、動きに疲労と言ったものが一切見られない。


 それに対してミルスは、魔力を消費している。原理は不明だが、魔法をスキルにする、つまり元となるエネルギーが魔力なのだ。才能のあるミルスは多大な魔力を所有している。しかし、魔力が多いからといっても、約5分ずっと使用しているのだから限界は来てしまう。


 攻撃が当たらない、ダメージも受けないとなると、後はどちらのスタミナが先に尽きるかの持久戦。その持久戦で明らかに有利なのはガルガデス。いつ体力が尽きて、その体に太刀が鮮血を散らせながらめり込むかはそう遠くない未来なのだ。


「ハァ…」


 ミルスの息が切れ始めた。その苦しそうな呼吸の音を、ガルガデスが聞き逃しなどしなかった。


「HA♪」


 愉快そうな声をあげて、ガルガデスの攻めはより激しくなった。


 今までは1秒間に1回ペースに太刀を降り下ろしていたが、その猛攻は更に強力になり、1秒間に3回ペースで刀身を叩きつけられた。


 当然攻撃を受け止めるミルスの体力の消費も3倍になる。


「どうしたどうしたぁ!?MADAMADA序ノ口だぞぉ!?」


 流れは完全にガルガデスの方にあった。

 この場合、ミルスが弱いわけではなかった。相手がガルガデスと言う事が不幸だったのだ。ミルスは魔法使いだ。ならば主力となるのは魔法である。しかしガルガデスには魔法が何もかも効かない。


 攻撃ができないのが、何よりも大きかった。簡単に言えば、ポーンとキングだけでチェスをやるようなものだった。


「…っく…」


 ミルスは徐々に限界へと近づいていく。スキルの力が弱まったのか、刀身から与えられる衝撃が雨に当たるかのような小さな衝撃として伝わってしまっているのが解る。


 ミルスがスキルを解除しかけてしまいそうになる。




 その時だった。


パリィィィィィィィィンッ!!!!


 決闘場とも言える結界が崩壊、と言うか砕け散った。


「何ィっ!?」


 雪のように降ってくる細かな硝子のようでもある結界の欠片を見上げながら、背後の方向を見る。


「中々堅いものだったが、割れたぞ」


 ガルガデスの背後の方から歩いてきた女性。長い金髪がより眩しい黄金色に輝いておりライオンもしくは狼のように跳ねていた。


「っ!!」


 その人物を確認するとミルスは安堵した。


「タイマンをしていたようだが関係無い。こちらには時間がないからな」


 電気がバチバチと走らせながら、ラルファが歩いてきた。


「何だそりゃぁ!?」


 結界を破った見たことのない力、いやスキルか。ガルガデスが驚きの声をあげる。


「俺のスキル『フェンリルサンダー』だ」

「フェン…リル…?」


 聞いたことがあるような単語にミルスが首をかしげる。


「フェンリルとは、とある狡知の神の第三子で狼の姿をしている。それをモチーフにしてみたのだが、雷はおまけだ。とにかくフェンリルの巨大な力、その例えだ」


 ラルファが剣を構えると雷を空気中に放電し始めた。しかし放電と言っても不規則にではなく、その雷は徐々に固まっていき何かの姿を作り始めていた。


「コイツハ!!」

「すごい…」


 ミルスとガルガデスは両者ともラルファを見ていた。その彼女の上に存在するのは雷の塊の大きな狼だった。目は赤い光が血に飢えていることを示し、雷が牙や体毛を鋭く表現していた。


「と、まぁこんな感じで…」


 次の瞬間、ラルファの姿が消えた。


「ぬっ!!」


 そして現れた。ガルガデスの目の前で剣を降り下ろす。が、ガルガデスはしっかりと反応し太刀で受け止めた。


「俺の攻撃対象に襲いかかるわけだ」

「っ!!」


 ラルファが覚醒後の鋭い八重歯を光らせて笑うと、その背後から『フェンリル』が迫ってきていた。


「そういう…ことかよ…」


 刺々した電流が眩しいばかりの閃光と共に空気中へ放たれる。


 ガルガデスは避けることができず、獰猛な雷の獣の餌食となった。


「……っ…」


 爆発が止んだとき、そこにはガルガデスの姿はなかった。


「ラルファさん…!!」


 爆発の後を見続けるラルファにミルスが駆け寄る。


「まさか逃げられるとはな…。信じたくはないが、あの男数百万ボルトの電撃を浴びている中、逃げたぞ?」


 その顔は少し悔しそうだった。


「普通なら神経が麻痺して動けなくなるはずなのにな…。と、そんなことよりミルス フィエル」


 思い出したようにラルファがミルスを見つめる。


「早く行ってこい。大きなタイムロスをしてしまった」

「は、はい!!」


 ミルスは強く返事をした。


「我も行くぞ!!」

「ディアス!!」


 走り出そうとしたとき、肩にディアスが飛んできた。


「強大な闇の力を感じる…。気を付けよ!!」

「うん!!」

 ミルスは町へ向けて走り出した。





「ふぅ…。シーナ、ルナどうする?」


 ラルファは背後に立つ二人に話しかけるラルファ。


「とりあえずー、雑魚退治かな」

「そうですね。町の人たちを守らなければいけませんし」

「そうだな」

「ところでラルファ…ちゃん…?大丈夫ですか?」


 ルナはラルファに心配する言葉をかけた。


「あぁ、なんともない…。助かったぞルナ。『フェンリルサンダー』を使うには、ある程度電気が必要になる。普段なら俺のスキルで作れるのだが、今回は何分時間がなかったからな。『サンダーインパクト』で代用ができた」

「そうですか。ならよかったです♪」

「さてと…。僕達は今やれることをやろうか…」

「そうだな…。俺達が行ったところで、所詮は戦力外にしかならんからな…」


 3人は町の人達が避難している方向へと歩き出した。


 3人とも、二人の魔法使いを信じながら…。

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