悪魔の、ミルスの、そしてアルトの闇
文量とは逆に、内容が変かもしれないです…
「今日は出発せず、休みます」
朝早く、アルトが宿の食堂のパンをかじりながら告げると、みんな子供のようにはしゃいで喜んだ。
リブラントは商人が多く集まるため、買い物などをするには最高だし楽しい場所もある。
簡単に言うと都会であるこの町で遊べるとなると、全員喜ぶのだ。
しかしアルトの本心はアルトが休みたいだけ。昨日の疲労が全く消えていないのだ。
ジョーカーと戦い、その疲れを癒すために集会浴場に行ったのにむしろ疲れ、11時間取ろうとしていた睡眠も、取れたには取れたのだが全く足りなかった。だから睡眠を取りたいが為に1日を休みに使った。
だからアルトは今1人、部屋にいる。ベッドの中でぐっすりとカーテンを全て閉めて眠っている。時間が勿体無いなんて思わず、レム睡眠に到達するように時間も気にせず眠っている。
予定だったのだが、
「…ちっ…ディアス…起きてるか?」
起き上がって暗闇の中の籠の中で目を閉じている龍を呼んだ。
「どうした…?」
いつもらしくなく舌打ちを漏らしたアルトに、ディアスは不信感を感じつつ答えた。
「なんか…おかしい…」
「…?」
アルトが何を言っているのか解らず、ディアスは暗闇の中で目を完全に覚ました。
「寝心地でも悪いのか…?」
「違う…これだよ…」
アルトは手を開き、異常をディアスに見せた。
「…っ!?貴様、これは!?」
アルトから流れ出る異様なオーラを感じ、ディアスが叫ぶ。
アルトの右手から紫色の光が流れていた。
「それは…闇の力!?」
「あぁ…そうだ…」
「何故貴様がその力を使える!?その力は我のような悪魔にしか…、まさか…ジョーカー…!?」
それしか考えられない理由をすぐに想像してしまい、ディアスは口を閉じた。
「いや…違う…。これは誰のせいでもない…」
アルトが優しく、光を放つ拳をきゅっと握る。
なぜアルトがこの力をもっているのか。
ディアスの頭に即座に浮かび上がったのは、ジョーカーに体を乗っ取られたことによるものではないかと言うことだった。
普通の人間には闇の魔力を扱えない。だがアルトは昨日、悪魔に乗り移られている。そのため使えるようになってしまったのではないか。
それなら自分らのしてしまったことはこの少年に対し、悪魔に体を改造させたのに等しい。
しかしアルト自信がそれを否定した。
「昨日は何ともなかった…。今日気づいたんだけど、多分ジョーカーに乗り移られたのは関係ない」
アルトは驚くような素振りも見せず、右手首を左手で掴んだ。
「俺の中からこの力が沸き上がってくるんだ…」
「…っ…」
ディアスは複数の事に驚いた。
人間であるアルトから闇の魔力が流れ出ていること、それが誰のせいでもなくアルト自信の力であること、そして彼のいつもと違う話し方だった。嘆くようでもあり、憤りも感じられた。
正確には怒りではないのかもしれない。だが、アルトの話し方は何か黒かった。声も低い気もする。
「何にせよこいつは俺の力だ…。信じたくもねぇが、普通の魔力と同じように沸き上がってきてやがる。割合的には9:1くらい…。これからの冒険や戦闘に支障は無いと思う」
「何故急に…そして貴様が…?」
「さぁね…。ただ…この魔力…。ジョーカーと戦ったときにも感じたけどよ…、闇の魔力ってやつは感情に影響を与えてくる…」
自分の右手を締め付けるかのように左手に力を込める。
「なんだか解らないが、さっきから負の感情ばかり胸に渦巻いて、うざったくてありゃしない…」
憎らしげに舌打ちをする。
「ディアス。この力の発現はみんなには黙っていてほしい」
「しかし…アルト オーエン…。それはつまり…」
「確かにみんなを危険にするのと同じかもしれない…」
「違う!!そうではない!!闇の魔力は人間にとってはかなり危険だ!!もし力に呑まれれば!!」
いつもの口調に戻ったアルトにディアスが声を張り上げ叫んだ。
「落ち着けディアス。君の言いたいことは解ってる。だからこそなんだよ。みんなに無駄な心配はかけさせたくない」
自分の胸に渦巻いている負の感情を深くにしまいこみ、暗闇でアルトは微笑んだ。
「それに君が思ってるほど僕はみんなを恨んだりとかしてはいない。確かに昨日は色々されたけども、僕は何も思わない…だからみんなを傷つけるようなことも自分を苦しめるような事もしないと思う……」
起き上がるときの巻き戻しのように、同じ軌道でベッドに体重を預けた。
「……いろいろ大変な目には会ったけど、…嬉しいんだ…」
アルトは優しく目を閉じる。
「Mな訳じゃない。ただ…僕には今まで友と呼べる人も、頼れる人も誰もいなかった…。孤独としか言いようがないくらい、寂しい日々だったんだ。だから誰より仲間がいることの温かみを知っているつもりだ。少し考え方がおかしいかもしれない。それでも一緒にいたいだけなんだ…」
「それは…本心か…?」
ディアスは鎌を掛けるように質問した。
「あぁ…本心だ…」
アルトの答えは変わらない。
しかし
「我が主にも、それが言えるか…?」
「っ…、」
アルトは言葉をつまらせた。ディアスの言葉が、アルトの中のわずかな隙間へと撃ち込まれたからだ。
「ミルスはどう思っているんだろうね…。あの子が優しい心を持っているのは知っている…。でも…僕の事をどう思ってるのか解らない…」
アルトはミルスが自分に興味を示さなくなった、と思い込んでいた。
「我はあの娘と契約している。だからあの娘の貴様への想いもいくらかは理解している…。我もそうだが、みんな貴様への罪悪感は抱いていると言ってもよいだろう…」
「…だけどディアス…。確かに君の言うことなら確実なんだろう。それはもう解ってるんだ…。でも、ミルスの場合、あまり行動に表さないからさ…。よく…解らないんだよ…」
ディアスは言葉を返せなかった。アルトの抱いている感情が複雑すぎ、声を掛けることができないのだ。
「くどいようだけど、僕はみんながババ抜きで僕を陥れたことを気にしてはいない。ましてやラルファが熱湯に落としたりしたことなんて尚更気にしちゃいない」
アルトは口調を明るくして、揚々と話す。
「だって嬉しいから。ババ抜きで負けることで僕はみんなを守れた。負けるってことの面白さも知れたし…。みんなも僕を信用していた。レベル100のステータスなら傷すら付かなかったし、熱湯に落とされたことだってラルファが楽しんでくれた」
アルトの話はまだまだ続く。
「ぶっちゃけ僕はみんなを守れればいいと思う。リーダーであるし、そのための防御魔法だ。またみんなが笑ってくれればそれでいい。確かにラルファにされたことはちょっとあれだけど、彼女は中身がまだ子供なんだ。バーサーカーと言う種族は、体と人格の変化によって精神面が不安定なのだから、あれは仕方の無いことだよ」
全てを許す菩薩のように、広い心を持ちながらアルトは続ける。
「シーナはいつもパーティーを笑顔にしてくれている。頭沸いてるのかと思えるくらい変態だけど、彼女がいるからこそ笑いが起きるのだと思うよ。それにあれでもパーティーの中では優しいお姉ちゃん的立場なんだよ。幼女の方のラルファの面倒を見てくれるのはいつもシーナだ。彼女がいなければ毎日がつまらない。感情崩壊したのも仕方の無い理由があったんだし」
枕と頭の間に手を滑り込ませ、暗闇になれた目で天井を見上げる。
「ルナもお姉ちゃん、と言うよりはお母さんに等しいかな。優しくて仲間のためにその本気を発揮してくれる。いっつも着いていないと危なっかしい、いわゆるバカなんだけど、人間性だけは欠いていないよ。それにルナの食事の時の幸せそうな顔を見ると、こっちまでその気分に引き込まれるんだ。頭は悪くとも、善悪の判断は正確だ。善を守り悪を殴る。それが内の武道家ルナだ」
そこでディアスが口を挟んだ。
「ならばミルス フィエルは?」
「っ…」
考えていた人物の名を出され、アルトは唾を飲んだ。やはり先程と同じ反応だった。
「貴様にはあの娘がどう映っている?ただの貧弱な何もできない弟子なのではないか?想いを伝えられないコミュニケーション障害とでも思っているのではないか?」
尖らせた言い方でディアスが話す。
「随分、主の事を冷たく言うんだね?」
「主を見守るのが契約した我の使命だ。口だけではなく、本当に強くなってもらわねば困るのだ」
「うん…。先程も言ったけど、ぶっちゃけミルスだけは本当に解らない。ああ、別に役立たずと言っている訳じゃない…。そんな酷いこと言うわけがない。ミルスの事を考えようとすると、出口のない迷路に迷い混んだように思考が止まって解らなくなるんだ…。嫌われてるんじゃないかって、心配に思う時が何度もある…」
「貴様…」
「過保護すぎるだけかもしれない。お父さんが娘の心配をするように…。解ってるさ…。ミルスはそんな事思ってない。寝言で僕の事を好きと言ってくれた…」
集会浴場で二人きりでかなり気まずい空気の中、レムナ魔法で眠ったミルスは確かに『大好き』と言っていた。
しかし、その言葉の本当の意味はあまり恋愛に興味を持たないアルトには、ミルスの恋心として伝わってはいなかった。関係があまり良くないと言うのもあっただろう。それがなくても今までの日々の中で、ミルスのアルトへの想いは届いていたのだろうか?
届くわけがない。
あまり外面に出さない少女の気持ちは、内面で靄となるだけなのだから。
アルトとミルスの想いは、ねじれの関係になってしまっているのだ。
「でも投げ捨てたりはしない。それは絶対に誓う。闇の魔力が発現したとしても、僕はこのパーティーを手離さないよ」
その言葉にディアスは一瞬ゾッとしたが、すぐに温かい気持ちになった。
それはアルトが『手離さない』と言ったことだ。単に嬉しいからではなく、アルトの表現の問題だった。
アルトからすればパーティーから離れると言うことは、手離すと言うこと。強い立場の者が弱い立場の者たちから離れるときに使うことに変わりはない。だがアルトは敢えて『手離さない』と言った。離れるや抜けるではなくそう…。つまりアルトはそれほどパーティーのことを大切に思っていると。アルトにとってはこのパーティーは孤独の人生の中で見つけた大切な居場所なのだから。
「さぁ、寝ようディアス。過労になって心配をかけるわけにはいかない」
毛布を1枚胴体に掛け、アルトは心を落ち着かせた。
「アルト オーエン…」
ディアスは少年の心を嘆くかのように名を呼んだ。呼ばれた方は既に眠っている。
(貴様は優しすぎる…。バハムート魔式で人の気持ちなど全く解らない我からすれば、貴様は優しすぎるとしか言いようがない…)
暗闇に馴れた目で少年のシルエットを見つめながらディアスは思う。
(その闇の魔力…。今尚、貴様の精神を蝕んでいるのではないか?)
先程のアルトの話し方、妙な点がとてもあった。特に気になったのは一人称の変化。『僕』と『俺』が不規則に移り変わっていた。怒ったときなどは『俺』確かに使うが、日常の会話では滅多に使わない。
闇の魔力は感情に負の影響を作用させる。
(そして貴様はミルス フィエルの気持ちを知らない…。娘もまた気持ちを伝える勇気がない…)
2つの交わらない心とアルトの感情が乱れ始めているのをディアスは感じていた。
(何事も無く、解決すれば良いのだが…)
これが大きな事件に繋がらないか、闇について最も知っている者はそっと目を閉じた。
「…むぅ…」
うっすらと光の射す部屋にジョーカーはいた。
天井の穴からスポットライトのように光が射し込むだけで、他の光源は一切存在しない。
部屋と言うよりは洞窟に等しいのだろう。筒上の空間だ。石のような壁に穴が5つ空いている。その内3つは岩で塞がるようになっており、2つは開きっぱなしだった。そこから隙間風が入り込んでいると思えるくらい、冷たく、不気味な空間だった。
部屋の中心にあるのは丸い木のテーブルとその周りに等しい間隔で置かれたまたもや5つの、イスだった。その内の1つに腕を組みながらジョーカーは座っており、目を閉じてじっくりと時が過ぎていくのを感じていた。
空いている壁の穴は、ジョーカーとその隣のイスの背の方向に空いている。それは周りの設置されているイスにも同様に、それぞれ対応していた。
「……、ようやく来たか…。待ちわびたぞ、ストラータ…」
音も、姿も、気配もなく表れた人物に、待ちくたびれた不満をぶつけるようにジョーカーがその名を呼んだ。
『フフフ…。ごめんなさぁいジョーカー』
部屋に響いたのは、甘いようで危険そうな色気ある大人の女性の声だった。
「…姿は見せぬか…」
奇妙な状況を咎めるかのようにジョーカーは溜め息をつく。
『だぁかぁらぁ~、謝ってるじゃな~い』
眉間にシワを寄せる奇術師を誘惑するかのように女性の声が、空間の雰囲気を変える。
「いくら長年封印されていたとはいえ、我ら五人の中で一番のお前が、まだ実体を作れないくらいに力が落ちてるとは」
驚きを表すようにジョーカーが呟く。
『あらぁ?それは違うわよ?力はもう戻ってるわ。私今、裸で出られないの♡』
「ふざけるのも大概にしろ。帰るぞ?」
苛立ちを感じながら席を立とうとする。
『あぁん!!ごめん!!ごめんってばジョーカー!!』
全く反省していない様子で女性は謝った。それでも仕方がないのでジョーカーはイスに座り直す。
「お前はいいが、他の二人はどうした?」
閉ざされた3つの穴の内、2つを見てジョーカーが尋ねる。
『二人とも久しぶりのシャバだから、楽しんでるところよ。つまりボイコット♪』
「はぁ…、仕方あるまい…この二人だけか…」
『どうしてそんな残念そうなのかは問わないでおいてあげるけど…、デスタは…?』
「デスタなら既に試しに行った」
欠席の事情を説明し、ジョーカーは本来もう一人いるはずだった空の席を見る。
『もしかして例の子…?』
「あぁ…。話したらそのまま飛んでいった…」
『フフフ♪それはそうよね~。だってジョーカー、負けちゃったんだもの♪それはデスタもすぐに戦いたくなるわ』
「……」
『あれ?ジョーカーちゃーん?もしかして怒ってるの~?』
急に無言になったジョーカーに女性の声は挑発的に語りかける。
「…確かに我が話そうとしているのはそれ関係だが、我が負けたことは問題じゃない」
ジョーカーは落ち着いて女性に向かって言う。
『負けたことは問題じゃない?だってあなた、その危険分子を処理するために私達に話したんでしょ?』
「実際そうなのかもしれん。だがあの男の時の場合は少し違う…」
『……?』
ジョーカーの言うことが理解できず、女性は何も言わなかった。
「奴に倒されたとき、我の精神に異常を来たしていた…」
『…っ、それってつまり…』
ジョーカーの言葉に今まで明るかった女性の声が、真面目になる。
「光の…力…だな…」
『でも、それって危険ってことでしょ?』
「確かにそうではある。だがあの男は光の魔法なんて使っていない」
『妙ね?光の力で倒されてないのに、光の影響があるなんて…』
「そうなのだ。しかしだ。あの男は使えなくとも、その弟子は光の魔法を使えていた」
『……当人に倒されてなくとも、あなたはその弟子に負けたことになってるの?』
「そう言うことになる…。いや、もしかしたら違うのかも知れぬ…」
ジョーカーは支離滅裂に語る。
『もう!!ハッキリしなさい!!』
「仕方がないのだ…。これはまさに怪奇とも呼べる…」
『…?あなたが怪奇として認めるなんて…。本当に何があったの?』
女性の語りかける声にジョーカーは呼吸をしてから返答をする。
「ストラータ…。我らが封印されている間に、この世界に影響を与える何かが存在してしまったようだ…」
緊張感のある喋り方で、ジョーカーは立ち上がった。
「その存在が少なからず、その怪奇の原因として考えられるだろう…」
突然の休日をもらい、ミルス、シーナはそれぞれ1人で町を歩き回り、ルナとラルファは一緒に行動していた。
「…うーん…、どれがいいんだろう…?」
顎に手を当ててミルスは呟いた。
「どれが私に合ってるのかな?」
ミルスは並べられた本とにらめっこをしていた。
彼女は今魔法に関する本を買おうとしている。
昨日とのジョーカーとの戦いで、アルトの述べていることが全くわからなかった。トランプのカードの回路がどうとか、自分にはわからない次元のものばかりだった。それにいくらあそこまで追い詰めることができたとは言え、アルトがいなかったら自分はジョーカーにやられていた。
それで自信の魔法に磨きをかけるため、テントの下の簡単な店で本を選んでいた。
「うぅ…どうしよう…」
ミルスは迷っていた。どれにするかでも迷っているが、買うか買わないかでも迷っていた。
自分はまだ、アークエンジェルを倒して手に入れた魔術書を読み終えていない。と言うか未だアルトの真似事ばかりで、できるのは合わせ技くらいだ。それなのにこんな本を買っても意味があるのだろうか、と苦しまされていた。
「…いいや、私にはまだ必要ない…」
ミルスは店に背を向けた。
必要ないと言っても欲しくない訳ではないし、魔法が理解できてる訳でもない。ただ、自分には魔法に関して誰よりも知識を持ってる師匠がいるため、わからないことは直接聞けばいい。そう思っていた。
背伸びをしながらミルスは歩き始めた。
(そういえば…)
背伸びをしながらミルスはふと思った。
(肩、抜けたのに完璧に治ってる…)
それは肩が自由に動く事についてだった。昨日、ミルスはジョーカーとの戦いで使い馴れてない大技を使ったため反動で肩が脱臼した。しかしその後、アルトがジョーカーを倒すと、ジョーカーアルトの勝利を称えながらミルスの肩やその他の怪我全てを治してくれた。ありがたいことだ。ありがたいのだが不思議だ。
師匠アルトが言うには、回復系の魔法はただ再生速度を速めたりするだけのものだ。だから内出血や骨折等の主に体の内の怪我は回復速度を速めれば変に治ることがあると言っていた。しかしミルスは体に違和感がない。腕も何もかも今まで通りに動く。
(あれって…どうやったんだろう?あれも怪奇の悪魔の力?)
ミルスはそんなことを考え始め歩いていた。
「…にしても…なんだか師匠と会うのが…辛い…」
少女は少し悩んでいた。
それは自分の弱さ、それと行動力の無さについてだ。
まず自分が弱すぎることだ。ベルザーグやジョーカー等に負けてばかりだ。強くなりたいと決意をしたのに、全く進歩していない。よくよく考えれば自分だけの力で強敵を倒した事がない。確かに今クロスウィザードなのは、アークエンジェルを倒したからだ。しかし、アークエンジェルはディアスのおかげで倒せたのだ。いや、ディアスが倒したのだ。いつも師匠が助けてくれる。
「虫が良すぎる…」
自分への憤りを募らせ、奥歯を噛み締める。
才能があるだの、この年でレベルが50に到達しただの調子に乗り過ぎだ。何もできないただの戦力外だ。
自分の弱さ、むしろ甘さに怒りを感じていた。
それだけではない。この間のジョーカーの時、騙し陥れるような事をしている。
それ以来、アルトが若干距離を置いているような風に思えるのも感じている。
どうすればよいのだろうか
少女はもうそれしか考えられない。
強さにばかり執着して、周りへの影響を考えていなかったのだ。ジョーカーの時だって自分が悪魔の嫌いな光の魔法が使えるからといって、命知らずに挑んだ。だがその結果はどうだった?負けて、結果的にはアルトが助けてしまう。陥れた自分達を、何の嫌気も持たずに助けてくれた。
結局はアルトの優しさと強さに任せっきりなのだ。
いや、むしろ邪魔な存在でしかないのではないだろうか?
そうだ。アルトは自分に関わる理由なんてないのだ。そもそもアルトが一緒にいる理由はギルドの新人を育成するためのシステムのためだ。新人の冒険者が1人で魔物を倒せるくらいになったら、アルトは自分に構う必要なんてない。あの人には要らぬ苦労をさせっぱなしなのだ。第一、以前過労で倒れたときからもっと労るべきだった。レベル100だから自分達とはちがい、生命力、精神力がはるかに強すぎるだなんて思い込んでしまっていた。
レベル100の魔法使い、アルト オーエンも人間なのだ。パーティーのリーダーなのだ。
「今になって許してくれるかな…」
そんなまた口先の事を言うだけで胸に針を指すような痛みが走る。
どうせまた行動に起こさないのだろう。
師匠の心を考えずに違う行動をするのだろう。
無鉄砲に強敵に挑んで、また助けを求めるのだろう。
「ハッキリ思う…」
自分は冒険者に向いていない。
冒険をするから冒険者なのであって、自分の場合は他人が1度冒険、踏んだ道をただ歩いているだけだ。それではただの子供だ。自分はもう子供ではない。この広い世界に冒険者として飛び出た以上、大人であり道を作る立場なのだ。
「だったら…頑張らないといけない…!!」
目の前で拳を握りしめ、力の入った声で呟く。
そうだ。いつまでもくよくよしてはいられない。まず行動しなければ何も始まらない。何が師匠と会うのが辛いだ。自分が悪いのだから仕方がないだろう。
そうだ、まず謝るべきじゃないか?許す、許さないはとにかく、日頃の感謝を込めて何かしてあげるとかしないといけないのではないだろうか。
まずは日々を振り返ろう。自分がどれだけあの人に迷惑をかけてしまっているか。それを全て実感してから、自分が取るべき行動をしよう。
自分の罪をただひたすらに責めながらミルスは歩いていた。
すると、
「あっ…」
ドンッ
考え事に気を取られて前から来た人物に気づかず、その人の胸板にぶつかってしまった。
「す、すいません!!」
ミルスは頭を下げ前の人物に謝った。
全身黒いフードの男だ。身長は180センチ暗いありそうだ。ミルスからすればとにかくでかい。フードで顔等は全く見えない。
身長で相手に威圧されたミルスは頭を深く下げた。絶対ヤバイ人にぶつかったなぁ、と肝を冷やしていた。
「なぁ…」
ビクッ
「は、はい!!」
男に声をかけられ、ミルスは泣きそうになってしまった。当たり屋みたいな感じでこのまま男に連れていかれてしまうのではないか、何ぶつかってんだと言われて殴られたりするのではないか、心の中で怯え、土下座でも何でもやれる範囲ならやるので許してください、と願っていた。今はこんなことで時間を失っている場合じゃない。
しかし、男の言葉は全く違った。
「今この町に、レベル100の魔法使いがいるらしいんだけどよ…何か知らねぇか?」
全く違う理由で肝を冷やした。
男の口は少し笑っていた。白く並んだ歯が片方がつり上がった口の間から見え、鋭くて尖った八重歯が獰猛さを引き立てていた。そして男と目があった。
時間が経って黒くなり始めたような血の色だった。真っ赤とどす黒いの中間の辺りだ。それがいかに恐ろしい色なのか、ミルスの知る色では表せなかった。
だが最もの理由は
コイツ…!?師匠が目当て…!!
男の狙いがアルトだったからだ。レベル100の魔法使いなんてアルト以外にこんな場所に現れるやつなんていない。
ミルスは男に恐怖している。だからアルトの強さを考える前に、自分の脅威であるこの男がアルトの脅威でもあると思ってしまった。
「知らないです…」
たった数秒口を開くだけなのに、ミルスは1語も間違えないように舌の神経に集中した。
「そっか…」
男の反応は意外にあっさりだった。てっきり嘘を見抜かれて首でも閉められるかと覚悟していたが、 男は腰に手を当てそれ以上追求しなかった。
「すいません知らなくて…。ではこれで…失礼します…」
一刻も早くこの場から立ち去って、アルトに狙われてる事を告げなければと、焦っていた。同時にここから逃げれると言う安心感も生まれた。
だが
「オイ」
ミルスは動けなくなった。後ろから男の声がかかった。
「俺にぶつかって余裕で逃げてんジャネェヨ?」
その瞬間、ミルスの立つ街の道が後ろの男を中心に地割れした。
「なっ!?」
音は無かった。何かの力が加わったように男の半径5メートル程の範囲の地面、建物、商人の店であるテントが壊れた。レンガの建物はヒビが入ってから崩壊し、テントはビリビリに引き裂かれ散った。
建物が2つほど崩壊したのを確認すると人々は叫びをあげて逃げ始めた。
「くっ…!!」
何が起きた?と考え始める前にミルスは行動した。後ろの男から距離を一気に取ると、
「『フレイム』!!」
ミルスは男に炎を放つ。
しかし、
パァァァァンッ!!
炎が男に触れる直前に、空気を震わせながら大きな音を立てて弾けた。
「っ!?」
色鮮やかに散る炎の中から男の姿を見る。
何もしてなかった。
右手を出したりしているわけでも、1歩歩いたわけでもなく、動かずにミルスの『フレイム』を壊した。
「…あぁ?」
ミルスが足を地につけ、構えを取ると男が怪訝な声で肩を見た。
弾けて宙に散った火が男のフードに落ち、燃えていた。
「んだよ…、ミスったな…」
男は自分の姿を隠すフードを掴むと、勢いよく脱ぎ捨てた。
20歳くらいの男だ。身長180センチで目は変わらず禍々しい色をしている。肌は少し黒めで全身に日焼けをしたのかと思う黒さだ。髪はルビーのように紅く、ライオンみたいにボサッとなった毛は背中まであり、パッと見ではワルモテだ。腕には黒い線で何かが刺青のようにかかれている。
「さてと…ここまでやっちまったらしゃーなぇな。オイ、しらばっくれるのはいいが俺の目に違和感残さねぇよぉに演じやがれ」
男は首を曲げポキッ、と音を鳴らす。
「あなた…一体何者…?」
平静を保ち続けミルスは男に言う。
「あぁ?わからねぇか?昨日の今日の出来事だろーが」
男は前髪をかきあげて言う。
「俺は破壊の悪魔 デスタ。ジョーカーの野郎がオモシレェ奴がいるつってたからよ、わざわざ俺から出向いてやってんだ」
男の自己紹介でミルスは、僅かに後ろに下がった。
(まさか悪魔だったの!?どうしよう…、私じゃ勝てないし、師匠を狙ってる…)
ジョーカーとの戦いは昨日の出来事だったのだ。攻撃を攻略し、避けて反撃して戦えてたつもりだったが結局は負けてしまった。力の差の大きさを実感したばかりなのに、また悪魔が来たのだ。強敵となるだけでミルスはあのトラウマが思い出させられる。
そして咄嗟に肩を掴んだ。
「…ちっ」
気がつけばミルスの足は後方へと歩き始めていた。当然、デスタが黙ってるはずがない。
「あぁ?お前どこ行こうとしてんだ?逃げんのはいいが、俺は追いかけるぞ?それともレベル100の所まで案内してくれんのか?」
デスタは体を伸ばしながら言った。
(…ダメ…逃げたらダメ…。学んだことを生かすチャンスだもん…それに師匠は今休んでる…。 絶対にこいつを食い止めなきゃ…。それに町の人達も危ない…。コイツだけは私が!!)
決心はついた。ミルスは後ずさるのを止め、弱気を見せずにデスタへと叫ぶ。
「はっ!!誰も逃げないわ!!師匠の居場所が知りたきゃ私から力ずくで聞くしかないわ!!」
それを聞いたデスタは
「…はぁ…」
腰に手を当て溜め息をついた。
「なぁ…悪いことは言わねぇからよぉ…。止めとけって…」
「なっ!?」
屈辱的だった。
別にミルスは自分が強いと思ってはいない。しかしそれでも今のは明らかに弱すぎると言われたようにしか聞こえない。
また、相手にならないと言われた事への羞恥と同時に、デスタに対する恐怖も生まれた。それはデスタから溢れる闇の魔力を見たからだ。
「それでも引かねぇなら…まぁ…しょうが、ねぇぇけど、なぁぁぁ!!」
デスタの目がギラリと光ってミルスを睨み付ける。
その一瞬で、街の中央の半径1キロが隕石でも落ちたように大きく破壊された。
「……っ!!」
バサッ、とアルトはカーテンの閉じた宿の部屋で、ベッドから飛び起きた。
窓の外からすごく大きな音が鳴り響いていた。しかしアルトの目覚めた理由はそれではなかった。音が鳴る前にアルトが感じた強大な魔力。昨日のジョーカーと同等、いやそれ以上かもしれない程の巨大な力だった。
「…ちっ、ディアス!!」
舌打ちをすると、アルトはベッドから飛び出てかけてある黒いローブを取り、バスケットで寝てるディアスを呼ぶ。
「起きてるぞアルト!!」
ディアスは既に翼を伸ばして飛んでいた。
「急げ!!ミルス フィエルが交戦している!!」
「なっ!?」
アルトのローブを閉める手が一瞬止まった。
この強大な魔力とミルスが戦っている。ミルスに勝ち目がないことなんてわかっている。相手の正体も目的もわからない。しかしかなりの力を持っている。
「急ぐってレベルじゃ遅いな…。ディアス!!!!今回はフルパワーで行く…。だから着いたらミルスを連れて離れろ…巻き込むかもしれない!!」
アルトは靴紐を結ぶとと立ち上がった。
「待てアルト オーエン!!貴様、これに一人で立ち向かうつもりか!?」
アルトの宣言にディアスが叫ぶ。
「当たり前だ…、寝る前も言った通り俺はみんなを守りたいそれだけだ」
ローブを翻るように着て、靴を履く。
「行くぞ!!」
アルトは一刻も早くミルスの元へと向かうため、ドアを勢いよく開けて駆け出した。
ゴォォォォォンッ!!
建物がまた1つ崩壊した。中や周辺の人々は既に居なかったのだろう。悲鳴は聞こえなかった。しかしリブラントの中央区は壊滅的だった。大規模なレンガの塔や大理石の教会、その他たくさんの建物は今となってはただの瓦礫だ。水道管が壊れて水があちこちに漏れ出していたり、瓦礫に潰れたテントの布が風に吹かれていたりなど、先程までここが普通に人がいた町とは思えないくらいに荒れてしまっていた。
「はぁぁ!!」
瓦礫の上を飛びながら、金髪の少女が砂煙の中に燃える炎の魔法を放つ。
しかし砂煙に触れる直前に煙の中から飛び出た男の既にかき消される。
男はまっすぐにこちらに走ってくる。
「くっ、『ホーリーショック』!!」
「無駄だぁ!!!!」
ミルスが迫ってくる男に向かって右手を出し、衝撃波を放つ。しかしそれまでもが意図も簡単にデスタに壊される。ミルスに迫りながら右手の拳で衝撃波を打ち消した。
「っ!!」
デスタのスピードは思ったより早かった。
予想外の早さで接近されミルスは思考が止まった。デスタはもう目の前にいた。
「逃げ回るのも終わりだぁ!!!!」
デスタの強大な魔力を帯びた拳が目の前に迫る。
「………!!」
ミルスは目を閉じていた。しかしいつまで経ってもデスタのパンチは当たらなかった。
「……なっ!?」
目を開くと、その理由がすぐにわかった。
「くぅぅぅ!!受け止めるので精一杯だ…」
「流石は悪魔だ…、2人係りでようやく止められるとは…」
剣を抜いたシーナとラルファがデスタの一撃を受け止めていた。
「シーナさん!!ラルファさん!!」
2人の剣を持つ手は震えていた。デスタの力が強いのだろう。今にも2人は飛ばされそうだ。
「流石にこの騒ぎで来ないわけにはいかないよね…!!」
「ルナァッ!!」
ラルファがもう1人の仲間の名を叫ぶ。
「『サンダーインパクト』!!!!」
デスタの体が叫びと共に雷に包まれた。
バァァァァァンッ!!
瓦礫が雷撃に砕かれ、砂煙が舞う。
ルナが煙から飛び出て、距離を取る。
「大丈夫ですか!?ミルスちゃん!!」
「は、はい!!大丈夫です!!」
駆けつけた3人がミルスを囲むように立つ。
「ところで…奴は!?」
シーナが砂煙を見る。
すると砂塵の中が爆発し、煙は飛ばされた。
「今なんかしたかぁ?」
デスタは手を拳の前に置き傷1つ無く立っていた。
「流石はトップ5の悪魔だな…」
「やっぱり効きませんか…」
「アルトきゅんはどうやって倒したんだ…」
力を放つデスタを前に3人とも奥歯を噛み締めるような焦りをして構える。
「気をつけてください!!奴の目当てはアルト師匠です!!」
ミルスが杖を呼び出して構えると、
「雑魚が増えたところで俺には勝てねぇよぉ!!」
デスタが黒い稲妻を帯びた拳を地面に叩きつける。
「「!!!?」」
すると同時にミルス達の立っている地面が爆発した。
デスタの拳が辺り1面の地面を震わし、様々な所で爆音が聞こえた。
「けほっ…、皆さん無事ですか!?」
爆風に飛ばされて、地に着地したミルスが皆を気にし見回す。
「こちらは無事だミルス!!」
「ミルミル危ない!!」
「っ!!」
シーナの声が響き、ミルスは上を見た。
「ハッハーーーーーーー!!!!」
デスタが爆風の中から飛び出していた。その顔は戦いを楽しんでいる狂った笑いを浮かべていた。
「『クリスタルウォール』!!」
降ってくるデスタの一撃を防ぐためミルスは頭上に『クリスタルウォール』を作り出した。
だがミルスはわかっている。
「無駄だってんのがわっかんねーのかぁ!!」
パリィィィンッ!!
ミルスの防御魔法ではデスタの攻撃を防げなかった。1枚の薄いガラスのように簡単に割れた。
「『ハーディンブレード』!!」
デスタの攻撃が当たる前にシーナが剣を前に持ち割り込む。
黒く変色し硬化した剣がデスタをかろうじて受け止めた。
「グググググ…」
「ハッ!!脆い剣だなぁ!!」
デスタの目がそこで怪しく光った。
「っ!?やっば…!!」
シーナの顔が驚愕に変わる。その理由はシーナの剣が震えたから。それはシーナが攻撃を受け止めるために力を入れたからじゃない。
「俺は破壊の悪魔だぁ!!あらゆるものを破壊する!!」
シーナの剣にヒビが入る。
「確かに俺なら力ずくでも破壊できる。だがなぁ!!スキルや魔法なら、魔法で破壊すんのがベストなのよぉ!!!!」
「なっ!?」
音は無かった。普通なら高い金属音が響くのであろう。
シーナの剣が砕け、刀身が音を立てて地面に刺さった。
「おらぁっ!!」
「グガッ…!!」
デスタの横蹴りがシーナを力の方向と同じ向きに飛ばした。
「シーナさん!!」
「危ないです!!ミルスちゃん!!」
「っ!!」
デスタがミルスを見下すように立っていた。その目は興冷めといった様子でつまらなそうだった。
「「はぁぁぁっ!!」」
ルナとラルファがデスタに飛びかかる。
「……」
「ぐぁっ!!」
「がはっ!!」
だが2方向から襲いかかった2人を、デスタは口を開いたり振り向いたりせずに腕だけで同じように殴り飛ばした。二人とも本気の一撃だったのに、デスタに軽々と飛ばされてしまった。
「2人とも!!」
飛んでいった2人の体は大きな瓦礫へと打ちつけられた。
「はぁぁ…」
「くっ!!」
デスタは肩を回しながらだるそうに溜め息を吐く。
「俺はよぉ…、ジョーカーの野郎をぶったおした奴と戦いに来ただけなのによぉ…、お前らは居場所を教えてくんねぇ、おまけに笑えねぇほどに弱ぇ…」
ぐわっ、と目を大きく見開きミルスを見つめ
「もう…ここで全部ぶっ壊した方が早ぇっ!!」
「っ…!!」
デスタの巨大な魔力を持った拳はミルスに近づいていた。
が、その前に反対の左拳で凪ぎ払われ地面にひれ伏すような形になった。
ミルスには時の流れが遅くなったように感じられた。まれにあることだ。目の前に死を感じた時とか、誰かの死を見るときとかなら同じようになる。ただ思考が早くなっただけなのかもしれない。しかし恐らく負けるからなのだろう。
自分はまた負けるのか。思えば強敵に勝ったことなんて、魔導書くらいだ。しかしそれはディアスの力を借りてだ。自分の力では雑魚を倒すのが精一杯なのだろう。
火事場泥棒の一味ギル、バハムート魔式、アークエンジェル、そしてベルザーグやジョーカー。
いつも負けてきた。そして強くなることを誓っても、所詮初心者魔法使い。自分にはなにもできない。今まで生きてこれたのは、すべて周りのおかげ。よくよく考えればみんなとのレベル差なんて酷いものだ。それなのにここまで、ラッキーだったのだ。
生きてる価値が…見出だせない…
最後の無様な願望だが、強くなりたい…。強くなってみんなと一緒に、いやみんなを守る立場に立ちたい。師匠のようにみんなを守るように。
ようやく本当の強さについて解った気がする。
本当の強さは、ただの力ではない。
誰かを守れる力の事を言うんだ…。
ガシッ!!
「あ?」
足元に感じた違和感に、デスタは怪訝な表情を作り、足元を見る。
今吹き飛ばそうとしている少女が、必死に足にしがみついている。
「てめぇ…何してんだ?」
「お…お願いします!!」
頭を下げるような形でミルスは叫んだ。
「ミル…ス…!?」
「駄目で…す…。逃げてくだ…っ…さい…!!」
少女のとった奇妙な行動に、瓦礫の中に埋まってるルナとラルファが動かない体を必死に動かそうと力を入れ、喉から声を絞り出す。
「私だけ殺してください!!」
「アっ?」
デスタは少女の意思がわからなく、眉を吊り上げた。
「お願いします!!どうか他のみんなだけは殺さないでください!!シーナさん、ルナさん、ラルファさん、そして師匠も!!私はどうなっても構いません!!体を破裂させられても、心臓を潰されても、首を引きちぎられても…」
自分でも言うのが恐ろしくなる言葉を、少女は勇気を出して叫んだ。
「私なんかにできるのはこのくらいです…。こんな事しかできません…。ですが、こんな私でも誰かを守れるくらいには成りたい!!」
ミルスはずっとデスタを見つめていたが、最後の言葉はデスタでも、倒れてる仲間たちにでもなく、自分に向けての言葉だった。
「……無理だろ」
「っ…!!」
心を砕かれるような音がした。
少女の心の叫びは受け入れてもらえなかった。
「だがよぉ…」
一呼吸置いて、デスタが言葉を紡ぐ。
「人間てのは本当にわからねぇよ…。その願いは受け入れねぇ。けど、今は殺さないでおいてやる…。お前の命で全員の寿命が延びんだ。てめぇの願いの意思とは大体同じだろ。悪魔の契約ってやつだ」
ミルスは耳を疑った。ここまで獰猛さを示していたデスタが慈悲をかけた。少し満足感に浸かることができた。
どうせここで終わる運命だったのだ。自分がいなくなれば、アルトを邪魔していた足枷が外れるだろう。自分がいることでパーティーにどれだけ悪影響を与えていたのか。
卑屈によるものだが、その顔にうっすらと笑顔が浮かんだ。
「じゃあそういう約束な」
デスタの腕に、先程の何倍ものおぞましさを持つ魔力が溢れだした。それが自分に降り下ろされるのだろうとミルスは知っていた。
師匠、私はこんなことしかできません。でも、初めて誰かの役に立てる気がします。
スッキリとして広くなった心の中でミルスは思う。
耳にみんなの悲鳴が聞こえてくる。
バカなことを考えてないで逃げろ?
そうかもしれない。
そんな契約ダメ?
その通りだ。
でもみんなデスタの力に打ち負かされ動けない。コイツには勝てない。
ここで全滅するより、稼いだ時間で逃げてもらいたい。
こんな真似をするのは裏切りに等しい、最低な事かもしれない。だがこれが精一杯だ。
何か大切なものを守れる力が本当の強さ。ならば、自分の強さは自分を犠牲にしてでも守りたいものを守る。
あの人のようになれるのか…?
私を、みんなを、いつも魔法で守ってくれる強い憧れの人。
これであの人のようになれればそれでいい。
言わなければならないことはたくさんある。
この程度の強さしか無いくらい弱くてごめんなさい。
助けてもらってばかりでごめんなさい。
旅を始めてからあまり話さないでごめんなさい。
こんな弟子で…ごめんなさい…。
「『サンダーウェーブ』」
「っ!?」
声がした。声は魔法を唱えていた。その声は何度も聞いたことがある。
電気ショックがデスタへとぶつかる。
「やれやれ…派手に壊しやがって…」
「…師匠……!?」
アルトが空から落ちてきた。
この、1匹の悪魔の破壊行為を止めるために。
「ウラァァァァッ!!」
電撃をデスタはなぎ払った。その体はどこも焼ける煙をあげたりせず、無傷だった。
「てめぇが…レベル100…!!」
デスタはやって来た魔法使いを確認すると、八重歯を剥き出しにして目を赤く光らせるように笑った。
「そっちからやって来てくれるとは…、メインディッシュが遅ぇから退屈しちまうところだったぞ」
デスタは自分の両手に魔力を集中させる。
「ミルス フィエル!!」
「ディアス!?」
呆然と立っているとミルスの元へディアスが飛んでくる。
「ミルス!!みんなと一緒に離れてろ!!」
背を向けたままアルトが言う。
「師匠!!でも…!!」
離れるわけにはいかない。今ここで言うべき事があるだろう。
「そこにいられると巻き込んじまうかもしれねぇんだ…」
「そんな!?私も一緒に戦います!!」
違う!!そんなことよりまず、謝る言葉がたくさん…
「くどい!!邪魔つってんのが解らないのか!?」
「……っ!!」
アルトの近くにいようと思ったミルスだが、その心も考えも砕け散った。
らしくないアルトの暴言にミルスは思考が一瞬止まった。
今のは…?師匠が言ったの…?
私が邪魔…?邪魔って…、要らないってこと?やっぱり私は要らない……?
アルトの目が、言葉の通り、やはり邪魔と言っているような気がした。猛獣のようなおそろしい2つの目がこちらを見向きもしないで威圧していた。
「っ!!しっかりしろミルス フィエル!!」
アルトの言葉がおかしい理由をディアスは知っている。だから動揺はしないが、ミルスは口許で何かをボソボソと呟いていた。
「『ウィンドゥリバー』」
アルトが魔法で風を作り出し、その流れに拾い上げられるかのように棒のように立ち尽くすミルス、倒れている他三人の仲間は飛ばされた。
「…し!!」
名前を叫ぼうとした。しかし既にミルスの体は風に流され、アルトには届かなかった。
「てめぇがレベル100の魔法使い、アルト オーエンだな?それにしても良かったのかよ?仲間吹き飛ばしちまって…」
「構わねぇよ…。いられると邪魔だ」
「随分仲間に冷てぇんだな?ジョーカーの話と違うぞ?あいつは、お前が仲間を大切にする奴って言ってたんだがよぉ?」
「心を覗くとは悪趣味な悪魔だ…。残念だけど…今の感情は俺にも制御できない…」
闇の魔力の影響。
精神を蝕むその力は、アルトの心を黒く染め始めていた。
もう本人にはその影響で、ミルスに酷いことを言ったと言う自覚すらなかった。
デスタは体のあらゆるところを伸ばして準備運動をしている。アルトは腕を組んでデスタを睨んでいた。
「何言ってるか解らねぇがどうでもいいわ。ジョーカーの野郎が言うにはすごく強いらしいな…。ただの人間じゃねぇって、悪魔の中でお前、絶賛好評中なんだわ」
「そうか…別にこっちはお前らなんかに関わりたくもないんだけどな…」
「そう言うこと言うなよ~。折角俺はあのバカ奇術師が負けたっつー野郎と会いたくて、わざわざ山10個分くらい飛んできたっつーのによ」
「そんなに体力があるならもっと他の強いやつ探せよ…」
アルトが頭を抑えながら言う。
しかしデスタはよけい猛っていた。
「いやいやお前じゃなきゃならねぇんだよ…、特に俺はな…」
「?」
デスタが右拳に魔力を集めると、アルトも魔法を操る両腕魔力を集中させる。
「俺は破壊の悪魔。そしてお前は最強の防御魔法使い」
最後の言葉と共にデスタが地面を一足蹴っただけで一気に飛んで距離を迫ってきた。
「破壊と防御!!どちらが強いかを決めようぜぇ!!」
デスタの声と共に大きな爆発が街の破壊された中央で起きた。
こちらの事情により、6月18日まで投稿の速度が遅くなると思います。
何卒ご理解願います。




