アルト堕とし&ミルスvsジョーカー
とりあえずメインが戦いなので、前半は雑かもしれません。かといって後半も少し複雑であるかもしれません。
厚かましいとは思いますが、評価などを頂ければ嬉しいです。
良いか悪いか素人の作者である私にはわからないので…
「………。」
シュッ シュッ
アルトは無言でトランプをシャッフルしていた。引きこもりの時期は、1人でトランプをひたすらシャッフルすると言う病んでいる時期があった。だからカードのシャッフルは慣れている。カジノのディーラー並みには上手にできる自信がある。
そしてシャッフルが終わると、自分を含め5人にカードを配っていく。1枚1枚配っていき、ジョーカー(カードの)込みの53枚を11、11、11、10、10で5人分に分けた。
何故こんなことをしてるのかと5人中、アルト、ミルス、ラルファの3人が思っていた。残りの、シーナ、ルナの2人は感覚がおかしいので、楽しんでいた。
全てはちゃぶ台の上に浮いている怪奇の悪魔。仮面で目元を覆ったジョーカーの仕業だった。ジョーカーの能力によって、アルト達は強制的に『天使堕とし』と大袈裟に言った、ババ抜きをやらされることになった。強制的なのはジョーカーの力のせいだ。怪奇の悪魔の力により、拒否することのできない戦いとなったのだ。
「………。」
全員無言で手札でペアになっているカードを捨てていく。それをジョーカーは空中でにやにやしながら胡座をかいて見ていた。
「えっと…、これルールは…?」
アルトがジョーカーに問う。
「貴様らがいつも通り行っている『天使堕とし』と同じでよい。無論、逃げ出すのは禁止だ。その時点で逃げたものが負けとなる。」
ジョーカーは淡々と説明する。
「それじゃ、僕から時計回りでいこうか…。」
アルト→ミルス→ラルファ→シーナ→ルナの順だ。
しっかりとゲームをしようとしてはいるが、正直アルトにはやる気がなかった。何故ならば所詮ババ抜きだからだ。どうして昔の人々がジョーカーにやられたかは知らないが、ジョーカーは攻撃をしてこないので、ババ抜きを終わらせてから、油断したところをつけばすぐ勝てるとアルトは心の中で考えていた。
「じゃあ、ゲームスタート…。」
力のないアルトの声によって、ゲームは開始された。
数分後。ゲームは中々いい勝負だった。何周かしてからのアルトが引く番で全員の手札は、うまく3枚ずつになっていた。別に勝とうとか思ってるわけではないが、アルトは手持ちの3枚をあえてシャッフルした。
「………いい勝負だね。」
ゲーム開始時から10°ほど背中が曲がって、猫背になったアルトがぼそっと呟いた。その様子で、他の4人はアルトにやる気がないことを思った。
「師匠…。」
「だってこれ、ただのゲームなんだろ?別に負けても…」
「おっと。言い忘れていた。」
ジョーカーがちょうどいいタイミングで口を挟んだ。
「このゲームはただのゲームなどではないぞ。負けた者の体は我がもらう。」
突然すぎる。いや、本当に突然すぎる。今までこんな勝負は無意味なものだと思ってた。昔の人々はババ抜きで殺し合うほどの馬鹿だと思っていた。しかし、ジョーカーが倒せなかった理由が今わかった。
「「嘘だろ(でしょ)!?」
いち早く反応したアルトとミルスの叫びが混ざりあう。
「さぁて、面白くなりそうだな。人間という生き物の醜い争い。どっちにせよ誰の体を貰おうとも、滅びる運命だ。」
ジョーカーはにやにや笑う。
そんなジョーカーの下で、アルト達はゲームを中断して会議に入った。
「どうする!?」
「負けたら体を奪われるなんて…。」
「なんか…新しいプレイ…♡」
その恍惚な表情をやめろ。その点でなら表情を封印したままの方がよかった。
「…奪うって?」
ルナ。お前は話を聞いてなかったのか。
「…えっと…。」
動揺したまま話にも参加しようとしてできないラルファ。
「つまり…、悪く言えば生け贄…ってことですか?」
「それは悪く言い過ぎだミルス!!」
いや、本当に困った。深く考えないでただのゲームだと考えていた自分がバカだった。
「とりあえず、誰を堕とすか考えよう。」
「どうやったらその考えに至る!?」
シーナはとんでもないことを口走る。それならジョーカーの予想していた楽しみと全く同じだ。こいつは僕らのそういうところを見て楽しんでいるんだ。
「とりあえずあの悪魔男みたいですし…、アルトさん…お願いします。」
「待って!?なんでそんなダービーになっているんだ!!僕の言葉を無視るな!!」
ルナより僕に1票。
「だって僕ら女の子だよ?あんな男に体取られたら『ナニ』されるかわかったもんじゃないよ。ていうことでアルトきゅんに1票。」
「んん!?その発言は聞き捨てならん。我は悪魔だ。動物の性に興味など持たん。」
シーナの言葉にジョーカーが反論する。
「シーナ!!さっきの発言は!?体取られるのをすごく嬉しそうにしていただろう!!そして『ナニ』を強調するな!!さりげなく投票するな!!」
「何も聞こえません。」
「ちょっ!?その返事を言う時点で絶対に聞こえてるだろ!?」
酷い。目頭が熱くなってくる。涙が出そうだ。
とりあえず2票目。
「ラ、ラルファは…!?も、勿論僕を売るようなことはしないよね?な、何か他の考えを探すよね!?」
ラルファに尋ねると、ラルファは返答に迷った。
「ラルファたん!!も、ち、ろ、ん!!僕の言いたいことはわかってるよね。」
隣でシーナがラルファの頭を撫でる。その手は優しそうに見えるが、かなり力が入っているようだ。
「え、えっと…。」
ラルファは涙目で答えを探した。探しているものの、頭の中にはどっちをとっても間違いということしか出てこない。
「ラルファ!!」
「ラルファたん!!」
そんなラルファに2人がすごい剣幕で見てくる。
「う、うぅ…。」
カプッ
「あ!!」
「指噛んで逃げた!!」
耐えきれなくなったラルファは、指を噛んで回答者交替をした。ということで代理の回答者は、
「無論。アルト オーエンだ。」
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
残酷だ。覚醒したラルファの言葉はアルトの3票目。つまりこの『天使堕とし』は見事、『天使堕とし』へと変わった。
「あんまりだぁ…。」
敗者に強制的に決められたアルトはちゃぶ台に伏せ泣いていた。
「じゃあアルトきゅん。降参してね。」
笑顔でシーナがこちらを見下ろす。ほんと、こいつは…。負けてたまるものか。こんなフェアじゃない勝負認めない。
「降参なんてしない!!まだ勝率があるかぎり戦うさ。」
「ほお、やる気だね。でも僕たちは協力するよ。
4:1での勝負だ。アルトきゅんに勝てるのかな~?」
例え負ける確率が高くとも、低い勝率にかけるのみだ。ここからが本当の勝負だ。手札を見せあってゲームを運ぶ女子達に一泡を吹かせる。
「さぁ。勝負だ!!」
起き上がるとアルトは伏せていた3枚の手札を手に取る。
………なんでババ抜きがこうなったのだろうか。
「フー…フー…。」
アルトは息を切らしていた。ここまで女子達の、わかりきったこちらの手持ちがわかりきっているからこその戦法に対し、熾烈な頭脳戦で戦い抜いてきた。
結果残ったのはこちらの手持ちのスペードのエース。相手は手持ち2枚のミルスだ。その後ろには白髪、黒髪、金髪の女性3人。ミルスを応援している。
「し、師匠…!!」
ミルスのカードを持つ手が震えている。それもそうだろう。今は僕が引く番だ。それなのに頭がパンクしそうな僕は、目眩に襲われてカードが引けないからだ。それにミルスはもとから僕を陥れる意思を見せてなかった。もしかしたら僕と同じ、何か違う方法を考える派だったのかもしれない。
「OKだ…。さぁ、引くよ…。」
呼吸を整えると女子連合のカードに手を伸ばす。手が震える。どちらかがジョーカーで、片方はエース。選択によりここで決着がつくかもしれない。そう思うと緊張が。
別に誰かを恨んでいるわけでもない。町の生活のときに取っておいたプリンを食べたのはルナで、対人の訓練代わりに僕のシャツを使って穴を開けたのはシーナというのはわかっている。別に咎めるつもりはない。ただ体を奪われるということは、そのまま頭に保存されている記憶が見られると言うこと。それだけは阻止しなければならない。ここには誰にも見られたくない過去があるからだ。
「フゥ…フゥ…。」
手がカードに触れたまま動かない。どっちだ?どっちがエースだ?
「………もう、止めましょう。」
「っ!?」
迷っているとミルスが口を開いた。その顔はとても悲しそうだった。
「私に師匠を陥れるなんてできません。それに強い師匠がいなくなるなんてダメですよ。弱い私が乗り移られるべきです。」
綿のように優しい言葉が耳に当たる。ミルス…、何て優しいんだ…。
「ミ、ミルミル!?」
「まさか裏切り!?」
シーナとルナ。お前達は後で仕返しするからな。
「師匠。今掴んでいるのがジョーカーです。もうひとつのを引いてください。」
ミルスが優しく微笑む。すごく暖かい。
師匠として弟子を売ってしまってもいいのか。嫌悪感にとらわれるが、ミルスの覚悟を無駄にはできない。
「ミルス…。すまない!!」
掴んでいたカードを放し、もう1枚を一気に引き抜いた。
「ミルス!!この変態悪魔に乗り移られても必ず助けだす!!」
「変態!?」
ジョーカーが心外だといった声をあげる。
「だから信じ…」
ババです☆
「信じてたのにっ!?」
「ごめんなさい師匠!!」
引き抜いたのはエースではなく、笑う死神のようなものがついたババ。
ミルスの優しい言葉にまんまとはめられた。これはふざけなしで心が痛い。
「ミルスを責めるな、アルト。」
ミルスの頭を撫でながら、後ろでラルファが言った。
「ミルスは我らの操り人形だ。」
「あ、操り人形…?」
その言葉に驚く以前に本当に涙が出てきた。
「そうだ。全ては俺らの作戦だ。この展開まで持ち込み、ミルスが惑わす。こいつの純粋な笑顔ならお前も言う通りにすると考え、カードを引かせた。この作戦の問題点は1つ。ミルスが言う通りに働くかだ。お前とミルスは師弟関係だ。絶対に裏切ると確信して、ある事をしておいた。それはなんだ、ミルス?」
「…背中に剣を突きつけられて、こう言われました。」
『裏切ったらお前の衣類を全て切り刻み、あられもない姿で性欲爆発したオークどもの群れにぶちこむ。』
「って…。」
「恐喝!?てか想像するとすごくリアル!!」
覚醒後のラルファはこんなにエグかった。ただのチンピラではないのか?オークなんて野獣どもの集団に種族関係なくメスが入れば、確実に初めてを失う。
しかし、そのときアルトは手持ちの2枚をわからないようにシャッフルした。
「わ、わかった!!ミルスは悪くない!!それは認める!!でもまだゲームは終わってない!!まだ僕が勝つ確率は残っている。」
そうだ。ミルスがスペードのエースをとらない限り、負けと決まった訳では…、
「こちらから見て右のカードだ。」
「なっ!?」
「はい…。」
負けた。
「な、なんで!?」
どうしてカードがわかったんだ?それがわからない!!
「後ろを見ろ。」
「う、後ろ?」
クルッ
パタパタパタ
「ディアスゥゥゥゥゥ!!!!」
一体いつから後ろに誰もいないと思っていた!?いるじゃないか!!存在すっかり忘れてたディアスが!!
「ハッハッハッハッ!!」
頭上でジョーカーが笑っていた。というか爆笑。
「なんと愉快な!!なんにせよ貴様の負けだ。その体、貰うぞ!!」
「アッーーーーー!!」
ジョーカーの手から落ちた雷が直撃した。それと同時に、意識は落ちたような気がした。
「師匠!!」
雷を浴びるアルトをみて、ミルスは叫びをあげた。
「………!!」
ビリ…ビリビリ…
雷が止まると、ジョーカーはいなくなっていた。あるのは立ちっぱなしのアルトだけだった。
「アルトししょ…う…?」
ミルスはもう一度名を呼ぼうとしたが、叫ぶ勢いが殺された。
「フフハハ…、フハハハハハハ!!」
明らかにアルトではない声が辺りに響く。アルトは笑いながら目元を覆った。
「っ!!違う。あなたはジョーカー!!」
ミルスが気づくと、ジョーカーは後ろを振り向いた。アルトの顔、目元にジョーカーが着けているものと同じ仮面を着けていた。
「我は怪奇の悪魔ジョーカー!!素晴らしい!!まさかこの男のレベルが100とは、驚くばかりだ!!」
ジョーカーはミルスを見て笑いながら、その手を向けた。
「っ!?」
その手に黒い魔力が溜まる。それを見て、ミルスは危険を察知した。
「みんな逃げて!!」
「「っ!?」」
ミルスが叫ぶと同時に、ジョーカーの手から魔力が波となって放たれる。
「くっ!」
魔力を杖で受け止めると、ミルスは顔を上げた。
なにも起きていない。攻撃ではなかったのだろうか?
「…あれ!?」
後ろを振り返ると、そこにいたシーナ、ルナ、ラルファとその肩に乗るディアスの姿はなかった。あるのは宙に浮いた大きなカード。トランプのような柄でそれぞれ、ダイヤ、クローバー、スペードで絵が違っていた。絵はそれぞれ消えた3人の姿だった。
『な、何これ!?』
『な、なんか変な感じがします!!』
『…不覚をとった…。』
『やられた…。』
全員の口だけが動く。
「ハハハハハハハハハ!!………ん?」
それを確認しジョーカーは嘲笑う。そして止めた。
「み、みんな!!」
ミルス1人だけが無事だった。
「貴様…何故無事なのだ?我が力はそんな杖ごときでは防げん。闇の魔力が効いていないのか?」
普通は防御することのできない力を受けても、変化のないミルスがジョーカーには不思議だった。
「…あれ?」
それを聞いてミルスも自覚する。自分だけ無事な事を疑問に思った。
「まぁよいだろう。どのみち貴様1人で何ができる?我と戦い勝つつもりか?」
その通りだ。今ミルス以外に戦えるものがいない。どうしようもできない現状。自分1人の力では何もできない。それに相手は大昔に封印された、人間が倒せなかった悪魔。
「っ…。」
ベルザーグの時のトラウマが蘇り、ミルスは身をすくめた。
(私はまだ弱い。私の力じゃ勝てない…、それにまた、)
こわい…。
「それにしても素晴らしい。我の力と、このアルト オーエンという男の力。合わせてこれほどとは…。これならば…」
「
防御魔法使いたい放題!!
(この世界を我だけで!!)」
「えっ?」
ジョーカーの声にいち早く反応したのはミルスだった。
「な、なんだ?今のは?」
ジョーカーの声が何か別の声と混ざった。その声に聞き覚えがある。
「一体なにが……、
これだけあれば『クリスタルウォール』が何千枚も作り出せる!!い、家が…防御魔法でマイホームが建てられ…
何だこれはぁ!!」
状況を知らない人が見れば、頭がおかしい人にしか見えない。
ジョーカーの声と、あの男の声が混ざる。
「もしかして…、師匠!!」
ミルスが笑顔になって叫ぶ。
「ば、馬鹿な!?完全に乗り移…
おい仮面悪魔!!代われ!!家を建てるんだ!!防御魔法の家を…
小賢しい!!」
「……っ…。」
キャラがちょくちょく変わるが、アルトが変なことを言っているのに気づくと、ミルスは少し苦笑いをした。
アルトは必死に戦っている。侵入してきた悪魔に負けず、自我を保とうとしている。
「これがレベル100の力…
なんでもいい!!魔力を残して出ていけ!!闇の力に変えさせない!!全部僕の…
うるさいぞ!!これは私の力だ!!」
「…どうすればいいのかな。」
『なんか笑える…。』
『あれなんなんですか?』
『流石はあの男だ。』
『さて…、見物といくか。』
ミルスは立ち尽くしていた。その後ろのカードの3人は、楽しそうにその様子を見ていた。
「だが!!貴様の心も読めている!!貴様を卒倒させる方法がな!!
な、なんだって!?」
「あ、なんか展開が変わった。」
「見えるぞ。貴様の過去が!!」
「「っ!!」」
ジョーカーの言葉で全員が止まった。
アルトの過去。みんなが聞いたことのある話は、スライムの事ばかり。 それ以外の話はかなりレアなため、耳をたてた。
「や、止めろ!!まさかあの話を…
そうその通りだ!!貴様の恥ずかしい過去を暴露してやる!!」
「「恥ずかしい過去!!」」
その言葉で全員の興味が湧いた。
「ではいこう。これはアルト オーエンがスライム討伐を終えた1か月後の事。まぁスライム討伐でも充分恥ずかしいな…
た、頼む!!それだけは…
えぇい、引っ込んでいろ!!我は悪魔だ。人間が苦しむのを見るのが生き甲斐だ!!では話を戻そう。スライム討伐を終えたアルト オーエンはとても病んでいた。何よりもまず、自分の才能の無さを嘆いていた。アルト オーエンは重い体を起こして、鏡の前に立った。そしていきなり包帯で右手、首、右目をぐるぐる巻きにし始めた。」
「プッ…」
ジョーカーの話を聞いている最中で、誰かの笑い声が聞こえる。もう既にオチがわかってしまうような話だ。
「だ、誰だ!!今吹き出したのは!?
そしてアルトは鏡の奇妙な自分に対してこう言った。」
『鏡の俺よ。いつか貴様から取り返してやる。我が右目と大切な花嫁を!!』
「クスクスクスクス…」
これは本当にヤバイ話だった。この時点でミルスは理解した。師匠は昔、男の子なら誰もがかかる病気、中二病の末期患者だった。
『は、花嫁って…、だ、誰?』
『さ、さぁ…。クスクス…。』
シーナとルナが笑いながら話す。
「わ、笑うな!!お、お願いします!!本当にもうやめてください!!
何を言うか!!まだまだこれからが本番ではないか!!」
ジョーカーの話はまだ続く。
「そしてこうも言う!!」
『今は我が右目は、悪魔との契約により借りたものにすぎない。だが、この力があれば俺は誰にも負けない。待っていろ…、クリスティーナ…。必ず戻ってくる!!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ニワトリの首を絞めたようなアルトの声が辺りに轟く。
『『ププッ!!アハハハハハハハハ!!』』
遂に耐えきれなくなったカードの3人と一匹が腹部から思いっきり笑いだす。
『ク、クリスティーナって…、誰?クスクス…』
『悪魔って…、契約してたんですか…?ゲラゲラ…。』
「プクク…。」
ミルスは必死に笑いをこらえていた。
「フハハハハハハ!!勝った!!勝ったぞ!!」
何だかわからないがジョーカーは勝利したようだ。
「え?勝ったって?」
笑いを押さえ目の涙を吹いていたミルスは、ジョーカーの言葉が気になった。
「アルト オーエンの意思は落ちた。つまり今度こそ我がこの力を貰う。」
「あっ。」
アルトの意志が落ちた理由。それは勿論過去を暴露されたことである。
ミルスはそれでアルトが負けると思っていなかったので、笑いの熱が一気に冷めた。
「さて。今度こそ我が闇の魔力で貴様も仲間と同じようにしてやろう。」
「くっ…。」
ジョーカーが手からカードを、ミルスへ向かって飛ばす。カードはまっすぐに風を斬りながらミルスの眉間を狙う。
それをミルスはきれいに避ける。しかし、それでもジョーカーの攻撃は続く。
「ホラホラ、避けよ!!」
かわしても避けた先にまたカードが飛んでくる。
(これじゃ、体力が消耗されるだけ…!!)
「『クリスタルウォール』!!」
ジョーカーは同じ場所から手だけを動かして攻撃してくる。体ごと動く自分が不利であることを感じ、ミルスは透明な壁を作り出した。
「無駄だ!!」
「っ!?」
カードは壁にぶつかっても動きを止めなかった。壁を通り抜けるかのようにそのまま飛んできた。
「ちっ…!!」
ミルスはギリギリで直撃を免れた。直撃は防げたものの、頬の上を深めに切られた。
かすり傷を負った事を確認すると、ジョーカーはニヤリと笑い、カードは飛んでこなかった。
「どうして効かないの!?」
ミルスは避けると焦っている気持ちを落ち着かせ、考え始めた。
(なんで!?どうして通り抜けられたの!?………いや。通り抜けられた訳じゃない。斬られたんだ!!)
ミルスの作り出した『クリスタルウォール』のカードが通った後には、細長い穴が開いていた。
「そっか!!物が斬れるのと同じ原理!!圧力の問題!!」
物が斬れる理由。それは、斬る物のもつ運動量や質量、そしてその力が加わる面積によって決まる。ナイフなどは人の手によって作り出された運動量を持ちながら、刃の部分の面積はとても小さい。それにより原子間、または分子間の結合が切り離されるから物が斬れる。つまりジョーカーの放つカード。スピードと風に吹かれても少しもぶれないことから、かなりの力が加わっている。だから『クリスタルウォール』が抜かれたのだ。
「それじゃあ、守るのは無理…、っ!!」
ミルスが策を考え始めると、ジョーカーの攻撃は再び始まる。
「さぁ踊れ!!逃げ惑い、恐れ、やがて朽ち果てよ!!」
カードの飛ぶスピードが上がりながら、ミルスに襲いかかる。
「っ…!!守りのがダメなら…『フレイム』!!」
飛んでくるカードを恐れずに足を止めると、ミルスは手から炎を放射した。
「よし!!やっぱりいけた!!」
「ちっ!!」
ジョーカーが舌打ちをする。
炎に包まれたカードは、黒いチリチリの墨となり、勢いを失い、風に飛ばされる。
「トランプは紙製。しかも飛んでくるのが早いから、燃えてても酸素とどんどん反応していく。」
自信に満ちた顔でジョーカーを指差す。
ミルスは頭がいい。アルトと出会う前まで、別に学校に行っていたわけでもない。というよりあの町に学校はなかった。誰もが言語、社会常識などは家族から受け継ぐ。ミルスは自分で本などから、言語、数学、科学等を学んだ。誰からも教われない独学だ。
誰からも教えてもらわず、自分から様々な知識を学んだ理由。
ミルスの親は母だけであり、母は彼女が5歳の時に遺体も残さず亡くなった。何故そうなのかはあまり覚えていない。覚えているのは1つ。アルトのような男性が、自分を抱いて泣き叫んでいた。
『俺が…、魔法使いが…、必ず世いつか界を平和にする!!だから生きろ!!ミルス フィエル!!強くなれ!!!!』
それが魔法使いになろうとした、最初のきっかけ。だから知識が必要だった。教えてくれる人がいなくとも、自分で学んだのだ。
ちなみに得意なものは数学と理科。
「さぁ!!これでその攻撃はできません!!」
カードを手に持つジョーカーに叫ぶ。
「…………フッ。」
しかし、ジョーカーは無言の状態から笑う。
「見事だな。しかし、ただカードを投げることが攻撃とは思うなよ。ここからが怪奇の悪魔の本当の力だ。」
仮面の隙間の目の部分、黒くて見えないジョーカーの目があるところが、怪しく紫色に光る。
「なっ!?」
ミルスは嫌な魔力を感じて後ろを振り返る。
するとそこには、ジョーカーが先程投げたカードが宙に浮いていた。カードは4枚。柄はスペード、クローバー、ダイヤ、ハートの4種全て。数字はそれぞれ8、3、7、11。
「『ロイヤルショット』!!」
「っ!!」
ジョーカーが叫ぶと4枚のカードが光を放ち、その光が一点に集まると、黒いエネルギー弾となりミルスに飛んでいく。
「あぁっ…!!」
何が起きるのかわからなく、不意を突かれたミルスは、弾を腹部に受けた。
強い衝撃がお腹から全身に伝わる。もう少し威力が強ければ骨を、悪ければ内臓にダメージがいったかもしれない。たった1発だけで意識が吹き飛びそうなほど、頭がくらくらする。
「な…、なに…今……の…?」
「おっと休ませはせぬぞ!!」
ジョーカーは新たにカードを投げる。しかしそれはミルスを狙うものではなく、空中で制止した。
「まずいっ…!!」
また同じ攻撃が来ると察知したミルスは回避するため、足に力を入れる。
今度放たれたカードもやはりスペードを始めとする4種。数字は5、7、13、5。
「『ペインサンダー』!!」
「っ!!」
カードから放たれたのは、黒い雷だった。またエネルギー弾が飛んでくると予想していたミルスはひるんで、雷をまともに受けた。
「キャァァァァッ!!」
痛みが体を走る。電気を浴びたときのものではない、神経も麻痺しないし痙攣もしない。その代わり、電気の代わりに流れるのは痛みだった。擦りむいた時のような痛みが全身にずっと与えられる。
「ぅぅぅ………、はぁっ!?」
数秒間で雷は消えた。解放されたミルスはその場に這いつくばった。
「ハァハァ…。」
ダメージと疲労が大きい。それにしても、ジョーカーのこのパターン攻撃。攻撃の先読みができないのか?ミルスは必死に頭を働かせる。
「休ませぬと言ったであろう!!」
ジョーカーは容赦なく追い討ちをかける。
「くっ!!」
今度のカードは、12、8、4、10。
攻撃は最初のエネルギー弾だった。
「『ロイヤルショット』!!」
足に力を入れ、飛んでくる弾を紙一重でミルスはかわした。
逃げながら考える。
(待って、確か師匠が言っていた!!この手の魔法には、必ず何らかのパターンが存在する。それさえわかれば…避けることはできる!!)
ミルスにとっての第一優先。まずはジョーカーの変則的なこの攻撃をなんとか攻略することだった。ジョーカーは悪魔、おそらく自分の防御魔法ではアルトみたいに守りきれないことを承知しているミルスは避けることしかできない。
しかし状況はそれ以上に苦しい。第二優先として、攻撃方法を考えなければならない。今のところ、ジョーカーに何が有効なのかわかっていない。こちらの体力が尽きる前に、このパターン攻撃をくり抜けて反撃をして倒さなければならなかった。誰の力も借りれない。ディアスでさえも動くことができない。
自分がやらなければ誰がやるのか。確かに怖い。ベルザーグと同じ闇の力だ。しかし臆するわけにもいかない。強くなるには、恐怖に打ち勝たなければならない。アルトは体を奪われても、中から抵抗する意思を見せた。それくらいの勇気を出す。それがミルスの覚悟だった。
「『フレイム』!!」
走りながらミルスはジョーカーに狙いを定め、炎の玉を放つ。
「ふっ…!!弱々しい魔法だ!!」
飛んでった火の玉はジョーカーに手により打ち消された。
「さぁ、諦めて貴様もカードになれ!!」
ジョーカーは再びトランプを飛ばす。今度は2連続だ。1つは7、7、11、9。そしてもう1つは1、1、3、8。カードが光り出すと、ミルスの足が止まった。
「なっ!?」
黒い縄のようなものが地面から延びて、ミルスの細くて白い足を掴んでいた。
「捕まえたぞ!!息絶えよ『ブラックブラスト』!!」
「まず…」
バァァァァァァン!!
ジョーカーの声で、2つ目のパターンから爆発が発生した。逃げることのできなかったミルスは、爆発を直撃で受けた。
「ゲホッ……!!」
ミルスは無事だった。ローブも燃えず、火傷もしていない。
「む…?何故無事なのだ?」
それを見るとジョーカーは不満そうな顔で呟いた。
「どうやって防いだのだ?あれは闇の魔力の爆発。衝撃に耐えることはできようとも、熱で焼き尽くされるはず…。」
その言葉を聞いて、ミルスは自分の全身を見た。焼けた痕も無い。爆発の衝撃は少し響いたが外傷はない。
「そっか…。このローブ…。素材がワイバーンの皮だから。」
シーナが作ったこのローブ。耐熱性が高いはずだから爆発の熱に耐えきれたのだ。
「先程から気に食わぬ。何故貴様には闇が効かぬ?」
「………闇…。そっか…だからか。」
ミルスは杖を構えた。
「私はクロスウィザード。神の加護で守られてるから、闇は効かない。」
「っ!?」
その言葉を聞くとジョーカーの表情が変わった。驚いたかと思うと、その口は怒りを表していた。
「そうかそうか…。よくわかった…。我らの敵の力だったとは…。ならば手加減せぬぞ…。光の力など、あるだけ無意味だ!!!!」
ジョーカーがたくさんのカードを投げようとする。
「『トルネイドウィンドウ』!!」
ミルスは竜巻を作り出した。『トルネイドウィンドウ』は周りの砂や石を巻き込みながら、大きくなりつつジョーカーに向かっていく。
「こんなものでカードの勢いは止められん!!」
ジョーカーは躊躇なく竜巻にカードを放つ。カードは竜巻に負けず、そのままミルスへと届く。
「っ!?」
今度は腕に傷がついた。ローブを少し破かれ、そこから赤い血が流れる。
「っ、『フレイム』!!」
それでも屈せず、『トルネイドウィンドウ』に炎を放つ。竜巻は炎を巻き込み大きくなる。
「ちっ、流石にこれは無理か。」
ジョーカーは自分の手に魔力を集め、拳で炎の竜巻を破壊した。
「っ。いなくなった?」
周りを見ると、ミルスの姿は無かった。
「今のうちに考える…!!」
ミルスは岩の影に姿を隠していた。それはジョーカーの攻撃のパターンを理解するためだった。
「まず並べよう。」
石でミルスは地面に書いた。
エネルギー弾 8、3、7、11と12、8、4 、10
雷 5、7、13、5
バインド 7、7、11、9
爆発 1、1、3、8
「これに何らかの法則があるはず…。」
ミルスは数学が得意だ。その頭で法則を見つけるのは少し楽しそうにも見える。
「何が…関係してるの…?」
とりあえずエネルギー弾の組み合わせに注目していた。最初は8が共通だからと感じたが、爆発で8が使われているので違うとわかった。
「何これ…、すごい複雑…。」
法則を探すのを邪魔しているのは、数字の被り。その技で使われた数字が、他の技で使われていること。
「わかんないよ!!」
バリバリバリィ!!
「っ!!」
考えていると岩の後ろから電流が走る音が聞こえてきた。
「どこにいる!?出てこい!!」
ジョーカーがミルスを探していた。
「早く…早く見つけないと…!!」
ミルスの焦りは加速する。が、
「っ!!もしかして!!」
ミルスは1つの可能性を見つけた。数字の組み合わせの横に、何かを書き出していく。
エネルギー弾 2、3、7、11と2、2、2、2
雷 5、7、13、5
バインド 7、7、11、3
爆発 1、1、3、2
「これって…、素数!?」
ミルスが書いたのは、それぞれのカードの最も小さな素数だった。そこから分かったこと。
「そっか!!全てのパターンの一番小さな素数、もしくは1で攻撃が決まるんだ!!」
つまり、エネルギー弾の時は小さな素数が2のとき、雷は5のとき、バインドは3、爆発は素数ではなく、1を持つとき。つまりカードを無駄に出してはいるが、この技に関係するのはカードが爆発が持つ、最も小さな素数ということがわかった。
ドゴォォォンッ!!
「キャッ!?」
ミルスが法則を見つけ出すと、後ろの岩が吹き飛んだ。
「見つけたぞ…。さぁ…苦しみながら息耐えるがよい!!」
ジョーカーの両手にはたくさんのカードが挟まっている。
「残念だけど…あなたの攻撃は大体わかった!!」
ミルスは少し見栄を張って大口を叩く。法則はわかっても、まだ7、11、13のときの攻撃が受けていないためわからない。それでもジョーカーに弱味は見せまいと声を上げた。なぜならジョーカーの中の師に届いているかもしれないから。
「ほぉ…。ならばかわして見せよ!!」
ミルスの発言をホラだと思ったジョーカーはカードを投げる。
今度の数字は13、5、11、13
もしミルスの考えた法則通りなら、この攻撃は…
「雷!!」
「『ペインサンダー』!!」
ジョーカーの攻撃は雷だった。予測通りの攻撃を、ミルスは透明な壁で防ぐ。
「何っ!?」
攻撃を詠まれて防がれたジョーカーの顔には、驚きが生まれた。
ミルスは気づいていた。この雷攻撃は、魔法によって物理的には弱い電気エネルギーで、対象にヒットしたときの体の魔力に反応して神経的なダメージを与えているのだ。
「『ホーリーバインド』!!」
雷を防ぎきると、杖を振り魔法を唱える。
「しまった!!」
光の蔓がジョーカーへと絡み付く。
「今がチャンス!!『ホーリーショック』!!」
ジョーカーの動きが止まると空かさずに魔法を唱える。
ドゥンッ!!
「ぐっ!?ぶはぁっ…。」
ミルスの手から放たれた衝撃が光を通って、ジョーカーに直撃する。
『ホーリーショック』はクロスウィザードの魔導書に書かれている中級魔法のひとつ。聖なる力を衝撃へと変換し、光を通って悪しき者にダメージを与える技。遠距離からの攻撃が可能なため、便利だ。
「おのれ…人間が…!!」
光の力を受けて、ジョーカーは苦しそうだった。苦しそうだが、その苦しみが怒りに変わっているように見えた。
「我の技を攻略しただと?ならばこれはどうだ!!」
ジョーカーが投げたカード。今度は13、13、13、13。キングが4枚だ。
「っ!!」
これは素数が13であることはすぐわかる。わかっても13の攻撃をまだ受けていないため、避ける方法が見つからない。
「『クリスタルウォール』!!」
何が来るかわからなくともミルスは防御のための壁を作り出した。しかし、それは悪手だった。
ズシュッ…
「痛っ!?」
ミルスの肩に鋭い痛みが生まれた。そして血が水飛沫のように飛ぶ。
「クリスタル…、ウォール!!」
痛みに耐えながらミルスは自分の上に壁を作り出す。すると透明な壁に、見えない何かがぶつかるような音がたくさん聞こえてくる。まるで豪雨の日に家にいるように、激しく降り注いでいた。
「何…これ…?」
と傷を抑えながら、頭を働かせる。
「残念だったな。13の攻撃は見えぬのだ。13とはキング。キングの手には王の剣。」
痛みをこらえ、傷を抑えるミルスを嘲笑いながらジョーカーが近づいてくる。いつのまにかバインドからも抜け出していた。
「これが13のパターン。上空からの見えない無数の真空波。『13の王』だ。」
ジョーカーが13のカードを取り出す。と同時にカードから禍々しい黒い魔力が溢れだした。
「13は不吉なものとして恐れられている。王はその力に埋もれ、庶民を殺す。我が作ったストーリーだ。だがこんなこともできる。」
ジョーカーはそのカードをミルスへと投げた。
「っ!!」
痛みで反応が遅れてしまったミルスはまずいと思った、がジョーカーのカードは突然消えた。
「フッ…。」
「なっ!?」
ザクッ
ジョーカーのカードは、ミルスがたった今負傷した肩に縦に突き刺さっていた。抑えていた手の指の間をすり抜けて、深々と刺さっていた。
「痛いっ!!」
(なんなのこれ!?今のはどうやったの!?わからない…わからないわからない!!)
パターンを見破っただけで得意気になっていたミルスの喜びは、すぐに砕かれて絶望に叩き落とされ、錯乱していた。
「ハハハッ!!我を怖れるか?足が後ろに動いたぞ?」
「ビクッ!!」
ミルスは自分でも意識をせずに後ろに後退していた。
「だから我は怪奇の悪魔なのだ。人などには到底想像もできぬ事を起こす。」
ジョーカーが死神のように近づいてくる。それにともないミルスも後ろにさがる。
(嫌だ…!!戦いたくない!!逃げないと……、逃げなきゃ死ぬ!!)
もはやミルスの心を染めるのは恐怖。普通に考えればレベルが50よりちょっと低いくらいの少女魔法使いが、ここまで勇敢に戦ったこと事態で充分だった。
が、ここで折れはしなかった。
(………ダメだ…。私は戦わないと…。約束したじゃない…。強くなるって…!!だから…だから私は)
「さぁ、貴様も我が闇の力に…」
「諦めない!!!!」
「っ!?」
ミルスは叫んだ。今の状況が不利なのは自覚している。しかし引き下がることもできない。仲間が全員やられ、今頼れるのは自分だけだ。それにみんなと約束した。必ず強くなると。それがミルスに力を与えた。
(なんだこの人間は!?)
今度はジョーカーが驚いた。
(完全に立ち直れないと思っていたのに、まだやると言うのか!?)
ジョーカーにとって、今までこんなに立ち上がる人間は初めてだった。
パッ…
「ねぇ…知ってる…?」
「っ!!」
ミルスはジョーカーを見つめ、口を開いた。その右手は開いてジョーカーに向いていた。
「クロスウィザードには簡単で強力な上級魔法があるんだよ…。」
その言葉と同時に開いた右手に光が集まる。
「光!?」
その手に自分が最も嫌う光の力が集まっているとわかると、ジョーカーは避けようとした。しかしもう遅かった。
「This is a gift from heaven.
『ヘブンズレイ』!!」
ミルスが叫ぶと右手から光の光線が放たれた。光線はまっすぐにジョーカーへと延び、目映い光で全員の視界を白に塗りつぶした。
ドォォォンッ
ジョーカーに当たると、光の代わりに大きな爆発と土煙が舞った。
「ああぁっ!!」
砂が舞う中、ミルスがかすれそうな悲鳴を上げた。
右腕を抑えて、横になり悶え苦しんでいた。
「痛い、ああっ!!」
肩の骨が脱臼していた。
ミルスはまだ、『ヘブンズレイ』を使いこなせていなかった。使おうとすれば使えるものの、『ヘブンズレイ』のエネルギーは太陽の光を集めたもの。自分のもつ力で無いため、どれくらいの威力なのかはわからない。だから『ヘブンズレイ』を打ち出すときの、反作用には耐えきることができず、無理をして撃ったため肩が抜けた。
「うぁっ…、あぁ…!!」
カードで斬られたときとは全く違う激痛。肩の骨が変に突き出ているための違和感。痛みから、涙が流れ出す。
これでジョーカーを倒せればよい捨て身だった。光の力を嫌うジョーカーなら、『ヘブンズレイ』で倒せると思ったのだ。だからジョーカーと戦う恐怖、この技を使う恐怖に打ち勝って放ったのだ。
「ハァ…ァ……!!」
しかし心の中にはやりきった感が生まれていた。捨て身の攻撃をジョーカーは避けれなかった。だからジョーカーを倒せたと一人で喜んでいた。
いや、喜ぶ現実逃避をしたかった。
「ぐぁっ…!!おの……れぇ…!!小娘がぁ!!」
ジョーカーを倒してなどいなかった。舞った砂煙の中から、ボロボロになりながらも奇術師のような悪魔は立っていた。
「う…、そ…………!?」
ミルスは心の中に生まれていた勇気と希望を失い、完全に絶望へと落とされた。
どうしてジョーカーを倒せていないのか?確かに直撃はしていた。『ヘブンズレイ』の威力は低くは無い。ディアスの『メガフレア』程は無くとも、それに近い火力は出る。しかも放つ力は反動で肩が抜けるほどだ。これで倒せないなら、もう…
「無理…だよ……。」
敗北、いやそれだけではない。
死。
それを感じ、ミルスの体温は急激に下がった。恐怖しか感じることをできない。
「ぐっ…、危なかった…。」
ジョーカーは倒れているミルスへとゆっくり歩き始める。倒されてはいなくとも、ダメージは大きかった。
「我は怪奇の悪魔。致死の攻撃でも砕けんのが、我が最高のトリックなり。しかし、今のに魔力を使い果たしてしまった…。」
ジョーカーはミルスの前で立ち止まる。
「……っ!?」
「我をここまで追い詰めた小娘よ。もはや遊びではない。」
貴様を殺す。
「ゾクッ!!」
ジョーカーの放った言葉。予想はしていた。言葉で言わなくともわかっていたのに、狂いそうな恐怖が杭を撃ち込むように響いた。
「い……や…!!」
死にたくない。
死から逃れようとする意思は、生物学的人間の本能、生きるための行動をとらせようとしていた。
しかし、ミルスは逃げることができなかった。
足が動かない。手も震えて力が入らない。
「哀れだな。逃げようにも恐怖で動けない。」
その姿をジョーカーは上から眺めた。冷酷な眼差し、つまらなそうな表情だ。
「だがすぐに楽にしてやる。」
ぐっ!!
ジョーカーは逃げようともがくミルスの首を掴み、高く持ち上げた。
「離し…て…、嫌だ…。嫌だ…よ…。」
ジョーカーの手を左手で引き離そうとするも、全然力が入っていなかった。何がなんでも死にたくない、ただそれだけをミルスは願っていた。
「………。」
惨めな声で泣くミルス。それをジョーカーは口を1°も曲げずに見ていた。
「………『ドレインマジック』…。」
「かはぁ………!!」
ミルスの顔は苦痛へと変わった。ジョーカーの手から力がどんどん吸いとられていった。
「無くなった分の魔力…。補えるだけ補わさせてもらう。」
魔力の流出は止まらない。気を抜くだけで意識が落ちそうになる。
苦しい。呼吸ができない。私は死にたくない。やっぱり私じゃあ弱い。役立たずだ…。
ミルスは心の中で自分を憎み思った。
そんなことあるわけ無い…。
「………!?」
誰かがミルスの心の嘆きに声を返した。徐々に薄れていく意識。それでもまぶたを頑張って開き、周りを確認する。
「光の力だろうと、闇にすぐ染まらせれば無意味だ!!」
高笑いしながらジョーカーは、首を掴む手を強めた。空になった体に魔力が流れてくるのがわかる。
ジョーカーが『ヘブンズレイ』をくらっても倒されなかった理由。それは自分の持てる魔力を一気に放出したからだ。相性が悪いため、そこまで防げはしないのはわかっていた。しかし、威力を弱めなければ自分が消え失せると思い、決死の手だった。
だから魔力をミルスから奪い回復していた。憎たらしい光の力が流れてくる。仕方がないので耐えていた。
「にしてもこの人間…、これほどの魔力を持っていたとは。」
ジョーカーはミルスから奪っている魔力の量に驚いていた。自分と同等とも言える量だった。
しかし、魔力を吸収し始めた数秒後。
「…………ぐぁっ!?」
ジョーカーはいきなり頭痛に襲われた。
『………!!………!!』
「………な、なんだこれは!?」
頭の中で何かが響く。
『……おい。てめぇは一体よぉ…。』
それは人の声。ジョーカーにしか聞こえない、怒りのこもった声。
「ま、まさか!?」
この声は先程聞いていたもの。だが何故なのだろうか?何故奴が目覚めたのだろうか?ジョーカーは疑問をもつことしかできない。頭痛は大きくなる。
「…ぐっ!!」
そして突然、頭がかち割れそうなほどの頭痛がジョーカーを襲う。
『誰の魔力吸ってんだ?』
バァァァンッ!!
ジョーカーがミルスから弾け飛んだ。いや、アルトと弾け飛んでいた。
「ジョーカー…、てめぇはやっちゃいけないことをした。」
アルトの腕は、衰弱したミルスを抱いていた。ジョーカーは乗り移った体から追い出され、本当の姿に戻った。
「俺の弟子をここまで痛めつけた。その罪は『クリスタルウォール』で千枚ドミノに値する。」
アルトの怒りを孕んだ目が、前髪の隙間からジョーカーを睨み付けた。
「何故だ!?どうやって目覚めたのだアルト オーエン!!」
ジョーカーは目の前に起きた謎が気になりすぎて、仕方がなかった。
アルトの意識は確実に落ちた。そして目覚めても抵抗できないように、鍵をかけるように心の中に閉じ込めておいた。それなのにアルトは目覚め、自力でジョーカーを追い出した。
「これはミルスのおかげだ。感じたよ。お前が吸収した魔力に乗ったミルスの想い。」
アルトは目を閉じて気を失いかけているミルスの額に、自分の額を合わせた。
「し……しょ………う…。」
か細い声だがアルトにはしっかり届いた。
(師匠だ…。ごめんなさい師匠…。私はやっぱり弱いです…。)
目頭が熱くなり、涙が流れそうになる。
「泣くなよ。ちょっと時間をもらう。そうだね…、カップ麺ができる時間で充分だ。」
アルトはミルスをゆっくりと仰向けにし、四方を壁で囲んだ。
「舐めるなよ。人間がぁ!!我は怪奇の悪魔なり!!貴様はもう魔力が残っていないであろう!?我が全てもらい、闇の力へと変換した!!」
ジョーカーは分離された事が計算外でも、負ける気など無い。
「そうかい。」
「っ!!!!」
ジョーカーはもう考えること拒否した。
アルトから乗り移る前以上の魔力が吹き出していた。
「馬鹿なっ!?貴様は一体!?」
「そうだね。今なら城を建てて、防御魔法の王子様かな?」
アルトとジョーカーの戦いが始まった。




