とある弟子の固き決意
シーナの騒動があった日の翌日。アルト達は朝早くから村を出て、ある丘の上に来ていた。時刻は8時頃。眠らせておいた村人達が起きる前に、逃げるように村を出たのだ。昨晩あんなことがあって、強制的に眠らせたのだ。目覚めると必ず面倒なことになると思ったアルトはさっさと準備をしたのだ。どのみちこの件は、後で何らかの形で自分達に襲いかかるだろう。今のうちに村人を黙らせておいた方がいいのはわかってる。だが、あんなやつらにそこまでする価値はない。復讐に来るなら来ればいい。自分達は間違ったことをしていない。一人の少女の人権を証明しただけなのだから。どんなものが来ても返り討ちにしてやる覚悟をアルトはしていた。
今、アルト達がこんな丘の上に来ている理由はシーナにあった。シーナが行く前に寄りたいと言い出したので、誰も理由を聞いたり、文句を持たないで来たのだ。丘の上には木でできた2つの十字架があった。隣り合って日を浴びている十字架の前で、シーナがしゃがんで手を合わせていた。アルト達はその様子を後ろから見守っていた。
これはシーナの両親の墓だった。シーナが幼い頃に、村人達から殺されたシーナの両親。シーナが出発前にしたかったのは墓参り。墓は新しかった。最近作られたとしか思えない。おそらくシーナが昨日作ったのだろう。枝でできた十字架には芽や苔が生えておらず、十字の結び目の縄は新しい。ここら辺の人で今になって、シーナの両親の墓を建てようなんて考えるものはいないだろう。ならばシーナが作ったとしか考えられない。
シーナは墓の前で目を閉じて、じっと固まっていた。後で聞いた話によると、この墓には遺骨が無い。シーナが7歳、つまり8年前に殺された両親の遺体は、村長の命令で遠くの海に捨てられたそうだ。『穢れの親は母なる海に戻してこそ、清められる。』などと言ったそうだ。ほんと、宗教集団のような奴等だ。が、それともさよならだ。シーナは両親に別れを言うためにここに来た。
「………?どうしたんだい、ミルス?」
シーナの姿を見ていると、隣でミルスがうつ向いていた。何やら暗い顔をしている。
「私…何もできませんでした…。」
泣くようにミルスが呟いた。
「昨日…師匠が来ないと知って、私がシーナさんを守ろうと思いました…。でもダメでした…。剣からあの恐ろしい魔物が出てきた時、私は戦わずに…木の上でただ怯えていただけでした…。」
アルトがミルス頭を上から見ていると、下を向いてて見えない顔から、雫がポトリと地面に落ちた。
「うっ…、ひっく…。」
ミルスは泣いていた。自分の弱さを責めて、臆病な気持ちを怨み、泣いていた。
「………ミルス。顔をあげてごらん。」
ミルスの背中を撫でて、優しく語りかけるアルト。
「無理です…。……っく、顔を会わせられません…。」
ミルスの泣きは少し強くなり、手で顔を覆っていた。
「…そうか。ならそのまま頭を下げてろ。」
ミルスが顔をあげないことを確認すると、アルトはちょっぴり冷たく言った。
ミルスは自分を責めていた。
(最低だ…。弱くて、臆病で、師匠にまで嫌われた…。)
自分への怒りは積もるばかりだ。弱すぎる自分への怒りがどんどん込み上げてくる。正直、クロスウィザードになってから、調子に乗りすぎていた。自分が強いと間違って認識していた。決して強くなんか無い。クロスウィザードになれたのも、ディアスのおかげではないか。最低だ…、なんて最低なんだろう…。
バシャッ
ミルスが自分を責めていると、急に頭に冷たい水飛沫が飛んできた。
「え…?」
ミルスは驚いて顔をあげた。冷たい。冷たいのに温かい。優しく温かな何かを4方向と頭に感じた。
右から感じるのは柔らかな温かさ。ルナが手を包み込むように握っていた。笑顔で目を閉じており、その手はルナの豊満な胸元に押し当てられていた。この温かさはルナの胸、体温ではなく何か違う温かさだった。
右は何かが抱きついた温かさ。ラルファが腕に額を当てていた。ラルファの身長はミルスの肩辺りまで。その腕がミルスの腕を絡めており、そこから温かさが伝わってきた。小さくとも、他の4つと同じ温かさが伝わってくる。
前からはシーナの温かさ。シーナは笑顔でミルスへと手を伸ばし、その手は顔をあげたミルスの頬に触れていた。手からじんじんと温かさが伝わってくる。
頭の温かさはディアス。いつも通りに乗っている。いつも通りのはずなのに、なぜか温かい。
そして後ろ。首の後ろから手が伸びて抱きつかれていた。この温かさは見えなくともわかる。何度も感じたことのある温かさ。アルトだ。アルトの腕が温かくミルスを抱いた。
何がなんだかわからない。どうして水をかけられたのか、みんなが寄り添っているのか。わからない。
「言っただろうミルス。もし君がなくなら水で流してあげるって。」
この言葉はアルトがワイバーンの件で言った台詞と似ていた。火事場泥棒が怖く、その場で泣き崩れてしまったときにアルトは今みたいに水をかけた。本当は下半身の洪水を隠すためだったが、その時にアルトが言った。
『君が泣くなら今みたいに僕が水で流してあげる。だから泣かないで…。』
「師匠…。」
つまりそう言うことだ。これはみんなからのメッセージ。泣かずに前を向けと。
その時、ミルスはある決意をした。
「師匠!!」
ミルスは突然叫んだ。いきなりすぎてみんなが驚く。
「私…強くなりたいです!!!!」
後ろのアルトの顔は見えない。しかしミルスは前を見ながら、堂々と言い放った。
「ミルス…。」
一瞬アルトは驚いたが、すぐにミルスの気持ちを察して、顔は見えなくとも後ろから指でミルスの涙を拭いた。
「一人だけの力で強くなるなんて不可能だ。僕の場合は例外だけど…、君には頼れる仲間がいる。」
アルトはミルスから腕を引き戻して、肩を掴んで半回転させた。
「行こうかみんな。シーナの墓参りも終わったし、もう用はない。僕たちは早く進まないといけない。行くよ!!」
ローブを翻して、アルトは歩き出す。
「待ってよアルトきゅん!!」
「次の目的地の情報を教えてください!!」
「あ…、アルト…さん…!」
アルトを追いかけてシーナ、ルナ、ラルファが走り出す。
「さぁ、行くぞミルス。」
頭に止まったディアスが翼をパタパタさせながら言う。
「…うん!!」
ミルスの悩みは吹っ切れた。自分が今までなんであんなことを悩んでたのかわからなくなった。
そしてミルスもアルト達の後を追って走り出した。
その日の夜。カラスが泣き、不気味な闇に包まれた森のなか。1つだけポツンと、灯りがあった。
『リール』の村の1つの家の前に明かりが灯っており、その回りには家を囲むように30人位の村人が集まっていた。彼らはベルザーグの手から奇跡的に逃れられた生存者だ。そして彼らが囲んでいるのは村長の家。今、中で村長と村の中心となる役の人物ら3人が話し合っていた。
彼らの内の一人目が目覚めたのは10時頃だった。魔力を流して効果が倍増した『スリープフラワー』によって、長時間の眠りから覚めた村人達は、まず死者の埋葬から始めた。そして今までずっと穴を掘って死者を埋めていたのだ。幼い子供達までもがベルザーグに殺された。愛する者を失った者もいる。そのやり場の無いはずの怒りを、どうにかしてアルト達にぶつけようとしていた。そのため、村長ら代表者が話し合っていた。
「ちくしょー!!こんなんじゃ…村はもう…!!」
若い男が泣きながら机を叩いた。
「あいつらだ!!あいつらのせいだ!!やっぱりシーナは悪魔だったんだ!!そしてその仲間のあいつらも!!」
とにかく村がこんなになってしまった理由をアルト達のせいにしたかった。
「…村長。どうします?」
髭を生やした男が、泣き怒る男を見るとずっと目を閉じている村長に聞いた。すると村長は落ち着いたようすで答えた。
「誰か、ギルドに届けよ。」
目を開きそう言うと、言っている内容を察したのか、髭の男が頷いて家を出ていった。
「村長…?何を…?」
泣いていた男は村長の言ったことの意味がわからずに顔をあげた。
「なーに…。村は滅んでも、やつらも終わりじゃ。ギルドに届けて、やつらを処分してもらうんじゃよ。」
笑いを浮かべながら村長は拳を強く握った。
村長のしていることは、村の被害をアルト達のせいにすることだった。ギルドに、
『村を滅茶苦茶にされた。死人もたくさん出ている。だから犯人を殺してくれ。』
と届けてアルト達を殺すものだった。『リール』の村はそこそこ名が知れている。だからすぐにギルドは動き出す。そうすれば悪魔とその仲間どもを皆殺しにできるものだった。
「フフフ…ハッハッハッハッハッ!!!!」
沸き上がる喜びが爆発し、村長は声を出して笑った。自分を見下したあの魔法使い、そして悪魔の血に濡れて絶望する姿を想像しただけで、おかしくなりそうなほどに喜びが湧いた。
が、
「ハッハッ…………。あん?」
先程から妙だった。髭の男が出ていってから、音が無かった。外にはたくさんの村人がいるはずなのに、ギルドに届ける事を聞いても誰も何も言わない。すごく奇妙だった。もう一人の若い男に視線で見てこいと合図する。男はそのままドアの前まで行く。ドアの前にたつと、ドアノブに触れる前にドアの木目の隙間から外を覗こうとした。
その時、
ズシャァァァッ!!
男の体はドアの向こうから突き破り振り下ろされたものによって、動かないただの2つの肉塊になった。
「なっ!?」
簡単に言うと、ドアの向こうを確認しようとした男が、外からドアを突き破って振り下ろされた
・・・・・・・
銀色の大きな鎌によって殺された。
その光景を見た村長は、恐ろしくなりその場に尻餅をついた。
「あらあら…、不幸ねぇ…。ドアの前にいたなんて…、ついてないこと…。」
透き通った女性の声と共に、男を殺した大きな鎌が家に入り込んでくる。
「ひぃぃっ!!」
恐怖で村長は腰が抜けた。
そして犯人が姿を表した。鎌と同じくらいの高さの女性のエルフが入ってきた。体は血塗れで、その目は殺しを求めていた。
「な、な、な、何もんじゃ!?」
エルフの女性は村長の質問に答えずに、鎌を手にどんどん腰が抜けた老人に近づいていく。
銀色の鎌が弾く、真っ赤な血。それがよりいっそうに恐怖を加速させた。
「困るのよねぇ…。あの子達の冒険の邪魔されちゃうと。」
エルフは村長の前に立つと腰に手を当て、やれやれといった様子で言った。
「ほ、他の村人は!?だ、誰かぁ!!こ、こいつをボウガンで射殺せぇ!!」
村長が叫ぶも返事、もはや物音も無い。
「ごめんなさいねぇ。家の前に居た人達は、みんなこの子の食事になっちゃった♪」
エルフはそう言って、手に持つ鎌を撫でた。
「全く、バカな村よねぇ。『封魔の剣は神聖だ』とか言い張っちゃって、いつのまにか魔剣に刷り変わってることも知らないなんて。」
エルフは指についた血をぺろりと舐めた。
「ま、まさか!?あの化け物は!?」
「そうよ。私が召喚したの。いつだったかしら?3年くらい前だったかしら。覚えてないわ。」
エルフは指についた血を全部舐めると、まだ足りないのか鎌についた血を舌でなぞり始めた。
「う、嘘じゃ!!お前の言うことは全部嘘っぱちじゃ!!ど、どうして村人全員の叫びもあげさせずに殺せるんじゃ。」
村長が指差しながら叫ぶ。
「あぁ、わかったー♪」
その言葉に対して、エルフは、ぽんっと手を叩いた。
「村長がこんな単細胞だから村がバカなのねぇ♪」
村長は反論をしなかった。というよりはできなかった。恐怖でもう口が動かない。
「私は空気を斬ったのよ。音って言うのは空気中を波となって伝わるものなの。だから最初に空気を斬って…、というよりは空気と一緒にみんな一瞬で斬っちゃった♪」
エルフは人差し指を立ててウィンクをした。
「まぁ、どうでもいいわよね。私はあなたを殺さなきゃ。」
エルフが鎌を振り上げる。その銀色の刃に、口を開けて逃げようにも逃げられない村長のあわれな姿が映る。
「ま、待って…」
「待たない♪」
ブチャ…
という音と共に村長の声が途切れた。空気を斬ったわけでなく、村長の喉を縦に斬ったからだ。
それからエルフは、殺した村人の血で村を囲む魔方陣を描いた。そして一段落がつくと、血を塗るための筆代わりにひきずった村人の上半身を椅子に、一息ついて額の汗を拭いた。
「じゃあ始めなきゃね。」
そしてエルフは魔方陣に魔力を流し込む。禍々しく、狂ってしまいそうな紅い光が放たれる。
「フフフ…、アハハハハハハ!!」
血のような紅い光の中で、
シルフィアが狂ったように笑っていた。
前半はミルスの視点でしたが、少し雑ですね。なかなかよい文が浮かばず、ちょっと手抜き感があるかもしれません。
後半は久しぶりのシルフィアです。謎のある女性って怖いですよね…。自分としては村長ざまぁみたいな感じなんですけど




