ココロノヤミ
予定の時間はすぐにやって来た。昼が暑い分、夜は寒いくらいに冷えた。雲1つ無い晴天。星達が綺麗に輝きを放っている。その下で点々と光る赤い輝き。村の怪しい松明の灯りが、村の中央に輪を描くように並んでいた。村人全員が『封魔の剣』の前に立つシーナを取り囲んでいた。そして飛ぶ罵声。全てシーナへと真っ直ぐに飛ぶ。
『封魔の剣』は光を怪しく反射していた。銀色の刀身に炎のオレンジの光を吸収して、辺りに跳ね返す。前に立つ少女は周りの声なんて少しも耳にいれず、剣を見つめていた。
その様子をルナとラルファとディアスが、群衆の外側から見ていた。本来いるはずの金髪の少女の姿が無い。その事を気にしないで、2人と1匹は群衆とシーナのやり取りを見守っていた。
「今から私は剣を抜いて見せる!!」
シーナの叫びに対し、村人全員の声がまとまらない塊となって飛ぶ。村人達が理不尽な怒りをぶつける理由は2つ。1つ目はシーナ自信。『悪魔』が村にいると災いをもたらすと決めつけ、1人の少女を村のアレルギーのように扱っているからだ。2つ目はそのシーナが今、神聖な『封魔の剣』に触れようとしていること。伝説で勇者が残したと言われる『封魔の剣』は村の唯一の宝とも言えよう。村人達は、自分が伝説のある村の住人であることを誇りに思っている。シーナがその剣に触れることは誇りを怪我される事も同然である。が、それはシーナにとってのチャンスであった。村人からすれば『封魔の剣』は神聖なものにしか抜けない、と言う概念に固定されている。つまり、もしシーナが『封魔の剣』を抜くことができれば、自分の生きる権利の証明へと繋がる。村人は、シーナに剣が絶対に抜けないと思っていたからだ。
そしてシーナはその剣で村人を皆殺しにする。
と言う考えは心の隅に少しだけあった。実行するという気はさらさら無い。そのまま村の反応を見てから決めるつもりだった。村に復讐をしない訳、それは両親が望んでいないと思ったからだ。死んだ父と母が願っていたのは、自分の幸せだ。強くなって復讐をすることではない。それにその願いは既に叶っている。シーナは幸せだった。毎日自由に動き、自由に食べ、自由に生きる。そして仲間もできた。リーダーの素質があり、いじり甲斐のあるアルト。可愛くて、いつも性的な眼で見てしまうミルス。姉のように親しいルナ。ペットのような巨大トカゲのディアス。ロリと大人の禁断少女ラルファ。みんなと出会えたことで幸せに生きることができている。だから、後は過去のトラウマを断ち切るだけだった。
ザッ
シーナは右手を前に出した。そして剣の柄を掴もうとした。
その時、
ヒュンッ!! カァンッ!!
シーナは手を止めた。
いきなり横で妙な音がなった。一瞬だったが、シーナは横を見た。そこにあるのは透明な壁。「クリスタルウォール」がシーナを囲むように四方に張られていた。そして地面に落ちた短い鉄の槍。
シーナが剣を抜く前に起きた出来事。それは外野の死闘。シーナの白く細長い手が剣の柄に触れる直前に、村長は右手をあげた。それと同時にその横からボウガンを持った男がシーナめがけて、槍を放った。村の集会で決まったのは、シーナが予想していた通り剣に触れる前に殺害すること。ここに来る前に対策ならいくらでもできた。しかしシーナはあえて何もしなかった。一撃位なら食らってもよかった。例えそれが致命傷だとしても、耐え抜いて剣を抜こうとする根性を、自分を蔑む村人に見せてやりたかった。が、そんな村の陰謀は阻止された。
(これはまさかアルトきゅん…!?………いや、違う。アルトきゅんの魔法にしては所々歪んでいるし、第一ここに来れるはずがないよ…。アルトきゅんは僕が眠らせているから…。これはミルミルのだね。)
シーナを守ったのは、村の木の上に隠れたミルスだった。シーナが命を落としてまで剣を抜こうとしていることを知ったミルス。しかし頼れる師匠のアルトがおらず、思い悩んでいた。そこをディアスとみんなに力づけられた。誰も頼れなければ自分が守ると決意したミルスは、広場の様子が良く見えるようにシーナが来る前から木の上に待機していた。そして案の定村が放った、シーナを殺すための一撃。それを防ぎきったのだ。
「どうなっておる!?なんなんじゃこれは!!」
予想通り、シーナに槍が突き刺さらなかった村長は怒った。それに釣られて周りの村人はシーナの力だと思い込み、また罵声を浴びせる。
「ありがとう…みんな…。」
シーナは小さく呟いた。皆がどこにいるかわからないため、空の大きなお月様を見上げて。
そしてその手で『封魔の剣』を掴んだ。
抜けないときの事など考えていない。絶対に抜ける。
「僕は…世界一幸せだから!!」
表情は変わらない。しかし、自信に満ちた声でシーナは剣を引っ張った。
スポッ
「っ!!やった!!」
「そんな馬鹿なっ!!!?」
『封魔の剣』は抜けた。そして土に埋まっていた剣先が遂に姿を表した。信じられない現実に村長が先に叫びをあげた。剣は意外と楽に抜けた。もっと力が必要なものだと思ったが、ペンのキャップを外すように簡単だった。
「どうだい!?僕は穢れてなんかない!!やっと証明され…」
証明されたと言おうとした。シーナは剣を掲げながら周りの村人達に叫んだ。変わらない表情で、声高らかに。が、喜びが止まった。
「な…!?」
シーナの持つ『封魔の剣』が闇に包まれていた。黒い霧のようなものがモヤモヤと出てくるのを見て、全員が口を開けてぼーっと見ていた。
「な、なにこれ…!?」
木の上でミルスが震えていた。シーナの抜いた『封魔の剣』から溢れる、とてつもなく大きな力。クロスウィザードである自分が持つ光の力と正反対の、闇の力がどんどん溢れているのを感じた。
「怖い…。」
まるで心を喰われてしまいそうな感覚だった。呼吸が早くなり、身体中からべたべたした嫌な汗が吹き出てくる。ミルスはシーナの手の剣を見ながら、木の上でうずくまっていた。
「っ。」
しばらくして霧は無くなった。全てが剣に吸い込まれるようにして消滅した。しかし禍々しい力は剣に宿ったままだった。シーナは手元の剣を見る。すると剣が小刻みに震え始めた。そしていきなり黒い影が現れた。
「っ!?きゃ!?」
剣を中心に表れた巨大な影。シーナは剣を離そうとしたが、影が手を縛って離すことができなかった。全員が黒い影を見ていた。大きさは家2件程。ハッキリとはしていないが、それは人のようであり、化け物のようであった。
そして目が開くように表れた。紅くて丸い眼が1つだけあった。
『ヒャハハハハハハハハ!!』
次の瞬間、頭に響くような恐ろしい笑いが口があるかもわからない影から発された。
『抜いてくれてアリガトウよ!!俺は勇者が残した剣なんかじゃねぇ!!魔剣ベルザーグ様だ!!』
ベルザーグの笑いは空を2つに裂いてしまいそうなほど恐ろしく、金属音のように人々に鳥肌をたたせた。
「なに…!?なんなんだよ…!?」
シーナは状況の理解が追いつかず、ベルザーグをただ絶望的な表情で見上げていた。
『さぁて…。目覚めて早速だが人間の血が吸いてぇなぁ…。』
ベルザーグの眼はシーナを囲んでいた村人をぐるりと見渡した。真っ赤な眼に見られただけで村人は動けなくなった。
『っと、その前にだ。俺を解放してくれたお礼としてお前の体を貰っちゃうぜぇっ!!』
「っ!?」
ベルザーグは自分のしたで、目を震わせながら動揺しているシーナを見下ろした。そして次の瞬間。シーナの意識が闇へと落ちた。ベルザーグの赤い眼を見た瞬間、自分のなかに真っ暗な何かが入り込んでくるような感覚に包まれながら、意識が落ちた。
『なるほど…。村人を皆殺しか…。いい闇隠してんじゃねぇかぁ!!』
ベルザーグはシーナの心を隅から隅まで覗いた。微かに考えてしまった復讐心も。
シーナの肩が抵抗する力なく下がる。まるで糸で吊り下げられた人形のように、シーナの体はうなだれていた。倒れはしないのに、倒れそうな状態で立っている。そのとき口が開いた。
「殺す。」
明らかにシーナのものではない声が、彼女の口から発せられた。そして次の瞬間。シーナを包む黒い影、ベルザーグの4本の真っ黒な腕がシーナの背中から伸びた。それから腕は、固まっていた村人達を襲い始めた。
「う、うわぁぁぁぁ!!」
「あぁぁぁぁぁぁっ!!」
「来るなぁ!!止めろ…離してくれぇ!!」
ベルザーグの腕は次々と逃げ惑う人々を襲う。無差別にその手に、雑草を抜くかのように掴んでは投げ、ホコリのように払いのけた。シーナに意識はない。操られ自信の腕を横に開きながら、背中の腕を操作していた。今はただの人形と同じだった。何も聞こえず、何も見ない。そんなシーナに腕から避けようとせずに村長が叫ぶ。
「ほれ見ろ!!お前が剣に触れてしまったから剣が穢れたんじゃ!!貴様は人ではない!!悪魔じゃ!!」
どうしようも無いくらい無茶苦茶な八つ当たりだった。自分の身の危険を全てシーナのせいにする。人でないのはどちらかというと村長だ。とミルスは上から叫びそうになった。しかし口が開けない。ベルザーグの壮大な力で、体が金縛りにあったように恐怖で動けない。
「ハア!!」
襲い来る手の1つとルナが必死に戦闘を繰り広げていた。が、いくら殴り飛ばしても、骨を折るほどの蹴りを喰らわしても手は襲いかかってくる。これでは自分が1本と相手をしている内に、残り3本によって村が全滅してしまう。
「くっ…。これじゃあまずい…。」
ベルザーグの腕の力はとても強かった。正直、真っ向から受け止めると気を抜くことができない。その時、後ろから別の1本が迫ってくるのを感じた。このままでは手と手に潰されてしまう。
「……!!」
腕がルナをぺしゃんこにしようと迫ってくる。ルナには逃げ場が無かった。まずいと思いながらも、ルナは逃げることができない。
キィンッ!!
「っ!!ラルファちゃ…さん…!?」
すごい勢いで迫ってきた腕を、覚醒したラルファの剣が弾いた。ベルザーグが襲いかかってくると同時に、ラルファは自分の指をかんで、バーサーカーとしてのもう1人の自分と入れ替わった。今回は変身した後もしっかりものを着ていた。姿が変わると同時に光が体を包み込み、その光が鎧と剣に変わった。
「大事ないか?ルナ。」
男勝りの声でルナを心配するラルファ。
「『波動拳』!!」
パァンッ!!と弾けるような音をたてて、ルナの拳が腕を遠くへ吹き飛ばす。
「大丈夫!!ありがとね!!」
初めて見る覚醒後の姿に少し動揺はしたものの、物事をあまり気にしない人間のルナは元気に返事をした。
「それにしてもこいつは…。」
それぞれ背中をつけて、周りを見渡す。死んだように動かずに倒れている人々と、逃げている人々がもう既に同じくらいの数だった。
「これはシーナをどうにかしなければ。」
「でもどうやって近づきます?あの周りのベルザーグとか言う影をどうにかしないと。」
2人はどうにかして、この殺戮を止めなければと思った。別にここの村人を助けてやる義理もないし、価値もない。大切な仲間をひどく蔑んだ奴らだ。このままベルザーグに滅ぼされてしまえばいい。しかし、自分等はここの村人のような奴ではない。助けなければその時でこそ、人ではなくこいつらのような悪魔になってしまう。そう考えた。
「………っ。誰か来た、……。」
両目とも灰色みたいに淀んだ色になった目で目の前の惨劇を見ていたシーナ。しかし目だけが横から歩いてきた何者かを向いた。
「あれっ!?」
「なんだ来たのか。こいつ起きてるぞディアス。」
ルナとラルファはその人物を知っている。
「あれって…。」
ミルスは木の上から、叫びの間に聞こえてきた足音のする方を見ていた。
「…ひっく、……師匠ぉ…。」
「………。」
アルト オーエンがゆっくりと歩いてきていた。その体は葉っぱや土で汚れていた。何をさせても『めんどくさい』と言いそうな重いまぶたをした目。そのまま寝転がって寝そうな猫背。ポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりとシーナ、いやベルザーグに近づいていた。
『てめぇは…?そうか。こいつの記憶にあるな。ダメ人間、だっけか?』
アルトを見て、ベルザーグは嘲笑うかのように挑発をする。目の前の光景を見て、アルトは全てを察した。シーナが『封魔の剣』を抜いたこと。『封魔の剣』だと思っていたベルザーグにシーナが操られたこと。
『なんで起きてんだぁ?お前寝てるはずだろぉ?』
ベルザーグはシーナの記憶も心も全て見ていた。その中で、シーナがアルトを眠らせたのも見ていた。
『まぁいいや。なんだよ?何しに来た?俺はこいつの心の隅にあった願いを叶えてやってんだぜ?』
シーナの背中とは別に、そのシーナの上にあるベルザーグから2本の腕が伸びる。そしてその腕かシーナの白い頬を蛇が這うかのような手つきで撫でた。
『こいつはこの村人全員ぶっ殺してやるって思ってたんだぜ。だから俺が実行してやってんのよ。こいつも願いが叶って幸せだろう?』
アルトは何も答えずに、眉間にシワを寄せてベルザーグの言葉を聞いていた。途中に大きなあくびをして。
『どっか行ってろよダメ 人間 さんよぉ。こいつはお前を…』
「1つ聞いておく。」
ベルザーグの言葉を遮り、漸くアルトが口を開いた。
「シーナのその村人への殺意は、心の隅で考えていたのか?」
そんな事を聞いた。
『あぁ?………あぁ。こいつはしっかりと皆殺…』
「はぁ…。じゃあいいや。」
またベルザーグの言葉を遮り、アルトは溜め息をついた。
「シーナが村人皆殺しにするんじゃないかと心配したけど、その必要はなかったね。」
アルトは確認したかっただけだった。この虐殺はシーナの意思の通り行われているものだと思ってしまっていた。もしそうだったならアルトはこの場を去っていただろう。シーナの意思なら思い通りにさせてあげるつもりだった。だがシーナの意思ではないとわかってしまったら。
退くわけにはいかない。
彼女を救い出す。ベルザーグからも、村からも、彼女の心を。
アルトは杖を呼び寄せた。光が手へと集まって杖を形成した。
『なんだよさっきから…。いいぜ。てめぇも殺してやるよ!!』
アルトが敵意を見せたのを察して、ベルザーグは標的をアルトに向けた。
『腕と足を引きちぎってそこから体液を吸い出してやるぜ!!』
ベルザーグの4本の腕がアルトに襲いかかる。
が、
『なっ!?』
周りのルナやラルファが期待したように、ベルザーグの腕がアルトに届くことはなかった。4本の腕全てをそれぞれ4枚の『クリスタルウォール』が防いでいた。アルトは表情を何も変えずに、機嫌が悪そうな目でベルザーグを見つめていた。
「問題です。ででん…♪」
全くやる気の無さそうな、クイズにありがちな音を口から出す。
「僕は今猛烈に機嫌が悪い。その理由は?
1.足を怪我してるから
2.救おうとした仲間に眠らされてハブられたから。
3.寝起きで木から落ちて腰を痛めたから。
4.眠いから
5.口内炎
さぁ、どれでしょう…。」
5択の選択肢を並べたアルト。そんな問題など全然気にしないでベルザーグは、シーナからもう2本腕を生やしてアルトに襲いかかる。
「答えは全部だバカ野郎。」
『ば、馬鹿な!?』
ベルザーグの6本の腕。シーナの背中から出ているが、それを全て『クリスタルウォール』で止めた。拳を止めたのではなく、伸びている部分を『クリスタルウォール』で固定したのだ。
「ラルファ。」
アルトは目を擦りながらラルファを呼んだ。
「あの手何本切れる?」
「……全部いける。が、少し足りなくないか?」
余裕といった感じでラルファが返事をした。ラルファにとっては足りないくらいだ。アルトにはラルファの力がどの程度かわからない。だから言葉で聞くしか確認できなかった。
「んじゃ大丈夫だね。頼んだ。」
ラルファに告げると、アルトはベルザーグを見上げた。今度はハッキリと開いた眼で。
「言っておくけど。キレてる時の僕は優しくないよ。」
『ふっ、ざけやがってぇぇぇぇ!!!!』
怒ったベルザーグは胴体を伸ばして、自分事アルトに襲いかかる。
が、アルトの前でラルファが立ち塞がった。
「見せてやる。バーサーカーの筋力でしかできないスキルを。」
ラルファは剣を強く握り、まるで獲物を狙う蛇のような突きの構えをとった。
そして、
「『神速』」
ヒュンッ、というような音と共にラルファの姿が消えた。と思った瞬間。
スパ…、とベルザーグの6本の腕とその胴体が切断された。
『っ!?何…!?』
切れたベルザーグの胴体は、残りの運動エネルギーだけでアルトへと飛んでいく。当然、アルトの前には『クリスタルウォール』がある。ベルザーグのからだは透明な壁にぶつかり、落ちるところをアルトの作り出した新たな壁に押さえられた。
「全部、斬っちゃったのか。決め台詞言ったのにやることないねこれ。」
アルトは残念そうに呟いた。ラルファの姿はシーナの後ろにあった。よく見ると伸びたベルザーグの胴体がぶつ切りになっていた。
ラルファのスキル、『神速』。それは神の速さ。光よりも速く、何者にも劣らない速さの頂点。バーサーカーの持つ最強のスキル。それほどまでのスピードを出せば、普通に足が潰れるし、そのスピードで体がバラバラになる。第一そんなエネルギーをどこから持ってくるのか。だからバーサーカーにしか使えない。ある説ではバーサーカーは戦いの神の血を受け継いでるとも言われている。だから神の速さが出せると言うことだ。その説が本当かはわからないが、バーサーカーは『神速』を使える。『神速』を使う際に注意することは衝突すること。衝突した場合、相手か、悪ければ自分の体がちぎれる。ものに光よりも速いスピードで何かが当たれば、貫かれる。またそんなスピードで自ら刃物等に衝突した場合、当然体が切れる。一応、刀などで銃弾は切れるわけだ。だったら人の体も例外ではない。
「さてと…。」
アルトは目の前の透明ないたの上の、上半身とも呼べるのかわからないが、体が半分だけの哀れな黒い影を見下ろした。
「…その様子なら何もしなくても御陀仏だね。」
アルトは少し笑いながら言った。
『あり得ねぇ…!!なんで解放されたばかりで、こんなに早く死なねぇといけねぇんだよ…!!』
ベルザーグにとって今の状況など全く予想していない。強くて心に闇があるやつに抜かれた不利をして、その場で村人全員を喰い殺す。そして抜いたやつの体を乗っ取って、他の場所で惨劇を起こす。そんなビジョンしか今まで浮かばなかった。簡単なことだった。なのにまだ抜かれて10分すら経っていないのに、体が消えて行くのを感じる。目に映るアルトが憎かった。心臓を抜き出して内臓を切り刻んでやりたい程に憎かった。なのにこんな壁に遮られている。
『ハハ…ハハハハハ…!!!!』
ベルザーグは笑いだした。
そう。自分でアルトを切り殺すことはできなくても、変わりがいるからだ。
『俺が死んでも、お前らの大切な仲間は帰ってこねぇ!!あの女の意識は、俺が大きくした心の闇に取り込まれちまってんだからよ!!』
ベルザーグはどんどん消えていく。が、消えていく分勝利感が大きくなっていった。
『お前には救えねぇんだよ!!あの女はもう殺人鬼だ!!敵味方、善人悪人の判断なんかしないで人を殺し続ける!!止めるには生命活動を止めるしかねぇんだよ!!』
ベルザーグは最後の力を振り絞って笑った。
『さぁ!!殺し合…』
ドンッ
ベルザーグは消えた。自然に消滅する寸前に、アルトの拳によって。
「バカか。シーナは元に戻す。この手がもげようと、足が無くなろうと。そんくらいかけてもいい大切な仲間だ。」
ベルザーグが砂となって消えるのを確認すると、後ろを振り向いた。
「今目覚めさせてやるよ。シーナ。」
白髪の両目とも色を失った少女が、剣を手にこちらを見ていた。人形のように動かない顔、銀色に光る剣が、純粋な殺意をアルトに向けていた。




