救うのは誰か
アルトがシーナと木の上で話している頃、ミルス達はディアスを除いた3人が、村長の家にいた。ディアスはアルトを探しに1人で飛んでいった。
シーナの煙幕によって、村のなかはパニックでアルトはシーナを追いかけていなくなったため、ミルス達はひとまず村長の家に戻っていた。そしてアルトが聞いていることと全く反対の言葉ばかりが述べられた。本人としては、嘘を言っているわけではないのだろうが一方的な、ただの拷問であることをミルス達は察した。『あの悪魔は苦しめて抑えなければならぬ』や『わしらの誰かが殺せばそのものに穢れが移る。だからわしらが手を下さずに勝手に死んでくれればよかったんじゃ。戻ってなんかきおって…。』だのと、あたかも自分等が正当であるかのような言葉しか言わない。そのような言葉を聞くたびに、ミルスの心には村長や村人に対する尖った憎しみが生まれた。が、その怒りを見えないように椅子に座る自分の膝の上で手が震える程の力に変えた。今ここでシーナが仲間であることを主張してしまうと、怪我をしているアルトを休ませる場所がなくなってしまう。しっかり後先の事を考えたミルスの出した結論は、堪えることだった。どんなに殺意が湧くほどの卑劣な話でも、自分の心が憎悪に満たされようと、聞き流してもいいから堪えることにした。
そしてヒキガエルの鳴き声を酷くしたような、耳障りな村長の長い話は終わった。今、村人が集まって集会を開いてるとかで、村長の参加は不可欠だった。そのため今この家にはミルス、ルナ、ラルファの3人しかいない。
「何なんですかこの村は…。」
泣いてしまいそうなか細い声でラルファが呟いた。
ラルファもまた、ミルスと同じように堪えたのだ。村長の言葉に一切反論しようとせずに、同情を求められたら無言で小さく首を縦に振った。振りたくは無かったが、話の内容を聞いて村長がとても恐ろしく見えた。こんなのは人ではない。と何度も感じた。
「シーナちゃんは『悪魔』なんかじゃないし、穢れてもいないのに…。」
腕を組み、目を閉じながらルナが言った。ルナは村長の話は寝ていた。と言うか寝ているフリをしていた。戻ってきて椅子に座るなり、背もたれに体重を乗せ、目を閉じて口を開けて後は寝ているフリ。何がしたいのかよくわからないと思うが、それはルナなりの意思表示だった。村長に対し、『貴様の話なんか聞きたくない』と言う気持ちを表していた。ルナは話をそのまま聞いて、あの内容を聞けば堪忍袋が保たなかったなずだろう。速攻で村長に殴りかかっていただろう。なんにせよ、仲間であるシーナをあんなに言いたいように酷いことを言った村長を許せなかった。だからそんな村長には、態度で返した。
「シーナさん、どうするんでしょう…。今夜本当に来るんでしょうか?」
眉間にシワを作り、ミルスはテーブルの上のシミをぼんやりと見ていた。ミルスはシーナに今夜また来てほしくはなかった。来れば必ず辛い目に遭う。と言うよりは下手をすれば、もう共に冒険を続けられなくなるかもしれない。そんな事まで考えていた。ミルスはシーナが好きだ。シーナに限らず、ルナもラルファもディアスも、そして師匠のアルトも。いつもセクハラをされたり、アダルトな下着ばかり着せさせられても、シーナが好きだった。このローブと下着をくれたのもシーナ。暖かく抱きついてくれるのもシーナ。そして共に冒険をする仲間だ。だから絶対に失いたくはない。そう願っていた。
「思い悩んでいるな…。人の子らよ…。」
その時、窓からパタパタと大きなトカゲが入り込んできた。
「っ…、ディアス…?師匠は…?」
ディアスしか戻ってきていないのを確認すると、ミルスはディアスに尋ねた。
「アルトなら眠らされておる…。丁度主らが心配しているシーナにな。」
ディアスはアルトとシーナの話をずっと見て聞いていた。アルトはその事に気づいていたようだったが、シーナにはわからなかった。
「っ!?どういうこと!?」
ミルスが立ち上がりディアスを抱きかかえる。
「ともかくだ。今晩シーナは来る。そしてアルトは来ない。シーナは死ぬ覚悟を持っていた。」
今のミルスには絶望的な通告をディアスは告げた。来てほしくないのにシーナが来てしまう。それはミルスに、シーナが来るのに2度と会えなくなると聞こえてくるようなものだった。
「話の内容が良くわからないよ!!もっとわかりやすく説明して!!」
小さなディアスの粒らな瞳を見つめながら、ミルスは怒鳴るように尋ねた。
「そん…な…。」
ディアスからアルトとシーナの会話の内容を全て聞いたミルスはその場に膝から崩れ落ちた。シーナが殺される覚悟で村に戻ってくる。想定してしまった最悪の事態が起きると知ってしまった。シーナが『封魔の剣』を抜いても、村人の態度が必ず変わるわけではない。その場で殺されるかもしれない。村長はこちらが殺せば穢れが移ると言っていた。だからシーナがどこかへ行方不明になってくれて、安心していた。そして5年経って戻ってきたとすると、村人の考えはどうなる?
疲れているはずだ。彼らからすればシーナは悪魔。そんな悪魔を殺すと呪われ、消えたと思ったら帰ってくる。もうどうでも良くなって、手を汚してでもシーナを殺そうとするのではないだろうか?
「どうすればいいの…?」
シーナは来る。それは必ず起きてしまう出来事。頼みのアルトは眠らされている。ミルスはどうすることもできないと感じた。
「そうだ…。師匠を目覚めさせよう!!そうすればまだ手はあるかもしれない!!」
咄嗟に思い付いたその案は、不可能を考えていなかった。『スリープフラワー』の効力をミルスは知っている。約束の時間の9時を過ぎたとしてもアルトは起きないことぐらいわかっている。それでも必死にシーナを救いたかった。
「不可能だ。」
ディアスは主に冷たく返す。
「どうして!?やってみないとまだわからないでしょ!?」
「我が帰ってくるとき、村の回りで武器を構えた村人達が並んでいた。」
「っ!?」
ディアスが伝えた事。つまり村人はシーナに対抗する準備ができていた。武器を持っていると言うことは、構わず命を絶つことに集会で決まったのだろう。が、重要なのはそこではなく、自分達も出られないことだった。今日はこの村に泊まることになっている。なのにこんな時刻に村を出れば怪しまれる。村の外に出たまま帰ってこない師匠を探しに行く、と言っても『いつの間に村の外に出た』と聞かれ、怪しまれてしまう。
「残念だが、我にアルトは起こせぬ。『スリープフラワー』は強力だ。起こすには薬や強い衝撃が必要だ。」
今最も恐れなければならないのは、自分達とシーナの関係性が村に知られること。もし仲間であると知られたら村から追い出されるどころか、命を狙われかねない。そうなってしまうと、折角シーナが自分達の為に傷ついてくれたのがパーになる。
「どうしようも…できないの…?」
ミルスの目頭がどんどん熱くなる。目への血流が激しくなり、水分が鼻の通りを良くする。泣き出してしまいたかった。そうすれば何かが起こって、この現状をどうにかしてくれると勝手に思っていた。そうだ、師匠が助けてくれる。助けを求めれば師匠がいつも守ってくれる。
が、当然来るはずがない。
ミルスの胸は壊れそうになる。
「もう誰かに頼るのは止めよ。ミルス。」
そんなミルスをディアスが一喝した。まるで先生が生徒を叱るように。
「誰も助けてくれない現状なら、主の力で打破して見せよ。」
先生が生徒を叱るパターンは2つ。課題などのするべき約束を守らないこと。そして悪さをしたときの2つディアスの叱りはその2つ目だった。
何故悪さをするのがいけないのか。それは社会としてのルールや、生徒を危険から守るため。ディアスはミルスに自分で適応できる力を付けるために喝をいれた。先生が生徒を成長させるように、ディアスの言葉はミルスを成長させる為のものだった。
「ディアス………。……………わかった。」
ミルスは顔をあげ、ゆっくりと立ち上がった。
「私は…できることをする。」
決意の籠った眼でミルスが言った。
「師匠がいないなら…弟子である私がやらないと…。シーナさんは…私が守る!!」
強い決意を表すと同時に、夕陽が沈んだ。
「…………ん……?」
あれ?ここどこだっけ?何でこんなところに…?そんなことよりもう夜じゃないか。帰らなければ…。
「ふぁぁ…。」
寝てたはずなのにすごく眠い。
とりあえず、何だろう?標高が高いところにいるのか?目の前が木の枝と葉っぱばかりだ。
「………おとと。…あれ?」
おかしいな。バランス崩して横に歩いたら足場が無いな…。
………あ。
ガサガサガサガサドーン!!
奇跡的にアルトはすぐに目覚めた。が、木から落ちて長い時間気絶することとなった。




