迫害
「そうですか。旅の途中で襲われたとは…。不幸ですが生きてるだけ幸いでしょう。」
健康に気を使った方がいい。と目の前の老人に言いそうなのを、アルトは胸のなかに押さえ込んだ。
アルト達は、『リール』と言う村の中の村長の家にいた。ガルガデスとの戦いで足を痛めたアルトは、手当てをするために枝を支えにしてこの村まで2時間かけて辿り着いた。村の前に立つとすぐに村人が気づいて、足を治療するための物と宿が欲しいことを伝えた。すると話はすぐに村長の元に届き、アルト達は村長の家に泊めてもらうことになった。
泊めてもらう立場で悪いが、村長の顔は酷く醜かった。歳のせいか肌の色は普通の人より黒く、髪は黒を完全に脱色したように白い。顔中イボだらけで、まるでヒキガエルのようだ。それ故、健康に関して何か言いたくなってしまう。
「お茶を煎れました。どうぞ♪」
エプロン姿のミルスが椅子に座り向かい合う僕と村長に湯気が縦に昇るお茶を置いた。
このエプロンは鞄のなかに何故か入っていたらしいが、多分あいつの仕業だと思う。
「おぉ…。すみません。冒険者様にたいしたもてなしもできなくて…。」
村長はしゃがれた声で話す。
「いえいえ。こちらこそ泊めてもらう立場で…。何かあればお手伝いします。」
お茶の熱さも構わずに、湯飲みからお茶を胃に流し込む。熱い日射しとガルガデスとの戦いのため、水分も足りないし、疲労も大きい。
「よし!!アルトさんできましたよ。」
アルトの足元からルナが立ち上がる。ルナはずっとアルトの足を手当てしてくれていたのだ。
「…え……。これ………。」
アルトが自信の右足を見ると、包帯で豪快にぐるぐる巻きにされていた。しかしルナが巻いたものだ。足は包帯によって、カボチャサイズにまで至っていた。
「しっかり巻いているので大丈夫です♪」
しっかり巻いてくれてありがとう、なんて言わないよ。ビッグフットか。
簡単に、魔法で治せばよい話だが、このような傷は魔法で治すのは向いていない。
この酷い内出血は、たくさんの毛細血管が切れてできたもの。色が青くなっている時点で、血は既に固まっていて魔法を使う必要が無い。そもそも、アルトの治癒系の魔法は、ただ回復速度を速めるだけ。今この足は、切れた血管と血の塊でぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ状態だ。それの回復速度を速めても、結果的に治ってもぐちゃぐちゃなだけだ。
「………ありがとう…。」
正直お礼よりつっこみがしたかった。しかし、ルナの満足そうな笑顔を見るとそんな気もおきなくなった。彼女は自分にとってできることをしてくれたんだ。それを否定するわけにはいかない。
笑顔と言うと、あいつの笑顔は居間まで見たことがない。
そう。さっきからアルトが、『あいつ』と気にしている人物。
この場にいないシーナの事だ。
シーナはこの村に入ろうとしたら、探し物と言ってどこかへ行った。いや、逃げ出した。何かはわからないが、シーナにとってまずいものがこの村にあるのだろう。それが何なのかを問う前に、シーナはいなくなってしまった。
「おお、そうじゃ。実は先日この村でよい茶葉が採れましてな。既に煎れてもらってなんですが、どうか旅先へもっていってください。」
村長は杖に力を入れ、腰が曲がったまま棚を開いた。
トントン…
「ん?」
村長が棚から茶を探し始めると、ミルスがアルトの肩を叩いた。
「あの…。シーナさんの事なんですけど…。」
ミルスもアルトと同じ事を考えていたようだ。ミルスに限らず、周りのルナとディアスとラルファも同じようにこちらを見ている。
「シーナさんにとっての何かがこの村にあるなら、もしかしてシーナさんはこの村出身なんじゃないんでしょうか?」
「みんなも…シーナが心配なんだね…?」
それぞれの顔をぐるりと見ると、みんな頷いた。それはそうだ。シーナは大切な仲間なんだから。
「はい…。もしかしたら…、あの村長さん何か知ってるんじゃないんでしょうか?」
ミルスは茶を探し続ける村長の後ろ姿をチラ見した。
とりあえずシーナはこの村の名前を聞いた瞬間に逃げた。その理由を知るための情報源は、今のところこの村、特に村長しかいない。
「そうだね…。聞いてみよう。」
今までは村長に聞こえない大きさで話していた。
アルトは立ち上がって村長を見て口を開いた。
「あの…」
「大変だっ!!!!!!」
シーナと言う人を知ってますか?
と聞こうとしたところで聞くことができなかった。
若い村人の男性が大慌ての様子で扉を開けて入ってきた。
「なんじゃ?どうした騒がしい…。」
今までの優しいような表情と口調は、小さなを苛立ちを込めたものに変わった。
「あれが……帰ってきた…!!あれが!!」
走ってきたのだろう。男の息は途切れ途切れだ。それでもなお、村長に必死に伝えようとしている。
「まさか!?あれは死んでおらんかったのか!?」
さっきから『あれ』と言っているが、アルト達にはさっぱりだった。
「行方不明で5年も経ってるから死んでくれたもんだと思ってたさ…!!だがしっかり5年分も成長して帰ってきてやがる!!今村の中央にいて、村長、あんたを含めた村人全員を呼べと言ってやがる!!」
なんだかすごい話になっているようだ。内容はわからないが、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この村にとってまずいものが来たそうだ。
「おのれっ!!この村に災いを持ってくるつもりか!?」
村長は遂に鬼の形相になった。悪役顔負けのワル顔だ。
・・・
「シーナ!!あの悪魔めが!!」
……………………………はっ?
すごく聞き覚えのある名前を、聴覚は逃さなかった。鼓膜に響いたそのワードが、頭にそのまま大きく響いた。
「今いく!!」
アルト達が驚き声を出す前に、村長と村人は外へとかけていった。
家のなかは静かになったが、その分今まで聞こえなかった外のざわつきが聞こえてきた。
「今『シーナ』って…。」
「みんな行くぞ!!」
アルトは椅子から立ち上がる勢いでそのまま家を出て、村長達を追った。
「あ!!師匠!!」
それに続いてミルスも走り出す。
「行くよラルファちゃん!!トカゲちゃん!!」
その二人の姿を追いかけるように、今度はルナも走り出す。
「は、はい!!」
「トカゲではなくバハムートだ!!」
全員が順番に走り出して、やがて家の中は誰もいなくなった。
この『リール』と言う村には、中央に1本の剣が刺さっている。『封魔の剣』と呼ばれており、名前の通り悪しきものを封じる力があるそうだ。この『封魔の剣』はずっと昔に、魔王軍に立ち向かった勇者が、いざというときのためにこの村に残したものだと言われている。その剣は何十年経っても錆びずに突き刺さっている。言い伝えでは真の勇者がその剣を抜き取ることができるとか、胡散臭い内容が広まっている。その剣は神聖にして、清きものだけがその剣を抜くことを試す権利が与えられる。しかし、今まで何百もの剣士がその剣を抜こうと試したが、誰一人勇者の力を手にすることはできなかった。
「何しに来た!!」
「どっかに行けぇ!!」
アルト達が広場に作って、中央を囲って村人全員が先程の村長と同じような表情で怒号を飛ばしていた。その手には、農具のくわや薪を割るための斧などの武器となるような物が、全員の手に握られていた。
そしてその人々の頭の隙間から見えた、見覚えのある一人の白い少女の横顔。
シーナが、じっと前を見ていた。
「なんだこの状況は…!?」
まるでテリトリーに入ってきた侵入者を番犬が追い払おうと吠えているような光景。いや、違う。番犬が追い詰めている光景だ。
シーナには、吠えが聞こえていないかのように目の前の村長を見ていた。
「一体何しに来おった!!この悪魔が!!」
村長の怒号は、番犬のリーダーのような力強く威圧感あるような吠えだった。が、どうみてもそれは領地を守るための正当な防衛ではないように見える。
「しぶとく生き残りおって…。行方不明のままくたばればよかったんじゃ!!」
それに続いて周りの番犬村人も吠える。
そしてシーナはそっと口を開いた。
「お久し振りだね…。村長とみんな。」
表情はいつも一緒にいるシーナのように無のまま。が、その言葉は力強かった。
「会いたくもないわ!!さっさと居なくなれ!!この悪魔が!!」
「………。」
「…………え?」
位置の関係でアルトだけには見えた。村長が『悪魔』と言った瞬間、シーナの表情が苦痛に変わった。ような気がした。見えたのは、少しだけ動いた唇の端。シーナは唇を噛んでいた。そして辛そうな氷のような目。普通の人なら無表情のままと言うくらいの小さな変化だった。
「確かに今はすぐにいなくなる。でも、また戻ってくるよ。証明してあげる。」
ある程度の怒号が飛び終わったら、シーナは小さな口が開いた。その口調はいつもの感情破綻少女ではなく、声も無感情だった。
「証明じゃと…!?」
村長は腹立たしいばかりにシーナを睨み付ける。その口調はとても早くて、焦っているようには見えないので、早くシーナを追い出したいと考えているのがわかる。
「今夜9時。残り3時間30分位だね。その時に戻ってくるよ。そして『封魔の剣』を抜いてみせる。」
「なっ!?」
シーナの発表を聞いて村人全員が固まった。のはほんの一瞬だけだった。
「何を言っておるんじゃ!!お前が『封魔の剣』を抜くじゃと!?できるわけないことなどわかっておるし、試させもせぬぞ!!お前のような悪魔があの剣に触れれば、剣が穢れてしまう!!」
一瞬の静寂の後の怒号はより大きさを増していた。村長のそれと共に、村人全員がシーナを責めるように惨い言葉を吐きかける。中には女性や子供までもがいた。
「帰れ!!この悪魔!!」
「痛っ………!!」
そして怒号と共に石が飛んできた。石はシーナのまぶたの上に当たった。もう少し下に当たれば、確実に目が瞑れていた。
「惜しい!!もうちょっと下だ!!」
信じられない声が聞こえてきた。シーナに石が当たるのを見て、まるでスイカ割りで人を誘導するような言葉が5人くらいから聞こえてきた。
「死ね!!」
「くたばれ!!」
「穢れの塊が!!」
石はどんどん投げられていく。そのほとんどがシーナに的確に当たる。
アルト達は民衆から少し離れた場所にいた。不等にしか見えない村の防衛を、何がなんだかわからずに見ていた。
「酷い…!!」
アルトの隣でミルスが絶句した。口元を手で押さえているため、その表情は哀しみなのか怒りなのかわからなかった。
「どうしてみんなシーナちゃんを…?」
「これが人間か…。」
「こんなの見てられない…!!」
後ろから他のみんなが呟く。
ルナは眉間に少しだけシワを寄せて、人間の悪鬼を知るディアスはずっと呆れたように見ていた。ラルファは泣き出しそうな声で耐えきれなくなり、後ろを向いた。
「師匠!!状況がよくわかりませんが止めましょう!!これじゃシーナさんが」
「辛そうだっ、て言うのかい?」
訴えかけるように袖を掴むミルスの願いを、アルトは片耳で止めた。
「な…!?師匠は何とも思わないんですか!?シーナさんがあんなに痛そうにしているのに!!」
ミルスは村の中央で頭を抱えて石から身を守るシーナの姿を指差した。無表情だが、すごく痛そうにしている。石の雨は止むことなく、むしろ勢いが増している。石の大きさや形も様々ではあるが、そこそこ大きい。自分の手のひらサイズの石を投げる人もいれば、目くらいの大きさの石を投げるものもいる。鋭く尖った石を投げるものもいれば、丸みを帯びている石を投げるものもいる。なんにしろ、そのような様々な石を直に、しかもこの村の全員から投げられている。痛くないわけがない。神経的な痛みもあると思うが、心も痛むはずだ。
そんなシーナを救いもせず、ただ見ているのはミルスには耐えきれなかった。そんな弟子の思いを、当然アルトは察している。しかし、動かなかった。
「ミルス…。気持ちはわかるし、ぼくも同じだ。仲間を傷つけられて黙ってられるはずがないさ。この村の全員がとても憎い。」
アルトの右拳には、腕の全ての力が込められていた。そのせいで震えているのを、ミルスは気づいた。
「じゃあどうして…!?」
シーナを助けない理由がわからないミルスはそのまま師に問う。
「逆に聞くよ。どうしてシーナはこの村の名前を聞いて、僕たちから離れたと思う?」
「あ……!!」
アルトの重い言葉が、まるでレンガを胸に叩きつけられたような衝撃で、ミルスの心に響いた。弟子は師の考えをすぐに察した。
「そうなのかはわからないけど、シーナは僕たちも一緒にあんなお出迎えをされると思ったんじゃないかな…。」
アルトの考えは、シーナは自分達を巻き込まないようにしているのではないかという発想だ。
「シーナがあんなに嫌われてる理由はわからないけど、僕たちも巻き込まないように森で別れたんだと思う。」
「…そんな。」
ミルスは小さな罪悪感を感じた。それはシーナを助けない事や守られてることに気が付かなかった事も入る。シーナが苦しいときに、1人にさせていることだ。本来なら自分達がシーナと一緒にいてあげなくはならない。今シーナには心の支えとなるものが何一つ無い。
「……!!」
ミルスは自分の唇を強く噛んだ。何もできないのが歯がゆくてしょうがない。
が、アルトの方が抱く罪悪感は大きかった。
シーナは自分に気を遣ってくれた。ガルガデスとの決闘で、足を怪我したアルトには休める場所と治療が必要だった。そのためアルトは一番近くの村を地図で探しだした。アルトの為に村に入らざるを得ない事を考えたシーナは逃げるように走り去った。
「ちっ………。」
アルトは自分が許せなかった。理由はわからない。しかし、シーナを村からの迫害のなか1人だけにさせてしまった責任は自分にある。もしあのときの戦いで負傷をしなければ。もしシーナを引き止めてちゃんと村から逃げる理由を聞いておけば。こんなことにはならなかったはずだ。
「絶対に負けない…!!絶対に僕の存在を認めさせてみる…!!」
石の雨のなか、シーナは叫んだ。蟻に群がられる蝉のように力を振り絞って。
「『スモークカーテン』!!」
「うわぁっ!?」
シーナは右手を前に突きだし、スキルを使った。『スモークカーテン』は、剣士が使うスキル。強敵や太刀打ちできない程の数のモンスターが出てきたとき、逃げるために使うスキルだ。煙を出し、姿を眩ますだけの簡単なスキルだ。その効果は相手の数が多く、密集している時に発揮する。その方が敵を欺きやすい。
シーナの手から出た煙は村人を全員を覆いつつ、こちらにまで達した。
「げほっごほっ!!」
煙を吸ったミルスが咳き込む。有毒性では無いから吸っても身体に影響は無い。
「くっ…。」
煙が届くと同時に、アルトは自身のローブの袖で口を覆った。ワイバーンの皮から造られたこのローブは、シーナ特製だ。皮を使ったのは胴体の部分の内側だ。腕まで使うと重くなり、杖を振るときに疲れるということで袖は布でできている。だからフィルターの役割を果たし、煙を吸わずにすむ。
「っ!!今のは!?」
うっすらとしか見えない群集のなかから、髪の長い女性のシルエットが走り出ていくのをアルトは視界に捕らえた。
この場で走って一直線に逃げ出せるのはシーナしかいない。と本能的に考えたアルトは、その影を追った。
「ごほっ!!…やっと煙が止んだ…。」
ようやく煙がわずかな風に流され、視界と呼吸が戻った。
「おい!!あの悪魔がいねぇ!?」
「よし!!追っ払ったぞ!!」
シーナがいないのを確認すると、村人は喜んだ。とても同じ生き物とは思うことができない。それほどまでにゲスというのがわかる。
「喜ぶのはまだ早いぞい!!」
歓喜に包まれる民衆のなかで村長が一喝する。ガマガエルの鳴き声のようだ。
「聞いておったろ!?あの悪魔はまたこの村に来る!!今晩の9時じゃ!!それまでに、全員武器の準備をしろ!!」
オオオオオオオッ!!
というような雄叫びが響く。
「シーナさん…。……ってあれ!?」
突然ひっくり返った声でミルスが驚く。
「師匠がいない!?」
隣のアルトがいなくなったことに気づく。煙が流れてきたときは隣にいた。一体いつからだろうか?
「もしかして…!?」
アルトがシーナを追いかけたことをすぐに察した。
「私も探さないと…」
「待てミルス。」
焦りながら走り出そうとするミルスをディアスが止める。
「ディアス!!どうして止めるの!?」
今ミルスはシーナに寄り添ってあげたかった。まずこの罪悪感が許せなかった。
「あの男に任せろ。それまで我らにはやるべきことがある。こちらなりに情報を集めねばならぬ。」
ディアスの冷静な言葉がミルスを止めた。
「…………わかった。」
常に師匠を信じているからこそ、ミルスは後を追うのを止めた。
まだまだ太陽がジリジリと照らす森のなかの村で、蝉にも負けないおぞましい程の雄叫びが響く。




