強さに飢えた獣
「じゃあ…、始めようじゃねぇかぁっ!!!!」
男の咆哮が森を揺らす。
鎧の隙間から見えた男の目は、血に飢え、力に肥えた百獣の王のような目をしていた。
「HAAAAAAAAA!!」
「っ!!」
男の斬撃を、アルトは避けていた。
男はアルトだけを見て、アルトだけを殺そうと斬りかかっていた。
男の手のに、物を斬ったような感覚が無い限り、男は大剣を軽々と枝のように振り回す。
「師匠!!」
横からアルトを呼ぶミルスの声は、鎧の男の雄叫びにかき消されてしまう。
「チッ…。」
男の連撃を避けるのに必死のアルトは、乾き始めた口で舌打ちをする。あまりに急な奇襲、しかも敵の正体と目的はわからない。反撃も逃げることも難しい。
なんだこいつ!?いきなり奇襲をかけるなり、僕だけを狙って斬りかかってる!?なんにせよ、あれを一撃でも食らったら…
「ORAAAAAAA!!」
「っ!!」
男は大剣を思いっきり振り上げ、アルトめがけて振り下ろす。
アルトはそれを直撃を免れて、避けることができた。おそらく0.7秒反応が遅ければ、横に跳んで逃げる途中で腕を切り落とされていた。実際、かすり傷だがアルトのローブの腕のところが切れ、そこが赤く染まっていた。
再び土煙が舞い、男の猛攻が止んだ。
「外したかぁ。」
男は大剣を肩に剣を振り担ぎ、鎧の隙間からアルトを睨む。
「お前は何だ?どうして襲う。」
アルトは男に冷静に聞いた。腕から痛みがじんじんと指先まで伝わる。
と、男が答えようとしたそのとき、
「『ホーリーバインド』!!」
「あ?」
男の周りの地面から複数の光のツルが生えた。
ミルスが『ホーリーバインド』で男の動きを止めようとしたのだ。
しかし、ツルが男に絡みつこうとしたとき、
「っ!?」
ツルは鎧に触れた瞬間消滅した。弾けとんだ訳ではない。光の塵になり、風で飛ばされた。
「オイ。」
魔法が理由もわからず消えて、呆然としているミルスに対し、男は顔だけをミルスに向けた。
「これはこいつとの1対1だ。邪魔はすんじゃねえ。」
男の低い、暴れ牛のような声がミルスの足を固めた。
「俺の名は教えねぇ。どうせ知ったとしてもここで終わりだからだ。」
「っ!!」
「なんだって!?」
どうやらこの男は全員無きものにするつもりのようだ。
「俺の目的は強者のみ!!悪ぃが見えちまったぜ。てめぇのその腕輪に、確かに『L.v100』って表記されてたぜ。レベル100とやんのは初めてだ!!」
最後の言葉と同時に男はまた大剣を振り上げ、アルトに襲いかかる。
「っ!!『クリスタルウォール』!!」
反応しきれなかったアルトは、咄嗟に『クリスタルウォール』を作り出した。
しかし、
「DAーHAHAHA!!」
「なっ!?」
鎧の男は戦いに酔いつぶれ、笑い出す。
そして、アルトは絶句した。男の大剣を『クリスタルウォール』が受け止めると思った。が、アルトの予想通りにならず、透明な壁は割られる訳ではなく、ゼリーのようにスパンと斬られた。
「あっぶね…。」
あえて大剣が来る前にバックステップで避けていたが、もし避けていなければあの鉄の牙の餌食になっていただろう。
「何だ今のは?あれがレベル100の防御魔法かぁ?てっきりプリンかと思っちまったぜ。」
男は再び大剣を肩に担ぐ。
一体どんな原理だ!?どう考えても『クリスタルウォール』は破られた訳じゃない。しかし、まるで魔法が効かないみたいだ。ミルスの『ホーリーバインド』は何故消滅したんだ!?それさえわかれば勝算はある!!
「ミルス、シーナ、ルナ、ラルファ…。手を出すな。」
アルトは低い声で吐き捨てるように言った。
「そんな!?」
「どうしてアルトきゅん!?」
「…もしかして、私達の安全のため?」
「アルト…さん?」
アルトの考えはルナの言った通りだった。
「おい、ガチムチ鎧馬鹿。」
「あ?」
アルトの呼びに男は返事をした。
「今からは誰も手出しをしない、俺とお前の1対1だ。だからそいつらに手を出すな。」
さっき、ミルスが『ホーリーバインド』を使用したとき、男は割り込んできた事に怒った。だからこいつは自分1人で倒さなければならないとアルトは悟ったのだ。
「別に構わねぇよ。だがどのみち後からそいつらも散るんだぜ?」
男は不適に笑う。
「なんで俺が強いやつを求めて奇襲をかけているのに、クエストが発生しないかわかるか?」
ギルドならこんな危ない男を野放しにするわけがない。こいつは他にもたくさんの人を奇襲しているはずだ。それならクエストとしてこいつを討伐するものが、ギルドから出るはずだ。
アルトに思いつく答えはひとつしかない。
「…お前の奇襲で生き残った奴も逃げきれた奴もいないからか?」
つまり、こいつと出会えばパーティーが滅ぶ。
「HU………HAHAHAHAHA!!ご名答!!今までの奴らは弱すぎたっ!!目の前で恋人を殺しても、家族を殺しても、全然弱すぎた!!」
悪魔のような笑いを上げながら、鎧の男は大剣を地面に突き刺した。
「DA!!KA!!RA!!お前が俺を楽しませられないほど雑魚くても!!楽しませてくれても負けたりしたら、次の標的はそいつらに変わっちまうだけだ!!」
男はアルトを見てから、舐めるように飢えた目でミルスたちを見回す。
「………。」
アルトは黙っていた。下を向いてただひたすらに。
「それとも先に、そこの金髪のガキからやるか!?てめぇの弟子のようだが、さぞかし強いんだろーなぁ!?」
男の頭は壊れていた。強いやつと戦えれば、強いやつと満足のいく戦いができれば、それでよかった。そのためには手段を選ばない。相手を好きなだけ挑発して戦意を出させたり、大切な人を殺して怒りの力を出させても、全ては強きものを倒すため。男の頭にはそれしかなかった。
「どうした!?怖じ気ついたか!?」
男の挑発は止まらなかった。楽しんでるようにもみえたが、この場で一番怒っているのが鎧の男だった。初めてのレベル100の相手である、アルトが予想異常に貧弱に思えたからだ。避けることと守ることしか考えないアルトに、何としても闘争心を出させたかった。
「師匠…。」
ミルスは少し怖かった。別に次の標的が自分になることではない。謎の力で『ホーリーバインド』や『クリスタルウォール』を消滅させた男に、アルトが負けることが怖かった。負けは死を意味する。アルトが負けて死ぬことを一番恐れていた。
「…とうだ…。」
低く小さな声が聞こえた。
「あ?」
音の発生源がアルトてあることがわかるまで5秒かかった。それはさっきまでと全然違うトーンの、全く別人のような声だったからだ。
「なんだっ…、」
「上等だ、つってんだコラ!!」
アルトの怒号が森に響き渡る。
「かかってこい!!てめぇには負ける気がしねぇ!!」
師匠…?あれは師匠なの?あんなに怒ったアルト師匠をみるのは初めて…。今までは防御魔法が破られたことに腹を立ててた。でも、今回は違う。
あれが本当の怒りなんだ…。
「誰も失わねぇ!!仲間を守るための力!!防御魔法の新しい使い方を魅せてやるよ!!」
杖を持った手を前に突きだし、男に叫ぶアルト。
「………KUHA…!!HAHAHAHAHA!!ようやくやる気を出したようだな!?だがてめぇの貧弱な防御魔法じゃぁ、誰も救えねぇぞぉ!!」
狂った笑い声を放ちながら、男がアルトに大剣を振り上げ襲いかかる。
鎧の男としては、このとき喜びを感じていた。
レベル100と本気の勝負ができる。と。
結局は、男からすれば勝負の勝つことよりも戦えることの方が嬉しかった。
「DEAAAAAAAAAA!!」
大剣がアルトの頭めがけて振り下ろされる。
「OK…。」
避ける瞬間、アルトはそう呟いた。
「え?」
ミルスのいる位置からは、それがはっきり見えた。
「『スプラッシュウォーター』!!」
「っ!!」
アルトの『スプラッシュウォーター』が男に当たる。
「よし…。」
アルトはただ一言言う。
「なんだこいつ…?ただの水かぁ…?………くだらねぇ…。くだらねぇぞぉっ!!!!」
アルトのした事が攻撃ではないことに気づいた男は、再び怒号を放った。
「なんだこいつはぁ!?レベル100がこんな小賢しい真似すんのか!?」
あれだけやる気を見せたと思ったアルトが、手を変えて無意味なことをしたのが許せなかった。
が、アルトからすればこれは重要な事であった。
・・・・
当たったのだ。水が。
「GAAAAAAAA!!!!」
男はアルトめがけてまた剣を振り上げる。
その剣をアルトは横に避ける。そして今度は男の顔めがけて人差し指を突き出す。
「『フラグシュート』!!」
ピュンッ、という音と共に指先から光弾が発射される。
「あ?」
しかし、光弾は『クリスタルウォール』や『ホーリーバインド』と同じように男の顔に当たると消滅した。男にはなんのダメージもない。
「俺にはなんの感覚もねぇ。まだ気づかねぇのか?俺には魔法が効かねぇんだよ!!」
今度は剣を横に振る。
「っ。」
アルトは剣をジャンプで避けた。が、
ガシッ
「捕まえたぜぇ!!」
剣を避けた瞬間、男の左手がアルトの胸ぐらを掴んだ。そして大剣が動けないアルトを切断しようとしていた。
「ちっ。『フラッシュスパーク』!!」
「っ!?」
バチン!!
アルトは男の顔の前に手を突きだすと、手から目が眩む光と火花が散った。
その驚きで、男はアルトを掴んでいた手を離した。
「びびり野郎がぁっ!!何度も何度もつまらねぇことしやがって!!」
男の怒りが頂点に達した。幾度も続いたアルトの消極的な動きから、男の堪忍袋は尾が切れただけでなく、破裂した。
「『フレイム』!!」
避けたアルトは炎を作り出して、男に当てる。
「だから無駄ってんだろぉがよぉ!!熱くもねぇ!!」
炎の中でも男は堂々と立っていた。
「今度こそてめぇを2つに割って、森に飾ってや…」
「ちょっと待ってもらおうか。本当の本当に準備ができた。」
ぎらついた目の男の言葉を、アルトが首をならしながら遮った。
「今から本気出す。」
男を強く睨み付けながら、アルトは叫んだ。
「ほぉ?見せてもらおうじゃねぇか。てめぇの本当の本気をよお!!」
もう怒りを抑えることができない男が剣を担いで吠える。
「………お願い神様。師匠を助けてください…!!」
森の中で対峙するのは、怒りに燃える虎と血に飢えた獅子。
少なくともミルスにはそう見えた。
互いに一歩も引かない勝負。
勝つのはプライドか、力か。
まず謝ります。すいませんでした。前回の投稿からかなりの間が空いてしまいました。ストーリーの構成を考えるのに悩んでしまいほとんど手付かずの状態でした。また何度もそうなることがあるかもしれません。その時は気長にお待ちいただけるとありがたいです。




