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レベル100の引きこもり魔法使いが防御魔法を極めてたら  作者: 四季 恋桜
魔法使いが存在しなかったやる気を出して旅に出るまで
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引きこもり卒業

 全く働かずに、一日中ベッドに寝転がっては、ほとんどを睡眠で過ごす。愛していると言ってもいいくらいに過ごしていた日々を、少年アルトは突然に失った。

 ギルドによる、新人冒険者の育成プログラム。

 冒険者になっても、これから何をすれば良いのかわからない新人は、ギルドが認めた上級の冒険者の元で学ぶことになる。

 そのプログラムにより、アルトはミルスと言う少女の師匠に強制的にさせられてしまった。モチベーションの低さと不安から、なんとかして別の誰かの元で学習するように勧めようとしたアルトだったが、真っ直ぐなミルスの熱意にやられ、折れてぐうたらだった毎日にサヨナラバイバイをした。


 それから3日間が過ぎて──


「ただいまー」

「おかえりなさい、アルト師匠。夕飯にしますか?それともお風呂にしますか?」


 どうしてこうなった、と叫びたくなるのを堪え、アルトは真っ直ぐにテーブルのところへ向かい、椅子に腰をかけた。

 何故、夫婦のようなやり取りで帰宅しているのか。 何故、帰るとエプロン姿の少女が向かえてくれるのか。


 椅子にもたれ掛かりながら天井を見上げ、これに至るいきさつを思い出す。


 それは遡ること3日前───


「アルト先生…、いや、アルト師匠!!」

「な、なんだい?」

「師匠のレベルは一体おいくつですか!?」


   ピキーンッ!!



 唐突な質問。その内容を聞いて、アルトに変なスイッチが入る。


「フフフ…。気になるのかい…?」

「はい!!」


 不敵に笑いながら、アルトは自分の冒険者ブレスレットを堂々と見せる。


「100だ…」

「………え?」

「生まれて17歳、冒険者歴3年にしてレベル100だ!!」


 そこには確かに『100』とハッキリ表示されているのをミルスは確認した。


「え、え、えぇぇぇぇぇ~!?」


 ミルスはミルスで今まで出したことの無いような大声で叫んだ。


「ひゃ、ひゃ、100!?そんなまさか…!?」


 ミルスにとっての驚きは、自分と2歳しか違わず、冒険者を3年しかやっていないアルトがレベルMAXであることだった。


 これが、引きこもりニートのようなアルトが上級冒険者として扱われている理由である。

 レベル100と言うステータスを持つ者は多くはない。10年に1人、誕生するかしないかの割合だ。そこに辿り着くのは到底、簡単なことではない。冒険者なのにクエストを受けない、寝ることしか頭がない、そんな人間であっても、希少な存在であるからこそ、今こうして少女から敬語で呼ばれている。

 ミルスもミルスで、そもそもレベル100の冒険者が自分の住む街にいたと言う事自体知らず、驚きと興奮を隠せなかった。


「す、凄いです‼︎私、レベル100の人なんて初めてです‼︎」

「ハッハッハ。今のうちにこのブレスレットに触っておくといいさ」


 家を出てから中々テンションの上がらなかったレベル100のぐうたら冒険者だが、そのステータスには胸を張れた。


「で、でも…、どうやってそんなに!?」

「…………………え……」


  だが、アルトのスイッチはそこで切れた。


「……………知らない方がいいと思うけど…?」


  アルトにとっては気が進まないことだが、ミルスにはどうしても知りたいことだった。

 何故若いのにレベルがこんなに高いのか、まだ二桁にも満たないレベルの少女には気になって仕方がない。


「教えてください師匠!!」

「…………………えっとですね」


 レベル100を告白する時とは反対に声が小さくなり、念仏のようにブツブツと答える。


 その内容はざっとこんなものである。


 アルトが冒険者になったとき、魔法を使う才能は皆無だった。その当時は今のように新人に先輩が教えるなんて制度はなかった。そのため、魔法を使えるようになるには独学のみ。そんなに多く中で、人並みの才も無いアルトは遅れをとった。1つも魔法を使えないまま、周囲の魔法使い達にはどんどん先を越され、スタート地点から動かないまま、取り残されてしまった。


 アルトは魔法の才能がないことをカバーするため、レベルをあげることにした。それゆえアルトは町の周辺でスライムだけを狩り続けた。いや、正しくはスライムだけしか狩れなかった。まだ当時は13歳ほどの子供。最弱モンスターのスライム以外、魔物は自力で倒すことができなかった。スライムは、そのゲル状の体を木の棒で叩くだけでも倒すことができ、子供でも苦もなく倒せた。

  アルトはその作業を2年間続けた。そして気がついた頃に、ブレスレットを見ると、レベルが100になっていた。


 レベル100になって、試しに簡単な魔法を使おうとした。すると今度は本を少し読んだだけで使えるようになった。アルトは努力の元、力を手にいれたのだ。上級は不得意でも、初級やある種の魔法は完璧に使いこなせる。

 しかし逆に2年間の努力のつけが回り、その他も色々あって、町中から『引きこもり』 『ダメ人間』などと呼ばれるようになってしまった。




「うぅ……」


  説明し終えて、体育座りで丸くなっているアルトの眼から涙が溢れ落ちる。


「ご、ごめんなさい!!そんな過去だなんて知りもしないのに、聞いてしまって…」

「いや、いいんだ…」


 少年は心が折れかけた。自分で説明をしている内に嫌な事ばかりを思い出してしまい、悲しみが胸に積もるだけである。


「あぁ……。なんで人は平等じゃないんだ…」


(どうしよう…。話題変えないと…)


 目が死んできたため、ミルスはなんとかしようと他の質問をした。


「あ、そうだ…。と、得意な魔法はなんですか?」

「得意な…魔法だって…!?」


ピキーンッ!!


 再びアルトにスイッチが入った。


「僕の得意な魔法は防御魔法さ!!」

「防御…魔法…?」


 耳にすんなりと入ってこない名前の魔法に、少女はわからない顔を作る。


「防御魔法は芸術だ!!あの硬さ、たくさんの種類、何より使い勝手の良さ…。単なる魔法と違って使い方がバリエーション豊かでまたそのほとんどが初級魔法ばかりだから才能の有無に関係なく使えるしやっぱり僕的には壁を作るやつが良いと思うんだ表面がスベスベでがっしりしてて全てを預けてもいいかななんて思えちゃうくらいに頼もしいんだ。あと壁って言うけど重力とか関係なく空間に固定して作り出すことができるから時にはベッド代わりにもできて天気の良い日になんか晴天の元防御魔法で作ったベッドでお昼寝なんて本当に最高なんだ。…あぁ…やっぱり防御魔法はたまらない…」


  そんなミルスを他所に、一人で延々と語るアルト。息を荒立てながら、まるで自分の性癖かなんかを話してくるようにも見えていくるため、直感的なミルスよ反応は、


(この人………、変態だ…!)


  口を開いて唖然としていた。

 アルトの興奮が収まりそうに無いため、ミルスはおずおずと尋ねる。


「それ以外…は…?」

「それ以外だって!?あるわけないじゃないか!!防御魔法は才能のない僕が使えた唯一の魔法。防御魔法は友達!!防御魔法は僕の嫁!!防御魔法は妹!!防御魔法は家族!!防御魔法は、世界一‼︎‼︎他に得意のなんかあるわけ無いじゃないか第一僕はそれほど高レベルなやつは使えないし──



 またペラペラと終わりの見えない語りが始まった。


(な、なんて人なの…!?そこまで防御魔法を愛せる心は素直に、スゴいと思うけど…。流石になんか危ない感じが…)


「それじゃこれからよろしく!!ミルス!!」

「え、あ、はい!!よろしくお願いします‼︎」


 好きなことについて語ったためか、機嫌が良さそうにアルトは少女の肩に手を置く。

 少し驚きながら、ミルスも礼をした。


「それじゃまずは初級魔法から教えて、そのあとじっくり防御魔法の真髄を…」

「ひ、ひとまず基本的な魔法だけで結構です‼︎」




──およそ9時間後。





「ハァッ…ハァッ…」


 少女は呼吸を乱し、汗をぐっしょりとかきながら、疲労に耐えてようやく立っているような様子だった。綺麗な髪が乱れており、服も少し着崩れていて、ずっとマラソンでもしていたかのようである。


 「う、嘘…だろ…?やっぱり……、…やっぱりだ‼︎」


 そんな少女に、アルトは目を見開く。

 昼から初級魔法について教えてからしばらく後。薄々感じてはいたが、アルトはそこでようやく口にした。


「すごいじゃないか!!一体、どんな凄い才能の持ち主なんだ、ミルスは⁉︎」


 ぐったりと地面に座り込む少女を褒めるように、アルトは驚きを隠せずに騒ぐ。


 現在時刻は19:00。アルトとミルスは昼食も摂らずに訓練をしていた。

 そんなおよそ9時間の、魔法についての使い方等を教える時間でミルスはやってみせた。


 基本的な魔法はおろか、初級魔法のほとんどを習得していた。


「…ハァッ…アルト…ひゃん……。わたひ…、凄いれすか……?」


 休む間がほぼなくぶっつづけだったため、呂律が回らない。無理はない、ミルスはたった一日で初級魔法全てをマスターしたのだから。


 最初は魔法が1つ使えた時に、アルトが休憩を入れようとした。しかし、初めての魔法が嬉しいのか、好奇心から次の魔法が知りたいと言っては、次、次、次……、と言うループに入り、気がつけば長い時間やってしまっていた。


  魔法をひたすら使いたいと思っていたミルスは、とてつもない成長、そして隠された才能をみせた。魔法使いになって、初日にここまで来るとは、正直天才としか言えなかった。


ぐう~~


「はっ⁉︎」

「ん?」


  ミルスのお腹が大きな音を立てた。それもそうだろつ。ミルスは朝食から何も食べてないのだから。水はアルトが魔法で作った。しかし流石に食べ物までは作り出すことができない。

 昼飯抜きに、激しい運動をしたあとのような状態のミルスには腹が鳴るのは仕方がなかった。


「はわわ…」


  恥ずかしさで少女の頬が紅潮する。

その音を聞くと、アルトは優しく語りかけた。


「帰ろうかミルス。夕食くらいはご馳走する」


「いえそんな…!!大丈夫です。自宅で食べますから…。………あれ?立てない」


 ようやっと普通に話せるようになったものの、立とうしたミルスの足には力が入らない。


「いいからいいから」

「きゃっ!?」


  空を見て、アルトはお姫様抱っこでミルスを持ち上げる。


「魔法の使用には莫大なエネルギーと精神力が必要とされる。自分ではわからなくても、体はかなり疲労が蓄積してるはずだ。実際、こんな汗かいてるし」

「だ、ダメです‼︎私、今汗臭いです‼︎せ、せめてお姫様だっこは…‼︎」

「にしても軽いね〜。猫抱いてるみたい……」

「い、いいから離してください。私は恥ずかしいんです…‼︎」


 ミルスの言葉に耳を傾けず、アルトは優しい口調で言った。


「それに、こんなに外に出て、動いたのは久しぶりだよ。3年ぶりかな…。中々楽しかった…。君との出会いのおかげだ。そのお礼くらいはさせてくれ」

「…っ‼︎…アルト師匠…」


 その優しそうな表情を見て、頬の温度が少し上がるのをミルスは感じた。

 こんなにも優しく頼もしいアルトが、キラキラと輝いて見えた。


 しかしアルトはここで重要な事を思い出す。


「…………あ!!」

「どうしたんですか…?」

「帰る場所がない…」

「え?」


 突然な報告に、少女は何を言っているのか理解できなかった。

 アルトが思い出したのはとある決まり事。

 この新人育成制度は、終了まで両者の自宅は魔法で封鎖される。それを魔法でこじ開けようものなら、冒険者の資格を剥奪されるのだ。いささか横暴ではあるが、これは師範となる者が、初心者をちゃんと指導しなかったり、問題を起こさないようにするための決まり事なのだ。


「それじゃ寝る場所はどうするんですか…?」


  困った顔でアルトを見つめるミルス。

 疲れ切ったミルスは、とにかく、夜しっかり休める場所が欲しかった。


「ん~…。とりあえずどこかで食事をしようか…。それから考えよう」

「…はい……」






  というわけで2人は酒場にやって来た。酒は飲めなくとも料理はある。


  ドアを開けるとたくさんの人々で賑わっていた。


「いらっしゃい……って、アルト オーエン⁉︎あの引きこもりが部屋から出てきたのか⁉︎と、とにかく、可愛いお嬢さんとご来店!!」

「わぁ~…」


 店に足を踏み入れた瞬間に、ウェイターの男が驚いたのを、ミルスは全力で見なかったフリをする。こめかみに血管を浮かばせながら、アルトがスマイルだったからだ。


  しかしそんな出来事もすぐに忘れ、周りを見渡し、少女は感嘆の声を漏らす。たくさんの冒険者が酒や料理をつまみ、カードで遊んだり、酔ってバカ話をして、それは楽しそうに笑っていた。憧れていた世界がそこにあったのだ。




「スゴいです…」

「ミルスはもう冒険者なんだ。慣れないとね」

「いらっしゃいませお客様‼︎」


  明るい声で酒場の娘が迎える。先程のウェイターのような反応は全くしないで、眩しい客対応の笑顔をしていた。


「二人だけど…席ありますか…?」

「はい!!カウンターの端へどうぞ!!」


  手で示された方を見ると、2つだけ席が空いていた。


 そこの席に座ると、ミルスは落ち着かない様子で周りをキョロキョロと気にする。


「とりあえず料理を2人分いただけますか?1人はエネルギーがつくようなやつで」

「かしこまりましたっ‼︎」


 注文を受けると、ウェイターが厨房に伝えに行く。


「アルト師匠」 


  ミルスがアルトの袖を掴む。


「ん?なんだい?」

「どうして酒場にはこんなに人がいるんですか?」

「まぁ…たぶんみんなお酒とポーカー目当てかな…」

「どうして自分の家に戻らないんですか…?」

「それはね、ここで美味しそうな少女をさらうためさ」

「えっ!?」


  青ざめるミルス。彼女も少女に該当するわけだから、身をすくめて当然であった。


「………嘘だよ」

「もう…。からかわないでください…‼︎」

「ごめんごめん。本当はパーティーと一緒だからだよ」

「パーティー…?」

「そうか。パーティーについて教えてなかったね」


 パーティーとは複数の冒険者が集まって作るチームのことである。パーティーの利点は色々な職業が揃うため、多くの魔物と臨機応変に戦える。危険な大型モンスターほど、攻略はパーティーでなければ極めて困難だ。


「まぁ…、ミルスもいつかパーティーを組むだろうけどね」

「へぇー。アルト師匠はパーティー組まないんですか?」


 特に何も考えずにした質問に、アルトは肩を落とし、


「……友達がいない」


 少し間を空けてボソリと呟いた。

 言ってはいけなかった、とミルスは後悔した。


「すいません!!そんなつもりじゃ…」

「…………いや待て……、いる!!防御魔法だ!!」


 顔を上げて目をキラキラさせるアルトを見て、


(あぁ…。残念な人だ…)


 脳にはその魔法のことしか無いのだと悟った。



 バタンッ!!



 2人がそんなやり取りをしていると、酒場のドアが勢いよく開いた。大きな音が響いたため、驚いて店の中が静まり返る。


「っ!?なんですか…?」


  見ると、大柄な男が1人ドアの前に立っていた。身長は2メートル以上ありそうで、酔っているのか顔が赤かった。


 そんな来客にも、店の娘は笑顔で対応する。


「いらっしゃいませぇ‼︎」

「1人だ」

「あぁん…。申し訳ございません。満席でして…」


 座る場所がないことを聞くと、男はしばらく店の中を見回してから、カウンターに座る2人を向いて目を留めた。薄笑いを浮かべると、そのまま頭の向いている方へ歩き出した。


「っ…⁉︎ア、アルト師匠……‼︎あの人こっちに来ますよ…⁉︎」


 ズンズンと足音を響かせながら男が歩いてくるのを見て、ミルスは小さな声でアルトに伝える。


「気にしなくてもいい」

「そんな…」


  アルトは目を瞑ったまま動かなかった。 ミルスとしては嫌な予感がしたため、アルトに後ろに向いてもらいたかった。そうこうしていると大男は2人の後ろに立っていた。


「よぉ可愛いらしいお嬢ちゃん。…それと、横の駄人間」


  男の形相はとても恐ろしかった。ミルスにも見ただけでわかる。今すぐにでもその大きな拳を振り回し始めて、暴れそうだった。


「お嬢ちゃん、俺と一緒に飲もうぜ?こんな引きこもり放っといてよぉ?」


 大きくて湿った手を肩に置かれるミルス。不快感もあったが、何より恐怖が寒さのようになって、体の内側に入り込む。


「い、嫌です!!離してください!!」


  手を振り払うと男はミルスを睨む。


「あぁ!?」

「ヒッ……‼︎」

「俺の誘いを断るのか!?いい度胸じゃねぇか…。気に入った。特別にボコボコにしてやるよ。勿論、ベッドの上で裸に引ん剝いてからな?ガハハハハハハハハハ‼︎」

「止めてください‼︎は、離して‼︎」


 下品な笑い声をあげる男に無理やりにでも引っ張られ、目に涙を浮かべる。

 魔法を使ってなんとか反撃することを考えたが、まだ覚えたばかりの初級魔法では、火を出しても、水をかけても、弱すぎて逆に男を怒らせる事になると考えた。

 切実に、誰かに助けてもらいたいと願っていた。



 ミルスは薄く目を開けて周囲を確認するが、その目には、気の毒そうに自分を見つめる冒険者達の姿しかなかった。


(どうして誰も助けてくれないの?)


 さっきまで騒いでいた冒険者達は1人残らず座り、一言も喋らずに戦意喪失したような顔をしていた。


「誰か……、誰か助けてください‼︎」


 喉から声を絞り出して叫ぶも、やはり誰1人動かない。


「おぉ?まさか俺に刃向かおうなんてやついねぇよな?いたらぶっ殺すぞ」


 猛獣が草食動物を睨みつけて牽制するように、場の空気での猛獣が誰なのかはハッキリとしていた。


 救いの無い現状でも、ミルスはひたすらに助けを願うだけだった。


 (怖い…っ…。誰か助けて……‼︎)


「おい。でかいの」




 助けの手はすぐ横から差し伸べられた。

 ずっと黙り込んでいたアルトが、やっと口を開いた。


「あぁ!?てめぇ、今なんつった!!」

「でかいの。お前のことだよ。うちの弟子に汚い手で触れんな」


 冷えた水を飲みながら、淡々と男を挑発するアルト。


「てめぇ俺が誰だかわからねぇのか!?」

「知らない、て言うか知ってるわけない。どこのガチムチだ?」


  半分ふざけながらも、わざと男を怒らせるような言葉ばかりを並べていく。


「このボルド様を知らねぇだと!?俺のレベルを知らねぇのか!?60だ!!60!!」

「…で?レベル60の武道家が10代前半のロリ目当てで喧嘩吹っ掛けるのかい?」

「てめぇ…言わせておけば…」

「事実だ。それ以外は何も言ってない」


  とうとう堪忍袋の尾が切れ、ボルドと名乗る武道家は右手の拳を振り上げた。


「師匠!!」


 危険を知らせようと、ミルスは叫ぶ。


 しかしアルトに拳が当たる、と思った瞬間。


 逆にアルトの頭は砕けず、男の拳が砕けた。


「ぐあああぁっ!?」


 ボルドの拳はグギリと、嫌な音を立てて曲がった。


「っ⁉︎なに…これ⁉︎」


  今、何が起きたのか?慌てて見てみると、アルトの頭上には透明な壁、が張られていた。ボルドの拳はこの壁を殴ったために砕けたのだと思われる。


「レベル60でこの中級防御魔法が砕けないのかい?雑魚乙…、えっと…ボンドだっけ?」

「ぐっ…。クソガキがぁぁぁぁっ!!」


 ボルドは大きく下がると、反対の拳を構えた。すると拳はピカッと光ったかと思うと、放電を始めた。


「スキル……。しかも『サンダーインパクト』か…」


  スキル。それは魔法とは違った不思議な能力である。

 魔法とは違い、精神をすり減らさない代わりに、体力を消耗する。剣士の剣技、武道家の拳技、槍使いの槍技などなど、職業毎に様々な力がある。

 スキルはレベルの上昇で増えていく。また、やろうと思えば新しく作ることも可能だが、それにはレベルと天才的な技術が必要で、成功する者は数年に1人である。


 今ボルドが使おうとしているのは『サンダーインパクト』と言う名のスキル。 自分のエネルギーを電気に変換して、相手へと打ち込む武道家の最上級技のひとつだ。ドラゴンでもレベル50のを3撃食らえば感電死するほどの威力だ。


 電気への変換を終えるとボルドは拳をおもいっきり突きだし、雷の玉を放った。


「あ、あ、あぁ…アルト師匠!?」


 流石にアルトでもこれは受け止められない。そう思ったミルスだったが、直撃まで残り5メートルというところでアルトはミルスを引っ張り、しっかりと胸に押さえつけ、左手を雷に向けて開いた。


ゴォォォォォーンッ!!


  大きな爆発がおき、煙と床の板が飛んだ。


「…へっ」


 ボルドは勝ちを確信していた。このスキルを受けては、誰であろうと無事であるわけがなかった。直前にアルトは手を開いていたが、たとえまた壁を張られてもそれを砕いて、直撃させられる。

 ボルドは愉快そうに笑う。



5秒間だけ



「なっ!?」


  L.v100 vs L.v60では当然結果は見えていた。


  アルトの伸ばした手から後ろは、被害を全く受けていなかった。


「バカな!?サンダーインパクトを!?一体何をした!?」

「何をしたって?普通に僕の大好きな防御魔法さ」


  アルトの左手の先にあるのは巨大な透明な壁。それは店を貫通するように張られ、酒場を2つにしきっていた。

 アルト達のいるカウンター側と、他の冒険者がいるテーブル側だった。アルトは迷惑をかけないように、そんなところにまで配慮をして、ボルドの攻撃をかわしていたのだ。



「最近さ~。新しい魔法の名前考えたんだよね~」


アルトがボルドに向けて、まるで鉄砲のように左手を向ける。


「名付けて『フラグシュート』」

「ふ、フラグシュート…⁉︎」

「お前の、俺強い発言ごとぶっ飛ばす魔法だ」


その瞬間、ボルドめがけて光の弾が発射された。親指ほどの弾丸がボルドの胸に当たると


パアァーーーンッ!!


  破裂して、その衝撃でボルドは店の外に吹き飛ばされた。


  残していったのは静寂。酒場の全員が右手で金髪の少女を抱える少年を、口を開いて見ていた。


「ただ魔力の塊ぶつけただけなんだけどね」

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