花と少女
パチリ…。
僕は暗闇の中をさまよっていた。
「ここは?」
何故こんなところにいるんだ?て言うか立ったまま起きたのか?
「ミルス!!」
とりあえずミルスを呼んでみるも、返事など予想したとおり来なかった。
「シーナ!!ルナ!!」
誰もいない。かといって声も響かない。
「っ!?ミルス!!」
周りを見渡していると見つけた。ミルスが後ろを向いてしゃがんでいる。急いでミルスの元に駆け寄った。すすり泣いているようだ。
「ミルス!!ってあれ!?」
たった今、この視界に捕らえていたのにミルスの姿は消えていた。
「変だな…。」
どうもおかしい。一体これは何なんだ。
タッタッタッ…
「っ、誰だ!?」
後ろから誰かが走ってくる音が聞こえたので振り返った。フードを被った人物がこちらに向かって走ってきていた。
「ルナ!?」
目の前を通りすぎた瞬間、顔が見えた。その人物はルナだった。そしてよく見ると、その手は黒ずんだ血で染まっていた。
「なっ!?ルナ!!その手どうしたんだ!?」
叫びにも反応せず、ルナは闇のなかに消えた。
そして背後に何者かの気配を感じた。
「はっ!?…今度はシーナ…?」
後ろを見るとシーナが立っていた。表情は見えないが、ただ俯いている。
「シーナ!!これは何なん…、…っ!?」
ズプッ…
腹部に嫌な感触が走る。冷たく細い何かが腹部に感じられる。
「シ、シーナ…ぐはっ…?」
シーナの手には血が滴る剣が握られていた。その剣は自分へと伸びており、剣先は見えない。見えない理由は1つ。自分に刺さっている。
そして次の瞬間。シーナの口が微かに動いたと思ったら、口の上で2つの目が睨んでいた。まるで血に飢えた殺人鬼のような大きな目が、自分をずっと見つめた。
これはシーナの目なんかじゃない。
そのシーナの口からこぼれた言葉は、
「殺す…。」
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
アルトは飛び起きた。視界が光に包まれる。像をハッキリ結ぶ前に飛んでいる何かを捉えた。
「やっと起きたか…。」
「…ディアス?」
数秒の後、ようやく理解した。
「ここは…?それに僕は何を?」
周りを見ると光の射し込む窓があり、木造のタンス、椅子、机があった。それ以外は何もない、質素な部屋。
よく見ると自分はベッドにいる。そして、頭には冷たく濡れたタオルが乗っている。
「う…。」
目眩がして、再びベッドに倒れる。
「無理をするな。主は16時間も寝ていたのだからな。」
16時間?どういうことだ?僕は何をしていたんだ?
「待ってくれディアス?全く状況が読み取れない。」
パタパタと翼を動かしながら、ディアスは僕の腹部に降りた。
「まぁ、リラックスしながら聞け。」
ディアスの話によってわかった。
僕は花畑でいきなり倒れた。その時、あの少女に村へと誘導され、この診療所に運ばれた。熱を出し、未知の病ではないかとも言われたそうだ。
診断結果はただの寝不足。確かこの間の睡眠時間が7時間ほどだった。いつも夜9時に就寝、朝9時以降起きが日課だった僕にとって、5時間以上睡眠が足りなければそれは過労するのも当然だ。
みんなには凄く申し訳ない。昨日倒れてから16時間も寝ていたんだ。今はもう冒険3日目の朝だ。
「とりあえず今は休め。我の主は昨晩ずっと付き添っていたぞ?」
心配しながら僕の近くにいたミルスが想像できる。
可憐だ。
「………あれ?」
そこで気がついた。
「ディアス今までどこにいたの?」
確か1日目はミルスの鞄の中で寝ていたはず。ずっと見てなかったけど、まさかずっと寝ていたのか?
「うむ…。アークエンジェルとの戦いで魔力をかなり消費したのでな。回復に時間がかかってしまった。」
燃費悪いね。
と突っ込みそうになったが、抑えた。
「とりあえず起きるよ。半日以上寝てたんだ。体を動かさないと本当に永眠しそうだ。」
そう言って、のそりとベッドから降りた。
「ととと…。」
足がふらつく。
「大丈夫か?」
「オーライオーライ…。」
倒れそうになる僕を、ディアスが支えてくれる。
そのままふらつく足で部屋を出た。
ディアスに着いていき、とある部屋に入る。
「師匠!!」
「うわっ!?」
ドアを開けるなり、ミルスが飛んで抱きついてきた。目が充血しているところから、ずっと泣いていたのだろう。
「もう大丈夫なんですか!?」
「あ、ああ…。心配かけたね…。」
何故かは分からないが僕はミルスの頭を撫でた。とりあえず申し訳無かったのだろう。こんなに泣きじゃくられると、心が痛い。同時に心配してもらえる嬉しさも感じた。
「どうやら大丈夫なようですね。」
椅子に座っていた、眼鏡の医者らしき人がこちらに微笑んだ。そしてその隣にはあの少女もいた。
「私は医者のケントです。驚きましたよ。まさか寝不足で倒れるなんて。」
爽やかに笑いながらケントが立ち上がる。
「ありがとうございます。おかげでよくなりました。」
「いえ。お礼ならこの子に。」
ケントは横にいた少女の背中を押す。
「ありがとう。ぶつかったときはごめんね。」
お礼と謝罪をした。
「………。」
しかし少女は口を開かずに、こちらを怯えるように見ていた。
「ハハハ♪すいません。この子は人見知りでしてね。花畑であなたに驚いたんでしょう。」
ケントが笑っていると
「……ラルファ……です…。」
ラルファと名乗る少女は小さく呟いた。
「ラルファ…ちゃんか。大丈夫。僕は怖くないよ。」
「………っ。」
心を開いてくれたのかと思ったが、ラルファはまた黙ってしまった。
「珍しいですね?ラルファが自己紹介するなんて。」
「………///。」
ラルファは少し照れたようなしぐさを見せると、部屋を出ていった。
「あれ?」
「なんだか可愛い娘ですよね?」
ミルスが立ち上がる。
「あ。そういえばケントさん。気になってたんですけど…。」
ここで今、最も気になってることを聞いた。
「あの子って…。」
「ラルファは女の子ですよ。」
聞こうとした事を全部言う前に、答えられた。
「ラルファから聞きましたよ。おそらく、熱で判断力が低下したんでしょう。たまにラルファを男の子と思う方もいますが、よく見ると可愛い女の子ですよ。今は…。」
…?今は?
最後の言葉を疑問に思って聞こうとしたとき、
『ハァ…ハァ…!!お嬢ちゃん!!お姉ちゃんと良い事しようよ♡』
『…や!!誰か…!!』
廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
大体予想はつく。
僕は部屋を出た。すると、案の定シーナがラルファを捕まえていた。まるで食虫植物に捕まった蒼い蝶。いや、シーナも可愛いから白い花に捕まった蒼い蝶か。
「こら。止めろシーナ。」
とりあえず涙目のラルファが可愛そうなので、シーナを剥がそうとした。が、
「あ!!アルトきゅん起きたんだね!?それなら早速楽しい事しようよ!!」
失敗した。標的が僕に変わった。獰猛な飢えた猛獣だ。とりあえず喰われる。(二重の意味で)
シーナが飛んでくると同時に、僕は走り出していた。後ろからはシーナが追いかけてくる。
「止めろ!!来るな!!」
「絶対に捕まえるよ♡」
診療所をでて、そのまま外に出る。どうやらここは村の端のようだ。なんにせよ、そのまま森に逃げ出した。
病み上がりでこれはきつい。
最終的に、僕は日が暮れるまでシーナから逃げる羽目になった。




