さよならだらけた日々よ
受付嬢の電話から1分後。その人は現れた。こう…、いきなり目の前にパッと。
「すいませんでした。3分以内に来たので許してください」
これが電話の相手。短くて黒い髪の少年だ。見た目的には剣を持ってる方が似合いそうだが、頭には魔法使いらしいハットと、手には水晶のついた杖を持っていた。何故だか、妙に埃を被っているのが気になる。
「遅れましたミルスさん。 『これ』 があなたの先生です」
…そんな気はしていた。だが、この人からは受付嬢が言っていた『ダメ人間』という感覚はなかった。
「え…?先生って…?」
彼は言葉の意味を理解していないらしく、受付の顔を見る。
「言葉通りだダメ人間」
この人やっぱり怖い…。
「ダメ人間て言うな。そうか…そうだった…。そのために呼ばれてるんだった」
頭をおさえる少年。まさか忘れていたのだろうか?
でも、一応挨拶は先にした方がいいかもしれない。これからお世話になることに変わりはないのだから、積極的にコミュニケーションを取らなくては。
「えっと…、その…、よろしきゅお願いすぃます!!」
………か、噛んだ…。しかも2回…。恥ずかしい…。顔を上げられない。絶対笑われてるよ…。
「あぁ、こちらこそよろしくお願いします」
あれ?この人笑ってない…?
顔を上げて見ると、その人は私を優しい目で見ているものの、笑ってなどはいなかった。
ひょっとして噛んだことに気づいてないのか?…いや、そんなわけない…。以外と大きな声で言ってしまったのだから、聞こえてるはずだ。
「ぷっ…ぷぷぷ…。よろしきゅお願いすぃますだって…」
代わりに笑っているのは受付嬢。
この人は……、最初と違って本性を露わにしてる…。
「それじゃ、ミルスさんは『それ』にたくさん教えてもらってくださいね~」
わかりづらいけど早口だ。おそらくこの人に早く出てってもらいたいんだろう…。手を振る速度も早い。
「………はぁ…。行こう…か…?」
「あ、はい!!」
ため息混じりに聞かれ、私は元気よく返事をすると、追いかけるようにその人についていった。頼り無いと言われているのに、いちいち気を配ってくれる点で、すごく頼りがあると思う。
────────────────────────
少年とミルスはいきなり町の外に出た。
「さてと…。じゃあはじめましてかな…」
(この仕事についてしまったのなのなら仕方ない…とは思わない…。正直、帰りたい…。日光が…、なんで外に出てしまったんだ…)
と少年はつい本心をさらけ出しそうになってしまう。
彼にとっては、外に出るという行為自体がしばらくぶりであった。今までカーテンを閉めた部屋で、ある意味の寝たきり生活を送っていたせいで、太陽がもはや天敵と化していた。
それでも、未来に溢れた新人の冒険者の前なので、帰りたい気持ちをぐっと抑えた。
「紹介の前に言っておく」
「え?…あ、はい」
名前を告げてすぐに、少年は真剣な眼差しで少女に告げる。
「僕はダメ人間だ」
言いたくはない。しかし、後から発覚してこの娘を悲しませるよりは、今のうちに教えた方が良いと考え、少年は暴露することにした。
「…へ?」
少女はまさに鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、ポカーンと口を開いている。
「今日までの僕の日課は毎日14時間の睡眠でできている」
「……」
「起きて食べて寝て起きて食べて寝て起きて食べて寝て…の繰り返しだ」
「……」
「クエストは1年ほどやってない」
「……」
「それが理由の1つで、この町では悪いところで有名だ」
「……」
彼女は目をパチパチとさせながら呆然と立っていた。
(当然の反応だろうな。できるのなら、ギルドに戻って、師の変更を申請してもらいたいものだ。あくまでも彼女のためを考えてだ…)
声も出さないため、少年は続けて言おうとする。
「正直、君は運が悪いとしか言い…」
「魔法を教えてください!!!!」
「───────────────────え?」
一体どうしたら第一声がそうなるのだろうか、と目を爛々と輝かせて請願する少女の目を見る。
普通なら、こんなだらけた生活を過ごしている奴だと知れば、退いていくだろうという予想は外れた。
「えっと…。だからこんな僕が君の先生なんだよ…?」
「そんなウソ効きませんよ!!」
( いや、ウソじゃなくて…)
本当の事を言っても信じてもらえないため、少年は自分が変な期待を持たれている事を察した。
何を言おうとしても、ミルスは少年に頭を下げる。
「まず魔法を教えてください!!」
(……っ。…なんて純粋な目でこっちを見るんだ…。どうやらこの子、かなり魔法使いに憧れてたんだな…)
師となった人間がどうかの事より、魔法を教えろと願うため、魔法使いになるのが夢だったのだろう。
「私の名前はミルスです!!ミルス フィエル。今日からよろしくお願いします!!先生!!」
「え…あぁ…よろしくミルス…。僕はダメ人間の…。じゃない、アルト。アルト オーエン」
明るく元気な自己紹介をされては、アルトもつい返してしまった。
その時、悲しい事を知る。
(わかった。僕はもう平和を失ったんだ…。楽しかった睡眠の日々よ……。長時間睡眠よ……、さようなら…)
「わかりました。けじめをつけます…」
「アルトさん…?どうして泣いているんですか?」
仕方がないとはいえ、突然の幸せな毎日が続かなくなると思うと、アルトの目からは涙が溢れて止まらなかった。
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