受付嬢はこの世界で最も恐ろしい
町の中央、ギルド。ここは人が最も出入りする場所だ。様々な職業を持つ冒険者や、物の流通を主とする商人等がこのギルドに訪れる。
その人々の割合で最も大きいのは断然、冒険者である。冒険者はここでクエストを受けて報酬をもらったり、酒を飲みながら情報を交換したりする。
また新人の冒険者もここから生まれる。新人の冒険者はここで先輩である同じ職業の冒険者から、独りでモンスターを狩れるようになるまでたくさんのことを学習する。
「はぁぁ~…、緊張するなぁ…」
一人の少女が受け付け前で立っている。金髪のショートヘアで、杖にすがるように立っていた。
「今日から冒険者かぁ~…。ちゃんとやっていけるかなぁ…」
少女の名はミルス フィエル。歳は15。この街に住んでおり、子供の頃から冒険者、特に魔法使いに憧れ、今日、遂に夢が叶う日を迎えることとなった。彼女は今、冒険者になるための手続きをしている最中である。
「はい、ミルスさん。手続きは完了しました」
「あ、は、はい!!」
緊張で声が裏返ってしまい、顔が熱くなってくるのがわかった。
そんな人を何人も見てきた受付の女性は、優しい表情で笑いながら、ミルスの手の平に自分の手を重ねる。
「フフフ。リラックスしてください。では、こちらを渡しておきますね」
渡されたのは水色のブレスレット。
この世界では、冒険者はこのブレスレットを渡される。これは自分のレベルと、身体の状況がわかる不思議なものである。
ブレスレットをよく見ると文字が浮かび上がっており、名前とレベルとその他が、着けた冒険者が書いてもいないのに表示されるのだ。
職業ごとに色も違い、剣士は赤色、武道家は黄色など様々で、魔法使いは水色なのだ。
レベルは、この世界で重要な情報でもある。
レベルはこの世界の人々誰もが、生まれたときから持っている。人でなくても、ペットや家畜にも存在されているとも言われているが、人の場合は当然、生まれたときはレベル1から始まる。
日常の生活の中でも経験値は積まれていき、20歳で大体10レベルまで上がる。歩いたり、食べたりなどの行動だけでも経験値はもらえる。エネルギーを消費する軽い運動でも、少なからず経験値に繋がる。
だが、魔物を倒すことでも経験値はもらえる。
魔物というのは、人を襲う危険な生物のこと。ただの野生の生き物とは違い、知性があったり、武器を使ったりと、ずっと昔からいる人間の大敵と言っても良いくらい、危ない生物の総称のことである。
その魔物にもレベルがあり、倒した魔物の強さによってもらえる経験値も変わる。強ければ強いほど多く、弱ければ弱いほど少ない。
ある日、ドラゴンを1人で倒した50レベルの職業が剣士の男がいた。彼のレベルは50から55まで一気にUPし、それは10年間のキャリアを持って、工事や建設現場で働く屈強な男性と同じレベルなのだ。
そしてこの世界の経験値は、冒険者がパーティーで倒した場合は平均で与えられる。ドラゴン一匹で貰える経験値を10000としたら、四人で倒せば2500ずつ配分される。
ミルスがブレスレットを腕につけると淡い水色の光を放った。そしてそこには『ミルス L.v7 イジョウナシ』と表示されていた。
「わぁ…‼︎」
この言葉の意味がミルスにとってはとても感動的だった。名前とレベルが隣になって記されているのを見ると、魔法使いになったという実感が湧き始める。
「それで!!私に魔法を教えてくれる先輩は!?」
目を輝かせて受け付け嬢に詰め寄る。
「そうでしたね。えっと…確かここに資料が…」
受付嬢が後ろの机の上に積まれた紙から資料を探す。
「あ!!あった、ありました…。これでs…、………げっ…」
(え?何か今スゴい嫌そうな顔した? )
受付の女性の笑顔が壊れ、ほんの一瞬だけ、嫌悪な顔を作った。
「えっと…、何かあったんですか…?」
「…え?あ、あぁ!!すみません…。…お疲れさまです…」
(え?お、お疲れさまですって?)
言っている言葉の意味が読み取れず、ミルスは不安になり始める。
恐る恐る尋ねてみると
「あの…何かあるんですか…?」
「………本人が来てからお話ししましょう…。少しお待ちください」
なんとか作った笑顔のまま礼をし、受付嬢はカウンターの後ろのスタッフルームに入っていった。
しばらくすると中でのやり取りか、会話が聞こえてきた。
『はぁっ!?あのダメ人間はまだ来てないんですか!?』
『は、はい!!昨日確かに伝えておいたのですが…』
『しょうがないわね…。あいつの部屋の番号よこして』
さっきの受付嬢のようだが全く別人だ。ダメ人間とは誰のことだろうかと、立ちすくんで待つ少女の頭に疑問が浮かぶを
あれこれ考えていると受付嬢が出てきて、
「もう少しお待ちくださいね」
「ひっ⁉︎は…、はい!!」
笑顔と言葉とは裏腹に、笑っていない目が明らかに怒っているのがわかる。魔物ですら見ただけで逃げだしてしまいそうである。一体何があるのだろうか。
受付嬢はカウンターの電話を取ると、半端ない強さで番号を押していった。
ちなみに今の時刻は10時。
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
プルルルルルルルっ プルルルルルルルっ
「さっさと電話にでやがれぇっ‼︎この引きこもりぃっ!!!!」
「ひぃぃぃっ‼︎」
遂に作り笑いも無くなり、怒りが爆発してしまった。
それもそうだろう、3分間鳴らしても出ないのだから。
突然な出来事に、ミルスはカタカタと震えるしかできなかった。
ガチャっ…
繋がったのだろう。その音が聞こえるなり受付嬢は、
「てめぇっ、今何時だと思ってやがる!!!!」
恐ろしい。森で熊と遭遇することより、怖いことはないとミルスは思っていたが…、今ここにそれ以上に恐ろしいものがいた。
「あぁっ!?別にいいと思って二度寝してた?じゃねぇぞクオォラアッ!!!!!!」
コラッ、の『コ』を『クオォ』って言って怒る人を始めて見た。
「3分だ!!3分以内に来いっ!!あぁ!?無理じゃねぇだろうがぁっ!!!!」
「あ、あの…!!もうちょっと声の大きさを…」
この騒ぎでギルド内の全員がこのカウンターに注目していた。流石にこんな電話のやり取りを大声でしてしまったため、ギルド会館中に怒声が響いていた。
これは落ち着かせねばとミルスがなだめようとすふも、
「あぁ!?うるせぇっ!!だあってろ!!!!」
「ごめんなさい!!」
恐ろしい受付嬢のとばっちりで、逆に半泣きして謝ってしまった。
(スゴく怖い…。黙ってろの『だま』を『だあ』って言う人は始めてみたよぉ…)
「来なかったらギルドの魔法使い数人雇って、てめぇの部屋の前で交代交代で死の呪文唱え続けてやっからな!!!?」
まるで架空請求業者の脅しを見ている気分だった。
ガチャンっ!!
その言葉を最後に、受付嬢は受話器を叩きつけるように置いた…、いや叩きつけた。
「ハァッ………、ハァッ………、ハァッ………、ハァッ………、ハァーーーーー……」
さっきまでの優しい笑顔は消え、長くて綺麗なまとまっていた髪も乱れていた。これで手に大剣をもって、死体の山に立っていれば絵になりそうな程の気迫だ。
「……もう少しお待ちくださいねぇ?」
(そしてこの笑顔。人事に関する仕事のプロはやっぱり違う…)
そんな事を思いながら電話の相手、おそらくこれから自分の魔法の先生になるであろう人物の到着を、魔法使いの手続きより不安になり、待つ新人冒険者であった。