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成長と意思

2ヶ月程も更新せず申し訳ありませんでした


勝手ながら今年度中は、自分のペースで投稿させていただきます


続けていくつもりではありますので、読者の皆様の興味を長続きさせられるような作品にできるように、善処します

「え?町で何かあったらすぐに教えろって?」


 自分の身長よりも長そうな槍を担ぐ若い兵士長。ローグは、突然やって来た少女達に言われたことを聞き返していた。


「はい、本当に些細な事でもいいんです。泥棒でも、飼い猫が逃げたとかでも、人々が困ってるような事があったら、私達に教えて欲しいんです」


 ミルスがぐいっと前に突き出すように、ローグに懇願する。その背後に並ぶ4人も真剣な表情で、兵士長に頼んでいた。


「兵士さん達が解決する前に、私達がどうにかしたいんです」


 ローグは顎に手を当て、難しそうな表情を作る。


「別に教える分には構わ無ぇよ。ただなぁ……」


 言葉を行き詰まらせ、諭すように言う。


「ただ、教えたとしてもあんたらが出る幕が無いと思うんだよ」

「私達は本来、国王陛下や領主のエルモンドさんを護る役割であるのは知ってます…。でも、今はそれどころじゃないんです、ローグさん‼︎」


 胸に手を当て、ミルスは強く言い放つ。


 全てはアルトを救うため。どうすれば不当な言いがかりから仲間を守れるのかを、考えた末の行動であった。


 ちょっとやそっとの事では諦めない。火の中を進めと言われれば迷いなく進む。針の上を渡れと言うなら、堂々と足を踏み出す。

 自分がどうなろうとも構わないくらいの覚悟を、ミルスは決めていた。


 ローグは困ったように頭をかいた。

 只事でない様子なのは、少女達の眼差しが語っている。彼女達の気持ちが理解できても、首を堂々と縦に振らないため、苦しんでいた。


「いや…。あんたらが重役を護衛する立場とかの問題じゃ無いんだ。兵士っつーのは、治安維持のために何人か町を歩いてんだ。なんか起こったらそいつらで対処して、いちいちどこで何が起きているかなんか伝えには来ない」


 手を貸してくれるならむしろ本望。平和な国と言えども、しょうもない事件は毎日絶えない。手数が増えるなら、兵の負担も軽減できる。

 しかし、少女達の要求には答えられない。そもそも彼女達の目的を果たせるようなシステムになっていないためだ。

 事件が起これば、応援を呼ぶような決まりなど無く、兵士は問題を見つけ次第、解消に勤める。個々では難しい場合には何人か集まるが、そんな大事件滅多に起こらない。


 ミルス達の建てた計画は、兵士長であるローグとその部下が常に情報を送受している前提だった。だが町の警察を担っている兵士は、基本独立して行動している。

 ローグに頼んでも、どうする事もできないのだ。


「そんな……」


 無理を言ってもどうにもならない事実。ミルスは肩を落とす。

 諦めきれないシーナも前に出て、ローグに訴えかける。


「何とかならないの⁉︎兵士長の旦那‼︎」

「こればっかりは俺でもなぁ……。あんたらの気持ちは尊重したいけど、人民の安全が第一だから、いちいち兵に伝えに来させる訳にもいかねぇよ。……てか、旦那ってなんだよ…」


 彼女達はかけがえのない仲間のために動こうとしている。しかし、兵隊は平和に暮らす国民のために働いている。彼らの仕事を阻害してまで、真相がまだわからない罪で捕らえられたアルトのために行動する、どちらが優先されるべきかを天秤にかければ、答えは言わずともわかる。


「ぐぅ……、確かにそうだけどさ…」


 遣る瀬無い気持ちになりながらも、シーナは言葉を飲み込む。


「…………、……っ」


 そんな悔しそうなシーナの表情を目にし、一度強く頷いてから、ルナが前に踏み出た。


「どうにかして、人々のプラスになる事をして、アルトさんに対する世論を変える事はできないでしょうか⁉︎」

「ちょっ⁉︎ち、近っ‼︎」


 互いの距離も気にせず、ぐいっと顔を近づけるルナ。

 彼女としては強い意志に基づいての、突発的な行動であったが、密かに好意を寄せているローグにとっては、胸をドキッとさせられる行動であった。


「お願いします。なんとかして、アルトさんを助けだしたいんです‼︎」

「そ、それは分かって……、分かってます‼︎そ、

そうだなぁー…、何かないかなぁー…」


 普段なら誰とでも親しげに話せるローグでも、意中の前ではたじろいでしまい、揺るがずに向けられた目を合わせる事ができず、明後日の方向を見て、考えるそぶりをした。


「………………そうか…。これならいけるか…」

「え⁉︎何かあるんですか⁉︎」


 しばらく目を閉じて考え込んだローグはクールに呟く。

 何か思いついたらしく、すぐさまミルスが飛びついた。


「ああ。要望とは少し違うが、半分くらいは応えられるだろう。城で何か起こるのを待つんじゃなくて、ずっと町にいればいい」

「ずっと町に?」

「言わば派出所だ。町にあんたらが駐在できる場所を設けて、騒ぎを嗅ぎつければすぐに向かえるようにするんだ」


 ローグの出した案は、ミルス達と問題が起こる現場の距離を近づけると言うモノ。城にいるよりも、最初から町にいた方が、何か起きた時すぐに向かうことができて、情報も入ってきやすいのだ。


 だが、それには1つだけ気にする問題がある。


「ローグさん…。私達は王様やその他の方の護衛もしなければいけないんですよ?ずっと町にいるなんてできないです…」


 ミルス達が、一般でも兵や従者以外入ることのできない城に滞在できるのは、腕の強さを買われたからだ。

 初めはハルキィアがローグと知り合いだったことや、王国についてすぐにちょっとしたごたごたが理由だったが、兵力が手薄な時に襲撃してきた3人組を捕まえた事で注目され、少しの間ガードマンのような役割を引き受けたことが、これまでの経緯である。

 つまり、臨時的な兵になれと頼まれたのではなく、国王や領主などの主要人物を護るという事が最優先事項なのだ。


 故に、断りもなくずっと町に居座り続けるのは、

どうなのかと思うところであった。


「ふん……、俺をあんな頭の固いハゲオヤジ達と一緒にするな」


 そんな少女らの懸念を拭い去るかのように、ローグは凛々しい顔つきで言う。


「俺だってオーエンが牢屋にぶち込まれた事には違和感を感じてんだ。あいつにシューラでの借りを返す為、その上こんな可愛い女の子達にお願いされてんだ。無理でも上には突き通してやるさ」

「ローグさん………‼︎‼︎」


 親指を立てて、カッコつけてウィンクをする兵士長を見て、ミルスは胸がジーンと温まるのを感じた。


 本来の仕事を放ったらかしてしようとしている事は、必ず反対される。ローグはそんな反対に押し負けず、アルトを救うために行動を起こそうとしている少女達に力を貸すと言っているのだ。


 仁義的かつ義理に溢れた、何百人もの兵を束ねるリーダーに胸を打たれないものはいなかった。


「ありがとうございます‼︎‼︎」

「構わねぇさ。その代わり、あんたらがあいつを救ってくれ。事件現場は調べたが、どうもこの事件は臭い。案外、本当に濡れ衣の可能性があるかもしれない」


 ローグは感謝するミルスの肩に手を置く。


 ローグ自身にも、アルトのエルモンド襲撃を知ってから、何か変に感じるものがあった。


 それが起こる前のアルトの慌てた様子も気にかかっているが、何よりもエルモンドの怪我だ。


 凶器はナイフ。犯人であるアルトは窓を破って堂々と侵入し、エルモンドを刺した。怪我の位置は左腕の外側。切られたと言うよりは刃物が垂直に突き刺さったため、怪我の範囲は広くない。


 それが妙であった。

 ナイフで人を刺すと言うことは、切ることに比べて、殺害願望が強いということである。それなのに何故、普通なら致命傷を負わせられる腹部や胸ではなく、

腕なんかを狙ったのか。

 エルモンドが身を守るため、犯人の手を掴もうと試みたと仮定したが、それなら腕とナイフの向きは平行になり、突き刺さったりなんかしない。


 また、それ以前にアルトは冒険者である。武器なんか使わなくとも、闇を使えば数秒で殺害したり、死体を消し去る事だってできたはずなのだ。

 魔法使いが刃物で襲いかかるなんて話、にわかには信じ難かった。



「なんだ、意外と話がわかるじゃん‼︎とっつぁん‼︎」

「話がわかるも何も、嬢ちゃん達が来なくても俺は元から今回の事を調べるつもりだったさ。…てか、その呼び方は固定なのか…」

「え?ローグさんも?」

「あくまでも つもり だ。もうじき茶会だってなると、兵士長に自由を許された時間は少ねぇ。逆にフリーなあんたらが申し出てくれて助かった」


 感謝を表すため、ローグは首で礼をする。


「駐在所に関しては、場所が取れ次第伝えるさ。他の兵士達にもこの事は伝えておくが、それ以降に関しては自分達で頼む。こっちもこっちで忙しくなるからな」

「はい…‼︎」


 力強い返事をして、ミルスは頭を下げた。


「流石、ローグのとっつぁんだ‼︎男前なのが憎いよ‼︎」

「ふぅ…。兵士長さんがいい人で良かった……」

「気にするな。シューラでの借りを返そうと、俺なりにできることをしてるだけだ…………、なんでとっつぁん?」


 兵士長の口で、鋭く尖った白い八重歯が覗く。

 男前に笑うローグ、その周りで騒ぐ少女達。その中でも特に大きな反応を示したのは


「ありがとうございます‼︎兵士長さん……、いえ、ローグさん‼︎」

「⁉︎」


 ずいっ、とローグに近づいて、筋肉が付いてたくましいその手を、自分の柔らかな手で包むルナだった。


「私達以外にアルトさんの事を信じてくれている人がいて良かった…」

「えっ⁉︎……あ…いや…、そ、れは…どうも…」


 予期せぬルナの接近に対しローグができたのは、目線を逸らしてはにかむ事ぐらいである。あと少しどちらかが前に出れば胸が当たってしまいそうで、目のやり場も安定しなかった。

 また、手が触れているだけでなく、異性とかを気にしないルナとの距離があまりにも近いため、兵士長の脈拍は徐々に上がっていく。それに気がつかれはしないかと、心配でもあった。


 ついに耐えきれず、ローグはルナの手を強引に解く。そして焦ったような口調で


「な、何にせよっ‼︎俺はこれで失敬する‼︎後はそっちで頑張ってくれ‼︎」


 と、話しやすいハルキィアとミルスのだけを見て、逃げるように去っていった。


 彼女達が来るまでは休憩で、ローグは壁にもたれかかって休んでいたが、ルナがいたため気恥ずかしくなり、どこへ行くつもりでも無く、そこから逃げたのだ。


「…?私、何か変な事をしたんでしょうか?」


 まだ若い故の少年のうぶなその行動の意味を、ルナは理解できなかった。


「なるほど…」

「ははーん。ローグさん、さてはそういう事なんですね〜…」


 駆け足で遠くを走る兵士長の姿を眺め、何かを悟ったようにニヤつくシーナとハルキィア。ミルスとラルファ、そして手を解かれた事を不思議に思っているルナの3人には、ローグの密かな想いを解せずにいた。


────────────────────────



 城の中で前代未聞の騒ぎが起きてから25時間、およそ1日が経過した頃。長く、夜の闇を松明の炎が点々と照らしている城内の廊下。

 その通路の上で、1人の女性がある部屋の前で立ち止まっていた。


 イーナという、城の中で働くメイドだ。

 その横には押して来たワゴンがあり、その上にはクロッシュと呼ばれる、料理が冷めたり、埃をかぶったりしないようにするための、ドーム状をした金属のカバーが、いくつかの山のように並んでいる。他には白い布を被ったバスケット、ナイフやフォーク、ナプキンなどが載せられていた。



 王族の姫君に仕えているイーナがドアの前で立ち止まっている部屋は、当然フィリシスの部屋である。



 ちょうど今は晩餐の時であり、イーナは一度フィリシスを連れ出しに来た。目が見えないフィリシスからすれば、部屋の外は自分の慣れない世界。自分が向いている方角も分からないフィリシスには、イーナのように誰かが付いていなければ、食卓に向かう事は愚か、食事もままならない。


 しかしフィリシスは部屋から出たくないと言い、顔を出さなかった。食事だと言われても、食べたくないと返事をするだけであった。

 フィリシスが食事に顔を出さなかったのは、夕食だけではない。例の事件が起こった翌日、つまり今日の朝からずっと、部屋に籠りきったまま出て来ない。


 そのためフィリシスが拒む度に、イーナがわざわざ食事を持って来てあげているのだ。

 だがそれでも、お姫様は朝食と昼食をとらなかった。ひもすがら部屋を出るどころか、何も食べていないのだ。


 そしてまた、帰ってくる返事を予想しつつも、イーナは木製のドアをノックした。


「姫様。イーナでございます。御夕食をお持ちいたしましたので、ドアを御開けください」


 乾いた音を三度響かせて用件を告げると、数秒後に呻くような声の返事があった。


「……イーナさん…ですか?」


 弱々しく元気の無い声が、訪れた人物を確認する。


「左様でございます。ですので、ここを開けていただけないでしょうか?」


 イーナはゆっくりとドアに顔を寄せると、フィリシスに懇願した。今日1日中何も食べていない、正確には食べようとしないフィリシスに、少しでも栄養を摂って欲しいという願いだった。


「申し訳ございません、イーナさん。今は、何も口に入りそうにありません」


 しかしフィリシスの返答は日中と変わらず、ノー。

彼女もわがままで迷惑をかけて申し訳無いとは思っている。それでもそうしてしまうくらい、ショックな出来事があったのだ。


 ここのところ、毎日フィリシスの元へ通い、目の見えない彼女が楽しめるように話をしていた1人の冒険者が、領主エルモンド フーリエを襲ったと言う噂は、今や王宮内は勿論、国中に広まっている。

 その冒険者を信頼し、慕っているフィリシスはそんな話を信じてはいない。しかしそれが起こる前に、その人物がいつものように来れないと言った事もまた事実。こんな意味での会えないとは思ってもおらず、幽閉されているを今朝早くに知ったのをきっかけに、フィリシスは具合を悪くしてしまった。


「姫様。どんな理由にせよ、このままでは姫様が倒れてしまいます。そうなってしまえば、お父上のエーベルト陛下どころか国民全員までもがあなた様の事をご心配なさる事でしょう。そこを何卒、ご理解ください」


 イーナも負けじとフィリシスに頼む。

 数秒の空白が生じた後、ようやく分かってくれたかと思いかけたが、


「…自分勝手過ぎるのは分かっています。ですが申し訳ございません……。今は食事も喉を通りません…」


 フィリシスの意思は変わらない。

 一国の王女と言えどまだ幼い少女。それもただでさえ城の外に出ることは少なかったのに、2年前に視力を失ってからは、何を信じれば良いのか、何が自分の存在意義なのか、誰にも知られずに度々悩まされて生きて来た。

 どんなに信用に値すると分かっている侍女も、国を守るために武器を手に取って日々鍛錬に励む兵士も、2年もこの目で見なければ、その本心はわからない。もしかすれば今のわがままでイーナは眉間に青筋を浮かべているかもしれない。先日自分が連れ去られた時には、兵士が余計な仕事を増やされたと苛立っていたかもしれない。


 見えないと言う事がどれだけ恐ろしいか、今尚経験しているフィリシスが1番分かっていた。


 フィリシスがそんな恐怖怯えている中で現れたアルト オーエンと言う冒険者は、彼女に希望を与えた。


 最初にアルトがフィリシスの心を救ったのは、フィリシスが誘拐されるのを阻止した時。それも街の中でその犯人であるゲイズとの戦闘だ。

 フィリシスにはその様子とそれが誰なのかがわからなかったが、ところどころの会話は聞こえていた。中でも、


『なんで俺が守れなかったモノを奪おうとした!?』


『俺は無能。その通りだ。2年前俺は守れない、それどころか何もできなかった…。だがそれでもあの娘は!!あの娘は生きていた……』


と言う叫びは、拳と斧がぶつかり合う中でもはっきり聞こえた。

 フィリシスはアルトの僥倖でもあると言っているに等しかった。自分が守れなかったのに、今尚生きている。目が見えなくなっても自分を恨まずに今日まで生きていてくれた。


 フィリシスにはそう聞こえた。


 感情をそのまま言葉にしたその叫びを聞いてしまっては、フィリシスもそれに応えるように生き続けなければならない使命のようなものを感じた。

 どんなに物を感じる光が失われ苦しくても、手がかかると周りから疎まれていると思い込んでも、誰かの希望であるなら、力強く生きようと決めた。


 だからこそ、互いが心の支えとなっていたが故、アルトがいなくなってフィリシスはまた苦悩に溺れてしまった。



「──────わかりました」


 フィリシスがいらないと返事をしてから数秒後。イーナは普段通り熱のこもらない声で言った。そして押して来たワゴンに手を置き、カラカラカラ…とタイヤの回る音を鳴らした。


「……………」


 フィリシスもこれ以上何も言う事は無いと、黙り込んでいた。



 ─────ワゴンを押す音が聞こえなくなった頃、フィリシスの部屋のドアが大きな音を建てて蹴り破られた。



「っ⁉︎」


 突然の音に驚き、横になって泣いていたお姫様はベッドの上で飛び上がった。何が起こったのか確認しようにも目が見えないので、身を竦ませて音のした方向に顔を向けるだけであった。


「姫様」


 ドアを破った犯人だと思われるその声は、怪しい者などではなく、フィリシスが去っていったと思っていた侍女のイーナだった。


「イ、イーナさんっ⁉︎」


 それがイーナだったからこそ、お姫様は逆に驚いた。声が木の板1枚を通してとは違って聞こえたため、中に入ってきたのだと即座に理解した。


「も、もしかしてドアを……壊されたのですか?」

「無論でございます。私の方で、これは蹴り破るべきだと判断させていただきましたので」


 恐る恐る尋ねるととんでもない返答をされ、フィリシスは言葉を発せなかった。


「姫様が夕食をお召しあがりになりたくないのは承知いたしました。ですが、だからと言って私が姫様のわがままを許す理由にはなりません」


 説教とも理不尽とも言えない事を話しながら、イーナは部屋の中に食事を載せたワゴンを引っ張り入れる。

 ドアを蹴り破るような行動に出たのにも関わらず、

声音を一切変えない侍女は子供のようなお姫様の頰を引っ叩くわけでもなく、その体を起き上がらせ、ベッドから持ち上げて椅子に座らせると、首の後ろから手を回してナプキンをつけさせた。無駄のない素早い動きで、一日中ベッドで涙を流していたお姫様はあっという間に食事の前の状態にさせられてしまった。


 そしてメイドは言う。


「モノを食べなければ人は死にます」

「っ⁉︎」


 あまりに唐突な言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。


「つまり、1日3度の食事を抜くとは死を望む事。生への冒涜です」

「生への…冒涜…」

「先程の会話でわかりました。姫様の考えている事を当てて見ましょう」


 2人きりだとは思っているが、誰にも聞こえないように小さな声で囁く。


「アルト オーエン無しでは生きていけない。愛している、と思っていますね」

「なっ⁉︎な、な、何を言っているのですか⁉︎」


 図星を突かれ、フィリシスは白く美しい雪のような頰を紅潮させた。

 アルトがいなければ生きていけない。それはフィリシスがアルトを最も、アルトのみを信頼している事であり、別の意味としては大人へと成長する際に生まれる気持ち。



 ただ慕っているのではなく、アルトに恋をしている。



「今はそのような事はどうでも良いのです」

「どうでもっ⁉︎」

「失礼しました。話が脱線してしまうという意味で、姫様のお気持ちを(ないがし)ろにしている訳ではございません」

「は、はぁ………」

「姫様はアルト オーエンと言う男を愛しており、一緒にいたいと考えています」

「あの…もう少し言い方を変えて頂けませんか?ストレートに言われると恥ずかしいです……」

「そのくらいアルト オーエンに特別な思い入れがある。私どもなどより、はるかに信頼に値する何かが」

「うっ…」


 イーナにそう言われてしまうと、フィリシスにも後ろめたい気持ちがある。皮肉のようにも聞こえたため、フィリシスはすぐさま弁解に移る。


「……決して…イーナさん達が嫌いな訳ではありません。むしろいつも優しくしてくれて大好きです。…ですが……、オーエン様だけは特別なのです。あの方には、私が感謝しても仕切れないほどのご恩があります。本人は、それを覚えてらしておりませんけれど……」

「そうだったのですね」


 フィリシスの気持ちを知った侍女は長い瞬きをした後、言った。


「ならば姫様はアルト オーエンが幽閉された事を気にせず、食事をしっかり摂らなくてはなりません」


 それは強い口調で命令形。姫に対する忠義から出る言葉だった。


「まさか愛している人が牢屋に入れられたからと言って、自分の生きる希望を失ったとお思いですか?もしくは、あの男がエルモンド様を襲ったと言う話を信じておられるのですか?」

「そんな事はありません‼︎」


 イーナのその言葉には、フィリシスも反論せずにはいられなかった。

 それではまるで、自分がアルトを信じていないと言われているようで、また「心が弱すぎる」とも聞き取れたからだ。


「でしたら、元より心配する事など何もございません。今生の別れとなった訳でもございませんし、姫様は信じて待っておられれば良いのです」

「信じて…待つ……」

「あと、生きる希望を失ったと考えてもなりません。これを言うと嫌な事を思い出させてしまうかもしれませんが、亡き女王様のためにも、あなた様は生きなくてはならないのです」

「………」


 侍女からの説教を受けて、フィリシスは今までの自己の軽はずみな言動や単純な思考を反省した。


 元から人と関わるのは好きではなかった。まだ小さい頃は部屋に閉じこもって、1日という時間を潰すだけの生活に満足していた。

 そんな怖がり屋だった性格に加え、母親が殺され、同時に目が使えなくなった事をきっかけに、生きている事が辛いとまで思い始める時があった。


 それを彼女は、自分の心の弱さだと気付いた。

 軽々しく、生きる事を苦痛と感じてはならない事を、イーナは教えたのだ。



 イーナはメイドでも、普通のメイドとは違う。エフュリシリカのお姫様であるフィリシスの世話役だ。フィリシスが目覚めてから眠るまで、自分の事は必要最低限後回しにして、ほぼ一日中仕えている。

 仕事を疲れを知らないと思わせるほど完璧にこなし、感情を顔に出すことも少ない彼女は、機械のようでもある。

 そんな彼女だからこそ食い下がらなかった。朝と昼に断られた時は、まだ仕方がないと自分に言い聞かせたが、1日の食事を全て抜くと言われると、フィリシスの気の病のようなわがままのような発言が許し難かった。


 仕えている主への多少の無礼を気にしない発言や行動は、そんな機械のように硬いハートを持つ彼女にしかできない。フィリシスの心に語りかける事は彼女にのみできただろう。




「……私が……間違っていたのですね…」

「いいえ。人の心に間違いなどありません。ただ答えを知りたかっただけで、姫様の悩みもまた己の心が産み出した1つの答えです」

「ふふ…。やはりイーナさんは優しいのですね」

「……コホン…」


 フィリシスは嬉しさから微かな笑みをこぼし、イーナを褒める。少し照れたのか、侍女は小さく咳払いをした。

 そしてフィリシスを向き直し、


「さて……、では改めてお聞きいたします。食事はいかがいたしますか?」


 聞かなくとも返事が分かるような事をあえて尋ねた。


「そうですね……。ノーと返事をしても、無理にでも私の口にいれるおつもりですよね?」

「実際に答えてみれば分かる事でございます」

「安心してください。勿論イエス。夕食はしっかり食べることに致します」

「結構でございます」


 辛い事は色々ある。それに今この時も、好きな人が鉄檻の中で寒さに耐えながら眠っている。

 だからこそ彼女は普通に過ごさなくてはいけない。その人物が帰ってきた時に元気に迎えられるように、いつも通りの生活を送る。アルトが事前にしばらく来れないと伝えたのは、心配をかけさせないためだったのではとも考えられ、なおさら食事を抜いてはいけないと戒められた気になる。



 楽しげに会話をしつつお姫様はカテラリーを手に取る。


 侍女のイーナに手助けをされつつも、生きる事を続けようとしていた。

 





「なるほど……」


 1人の乙女とその侍女との会話を、興味ありげに聞いている者が1人。部屋の外に背中をかけ、ドアが蹴破られて中での声が筒抜けの状況であるのを良いことに、その人物は会話を最初から最後まで全て聞いていた。

 そしてその表情は声が出るのを必死に堪えるかのごとく、不気味なまでに愉快そうな笑顔だった。


「まさか、こんなところでも僕と彼が対立するなんてね…」


 味わった事のない興奮がその人物の体を走り抜けそうで、まだ動き出しもしなかった。

 思いついた楽しみはまだ台本の状態。後は役を持つコマをいかに動かして、それが可能かどうかが済んでいない。


「これからが楽しみだ……」


 その顔はやはり狂気に取り憑かれたような笑い。紅い瞳を闇の中にぎらつかせながら、その人物は歩き出した。


「アルト オーエン。君は本当に壊しがいがある…‼︎」


 エルモンド フーリエは影のようにその場を去った。



凶悪な怪物の笑い声に気づく者など、誰1人いない。

自身でも久しぶりの投稿なので、話が噛み合わない点があるかもしれません

見つけた際には遠慮なさらずにおっしゃってください

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