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エルモンドの陰謀

「ちっ……。やられ…た…っ…‼︎」


 完全に嵌められた。

 縄、手錠、その他たくさんの拘束具で、芋虫のような姿で牢に入られたアルト。顎が壊れそうなくらい強く、憎しみを込めて奥歯を噛みしめる。


「やばい感じがすると思ったら…、案の定だっ…。あの野郎、やっぱり黒じゃねぇか…‼︎」


 切れた口の端から血が流れ、口の中に鉄の嫌な味が広がる。


 アルトは冷たい鉄檻に閉ざされた、およそ4畳ほどの広さの牢という名の部屋、そのひんやりとした床の上にうつ伏せで身動きが取れない状況にいた。


 理由は、マクの領主を襲い、切り傷を負わせた罪。


 当然、アルトはそんな事をしてはいない。その領主、エルモンドの罠にはまり、濡れ衣を着せられたのだ。

 エルモンドの良からぬ計画を聞いてしまい、それを追求すると、エルモンドは自分をナイフで切り、口封じのためにアルトを犯人として捉えさせたのだ。

 かなりの力で頭を殴られ、気絶して意識が戻った時にはすでに檻の中であった。


 格子のはまった窓から青空が見える事から、何時間も気絶していたらしく、体が硬くなって筋肉痛のような痛みが走る。


 装備は全て剥ぎ取られ、服装も囚人用のショートパンツのみで、上半身は裸。冒険者のブレスレットはおろか、本当の本当に服以外何も所持していなかった。

 硬い石でできた床の冷気は直で肌に伝わる。かと言って立ち上がる事もできない。膝を折り曲げて縛られ、じっとしている事しかできなかった。縄であれば、アルトの筋肉を使って引きちぎる事はできたかもしれないが、足を縛っているのは金属製の太いワイヤーだった。


「どうにかして、あいつの企みを暴かねぇと…。フィリシスが危険だ…‼︎」


 こっそり聞いたエルモンドの話し声が頭で再生される。


『狙うはフィリシス・スノーフレーク・バルトランデだ』



 その狙いがどういう意味かはまだ分からない。しかし少なからずとも、アルトが気づいたエルモンドの異様な雰囲気、そして自らをナイフで切ってまでもアルトを投獄させた行動から、まともでないのは理解でき、悪い意味での『狙う』だと思われる。



「守らねぇと…。フィリシスは何としてでも…‼︎」


 あの男の手にだけはさせてはならない。

 夢の中での女王との約束。代わりに誰かを護ってやれと言う願い。それを守るためでもあるが、理由はまだある。

 フィリシスと約束したのだ。いつか目が見えるようになったら、必ず外の世界を見せてあげると。


 今ここでエルモンドの手に渡ってしまえば、もうその願いを叶えさせてあげることができなくなるかもしれない。




 目を血走らせながらもがいた。ワイヤーや縄が体に食い込もうが構わず、必死に動かせるところを動かす。


「やあ。気分はどうだい?」


 そこへ例の男が、嘲るように微笑を浮かべながらやってきた。


「っ…‼︎エルモンド…フーリエ‼︎」

「おやおや、怖い怖い。まるで数日間餌を与えられなかった猛獣のような眼つきだな。昨晩と同じ眼だ」


 アルトは怒り一色の敵意に満ちた目で睨みつける。

 エルモンドは口とは裏腹に、少しも恐れる様子も見せ無い。

 昨晩ナイフで切り裂いた腕には、包帯がグルグルに巻き付けられ、身なりはやはり領主らしいしっかりとした正装をしていた。

 護衛を1人も連れずに、余裕な表情のままアルトの前まで歩き、鉄格子を挟んで足を止める。


「てめぇ…、フィリシスをどうするつもりだ⁉︎」

「第一声が『ここから出せ』じゃない上に、随分と反抗的だね。…まあ、嫌いじゃないよ。本気で彼女を心配しているという気持ちが伝わってくる。やっぱり聞かれていたんだね」

「狙う、とか言ってたがまさかあの娘の命を⁉︎」

「落ち着きなよ。君は人間だ。騒いでも体力を消費し続けるだけだよ」

「質問に答えろ‼︎」


 捕らえられた黒髪の冒険者は、全身を使って前方に飛び跳ね、格子を鳴らす。


「ふぅ…、やれやれ。いいよ。教えてあげよう。どうせ牢の中の君に話しても、計画に支障は無いからね」


 アルトと目線が合うように、エルモンドは腰を降ろして低くしゃがむ。


「別にあの娘を殺したりしない。というか、殺す訳が無いじゃないか」

「じゃあ狙う、って言うのは⁉︎」

「狙うは狙うでも、意味が違う」


 強調するかの如く、エルモンドは顔をアルトにグイッと近づける。


       「あの娘を娶るんだよ」


「なっ⁉︎」


 あまりにも予想の外をいく発言に、数多くの疑問がアルトの頭に産み出された。


「なんでフィリシスを⁉︎ていうか、目的はそれだけじゃないだろ‼︎ただお姫様を妻に迎えるだけなら、まっすぐ求婚すればいいじゃねえか‼︎お前なら評判がいいから、断られる理由がタイプくらいなもんだろ?そうしないってことは、真の目的があるはずだ」

「褒めてくれているのかは知らないが、一応感謝しておこう。けれど、他意はない。僕が王国にいるうちに、あの娘を僕のものにする。ただそれだけだ」


 エルモンドの回答に、アルトは再び叫ぶ。


「無理だ‼︎お前は今回、ただの茶会に出るためだけにこの国に来たはず。王家の人間が結婚するには数多くの儀式を行った後、正式な手順を踏んでからじゃないといけないのは、一般人でも知ってる‼︎そんな急に結婚なんて不可能だ‼︎それにあの娘はまだ12歳、エーベルトも許可した訳じゃねぇのに、成立するはずが──っ、」

「残念だけど、できるんだよ」


 吠えるように不可能を訴えるアルトの声を遮るように、エルモンドは嘲笑しながら告げる。


「そんな面倒くさい習慣や、彼女の年齢なんか気にせずに妃にする、もとい僕が王になる方法が実はあるんだよ」

「………っ‼︎てめぇ…、まさかっ⁉︎」

 

 アルトはその時初めて、表に現れたエルモンドの凶悪性を見た。


 それはフィリシスの国の中での立場を利用した、最も卑劣な手段であったり


「現国王を死に追いやるつもりか⁉︎」

「ふふ…、御名答だ」


 アルトのエルモンドに対して抱く憎悪が、一瞬にして膨れ上がった。顎の噛み過ぎで歯茎から血が出るが、本人はそれに気づかずに悪魔のような男を見上げる。


 エルモンドとフィリシスとの結婚において不可能となる壁は2つ。

 1つは、フィリシスの年齢。王家や一般人に限らず、結婚可能になる最低年齢は、男性が18歳、女性が16歳と定められている。エルモンドは既にその条件を満たしているが、フィリシスはまだ歳が4つ足りない。

 法的に2人の結婚は不可能だった。


 もう1つは、王位を継承する際の決まり。特に男がお姫様と契りを交わすという事は、次期国王の誕生である。国の未来が左右されるような出来事には大臣らが慎重に、そして世論もまた反映しなければならない。仮に認められても、すぐにはできない。王族の結婚というのは、準備やら何やらでとても複雑である。エルモンドは一度、マクヘ帰る事になる。そうなれば、何とかしてアルトがエルモンドの狙いを誰かに伝え、それを阻止することも可能だ。

 踏まなければならないうえに、通貨困難な手順が多すぎるため、フィリシスを手にするのは容易ではない。




 が。1つだけ例外があった。

 それが現国王のエーベルトが病気等でまともに政務をこなせない場合、もしくは亡くなった場合だ。

 国王が政治を行えなくなればもう王ではなくなる。

 エフュリシリカの王制は基本、一世一元。王位の争奪などで世が乱れるのを防ぐために、その代の国王が生きている間は、王は絶対に変わらない。次期王の任命は現国王が危篤状態になる頃に行われる。

 そして、もしその前に現国王が亡くなった場合にはすぐに次の国王を決めなくてはならない。なら次の王の最有力候補は誰かを考えると、無論、その血筋の男性である。

 しかしいるのは1人娘のフィリシス。国王は代々、男子に継承されてきたため、彼女が継ぐことは不可能。


 ならば次に上がる候補は?

 血筋を大事に考えるならば、国王もしくは女王の従兄弟姉妹。エーベルトにも亡きクラウディアにも、兄弟はいない。仮にいたとしても、年齢的に考えると、厳しい点もある。


 仕方がなく、血縁と若さを意識して考えるならば、次の国王になるのは王の娘の夫という事になる。

 そこで今度はお姫様の夫選びが始まる。だがそこになまえご


 故に、政治を停滞させないべく、国王候補が決まれば、儀式だの何だのと言う面倒な行事は全て省かれ、この場合は姫であるフィリシスと次期国王エルモンドの結婚が成立する。例え、フィリシスがまだ12歳の幼い少女であろうとも関係なく……。


 エルモンドが狙っているのはまさにそれだった。

 犯人だとバレないように国王を暗殺すれば、あとは自動的にシナリオを辿り始める。



「この外道がッ‼︎ふざけてんじゃねぇぞ‼︎」


 檻に頭突きをしながらアルトは叫ぶ。

 自分の願いのために、平然と人を殺そうとするような奴を許してはならない。


「策士と呼んでくれよ。申し訳ないが現国王エーベルトには退場してもらう」

「そこまでして王の座が欲しいか⁉︎フィスの気持ちを考えやがれ‼︎あの子は母親がいない。つまりエーベルトを失ったら、あの娘は本当の独りなんだぞ⁉︎それでもお前はできんのか⁉︎」


 その上、フィリシスの事を考えれば憎しみが増すのは当然。2年前に母親と光を奪われたかと思えば、今度は父親を失う。彼女は罪を犯したわけでもないのに、非情な哀しみの追い討ちをかけられるのだ。


「そこまでして欲しい理由はなんだ⁉︎答えろ‼︎答えて見やがれ‼︎」

「すまないが、これ以上は話すことができない。まだこの計画は終わってはいないからね」

「どうやってエーベルトを殺害するつもりだ⁉︎自由人とは言え王様だ。護衛はちゃんと着いてる。暗殺する隙もない」

「悪いけど、それも言えないな」

「言ったら兵士さんにチクられちゃうってか?お前の計画は成功すれば確実だろうが、俺が誰かにこの事を伝えれば、すぐに崩れるぞ?」


 脅すように言う。しかし──、


「ハハハハハハハハ‼︎確かにそうかもしれないね。……でも、できないよ」

「別に人なら誰でもいいんだ。て言うか、いっその事、この牢屋の窓から大声で叫んでやってもいい。確かに、お前を襲った事になってる俺の言葉なんか、1人も信じないかもしんねぇ。だがマクの領主が襲われたってだけで、あちこちで騒ぎになってるはずだ。俺が叫ばなくとも、王の周りはたくさんの護衛で固められるはず──」

「ふむ、護衛ね」


 アルトの話を遮った時、エルモンドの目つきが変わった。

 今までは悪ふざけをしているような目が、真上からアルトを見下すような眼差しに。


「冒険者のが、いたね。一番よく覚えてるので…、確か────」


 エルモンドはわざとらしく考える仕草をしてから、悪人のような目つきを叩きつけた。


「ミルスと言う少女だ」

「っ‼︎‼︎」


 再び、アルトの怒りに火がついた。されども、その火は一気に燃え上らず、小さいままゆらゆらと瞬いていた。


「なんでてめぇが知ってる…?」

「あぁそうそう、他にもいた。剣士が銀髪と金髪の2人。髪の長い武闘家が1人に、もう1人が歌姫だ。まぁ僕が良く知ったのは、ミルスさんだけどね」

「どうやって知った…?」

「師匠想いのいい娘じゃないか。可愛いうえに健気で、ああいう娘は将来いいお嫁さんになるだろう」

「聞こえねぇフリしてんじゃねぇ、さっさと答えろつってんだろうがぁぁぁぁぁっ‼︎」 


 怒り以外に何も考えることのできなくなった少年の叫びは、人気のない牢獄をどこまでも鳴り響いて、反響していく。


「やれやれ…。そんなに大声を出したら、僕がここにいることがバレるだろう。これでも誰にも見られないように来たんだ。見回りでも来たら答えられなくなるよ」


 少年をなだめながら、エルモンドは口の前に人差し指を立てる。


「君はどういった罪状で自分が投獄されているか知っているかな?」

「はっ。大方、予想はついてる。てめぇが自分で作ったその腕の傷を、俺が襲って負わせた事にしたんだろ?俺を後ろから殴った兵3人を目撃者かつ、お前を守った兵士ってことにして、俺を気絶させておけば、それを信じない奴はいないだろうからな。あと、俺は半日近くは眠ってた。叩き起こして尋問もしないところを考えると、どうせとある怒りっぽい大臣が勝手に罪状決めようとしてんだろ」

「全く…、なんて洞察力だ。外部との情報を遮断しても、そこまでわかるとは…。やはり、ここに閉じ込めて正解だった…」

「無駄話はいい。なんでてめぇがみんなの事に知ってんのか答えろ、つってんだよ」

「ふふ。今の状況を知っていながら、そこまで反抗的な態度をとれるなんて、本当、君には肝を抜かされるよ」


 顎に手を添えて、エルモンドは面白そうにがんじがらめの少年を上から覗きこむ。


「確かに、君の言う通りの状況だ。護衛の少年が僕を襲ったという情報が広まると、君の処罰を真っ先に考えるグループと、国王を中心に何かの間違いではと疑うグループに分かれた。ほとんどの大臣が怒鳴り散らすように集まってる中、国王エーベルトが冷静に話し合おうとしている。彼がいなければ、君は今頃、磔かな?」

「で?お前が俺の仲間の事を知ってんのは?」

「僕は荒れてる大臣達をなだめるように、国王の側についた。襲われたの事実だが、何か大切な理由があったんじゃないかってね」

「また勝手な事言いやがって…」

「まぁまぁ。冤罪をかけた事は悪かったけど、黙ってもらうにはこうするしか無かったんだよ」


 床に伏せた少年は舌打ちをしながら、エルモンドを睨む。


「そして昨晩遅くだ。怪我の手当てをして、皆を落ち着かせた僕は、自室に戻った。眠りにつこうとした時、ドアがノックされた」

「まさか……?」

「そう。君のお弟子さんだよ。師匠のしたことが冤罪だと信じて、わざわざ僕の元へ話をしに来たんだよ。なんて言っていたか知りたいかい?」

「………」

「沈黙という事は知りたい、と受け取っていいんだね。君の弟子は僕を訪れて早々に君のやった事に関して謝り、こう言った。『きっと何かの間違いです』」

「………‼︎」


 エルモンドの言葉を聞いた途端、アルトの胸、心臓が縄で締め付けられて窮屈になったかのように、大きく叫び始めた。

 申し訳なさで胸がいっぱいだった。

 誰にも言わず勝手に取った行動が、引き起こしたこの結果。それをミルスが心配してくれたうえに、真実を明かそうとしてくれている事を知り、合わせる顔が無かった。


(そうか…。…俺はまた勝手に1人で突っ走ってたんだな……。頼る事を覚えたと思ってたのに、裏切ったのか……)


 ほんの数日前も、全てを包み隠さず話すと決めたのに、また隠した。

 みんなに嫌われるとかどうとかが問題ではなく、アルトは自分に失望していた。


「今頃、無実を証明する方法を考えていると思うよ。面会謝絶にしてあるから、会うことはできないだろうけどね」

「…で、俺の仲間の顔を覚えた事を脅しに何がしたいんだ?」

「脅しというよりは、あくまでも君の動きを制限するための鎖だ。僕の言う条件を守ってくれれば、君も、君のお友達にも危害は加えない」

「……チッ…。その条件はなんだ?」


 人差し指を立てて、エルモンドは言う。


「2つある。1つは、君自身が何もしない事だ。特に、ここを抜け出そうとする行為。君のように賢ければ、あの手この手で脱獄もできるだろうけれど、この檻から外へ出ることは許さない」


 そして今度は中指を立てる。


「2つ目、これが最も重要な事だ。僕が何かを企んでいる、もしくは国王に危険が迫っている事を誰にも言わない事だ」


 その条件には、アルトも黙って聞いていられなかった。


「黙って王を見殺しにしろと?」

「君は全力を尽くすだろうけど、結果的にはそうなるね。僕に制限された身でどれほど足掻いても、助ける事はできない」

「だったらその条件、守れないかもな」


 エルモンドは目を開く。驚きとは反対に、その表情は愉快そうに笑っていた。


「そもそも、お前はミルス達を人質に取っているつもりだろうが、あいつらは強い。お前が兵士を何体連れているのかは知らないが、レベル90超えの冒険者の集まりに、叶う訳がねぇ。つまり、人質として成り立たねぇから、俺はお前の条件を飲む理由がない」


 アルトは気づいたのだ。

 いくらエルモンドが偉く、表向きの人望が厚くても、普通の人間しか過ぎない事を。冒険者でもなければ、魔法やスキルも使えない。それに護衛の兵のレベルなんて、たかが知れている。

 それほどレベルの高くない兵達とエルモンドでは、彼女達を人質にする事はできないのだ。


「俺を繋いでおく鎖は簡単に壊れたな。残念だが、お前の野望を打ち砕くために、まずミルス達にこの事を伝えてやる。例えお前を吊るし上げる証拠が無くとも、国王の身に危険が近づいている事さえ広まれば、護衛が増えるだろうからな。そうなればフィリシスもお前なんかと結婚せずに済む。結局阻止されるな」


 勝ち誇った表情で、ぐるぐる巻きのアルトは堂々と言い放った。


 が、エルモンドの笑みは絶えなかった。


 無言で自分の腕に巻かれた包帯、昨夜自分で刺した傷を見せた。

 手当てはしてあるが、深い上に、範囲も広いためにまだかさぶたにもならず、痛々しい傷が広がっていた。


「ん?何やってんだお前…?」

「オーエン君。よく見ていたまえ」


 その赤い腕を見せつけるように、エルモンドはアルトに注目させた。


「……、っ⁉︎」


 傷に目を向けた直後に、アルトはおぞましい光景を目にした。


 なんと、腕の傷の肉が別の生き物かのように揺れ始め、割れた肉を繋ぎ合わせたのだ。切れた筋繊維がピンと張られ、縫い合わせるように蠢く腕を見ていると、数秒も経たぬ内に腕の傷なんて元から無かったかのような、健康的な肌色の腕になっていた。


「何がどうなってやがる⁉︎」


 怪我の自己修復。アルトは、自分の目を何度も疑うが、その度に今起こっていたのは現実だと実感せざるを得なかった。どんな原理かつ、なぜエルモンドにそれが起こったのかはわからないが、トリックでない事は確かだった。現に、本当に治った事を見せつけるように、傷のあったところをエルモンドが手で引っ張ったりしているからだ。


 夢でも見ているのではと思いたくなる現状で、アルトが唯一確信できたこと。



 エルモンド フーリエは人ではないと言うこと。

 

「お前は一体…、何なんだ?」


 あの恐怖がまたアルトを襲う。昨日に続き、3回目のエルモンドに対する畏怖。奥歯がガタガタと音を鳴らしそうだった。


「僕の名はエルモンド フーリエ。ただし、人ではないのだけれどね」


 恐れを抱く様子を面白そうに眺めながら、今度はエルモンドは尋ねた。


「口で言わなくてもわかるね?君は僕がただの人間と言う前提で、お友達が人質にされないと考えていた。でも、僕はこの通り人ではないし、仮に暴れれば、この城を数分も経たぬ内に瓦礫の山に変えてやることだってできるんだ」


 早い答え合わせに、アルトは何も考えられず、茫然と地面に転がっている事しかできなかった。


「それに、君のお友達がどんなに強くても、僕は今みたいに傷が治る…、というか、僕はもう不老不死なんだ。そんな不死の僕は首の根元に剣を突き立てられても、そのまま相手を捕まえて、好きなように殺すことだってできるんだ」


 ただ1つ感じたのは、敗北感。

 してやられたと言うレベルではなく、今のアルトの状況と全く同じで、手も足も出せないほどに、完全敗北した気分だった。


「だから、僕は優しく忠告してあげている。君が大人しくさえしていれば、犠牲は増えないし、僕の目的が無事済めば、君も君のお友達も解放しよう」


 エルモンドは怪我の無くなった腕に包帯を巻き直しながら、聞いていないアルトに約束した。


「それじゃあね、アルト オーエン君。君が条件を守ってくれることを願うよ」


 別れを告げると、エルモンドはスタスタとその場から去った。


 アルトは言葉を発さずに、横になっていた。




 その後しばらくして、突然叫び始めた囚人を鎮めるために、看守が3人牢屋に駆けつけた事を、エルモンドは部下の兵から聞かされた。


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