失態
申し訳ないと思いながら、少し時間の空いた投稿です
誠に勝手ながら、これからしばらくは、何度か投稿までに多く時間をが要するかもしれません
話を書く時間を探す努力はしているつもりではありますが、やはり厳しいです
基本は土日に更新していますので、できれば一週間ペースのまま続けたいと思ってます
アルト オーエンは城の中を全速力で駆け回っていた。情報を得るためにはまずその足で動かなければならない。立ち止まっていても知りたい事の方からやって来るなんてことはない。
エルモンド フーリエと言う人物について調べるために、彼について良く知っていそうな人物を探していた。
「いた…。おい、ローグ‼︎」
角を曲がった所で、向こうで槍を持った若い兵士が壁にもたれかかっているのを見つけた。
アルトとさほど歳の離れていない兵士長。若いながらも、城の警備から街の治安維持を担う兵隊を指揮できる、謂わゆるエリート兵士。時には王直々の命令で、潜入任務を受けたりする事があるローグならば、上層部の人間とも関わりがあり、一般市民が知らないような事まで熟知している可能性が高い。
アルトが第一に探していた人物だった。
「ん…?おぉ、オーエンか。そんな急いでどうした?」
兵士長はアルトの方に気がつくと、背中を壁から離した。
「頼むローグ。エルモンド フーリエについて教えてくれ」
「あん?エルモンド氏の事か?なんでまた?」
槍を地面について立つ兵士長の前で立ち止まると、即座に例の質問をした。
「いいから教えてくれ‼︎生まれとか経歴とか…、知ってる事なんでも‼︎」
説明する暇はない。しかも絶対に理解してもらえるはずもない理由だ。
アルトが危険視している人物は既に城の中。一分一秒でも惜しいために、強烈な剣幕で掴み寄った。
「お、おい…、落ち着けって…。わかったわかった。理由どうこう関係なく教えるって…」
「悪い。急いでて…」
流石のローグも驚いて、肩を掴んでなだめる。我を忘れかけていた事に気づき、ローグから離れた。
「生まれはマク。経歴は色々あるな…」
「やばい話は無いのか?」
「ん〜。つまりお前はスキャンダル的な話が知りたいのか?」
「あるんならそれも知りたい」
「悪りぃが…………、ねぇな」
あまり深く考える素振りも見せず、即答だった。
「あの人には悪い噂がねぇんだ。全部、眩しいくらいの功績ばかりだ。街を魔物から守るために自ら魔物と戦って、対処法を庶民に広めた事もある。漁の安全性を高める為に頑丈な船を作る為の資金も出したな。だからこそ大臣クラスの人物からも評価が良いし、支持者も多く集まる」
「非の打ち所がないくらいに完璧なのか?」
「そうだな。父親は稀に不祥事が発覚したが、エルモンドはそんな事も無いし、父親の遺した泥まで綺麗に拭い去りやがった。憎いくらいにスゲェよ…あの人は」
「エルモンドの親の不祥事とは具体的にはどんなのだ?」
「そんな大事にするようなもんでもなかったな。一番でかいので、賄賂だ。王国の高官に前領主が贈ったんだよ。もっと高い地位につくためにな。結果的に贈られた方は受け取らずにチクって、罪に問われたのはエルモンドの父親だけだ」
「息子のエルモンドはその汚職をどうやって拭い去った?」
「とにかく謝った。父親のやらかした事に失望した市民、賄賂を贈られた高官と他の奴。あと国王に、一人謝って回ったんだ」
「ん?父親は謝らなかったのか?」
「事件直後は謝罪したさ。だが体を壊して、まともに動ける事ができなかったらしい。それでも失った信用はでかくってよ。代わりに息子のエルモンドが進んで泥を拭いて回ったんだ。ちなみに父親が2年前に病死したのと同時に、エルモンドが領主を引き継いだ」
「なるほど…。正義感が強いのか…」
エルモンドの人柄を知ったと同時に、頭の内にはそこまでできた人間ならば、あの時の不気味な気配の正体はなんだったのかという疑問が浮かび上がった。
悪事を起こすような人間で無いならば、禍々しいくらいの邪悪なオーラを放つわけが無い。
まだ情報を集める必要がありそうだった。
「ありがとうな。おかげで結構知れた。突然来て突然去るのもあれなんだけど、急いでてさ…。今度、なんか礼するよ」
「おう。別に礼なんかいらねぇよ。ガードマンの仕事をタダでやって貰ってるようなもんだからよ……………、あ、ちょっと待てオーエン」
大事な事を思い出したように、ローグは走り去ろうとするアルトを呼び止める。
「お前がなんであの二枚目領主について知りたがってんのかは聞かねぇ。だが、これだけは覚えておけ。絶対にあの男を敵に回すな」
「何?」
友人の意味深げな発言に、アルトは眉を寄せる。
「別にマフィア的な感じのやばい奴って言ってるわけじゃねぇ。ただ、あの男を敵に回すって事は世間からも敵とみなされるも同然なんだ。そんくらい、エルモンド フーリエに対する人民からの信望は厚いんだ。くれぐれも忘れんなよ?でないと、2年前お前がやらかした事になってる事件以上に、多くの人間から蔑まれる未来になり兼ねない」
「………ふっ。サンキューな、心配してくれて…。安心しろ。そんな事にはなるわけないさ。だが、肝には銘じておくよ……」
右拳の親指を立てて合図を送ると、アルトはそのまま走り去った。
それでも安心できず、その後ろ姿を不安げな顔つきでローグは見送る。
「マジで頼むぞ…。世論によっちゃ、極刑を強いられてもおかしくねぇんだぞ…」
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白。
別の色と混じっていない、もしくは一切汚れのない、色と言ってよいものなのかははっきりしないが、一般的には色という認識がなされているものである。
その神聖なイメージからは、魔を寄せ付けない、光や魔除けの印象が強く広まっている。そのため、白は教会や大事な式などの服装によく使われる。
一言で天国を想像する人などもいるかもしれない。
そのくらい人々は白に聖なる印象を抱いている。
その反対の黒。
白と違い、明るさを放つのではなく、逆に吸収する力を持っている。何色に染まる事も無ければ、汚れる事もない。言うなれば光のブラックホールである。
人間からした印象は、やはり闇。底の見えない暗黒に不気味さや、不吉と感じる者が多い。正義と対をなす、魔そのものと思われる事もある。
白が天国ならば、黒は死を意味することになるだろう。地獄ではなく死。どんな生き物でも息が途絶えれば、闇に引きずり込まれて無になる。黒は天国の存在を否定するのだ。
常に、黒と白は背反し合ってきた。
しかし、その関係が崩れる時もある。
白が黒に染まり、黒が白に塗られる事が度々起こる。
言い換えると、白は穢されるものであり、黒は浄化されるという認識が強くなった。
どんなに真面目で偉大な人物でも、ちょっとしたきっかけで悪の道に堕ちる事がある。欲望だったり、怒りや憎しみが純粋な白を濁らせ、じわじわと闇色に侵食させていくのだ。
逆にどうしようも無いくらいの悪人でも、改心して正義を思い出す場合がある。優しさや愛に魅せられ、光の暖かさを感じ、墨のような黒さが薄くなっていく。やがては澄み切った白へと変わる。
世界は、白と黒の関係を模写したものに等しい。
人類を白とするならば、黒は悪事を働く魔族や悪魔のこと。何百年もの長い時間争いを続け、一向に決着が付く気配がない。
その間にも変色がやはり起こる。
アルト オーエンと言う少年は、闇の力に穢され、仲間を襲いかけた事がある。今もなお黒の力を持っているが、なんとか抑えるコツを見つけたために、普通に生活している。
だが、今は薄く黒に染まった状態であるため、決して完璧な白と言うわけではない。
対の例として、デスタと言う破壊の悪魔。なんでもいいから壊す事が目的の極悪な悪魔であった。元は人間であったため、闇に堕ちていなかった頃の自分を思い出した。またアルトとのぶつかり合いによって、人の優しさを思い出した。
憎しみの黒は徐々に消えかけたが、それでもデスタの強力な闇の力は強さを増している。
現在、光の無い暗闇の空間の中で己の色について考えている悪魔も、光と闇の世界に生きる闇である。
「……我も昔は穢れなき白であった…」
誰かに語りかけている訳ではない。目元を仮面で覆った悪魔は、灯りのない空を見上げて独り言を呟いていたのだ。
「無垢で神聖、なおかつ憎悪の強い白…。正義そのものと言ってもよかったくらいであろうな…」
それは過去を懐かしむようで、どこか哀しみを含んでいた。
「時の流れるは早い。思い返せば、あの時からすでに数百年も経過しているとは…。我は未だに、つい先刻の事と思っているのだがな」
仮面の悪魔は自分を笑う。
以前は人間であった時の過去、それを捨て去りきれない弱い自分に対する嘲笑だ。まだ完全に染まりきっていないのは、未熟ということ。プライドの高いその悪魔には『恥』以外に表せる言葉がなかった。
「別に今さらあの時のように戻りたいとは思わぬ。あの男はすでに死んでいるのだからな。せめて、ケリくらいは着けさせてもらうぞ…。黒と白が中途半端に混ざり合った存在ではなく、完全な黒となる為に」
苛立たしげに悪魔は仮面を掴んだ。顔と垂直の方向に引っ張り、剥がすことを試みる。
しかし仮面は接着剤でくっつけたかのように、全く取れる気配がなかった。悪魔の指にもより力が加わるが、やはり結果は変わらない。
「何をしているのかしら?」
「っ…‼︎……ストラータか…」
いつから背後にいたのか。魔性の美しさを持つ女性の姿をした悪魔の存在に気づいた頃には、既に話しかけられた後だった。
「もしかして怖いの?」
「そんな訳あるまい。我に今さら恐れるようなものなどない。まして悪魔になって以来、恐れを感じたしたことは無い」
「じゃあ仮面を取ろうとしていた理由は?なぜ取れない仮面を無理矢理外そうとしていたの?」
「なんとなくだ」
腕を組んで尋ねる悪魔に対して、仮面の悪魔は答えを有耶無耶にした。それでも、悪魔ストラータは深くまで追求しなかった。
そう配慮されていることを他所に、悪魔ジョーカーは話題を変えた。
「…ストラータよ……。覚えているか?我が悪魔になった時の事を」
「ええ。今でもはっきり覚えているわ。しかもあなたと会ったのもそれが初めてだったんだから、忘れるはずが無いわ」
「懐かしいな…。死の瀬戸際で転がっている我の前に、貴様が現れたのだったな」
「そうね。あの時のあなたは死にかけの捨て犬のようだった。それも育て方によっては正義感に溢れたものにも、手当たり次第目に入るものに噛み付く狂犬にもなれるね」
「死にかけながらも、我は復讐と憎しみに燃えていた。なんでも良いから剣で斬りたくなり、現れたお前に斬りかかろうとした」
「ふふ、そんなこともあったわね。でもあなたは立ち上がることすらできず、血を吐いてこう言ったわ」
「「殺せ」」
2人の言葉が見事に重なった。
「そこで私はこう尋ねた。『あなたはどうして絶望しているの?』それにあなたはこう答えたわね。『己の弱さ、人間の限界、そして。送ってきたつまらない人生に後悔している』ってね」
「人間と言う、ひ弱な存在として生きることがつまらなかったのだ。とにかく、己の力の無さを嘆いていた」
「こんなことも言ってたわ。『自分は本性を覆い隠したまま生きてきた。それがまずかった。本音を抑え続けた結果、くだらない生涯を送る事になるとはな。俺はいつだって仮面を着けて生きていたのだ。今度は使い方を変えよう。生まれ変わるのならば、全てを騙し、偽りたい。己を隠し、奇怪な事で世を混乱に陥れよう』。あなた、本当に病んでるとしか思えなかったわ」
「悔やみに悔やんだ末だ。それほど、我は許せなかった。己と人間が」
「私はあなたの望む通り、その命を終わらせてあげたわ。それからあなたはとても満足そうな顔をして、悪魔として生まれ変わった…。どれくらい人でいるのが嫌だったのかがわかったわ」
握り拳を見つめるジョーカーから目を逸らし、ストラータは人差し指でエメラルド色の髪を巻きながら尋ねる。
「……だから決心がついたんでしょう?私がお姫様の血が、あなたの覚醒に必要なモノだと教えた時に」
「まさかそんなものだとは思いもしなかった。だが時間が経つにつれ、我の因縁と言えばそれくらいしか無いという事は薄々気がついていたのかもしれぬな」
「悪魔の覚醒。特別な悪魔だけが可能な、言わば進化。それができるのは元が人間である者よ。方法は至ってシンプル。自分が人間だった時に一番因縁が強いモノ、もしくは感情。デスタの場合なら人に対する憎しみね。例の少年にボコボコにされた事で倍増して、覚醒の条件を満たした」
「他の奴も大体そうであろう。元が人間の悪魔で覚醒できないのは我だけであった。人でも悪魔でも無い中途半端な存在に耐えられなかった。故に、ここで終わらせる事にした」
ジョーカーの体から、闇の魔力が機関車の蒸気のように勢いよく溢れ出た。
「人間だった頃の我を確実に殺す、完全な闇になるために力を貸してくれ。ストラータ」
ジョーカーの決意が固まっている事を察する最強の悪魔。腰に手を当てると、表情をそっと緩めて答えた。
「勿論よ。あなたのためにこれまで演出をしてきたんだから。それに私だけじゃないわ。デスタ、アルバナス、ラビエールもあなたを手助けする準備は万端よ」
「協力感謝する。ならば皆を集めてくれるか?」
「てことは──、今夜結構するのかしら?」
「否、まだだ。ただ、あの城の内部を知るために、我が情報仕入れに向かう。それを伝えねばなるまい」
「あなたが直接向かうの?大丈夫かしら?今あそこには、あの子たちがいるのよ?」
あの子。と言うのは、とある冒険者を指す言葉の事である。それが複数になって、その仲間らの事を指した言葉になる。
人間で唯一、ジョーカーのような強い悪魔とまともに戦った事がある冒険者達だ。探せばそのような冒険者はいくらでもいるかもしれないが、そのパーティーのリーダーである男は特に強い。
人でありながら、闇の魔力を使う事ができ、闇を使った強力な攻めと得意の鉄壁の守りにより、1人でも悪魔のトップ5とも戦える。そして何より、豊富な戦闘経験や分析能力から、悪魔の特異とする能力も早い段階に見抜き、対策を練ることがその1番の強さである。
ジョーカーも以前、その前に体力を消耗したと言う要因もあるが、その冒険者の少年には破れた事がある。
その冒険者が、今から忍び込もうとしている王国の城の中にいるのを知っていながら、ジョーカーは平気そうな顔をして答える。
「案ずるな。馬鹿らしいヘマはせん」
「心配するなって、そんな魔力放ちながら言われても、説得力無いわよ。硬いボウヤとその弟子、あとバハムート魔式。闇を感知できるのが2人と1匹。しかもあなたの鍛えてあげたミルスちゃんは、クロスウィザードだから、微かな闇でも気づくんじゃ無い?」
「魔力を使わなければ問題はあるまい。いくらレベル100の光を操る魔法使いと言えど、リブラントでは我が背後に立つまで気が付かなかった。加えて、ラビエールが王国に忍び込んだ際もバレはしなかったろう」
「なるほど…。魔法を使わずにうまく潜入するのね」
「それが無くとも我は悪魔であり、元は────、……いや、なんでも無い。身体能力だけで、楽に済ませられる」
「…そう…」
ジョーカーが言いかけた言葉。ストラータにはそれがわかっていた。悪魔になる前の自分が頭を過ぎったのだと、察しがついた。
「ともかく…。我はやるぞ…。中途半端な色では無く完全な闇に…、呪いのような過去の己に別れを告げるために、我は全てに終止符を打つ‼︎」
目的のために、野望のために。人だった自分を捨て、1匹の悪魔として生きるために、怪奇の悪魔は叫び声が溶け込むような闇の中で宣言をした。
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少年は息を潜めていた。居場所を悟られないよう、決して物音を立てず、ただじっとしていた。
現在、アルトが隠れているのは窓の横。正確に言えば城の内側では無く、外側のレンガの壁にペッタリと張り付き、時折、窓から中の様子を伺っていた。
時刻は6時を少し過ぎた頃。地平線の向こうに沈む夕陽が、世界を朱色に染めていた。
なんとも美しい光景ではあるけれども、アルトはそんな景色には目もくれず、背を向けるように、僅かに突き出たレンガを足場にして立っているのみである。
まるで、窓の向こうの部屋に、誰かが来るのを待つように。
「もうすぐだ…。ここに奴が来るはずだ…」
マメに中の様子を確認しては、まだかまだかと部屋の中に置かれてある時計を確認する。
「エルモンド フーリエ…。奴が何者なのかを暴いてみせる…」
その部屋はマクから長い時間かけてやってきた、領主エルモンドの部屋であった。
昼間、エルモンドから感じた不気味な感覚が気になり、アルトは城のあちこちを走り回って、情報を集めた。一般人が知らないような事まで尋ねて回ったが、結局、エルモンドが何か妙なことをしたという話はなかった。それどころか輝いた功績ばかりで、むしろ自分の感じた違和感が何なのかを知りたいと思い始めていた。
しかしそれでも、できる範囲の行動で調べてみるまでは、自分に言い聞かせる事はできなかった。
もし誰かに気づかれて、領主の部屋の窓に怪しい人物がいる、などと騒がれたら、言い逃れする事はできない。アルトは単独なため、何をしていたのか説明したところで真実味に欠ける。襲撃しようとしていたと決めつけられそうになっても、理由を話しても信憑性が薄く、無実を証明するための盾が無いのだ。
そんな無防備な状態にも関わらず、アルトは実行した。
何かを本当に守りたいと思える人物ほど、己のリスクを恐れない。
危険な出来事がいつ起こるのかは、起こそうとしている者にしかわからない。大切な人や物が被害にあってから、守ると言っても既に手遅れ。起きる前に、それを阻止する事が守るということ。
ゆえにそれを知っている者、特に治安維持のための兵隊を束ねる兵士長や、アルトは大きな賭けに出る。
潜入捜査だったり、嘘をつくなどの行為だ。
兵などがそんな事をすれば、当然、問題にされて市民の信頼を失う。一般人でも虚言を吐けば蔑まれ、人を遠ざける。
だが彼らの場合では、1つだけメリットがある。
それは成功した時に、誰かが傷つくのを確実に阻止できる点。
具体例を挙げるならば、シューラと言う町に密かに潜入した兵士長ローグ。町の近くで不穏な動きがあるとの情報を掴んで、ローグは1人で情報収集に向かい、時には町長ガイルの家にも忍び込んだりもした。
もし王国の兵が無断かつ、人の家にこっそり上がりこんでいたなどと知られれば、エフュリシリカの信用性が失われる。いかなる理由にせよ、侵入された側からすればプライバシーだのの侵害で、良い思いはしない。王国が賠償をしなければならないことにまで発展する可能性もある。
だが、タイミングよくその場にいたアルトや歌姫の助けにより、ローグはガイルの秘密にしていた世界征服の野望を阻止できた。魔人を使って世界を自分のものにしようとしていたらしいが、害を被ったのはシューラの建物のいくつかのみ。怪我人や死人を出さず、守りたかった王国も、危機があったことに気づかないまま、平和が保たれた。
結果として、リスクを負っただけの事もあり、ほぼ完全にブロックする事ができた。
絶対に傷つけさせたくないものがあり、危険を恐れないからこそ為せる術だ。逆に、ギリギリの綱渡りをしなければ、僅かだが守れない確率が上昇する。
アルトに残された手はこれしか無かったのだ。
「……っ、来た…‼︎」
張り込むことおよそ数十分。夕焼けに赤く染まる部屋のドアが開き、待っていた人物は現れた。
『いやー。結構と言ったのに、国王陛下は豪華な部屋を用意してくださったみたいだ』
(エルモンド……、フーリエ…っ‼︎)
昼間と同じ恐怖がアルトに再び襲いくる。
その顔を見るや、嫌な感覚が体の中を走り抜けた。
2、3人の兵を連れて、部屋のあちこちを見回しながら感嘆の声を漏らすその姿は、やはり普通の人間にしか見えない。昼間と違って髪にツヤがあったり、服が変わっていることから、風呂に入ったと思われる。城での生活を満喫しているようだった。
(まただ…‼︎あの男は絶対に何かある‼︎俺にしか感じ取れてないのが疑問だが、あの時のは偶然寒気が走ったわけじゃなかった…。奴は危険だ…‼︎)
2度目の体験でようやく確信に変わった。心臓が危機を察知した生き物のように、ドクンドクンと叫びを上げているのがわかった。
呼吸のリズムが乱れ始め、全身から汗が滲み出ていく。
手にも汗をかいたため、アルトは滑って落ちないように、レンガを掴み直した。
(このまま奴の秘密を暴ければ、何か起こる前にに阻止できる…‼︎)
あくまでそれは、エルモンドが悪人で、何かを企んでいる場合であるが、壁に張り付いて震えている少年は、彼が黒だと判断していた。
様々な恐怖やリスクがある。
もし誰かに今の状況が見られたら。
エルモンドに気づかれたら。
一際大きなプレッシャーを放つのはやはりエルモンドの存在。そこにいると考えただけでも、逃げ出したくなりそうな気分にさせられる。
それでもアルトは退かない。近くには大切な人が何人もいる。逃げ出す行為は、その人達を見捨てるに等しいからだ。
エルモンド フーリエが怪しいと思った理由が勘であろうとも、どんなに怖くても、恐れる自分に打ち勝ったのだ。
『君達も疲れただろう。僕のことなんかより、休んでてくれていいよ』
(とりあえず兵がいなくなれば、本性を出すだろうな…。早くいなくなってくれ……)
話し方はやはり高貴な男性。既に得た情報と全く同じため、他に人がいては秘密等の情報を得るのは難しいだろう。
『折角の王国なんだ。いる内は護衛より、楽しんでくれればいいさ』
『……………』
(………?…なんか……話してる…?)
小さくて聞こえないが、3人の兵の何やら相談をしているような声が微かに耳に入った。
気になって少し覗いてみると、予想通り兵がなにか話していた。
数秒してからそれが終わると、内の1人が前に一歩歩み出た。
その会話はアルトにも聞こえた。
『エルモンド様』
『なんだい?』
『例のアレはいつ実行するおつもりですか?』
(っ‼︎なんだ…?例のアレ?)
兵のその一言で、部屋の中の空気が変わるのを感じられた。
怪しいその言葉に、アルトも耳を傾け、エルモンドを見た。
蝋燭の灯りもない部屋の中で、唯一、エルモンドの瞳が夕陽の光を反射して赤く光っていた。
『あぁ、そのことかい…。まだしないよ。やるときはちゃんと君達に伝えるから』
『ですが、早い方が宜しいのでは?待ちすぎるのは、時間がどんどん無くなってしまわれると思います』
(待て。いったい何の話をしているんだ?早く言ってくれ)
怪しい話に、アルトは焦りを抑えきれない。やはり何か企みがあるらしく、その内容を知りたくなる。
脈を打つスピードが徐々に短くなる。
『ダメだよ。僕達はまだ来たばかりなんだ。なのに、今あの計画を実行すると、真っ先に怪しまれるのは僕らだ。君の言いたいこともわかるが、焦る必要はない』
(だからなんだよ‼︎その計画って⁉︎)
中々、あと一歩のところを知ることができないためアルトは苛立つ。
そんな時、
「っ⁉︎…や───」
力が入りすぎて、アルトの片足が滑った。腕だけの力でなんとか留まり、態勢を崩しただけで済んだ。
『ん?今何か聞こえたかい?』
『何かの窓の外で物音がしましたが…。多分、鳥でしょう』
エルモンド達の声が聞こえたが、どうやら気づかれずに済んだと、安堵する。
(あっぶね…。下手すれば見つかるところだったぞ…
)
安堵の息を吐きつつ、自分を落ち着かせる。
数回、深く呼吸したのち、両腕の力で体を持ち上げ、再び部屋の中をチラと覗く。
『安心するといい。失敗でも、いざとなれば僕がすぐに終わらせることもできる。少々強引だから、できるだけやりたくはないけどね』
『でも聞いた話では、今回は護衛に強い冒険者を雇ったとか?』
(冒険者?俺らのことか…。こいつら護衛を危険視するってことは、やっぱり悪事を働こうと?これはこの3人の話も聞いた方が良さそうだ)
『城の中を歩いていた時にいた人達のことか。確か男が1人だけだったような気がするけど、それは関係ないか。いくら強いと言えども問題はない。なぜなら僕がいるからね』
『それもそうですね。私どもの考えすぎでした』
(?こいつらなんで急に安心したんだ?さっきまであんなにエルモンドに反論をしてたのに?)
兵士3人の考えがころっと変わったことに、アルトは激しく違和感を覚えた。
『それでは、わたくし達はこれで失礼します。エルモンド様』
『ああ。ここしばらく硬い土の上で野宿だったんだ。柔らかいベッドでみんな休んでくれ』
兵士3人は退室しようとドアへと向かった。
(まずい…‼︎まだその計画とやらの中身を聞いてないのに‼︎エルモンドのを聞いても同じだろうが、こいつらもグルなら、いなくなられるのは困る…‼︎)
自分がどうするべきか悩みながら、アルトは親指の爪を噛む。
その直後、耳を疑うような言葉に、親指の肉ごと爪を強く噛んだ。
『僕が狙うは、フィリシス・スノーフレーク・バルトランデだからね』
パリイイイィィィィィンッ
理性とか意思、全てを投げ捨てたように、アルトは怒りに身を任せ窓を蹴り破った。
「っ‼︎」
「なっ⁉︎何奴だ⁉︎」
豪快に飛び込んできた侵入者に向けて、兵士3人は無駄のない動きで槍を構えた。
エルモンドは黒い前髪の隙間から自分を睨みつける少年を、驚くような素振りも見せず、見つめていた。
「おい、エルモンド フーリエ。今の言葉はどういうことだ?」
感情を押し殺した声で、アルトは問う。
「フィリシスを狙う?それがお前の計画とやらか?」
「こいつ…まさか聞いていたのか!?」
自分に武器を構える兵士には目もくれず、獲物を見つけた猛獣のようなアルトの鋭い目は、エルモンドただ1人を捉える。
凶器のような眼光を前にしても、エルモンドは表情を変えない。
「質問に答えろ‼︎」
相手が領主であることを忘れ、アルトはその胸ぐらを掴む。
「……ふっ…」
しばらく互いの目を見合った後、エルモンドが嘲るように笑った。
「ハッハッハッハッハッハッハ‼︎‼︎」
「何が可笑しい‼︎」
高貴さを欠いたような笑い声を出す領主を、アルトはより強い力で持ち上げ、右拳を作った。
「なるほど…。君は、色々と鋭いね」
「っ⁉︎」
エルモンドがそう話すと同時に、ポケットから何かを取り出すのを視界の端で確認した。
先端が尖り、今は夕陽の朱色を反射している金属。
領主エルモンドはナイフを右手に構えていた。
「くっ…‼︎」
まさか身近にそんなものを隠していると思わなかったアルトは、すぐに手を離して距離を取った。
が、再びエルモンドの方を向いた時、信じられない光景を目の前にした。
エルモンドの左腕から、紅黒く光る液体がポタポタと床に垂れ落ちていた。
自分で自分の左腕に、ナイフを突き立てたのだ。
「はぁ⁉︎お前…、何やってんだ⁉︎」
「悪いが…。君は厄介だ。少しばかりの間は、静かにしてもらう」
「だからお前何言って──────
エルモンドに叫んでいる途中、後頭部に強い衝撃が加わり、アルトの意識はそこで途切れた。
「さて…。簡単にシナリオを作るか」
倒れた少年の手にナイフを握らせ、左手の血を舐める男は、夕闇の中で怪しく笑う。
悪魔が動き出すかと思えば、アルトもアルトの方で大変な事になりましたね
エピローグあたりからの話をようやく、繋げてこられそうです




