英雄
今回は重要な人物の話になります
と言っても登場するわけではありません
今までも1、2回程話の中で出た名前なので、覚えている方がいると嬉しいです
そんな人物は記憶に無いという方は、思い出していただければと…
「ねぇ?あれなぁに?」
兵や給仕係用の食堂で昼食を終え、探検気分で城内の廊下を歩いていると、シーナが指差して皆を呼び止めた。
彼女が示している方向には、通路の端に建てられた石像があった。若々しい少年が白い石材でおそらく等身大に象られていた。
すらっと整った勇ましい顔立ち。革のブーツ、ベルト、風に煽られているようなマントまでもが細かく、表されていた。また、剣を地面に突き立てて立っている姿から、モデルとなった人物がどんな性格なのか伝わってきた。
5人も足を止めて、石像に前に立つ。
「ここだけにぽつんと立ってますね?」
「これは有名人でしょうか?」
「え?みんな知らないの?」
首を傾げる5人の少女を見て、アルトだけは意外そうに驚いた。
「マスターは知っているんですか?」
「知ってるも何も………、これは一般的な知識だと思ったんだけど……」
自分しかこの石像が誰なのか知らない事を嘆くようにアルトは呟く。
「この人物は人間最強、勇者ネクスだ」
「っ!!人間最強!?」
「勇者!?」
「そういえば聞いたことがあります!!」
ネクス。その単語を聞いた途端、ラルファ以外が目を驚きの色に変えた。一人だけ分からないラルファは、物淋しそうに縮こまる。
「で……何した人だっけ?」
「えっと………」
「勇者…ですよ。勇者なので…きっとそう言うことをしたんです……………」
「おい。お前ら名前しか知らないだろ」
また頭にハテナを浮かべると、みんなも詳しくないことを知り、不安が消えたラルファはホッと息を吐いた。
「しょうがない。いい機会だ。俺がお前らに教えてやる」
「えぇーー。なんか面倒くさそう………」
シーナが嫌そうな顔をするとアルトはシャーッ、と蛇のような鋭い目付きになる。
「えぇーー、じゃない!!お前、冒険者としてネクスを知らないのは、パン屋が小麦を植物って知らないのと同じだぞ!?」
つまり正体を知らないものを当たり前のように使っている。冒険者がその礎を築いた人物を知らないのはいけないとアルトは伝えたいのだが、その例えはみんなにはわかりにくかった。更に首を傾げられ、アルトは恥ずかしくなった。
「とにかく!!全員ここに並んで座れ!!今から俺が勇者ネクスの歴史についてじっくり語ってやる!!」
メラメラと燃え上がるアルトを見て、ミルスとシーナは
「アルトさんってあんなに熱血な人でしたっけ?」
「さぁ?その勇者が好きなんじゃないの?」
ヒソヒソと話していると
「こらそこ二人!!早く、早く座れ!!」
「は、はい!!」
「むぅ~…、手短かに話してよ~」
アルトに怒鳴られ渋々と、人が通るための廊下で膝をついた。
「勇者ネクス。はっきりとしてはいないが、約300年くらい前の人物だ」
アルトは眼鏡を人差し指で押し上げながら、作り出した防御魔法透明な壁にチョークで『ネクス』と書く。
普段、眼鏡をしてはいないし、そもそも目は悪くないアルトだが、気分的につけろとシーナに投げられたために掛けていた。当然、度の入ってない伊達眼鏡、教える者らしき雰囲気を出すためのアクセサリーにしか過ぎなかった。
その仕草が気に入ったのか、数分に一回は眼鏡をクイと上げながら黒髪の魔法使いは語る。
「当時の人々は彼を、最強の勇者と呼んだ──」
「はい。しつもんです」
ミルスが手を挙げた。
「なんでしょう」
するとアルトは1度話すのを止め、彼女の発言を許す。
「勇者とは職業の事ですか?」
「いいえ違います。……そうですね…、ここは補足する必要がありました。ネクスの事を示す『勇者』は、職業のことではありません」
「では、何故ネクスはそう呼ばれたんですか?」
「そのまんまの意味です。勇気のある者、と言う意味で『勇者』。シーナのように、剣士から派生する職業の勇者とはまた別です。当時はまだ冒険者ってシステムはあまり確立されてなかったからね」
「え?じゃあ、それまで魔王軍とはどうやって戦ってたんですか?」
「基本的に魔族や魔物と戦っていたのは、スキルや魔法も使えない、ただの鉄の塊で武装した兵士だ。魔法を使える奴もその頃からいたけど……………、これはもう少し後の話で明かすよ」
アルトにそう返されて、ミルスはまた黙って聞くことにした。
「じゃあ話を戻すと、勇者ネクスは王家出身、つまり王子様だった──」
「はい!!」
アルトが話を戻した直後、今度はシーナによって語りを止められた。
「なんで王子様が戦ってるんですか!?王家って、基本、安全な城のなかで指示を出すんじゃないの!?」
シーナの質問は、何故ネクスが高貴な身分でありながら、剣を手に取ったのかと言うものだった。王子と言う事実ですでに驚けるが、王子ということは次期国王でもあるわけで、そんな未来の王に危険な事をさせるのか、とシーナは疑問に感じたのど。
「シーナの言うことも一理はある。でも、当時の世の中では、強いものこそが王に相応しいと言う風潮があったんだ。例えば野生の熊にも立ち向かえるような王子と犬すら怖れるような王子、選ぶならどっちを王にしたい?」
「それは……、熊にも立ち向かう方だね」
「そう言う訳で、ネクスは強くないといけなかったんだ。……まぁ今の世の中じゃ国王は強さじゃなくて、国を治める力を求められてるけどね。理解したかな?」
「バッチリ!!」
元気よく返事をして、シーナも座って静かになる。
「んで。勇者──、いや王子ネクスは恐ろしいくらい強かったんだ。何百もの魔族に一人で立ち向かって、全滅させるほどにね」
ネクスの強さに、少女一同は息を飲んだ。
「ネクスはとにかく強かった。小さな村に魔族が進攻するとすぐさま駆けつけては、僅かしかいない人々を残らず救った。巨大な魔物が国の近くで暴れると戦って勝利しめそれを静めた。そんな感じの武勇伝はいくつも残されてて、勇者ネクスの名前は各地に広まった。彼はもはや人間の希望でもあったんだね」
一人だけでそんな事までやれる、その勇者はどれほど人々から騒がれていたのだろうか。『人間の希望』とまで言われると どれほど強かったのか伺えた。
「それじゃあここで問題です!!」
急にアルトの声が張り上がり、目覚ましのような大きな声に五人は目を開いて驚く。
「勇者ネクスはどうしてそんなに強かったんでしょうか?」
対して、問題を耳に入れた少女らは揃って首を横に曲げる。
「どうして強かった…?」
「どういうこと?」
「強さの秘訣?」
「見当もつきません」
「答えを!!」
勇者についての知識は何もない少女達には当然、思いつくわけがなかった。その上、ヒントや根拠となる情報も一切無いため考えても確証が無さすぎて、仮説すら立てられない。
早々のギブアップにアルトは鼻を鳴らす。
「正解は、彼が魔法の才能に恵まれていたからだ!!」
「魔法ですか!?」
「えっ!?冒険者はいないんじゃないの!?」
アルトの口から発された言葉は、想像の外の答えだった。
何故なら問題を出す前にアルトが言ったからだ。当時は冒険者という制度が無く、スキルや魔法が使えない。だからネクスが魔法を使用できるなんて、まず考えから除外する。その上、石像の少年は剣を持っている。勇者と聞いても、普通は剣を持った強い人間を、思い浮かべる。
彼女らには理由が魔法となんて思い付かなくて当たり前なのだ。
見事に誰も答えられなかったため、アルトは自信げに笑う。
「冒険者はいない。でもネクスは魔法を使えたんだ」
「?」
「意味わからん!!」
「分かりやすい説明を求めます!!」
抗議のような言葉が飛んでいくとアルトは再び尋ねた。
「みんなはどうして冒険者がスキルや魔法を使えるか知ってる?」
「どうして、って……この腕輪の力じゃないですか?」
ミルスが答え、腕についた水色の腕輪を見せる。
冒険者として登録されるときに渡されるブレスレット。人はそれを腕に取り付けることで、特別な力を得ることができる。特殊な原石から作られたそれは、それぞれの色ごとによって職業か異なり、魔法使いの場合は水色である。
冒険者になる、すなわちこの腕輪を着けなければ人はただの人でしかない。スキルや魔法を使うには冒険者になることが必須であり、魔法は魔法使いのみが使用可能な力である。
そのどこへ行こうとも当たり前な事が答えとして頭に浮かんだため、ミルスは答えたのだ。
「確かに世の常識はミルスの言う通りだ。でも、魔法って言うのは実はちょっとイレギュラーなんだよ」
アルトはなにも知らない少女達に説明するように、優しく話す。
「魔法もスキルも、何十年何百年学者を雇用したとしても、完全に全てが解明されたわけじゃないんだ」
「と、言うと?」
「人間の敵とされている魔族にも、魔法が使える奴がいるのは知っているかい?」
「魔族の魔法が使える……………、あ‼︎」
「よく知っているよねミルス?──いや、ミルスじゃなくて、よく知っているのはその召喚獣だけど…」
「そうでした‼︎ディアスの事ですね!?」
「?」
「ちょっとちょっと‼︎僕らにもわかるように説明してよ‼︎」
頷きあうアルトとミルスを眺めながら、蚊帳の外にでも投げ出されたようなシーナは訴えかける。ピンとこない他の3人も眉間にしわを寄せ考えていた。
「簡単に話すよ。僕らと一緒にいるミルスの召喚獣ディアス、正式名称は『バハムート魔式』。今はこの場にいないけど……、あれが魔法が特別という説明になるんだ」
エリクでの戦いの負傷より、現在はミルスの部屋で療養中である、肩に乗るくらいのサイズの黒い翼の生えたトカゲのような召喚獣。
よくわからないままその話に移ったため、まだ理解していないシーナとルナは悩む。そして、パーティー結成時からいたわけではなく、ディアスのことをあまり知らないラルファとハルキィアは、シワをより強く寄せた。
皆に分かるように、つけ加えてアルトは話す。
「バハムート魔式は本来なら、人間が呼び出す召喚獣じゃない。あれは魔王軍の兵器として呼び出されていた竜なんだ」
「ディアスって言う、あのトカゲさんがバハムート魔式なのは分かります。どうしてそれが、魔法はイレギュラーである説明につながるんですか?」
ハルキィアが代表して尋ねる。何がわからないのかをしっかり明示したため、答えやすかった。
「バハムート魔式が召喚されたのは、人間がスキルや魔法を使い始めてから。つまり、ネクスがいた冒険者と言う存在がない時代よりも後になる。人と魔族が激闘を繰り広げるなか、バハムート魔式が生まれ、召喚されたんだ…」
そっと、アルトは瞼を閉じた。
「「「「?」」」」
返ってきた返答は答えになっていなかった。ハルキィアはなんでその竜で魔法が特殊かと言う話に繋がるのかを聞いたのに、アルトは誕生に至る経緯までを話したのだ。
ミルス以外の座っている四人はすぐに疑問に感じ、聞こうとしたがそれは叶わなかった。
すぐに眼鏡のレンズの向こうで目を開いた。
「どうやって?」
「「「「‼︎」」」」
その言葉を聞いて、四人は冷たい水をかけられたようにはっ、と口を開けた。
ようやくどういうことなのか理解したのだ。
空かさずアルトは自分の冒険者のブレスレットを見せる。
「魔法はこのブレスレットをつけて魔法使いにならなければ使えない。バハムートを呼び出すためには召喚魔法を使わなきゃならない。だったらどうやって魔族は魔法を使わなければならない竜を喚び出したんだ?」
アルトの言いたい事はこうだった。
冒険者はブレスレットの不思議な力が無ければ魔法もスキルも使えない。
↓
バハムートは召喚獣、つまり召喚魔法が使えなければ喚び出せない。
↓
魔族はブレスレットを知らない。またそれの装着で得られる力も知らない。
↓
ならどうしてバハムートを喚び出すことができたのか?
↓
勿論、魔法が使えたからである。
「魔族も魔法が使えたんだ。方法は知らないけど、魔法と言う力には辿り着く事ができたんだ」
「私達のように、特殊なブレスレットをつける事が魔法の使用に関係しているわけじゃない可能性が出てくる訳ですね」
ミルスが言うと、アルトはゆっくりと頷く。
「歴史書とかでは、魔族はスキルを使えないけど魔法を使ったと言う記録は数え切れない程ある。しかもやつらだけに限らない。俺らと関わりのある悪魔達だって当たり前のように魔法を使っている。それを考えると、ミルスの言った通り。魔法は人以外にも使えて、それ以外の使用条件があるって事だ」
「それなら、魔法使いじゃない私達にも使えるの?」
疑問に思ったラルファが手を挙げる。
もし冒険者にならずとも魔力を操作できるなら、常識として人々に広まっている、魔法使いがスキルを使えないと言う話が崩れるのではと思ったからだ。
対してアルトは口にする前に、手でバツを作った。
「そう思うのが普通だけど、そうはいかないのが法則と言うやつだ。別に冒険者になる以外で魔法を使う方法が判明した訳じゃないけど、それは不可能って証明されたんだ。そもそもスキルを使える奴には魔力が存在しないのが分かっちゃったからね」
どちらも不思議な力である魔力とスキルの違いは、その力の源。
スキルは至る所に空気のように存在する目に見えないマナと言う力を使っているが、魔法の場合は人の持つ魔力と言うものが使うための力となる。
故にマナを使う術がない、魔力を持たない人は、ただの凡人に過ぎない。
だから全ての人間が、
1.魔法が使える
2.スキルが使える
3.魔法もスキルも使えない
の3パターンの内いずれかに該当する事は確定事項である。
魔法がイレギュラー。変則的であると言うのは条件が整えば使える点においてである。
明らかになっている条件としては、
・スキルが使えるのなら使えない
・何であろうと魔力が力の素
・魔法系の職業になる以外にも、様々な手段で使用可能
「みんな理解したところで話を戻そう。ネクスは、まさしくその未だ知られていない条件を満たしていたから、魔法を使えたと考えられている。誰も知らない方法で誰も知らない力を扱えたからこそ、当時の彼は兵士1人分くらいに戦える王子にとどまらず、『勇者』と呼ばれるほどに至ったんだ。ここまでで質問は?」
一区切りがついて5人に問いかけると、疑問や文句などはなく、分かったから話を続けてと言っているような、興味深い目を無言で向けていた。
「ないね。じゃあ続けるよ──────────、当時最強だったネクスは王様、…ネクスの父親だね。魔族大陸に渡って、魔王を倒す使命を受けた」
「っ、話が急ですね」
王子でもあるネクスにが、実の親からそんな大仕事を任された事について、ハルキィアが違和感を口にした。
「いくら強くても、自分の子をそう易々と危険な旅に行かせるものですか?」
歌姫の考えに同調するようにアルトは答えた。
「そうだね。それも敵は魔族の王だ。どんな人格者かは知らないけど、ネクスも了承しなかったかもしれない」
すぐにただ、と付け足した。
「魔法なんて使えるのはネクスただ1人。しかも人間で誰も魔王の姿も強さも見たことがない。魔族の事しか知らない一般民衆も敵を次々に薙ぎ倒すネクスなら絶対に魔王を倒せる、そんな明確な理由無しの確信を洗脳されて我を忘れたように騒いでいたんだ。だから民、いや国に押されるようにネクスは敵の真ん前に出されたんだと思う…」
ネクスはまるで個人のみで勝利を掴むことのできるチェスのキングやクイーンでもあり、果敢にも危険を顧みず敵に切り込むナイトのような存在でもあった。
故に人と魔族、言い換えれば国同士の戦争におけるプレイヤーは勿論国であり、細かく見ればその国は最終的な判断を下す王と残り全ては民。そう考慮すればネクスと言うコマは、その強さに酔いしれた民衆と言うプレイヤーの指示には逆らえなかった。
一思いに言ってしまえば犠牲だったのでは、と。
それは様々な歴史書を見てきたアルトの考えだが、彫刻にまでされる程に有名かつ、今になっても王国で語り継がれるような偉大な人物。ネクスの最後と等しい話を既に知っているアルトだからこそ、過去の話でも人々の心から消えないのは、弔いの意を込めてなのではないかと考えている。
ネクスは国の為に命を捧げた、そう聞こえる言葉だと少女らは気づいていた。アルトのその先の展開を暗喩するような発言をしっかりと記憶した。
「その後ネクスは国を出た。魔族大陸へと向けての旅が始まったんだ」
幾多もの厳しい道を歩き、波に打たれながら海を渡って敵の城まで辿り着き、死闘を繰り広げ魔王を倒して、人間は平和になってめでたし。
なんて話にはならないことをみんな知っている。旅に出てからネクスは魔王を倒せなかった事は話を聞かずとも読めている。もしネクスの英雄譚がハッピーエンドで終わるなら、現代に魔族はいない。戦い専門の冒険者なんて存在せず、こうして6人がパーティーになって一緒にいなかったかもしれないのだから。
次にアルトが舌から放った言葉が、予想通りめでたしで終らない事を伝えた。
「それからネクスは行方不明になった」
「「「「「っ…‼︎」」」」」
話を真剣に聞いていたミルス。
痺れた足を伸ばしていたシーナ。
話の続きに耳を立てていたルナ。
足が痺れてもその痛みを我慢するラルファ。
ネクスの石像に目を向けていたハルキィア。
その誰もがピタッ、と停止してから、息を飲んだ。
結末がハッピーでないことではない。むしろそれは予測済み。彼女達が驚いたのは、ネクスは魔王に敗北しての戦死でも不運な病死をしたわけでもなく、行方不明になったという事である。
「いつ、どこで、どうして。国で吉報を待っていた全員がその疑問を誰にするわけでもなくその問を投げかけ続けた。我らの希望であった勇者はどこへ行ったのか、王さえも取り乱してすぐにネクスが通るはずだった道を探索させた。そして見つけたんだ。王国から遠く離れた荒野で、液体だったものが真っ黒に乾燥して、錆のようにこびり付いたネクスの剣を」
それが何を意味するのか。剣が発見された報告を聞いて、口にするものはいなかった。言わずとも想像し難い、したくない事であるのは共通だった。
「名誉ある勇者の消失。人々は悲しみ、遺体の代わりとした剣の前で盛大に追悼の涙を流した。希望を与えてくれた勇しき者に安らかな眠りを捧げる為に……」
言い終えると、アルトは度の入っていない眼鏡を外した。
「勇者の消失は王国史上最大のミステリーとされている。生きているのか死んでいるのかも分からない。生きているのなら何故いなくなったのか。死んだのなら誰にやられたのか。学者を集めて考えさせたけど、手掛かりが血の付いた剣だけじゃ、何もわからなかった」
夢中になって、体感した時間よりも長時間話を聞いていた少女達も、それぞれ楽な姿勢に足をずらす。
口に手を当て、ミルスが呟く。それを合図に、少女達は雑談を開始した。
「どうしてネクスさんは、いなくなってしまったんでしょう?」
「血の付いた剣が残っているところを見ると、やっぱりやられちゃったんじゃないかな?」
「でもそれだと遺体が残ってますよね?剣だけ落ちてる事を考えると、ラルファちゃんの考え以外の可能性が浮上してきます」
そんな討論をする少女達に、アルトは横から付け加える。
「あ、ちなみに勇者ネクスは1人で旅に出た訳じゃない。2人仲間を連れて行ったらしい。その2人も同じく行方不明で、ネクスの追悼と同時に歴史に名を刻んだ」
「仲間がいた……、だったら裏切りとか?」
「でも裏切りならわざわざ剣なんか残しますか?裏切ったなんて知られたらお尋ね者になるから、普通は証拠を残さないと思うけど…」
「じゃあ、あれだ。仲間の女の子と駆け落ちしたんじゃない?」
「それは無いな。仲間はどっちも男だ。国一番の怪力を誇るグィルガレウス、国一番の知将と称えられたゲルオレス。屈強な戦士だ」
「それは違うよ。駆け落ちに性別なんか関係無いよ。そんなガチムチ2人に挟まれた冒険なんて、勇者だって耐えきれなくて熱いレスリングの開始だお♪」
「なんでネクスがゲイって前提で話してんだよ‼︎」
「はっ‼︎まさか剣に付いた血って…、誰かの純血なんじゃ⁉︎」
「止めなさい‼︎ホモの方向に話を持っていくな‼︎」
シーナにスイッチが入ってしまったため、話は段々と今知った勇者の話題から逸れていってしまった。
「ま。とにかくみんなも、冒険者ならネクスの話くらいは知っておいた方がいい。あとこの城の書庫ならネクスの伝説について記された本があるから、興味あるなら読んでみればいいさ。中々面白いから」
「官能小説の方は…?」
「ねぇから‼︎諦めなさい‼︎」
何度言っても1度そっち方面に頭が働けば、切り替わるのが難しいシーナの頭にチョップを軽く乗せるように入れる。
「…なんか眠いな…。ちょっと俺は部屋で寝てくる」
旅の疲れがまだ取れていないのだろうか。それとも熱くなってネクスについて語ったからなのか。
アルトは休むために部屋へ向かおうと、体を反対に向けた。
「……ん?」
すると、コートの背中を掴まれる感触がしたため、振り向いた。
「マスター…。私達は大丈夫なんでしょうか…?」
今聞いた話でこれからの自分らの旅が少し不安に感じたミルスが、心配そうな視線を向けながらアルトの背中を強く掴んでいた。
彼女に限らず、それは全員同じだった。表情から、何かしらの不安を抱いているようだった。
「………っ。大丈夫だ」
少女らを一望してから、柔らかく微笑んだ。そしてハッキリと断言した。
「何も恐れるものなんか無い。ネクスがいなくなったと思われるところで怪物が発見された訳でも無いし、魔王に挑む者に災いが降りかかる地帯がある訳でも無い」
「で、ですが‼︎…私は、一緒じゃいられなくなるのが嫌なんです」
ミルスが何を怖がっているのかはアルトにはわかる。彼女が恐れているのは旅の途中でなんらかのトラブルにより行方不明になることでは無い。みんなバラバラになってしまう事が怖いのだ。
ネクスとその仲間2人がどうなってしまったのかは誰も知らない。知らないからこそ、様々な予想ができる。
少女達が思っているのは、みんな散り散りに息絶えるような結末を迎えたく無いという事だった。
伝説の勇者ですら避けられないものに直面したのなら。
死に襲われるなら災害でも餓死でもなんでもいい。行方不明になるのなら原因が何だろうと構わない。だがせめて…、せめて離れ離れにだけはなりたくなかったのだ。
アルトは察している。家族同様に幾多もの景色、町、そして夜空を眺めた時間を過ごした彼女らと、縁起が悪いが、もしもネクスのような末路を辿るのなら。どれだけ足掻いても抜け出せない終わりを迎えてしまうのならば、いつものように一緒でいたいという事を。
そんなのは起こる以前の問題だ。何故勇者のパーティーが消失したのかは不明なまま。そんな全員が同時に何も無い荒野で突然姿を消すなんてシチュエーション、起きるなんて想像できない。
だからさっき大丈夫だと断言したアルトだが、そんな考えすぎず前向きに言えた。だが逆に何も無いと確約できる根拠も無い。
勇者の消えた理由は未知であるのに、大丈夫なんて言うことは本来はできない。彼女らが求めているのは、いつどんな事でも優しく接するアルトの安心させる言葉では無く、本心を聞きたかったのだ。
強く投げかけられる5人分の視線を浴びながら、それら全てを踏まえて、アルトは告げた。
「じゃあそうならないように俺が守ればいい」
電気でも流れたように、5人の表情は不安から驚愕へと変わる。
予想外だった。それは求めている以上の言葉だったのだ。
「俺の魔法でみんな守る。それなら大丈夫だろ?」
「え、…あ、は…はい」
呆然としていたミルスが、よくわからないまま返事を返した。それを聞くと
「じゃ。寝てくる」
アルトは去っていく。誰もまた背中を掴んで止めようとはしなかった。
「……なんか…やっぱり変だよね?」
しばしの沈黙を経てからシーナが周りに聞く。するとそれに4人も頷く。
「何ていうか…その……プレイボーイ感があるよね?」
「昨日とまた別人みたいですね」
「で、でも逆に頼もしくてイイね」
「睡眠が変わらないのはアレですけどアルト君、少し大人になったように見えます」
4人は微笑ましく話す。
確かに今までとアルトは変わった。ここに来てから様々な事があり、主に彼の事を少女らは知る事ができた。
アルトには自信が生まれていた。昨晩、風呂場での全てを洗い流し、心が楽になったのが主な原因である。もう今までのように過去を悔やむ事を止め、前を向き始めたのだ。
アルトの前進を、少女達は心の中で喜んだ。
またそんな師の後ろ姿を眺めながら
「………マスター…………………、…素敵です…♡」
格好良さに酔うように、ミルスは誰にも聞こえないような声で呟いた。




