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支え

今回はひと休みの回です


後半に移る前の休憩です

ほのぼのさを重視した話で、特に大事な内容はございませんので、流し読み程度で大丈夫です

「いいか?人間にはどうしても譲れないモノがある」


 譲れないもの……、つまり大切なものだ。

 それは人様々であり、また物体では無いかもしれない。


 例えばお金にしか興味がない男がいる。そいつの大切なものはどう考えても金だ。

 あまり良い例ではないが、これも譲れないモノを持つ人間である。


 他の例をあげると、愛に生きる奴もいる。人に愛を与えるもしくはその受け身。恋をする奴なんかもそうだろう。


 愛はモノではない。しかしそれを譲れないものとする奴も世の中にはいるのだ。



「それを守るためなら、人間はなんだってやる。孤独になろうが、命を賭けようがそれを守り抜くために……」


 分かりやすく考えると、最初に挙げた例の金大好き男。こいつはケチで、親しい人物が一人もいない。それどころか、誰からも近づかれない。人が寄れば大事な金が盗まれるのではないかと、考えているからだ。

 もしこいつが全財産を金庫にしまいながら暮らしていたとする。ある日、その家で火事が起きた。家はもう火の海の中にあり、早く逃げなければならない。しかし金庫には大切な金がある。


 男は何とかしてそれを外に持ち出したい。自分がどうなろうが構わず、金の事しか考えられない。誰にも頼らず、自力で金庫ごと持ち出そうと、炎のなかでも無茶な事をするのだ。



 もうひとつの例について、簡潔に述べるならば。

 愛に生きる男は、ある日一人の女性に告白した。女性の返事は『私のためなら死ねますか?』。それは男の胸に響いた。

 すると男はその女の目の前で崖から飛び降りた。


 愛を貫くために、大切なもののために死んだのだ。



「だから、俺は守る。このこの指や手や腕が無くなろうともここを、守り抜いて見せる!!!!!!」


「なんでもいいので早く起きてくださいよ!!!!」



 朝っぱらから重いことを語る俺の横で、金髪のちょっぴり童顔な少女が悲痛な叫びをあげた。



「何が守り抜くですか!!今何時か分かりますか!?」

「時間なんて関係ない!!本当に大切なモノにならいくらでも費やす!!」

「いくらでもじゃありませんよ!!!!今、お昼前の11:30です!!」


 何故俺がひたすら体を揺すってくる弟子のミルスと言葉の激闘を繰り広げているのか。理由はひとつ。


 ベッドがあまりにも良すぎるからだ。


「嫌だ!!絶対にここからは動かない!!!!もうこのベッドと俺は一心同体なんだ!!」


 城に置いてあるこのベッド。最高級品なだけあり、最高の寝心地だった。


 何が素晴らしいのかと言うと。


 まず、モッフモフのマットレス。横になると、体重を加えただけで30センチは体が沈んだ。肌触りも良く、それでいて通気性も良かった。1度寝た者を2度と離れないようにさせる力でもあるのではないかと疑うくらいだ。


 次にフワッフワの布団。この軽さと手触りからするとやはり羽毛だろう。高級モノの大概は羽毛布団だ。1度寝てみてわかったが、保温性が半端ない。俺の体から出た熱を閉じ込め、被ってから数分でポッかポカの空間を作り出した。鎌倉のような暖かさ、こたつのような中毒性を秘めたこれはある意味では兵器に成り得ない。


 そして重要なのは、俺から言わせれば睡眠のお供である枕、これだ。これだけはいくら頬擦りをしたり、抱き締めたりしても何でできているのかはわからなかった。しかし、マシュマロのような低反発ですべすべした表面に頭を置くと、そんな疑問を吸い取るように、心地よさが俺を襲ってきた。この枕は、まるで全ての疲労や悩みを吸収してくれるような柔らかさの優れものなのだ。



 この間3つが揃ったこのベッドは最強だ。寝ている時の心地はまるで空に浮いているような気分だ。ちょうどよい温かさに重力を感じさせない軽さが揃ったこの高級ベッドに─────


「俺は惚れてしまったのだ」

「惚れてしまったのだ、じゃありません!!」


 とにかく俺はもうここから出られない。それに寝不足なのだ。説教や大事なお話があり、昨日寝たのはおよそ12時頃。俺はまだ11時間程しか寝てないのだ。寝すぎだとか言われるかもしれないが、このベッドなら俺はまだ眠れる。いっそ残りの人生このまま寝て過ごすのもありかも、────────────────────────────────────────────────


「Zzz…………」

「んもぅ!!また眠りにつかないでください!!」

「ん、はっ!?」


 おっといけない。あまりにも強大なベッドの力だ。攻防戦の最中に睡魔にやられるとは…。だがこれだけは譲れない。絶対死守だ。


「まだだ…。まだ起き上がらんよ────」

「もう知りません!!そのままずっと寝てれば良いんじゃないですか!?」


 布団を被り直した直後に、そんな怒った声が聞こえた。予想外の事態に俺も完全に目を覚まして首を布団から出すが、


バタンッ!!!!!!


 勢いよく扉が閉まる音が響いただけで、使わせてもらってる部屋の中には誰もいなかった。


「………………………………、」


 流石にやり過ぎたな。

 彼女を怒らせてしまったことで、後味が一気に悪くなる。


 まさか怒るなんて…、想像もしなかった。

 ベッドから出たくないのもあったが、実は困るミルスがもう少しみたかったのが3割程あるのだ。


 せっかく起こしてくれたと言うのに、ちょっと強情すぎたと、今になってからヤバイと後悔し始めた。


「………………………………」


 仕方ないからベッドから出よう。そしてすぐ謝りに行こう。善意で起こしてくれたのに、困り果てさせてしまったミルスに頭を下げよう。

 そう思って上体を起こし、布団から降りた。スリッパを履いて駆け足でドアの方へ向かうと、ドアノブを勢いよく引いて部屋を出ようとした。


「っ!!」


 しかし驚いて、前に踏み出そうとした足を後ろに戻した。


「おはようございます♪これで起きましたね」


 ドアを開けた先に、たった今怒って部屋を出ていったミルスが笑顔で立っていたのだ。


「あれ!?今、怒って…!?」

「マスターがお寝坊さんなのは変わらないって分かってますよ♪ですが一応他人の家、と言うか城に部屋を貸してもらっているので、どうやってでも起こそうと思ったんです」


 どうやら彼女の見事な演技に騙されてしまったようだ。俺が引っ掛かってくれた事が嬉しいのか、ミルスは口に手を当てて可愛らしく笑っていた。


「朝食…いえ、………もうお昼なんですけど、どうしますか?」

「……あ。え、っと……………」

「ちなみに私達は四時間程前に朝御飯をいただきました」


 彼女の笑顔をボーッと見ていたため、質問に対してしどろもどろな姿を見せてしまった。


「昼……になったら食べるよ」

「昼食だけで良いってことですね?」

「うん………」

「わかりました…。それではお給仕さんにそう伝えてきます」


 軽く頭を下げてから、彼女は廊下をスタスタと歩いて去っていった。

 俺はその後ろ姿を目で追いかけ、見えなくなった後もしばらくそっちを向いていた。



「……………………なんだったんだ…?」


 なんか通り雨が去っていたような気分だ。

 起こしに来たと思ったら怒って帰って。

 帰ったと思ったら帰らないでいて。

 柔らかく微笑んで挨拶したら帰っていってしまった。


 ミルスが起こしてくれるのは旅に出る前も出てからも変わらないが、今日に限ってはいつもより感情を表に出している気がしたし、なんか頼もしかった。

 何かあったのだろうか?やはり彼女の部屋にも快眠できる高級ベッドがあったのか?それとも物語に出てくるような城の中だから気持ちが高揚しているのか?

 理由も無いのに、あんなに目がキラキラしてる訳がない。


「よう色男!!!!」

「うぉぅっ!!??…………な、なんだローグか…」


 後ろから肩を叩かれたことでビックリして飛び上がってしまった。

 急いで背後を振り返ると、人を馬鹿にするようににやにやしている、肩に槍を担いだ男。兵士長ローグがいた。


「いや~。新鮮なおもしろい反応だ!!」

「なんだよ……。変な風に大声で人を呼んで…」

「変じゃねぇだろ。事実を名前にしてやったまでよ」

「色男って………、別に俺は好色じゃないぞ?」

「お前は仲間の娘たちに好かれてるって意味だよ。羨ましすぎて憎らしいぜ。可愛い女の子に毎日起こしてもらえるなんて…。おまけにあんな愛くるしい笑顔を朝から見れるんだ。世の中のモテない男がお前を目の敵にしそうだ」


 その言い方だと、自分を含めてるよな?


 これは口にはしないでおこう。


「……今日のはなんか特別だったよ。今までのミルスと何か違う気がした」

「周りにいっつも花携えてんだろ?目がくすんでんだよ」


 花…?


「女の子5人に男1人のパーティーなんて、お前くらいだ。美女ばっかで、許されたもんじゃねぇ」

「そういえば他のみんなは?」


 てっきり起こしに来るのはミルスだけじゃなくて、全員揃ってだと思った。また説教の続き始められたり、昨晩目に焼き写したモノについてあれこれネタにされるかと思った。



 昨日。俺のことを探し回ってくれていると予想されたシーナ、ルナ、ラルファ、そしてハルキィアの元へ行くために風呂場の扉をあけたら、彼女たちと何時間ぶりに裸の再会をした。その時タイミング悪く、ミルスの裸体に欲情した下半身をバッチリ見られた上に、両腕をロックされてからまた浴槽に引きずり戻された。

 タオルを体に巻いた彼女たちと正座で向かい合い、ヨダレを垂らしながら近寄ってくるシーナを手で抑え込みつつ、彼女らがすでに知っている何もかもを、改めて俺の口から話した。


 最初は俺の間違った行動を批難された。素直に頼らなかった事をそれぞれの口が叱ってきた。しかしその後すぐ、ミルスをあわせた5人の手が俺の手をそっと握りしめてくれた。誰も何も言わず、水の落ちる音だけが聞こえる風呂場。俺はしばらくの間、不思議な感覚と手に触れる温かさに酔いしれるように目を閉じていた。




 しかし大事な話が終わるとすぐに話は私の股間についてに変わってしまい、指が恐ろしいほどにふやけるまで風呂から上がることはできなかった。



「よく考えれば……。寝不足の原因それなんだよな…」

「ん?」

「いやなんでもない…」


 ベッドに入れたのは夜中12時。それなら平均睡眠時間が14hだった俺には、昼まで寝てても仕方ないのでは。また過労で倒れたら大変だし。


「お前の仲間なら聖堂じゃね?」

「聖堂?」


 ローグの言葉を聞いて、俺は耳を傾けた。


「この城に付属品みたいな感じでくっついてる、ミニ教会みたいなもんだ。国王や姫様の誕生日、亡くなられたクラウディア女王の命日、あとは祭事とか細かい行事。それらを執り行うための場所だよ」

「っ……。女王陛下へのお悔やみをする場所か…」


 それを聞いたら行く気が失せてしまった。


「安心しろって。大臣とかは何も言わねぇよ。姫の恩人で、国王に気に入られたお前に、あれについて文句言うわけ無いだろ」

「そうか………───ん?」


 今、かなり気になる言葉が聞こえてきたぞ?

 国王に気に入られた?俺がか?


「なんで俺が気に入られてるんだ?」

「なんでって、俺は本人じゃねぇから理由は知らねぇよ。でも、お前を丁重にもてなすようにって、誇らしそうに言ってたからな。少なくとも嫌われちゃいないさ」

「……………………」


 やはりあの人は俺が女王を護衛できなかった奴だと知らないのでは無いだろうか?

 でなければ、俺なんかのためにそこまでしてくれるか?

 どうも俺は不信になりすぎているようだが、やはりその言葉を疑わずにはいられなかった。



「まぁなんでもいいさ。もしも聖堂に入ってなんか言われたら俺を呼べ。そいつぶっとばしてやる」

「それは少々やり過ぎじゃないか?……まぁでも…。ありがとうな」


 ローグは本当にいいやつだ。

 王国の中だと、俺にとって一番の頼りに成り得る。


「お前と俺はもうダチよ。…………その代わりさ、」

「ん?」

「その…。あの………。あれだよ」


 なんだよ。何を言おうとしてるんだ。

 『その代わり』から始まる要求なんてロクでもない事しか予測されない。偏見かもしれないがそれが一般的なものだ。


「お前のところの…あの武道家の人、いるじゃん?」


 武道家?


「ルナのことか?」

「こ、今度その人に紹介してくれよ…」


 少し恥ずかしそうに小声でローグが手を合わせて頼む。

 ──ん?それってまさか………


「お前……。ルナに気があるのか?」

「わ、悪いか!?」


 あぁ、なるほど。ローグに春が来たようだ。


 どうやら彼はルナが好きらしい。……正確にはまだ好きと断定できるわけではないが、なにかしら好意を持っているようだ。


 ローグは彼女のどこに惚れたのだろうか?確かにルナは美人で包容力もあり、母性の豊かさで男受けはよいかもしれない。

 しかしローグが彼女を見たのは昨日だ。それに特に会話などの接触もしてないようだ。なのに気があるって事は見た目がタイプだったからか?それとも刺激的な装備の彼女の姿に目を惹かれたからか?


 まぁなにはともあれ。

 ルナはローグの事をどう想っているのかは知らないが、ローグには世話になっている。そこからどうなるかまでは責任をとれないが、紹介くらいならしてあげよう。


「OK。お前の事を伝えてやるよ」

「ま、マジか!?」

「だけど今度な。なるべくルナ個人だけに伝えた方がお前的に嬉しいだろ?」


 恋心と言うのは知られたくないものだろう。俺は経験したことがないが、個人の秘密。プライバシーがあってもおかしくない。

 過去にあの憎き仮面の悪魔に、痛い過去を暴露された屈辱と恥はどうやっても忘れられない。そんな苦い経験から、俺はガッツポーズからのバンザイをしている兵士長の秘密を守ろうと配慮した。


「サンキュー!!シューラで会ったときから思ったが、お前はやっぱいいやつだぜエルト!!」

「ハハ。お互い様だ。当然の礼さ。…………あ、」


 フレンドリーに笑いながらイヤイヤと手を横に振る。その時ちょっとした違和感を感じたため声に出した。


「ローグ…。俺はエルトじゃないんだ。本名はアルト オーエン。その呼び名はなんか変なんだ」


 シューラで初めて出会ったとき、俺は偽名を告げた。その理由は勿論、ローグが王国の兵士と聞いたからだ。王国の人間からは忌々しい存在としか思われないと思ったため、ついエルトと言った。


「そういやそうだったな。でも俺にとってお前はエルトだ。今さらエをア変えて呼ぶなんてめんどくせぇよ」

「だったらオーエンでいい。呼び方なんてどうでもいいけど、自分が呼ばれたって気がしない」


 するとローグは理解したように右手を伸ばしてきた。


「そっか。じゃあよろしくな。アルト オーエン。俺の名前はローグ ラインプライドだ」

「改めてよろしく、ローグ ラインプライド。アルト オーエンだ」


 互いに自己紹介しながら、俺はおそらく2年ぶりの握手をした。最後にしたのは、あの日イグニスと会ったとき。

 あの時はアイツの心を見抜けなくて、大変な事になったが、その過去を思い出しながらでもローグは自然と信用できた。



 そう……。俺は初めて、友達と言う存在を手に入れたのだ。








「ここか………」


 道が分からずとも走り続けて、数分。いかにも城とは別の雰囲気の建物を庭に見つけて、俺は窓を飛び降りた。そして聖堂の分厚そうな扉を前にし、ここが例の聖堂であると確信した。

 扉を開ける前に、窓から中を覗く。


 城の影にあるのにも関わらず、中は意外と明るかった。彩色の芸術的なステンドグラスを通過して入る光もまた綺麗だ。

 中にたくさん並べられている木製の黒いチャーチベンチ。脇にひっそりと置かれたパイプオルガン。そしてここから一番奥に建てられているのは高さが10メートルはありそうな、巨大な白い十字架だった。その下には室内で育っているのか分からないが、たくさんの白い花が植えられていた。咲いているわけではなく、蕾のような状態で地面を向いて垂れていた。花の品種には詳しくはないが、鈴蘭の花かもしくはその仲間だろう。そんな白い花が、十字架の周り1面にぎっしりと咲いていた。


「………あ、いた………」


 すると探していた他のみんなが視界に入った。

 さっき会ったばかりのミルスに、シーナ、ルナ、ラルファ、ハルキィアの全員が揃って聖堂の中にいた。5人ともベンチに座るわけでなく、その十字架の前に並んで立っていた。

 お祈りでもしているように見える。


 そうだったら邪魔をしてはいけない。音を立てないように、ゆっくり扉を押した。



「………………」


 足を1歩1歩慎重にこっそりと前に出しながら、中央の赤いカーペットの道を進んでいく。

 中に入って感じたが、不思議な気分になった。なにに対してかもわからないが、ここに足を踏み入れた瞬間体が軽くなるような感じがした。

 聖堂と言うだけあって、何かパワースポットのようなものなのだろうか?体から力が沸き上がるこの感覚は一体?


「……っ、と……っ!?」


 ぼんやりと考えながら、あちこち余所見していたせいで、ベンチにぶつかってしまい転びそうになった。


「……マスター?」


 音と声で気づかれてしまったようだ。少女5人とも、俺の方を向いていた。


「あ、や、やぁ…」


 結局入ってきたことがバレてしまったので、普通に歩いてみんなの方へ手を振る。



「アルトきゅんオッハー♪」

「おはようございます♪」

「おはよう、よく眠れた?」

「もう、お昼ですけどね。一応、おはようございますと言うことで」


 今日初めて会った四人は明るく手を振り替えしてくれた。

 全員装備じゃなくて私服だった。しかも気分転換かなんかなのか、武道家と歌姫は髪型に変化があった。

 ルナは長い髪をひとつに束ね、ポニーテール風にしていた。ハルキィアはいつものように髪をまとめておらず、集めた桃色の毛を先端の方で止め、首の前に持ってきていた。

 

 何となく理由を尋ねてみることにした。


「なんか、ルナとハルキィアイメチェンしたな」

「はい♪たまにはこう言うのも良いかと思いまして」

「どうかなアルト君?中々に良いと思うよね?」

「あぁ。二人ともそっちのヘアスタイルも似合ってるぞ」


 本当に気まぐれだったようだ。

 これも悪くないな、と思っているとミルスか


「それよりマスター?どうしてこちらに?」


 首を傾げて見上げるように聞いてきた。


「ん?いや、みんなどこにいるのかってローグに聞いたらここって聞いたからさ」


 そう答えると、5人の俺を見る表情は『?』と訝しげなものに変わる。


「わざわざ私たちに会いに来たんですか?」

「てっきり休んでるかと思ったんだけど……」


 どうやら彼女達は、俺が部屋で一日中休むつもりなのかと思ったらしい。

 たぶん精神的な方での休養をと、思ってくれたようだが、そもそも俺はもう傷ついていない。昨日ブロークンした心はもはや元通り以上に修復済み。自分で言うのもなんだが、立ち直りが早いのが俺の良い点だと思う。


「でも元気そうなら良かったよ」

「俺は前から元気だ。ただ動かないだけ」

「…………?」


 ほっとした顔で質問したラルファの顔が再び、合点のいかないようなものになる。


「もしかして寂しかった?だから僕たちを探してたんだね♡」

「そうだ。静かすぎて物寂しいかったからな…。みんなと会えて良かった」

「………………??」


 返答に、シーナもラルファと同様な反応をした。



 よく見れば二人だけじゃなく、みんな怪訝な顔で俺を眼差しを向けていた。



「……ん?なんだ?」

「マスターって、そんな感じでしたっけ?」

「へ?」


 ミルスのよくわからない質問に、素っ頓狂な声が出てしまった。

 他の四人はミルスの発言に頷いていた。


「なんかリアクションがおかしいよ?僕の質問、普段なら『そんなわけ無いだろ』って言うのが定番なのに…」

「私の質問も、今までなら『元気だ』なんて答えないよ」

「いつもなら肯定することを否定して、いつもなら否定するような事を肯定してますよね?」

「変なのはさっきもですよ?『似合ってるぞ』なんてカッコよく言うなんて……。失礼ですが、本物のアルトさんですか?」


 なんか人の言った言葉を何個も口にされると少し恥ずかしい。


 彼女らからすれば、今日の俺はおかしいらしい。別に何も意識してはいない。ただ、心の思ったことをそのまま口にしているだけだ。


「本物だ。正直に思ったことを言ってるだけだ」

「そう……ですか」

「まぁそれも新鮮でいいけどね」


 ミルス以外はすぐに頬を緩めた。彼女はまだ何か納得していないようだったが、何も言わなかった。

 話にしても面白いわけでは無いのだから、ここで終わらせよう。


「それよりみんなは何をしていたんだ?」


 そこで俺は気になっていた事を尋ねた。なんで全員揃ってこの聖堂を訪れたのか。おまけに手を合わせていた理由も気がかりだった。


「私達ですか?私達は黙祷を捧げていたんですよ」

「黙……祷?」

「この十字架、お墓に代わりなんだそうですよ」

「…………」


 黙祷に墓。俺は彼女たちが何をしていたのかわかったため後ろめたい気持ちになった。

 つまりこの十字架は、亡きクラウディア女王の墓標であるのだ。


 女王陛下の名前が脳裏に浮かぶと、俺は少し足を後方に引いた。反射のような、無意識でした動きだった。

 恐れていた。ここに眠っているのは例の事件で俺が守れなかった人物。つまりは俺のせいで死んだと解釈しても良い。


 女王の墓だと聞いた瞬間、光を浴びて明るく照らされて神聖感溢れるこのクロスが、急に暗く不気味なオーラを放っているように錯覚してしまった。

 このまま俺がここにいると、足元から黒く血に濡れた無数の手が延び、俺の足、腕、体を拘束して地獄に連れていかれる。そんな恐怖の想像が俺をこの場から遠ざけようと働いたのだ。


 俺はここにいてはならない。みんなにもここにいてもらいたくない。

 これは墓でもあり、俺の守れなかったものでもある。


 恥ずかしい、と言う意味とは違うが少し似ている。子供が失敗を隠そうとするように、俺も仲間と言う守りたい存在に、守れなかったものを見られたくないのだ。


 体が逃げ出そうと足を引きずり始める。


        「大丈夫です」


「っ!?」


 震える瞳で目の前の墓を見つめていると、暖かく柔らかなものに手をそっと握られた。怯えていたので、掴まれた時は驚いてビクッとしてしまった。そのため視線だけ移動させて、それが手と確認した。


 そのまま俺の手を取っている者の手を辿るように、目線を上にあげていく。


「ミルス…………」


 俺の手を優しく包み込んでいたのは、好いたらしい笑顔の金髪の少女だった。


「怖くないです。私達がここにいますから」

「っ………、!!」


 その言葉を聞き入れると、また別の感触が加わった。

 3つ、いや4つ新たに俺の手を引くものがあった。


「そうだよ。アルトきゅんは僕らが守るよ」

「第1に、悪いのはアルトさんではなく、もう亡くなったイグニスですから」

「オーエン君の事を悪く言う奴は、私が許さないから!!」

「私たちはどこでも一緒です。アルト君がまた国の外へ出るのなら、当然ついていきますよ♪」


 俺の両手は彼女らに引っ張られていた。とても強く、絶対に離そうとしない意思が伝わってくるのに、柔軟で心を安らがせてくれる。

 不安になりかけた俺にはその感覚がとても頼もしかった。



「…………そうだな。……ありがとう、みんな」


 少しばかり気恥ずかしさもあり、眩しいモノを見るように目を細めて笑った。



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