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アルト オーエンと言う人間

「俺はさ………。認められたかったんだ………」


 蝋燭の消えた風呂場で、俺は隣で肩をピタッとつけているミルスに言った。

 蝋燭の灯りはとっくに消えてしまい、光源となるものは窓から入り込む微弱な光。つい先程までは雨が斜めに降るくらいに荒れていた天気だったが、今はそれが嘘のように雲の合間から、ふっくらとしていて金色の光を放つ満月。星などはあまり見えず、月だけが今は唯一の灯りだった。

 そんな神秘的な光をキラキラと跳ね返す乳濁色のお湯に浸かりながら、少し赤く充血している目を濡らしたタオルで拭っている。

 泣いたのは久しぶりだ。しかもこんなに長い時間なのは初めて。溜め込んで大きく実った作物から水分を絞り出したような気分だ。代わりにとても楽になった。


「誰でもいいから見てほしかった………。子供っぽいけど、褒めてほしかった……」


 泣いて胸が軽くなった俺は、ミルスに語りかけていた。彼女の反応はないが、黙って聞いて頷いてくれていた。


「一番になりたかった訳じゃない…。俺と言う存在が認められるまで………、基本的に誰かを頼りたくないって思ってたんだと思う…」


 苦い過去をひとつずつ思い出す。だか今となってはそれは苦痛ではない。もう願いは叶ったから。


「理由は色々ある……。親がいなくて一人だったからだとか…、頼らない事が格好いいって思ってたりとか…。それは前々から気づかされてきたのに、俺は殻に閉じ籠ったまま、外に出ることができなかった」


 教えられてもうまくできなかった。どうすればよいのかわかっていても、それに踏み出すことができなかった。

 どちらかと言うと今後悔しているのは、勇気の無さに関してだ。臆病だった自分が情けなくて恥ずかしい。


「……俺は……もう閉じ籠らなくていいのか…?」


 一方的に語る事を止めて、ミルスに尋ねた。


 すると彼女は俺の肩に首を倒して


「必要ありません」


 体をぐっと近づけて腕に絡み付いてきた。


「優しさ……。自分じゃなくて誰かの為に働けるアルトさんは素敵な人です。……ですが、働きすぎです…。誰かのためなら自分がどうなってもいいなんて考え方は、ダメです…。同じくらいにアルトさんの事を想っている人がいるんですから…」


 アイスのように冷たかった彼女の体はもう暖かかった。それとまた別に、彼女は暖かい。

 もしかすると彼女に限ったことではないのかもしれない。仲間はいつだって俺を温めてくれる。なぜなら彼女らも、俺の事を大切に思ってくれているからだ。

 俺はそれに気づいていなかった。


「それに……………………」

「……?」


 何かを言いかけている彼女を見た。恥ずかしそうに視線を剃らしながら、それでも上目で俺の顔を見ようと頑張っていた。


「アルトさんが強いのは、もう知ってますから♪」


 その照れくさそうな笑顔をまた途端に、俺の胸が、まるで静電気に触れた時のようにビクン、と振るえた。

 彼女の言葉についてでもそうだが、何より可愛かった。弟子の笑顔は何度でも見てきた。

 しかし今この瞬間のは特別だった。


 何か違う。今まで見たときと比べると、俺の彼女に対する何かが変わっていた。

 いつからだろうか。王国に着いたとき?その前にパンツを見たとき?

 ……いや、もう少し前だ。そうだあれは……………、エリクで彼女を叱った時だ。


 変なことで悩む彼女を叱ったんだ。今となってはその内容が俺にも返ってきそうな点ではあるが、それはどうでもいい。

 おそらくその時から俺は今までと違う目で彼女を見ている。


 理由は明解だ。だがわからない。俺がどうしたいのかが全く見えてこない。

 このままでいたいのだろうか…。

 それとも踏み出したいのだろうか…。


 エリクで俺は足を前に出そうとした。しかし他のみんなの乱入で、踏みだしかけていた足を引っ込めた。

 タイミングが悪いとも言えるかもしれないが、後々からすればむしろグッドタイミングであったと思う。

 俺はあのときまだ進むべきではなかった。今はまだその時ではないのだ。


 なぜなら俺らの目的は打倒魔王、と言う名目での平和的終戦。何年間も冷戦状態にある人間側と魔族側。その魔族側を束ねる王と和解するのだから、決して簡単なことではない。もしかすれば敵意をずっと露にして、やむを得ず戦うことになるかもしれない。

 そんな大きな事を成し遂げようとしているところに、俺の私情で他の誰かを動揺させてはならない。


 そう考えると今もまだ堪えるべきなのだろう。

 魔王を倒すまでに、俺の無関係な私事を挟むわけにはいかない。

 

 この想いは、まだ隠し秘めているだけでいいだろう。


「ところで、マスターはどうしてここにいるんですか?」

「えっ!?…………あ、あぁ……そうだね…話してなかった…」


 頭の中で色々考えている最中に尋ねられたため、少し驚いた。

 もう考えるのを止め、彼女との話に集中することにした。


「簡単に言えば王様に良いことして、お礼として城の部屋を貸してもらった」

「…………?でも、変じゃないですか?マスターは国の中にいるのが嫌だったのに、どうして特に嫌な城の中に?」

「っ……!!そ、それは……………」


 話が矛盾しかけている事を、今になって気づいてしまった。俺は忌み嫌われている存在だから国から出ようとした。なのに王様助けのお礼で泊まらせてもらえるからと言って、そんな向かう方向が180°変わるわけが無いことを、ミルスは悟っていた。


 まずい…。理由を言ったら怒られる気がする…。こんな心配かけたのに、まさかそんなことで城に入ってきたなんて口が裂けても………


「……なんか…怪しいですね…」


 ミルスさんは鋭かった。と言うより俺が隠し事するの苦手なだけか。

 どうしましょう……、と考えても遅い。

 ミルスがどれくらい俺を心配していたのかは、さっきの彼女の冷えた体からわかる。おそらく雨が降ってる中俺の事を探し回っていたのだろう。それなのに俺はその間風呂で温まっていたのだから気がとがめる。


「あ…えっと………」


 言葉を濁していると、彼女の俺を見る目が厳しくなっていく。


「アルトさん……。教えてください♪」


 と怒った顔になるかと思ったら、彼女は笑顔だった。だがその心ではおそらく怒る準備をしているだろう。

 最近、ようやくミルスという人間の事が分かってきた。

 いつもなら

『あれ?ミルスってこんな感情を表に出すっけ…?』


 とかなんか考えるだろう。しかし今はそれが当たり前。彼女が他人想いなのと、怒ると怖いことも分かってきた。


 その進歩とも呼べるような、人を解せるようになった変化の理由はおそらく俺にある。昔と比べると俺は、自分をさらけ出して人と話せる事ができるようになった。


 今までなら他人に対して『僕』なんて、一人称を使うことが多かった。だが今は自分を俺と言っている。

 アルト オーエンという人間の一人称は昔から『俺』だ。

 『僕』と使うのは相手が初対面の時、もしくは好印象を持たれたいとき。たまに素で出る時もあるが、大体はそうやって使い分ける、せこい人間だ。


 しかし今は彼女の前で俺と言っている。ミルスはもうとっくの昔から初対面なんかじゃなかった。好印象を持たれたくなくない訳ではないが、本当の自分を知られたいと思っている。

 それを踏まえて、俺は自分を表に出せた。

 もしかするとこれも進歩なのかもしれない。



───────て言うか今それはどうでも良い。



 結果、彼女は怒りかけている事がわかるようになっただけで、その沸き始めた怒りを何とかせねば。


 意を決して、正直にはなそう。


「王様に高級ベッドのある部屋と言われたので来ちゃいました」

「『ウォーター』!!」


 正直に言ってしまったら顔面に水をかけられました。まぁ俺が悪いのだが。

 手をこっちに向けられて至近距離で使われた。ちなみに右手を伸ばした彼女の胸が、少し……いや完全に見えてしまったことは黙っておこう。


「なんでいつもそうなんですか!?ベッド目当てで嫌なこと無視するなんてスゴいと思いますけど……、でも!!人の気持ちも考えてください!!」


 目元だけごしごし擦って水を払う。そして開眼すると、彼女は今だこっちに手を向けていた。

 このままだと『ホーリーショック』の1発くらいは飛んできそうなので、土下座なりなんなりをして謝るしかない。


──────────下手すれば、ついと言う感じで『ヘブンズレイ』の直撃………


「ごめんなさいぃ!!ミルスが俺を探してた事はわかった!!あんなに冷たくなってまで雨の中にいさせた事は、詫び続ける!!でも待ってくれ!?高級ベッドだぞ!?買おうと思えば買えるだろうけど、城のベッドでなんて滅多に眠れるもんじゃないぞ!?」


 しかし100%謝罪を言うつもりだったが、つい本心まで現れてしまった。

 そのため会話は何故かヒートアップする。


「知りませんよ!!マスターは眠る時間が長ければ何処だって眠れるじゃないですか!!何が高級ですか!!」

「し、寝具をバカにするなよ!?石の上で寝るのと、ふかふかのベッドだとかなり違うからな!!蟻とオオクワガタくらいの差があるからな!!」 

「例えがわかりませんよ!!そんなに良い寝具が欲しいなら言ってください!!前みたいに私が抱き枕に───────」

「え?自分から志願!?」

「ち、違います!!今のはその…口が滑ったんです!!」

「口が滑っても…思ってたってことか…。ミルスはいつからそんな娘に………」

「話はぐらかさないでください!!!!」


 再度水をかけられた。

 次は、お湯が飛んできそうに思えるくらい、彼女の顔は真っ赤だった。


 だが───、自然で良かった。

 真の自分を出しても、ここまで自然になれたのだ。

 叱られて水をかけられているのに、俺はこの時が好きになりそうだった。



「第1に、アルトさんはもっと人の気持ち考えてください!!優しくできるだけで、相手の思ってることまではわかってないじゃないですか!!」

「え、えぇ!?なんでそんな話に!?」

「そんな話になって当たり前じゃないですか!!私達がお風呂に浸かってる今だって、他のみんなが、─────────────しまった!?まだ皆さんアルトさんを探してるっ!!」

「ちょっ!?」


 大事なことを思い出したように、彼女は立ち上がった。ザバッと立ち上がった。

 肌色の世界が俺の目の前に現れたので、急いで目を覆う。風呂場の灯りが消えててよく見えないと思われるものだが、彼女の肌を流れる風呂の水。それが窓から差し込む月の光を反射することで、艶かしく光を放つ彼女の胸や太股が、灯りがあるより刺激的だった。


「、きゃっ!?」


 それに気づいた彼女も慌てて手で体を隠す。

 他のみんなが俺を探しているのなら、早く伝えなければ。しかし二人とも隠すもの無しで同時にあがるのはちょっと……。うまく順序を立てて風呂から出なければ。


「慌てるな!!早くみんなを呼びたいのはわかるけど、お、落ち着くんだ!!ま、まずミルスが先に出ろ!!そのあと俺が──」

「だ、だめです…!!そう言って後ろから見るつもりですか!?」


 彼女にしては珍しく、俺を疑った。

 心外とは思わなかったが、俺は両手と目をぴったりと貼り付けたまま否定する。


「大丈夫だ!!見ないから!!て言うか、もう見たから!!」


 一言多かったと後悔するのは数秒後。


「…………っ、余計信用できません!!」


 お湯にザバンッ、と浸かる音が聞こえてからだった。

 喋る速度がアップして、安定した音で無いことから、おそらく茹で上がったタコのようになってるミルスの姿が安易に想像できた。


「じゃあ逆に聞くけど!!ミルスが俺の裸を見ると!?今立ったら結構ヤバイんだけど!?エレファントがユニコーンの角みたいになってるから!!」

「エレファントが……ユニコーン………?…………っ!!」


 言葉の意味を考えたらしい。そして伝わったらしい。


「な、なんとかしてくださいっ!!!!」


 声を裂いて、これまた無茶な事を申された。


「はっきり言うと、無理!!!!これが生物だから!!男だから!!女子なら恥部を手で隠せるけど、男はこうなったら両手でも無理なんです!!」

「じゃあどうするんですか!?」

「……もういいや!!俺が先にあがるから!!だから目隠ししてください!!服着たらノックして、脱衣室出ていくから!!」

「わ、わかりました…!!」


 俺が先に出ることで話が決まった。

 さっきも見られた。それを考慮に入れると、別に見られてもいいのでは?恥ずかしくないわけではないが、別に見られた回数がどうこうと言うわけでは無い。もう見られたのなら隠す必要などない。


 彼女からすれば見たくないものかもしれないが、それならさっさと出ていってしまえば良い。


 と言うことで彼女にこれからの事を告げた瞬間、俺は顔を隠したまま立ち上がった。

 頭隠せど、下を隠すものなど無い。雄としての機能全開の下半身が露になる。だが恥じる事はない。彼女は見ていないはずだし、さっき考え通り、もう見られたところでなんとも思わない。


「よしっ…!!」


 問題ないことを確信して、手を顔から離して目を限界まで開けた。


「……………………………………………………」

「……………………………………………………」


 少女がいた。まだ15才の初々しい顔見知りである。

 真ん丸に開いた目は、目の前のモノを注目していた。鼻先すれすれに存在するそれを、爆弾でも発見したみたいな表情で見ていた。


 はい、俺の堪に拍手。いつから彼女が目を覆っていると錯覚していたのだろうか。彼女に目を隠せと指示してから俺が立ち上がるまで、一秒にも満たない。

 なのにすぐそこにいる彼女の前で立てば………。



 数秒前の自信満々で『よしっ』なんて言いながら仁王立ちした俺を殴りたい。


「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?ごめん!!!!」


 驚いて放たれた『ホーリーショック』を既の事で避けると、俺はそのまま暗い浴室をダッシュする。

 仮にあれ直撃してたら、別の意味で死んでいただろう。


「よし…!!失敗だったが、風呂場から出れるから結果オーライ!!」


 さっさと体を拭いて服を着て、あとはみんなを探す。

 滑る床を気にせず全速力で引き戸を目指す。


 それから謝ろう。

 厚意を裏切った事を詫びねば。


 シーナ、ルナ、ラルファ、ハルキィアに──!!


ガラララ………


「ミルミルはここか、っ───────!?」

「私達もお湯を貰いに、───────」

「ごめんね。見つからなかっ────」

「ですが、休んだらもう一度行って──────、」


 よく知っている例の四人の仲間が、開いた引き戸の向こうから何も着ていない姿で現れた。


「…………じゅるり、」

「…………まぁ…、」

「…………すごい…、」

「…………大きくなるとあんなに…、」


 目を光らせ舌嘗めずりする危険な白髪の変態。

 小さな子供のでも見るかのように、微笑む母性豊かな武道家。

 顔を赤らめながら初めてみるものに驚く、鍛えられた体の金髪。

 まるで記憶の中の何かと比較している興味津々な歌姫。


 俺ではなく、正確には俺の下腹部を注視している四人に捕まり、恥というものを思い出した。



「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎‼︎」



 着衣も許されず、色々とこってりお説教されたことは一生忘れない。





───────────────────────


「あら…。雨が止んでるわ」


 空が晴れたことに気がついた悪魔。ストラータは窓の外を眺めながら呟いた。

 窓際の椅子に腰掛けながら、蝋燭の炎を頼りに今まで読み物をしていたのだ。ちょうど一息をついた時、どしゃ降りだった雨が過ぎ去った事に気がついた。


「今日は満月なのね…」


 蝋燭の火を消すと椅子から腰を持ち上げ、雲間から姿を見せる夜空の月を見上げた。

 夜と言う名の闇に包まれた暗黒世界を照らす月灯り、雨の後に吹く爽やかな風を肌で感じていた。


「いい風…………。素敵な夜だわ」


 ロマンチストなストラータにとって、今晩は風情のあるモノだった。

 明るく静かな夜が好きなのだ。


 やはり真ん丸い満月が主役だ。欠けて不完全なところがなく、太陽と比べると弱めで控えめな色の光を放つ。最も明るい光源である。

 夜はもともと静かだ。しかし聞こえるのは風の音のみで、他に音を立てるものがない。自然の音しかしないと言うのが、生物が休んでいる時間帯の静けさを引き立たせていた。つまり逆に命を感じさせない時間帯でもあった。

 これが昼間ならたくさんの人が目の前を行き来する。働く大人や遊ぶ子供まで様々な人間の雑音…、と言うのも少し違うが、それがない今だからこそ、ストラータは考えることを何もかも止め、無心になれるのだ。


 だからストラータは目を閉じ、気持ち良さそうに風を浴びる。


「……、誰かしら?」


 部屋の扉の向こうに感じた気配に、興ざめしたように目を開いて声を張る。


「…………すまない。邪魔をしたな」


 すると木製のドアが開き、申し訳なさそうな顔をした仮面を着けた悪魔が現れた。


「ジョーカー…。どうしたの?眠れないのかしら?」


 ストラータが不思議そうに問いかけるとジョーカーは、1歩部屋に踏みいった。


「そういうわけではない。そもそも我らに睡眠は不要だろう」

「それもそうね。でも習慣だとそうは簡単に直らないでしょう」

「どうでもよいことだ。眠りたければ眠る。眠りたくなければ眠らない。それだけのこと…。それより報告だ」


 仮面の隙間の目がストラータを真剣に見据える。

 ストラータも真面目な顔つきになる。


「貴様が雇った三人の冒険者。見事に目的を阻止された。つまり作戦は失敗だ」


 それは昨晩の事だ。ストラータは3人の男に頼み事をした。


 その内容は、王国のお姫様を誘拐すること。


 当然そんなことは悪人でもする勇気がない。だからストラータは大金を男らの目の前に出した。震える手で本物かどうか確認した後の男らに、前金として5%を渡すと、金に目が眩んだ男らは危険な賭けであること忘れ、何者なのかさえ知らないストラータの依頼に首を縦に振った。


 しかし、その依頼が失敗したことを耳に入れた依頼主の悪魔は、全く興味無さそうだった。

 代わりに、ジョーカーに尋ねるように首を傾げた。


「人攫いだけなのに失敗したの…?一応弱くない奴らを選んだつもりよ。……まだ報告することがあるんじゃないかしら?」


 艶のある唇を振るわせながら、無表情の仮面の悪魔に問いかけた。


「…………ふ、やはり…か」


 そのストラータの様子を見て、ジョーカーは詠みが当たったと笑う。


「貴様のその反応をみて分かった。貴様、もとから期待していなかったな?」

「……ふふ。何のことかしら?」


 ジョーカーの言った通りだったのか、ストラータは愉快そうに、わざとらしく知らんぷりをする。


「貴様は人間の姫を冒険者に連れてこさせるつもり、と思わせたかったのだろう。しかしそれは妙なのだ。理由は様々だが、まずまわりくどい。我らが直接行動した方が早いのにも関わらず、あえて冒険者にやらせた」

「別に思わせたかった訳じゃないわよ」

「だろうな、貴様が欲しているのは楽しみだからな。そう、貴様が冒険者を雇った理由は、楽しみのためだ。あの男と戦わせるつもりだったのだろう?」

「クス…、正解よジョーカー。あなたの読心には叶わないわ」


 すべてを見透かされたストラータは、お手上げと言うポーズをして椅子に座る。


「あの冒険者達がフィリシス・スノーフレーク・バルトランデの誘拐に成功したならそれはそれでいいわ。でもそれじゃあつまらないでしょ?だから私があの3人に依頼したのは『あのボウヤと戦わせたかった』と言うのが本当の目的よ」


 ストラータはテーブルに肘をつけると、頬杖をつきながらまた窓の外を、今度は楽しそうに眺め始める。


「だからラビエールを使ったのか。あいつならば、あの男にも気づかれずに監視ができるからな」

「すごく怒ってたでしょ?」

「あれは自業自得だ。馬に姿を変え、スピードを出しすぎたあまりにぶつかったなどと、ラビエールのミスだ」

「え?あの子、逃走用の馬になったの?」

「気絶して、貴様の望んだような監視はしてはいないがな」

「そう……。私のジーンズ洗濯したバツだったんだけど…また別の仕事させるしか無いわね」


 その知らせについては、ガッカリしたのか溜め息をついた。

 しかしジョーカーはまた真剣な表情に戻す。


「……本題に戻そう。次はどうするつもりだ?」

「あら?意外ね。てっきり、早くお姫様を連れ去りに行こう、って急かすものかと思ったわ」

「別に急ぐ程のものではない。いざとなれば、城に侵入して血を奪い、すぐに終わらせることも可能だ。だが、貴様の踏む手順が面倒なのがどうも怪しくてな」


 その時、ストラータは顔色を変えた。何か深刻なことを考え込むように月とにらめっこをしていた。


「……………………もうすぐ来るのよジョーカー」

「ぬ?」


 ストラータの発言がよくわからなかったジョーカーは、顔をしかめた。


「…………ごめんなさい、独り言よ」

「………………」


 何か言いかけて打ち止めた。そのことに怪奇の悪魔は気づいていた。しかし、あえて切り込まなかった。彼女の表情には聞かないで欲しいと言う色が滲み出ていた。

 

「次は待機よ。時が来るまで待っていなさい」

「……了解した…」


 ストラータの心情を察して頷くと、ジョーカーはそのままいなくなった。


 部屋にはふたたび夜の静寂が訪れる。

 ストラータは無言のまま闇に浮かぶ月を見上げる。


「………全て…終わってくれれば良いのだけれどね」


 優しい夜風が再び最強の悪魔の髪を揺らした。

ここまでで、王国編の前半が1段落ついた気分でいます

前半と言えども、これから続く後半となる部分の話の方が長くなると予想されるのですが………

今までのは後半につなげるための話だったと思ってもらえれば良いかと


さて、では後編について少しばかり予告させていただきますと、


とうとうストラータも含めた5匹の悪魔が動き出します

それに加えプロローグに登場したあいつらなども行動を開始します


奴らの目的とはいったい?

また、厄介な奴らが次々と現れていく最中、アルトとその仲間達は?


と言う疑問系の部分を主題にするつもりです




この作品を書き始めてから、思えばもう少し1年以上経過してますね

まだまだ未熟な者で、話中に腑に落ちない点が多々見られる事がありますでしょうが、読者の方々はどうかこれからも宜しくお願い致します

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