ファイトカウ
大臣の心を動かしたことで、ミルス達はエフュリシリカの北側にずっしりと聳え立つ城へ案内された。一般人なら普通入れないのが常識だが、少女達は入城を許可され、少し広めの部屋に通された。
長いテーブルとその周りに椅子がいくつか設置されているだけの、特に何もない部屋だ。
大臣が一番端の席に座ると、来客としての少女達5人とローグは適当に腰を下ろした。
それから数分間、大臣は例の事件について話した。
2年前に何があったのか。何故この場にいない件の魔法使いを嫌っているのか。教えてくれと懇願したミルスらに、全て話した。
5人はずっと黙って聞いていた。少しも動かず、髭を揺らして話す大臣の口から語られる全てを、呼吸を粗くして耳にいれていた。
そして大臣が話終える。
真っ先に意見を立てたのはシーナだった。
「そんなの………!!アルトきゅんは全く悪くないじゃないか!!!!」
アルトを事件の被害者として見ず、全ての責任を押し付けている王国側の態度に腹を立てていた。それはあくまでシーナが口にしただけであって、他四人も同じことを思っていた。
何故犯人に剣で腹を刺され瀕死になった不幸な人物の一人であるのに、死なずに生きている事をひどく言われなければならないのか。
「悪くないだと…!?ワシらも亡くなられた女王様も、あの男を信用して命を預けていたのだぞ!?なのにギルドから聞けば、当時は初級しかも役に立たない防御魔法しか使えなかったそうじゃないかね!!金を取る詐欺師よりも悪どいじゃないか!!」
「それはどう考えてもギルドが悪いじゃないですか!!レベルだけでアルトさんの価値を決めてます!!そらに初級魔法しか使えないのを知っているのに、護衛なんて重大な役にするなんておかしいです!!」
机を叩きながらルナが立ち上がる。武道家の彼女が叩いた机に、わずかなヒビが入る。
感情的になった大臣は、少年を咎める事の正当さを主張する姿勢だった。
「だったらあの男も断れたはずだ!!!!なのにそれを断らず、護衛の役を受けたではないか!!」
「きっと誰かに認められたかったんだと思うよ!!オーエン君、ずっと寂しい想いをしてたんだもん。もし私がオーエン君の立場なら、ギルドから直々にクエストが発注されたら受けるもん!!成功すれば人に注目されるから!!」
今度はラルファが大臣の意見を反対する。アルト オーエンの孤独な過去を知っているからこそ、本人の気持ちを考えて反論した。
大臣はそれでも納得がいかない。
「仮にそうだとして、クラウディア様を殺した男との共犯の可能性は拭いきれぬぞ!!!!イグニスと言う男は今もなお逃亡中だそうだが、あの男が裏で絡んでいる可能性も──────、
「それは無いですよ。だってイグニスはすでに、この、ミルスちゃんが倒しましたから!!」
「なんじゃと!?」
アルトが共犯、と考える大臣の言葉を完全に否定できる要素を、ハルキィアは提示した。隣に座るミルスの肩を叩いて、大臣に誇らしく少女を見せつける。
「正しくは私の召喚獣ですが………。炎で、体もろとも灰になって、イグニスは死にました」
しかしミルスの言葉を聞いても、大臣は主張を続ける。
「そ、その証拠はどこにある!?」
「え……?し、証拠はありませんけど………」
ハルキィアの言葉が、アルトの共犯社説を完全否定するようになるには条件があった。それが、イグニスは本当に死んだのかと言う証拠。
イグニスか燃えて消えるその様子を見たのはミルスとディアスだけ。その戦いのキズを癒すために休養に入ったディアスはミルスの鞄でずっと眠っているが、仮に起きたとしても大臣は承知しないだろう。
確証を得られる物がなければ、ハルキィアの言葉が口裏合わせたでっち上げ情報とも充分に考えられるのだ。
そんなもの当然ないため、少女達の顔色は暗くなる。
「それでは信用できん!!証拠がなければ、貴様らの発言は───────、
「大臣」
その時、今までずっと目を閉じていたローグが口を開いた。
「その発言はお前の方がサイテーに見えるぜ。推理小説とかで、『犯人はお前だ』って言われて、動揺しながら誤魔化す犯人と同じだ」
ローグは少女らの味方だった。流石に聞くに耐えないと思ったのだろう。どうあっても引こうとしない大臣を注意した。
「まさかローグ!?お前は信じるのか!?」
「信じるのに物品なんていらねぇよ。女好きの俺には、この子達が本当を言っているかどうか、目を見れば全部わかっちゃうのさ」
「ローグさん…!!」
「ぐぅぅぅ………!!」
いつの間にやらアルトを攻めるのが正しいか正しくないかの口論に発展し、いつのまにか大臣が圧倒的に不利な状況になっていた。
ドオォォォォォンッ!!!!
「きゃ!?な、なんですか!?」
「爆発音!?」
「城の近くからだぜ!!」
突然、爆音が響いて城を揺らした。地震かと驚いて全員立ち上がる。
「ロ、ローグ兵長!!」
ドアをノックも無しで開けたのは若い兵士だった。急いで走ってきたのか、息を荒くしながら兵士長の名を叫ぶ。
「どうした!?」
「城内に侵入者です!!王様専用牛舎のドアや城の門を爆破して!!」
王様専用牛舎ってなんだ、とシーナが呟く。
「数は!?」
「3名!!スキルを使っていたので冒険者かと思われます!!」
厄介な相手だ、とローグは憎らしげに舌打ちする。ただの国に対する反逆の心があるものや、魔物の侵入だったら城の新人兵士でも楽に始末できる。しかし冒険者となるとそうはいかない。スキルを使えると言う違いだけで、ローグ程のようなやり手の兵でなければ対応できない。
しかもそれが3体だ。今城内は、マクの領主の迎えなどで強い兵が少ない。というかローグしかいない。
「ざっけんなよ…。俺が非番の日に次から次へと!!!!まぁいい、俺が行くよこんちきしょう!!お前らは国王と姫様の安全確保を優先しろ!!」
「はい!!」
「あと賊の場所は!?」
「賊は門から堂々と侵入し─────────」
「っ!!危ない!!!!」
「魔法です!!!!」
若い兵士が言いかけた時。魔法の気配を感じたミルスとハルキィアがさけぶ。が、
「ぐわぁ!!!!」
炎の塊が後ろから兵士を襲い、鎧に包まれた体を投げ飛ばした。
「っ!!おい返事しろ!!おい!!」
倒れる部下を心配してローグが耳元で声をかける。直撃を喰らって背中を焼かれた兵士は気絶しているだけだった。
「……よかったぜ……。……っ!!」
安心する暇もなく、ローグは部屋を飛び出る。
ミルス達もそれに続いて、襲ってきた者を確認する。
「へっへっへ。来なさった来なさった。兵士長様だぜ!!」
「悪いが、あんたはしばらく俺らと相手してもらうぜ」
そこにいたのは二人の男。
一人は盗賊風の細身で小柄な男。
もう一人は前髪で片目を隠している、ナルシストみたいなキザな男だった。
おそらく今の火炎弾を撃ったのはナルシストみたいな男。手から煙が登っていた。
「っ!!あの人たちは!!」
少女らにもローグにも見覚えがあった。さっき城下町で、アルトに酒をかけたり殴ったりした大男の仲間だった。
「てめぇらさっきの奴等か、んでこれは何の真似だ?」
低いトーンでローグが尋ねる。部下をやられたことで、普段なら平和的かつ自由人なローグが怒っていた。
「知る必要はねぇ!!俺らが時間を稼げれば、それだけでいい!!だから兵士長ローグ!!俺らと遊ぼうぜぇっ!!」
盗賊風の男がナイフを片手に手ぶらなローグへと向かっていく。
ローグは落ち着いた様子で構えた。
兵士長であるからには、武器が無いときでも敵に向かえるように体術も必須だった。故にローグは、相手が凶器を手にしていても、それを押さえ付ける術を持っている。
「はっ!!武器ありでてめぇに真っ向から行っても勝てねぇことくらいわかってら!!おい!!」
「『ファイアボール』!!」
盗賊風の男の合図とともに、前髪キザが手から魔法をローグに向けて放つ。
「ちっ…」
2対1な上に、武器もなく、魔法に対向する手段の無いローグは舌打ちをする。不利な状態で、『ファイアボール』と言う炎の塊を放つ、魔法を避けるしかない。だがおそらく避けたところでこの盗賊風の男が切りつけて来るのは予想がついた。
「さぁ選べ!!黒焦げか!!それともロースか!!」
避けてなんとかナイフを避けるしかないとローグは意思を決めた。
が、
炎の塊が突然真っ二つに切れたかと思うと、オレンジをカットしたかのようにバラバラになった。
「なに!?」
キザ風の男が声をあげて驚くと、一人の少女がパッと姿を表した。
「『神速』。私のスピードにはついてこれないよ」
剣を納めながらラルファが前髪キザを睨む。
「なんだと………!?って、!!」
盗賊風の男が火炎弾が斬られたのを確認すると、前方から小さな影がぶつかってきた。
盗賊風のチビのナイフは兵士長に届かずその影が持っている剣に当たる。すると作用反作用を無視した強烈な力が跳ね返り、チビの体は後方に飛ばされた。
「『ハーディンブレード』じゃ!!カッチカチやぞ!!」
小さな影の正体は銀髪の少女。スキルを使って硬度を増させた剣を担ぎなから、チビの前に立ちはだかる。
「くっそ…!?てめぇらダメ人間の仲間か…!!」
「なんでこんなところにいやがんだ!?」
予想外の事態に男らは腹立たしげにさけぶ。
「お嬢ちゃんたち!!」
「ローグさん!!ここは私たちに任せてください」
「武器が無いのでしたら無理はなさらないでください♪」
今度はミルスとルナがローグの前に来る。
「マスターの事をよくも散々言ってくれましたね」
「は!!ダメ人間だからダメ人間って言ったんだよ!!」
「それは昔の事です。今のアルトさんはすごく強いです」
「だったらどうしたぁ!!どのみちあいつは冒険者の恥だ!!」
「本来は兵士長ローグの足止めだが、お前らまとめて切り裂いて料理してやんよ!!」
そして今冒険者同士の戦いが始まった。
「オォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「ウォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
俺はオッサンと全力で走っていた。後ろからは何匹もの牛がこっちに向かってきている。
おそらく、先程の爆発に驚いて逃げ出したと思われる。だがなぜさっきから角を曲がっても綺麗に全部の牛がカーブして追いかけてくるのかがわからない。しかもあまり走るのが速くない馬並に速い。
「なんだよ!?なんでこいつら追いかけてくるだよ!!」
「知るかぁ!!とにかく逃げるぞぉ!!あれはレースに使う牛だ!!角を切除してはいるが、足だけは速い!!追突されようものなら、数十メートルは吹っ飛ぶぞ!!!!」
「何!?レース!?この国牛でレースすんのかよ!!」
「趣味だぁぁぁ!!喋ってないで走れぇ!!!!」
と言う下りを実はもう三回くらい繰り返した。そろそろ体力が限界だ。俺より歳を取ってるオッサンはなおさら、もう死にそうな走りだった。
「そ、そうだ!!あんたのさっきの魔法!!あれのでっかいやつで道塞げばいい!!」
確かにその手があるが、できれば既にやっている。
「ダメだ!!確かに俺らは追いかけられなくなるかも知れないが、そうなったらあの牛どもは散り散りに町の中を走り回って、他の人が危ねぇ!!」
「っ!!あんた、他の国民の事まで考えてたのか!?」
「一応はな!!てか、なんか手はないのかよ!!!!」
牛達はどれもよだれを大量に垂らしながら、目で俺らをロックオンして走っている。その目は餓えた獸の目をしており、絶対に追い付かれたくない恐怖を感じさせた。
「ブルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「ブルォァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
「ブギャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
いやいや一匹絶対に鳴き声おかしいって。絶対なんか煽ってるって。
く、どいつもこいつもヨダレがすごいな…。
…………ん?ヨダレ?
「おい!!あの牛どもはレース用のなんだよな!?」
「そうだ!!週に一回だけ、レース開いて人が集まるんだ!!楽しいぞ!!」
「食ってるエサがなんかわかるか!?」
「もちろんだ!!なんと言っても、あれはワシの大切な子供達だからな!!」
「は!?あれオッサンの牛!?」
「そうだぁっ!!!!ちなみに右から一郎、二郎、三郎─────」
「それはどうでもいい!!食ってるもん教えろ!!」
このオッサンの牛って事は、まさか?
「あいつらには子供の頃から、牛乳の代わりにこの生クリームパイを与えて育ててきた!!」
「やっぱりかぁぁぁぁ!!ってか謎解決じゃねぇか!!」
なんなんだこのパイオッサンは!?て言うか今どこからパイ取り出した?背中?何、無限にパイを出せる特殊能力ですか?
何エサにコント用のスイーツ与えてんだ。
「あの牛達の目当てはそのパイ!!つまり飯が食いたいだけだ!!」
「なにぃっ!?そうだったのか!!」
「動物がヨダレを垂らすってことは、暑くて体の熱を逃がそうとしてるのか、腹が減ってお預けされてる時だ!!しかもレースする牛と来た。腹はすぐ減る!!」
「ぐうぅ…!!しかしあいつら全員の腹を満腹にできそうな程パイは無いぞ!?」
「お前の家は!?そこに行けばあるだろ!?」
「ワシの家は国の北側!!今ワシらがいるのは南東の端!!数キロもあるが、ワシにはそんなに走れる体力はもうない…!!」
「ちくしょう…!!振り出しかよ……!!」
折角牛を止める手段が見つかったと思ったのに。
どうする?どうすればいい?
「ハァ…ハァ…ハァ…!!」
「……オッサン?あんた大丈夫か!?」
急に喋らなくなったと思ったら、オッサンは今にも死にそうな呼吸でヨタヨタと、走っていた。
「あ、案ずるな…!!ハァ………、日頃の運動不足が祟ってるだけだ!!ワシなら大丈夫!!」
明らかに大丈夫じゃない。この日の照る空の下、フードなんか被ってるんだ。下手すれば軽い熱中症 になりかねない。
「…………しゃあねぇな…!!」
辛そうなオッサンを持ち上げて、ひたすら走る。
「うおっ!?こら離せ!!若いもの!! これじゃ年寄りみたいだ!!」
「俺を若いものって呼んだ時点で年寄りだ。いいから黙ってろ!!舌噛むぞ!!」
さてこれからどうしたものか。何とかして奴等を止めないと俺のスタミナもいずれは切れる。そうなったら踏み潰されるてカーペットか、頭突きでお星さまか。なんにせよこのままではタイムアウトだ。
「頼むお前ら!!止まってくれ!!これからはパイをサンドにしてやるから」
「ただのパイじゃねぇか」
……これ本当は主人への恨み晴らそうとしてんじゃないのか?
第一、パイをサンドにしたところで味はかわ─────────────────
「あ、それだ」
閃いた。なんだ簡単なことだった。あの牛を壁で挟めばいいんだ。
「オッサン!!しばらく自力で走れるか?」
「今年で55歳!!それでもまだまだ走れるわ!!舐めるなよ!!」
「じゃあ頼む」
「へ?」
走りながら背中に闇の魔力を集中させる。
「お!?な、なんだ!?翼が生えてきた!!」
魔力が黒い翼となり、俺の背中に作り出される。
俺はそれを羽ばたかせて宙に浮くと同時に、オッサンを下ろした。
「数十秒でいい!!逃げ切れ!!」
「よっしゃ!!わかった!!」
フードを被った男は、持っていた力を全てを発揮し、牛から逃げ続ける。
その間俺は、町の様子が見渡せる高度まで舞い上がる。
「……よし。これならいける…!!」
走る牛の塊の位置は把握できる。あとはタイミングだ。『クリスタルウォール』を張るタイミングを失敗すれば、壁に牛を巻き込んでしまい、空間に固定されてしまったら、物理的に牛が真っ二つになってしまう。
「オッサンの牛だから、なるべく死なせたくはないな」
意識を目にのみ残して、俺はタイミングを見計らう。
重要なのは展開を始める時。金魚すくいと同じだ。すくう瞬間が重要なように、張り始める瞬間。
「ブモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
まだだ…。
「ブルォァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
まだだ………。
「おーい!!」
まだだ…………………。
「プギャーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
そこだ!!
空中から地上に手を向け魔力を落とす。
「おぉ!?」
成功した。見事巻き込まないで、クリスタルウォールを張ることができた。
突然現れた壁に激突した先頭の牛は気を失う。しかし急には止まれない。後ろの牛もそのまま玉突き事故のようにぶつかっていき、全ての牛の動きが止まった。
「よし。フタして修了」
最後に牛の後方にクリスタルウォールをもう一枚。
これで完全に包囲することができた。
俺はゆっくりと地上に降りる。
「ほぇー。すごいんだなあんたは」
見事な走りを見せてくれたオッサンが拍手しながら歩いてきた。
「そんなことないさ。オッサンが走ってくれたおかげだ」
「いやいや。本来、防御魔法であるこの壁を二枚、檻として使うなんて普通なら思いつきもしない」
「まぁ大好きな魔法だから得意なんだ。」
「とりあえず、ほんとありがとう。家の子達が民に手を出す前に、無傷でみんな捕まえてくれて」
感謝の言葉を言うと手を伸ばしてきた。握手だろうか?
俺はその手を掴もうと右手を出すと、
「もらったぁ!!!!」
「うおぅ!?」
オッサンは俺の手首を掴むと、片手でパイを顔面に叩きつけようとしてきた。
ギリギリその手を空いている方で掴む。少しでも力負けすれば、俺の顔はクリームまみれ確定。少しも譲らない攻防が繰り広げられていた。
「何のつもりだ!?」
「ふっ。やはりやるな…」
「ふっ、やるな…、じゃねぇよ!!なんでそんなに執拗に人の顔をパイでべちょべちょにしたがる!?食いもんは大切に!!」
「ようやく元気が出たんじゃないか?」
「っ!!」
オッサンは力を緩めると微笑んだ。その際にフードの影から俺を覗く白い眼と、俺の眼が会った。
さっきこのオッサンは俺を元気づけようとして襲ってきた。俺の歩き方等から落ち込んでいる事を予想し、生クリームの塊を片手に不意打ちをしてきた。
今度も同じ目的だった。
「うむ、さっきより良い目をしている。光が灯って、生き生きとなった」
その言葉のとおり、俺は今嫌な気分ではなかった。むしろ牛から必死に逃げていたことで、落ち込んでいた原因を忘れていた。
今トラウマを思い出しても、気がまた沈んだりはしない。
やりきったと言う達成感が胸に溢れていた。少しばかり難易度が高かったため、成功してよかった。
だがそれだけが、曇っていた胸のモヤを払ってくれた要因ではない。
オッサンに防御魔法の強さを賞賛された事がどことなく嬉しい。自分の唯一の取り柄であるそれを誉められると言うのは見知らぬ人からであろうと無条件に嬉しかった。
それにしてもこの男は何者だ?様子だけで全く知らない俺の心が黒く濁っているのを見透かした。しかも輝きを取り戻させるために、こんなにしつこく絡んできた。
読心のレベルもそうだが、こんなに良い人間は稀の稀。世界の隅から隅を探しても滅多にはいないだろう。
「オッサン……あんたいったい…─────
「ドケェ!!!!道開けろってんだよ!!!!」
暴れる牛の大群を捕まえて、騒ぎが収まったと思えば、ずっと遠くから罵声と人が叫ぶ声が聞こえてきた。
「む?なんだ?」
「この声は───────」
それが自分達の後方から。しかも俺の耳によーーーく、聞き覚えのあるものだ。
急いで振り返ると、
「ハッハッハ!!楽勝だぜ!!!!」
「っ!!あいつ!?」
俺に酒をかけ、あげくに瓶で頭を殴ってくれたタチ悪い大男。そいつが激しく地面を蹴って疾走する馬の上で、大きな布袋を脇に抱えながらこちらに向かってきていた。気のせいか。なんかモゾモゾと動いている気がする…。
「これならすぐに国の外へ……………って、なんだありゃ!?」
前方を向いた男は慌てた声で驚きを声に出す。
その前方と言うのは、今俺が『クリスタルウォール』で囲んだ牛の大群。道を隙間なく塞いでいた。
「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
油断して前方不注意だった男は、手綱を引いて馬にブレーキをかけると言う動作をする前に、『クリスタルウォール』に大激突した。
「なんだあいつは?」
「知らね」
髭を撫でながら檻の向こう側で倒れている男を見て尋ねるオッサンに即答。数回あったことがあるだけで、実際は名前もレベルも性格も知らない赤の他人である。だから知らないし、心配してやる必要もない。
何より別の方が気になる。壁にぶつけたスーパーボールみたく跳ね跳んだ男の手から離れて地面に落ちた縦長の袋。袋口を縛ってあるそれは、芋虫のようにやはり動いていた。
「それよりあいつの抱えてたアレ。なんか動いてんだけども…」
「布袋?それも意外と大きいな。動物でも、いれとるんじゃろうか」
地面に落ちた男に目もくれず、そんなどうでもいいことをオッサンと呟いていた。
すると、
「ん?」
「お?開くぞ?」
袋を閉めていたヒモが緩んでいたのだろう。袋が開いて、中で動いている何かが姿を見せようとしていた。
俺はそれを確認するために、透き通る壁の向こうの袋を注視する。
「いったい何が出てくるん───────」
「ぷはっ!!!!」
「なっ!?」
袋から這い出てきたのは女の子だった。ミルスよりも幼く、ロリラルファよりは成長している感じの、白金のように明るい色をしたドレスを着た美少女だった。
俺は少女が出てきた事に驚いた、と言うより恐怖した。袋の中から可愛らしい女の子が出てきた事にではない。
恐ろしい事に、俺はその子の名前を知ってる。誰でどういう人物で何歳なのかもわかる。いや、俺に限らず、エフュリシリカの国民なら、誰でもその顔を知っているはずだ。
「フィリシス・スノーフレーク・バルトランデ……っ!?」
過去に俺が守れなかった、もう一人の人物がそこにいた。




