明かされる過去
遂に2年前の事件とやらが明らかになります
例の呼び名の原点でもあります
アルトがそこからいなくなった事により、少女達が色々と騒ぐことも無くなった。
逆に呆然と、人込みに消えていった少年の後ろ姿を眺めるだけで、言葉が出なかった。
「……やれやれ…。とんだ厄が入り込んだものだ。何故検問所は入国を許可したのか…」
眉間のしわが無くならないまま、アルトをその場からいなくならせた張本人の大臣が息を吐く。
「……大臣。お前、それで満足か?」
単一の音程でローグが尋ねた。
「む?」
「あいつ追い出してそれで満足か?」
「これでよいのだ。危険因子は先に取り払うに限っ―――、ぐわっ!!」
「何が危険因子だこら!!!!」
自分のしたことに負い目を感じない大臣の胸ぐらを、ローグは思いっきり掴んで持ち上げた。
「あいつが2年前の問題児だったからどうした!?てめぇがやったことは、ただの差別にすぎねぇんだよ!!!!」
「ぐっ、離せローグ!!アルト オーエンが国内にいると言う情報だけで、民が危険に晒されかねないのだぞ!?」
「だからそれが一方的な差別なんだよ!!現にそんな嘘っぱちを広めて、だれかを不幸にしてんのはお前じゃねぇか!!大臣のくせに人を差別してんじゃねぇ!!!!」
今にも殴りかかりそうな見幕で、ローグは大臣を怒鳴り付ける。大臣も己の主張を下げる気はないらしく、ローグと真っ正面から睨み会う。
「…………………………………………あの」
「………………っ!!なんだ…どうした?」
ローグの服の袖をミルスがグイグイと引っ張った。それに気づいたローグは重く沈んだ表情のミルスを見ながら、優しく応えた。
「…………教えてほしいんです……。その2年前の事件について、私達に教えてください…」
「ローグさん。お願いします。アルト君に尋ねても、黙ってるだけで私達にはなにも教えてくれませんでした」
金髪の少女の後ろでは、ローグと知り合いのハルキィアが先頭になり、視線を送っていた。
「………何も知らないあんたらに教えてやりたいのは山々だ。でも…俺はそれについて詳しく知らない…、………………」
横目で今自分で掴んでいる髭が特徴的な大臣を見る。
「……大臣。この子らに教えてやれよ。じゃないとお前わるもので、今にもぶっ飛ばされそうな雰囲気だぜ」
「…………ワシは忙しいんだ…。早く城に戻らねば―――――」
「お願いします」
ミルスは頭を下げた。どうしてでも真実を知りたい一心で、師に酷いことをした大臣に対してでも、人に頼む側の態度で、プライドとか全てを捨てて頭を下げた。
「……………………大臣…」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………場所を変えるぞ……」
礼儀正しい行動が、大臣の胸に伝わったのか大臣は折れた。
大臣も大臣で少しは、自分のしたことが間違っているとは感じていた。それでもアルトを信用できない、理由があった。
「ここでは部外者が多すぎる…。城へ行くぞ」
―――――――――――――――――――――――
あるところに男の子がいた。冒険者の夫婦から産まれたその子は、親のような冒険者に憧れを抱いていた。自分もいつか、冒険者になることが夢だった。
それも魔法使いになりたかった。何故なら両親共に職業は魔法使いだったからだ。魔法を操る親の姿を、ほぼ毎日見て育った。その姿が格好良く脳に焼きつき、少年の魔法への興味はそこから産まれた。
そんなある日、その子供は7歳の時に両親を失った。クエストで二人とも夜でかけたまま、真夜中になっても翌日の朝になっても、次の夜になっても、帰ってこなかった。
行方不明になったのだ。ギルドから来た人が、7歳の子供に気の毒そうに告げた際、そう聞かされた。
独りぼっちになってしまった少年は、それでも冒険者になりたいと思った。両親のようにいなくなってしまう危険な仕事を担う冒険者であっても、少年の胸から憧れは消えなかった。
少年はひたすら自力で学習した。両親の遺した魔法についてだったり、歴史についてだったりの本を呼んでは知識をつけた。誰よりも一人前な冒険者になるために。
そして月日が流れ、成長した少年はついに冒険者になれる年齢になった。ギルドに申請をして、魔法使いとして生きることになった。
とうとう憧れの魔法使いになれた。その現実だけで、少年は舞い上がりそうな気分になった。しばらくは冒険者の先輩である人から基礎を教えてもらい、ある程度強くなったら一人立ちして、仲間を作っては一緒にクエストを受ける。楽しい事ばかりを少年は想像してしまった。
だがそんな少年の夢は、初日からヒビが入り始めた。
先輩として魔法についてを教授してくれる人物は最低な男だった。酒と女にしか興味がなく、何も教えてはくれないのだ。しかも酒が無くなるとその少年をパシリに使い、賭け事で大負けすると少年を蹴ったり殴ったりと八つ当たりをするような男だったのだ。
ゆえに少年はその男の元を去り、また独りになってしまった。
そんな少年に追い討ちをかけるように、現実が更に襲いかかる。
少年は魔法の使い方などを、独学でしか学べなかった。主に本で座学。それ以外は他人が魔法を使っているところを見て、ただただ自分で研究した。
そして絶望のときが訪れる。
新人冒険者は、冒険者になってからおよそ一ヶ月してから、実力をギルドに見せる試験のようなものがある。
ある日ギルドでは異例の、試験で魔法が使えない少年が独りだけいた。誰よりも知識があるのにも関わらず、炎を出す初歩的な魔法すら使えなかったのだ。集まった同期の冒険者何十、いや、何百人から嘲笑われた。
少年には優れた才能がないどころの話ではなく、普通の人並みの才すらも持ち合わせてはいなかったのだ。
少年は無能な自分を恨み、泣いた。喉が乾燥して割れるほど叫び、涙腺が枯れるまで涙を長し、己の不幸を嘆いた。
それからと言うもの、何を思ったのか少年は狂ったように最弱モンスター、スライムを一心不乱に狩り始めた。おそらくレベルをあげて、それで才能のなさを埋めようと考えたのだろう。
そうしている内に少年は、自分が1つだけ魔法を使えることに気づく。
それは後衛職でモンスターに狙われにくい魔法使いでは、特に使われる事の無い防御魔法に分類される魔法だった。透明な壁を作り出すだけで特には何もない。あまり使い道の無い魔法でも、少年にはすごく嬉しい事だった。
故に少年はその魔法を愛した。そして実験や研究でその魔法の様々な使い方を学んだ。
例えば光を反射するようにオプションを加えれば、鏡のようにすることができる。それを使えば光、すなわち光線さえもうまく反射させたりすることができる。
その魔法は、実験すればするほど楽しい結果がわかり、活用範囲の幅広さに気づいた少年は、防御魔法を極めると決断した。
そして2年の経過した。
スライムをひたすらに潰していた少年は、いつの間にかレベルが100に達していた。
レベル100。それは名誉のようなものでもあり、冒険者でも数人いるかいないかくらいの存在である。
同時に嬉しい事柄として、少年は普通に魔法が使えた。今まで使えなかった魔法が、当たり前のように使えるようになっていた。
つまり才能が無い分を、努力と経験でようやく埋めることができたのだった。
そして少年がレベル100になったことは、すぐに広がった。最年少、それも冒険者になってからたったの2年でレベル100に到達したのだ。
それを聞いたギルドは、少年に特別なクエストを発注した。
それはある人物の『ボディーガード』だった。
『ふぅ………。緊張してきたな…』
もうすぐエフュリシリカの国王と女王が来る。そうなれば俺は指定の場所で護衛を行わなければならない。
不安な気持ちもある。
だがやれるはず。守りなら俺の魔法の専門だ。
どうやってでも守り抜いてやるさ。
『やあ。君がオーエン君かな?』
『ん?あんたは?』
手に人を書いて三回飲む、なんて、古いおまじないをしていると声がかけられた。
みればそこにいたのは真っ黒な髪が長く、肌も少し青ざめている、まるで吸血鬼のような男だった。
しかし見た目に反して、優しそうに話しかけたため、俺は少し頭を傾ける。
『私の名はイグニス。君と同じ、レベル100で今回の王と女王の護衛のクエストを貰った者だ』
『っ!あんたがもう一人のレベル100魔法使いの!!』
『ハハハ。魔法使いなのに剣のほうを愛用しているから、魔法使いと呼べるのかはわからないけどね。まぁよろしく』
『こっちこそよろしくお願いします!!』
友好を築こうと手を差し伸べて来たため、俺はそれに応えるように手を強く握り締めた。
俺には友ができたような気がして、嬉しく思えた。
イグニス。この人となら俺は仲良くやっていけそうだ。そんな予感が胸をよぎった。
『皆様、本日はようこそお集まりくださいました』
ギルドの前の高台の上で、受付嬢がマイクを手にし深々と頭を下げる。
そこには町の住人全員が集まっていた。
祭りではない。むしろ祭りよりも人が集まるほどのイベントだった。
『今日はお忙しい中、王国からエーベルト・フロウ・バルトランデ陛下と、クラウディア・バルトランデ王妃がいらっしゃってくださいました!!』
それは王国エフュリシリカからの国王夫妻の来日。
平和のために働く冒険者を排出する町の1つでもあるこの町で、そんな冒険者を奨励するためにわざわざ遠い王国から、数ヵ月もかけてわざわざ御来賓としていらしてくださったのだ。
国王夫妻は国の中だけでなく、その他の町からも敬われる存在だ。国を統治するものとして、これほどの人間はいないと愛されていた。
そんな国王夫妻を一目見るために辺り一面ぎっしり、人間で埋まっていた。
俺はその様子を少し高い台の上から眺めていた。まさしく人の海とでも言うべきか、見下ろす立場にいると思うと、俺はなにか誇らしく思えた。
自分という存在を認められたような気がした。
無能と蔑まれ、泥水に濡れながら血が出るまで歯茎を噛み締めた記憶ははっきりと覚えている。
だからようやく。ようやく報われたと実感できた。
目を潤わせながら、俺は胸を張った。
すると、その横でギルドの役人が壇上に登ってきた。
何やらトラブルでも起きたのかと思ってその様子を、何十万と言う人の視線が集まる。
『…………え?あ、はい…わかりました…………。えっと…皆さん。ここで少しお知らせが。国王陛下の支度が遅れているそうです。なので国王様はもうしばらくしてからいらっしゃるそうです。……ですが!!遅れた陛下の代わりに、フィリシス・スノーフレーク・エーベルト姫が、我々に姿をお見せしてくれるそうです!!』
突然の報せに、集まった人全員から歓喜があがる。そのすさまじさに、俺はびっくりした。
なんでこんなに騒いでいるのだろうか?
『ハハ。すごい歓声だね』
『どうしてこんなに喜んでるんだ?』
俺は隣で爽やかに笑うイグニスに耳打ちで尋ねた。
『御年で10歳になるフィリシス姫様は、いわゆる箱入り娘なんだ。その姿を目にすることができるだけでもラッキー中のラッキー。数少ない見たことのある者の話では、少しの衝撃を与えただけでポッキリと折れてしまいそうな白い花、と例えられている』
『へぇー。詳しいんだな』
『調べただけだ。自分の護衛するものについて、色々と…。その成り行きで知ったのさ』
イグニスの真面目で勤勉な姿勢に感心していると、より大きな歓声が巻き起こった。
なんだ、と思って振り向くと、
高貴なオーラを纏った銀髪の女性。そして白いドレスで着飾った幼い少女が一段一段、壇上へ登ってきた。
人見知りなのか、身長が女王陛下の腰ほどのフィリシス姫は、陛下のドレスに隠れながら周りを見ていた。
『…………っ!!!!』
同じ人間とは思えない。いや、あれは自分なんかよりずっと上の超常した存在。天人、それとも神とでも言うべきような威圧だった。
俺は女王陛下と姫様を目の前にして、自分を忘れて動けなかった。
『………………え!?』
俺は驚きで現実に戻った。
女王陛下が真っ先に俺達の方に向かったなんて、誰が想像しようか。他の何もかもを無視して、女王は護衛の俺とイグニスの前で立ち止まった。
メデューサに石化させられたような気分だ。緊張のあまり恐ろしくて動けなかった。言葉も発することができない。神々しい女王クラウディアは俺の前に立ち、俺達をじっと、見ていた。その真後ろではフィリシス姫、何故母が俺達のところへ来たのか、不思議に思いながら母を見上げていた。
『あなたがたが、護衛の勇敢なる冒険者様ですね?上からモノを言うようで申し訳ありませんが、よろしくお願いします』
クラウディア女王の口がふんわりと横に広がると、俺の緊張もほぐれた。
この人はすごい。守られるのが日常の立場でありながら、警備の役割だけで同じ壇上にいる俺達のところに先に挨拶に来たのだ。この人は庶民にも目を向ける、と言うよりは自分も同じ庶民とされているものと考えているのだ。そのうえでもしもの時に身代わりだったりを担う、護衛に心配をなさっているのだ。
これが人に愛される女王。人間の鑑と呼んでしまいたくなる人柄だ。
俺は決めた。絶対にこの人を守り抜こう。俺の防御魔法で、この素晴らしい人には傷すらつけさせない。
やれる。何故なら俺はレベル100だ。2年でその域に到達した、スーパールーキーだ。
何かを守るための防御魔法を極めた。守れないものなんてあるわけがない。今こうして女王様の前にいられるのだって、たくさんの人が俺を認めてくれたから。
この命を捨ててでも守って─────────
ザンッ…
『っ!!』
『─────────────────は?』
女王の目が大きく見開かれた。恐ろしい幻でも見るかのごとく俺を。何かが俺を押すような力を感じた。その時には女王はその表情だった。
世界から音が消えた。騒いでいた観衆もしん、と静まり返り、何十万の人間の呼吸すら聞こえない。
それからようやく、俺は腹部の感覚に気づいた。冷たく、硬い違和感だ。それに続いて、クラウディア女王が見ているのは俺ではなく、その後ろと言うことにも気がついた。
深く。剣の先がクラウディア陛下の胸に深く突き刺さっていた。
俺はその銀色の刀身が現れている所を目で追っていく。
腹からだった。
剣は俺のへそより少し高いところから皮膚を突き破って現れ、そのまま茫然と立つ女王を貫いていた。
『なん………だ、これ………?』
衝撃の現実に電撃でも浴びて麻痺したような首の神経に必死に信号を送り、カクカクと背後を振り向いた。
『その魂、私がもらい受けようクラウディア バルトランデよ』
先程までの誠実そうで爽やかな笑みなんかではない。狂気的かつ暴力的な満足した表情をしていた。
ようやく本性を見せてやった、と言わんばかりにイグニスが笑っていた。
───────────────────────
これが俺の最大級のトラウマ、2年前の事件である。
このクエストを受けたときから女王を殺すつもりだった狂人イグニスにより、人々の目には女王の死の瞬間が焼き付けられた。
あいつが何をしたくて女王を刺したかは知らないが、それが致命傷となり女王は亡くなった。
俺は運よく一命をとりとめた。女王は胸だったが俺は腹だったため、手当てが間に合い、目覚めたときには壇上ではなく誰もいない病室だった。見舞いをしてくれるような親しい人間はいない。あるのは病院で出された食事。パン一切れとリンゴが1つだけだったの、寂しい部屋だった。
意識が戻った事がわかると、部屋には何人ものギルドおよび王国の遣いが入ってきた。ベッドの上の俺を取り囲むように並ぶと、先頭の少し位の高そうな男が俺の意識が落ちてからのその後をすべて教えてくれた。
イグニスは逃亡。行方もわからず、王国の軍が指名手配を開始。
女王は当然、死亡。遺体は国王と姫と共に運ばれ、後日葬式を行うそうだ。
愕然とするしかなかった。まさかイグニスが隠していた牙を突然女王に向けるなんて、わかっていたらあいつを止めることができた。
許せない。どんな目的にせよ人を、民から愛されていたあの道徳性に溢れる女王様を殺害したイグニスだけは絶対に。
憎らしげに拳に力を加えると、ギルドの職員はまだ何かを俺に告げていた。全員、罪人でもみるような目を向けていた。
その内容が、二次災害のような形で胸を締め付けた。
要約してそのままの内容で言うと。
目の前で人が死ぬ瞬間、それも母親が殺害されるのを見たフィリシス・スノーフレーク・バルトランデが、そのショックで視力を失った。
つまり、実質被害者は二人。女王と姫だ。
どうしてくれる?レベル100である貴様を護衛につけたのに、この様になってしまった落とし前はどうつけるつもりだ?
所詮、貴様は無力。存在価値の無い、気高く勇敢な冒険者の恥だ。守ることしかできないのに、守ることすらできない。
もういい。
疫病神。
不要だ。
詐欺師。
雑魚。
無能が。
何がレベル100だ、聞いて呆れる。
面汚し。 何故お前が生きている。
本当はグルなんじゃないか?
『ダメ人間が』
奴らの目には俺は映らない。存在さえも認識してもらえない。何故なら俺は亡き女王の代わりに、死んでいなければならなかったから。
仮に、俺が死んでクラウディア殿下が生きていたら、何も問題がなかったとそいつらは言った。
俺の命と、女王の命に加えてフィリシス姫の目を天秤にかけたのなら、いくら俺の命の他に何かをかけても釣り合わずに、高く持ち上がったまま。
ギルドや王国の遣いの奴らが帰ってからもしばらく、自分が不要な存在である通告と捉えた言葉が頭から離れない。植物人間になったように、呼吸とまばたきだけしていた。
その夜、病室の窓を見て、キラキラと光る星を眺めながら、声を殺しながら俺は慟した。
1週間足らずで俺は退院した。傷も日常生活でも問題ないくらいに回復して、俺は病院を出た。そして人に見つからないようにコッソリと、注意しながら家に帰った。家の前にはたくさんの苦情や批難のの手紙が積まれていたが、みないようにして家のなかに入った。
家に入ると俺は鍵をしっかりと掛けて、カーテンを全て閉め切る。
久しぶりの我が家であるのに、嬉しくはなかった。それもはそうだ。家族はいない。おまけに石を放り込まれたのか、窓ガラスが割れていた。
もう、何もしたくなかった。外に出れば視線に殺される。クエストを受けても、レベル100の冒険者と言う名誉は回復しない。『ダメ人間』。その単語が頭からいつまでも離れなかった。消えように消えない烙印として、心に刻まれてしまった。
だから心を閉ざした。
傷つくよりは、自分をしまい込むほうが辛くない。
それから2年間。ギルドの要請でミルスの師になるまで、引きこもった。
それがアルト オーエンにとっての2年前の事件。
俺が先程大臣に叱咤された、いや王国から忌み嫌われている理由だ。
「自分で言うのもなんだけど…本当に不幸体質だよな」
王国の外へ出るために南門に向かっていた足を止めた。ずっと後ろの城を背にして俺は歩いていた。
「もしもあそこに行ったら、たぶん殺されるだろうな」
なんて事を考えながら、再び歩き始める。
仕方の無い事だ。俺の存在によって、ミルス達にまで迷惑をかける必要はない。関係ない彼女たちを巻き込むのなら、俺だけ取り除かれればいい。
おそらく今頃、ローグか大臣にその事件についての話を聞いている頃だろう。ローグは内容をあまり詳しく知らないから、たぶん、大臣がみんなに話すだろう。
あの大臣は病室に入ってきた王国の遣いの内の1人だ。例の事件が起こる瞬間も見ていたし、かなり詳しいはずだ。
となると、俺が悪者と主張して話しているだろう。俺には、イグニスとの共犯者説もあれば、不幸を呼び寄せる男説もある。
今、俺は臆している。
それでミルス達の反応はどうなるか、それが気がかりで仕方がないのだ。大臣の話で俺が王国からどう思われているかを知ったら幻滅されるだろうか。それとも黙っていたことを批難されるだろうか。
いずれにせよ、俺は嫌われたくないと願っているのだ。あれだけみんなの想いを裏切っておきながら、この期に及んで許されることを願っていた。
暖かく優しい言葉で聞かれ、心をさらけ出そうと言おうとするたびに、『ダメ人間』と言う心の刻印が痛みだし、言えなくなるのだ。
生き物は弱さを隠したがる。俺は弱さを隠すためにみんなに打ち明ける事ができなかったのかもしれない。わかってくれとは言わない。でも、俺は自分が弱くて悔しいのだ。
だが頭が冷えてくると、愚かなのは俺だったかもしれないと思うようになった。弱さなんて見られても構わない。むしろ裏切りに等しい行為が、弱さの証拠だ。
生き物は弱さを隠すために群れる、仲間を作る。
1匹だけさ迷う草食動物をライオンは襲うかもしれないが、草食動物の群れ相手ではライオンは子供すら狙わない。
ならば俺のみんなから離れた行動は生き物の特徴に反してしまうのだ。
「もしかしたら…俺は人じゃないのかもな…」
それでも俺はなお国から出ようと歩き続ける。
今は本当に独りになりたかった。
「へい!!そこの少年!!」
歩いていると背後からそんな声が聞こえてきた。知らない声だ。たぶんその少年は俺のことじゃないだろう。俺を呼んでるものだとしても、おそらく商人か。
「こら止まれ!!聞こえているだろ!!マフラーしてる君だ!!」
マフラーをしている、と聞いて俺の事だと確信した。シーナが『厨二』を意識して作ってくれたこの装備、春夏秋冬関係無くこの赤黒のイタイ、マフラーをしなければならないのだ。
まあ、実は少し気に入ってきてはいるのだが……。
とりあえずその声に俺は返事をすることにした。
「なんですか?物売りなら結構────────」
断ろうと振り向いた直後だった。俺は眠気が覚めたような感覚になり、この目で捉えた。
いたのは薄汚れたフードを被った怪しい見た目、目元を隠し白くて立派な髭を生やした、老人だった。
その老人の何に俺が驚いたのかと言うと、その手にあるもの。円形で白くてふんわりとした───────、そうだ。
コントとかで投げて用いられるパイ。俺の顔面を向くそれが、老人の右手にあった。
「っ!!あぶねっ!?」
ギリギリ避けることができた。証拠として生クリームが俺の頬をかすめ、伸ばされた老人の右腕が俺の顔の横にある。
だがほっとしていられるような時間もなかった。
「はぁぁぁぁ!!!!」
パイは老人の左手にもあった。1撃目が避けられた事を確認すると、すぐさまパイが俺の顔面をロックオンする。
「ちっ…!!────なっ!?」
「貰ったぁぁぁ!!」
それも避けようとしたところで、頭が動かないことに気がついた。
後頭部を出て押さえられる感覚がある。おそらく1撃目の外れた右腕が俺の頭を押さえつけているのだ。
このままでは動けないまま、顔にパイを叩きつけられクリームまみれになる。絶体絶命、でもないピンチの中、俺の行動は。
「『クリスタルウォール』!!」
「何ぃっ!?」
鼻先がギリギリ触れる所に、『クリスタルウォール』を展開した。咄嗟だったため、形がいびつなのは気に入らないが、パイを見事に受け止めてくれたのだ助かった。
パイがことごとくかわされると、老人は俺から距離を取った。
「まさかワシの『2連パイ攻撃』をかわすとは!?」
2連敗の間違いだろ。あ、うまいこと考えたつもりはない。
「何者だお前。なんで俺を襲った?」
故意に、誰かに恨まれるような事をしたような記憶はない。だったらこの老人はあの事件の事で俺を憎むエフュリシリカの国民、と言う可能性を考えた。しかし攻撃手段がクリームパイを投げつけるとバカらしいため、その可能性は限りなくゼロに近い。
ならこの男は?
「何者でもないただのジジイだ。ただ、少年が少し暗い表情をしていたからな。元気出してやろうと思ってな。にしても素晴らしい魔法だな」
……なんだこいつ。
なんでもない他人を励まそうとする優しさは良いと思うが、パイでクリームまみれにしてどうやって元気出させるつもりだ?
それによく見れば、この男は自分をジジイ呼ばわりしたが、それほど老いているように見えなかった。フードで口元しか見えないが、白い髭が立派なだけで、まだ中年の域だと思われる。
それにしても、俺はこの男をどこかで見たことがあるような気がする。
「あんた…本当に何者だ?」
「フッフッフ。驚くなよ!?いいか驚くなよ!!」
こちらをチラチラ見ながら男は焦らす。
つまり驚けと言いたいのだろう。それより早く答えてほしい。
正体を明かそうと、男がフードに手をかけた。
「ワシは─────────────────
ボォォォォォォォォォォンッ!!!!
フードを取りかけた刹那、老人の背後、ずっと向こうの方で爆発が起きた。
「なんだ!?」
「何事だぁ!!」
灰色の煙が城の近くから登っていた。
何が起きたのかわからないがとりあえず行ってみよう。みんなの事も心配だ。
爆発は少し遠かったが、人々は何故か慌てて走って逃げていく。俺はその人の流れに逆らうように走り出そうとする。
「ワシも行くぞ!!折角のワシの正体を明かすカッコいい場面を邪魔しおって!!許さん!!」
この男もついてくるようだが、目的が色々とおかしい。
とりあえず構わないで走り出す。
すると
「──ん?」
「む?」
何かが。砂煙をあげてこっちに向かってきていた。俺と男は足を止めて、一緒に目を細めてそれを確認する。
「「──────────げっ!!!?」」
男と俺の声が見事に重なった。
何故なら、
「ブモォォォーーーーー!!!!」
「ブモォァァァァァァァ!!!!」
「ブルァァァァーーーッ!!!!」
「プギャァァーーーーー!!!!」
「マジかよ…………………」
鳴き声のバリエーションが豊富とつっこみたくなりそうな、牛の群れ。のどかな住宅街に不似合いな荒々しい大群がこっちに走ってきたからだ。
この話で、アルトの実はそこそこ深くった設定が暴かれました
2年の時間を無駄にだらだらと引きこもっていたわけではなく、部屋から出られなかったんですね
これで疑問のいくらかが繋がったかと……
何故アルトが王国に来たがらなかったのか
イグニスとはどういう関係だったのか
王国が嫌だった理由は大臣みたいに批難されるからです。心の傷を抉るような事を避けたがるのは普通ですよね
以前イグニスがミルスに発した言葉
アルトを1度殺した、みたいな言い方の理由も今回でわかったかと思います。女王を殺害するついでに、アルトを殺しかけたからそういう発言をしたわけです
──いやー。主人公生きてて良かった…
と言ってる暇もありません
彼は生き残った事を厳しく言われたのですから、苦しい2年間の引きこもり生活だったんでしょう
また、ダメ人間と言う名前の真意はここからも来ているのでした
王国に来てから話が急に暗くなりましたが、
『暗くなるだけ暗くなったら、あとは明るくなっていくだけ』
ここからの展開で彼はどう救われていくのかが、王国編の話の筋でもあります




