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霜が降りた日の朝、アーニャはだんろの前に丸まって座っていました。
アーニャの家は森の近くの小さな村にあります。お父さんとお母さんと、おじいさんとおばあさんといっしょに住んでいて、そしてもうひとり、増えることになっていました。
「雪がふったら、あぶないかもしれないなあ」
おじいさんが、赤々と燃えるだんろのそばで、ソファに寝かされているお母さんを見てつぶやきました。お母さんのおなかはもう大きくふくれています。あと少しもしないうちに、アーニャの妹か弟が生まれてくるのに、アーニャのお母さんはわるい病気にかかってしまったのです。
いろいろな薬をお母さんに飲ませましたが、よくなりません。今はお父さんが、となりの町にお医者さまを呼びに行っています。帰りはきっと夜になるでしょう。
「お母さん、死んじゃうの?」
アーニャはこわごわとたずねます。お母さんはぐったりしてばかりで、最近はまんぞくに話すこともできていませんでした。
「赤ちゃんも、死んじゃうの?」
すると、木の椅子に腰かけ、編み物をしているおばあさんが言いました。
「森の女王さまに、お頼みしたらどうかしら」
「だぁれ? それ」
何も知らないアーニャは首をかしげました。
「女王さまは、森にずっとずっと昔から住んでいらっしゃる、とてもきれいでかしこいお方なの。なんにでも効く魔法の薬をもっていらっしゃると、聞いたことがあるわ」
「じゃあ、女王さまにおねがいすれば、お母さんも赤ちゃんも助かるの?」
ところが、おじいさんが「だめだめ」とあわてて言いました。
「女王さまは、そりゃあ強くておっかないお方だよ。気にいらない人間は、木に変えられてしまうと聞いたことがある」
アーニャはぷるりと震えました。人を木に変えてしまうだなんて、なんておそろしいものなんだと思っていました。
「そんなことよりアーニャ、ナターシャさんちにお願いして、ミルクをわけてもらっておいで。お母さんに飲ませてあげよう」
「うん」
アーニャは赤い毛糸のポンチョをはおり、マフラーとてぶくろをして、小さなカゴを持って家を出ました。ナターシャさんのおうちは丘の上にあります。その周りで牛をたくさん飼っていました。
だけどアーニャは丘の上には行きませんでした。かわりに反対側の森へ行く道を、わたが中につまったキルト生地のブーツで歩いて行きます。
「ミルクをのんでも、お母さんはちっともよくならなかったわ。やっぱり病人には、お薬がひつようよ」
アーニャはお父さんを待ってなんかいられませんでした。
日が出ていても、森はうす暗くて不気味な場所でした。今朝の霜が森の小道に残り、アーニャが歩くたびにしゃりしゃりと音が鳴ります。
奥歯をかみしめながら、アーニャがひときわ大きな木のそばを通りがかったとき、「おーい」と声が降ってきました。立ち止まって見上げると、黄色い毛皮に黒のまだらもようのヤマネコが、木のふたまたになっている部分に器用に乗っていました。
「どこに行くんだい?」
ヤマネコが気さくにたずねます。
「女王さまのところよ。お母さんと、おなかの赤ちゃんを助けるために、魔法の薬をもらいにいくの」
「おじょうちゃんが? そりゃむりだ!」
ばかにしたようにヤマネコが笑ったので、アーニャはむっとした気持ちになりました。
「むりじゃないわ。女王さまはこの先にいる?」
するとヤマネコは不思議なことを言いました。
「木の上にコトリが10羽。ヤマネコが1羽しとめた。残りは何羽?」
「なぁにそれ?」
アーニャは首をかしげます。ヤマネコの言っていることが、わからなかったのです。
「これくらい、わからないんじゃあ女王さまのところへは行けないよ」
また、ばかにしたようなことを言われて、アーニャはヤマネコがきらいになってしまいました。なので、無視して先に進むことにしました。
しばらく行くと、小さな小さな森の広場があって、そこで黒いツノをはやした、まっ白なヒツジがのんびり草を食べていました。
「こんにちは」
アーニャがうしろから近づいて声をかけると、ヒツジは草を口の中でもしゅもしゅしながら頭だけふり返りました。
「あのね、わたし、お母さんと赤ちゃんを助けるために、女王さまのところへ行きたいの。この先に女王さまのおうちはある?」
しかしヒツジは口をもごもごさせながら、ぜんぜん別のことを言います。
「この広場、北から南まであなたの足で3歩、東から西まででも3歩。ここの草をぜんぶ食べるのに、ヒツジは30分かかるの。ヒツジが20頭いたら、何分かかるの?」
「知らないわ!」
アーニャはかんかんに怒って、ヒツジの横を走り抜けてしまいました。
そうしてまたしばらく行くと、しまもようの灰色リスが切り株の上でウンウンうなっていました。アーニャは何をそんなに悩んでいるのか気になって、怒っていたことも忘れてしまい、切り株の横にしゃがんでリスにたずねました。
「どうしたの?」
リスの前には青と茶と赤と黄色の木の実が並んでいて、リスは小さな手としっぽをふりふり、アーニャに話しました。
「家族にプレゼントしようと思ったら、だれがどの色の木の実が好きだったか、忘れてしまったんです。たしか、お父さんは青か茶色が好きで、お母さんは赤か青色が好きで、弟は赤か茶色が好きだった気がします。そういえば、お父さんと妹のどっちかは、青が好きだったような。でも黄色はだれが好きだったかまったく思いだせないんです」
ぜんぶ話を聞いたら、アーニャは頭がこんがらがってしまいました。なので考えるのはやめることにして、自分に必要なことだけをたずねました。
「ねえ、女王さまのおうちはこっちでいいのかしら?」
リスはぽかんとして、何も答えませんでした。
「あなたも教えてくれないのね!」
アーニャは怒って、先へ進むことにしました。リスはずっとぽかんとして、アーニャを見送っていました。
奥へ進むにつれて、森はどんどん暗くなってゆきます。寒さも増してくるようです。
アーニャが身をちぢめて、それでもなんとか歩いていると、道が3つにわかれていました。ひとつはまっすぐ、ひとつは右、ひとつは左です。
わかれ道のまん中には、矢印が4つの方向をさしている道しるべがありました。けれども、それは折れて倒れていましたし、矢印はそれぞれ黒と青と白と黄色にぬり分けられてあるだけで、行き先の名前が書かれていませんでした。
「女王さまのおうちは、どれかしら……」
アーニャは今度こそ、とほうに暮れてしまいました。これまでたくさん歩いたので、おなかもすいていました。寒いし、もう帰りたいとアーニャは思いましたが、それではお母さんも赤ちゃんも死んでしまいます。でも、アーニャにはどうすればいいのかわかりません。
悲しくて心細くて、アーニャはとうとう泣いてしまいました。
「どうしたの?」
そのとき、やさしい声がしました。
アーニャの前に、顔が見えないくらいマフラーで頭をぐるぐる巻きにしている子供が立っています。アーニャはすぐに泣きやんで、じっとその子供を見つめました。
(パチェリャーチだわ)
パチェリャーチは、子供の幽霊です。森は死者の国の入り口であり、まだ死者の国に行きたくない子供のたましいが、入り口で迷ってパチェリャーチになるのです。
パチェリャーチは顔を隠します。もし死神と目が合ってしまったら、むりやり死者の国へ連れて行かれてしまうからです。でも、そのパチェリャーチは隙間から、光る青いひとみが片方だけ見えていました。
「女王さまの、おうちにいきたいの」
アーニャはしゃくり上げながら、パチェリャーチにこれまでのことを話しました。
「お母さんと赤ちゃんのために、わたし、がんばってるのよ。なのにだれも、助けてくれないの。ひどいわ。わたし、困ってるのに」
するとパチェリャーチは静かにたずねます。
「ほんとうに? だれも、助けてくれなかった?」
「ほんとうよ」
「キミがわからなかった、だけじゃない?」
「そうよ、わからなかったわ。ヤマネコもヒツジもリスも、わけのわからないナゾナゾをいうの」
「考えなかったら、わからないよ」
パチェリャーチはアーニャと同じくしゃがんで、言いました。
「意味がないって、はじめに決めつけるのは楽だけど、先に進めなくなってしまう。そんなキミを、だれも助けてくれないとしたら、それは、キミがだれも助けていないからかもしれない」
「……ちゃんと、考えればいいの?」
「うん。勇気のあるキミにならできる。さあもういちど、やってみて」
パチェリャーチが両手をふり上げます。すると体がふわりと浮いて、いつの間にかアーニャはヤマネコのいる木のそばに立っていました。パチェリャーチの姿はどこにもありません。
アーニャは、ヤマネコを見上げて言いました。
「さっきは、ムシしてごめんなさい。もういっかい、ナゾナゾだして?」
「いいよ」
ヤマネコは気さくに応えました。
「木の上にコトリが10羽。ヤマネコが1羽しとめた。残りは何羽?」
アーニャは小さな頭をかかえて、いっしょうけんめい考えました。
「えーっと、えーっと、10から1をひいたら9になるけど、ヤマネコが飛びかかったら、きっとコトリはみんな、にげてしまうわね。答えは、0よ」
「あたり!」
ヤマネコは嬉しそうに、しっぽをぴんと立てました。
「女王さまは、むずかしいナゾをわざと出して、人間がまちがえたり、答えられなかったら、森の木に変えてしまうんだ。女王さまのところへ行く前に、頭をたくさん、やわらかくしておかなくちゃ」
「そう、あなたはわたしを助けてくれようとしていたのね。ありがとう!」
アーニャがきちんとお礼を言ったら、ヤマネコはきげんがよくなって、他にも教えてくれました。
「女王さまは、4匹のしもべ妖精をナゾに使うんだ。ニキータ、ラビ、ガニー、サシャっていうよ。そいつらの中には、うそばかり言うやつがいる。そいつはとてもおしゃべりで、口を出さないときはないんだ。気をつけて」
「わかったわ。ありがとうヤマネコさん」
アーニャはヤマネコと別れ、先へ進みます。
小さな小さな森の広場では、まだヒツジが草を食べていました。アーニャはさっきのヤマネコと同じように、無視してしまったことをあやまって、もういちどナゾナゾを出してもらいました。
「あなたの足で、北から南まで3歩、東から西まで3歩の広場。ここの草をぜんぶ食べるのに、ヒツジは30分かかるの。ヒツジが20頭いたら、何分かかるの?」
アーニャは広場を見まわして、考えます。
「こんなせまいところに、あなたが20頭もは入らないんじゃないかしら。きっと、ぎゅうぎゅうで食べるどころじゃなくなるわ」
「あたり!」
草を口からまき散らしてしまいながら、ヒツジが嬉しそうに言いました。
「あのね、女王さまの4匹のしもべ妖精のうち、ガニーだけがうそつきなの。ほかはみんな、正直者だよ」
「わかったわ。ありがとうヒツジさん」
アーニャはヒツジと別れ、先へ進みます。
切り株の上では、しまもようの灰色リスがまだウンウンうなっていました。アーニャはさっき助けてあげずに行ってしまったことをあやまって、もういちどリスの悩みを聞きました。
「お父さんは青か茶色が好き。お母さんは赤か青色が好き。弟は赤か茶色がたしか好き。お父さんと妹のどっちかは、青が好きです。でも黄色はだれが好きだったかまったく思いだせません」
アーニャは小枝を持ってきて、リスの言ったことを地面に書きだしてみました。
お父さん⇒青か茶
お母さん⇒赤か青
弟⇒赤か茶
妹⇒青かどれか
「お父さんと妹のどっちかが青が好きなんだから、お母さんが好きなのは青じゃなくて赤ね。そうしたら、弟が好きなのは茶色になって、お父さんが青になるわね。妹はのこった黄色が好きなのよ」
「なるほど!」
リスはおおよろこびで、ぴょんと切り株の上ではねました。
「女王さまのところへは、白の矢印がさしているほうへ行けばいいですよ。青は底なし沼で、黒は死者の国です。黄色はあなたの村をさします」
せっかくリスが教えてくれましたが、アーニャはそれではわかりません。
「道しるべが折れてしまっているの。色じゃなくて、この道から行ったら、右と左とまんなかと、どれかしら?」
「さあ、それはわかりません。わかるのは、白のさす道だけが女王さまのもとへ行けるということだけです」
「そう、わかったわ。なんとか考えてみる。ありがとうリスさん」
アーニャはリスと別れ、先へ進みます。
3つにわかれた道では、あいかわらず道しるべが折れて転がっています。少し辺りを探してみましたが、あのパチェリャーチの姿はありませんでした。アーニャがひとりで考えるしかないようです。
「どの道を行ったらいいか、わからないけどわたし、ひとつだけ道を知ってるわ。村にもどる道よ」
アーニャは折れた道しるべを持ち上げて、自分が通ってきた道に、黄色の矢印が向くように立てました。すると、青い矢印が右の道、黒い矢印がまんなかの道、そして白い矢印が左の道をさしました。
「あっちね」
アーニャは道しるべを地面にさしなおし、左の道へ進みました。
道の先には、水晶でできたうつくしいお城がありました。森の緑をうつし、オーロラのようにかがやいています。よくすべる階段をアーニャは気をつけてのぼってゆき、大きなとびらの横の、小さな勝手口から、中に入ると広間がありました。
広間の中心には、水晶のように透明な肌の、床までとどく白い長い髪の女のひとが立っていました。とてもうつくしいひとでした。白目のない、黒だけのひとみはまるでオニキスです。このひとこそが森の女王さまでした。アーニャはしばらく、息をするのもわすれていました。
「なにをしに来た?」
女王さまの、つららのようなするどい声に、アーニャはびっくりして背すじをのばしました。とてもこわかったけれど、ここまでがんばってきたことを思いだし、いっしょうけんめい女王さまにうったえました。
「お母さんと、おなかの赤ちゃんが、病気で死んでしまいそうなんです。どうか、女王さまの魔法の薬をわけてください。おねがいします」
女王さまは、アーニャをじっくりながめて、答えました。
「わたくしの力の恩恵は、だれもが受けられるものではない。ほしければ、みずからの手で、つかんでみせなさい」
女王さまが長い指を鳴らします。すると、どこからともなく手のひらくらいの大きさの、背中にうすい羽のはえたしもべ妖精が、こびんを持ってあらわれました。どれも顔は同じおじさんに見えましたが、かっこうがちがいました。赤のとんがりぼうし、緑のふたまたぼうし、黄のとんがりぼうし、青のふたまたぼうしをかぶり、服も靴もそれぞれの色に合わせてあります。
女王さまはアーニャに言います。
「魔法の薬は、このニキータ、ラビ、ガニー、サシャのうち、サシャに持たせた。どれがサシャか、あててごらんなさい」
続いて、女王さまのしもべ妖精たちが、黄、赤、青の順番に言いました。
「赤いのがラビだ!」
「おれはサシャじゃない!」
「ニキータは緑だ!」
妖精たちの高い声は、水晶のお城にキンキンひびきわたります。
これまでじゅうぶん頭をやわらかくしてきたアーニャは、落ちついて、ヤマネコとヒツジに聞いた話を思いだしていました。




