9 カエルあばれる
「終わった終わった」
たくさん蹴ったと裕次郎は沼から上がる。
「ようお疲れさん」
「すごかったなお前」
「名前はなんて言うんだい?」
大活躍だった裕次郎を傭兵や冒険者たちが囲み声をかける。
「俺んとこの傭兵団に入らないか? 即戦力は大歓迎だ!」
「いや待て、俺んとこにはどうだ? 高待遇で歓迎するぞ?」
「私のとこにきたら綺麗どころをあてがってやってもいいよ。なんなら私が相手しようか?」
「え? え?」
綺麗というよりカッコイイといえる女剣士に肩を抱かれる。美人といっていい女の急接近に裕次郎は顔を赤くした。
いきなりなんなんだと戸惑う裕次郎をよそに傭兵たちはヒートアップしていく。
そんな様子をセリエは冷ややかな目で見て、最後にとっておいた疲労回復薬を飲むと町の方角へと歩き始める。
傭兵たちに囲まれた裕次郎はそれに気づくことができなかった。
話し合いは十五分以上続き、裕次郎に条件を出してその中から選んでもらうということになった。
「なんで選ぶって展開になって? 俺はどこにも入る気はないよっ」
そう言って断り、諦める様子のない傭兵たちから離れて、帰ろうとセリエを探す。ここでようやくセリエがいないことに気づくことができた。
「どこに行った? 先に帰った?」
紹介屋の職員に尋ねてみると、セリエらしき人物が町へと歩いていく姿を見ていた。
職員に礼を言った裕次郎は、追いつこうと走り出す。
「すげーなおい、まだ走る体力あるのか」
「俺は疲れ果てて、歩くのもきっついわ」
「やっぱりほしいな。なんとかもう一度話しをできないものか」
「結局、名前を聞けなかったし難しいかもね」
全速力で去った裕次郎を傭兵たちは感心と呆れの混ざった表情で見ていた。
「あ、そういやトカゲの皮を剥いでいかなかったな、あいつ」
「いらないんじゃないかねぇ。あれだけ舌叩きトカゲを倒したしボーナスは確実だしね」
俺たちは剥いでいくかと、傭兵たちは少し休憩し沼に入っていく。
全速力で走り、少し息が切れだした頃、裕次郎はセリエに追いついた。
「待っててくれても」
「熱心な勧誘を受けて大変そうだったじゃない。私は早く休みたかったのよ」
「んーそれなら仕方ないか。疲れが取れるような薬でも作る?」
少し心惹かれたが、首を横に振る。頼りっぱなしは嫌だった。
「いらない。それよりどこかの傭兵団に入ることにしたの? それならここでお別れね」
「入るわけないよ。セリエと一緒にいたいんだ」
「平原の民の女に誘われてたじゃない。私から見ても綺麗だった。平原の民は平原の民と付き合う方がお似合いだわ」
言葉に棘があるような気がして、裕次郎は首を傾げた。
「たしかにあの人は綺麗だと思ったけど……もしかして嫉妬?」
「一般論よ」
少しは取り乱すかなと期待したが、冷静に返され違うっぽいなと思う。
「あれだよ。一般論は一般論。そこから外れる人もいるんだ。それが俺だったと」
姿形が似ていて、与えられた知識も平原の民のもの。けれど地球生まれの日本育ち。セリエの言う一般論には含まれないと胸をはる。
「やっぱりあなたは変人よ」
「変人でセリエと一緒にいられるなら、変人がいいね」
少しはショックを受けるなり、反感持つなりしなさいと心の内で溜息を吐いた。
暖簾に腕押し糠に釘という諺をセリエが知っていたら、それを実感していただろう。
裕次郎がこういった反応だからこそ不信感が拭いきれない。あけすけすぎて量りきれない人物像で、なにを考えているのかわからない。口に出している好意もなにか裏があるのではと思えてしまう。
良し悪しは抜きにして、セリエに常に意識させている。それが裕次郎の現状だ。
町に戻った二人は、その足で紹介屋に行く。しかし出ている職員が戻っていないので、まだ報酬は渡せないということだった。明日以降になるだろうと聞き、宿に戻る。
裕次郎は着替えて蹴り専用のブーツでも探してみるかと宿を出て、セリエは服を脱ぎ散らかし着替えた後はベッドに倒れこむ。
よさげなブーツはみつからなかったが、ゆっくりと疲労を癒す薬の材料は見つかったのでそれを買って帰り、作って夕食時にセリエに渡した。
翌日、朝から紹介屋に行くと連絡を受けていた職員は報酬を準備していた。
「こちらが報酬となります。サワベさんは五万ミレ、セリエさんは三万ミレです」
渡された金貨三枚を見て、セリエは少しだけ感動していた。いつもはボーナスどころか報酬が削られていたのに、今回はきちんと払われたのだから。変装のおかげとわかっていても嬉しかった。
「えっとどうかしました?」
様子がおかしなセリエに、職員は戸惑ったように声をかける。それにセリエはなんでもないと答えて、足早に紹介屋から出る。
その背を追って裕次郎は声をかける。
「ほかに仕事探さなくてよかった?」
セリエの足がピタリと止まる。感動やそれを隠すために紹介屋を出たが、まともに稼げるなら稼いでおきたい気持ちもあった。
今から戻るのもかっこ悪く、戻らないことに決めた。
「用事があるから、ついでこないで」
「危ないことなら止められても行くけど」
「危険はないわ」
町を回って思い出の風景を探しつつ、人を探すだけだ。散歩と変わらない。
「じゃあ、俺は本屋にでも行ってるよ」
「そう」
「昼は一緒に食べる?」
「一人で食べる」
そう言うとセリエは歩き出した。少しだけ後をつけてみようかと裕次郎は思うが、ばれると嫌われそうだと止めた。
裕次郎も本屋を探して歩き出す。その途中でリボンやぬいぐるみを見つけてティークに届けてもらうのもありだと思い、購入する。
「配達ってセリエがやってたみたいに冒険者に頼むしかないのか?」
地球のように配達専門の会社があるのかわからず、首を傾げた。
店の主にそこらへんを聞くと、冒険者に頼むか、目的地を通る商隊にお金を払って頼むのが普通らしい。貴族などは専用の早馬を持っているが、平民は貴族にツテがないとそういったものを使えない。
紹介屋に頼めば、届けてくれる人を探してくれるということなので裕次郎はもう一度紹介屋に行き、元気ですと書いた手紙と一緒にぬいぐるみを渡す。
「費用はいくらに?」
「えっと七千ミレですね」
「高くないですか?」
「ここからだとこれが普通ですよ。隣町に届けるとかだったらもっと安くなりますけど。どうします止めておきますか?」
安くすませようと思えば、紹介屋を通さず商隊に頼むなどできないこともない。しかしその場合は荷物が届かない場合がある。
届けると言ってお金と荷物を盗む性質の悪い商隊もいるということだ。
「いえ、お願いします」
お金には余裕があるので支払いを渋ることはない。
用事をすませると、本屋に行き魔物について書かれた本を手にとる。その日は夕方までずっと本屋で過ごす。
宿に戻ると宿の主人に呼ばれて、客が来ていると教えられる。指差した方向には紹介屋の職員がいた。
「こんばんは」
「こんばんは。なにか用事ですか? もしかして配達依頼が無理だとか?」
「依頼出されていたんですか。大丈夫です。配達依頼は滅多なことでは中止になりません。依頼を受けてもらえないかと思いまして」
「依頼ですか」
どんな内容かと聞くと、ここではということなので自室に案内する。
「それで依頼って?」
「魔物討伐です。東に半日行ったところに湖がありまして、そこにカエルの魔物がいるのですが暴れだしたと報告がありました。そのカエルはとても強く実力者でなければ太刀打ちできません。昨日のトカゲの件であなたが活躍したと聞き、依頼にきたのです」
「暴れだした理由ってわかってます?」
「誰かが近づいてカエルを傷つけた可能性があります。あのカエルはある程度までは近づいても大人しいものなのです。ですが一度敵対すると何年か暴れるのです。湖のそばには主要街道があり、あのまま暴れられると経済的にダメージがありまして」
「絶対受けなければいけないんですか?」
「絶対ということはありませんが、できれば受けてほしいですね」
「……返事は明日でもいいですか?」
「はい。参考になればとカエルについて書かれた資料を持ってきたので見てください。では、今日のところはこれで失礼します」
良い返事を期待していますと、一礼し職員は帰っていく。ちょうどそのタイミングでセリエが帰ってくる。
「今のって紹介屋でしょ。なにか問題起こしたの?」
「なにも起こしてないよ。東の湖で魔物が暴れているんだってさ、そのせいで街道が使えず困ってるらしい。討伐依頼を受けないかだって」
「受ける?」
「これから東に行くなら街道が使えないと困るから、受けてもいいかって思うけどさ」
「受けときなさい」
少し考えたセリエは受けることを勧める。
「なんで?」
「街道とかに関わる規模の依頼だと、この町を治めている貴族から依頼が出た可能性が高いわ。睨まれたら厄介よ」
「この町から出たら睨まれないと思うけど」
「ないとは思うけど、その貴族がほかの貴族にあなたのことを悪く言えばこの国ではマイナスイメージがつくわよ? そういった風評はつかない方がいいでしょうに。この前も思ったけど、あなた貴族に対して軽いわよね」
そういったところもおかしいと思う。ハーフというだけで色々と窮屈な思いをしてきたセリエには、風評による面倒さがわかっていた。
悪事千里というやつかなと思った裕次郎は、セリエが言うならと頷く。裕次郎としては千人に悪しく言われるよりはセリエに嫌われる方が嫌なのだ。
「あ、ティークに怖がられるのも嫌だな。真面目にやるか。どれだけやれるかわからないけどねー」
情報を確かめようともらった資料を見ていく。
一番上にあった名前をセリエに聞く。
「バドオドロって知ってる?」
「知らない。私は部屋に戻る」
「ちょっと聞きたいんだけど、俺がこれを受けている間に出発しないよね?」
セリエは「してるかもね」と言いそうになったが、そう言うと受けずについてくると確信が持てたので、待っていると答えた。
裕次郎も部屋に戻り資料を本格的に見ていく。
バドオドロは体高五メートル近い大カエルだ。見た目巨大なアマガエル。横幅も五メートルで、丸々としている。その分厚い脂肪と表面の粘液で物理攻撃は効果が薄くなる。特に叩き系はほぼ無効化すると言ってもいい。
「これって俺と相性最悪じゃね?」
蹴り主体の自分にカエルを倒す手段がないように思えた。
先を読めば解決法があるかもと読み進める。
攻撃方法は、ジャンプしての踏み潰し。舌を振り回す。水鉄砲。ほかに数匹で飛び上がり地面を揺らし、動きを止めたところに攻撃するという戦い方もする。
以前の戦いでは、雷の協力魔法を使って防御を無視したり、物量差で押したと書かれている。一流の戦士の鋭い斬撃で、ぬめりを無視したといった事例もあるが、これは一般人には無理だ。ほかに油を撒いて火をつけて焼き殺そうとしたところ、表面が乾いたところで湖に逃げられたらしい。
「表面が乾いた? 乾くのなら攻撃は通りやすくなるかもしれない」
乾燥剤とか用意すればなんとかなりそうだと、ほっと安心する。
資料を置いて、今度は乾燥剤といった表面の粘液をどうにかできる薬がないか、脳内知識を探っていく。
水分をとばすならいつも使っている魔法があるのだが、はじめに乾燥剤を思いついたことで薬でどうにかできないかと考えが進んでいった。
魔法を使っても粘液全部の水分を飛ばすことなど無理なので、薬でどうにかしようと思うことは正解だった。
「ないかー」
魔法でどうにかなるので、薬で湿気などをどうにかしようと考えた者はいなかったらしい。
「どうするべ。地球の乾燥剤ってなにが材料だったかな」
思い出そうとしてさっぱり思い出すことができなかった。乾燥剤の材料など覚えているわけがなかった。かろうじてシリカゲルという単語を思い出せた程度だ。
「んー……粘液なー。粘液ってーと、ぬるぬる? 蛸とかぬるんとしてたっけ。塩揉みするといいって聞いたことあったっけ。ああ、ナメクジも塩かけると溶けるし、塩ぶっかければ意外といける?」
薬とか関係なくなってきたが、光明は見えた。だが自分で否定する考えが湧いた。
「相手魔物なんだよな。ただの塩が効くか? ここで止まらずにもっと」
対魔物に特化した塩が作れないかと思考に没頭していく。
塩で魔物に効くものはある。それは特定の魔物にのみ効くよう作られたものだ。その魔物は、一ミリにも満たない超小型の羽虫の集合体で、見た目は黒い霧だ。それを昔の人々は邪悪な意思の集まりだと考え、邪を払うとされるもので退治してきた。その一つが塩で、さらに効果がでるように魔法薬として改良された。
実際は塩に邪を払う効果などなく、邪を払うと信じた思いと魔力が微量に塩に込められ擬似的な魔法のようになっていたのだ。
魔力の篭った塩は、小さな羽虫にそれなりのダメージを与えた。それを人々は邪を払ったと勘違いし続けている。
その塩の作り方は薬液に塩を混ぜ、煮詰めて薬成分を含んだ塩として精製しなおした後、火の属性布の上に置いて属性付与するというもの。
裕次郎は塩に属性を付与して使うという部分に注目した。一工夫したただの塩でも属性がつけば、魔物退治に使えるとわかり、今回のことに応用できないかと考える。
「カエルっていうんだから、相手は属性でいうと水だよな。雷の魔法で倒したとの書いてあったから、それっぽい。塩に雷の属性を付与すればよく効くようにならないかな……あでも蛸はただ塩をつけるだけじゃなくて、よく揉まないとぬめりが取れないか。じゃあ塩をつけた後に触る? いやいや触りたくないし、揉む暇なんかないだろう。触らずに塩を動かす……風でもぶつければ表皮を移動しないかな。サイコキネシスの魔法でもあれば話は早いんだろうけど」
サイコキネシスはあるが、それは魔法ではなく。異能として存在する。
厳密にいうと異能ではないし、この世界では魔法と超能力は別物ではなく一緒だ。出発点が超能力で時代の流れで魔法として移っていった。
この世界で人々が魔物に対抗するため発現させたのが超能力なのだ。けれどさらに力を増した魔物には超能力だけでは足りず、また多様性も足りなかった。人々はさらに力を求めて、超能力で使用され減る力に注目し、それを使って魔法を生み出していった。
次第に人々は超能力のことを忘れ、戦闘手段をどんな事態にも対応できる魔法に頼っていく。超能力は一人一つで特化してるが故に強力だが、使える場面がかぎられて使いにくかった。今では時々発現する魔法から外れた力を、異能と呼ぶようになった。
効果の高さとしては超能力に軍配が上がる。それはそうだろう、発生として超能力の方が自然で、人が無理なく使える力だ。使用する魔力も魔法よりは、超能力の方が使用効率がいい。
「まあ、ないものねだりしても意味がない。今あるものでどうにかしないと。そういや塩ぶっかけるのは、力士が投げるみたいにしようって思ったけど、風の魔法で運ぶってのもありなのか?」
ちょっと実験してみようと、荷物から塩を取り出す。
「風で運ぶとすると風の動きをコントロールした方がいいか」
まずはそっちを試してみるかと、風を吹かせる魔法を使う。なにも考えずに使うと、扇風機のように真っ直ぐ風が吹くだけだ。
次に魔法を使った後に風が動かせるか試している。結果は左右十度ほど曲げることができた。
「こう竜巻みたいに相手を囲めたらいいんだけど」
そこまでは自在に動かすことはできなかった。
「セリエなら知ってるかな? 聞くついでに誘って夕飯食べてこよう」
部屋を出て、セリエの扉をノックしながら声をかける。
「なに?」
「夕飯食べにいかない? ついでに竜巻の魔法かそれに似たものがないか聞きたいんだ」
「夕食は外で食べてきた。竜巻の魔法はあるらしいとは聞いたことがある。協力魔法だとかなんとか。森の民の魔法にも似たようなものはある。こっちは動きを止めるためのものよ」
セリエも使えるそれは、父に教えてもらった魔法だ。周囲の目もあるので、教えてもらえた魔法は多くはない。ハーフのセリエに森の民の魔法を使われるのを周囲が嫌がったのだ。
「森の民の魔法の方を教えてもらいたいんだけど」
「必要なの?」
バドオドロとの戦いでやりたいことを話し、やりたいことを伝えた。
「教えてもいいけど、使えるかはわからないわよ? 平原の民だと魔力が足りない可能性もある」
「魔力量は多めだから大丈夫。それに威力を求めてないから、風だけの中途半端魔法でもやりたいことはやれるし」
「……わかったわ」
森の民の魔法も基本的にイメージを現実化させるということにかわりはない。ただ自然の偉大さに畏敬の念を持ち、より深く大きくイメージすることで魔法の威力を高める。
自然の中で暮らし生まれた信仰にも近いその感覚は、セリエや平原の民には理解しづらいものだ。そのためセリエも完全に再現できているわけではない。裕次郎も完全再現はできないだろう。魔力は十分だが、信仰となるとからっきしだ。
竜巻にでも突っ込んで威力を体験すれば、イメージは完璧となるだろうが、そこらでほいほいと竜巻が発生するわけもない。
魔法を教えてもらい、夕飯を食べた後は塩の改良まで戻る。威力未知数の魔法を、町中で試す気はなく、今から外に出ようにも門が閉じられているかもしれない。魔法実験は明日の朝とした。
「まずは塩に雷の属性付与を……そういや雷の属性布ってあったっけ?」
荷物を漁り、属性布を全部引っ張り出す。属性布は全部で十二枚あり、地火風水と白黒の六種類に二つずつだ。白と黒は正邪や光闇ではなくプラスとマイナスだ。光は火に、闇は地に属している。
「ねえな。知識にも属性布はこれで全部ってなってる。雷の魔法を強化したい場合は……風か」
補強薬について考えると、風で強化できると知識が示した。
「ゲームとかでも風属性に雷含まれてることあったもんな。今回は塩に風属性つければ、ついでに風の補強薬にも混ぜてみるか? 海水でぬめりがとれてるわけじゃないから、意味はないか。でも念のため作っとこう」
もしかすると塩分を含んだ風がぬめりをなくすかもと思ったのだ。
一階に下りた裕次郎は、あるだけの塩を高めで買い取り、それを風の属性布の上に置く。念のため、属性布は二枚重ねだ。この宿にあった塩だけでは足りそうにないので、明日も塩を買うことにして、今日はここまでと風呂に入って寝た。
朝早くから属性付与した塩の四分の一を持って町を出る。始めに竜巻の魔法を使う。テレビで見たハリケーンのイメージで使うと、土や草を巻き込んで、高さ五メートル幅三メートルの竜巻が発生した。それは十秒ほどで消えていく。
「とりあえず使えるっと。それにしても消費が多いな」
減った魔力は炎の矢の四倍ほどだ。これならば平原の民に使えない者がいるのも無理はない。裕次郎も森の民も五回が限度だ。セリエは一回のみだ。
「次は塩が上手く風にのるか」
塩を一掴み持ち、魔法を発動させる直前で持っていた塩を竜巻の発生地点に投げる。
塩は風の動きにそって移動し、竜巻が消えるとその場にぱらぱらと落ちていく。
「遠心力とかで周囲に撒き散らしたり、舞い上がって頭上から落ちてくるかもと思ってたけど、そうならなかったな」
この結果は裕次郎にとって助かるもので、文句はない。けれど思い通りにいったのも不思議だった。
これは塩に風属性をつけたことが原因だ。竜巻は当然風属性で、同じ属性の塩を掴んで放さなかったのだ。二枚重ねの属性付与で、繋がりはさらに強固なものとなっていた。
「目的はこれで達成かな。効けばいいんだけど」
効かなかったらいらない子だなと思いつつ、宿に戻る。
セリエが朝食を食べていたので、同席する。
「どこに行ってたの」
「外で教えてもらった魔法を試してきた」
「使えた?」
「使えたよ。ありがとね」
「魔力多めなのね」
「あの感じだと四回は確実に使えるね。魔力満タンなら五回いけるかもしれない」
「……なにその魔力。多めどころなんてものじゃない」
規格外という言葉が脳内に浮かび、次に勇者なのかと思う。
ボルツも思ったことだが、セリエもないと否定した。勇者の名と顔は広く知られていて、裕次郎と特徴が合わない。ならば化け物かもしれないと、さらに考えを進める。それも魔王という存在を思い出し、否定したが。
勇者や化け物や魔王とは、二つ名みたいなものだ。
これらは強い平原の民に与えられるものだ。四種族の中で平原の民は一番弱い。けれど五十年に一度、突き抜けたものが現れる。
人々の常識の範囲内だと勇者と呼ばれ、範囲外だと化け物と呼ばれる。そして人に害をなした化け物を魔王と呼ぶ。
今回も前回も、突き抜けた者は存在し、新しく生まれるにはまだ時間が足りない。
裕次郎という存在は本当にわけがわからないと、セリエは考え溜息を吐いた。
裕次郎は考え込むセリエを不思議そうな顔で見る。
「魔法のお礼に今回の収入でなにか装備をプレゼントするよ。剣も鎧もどことなく古く見えるし、買い替え時だよね」
「いずれ自分で買うからいらない」
「まあまあ、そう言わないで。この町に来て無駄にお金が入ってきてるんだ」
現時点で二十万以上の収入がある。
「無駄って……自分の武具を揃えようと思わないの? これから強い魔物と戦おうっていう装備じゃないわ」
「ブーツを探してみたんだけど、いいのがなくてさ」
裕次郎の身につけているのはこっちの来た時となにも変わっていない。ただの旅用の丈夫な衣服で、魔物と戦うためのものではない。一度も怪我していないので、急いで買う必要性を感じていない。
「次の町でいいのがあったら買うよ」
「そうしなさい。食べたから私は外に出る」
「いってらっしゃい」
いってきますと返そうとして、口をつぐみ歩き出す。
食べ終えた裕次郎は、ベッドに寝転がり返事を聞きに来る職員を待つ。
ノックをされ、起き上がりつつどうぞと返す。昨日来た職員が入り口に立っていた。
「おはようございます。返事を聞きにきました」
「受けようと思います」
「そうですか!」
ぱあっと職員の表情が明るくなる。
「でも役に立てるかわかりませんよ? 俺は蹴りが主体なんで。一応対策は作ってみたけど、それも実験はしてないから効果があるかさっぱりですし」
「蹴りですか。たしかに厳しいですね。対策とはなんです?」
昨日考えたことを話す。聞いた職員の表情は良いとも悪いともいえないものだ。職員には思いつかなかったことで、効果があるかまったくわからない。
「いろんなことを試してみるのは良いことだと思います。今後の対策の参考にもなりますし。今回はほかに試してみることもありますし」
「それは?」
「あなたのほかに何人か傭兵や冒険者を雇っていまして、その中に吹雪の協力魔法を使うことのできる人たちがいました。凍らせてしまえば叩くといった攻撃も効くのではと思っています。ただしバドオドロを凍らせることが可能かはわからないそうです」
「凍らせるか。それは思いつかなかったな。協力魔法で思い出したけど、雷の協力魔法を使える人たちはいないんですか?」
「いません。以前それを使ったのは別の町へ移動していた傭兵団でしたので。偶然戦うことになり、使ったら効いたということだそうです」
「本屋に雷の協力魔法について書かれた本はない?」
「あるかもしれませんが、使えるかは。協力魔法がどのように発動するか知っていますか?」
知らないと裕次郎は首を振る。
「まず二人以上の仲間を集めます。次に特殊な薬を飲みます。さらにタイミングを合わせて魔法発動です」
薬と聞いて該当しそうなものを知識から探る。
出てきたのは魔力をわざと体外に漏れさせる薬だ。これでその場を魔力で満ちた状態にして、その大きな魔力に形を与えて魔法を発動させる。この時一人でも先走るとそれに従い魔法は発動する。一人だけのイメージでは弱くなってしまうので、連携のとれる仲間で使用した方がいい。
ちなみに協力魔法は一日に何度も使えない。魔力漏れの薬が毒だからだ。体力を削り、魔力は一日漏れ続け、戦うことすら難しくなる。
「特殊な薬は数が少なく、協力魔法はある程度の練習を必要とし、一度使えば短くない休息が必要となる」
「できれば急いで街道の安全を取り戻したいから練習はしてられないし、練習するだけの薬も用意できそうにない?」
「そのとおりです」
納得した裕次郎を紹介屋へと誘う。二階の事務所にある広めの部屋に通された。大学の講義室のように、長机が並び、机の前には教卓と紙を張るためのボードがある。
「ここは会議室です。ほかにも参加者を呼びますので、ここを選びました。申し訳ありませんが、皆さんが揃うまで少し時間があります。お茶やお菓子を用意しますので、のんびりとお待ちください」
裕次郎を連れてきた職員は一礼し、部屋を出て行く。
入り口近くのテーブルに座り、面白い薬でもないか知識を探り暇を潰していく。
五分ほどでお茶とクッキーは届き、飲み食いしつつさらに二十分ほど経つと、ドアが開き職員と二人の男たちが入って来た。男の一人は黒の短髪で、三十手前に見える。もう一人は長めの黄色の短髪で、二十半ばに見える。
「ここでお待ちください。もう少しすれば全員揃いますので」
「わかった」
男たちと裕次郎に一礼した職員は部屋を出て行く。
男たちは裕次郎に近づき話しかける。
「よう。お前さんもバドオドロ討伐に参加するってことでいいのか?」
「あってるよ。そっちは協力魔法を使う人たち? それとも別に呼ばれた人?」
「協力魔法担当だ。イッシャって名だ、そっちは?」
「裕次郎。ちょっとした対策は練ったけど、それが使えないと役立たずになる予定」
「俺はトゥトアだ。策ってのは? それに役立たずになるのはどうしてだ?」
「戦い方は蹴りが主体なんだよ。バドオドロってのは叩き系はほぼ無効化するんだろ。普通なら俺は邪魔でしかない」
そうならないための策を話し裕次郎の言葉の意味を理解した。塩揉みが効果あるのかは、男たちもわからなかったが。
十分ほどで残りのメンバーも集まり、職員が教卓の近くに立ち、ボードに簡易地図を貼ってから話し始める。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。確認ですが、バドオドロ討伐で集まった方々で間違いありませんね?」
頷きを確認して、職員は続ける。
「では話を進めましょう。この地図は問題となっている湖周辺のものです。バドオドロが生息するのはここですね」
木製の教鞭で、湖を示す。
「問題となっているバドオドロの数は五匹です。残りはおたまじゃくしや成長前の小さな個体のみなので無視してかまいません。戦いの流れは、レドヒア傭兵団の皆さんに協力魔法の準備をしてもらい、その間にほかの方々にはバドオドロを魔法の効果範囲へと誘導してもらいます。サワベさんは誘導に混ざらず、独自の手段を試してみてください。効果がでなければ誘導組へ。それぞれの対策が効果をだせば、誘導組の方たちはバドオドロと戦ってください。このような流れとなっております。なにか質問は?」
誘導組が手を上げて、裕次郎の対策を聞いてくる。職員から説明を受け、効果があるのか疑問といった表情だが、なんでも試してみるという姿勢に反論はないようだ。
「策が二つとも駄目だった場合はどうなる?」
「できるだけダメージを与えてもらい弱体化させ、退いてもらいます。そして別の傭兵を当てて退くといったことを繰り返す予定です」
「俺たちは魔術が使えるってことで呼ばれた。わざわざ魔術使いを呼ぶってことは、その攻撃力の高さでもないとダメージが期待できないってことだろう? ほかの魔術を使える傭兵を集めることができるなら、一度に当てた方がいいと思うぞ」
「よその町に使いを出しての召喚なので、全員が集まるのに少し時間かかりまして。早く街道の安全を確保したい町としては、待つという選択肢はとりたくないとのことです」
「そういうことか」
納得したと頷く。
「ほかに質問は? ないようですね。では出発は今日の夕方、それまでは準備にあててください。午後五時に町の南入り口に集合です。職員がいますから、すぐにわかると思います」
この後は報酬といった話しになり、解散となる。
ぞろぞろと一階に降りてくる彼らに、仕事を探していた者たちの注目が集まる。それなりに事情を仕入れた者がいたようで、裕次郎たちがバドオドロ退治に行くと知っていたらしく、ひそひそと聞こえてくる会話にそういったものが含まれていた。
紹介屋を出た裕次郎は、塩を買い込み、宿に戻る。塩の属性付与をしながら、水の補強薬を作っていく。協力魔法に使えるかと思ったのだ。既に持っているかもしれないし、使えないかもしれないが、準備しておいて損はないだろう。
そうやって過ごし、属性塩が大きな樽一つ分溜まった頃、出発の時間が近くなる。まだセリエは帰ってきておらず、でかけることを紙に書いて、ドアの下から部屋に入れて宿を出た。
指示された南入り口には、馬車が五台停まっている。
傭兵たちも全員ではないが集まっており、誰もが武具に身を包んでいる。軽装のものでもソフトレザーのコートやジャケットを着ている。裕次郎のように衣服のみといった者は戦わない職員くらいだ。
「すみません。これから討伐隊出発なんですよ。関係ない人は離れていてもらえますか」
ただの町人のように見える裕次郎を、物珍しさで近寄ってきたと職員は勘違いする。
「いえ、関係者ですよ」
「……名前を伺っても?」
裕次郎は名を告げ、職員はリストを見ていき名前を見つけた。
「たしかに名前がありますね。鎧とかはどうされたんです?」
「持ってない。トカゲ退治の時もこれで行ったし」
「そ、そうなんですか。そろそろ出発なんで、馬車に乗ってください」
驚き呆れたといった表情で、職員は指示を出し、ほかの傭兵のところへ行く。
裕次郎は近くにあった誰もいない馬車に乗り、荷物を下ろす。
すぐにほかの傭兵も乗ってくる。入ってきた者のなかにイッシャとトゥトアがいて、入ってきた五人がレドヒア傭兵団なのだとわかる。
むこうもすぐに裕次郎に気づく。
「よう。えらく軽装だが、今は脱いでるのか?」
「いや、鎧とか持ってないよ。魔物と戦う時はいつもこれ」
「いつもそれって、無用心じゃないか?」
「だいたいは逃げるし。身軽な方がいいから」
「逃げるってなぁ、傭兵がそれだと依頼とかこないだろ。それに今回の依頼もこないと思うが」
「俺は薬師だけど?」
『薬師?』
全員が声を揃えた。
「強い傭兵が今回選ばれたんじゃないのか?」
「トカゲ退治で活躍したから呼ばれたけど、本業は薬師なんだよ」
「トカゲ退治ってあれだろ、沼地の魔物。トカゲに効く毒でもばらまいて、今回はカエルに効く毒をって、毒を使うわけじゃないな。塩もみするって説明聞いたしな」
会議室で聞いたことを思い出し、考えを自分で否定した。
「トカゲはどうやって倒した?」
「蹴り殺した。小さい奴も大きい奴も」
「舌叩きも蹴って殺したのか!? それなら呼ばれるのは理解できるが。薬師なんてやるより、傭兵とかやってた方が稼げそうだが」
「いや薬師の方が稼げてる。この町だと薬を売っただけで、軽く二ヶ月暮らせる分は稼いでる」
「それほどか、たしかにそれだけ稼げたら十分だ。それだけ売るってことは腕がいいんだろうな……今回のことが終わったら一つ薬作りの依頼をしたいんだが」
トゥトアたちがはっとしたようにイッシャを見る。
「どんな薬?」
「眼病に関しての薬だ。色減病という病気の名は聞いたことあるか?」
「ない。でも薬の名前を言ってもらえれば製法知識はあるかも、色々と薬知識はあるし」
ないという返事で少しがっかりした様子を見せ、続いた言葉に表情を明るくする。
「バヅントーリって薬だ。目薬として使うらしいが」
「バヅントーリ、バヅントーリ……エリリ花の蜂蜜とエッセとムランドとイーストラって薬草が材料の薬であってる?」
「前三つは聞いていたとおりだ。最後の薬草は俺たちも知らなかったが。作り方はどうだ?」
「知ってるよ。作ることもできると思う」
おおっと感心した声が上がる。
「依頼をしたいっ。俺たちと一緒にメルモリアって町に来て薬を作ってくれ!」
「仲間の予定がわからないからなんともいえないかな」
「そうか……まあ、依頼をしたいってことだけ覚えておいてくれ」
わかったと頷き、裕次郎は荷物から白色の水の補強薬を取り出す。できたのは四つだ。
「協力魔法って補強薬使ってる?」
「使っている」
「じゃあ、これって使えるんかな」
補強薬を差し出す。それをイッシャは受け取る。
「もらえるのか?」
「役に立てばって作ったから、どうぞ」
「助かる。いつも使っているのは緑なんだ」
ありがたく使わせてもらうと、荷物にしまっていく。
感想ありがとうございます
世界樹の迷宮予約しました。届いたら更新速度落ちます
》うーむ怪しい冒険者だ、アリの時のやつだろうか
その発想は掠ってますね
》格闘家として拳も鍛えるんだ
蹴り主体で、両手には薬を持ってというのが戦闘スタイルの予定
》セリエは彼のありがたさに気がつくことがあるのかなぁ。
気がついてはいるんですが、同時にここまですることを不思議がっています。向ける好意が本当なのかわかっていないので
》単純に≪蹴り殺す≫裕次郎とか≪蜥蜴踏み≫
》蹴激の貴公子とでもなのりますか
蹴り神二代目とかつくかもしれません
》あたり一面の巨大トカゲを素人キックで~
蹴り方がなってないから、見てる方はすごく驚いてたでしょうねぇ
》≪もうあいつだけでいいんじゃね?≫
もうぜんぶあいつひとりでいいんじゃないかな~
書いてる本人も、ネット上で見たのを思い出しました
》足専用武器が欲しいな
2、3話先で購入します
》プロットそのまんまな感じだし
これはプロットをきちんと書いてないのが原因かもしれません。展開を書きながら考えるから、細かい部分にまで気が回ってない?