8 トカゲましまし
マテルットを出た二人は南へ進路をとっていた。
セリエは帽子を被らずにすみ、のびのびとしている。
「これからどこに行くの?」
「目的地はないわ。とりあえず南に行くだけ」
「風の吹くまま気の向くままか」
それもいいねと裕次郎は思っているが、言わないだけでセリエには目的があった。南に用事があるわけではなく、探している場所と人がいる。かけがえのない大事な人だ。どこにいるかはわからず、なにかしらのヒントでもあればと思っていた。
裕次郎に出会わなければ北上し、本拠地としている混成都市に戻っていただろう。そこで生活費を稼ぐために依頼を受けていた。だが出会ったことで生活に余裕ができ、変装手段が手に入るので、目的のために動けるようになった。
そのまま二十日ほど移動し、小さな村で補給などをして、マテルットほどの町イーズに到着した。
この二十日で、リュックを背負い籠を両手に持っての移動を不便に思った裕次郎は、台車を買ってそれにリュックなどを入れて移動するようになっている。食材を入れてた籠は木箱に変わり、箱の中を冷やせる魔法薬を作り入れたので、消費期限がさらに延びていた。
イーズはへピシミン王国最南端に位置する。これより南は魔物の領域を挟んで別国となる。そこは森の民の国で大きな森林となっている場所だ。
ここに来る前に変化薬は完成し試しに使うと、森の民ほどには長くなかった尖り耳が平原の民と同じ丸耳に変化した。
町に入る際、帽子を被らないで入り口に立つと、平原の民中心の町にも関わらず、少し不思議そうな顔をされただけで通ることができた。
町に入っても、周囲の人々はセリエに侮蔑といった視線は送らず、不思議そうな顔をしてすぐに視線を外す。
「耳の形を変えただけなのに」
ぽつりとおかしそうに漏らす。
たったそれだけで人々の反応が変わる。これまでの忍耐や我慢が否定されたような思いが湧き、目頭が熱くなるが泣いてやるものかと力一杯手を握り締め、弱気を封じる。
「どした?」
「なんでもない」
「目が赤いし、なんでもないってことはないと思うけど」
「なんでもない。しばらくほっといて」
裕次郎の言葉に重ねるように繰り返す。
「よくわからないけど、わかった。宿を決めて、少し一人で過ごす? 俺はその間に薬を売りに行ってくるけど」
「それでお願い」
了解と返し、視線に入った宿を選ぶ。
今回は個室を選び、セリエはさっさと部屋に入る。
裕次郎も部屋に入り、荷物を解くと作った治癒薬や余りものの能力上昇薬を持って宿を出る。
残ったセリエは荷物を床に放り出すと、ベッドに倒れこみ、枕に顔を押し付けて笑い出した。
その笑いは楽しそうなものではなく、自身を侮蔑してきた人々や耐えてきた自分自身へと向けた嘲りが込められていた。
流さないと決めた涙もいつのまにか溢れ出し、十分間泣き嗤い、そのまま眠る。
溜め込んだものを少しだけでも吐き出せたか、眠る表情からは険が取れていた。
「さってと道具屋か薬屋はっと」
一人外に出た裕次郎は周囲を見渡し店を探す。のんびりと歩き、見つけた薬屋に入る。
先客がいて、棚から治癒促進薬を取っていた。それを横目に裕次郎はカウンターに向かい、いつものように買取を願う。
道中で良い材料を得ることができ、今回は白色の治癒促進薬ではなく二十個の空色の薬ができてた。
「ほうっ空色なんぞ、ここ十年以上仕入れたことないな。これはお前さんが作ったのか?」
「ええ、この町に来る途中で良い材料が手に入ったから」
「材料がいいにしても、これを作れるんだ腕は確かなのだろうな。値段は……五千五百でどうだ?」
値上げされることを予想し、そう提案する。
「それでいいですよ」
「……いいのか?」
あっさりと頷いた裕次郎に主人は拍子抜けした様子を見せる。
「値切られてても一度に十一万の収入は大きいですし」
「うちとしても儲かるからそれでいいならいいが」
欲がないなと思っているが、この程度ならばいくつでも作ることができる裕次郎にとって多少の値下げは気にならない。
「ちょっと待ってくれ」
主人が代金を用意しようとした時、二人の話が聞こえていた客が近づいてくる。
「それを俺に売ってくれ。空色が一つ五千五百ミレは魅力的だ」
「なにを言っている、これはもう俺が買い取りを決めたのだぞ?」
「そう言われて諦めるには惜しいからな。店に出たら八千ほどだろう? 安く買える機会は逃したくない」
「先に交渉し、決めたのはうちだ。そっちの言い分は通らない」
「どうだろう? 俺に売ってくれるなら五千六百で買い取るが?」
傭兵が裕次郎に話しかける。
「二千程度の差額なら、先に交渉した相手に売ります。なのであっちと交渉してください」
険しい表情の主人を示す。妥協はしないと腕を組み傭兵を見ている。
これは難しいと傭兵は判断し、この場は諦める。代わりに別案を思いつく。
「では店を出て、依頼をするのはどうだ? それならこの店に関係のない話だろう?」
どうだと主人を見る。主人は渋々と頷く。
「でも空色の治癒促進薬はできないかもしれませんよ? この町の周辺に良い材料があるかわからないし」
「どれくらいのものができそうだ?」
「白はできると思うけど」
「ならばそれでいい。白でも十分だし、店で買うよりも安いのだろうし」
頷いた傭兵は手に取っていた緑色の治癒促進薬を棚に返し、毒消しや血止めや包帯のみを買い、先に外に出る。
裕次郎は主人に向き直り、手を出す。
「とりあえずお金ください」
「あいよ」
治癒促進薬と能力上昇薬分のお金をもらう。角金貨で渡そうとした主人に頼み金貨でもらう。セリエと分けるつもりなので、ばらけている方がいい。
新しい小瓶や手に入りにくい材料やガーゼなどを補充した後、店を出る。
入り口の横には先に出た傭兵が立っていて、裕次郎を誘いベンチに座る。
「詳しいことを話したい。薬は三日後までにほしいんだが」
「いくつくらい用意したらいいんだ?」
「多ければ多いほど嬉しいが、最低でも二十だな」
多ければと言ったが、五十以上の用意は無理と思っているので、百を用意したとしたら買い取りを拒否される。
材料は足りないが、これから材料を集めても三日で三十は余裕なので、大丈夫だと返した。
「そうか! 値段はいくらになるんだろうか」
「白は四千から四千五百で、店に売ってる」
「やはり安いな。こちらから頼みこむから四千五百で頼む。出来上がったら騒ぐ鳩という町の南西にある宿まで持ってきてくれないか。俺の名はフラーズ。宿の主人にフラーズから頼まれたと言ってくれれば大丈夫なように手配しておく」
「わかった」
頼んだと言うと、フラーズは去っていく。
裕次郎は一度宿に戻り、荷物を置くと籠を持って宿を出る。セリエに声をかけようと思ったが、夕飯までそっとしておこうと決めた。
門にいた兵に危険な場所を聞いて、そこを避けるように外に出る。
空色の材料になる草などはなかったが、白色を作るのに十分な材料はあり、ついでに火晶を多く含む石も拾うことができた。これでより強力な火の補強薬ができる。
一人で行動している裕次郎を狙う魔物も出た。だがバハドックと同程度の強さの魔物だったので苦戦せず倒すことができた。
倒した魔物は大きめなカナブンで、蹴りで狙うのは難しかった。けれど風の広範囲魔法で地面に落とし、ボールの如く蹴飛ばし事なきを得た。
「セリエ。ご飯食べよう」
コンコンと扉を叩き、反応を待つ。すぐに目が少し赤いセリエが出てきた。
「泣いてた?」
「目を擦ったから赤くなっただけよ」
「そう」
嘘だろうと思えたが、詳しいことを聞くことなく夕食に誘う。淡白すぎじゃないかと思いつつもセリエは誘いに頷く。
注文した料理がくるまでに、一人で動いていた時のことを話す。
「薬作りの依頼を受けたから、三日後まではこの町に滞在したい」
「そう。私も依頼を受けるわ」
「今日、薬売ってきたらお金に余裕はあるけど?」
「頼りっぱなしってのは嫌なの。自分の力でも稼ぐ」
「セリエが働かなくても俺が稼ぐのに。いっそのこと結婚して家庭に入ってよ」
「嫌」
落ち込んだ様子なく残念と笑う。まだ早いと裕次郎もわかっているので、半ば冗談のつもりだった。半分は本気なわけだが。
そんな裕次郎を見極めるように、セリエはじっとみつめる。
「なに? そんな見られると照れる、でももっと見て!」
「気持ち悪い」
視線は探るようなものから呆れたものへと変わり、料理が来たことで視線は外れる。
料理を食べた後、部屋の前で銭湯にも誘うが、変化薬は水に解けるのでセリエは断る。
「作った本人なんだからそのこと知っているでしょうに」
「でも運が良ければ頷くかもと思うと誘わずにはいられない。さらに幸運が訪れて、混浴できたらそんな嬉しいことはない」
「ありえないわ。そんなのは夢で我慢しなさい」
「夢の中なら好きにしてもいいと? やっほい、許可が出た」
「許可を出すまでもなく好きにしてるんじゃないの」
「してないよ。セリエが夢に出てくることはあっても、いつもどおりだし。明晰夢って一度も見たことがないんだよ」
「メイセキム? なにそれ?」
聞いたことのない単語に小首を傾げる。さらりと髪が動作に合わせて揺れた。
「その仕草可愛い。夢を見ている時に夢だって自覚して好き勝手動ける夢のことだったはず」
良いもの見たと思いながら、説明をする。
セリエもそういった夢は見たことはないが、話に聞いたことはあった。
「見たことないなら今後も見ないでほしいわね」
「見ようと思って見れるものでもないしね。夢よりも実物の方がいいしって話がずれてきてるね。水で落ちない変化薬はいずれ作るとして」
「作っても一緒に入らないわよ」
それはわかっていた。ただ町でも風呂に入れるようにと考えていたのだ。
「いつか偶然入るから問題ない」
「それは偶然ではないと思う」
「また話がずれてるよ。依頼のことだっけ? 明日から探す?」
「そのつもり」
「一緒に行くから置いてかないでね」
「薬作りがあるでしょうに」
「それは夜にうちにやるから大丈夫。治癒促進薬二十個ならそう時間はかからないし」
それが事実だとはこれまで一緒に行動して知っていた。
断ってもついてくることは簡単に予想できたので頷き、部屋に戻る。
裕次郎は一人で銭湯に行き、粉石鹸を使って体を洗っていく。売り物にしようと思っていた粉石鹸は、魔法薬を売るだけで生活できるため裕次郎とセリエ専用道具となっている。
宿に戻ると早速薬作りを始め、寝る前に三十個分の材料加工を終えた。
翌日、二人は朝食を食べた後、紹介屋に向かう。
「どんな仕事受けんの?」
「魔物退治か薬草集めか、短期で終わるやつを受けるつもり」
今の自分ならばそういったものも受けられるだろうと、傭兵たちが普通に受けるようなものを口に出す。
「いいのあるといいね」
「これまで受けたものよりはいいものはたくさんあるわ、絶対」
碌なものがなかったということだろう。
紹介屋に入り、荒事系の仕事を探していく。仕事を決めるのはセリエなので、裕次郎はただどのようなものがあるか見ていくだけだ。
その裕次郎に声をかける者がいる。
「フラーズ? そっちも仕事を探してんの?」
「新人たちにちょうどいいものを探しにな。質のいい治癒促進薬が入ってくるから、新人にも少しは無茶をさせられる。お前さんは約束の薬はどうしたんだ?」
「あれは明日には完成してるよ。今日は仲間の付き添いでここにきた」
「いくつくらいできそうだ?」
「三十」
「十分だな」
嬉しげに頷く。
裕次郎は背後に気配を感じ、振り向く。
「セリエ、いいの見つかった?」
「いや、なかった」
ざっと見た感じでは、魔物退治は自身の実力に合うものは大人数を必要とする依頼しかなく、少人数でこなせそうなものは手に負えないものだった。あとは長時間かけて、特定地域の魔物を殲滅するものくらいだった。
セリエの視線がフラーズに向き、少し首が傾げられる。
「昨日、薬を注文していった人だよ。名前はフラーズ。仲間がいるらしくて、新人の仕事を探しにきたんだってさ」
「そう」
「今日は帰る?」
「もう少し探してみたい。帰るなら先に帰っていいわ」
見落としたものがあるかもしれず、もう一度探そうと思い、先に帰っていいと言いにきたのだ。
今までならばこういったことは言わなかっただろう。気にかけるようになったわけではなく、試したのだ。少し緩くなった態度を見せて、その反応がどうなるか。それを見極めの判断材料にしたかった。
「いや帰らないで待ってるよ」
「そう」
いつもと同じで判断材料にはならず、その場から離れようとした時、紹介屋の職員が大規模依頼を発表した。
「南の沼地に今年も噛みつきトカゲが発生しました。明日一日で討伐したいと思います。参加者には一万ミレ、親玉の舌叩きトカゲを倒した人にはボーナスがつきます。参加する方はこちらへどうぞ」
「セリエ、今言ってたトカゲのこと知ってる?」
「噛みつきトカゲは体長五十センチ、肉食性で隙を見せると人間も襲う。舌叩きトカゲは、前者の成長した姿。最大で三メートルまで成長。頑丈な舌を振り回すトカゲ。表皮は分厚く、刃が通りにくい」
「あれ受ける? 明日で終わるみたいだけど」
少し考えたセリエは頷いた。団体で退治に動くが、協力する必要はなく、一日で一万はおいしい。
「新人にも受けさせよう。噛みつきトカゲならなんとかなるしな」
ちょうどよいとフラーズも参加を決めた。
三人で臨時の受付に行き、名前を書いていく。
裕次郎が名前を書き込んだことにフラーズは驚く。
「お前さん、薬師だろう? 戦えるのか?」
「新人が受けられるなら大丈夫だろ。それにセリエ一人だけで行かせるわけないっ」
「新人って言っても訓練はきちんとしてるんだが」
「ビッグアントやバハドッグと戦って勝ったけど?」
「そいつらに勝てるのか、なら噛みつきトカゲも大丈夫だな」
それに駄目ならば仲間のセリエが止めるだろうと考えている。だがセリエは、裕次郎が無茶してもそれは自業自得と考えていて止める気がないだけだ。
依頼の詳しいことは壁に大きく貼られた紙に書いてある。
南の沼はここから徒歩一時間半。開始時刻は午前九時から。それ以前に行って早くに始めてもいい。
セリエに聞いた二種類のトカゲの特徴も書かれている。
注意事項としては、向こうにも職員がいるので、到着したら名前を告げること。そうしないと報酬がもらえない。
もう一つ、舌叩きトカゲの取り合いで起きたトラブルは、当事者同時で解決するようにと書かれている。そのことで負った怪我には紹介屋は関与しないとも。
毎年こういったトラブルは起きていて、紹介屋の対応は紙に書かれているとおりだった。さすがに殺し合いまで発展すると止めに入るが、簡単な治療をするだけで解決までは関わらない。
「明日の朝に薬持っていくから」
「わかったよ」
フラーズと別れて、裕次郎たちは買い物をしてから宿に戻る。
翌日、朝食前にフラーズたちの宿に行く。カウンターにいた従業員にも話は通っており、フラーズたちがとっている大部屋に案内される。
部屋の中には上は四十近く下は十五の男たちが十七人いる。入って来た裕次郎に一斉に注目が集まる。
「お、来たか」
私服姿のフラーズが近寄る。そのフラーズに治癒促進薬が入った袋を差し出す。
「注文の薬持ってきた、確認を」
「わかった」
テーブルに三十個の白の治癒促進薬が並ぶ。フラーズや他の男たちが治癒促進薬を手に取って確認していく。
「使用期限は店売りと一緒でいいんだよな?
「うん、保存の魔法を使っているから十五日」
「代金の十三万五千だ」
手渡されたお金を確認し、ポケットに入れる。駆け出しの視線がポケットに向いた。いまだ一度にそれだけの額を稼いだことがなく、羨ましく思ったのだ。
用事がすんだので帰ろうとする裕次郎と一緒にフラーズが部屋を出る。
「少し話さないか?」
「セリエが待っているんで少しだけなら」
「なら手短にいくか。話しってのはうちの傭兵団に入らないかってことなんだ」
「人数不足?」
「いや、人数は足りてる。お前さんの薬作りの腕がほしい。お前さんがいれば治癒促進薬や補強薬や能力上昇薬といった必需品にかかる費用節約になる。そっちのメリットは材料を集める時に護衛がついて、護衛費がかからないってことだな」
「いや護衛はいままで一度しか同行してもらったことないけど」
「そうなのか? まあ、不意の事態ってのもあるし、いた方がいいと思うが」
「一応断っておくよ。セリエが入ることを希望するなら入るけど」
裕次郎本人としては、ラブラブ二人旅を堪能したいので気乗りしない。セリエからのラブはないが、一緒にいられるだけでも嬉しい。傭兵隊に入ると、一緒にいられる時間が減る。
「俺自身は入る気ないかな」
「どうしてだ?」
「薬作りばかりやらされて、自分のやりたいことできないと面倒だし、収入も減るだろうし。薬作っても無料で配るってことになるんだろう? それはそっちの都合のいいように使われてるって感じがして嫌だな」
ラブラブ旅を堪能したいというのも本音だが、こちらの理由も本音だ。
「そうか。気が変わったら言ってきてくれ、歓迎する」
「気が変わったらね」
両者とも今のところはなさそうだなと思っている。
宿に戻り、セリエが武具を着込んでいる間に朝食を食べる。
準備が整ったセリエに少し待ってもらい、薬をショルダーバッグに入れて準備完了となる。
八時半過ぎに沼地に着くよう町を出て、その間に裕次郎は能力上昇薬といった薬を渡しておく。渡したのは回復薬と力の上昇薬と火の補強薬と疲労回復薬だ。舞台は沼地なので、速度の上昇薬は足をとられて意味はないと考え、力を選んだ。
裕次郎はほかにも使うかどうかわからない薬を持ってきている。
あと二十分もすれば到着するかといった時、二人は前方から急いで町へと戻る男とすれ違う。
「えらく慌ててたね、なにか急ぎの用事でもあったか?」
「さあ、私たちには関係ないことでしょ」
まあ、そうだなと頷き裕次郎は関心をなくす。
そして二十分して沼地手前に到着した二人は、発生したというトカゲたちを見つけた。小さなトカゲがうろちょろとしていて、大きなトカゲがのっそのっそと動いている。先に来ていた傭兵たちがそれらと慌しく戦っている。
「なんか多いぞ」
「これが当たり前なのかしら」
報酬につられて失敗したかとセリエは心の内で考える。
「あ、そこのお二人さん! あなたたちも駆除参加者ですか!」
離れた位置にいた男が二人に気づき近寄ってくる。
「そうですけど、想像以上に多いんですね。毎年これだと大変でしょう」
のんびりと言う裕次郎に首を横に振って否定する。
「違うんです。いつもはもっと少ないんですよ! 今年が異常なんです。いつもは二百匹くらいで、多くても二百五十くらいなのに、今年は三倍近い。どうなってるのか、さっぱりです! お願いです、すぐに始めてくださいっ」
言うだけ言うと紹介屋の職員は別の傭兵に事情を説明しにいく。
「なんというかタイミング悪かったね」
「引き受けたからにはやらないと、まともな依頼を受けることができたと思ったんだけど」
裕次郎は剣を抜き、小さく溜息を吐いたセリエは力の上昇薬を飲んだ後に剣を抜く。
二人は浅瀬に足を踏み入れると、うじゃうじゃといる噛みつきトカゲを斬っていく。
「少し足とられるな」
「少し? 私はすごく動きづらい」
セリエはまだましだ。力を上昇させているおかげで、動き回ることができている。ほかの者たちは動き回ることなどできていない。そのせいで噛みつきトカゲに噛まれている者も多い。
裕次郎は一撃で殺せるが時々外し、セリエはきちんと当てるものの一撃では殺せないといった感じで戦っていく。
「噛みつきの方は余裕だけど、大きいのはどうなんだろう」
「私は無理ね。あなたは攻撃が当たればダメージは与えられそうだけど」
少し疲れた様子で、セリエは自分は無理だと断言した。
ほかの者たちも舌叩きトカゲには苦戦している。その舌叩きトカゲは五十匹ほどいて、一人一匹倒してもなお余るといった状態だ。
このままでは数量差、足場の悪さからこちらが押し負ける。
「一度離れて休憩した方がいいね、行こう」
裕次郎はまったく疲れていないが、セリエは疲れ始めている。戦った時間は三十分と長いとはいえない。しかし動きにくさが体力を削るのだ。疲労回復薬はそう多くなく、節約できるなら節約しておきたい。
沼地から出ると、トカゲたちの多くは追ってこない。沼がホームグラウンドだということを理解しているのだろう。
休憩しては戦いと繰り返し、昼前まで戦っていく。
その頃には傭兵たち側の増援のおかげで、トカゲの数を半分以上減らすことができていたが、傭兵側の疲労が高まっており、この勢いのまま押しきるというのは無理に思えた。
「午後からはどうなることやら。なにか良い案でもないと危ないかな」
濡らした布で体についた泥を落とすセリエの横で、裕次郎は周囲を見渡す。誰もが疲れた表情で地面に座り込んでいる。
「まだ余裕あるのね。どれだけ体力あるのよ」
呆れたといった目で裕次郎を見る。セリエは疲労回復薬を飲んでいるおかげで、周りの傭兵ほどは疲れていない。しかし裕次郎は疲労回復薬を飲まずに、セリエを庇ったりして動き回っていた。それなのに疲れた様子をまったく見せない裕次郎には呆れの思いしか出てこない。
「体力を分けられるなら分けたいんだけどね。キスとかで体力をあげられる魔法とか知らない?」
「知らないし、知っていても遠慮するわ」
「それは残念」
「このままだと危ないのは事実ね。なにかトカゲに効く毒とか知らないの?」
視線を裕次郎から外して、トカゲたちを睨むように見る。
「知ってはいるけど、材料が辺りにないから」
「そう……普通の毒でも動きを鈍らせることってできないのかしら」
「さあ? 効くとしてもどうやって毒を吸収させる? こういった平地ならともかく、沼だと毒を塗った剣を持って近づいても接近前に舌で攻撃されそうだし。セリエの持ってるショートボウだと表皮に弾かれるんじゃない?」
「誰か柔らかい箇所を知っているかもしれないわ」
「やってみる? 周囲の草とかでなんとか麻痺毒は作れそうだけど」
「打てる手は打っておきましょう」
二人は職員のところへ行き、考えたことを話す。
薬師がなんでこんなところにと驚かれたが、打開策があるなら助かると喜ばれもした。
「このままでは危ないかもしれませんし、やってみましょう。私たちが情報を集めてくるんで、毒の方をお願いします」
「器とかあったら貸してください、そういった道具を宿に置いているので」
「はい、必要なものを言ってください」
コップや布を用意してしてもらい、裕次郎は材料を集め始める。集めたのはどれも微弱な毒を持つ草や虫だ。
草はセリエに剣の柄である程度潰してもらい、布で包み絞って汁を集めていく。虫は体の水分を飛ばして、粉々になるまで裕次郎が自分の剣の柄で潰していく。
絞った汁を、薬師としての勘を信じて目分量で混ぜ合わせ、虫の荒い粉を入れて完成させる。
「これで完成」
コップ一杯分の毒を作り、セリエに渡す。コップの中の液体は黒くドロリとしていた。
情報は集まっている。柔らかい部分は腹だが、常に隠れている状態なので狙えず、次に柔らかい脇腹が狙い目とわかった。
「とりあえず、適当な一匹に使ってみる」
鏃をできたての毒に浸して、狙う一匹を決めたセリエは矢を番える。邪魔しないように誰もが息を潜め、セリエに注目する。
タイミングを計り、矢から指を離した。風を切り、矢は山なりに飛び、舌叩きトカゲの脇腹へと当たる。刺さり具合が浅かったか、少し動くと矢は泥の中に落ちる。一応刺さったので効果がないということはないはずだ。
「どれくらいで効果が出る?」
「魔法薬じゃないし刺さってすぐにというわけにはいかない。毒が回りきるまで最低でも一分は待つ必要あるんじゃないかな」
静かな場に二人の会話が響く。
「じゃあ、どのくらいの効果がある?」
「きちんと器具を使って作れば半日は動けなくさせる毒だけど、これはどうだろう。最低でも三時間は動きを鈍らせると思うよ」
それっきり黙り、一分が過ぎる。
「動かないわね」
「毒がきいてるのかきいてないのかさっぱりだな。ちょっと行って来る」
「え?」
動かないなら動かしてみればいいじゃないという考えで、裕次郎は沼地へと走る。
泥を大きく跳ね上げて、噛みつきトカゲを踏みつけ進む裕次郎に、見学していた傭兵たちから無茶をするといった視線が集まる。
ある程度近づくと、舌叩きトカゲは顔を向けるがそれだけだ。裕次郎は大きくジャンプして舌叩きトカゲの背に乗った。
さすがにこれには反応を起こし体を動かすが、明らかに動きが鈍っている。
「ついでに思いっきり蹴ったら倒せるか、試してみるか」
背からひょいっと下りた裕次郎は横腹目掛けて足を振り抜いた。スドムっと鈍い音が響く。
『はあっ!?』
セリエ、傭兵、職員全員が声を揃えて驚いた。
それはそうだろう、二百キロはあろうかという巨体が浮いて転がっていったのだ。飛距離はそれほどではないが、蹴りで浮かせるだけでもすごいを通り越して呆れる所業だ。
蹴られた舌叩きトカゲは内臓破裂で口から血を吐き絶命している。
さすがに痛かったのか、裕次郎は足を擦っている。擦るだけですむのがおかしい光景だった。
「あ、倒せるんだ。ほかのやつも動き鈍らせてもらってこのまま倒すかな」
裕次郎は大声でその場からセリエに毒矢の支援を頼み、噛みつきトカゲの相手をしていく。
「なあ、あいつ何者なんだ?」
傭兵の一人がセリエに近づき、問いかける。
「そんなの私が聞きたいわよ」
「仲間だろ、知らないのか?」
「……付き合いは長くないもの」
邪魔だから離れてとセリエは告げて、弓を構える。
拒絶の意を感じ取り、傭兵は仲間のそばに戻る。用意していた矢を全部放ち、十五匹のトカゲが毒に犯された。元気なのは残り十匹だ。
次々と動きの鈍ったトカゲを蹴り殺していく裕次郎を見て、傭兵たちは全部あいつに任せてもいいのではと思ったが、仕事をサボるわけにはいかないので武器を持って沼に入っていく。
まずは大物からと、元気な舌叩きトカゲを複数の傭兵で囲み、動きを封じたところで裕次郎が蹴り殺すといった感じで戦いは流れていく。
大物を倒せば後は問題なく、夕方前には噛みつきトカゲも倒し終わり、トカゲ殲滅は終わりとなる。
感想誤字指摘ありがとうございます
》肝心の世界観の設定
返す言葉もないですね。まあ、一度書いたので改訂せずこのまま突っ走りますが
知識の方はそれなりに理由があります。定期的に大地震で文明崩壊する世界ですから、知識保存に力入れないと文明発展しないんです
》地文が時々、一人称なのか二人称なのか三人称なのかわからなくなっちゃいます
ずっと三人称のつもりなんです。セリエの夢の部分は一人称でしたが
できるだけブレないようにしようとは思うけど、できるのかな自信はない




